西城樹里「タケウチ」 前編

316: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:39:22.06 ID:9H96sgaS0
――――――

――――


『というわけで、スタジオには90年から2000年代初頭の懐かしのアイテムをご用意しました~』

『いやー、お父さんお母さん世代にはたまらないものばかりかと思うのですが、
 さてこの中で夏葉ちゃんが見たことあるものってありますか?』

『そうですね……たまごっち?
 あ、あとガラケーも知ってるわ。私の両親が昔使っていて。触ってもいいですか?』

『はい、もちろん!』

『なるほど、こっちに二つ折りの……え? あ、あらっ!?』バキッ!

『あ、ああぁ~~~!?』

  >草ァ!
  >筋 肉 論 破
  >この子いつも筋肉で全てを解決してんな
  >今時のコ達ってガラケー見たことないんか?
  >これもうノゲイラだろ
  >台本って可能性もあるけど、夏葉ちゃんだからなぁww
  >パパのも折ってそう(確信)

317: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:41:16.67 ID:9H96sgaS0
 【アイドル界の新星! 283プロ『有栖川夏葉』のストイックな魅力に迫る大特集18ページ】

 【老若男女に大人気! 283プロ白瀬咲耶、商店街食べ歩きイベントで神対応 辺りは騒然】

 【トリオユニットの新基準! 346プロ ニュージェネレーションズに密着取材! \ガンバリマス!/】





カタカタカタ… カタカタ…


 【●●プロのアイドル◇◇、不審死を遂げた交際相手の俳優■■と口論する音声が流出】

 【死亡の前夜か? 「死ね」と連呼するアイドル◇◇の肉声 不審死との関連について】


  >文秋砲キターーー!!
  >これマジでヤバすぎやろ、シャレにならなすぎるわ


「待って! 待ってよ!!
 彼を失った上に、何で……何でこんな事を言われなきゃいけないのよ!?」

「こんなひどい事、私言ってない!! 言ってないのに……!!」

318: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:43:01.38 ID:9H96sgaS0
  >普通に殺人やん
  >納得だわ、この間共演してた時も明らかに仲悪そうだったしな
  >キモい擁護してたオタクども息してるかー?


カタカタ… カタカタ…


  >引くほどブチギレてる声で「死ね!」連呼してて草も生えない
  >こんなメンヘラと付き合ってりゃ、そら病むわ……
  >やっぱ自殺かぁ、伸びしろある俳優さんだったのに、本当に可哀想

「違う!! 違うっ!! こんなの全部ウソなのにっ!!」


カタカタ… カタカタカタ…


  >コイツが死ねば良かったのにな


「!!」

「イヤアアアァァァァァァッ!!!」


カタカタカタ…





武内P「………………」

319: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:44:56.27 ID:9H96sgaS0
~346プロ 事務室~


カタカタカタ… カタカタ…

武内P「…………」カタカタ…


ガチャッ

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」

今西「毎日、ご苦労なことだね」

武内P「いえ……お疲れ様です」

つ エナドリ

武内P「……」グビッ


ちひろ「最近のニュージェネレーションズの三人、凄いですね。
    この間始まった新番組、業界人からの評価も高いみたいですよ」コトッ

武内P「ありがとうございます」

320: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:47:10.09 ID:9H96sgaS0
ちひろ「それと、283プロの有栖川夏葉ちゃんと、白瀬咲耶ちゃんも大人気ですね。
    テレビで見ない日は無いくらい」

武内P「彼女達は、346プロのアイドル達にも負けない、強烈な個性を持っています。
    かつ嫌味が無いため、メディア受けも良いのだと思われます」


武内P「そして……同じく283プロの、園田智代子さん」


ちひろ「先日デビューしたばかりですが、既に業界の中でも注目度は高いですね。
    復帰を熱望していた人達も多くいたみたいです」

武内P「それだけ、大きな事件だったということでしょう」

ちひろ「はい……」

今西「…………」

321: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:48:16.75 ID:9H96sgaS0
武内P「それ故に、安堵しています」

武内P「園田さんの実力であれば、埋もれる事は考えられません。
    そしてそれ以上に、彼女は……西城さんの心残りの一つでした」

武内P「それが払拭された事は、私にとっても喜ばしい事です」

ちひろ「はいっ」


ちひろ「ただ……」



武内P「……西城さんには、大きな目標がもう一つあります」

武内P「これが達成されない限り、彼女の心が真に晴れる事はありません」


今西「それは、トップアイドルになることではなく、という事かね?」

322: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:49:11.18 ID:9H96sgaS0
武内P「…………」


ちひろ「961プロの、西城樹里ちゃん……」

ちひろ「先日の『サマードルフィン』で、夏葉ちゃんを押さえて一位になり、
    注目度は智代子ちゃん達以上に高い子です」

ちひろ「それなのに、あれ以来表舞台には姿を見せず、目立った活動も公にされていない」

ちひろ「アイドルファンの間では、引退の噂すら囁かれているほどです」


ちひろ「……プロデューサーさんは、どうお考えになりますか?」


武内P「…………」


ちひろ「……失礼します」スッ

ガチャッ バタン…

323: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:50:32.27 ID:9H96sgaS0
武内P「…………」


今西「……そうそう。君に一つ、伝えておくことがある」

武内P「美城常務のこと、でしょうか?
    新しくアイドル事業部に着任された」

今西「さすが、察しが良いね」


今西「君のプロジェクトの、渋谷凛君」

今西「彼女もまた、常務の新規プロジェクトへのお声がかかる見込みだ」

武内P「……!」

今西「何、そう構える必要は無いよ。
   直ちに今動いているプロジェクトにメスを入れることが無いよう、私も説得している」

武内P「……ありがとうございます」


今西「だが……あくまで“直ちに”は無い、という話だ」

今西「今後、業績不振に陥るプロジェクトがあれば、その限りではないだろう」


今西「意地悪な言い方にはなるが……
   たとえば、我が事務所以外のアイドルに構うばかりに、“本来業務”が疎かになるプロデューサーの……」

324: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:52:22.53 ID:9H96sgaS0
武内P「!! ……ッ」

今西「私とて、このような事を言いたいわけではない。
   西城樹里君のことは、私も気にかけてはいる……しかし、だ」

今西「この先も彼女を匿い続ける事は、相応のリスクを抱える事になる。
   我が社だけでなく、君にとっても、彼女にとっても。あらゆる意味でね」

今西「だから、一応の警告だけはさせてほしいんだ。すまない」


武内P「……美城常務は、私の素性をご存知でしょうか?」

今西「いや。おそらく美城会長は、961プロとの“契約”の話まではご息女に引き継いでいないだろうね」

今西「だが、彼女は聡明だから、遅かれ早かれ気づくだろう。
   そして同時に、とても高潔な人だ」


武内P「私の存在そのものを、リスクと捉える可能性も考えられる……と?」


今西「時代は移り変わる」

今西「昔のような仕事の仕方は、もう、必要とされなくなるだろう」

今西「黒井社長ともいずれ、今後の“契約”の在り方について、見直すべきかも知れないね」


武内P「…………」

325: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:55:18.79 ID:9H96sgaS0
~夜 某公園~

タンッ タタン! タン…!

夏葉「はい、1、2、3、4……!」

未央「5、6、7、8! っと……どう、なつはし!?」

夏葉「良く出来ていたわ。でも、少し無駄な動きが多い気もするわね」

未央「えっ、ウソ!?」ギクッ


咲耶「快活さ溢れるエネルギッシュなダンスは、未央の大きな魅力の一つだ」

咲耶「多少の精度を気にするより、今の元気なベクトルを伸ばしていく方が、
   私は、未央には良いと思うよ」

未央「わーい! ありがとう、さくやん!
   何でも褒めてくれるのすごく嬉しいよー!」ダキッ!

咲耶「おっと。フフッ、未央は本当に感情表現が素直だね」ナデナデ

326: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:56:49.03 ID:9H96sgaS0
卯月「それにしても、なつはしってあだ名は……」

夏葉「私は別に気にしてないわよ、卯月」

夏葉「確かに、京都の八ツ橋みたいとは思ったけれど、
   八ツ橋自体は何もネガティブな印象を持ち得ないもの」

凛「それは、そうなんだけどね」


シュババババッ!

智代子「だ、誰か今、八ツ橋の話しなかった!?」ザッ!


卯月「うひゃあっ!? ち、智代子ちゃん!」

凛「誰もしてないから、ほら、練習再開しようか」

智代子「そんな……てっきり夏葉ちゃんがお土産で持ってきてくれたんだとばかり……」ガクッ

夏葉「そんなに欲しいなら、今度取り寄せておくのもいいわね。
   京都で懇意にしている老舗のお店があるの」

智代子「ほ、ホントに!?
    どうかお願い! 修学旅行以来ずーっと食べてないから無性に恋しくって!」

327: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 20:58:39.81 ID:9H96sgaS0
夏葉「ええ、いいわよ。そのかわり……」スッ

ツンッ プニッ

智代子「オウフ」

夏葉「約束したメニューを、しっかりこなしてからでないとね?」プニプニ

夏葉「私の計算上は、あなたのお腹はもっと引き締まっているはずなのだけれど、
   これはどういう事かしら」プニプニプニ

智代子「ち、違うんだよ夏葉ちゃん、これには深いワケが……」オロオロ


樹里「こらあぁっ、チョコ!!」


智代子「ひぇっ!? じゅ、樹里ちゃん!」ドキッ

樹里「アタシと一緒にランニングするって約束だったよなぁ!?」

樹里「そもそも自分一人だと意志が強く持てないから一緒にやってくれ、って、
   チョコの方がアタシに頼んだってのに、おま…!」

智代子「樹里ちゃん! 樹里ちゃんごめんだからあんまり夜騒ぐと近所迷惑だよ!」

328: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:00:34.43 ID:9H96sgaS0
樹里「ったく、復帰した途端に怠け癖を身につけやがって」

樹里「それとも、以前頑張ってた時も、アタシの見てない所で菓子食いまくってたのか?」

智代子「つ、疲れた時の糖分摂取は、それなりに……」

樹里「カロリー制限しろよな!」

智代子「ひぃっ!」ビクッ


未央「まぁまぁジュリアン、その辺にしてあげたまえよ」

卯月「智代子ちゃんも、悪気があるわけではないですし」

樹里「いーや、甘やかしちゃダメだ」

樹里「何しろアタシ達には、もっとデッカい目標があるんだからな」

咲耶「目標?」


樹里「346プロの不正を公表すんだよ」

樹里「誰も潰すことが出来ないくらい、もっと有名になった上でな」

凛「……!」

329: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:01:52.33 ID:9H96sgaS0
夏葉「……樹里」

智代子「じゅ、樹里ちゃん、それはいいよ。
    ほら、私も夏葉ちゃんも、こうして無事にアイドルをやれてるんだし、あの事はもう…」

樹里「自分達さえ良ければ、それで満足かよ?」

智代子「え……」


樹里「あの後だって、346プロは同じような事を何度もしてる可能性だってあるじゃねーか」

樹里「チョコ達と同じ苦しみを誰かに味わわせるような真似を、
   見過ごすなんてアタシには出来ねぇし、何より……」

グッ…!

樹里「何より、それを平気で行う346プロの腐った性根が気に入らねぇ」ググ…!

樹里「それが当然だと思ってんなら、大きな間違いなんだ、って……
   アイツらには思い知らせてやらなきゃだろ」

330: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:02:48.48 ID:9H96sgaS0
卯月「じゅ、樹里ちゃん……」

咲耶「…………」


樹里「だから、アタシは妥協したくねぇ」

樹里「まだまだ夏葉や咲耶達には及ばねぇけど、いつかは追いついて、
   もっと上の舞台で活動できるようになってやるんだ」

樹里「凛達も、夏葉達に負けないように、一緒に頑張ろうな!」


凛「う、うん……」

樹里「アハハ、何だよ気のない返事だな」

未央「あは、アハハ……」

卯月「…………」


凛「…………」

331: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:04:01.02 ID:9H96sgaS0
――――


凛『樹里に言うから。私達が346プロだってこと』

武内P『……!』ピクッ


凛『安心して。プロデューサーの事は、まだ言わないでおくよ』

凛『正体を明かすのは、あくまで私と未央と卯月の三人だけ』


武内P『……そうですか』

凛『止めないんだ?』

武内P『これ以上、ニュージェネレーションズの活動を西城さんに隠し続けるのは、
    限界だと考えます』

武内P『渋谷さん達と西城さんとの交友関係にも、支障をきたすでしょう』

凛『……ありがとう』

332: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:05:37.33 ID:9H96sgaS0
凛『でも……プロデューサーは、どうするの?』

凛『まだ、樹里には秘密にし続けるの……?』


武内P『……私が身分を偽って自分に近づいたことを、西城さんが知れば、
    彼女の私に対する疑念は深まります』

武内P『私の素性は……明かす事はできません』


凛『もし、ニュージェネレーションズと樹里が、一緒の仕事をすることになったら?』

武内P『……ッ』

凛『プロデューサーは、どっちのプロデューサーとして来るつもりなの……?』


武内P『…………』


凛『もう、やめようよ』

凛『智代子が立ち直って、アイドルになれた事で……
  きっと樹里も、346プロに対する憎しみは薄れてる』

凛『一緒の仕事をする事になったとしても、全部知られていた方がお互いに気が楽でしょ?』

凛『だから…』

武内P『私の』


凛『え?』

333: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:06:55.34 ID:9H96sgaS0
武内P『私の本来業務は、何なのでしょうか……』


凛『……何の冗談のつもり?』

凛『私達と樹里、皆をトップアイドルにするために、プロデューサーがいるんでしょ』


武内P『……そう、ですね』

武内P『そうであるよう……努めてまいりたいと、思います』スクッ

凛『ちょっと、プロデューサー!』

武内P『失礼致します。
    まだ私の事は、西城さんには明かさないよう……』

凛『待って!』

スタスタ…



凛『プロデューサー……どうしちゃったの……?』


――――

334: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:08:37.18 ID:9H96sgaS0
テクテク…

未央「あ、ねぇねぇジュリアン! あっちバスケットコートあるよ」

樹里「あん? ……あぁ」

未央「今度バスケやろうよ!
   私もバスケ部の助っ人やってた時あったから、少しは自信あるんだー」

卯月「あっ、良いですね! 樹里ちゃんのバスケ姿、見てみたいです!」

樹里「んー……気が向いたらな」

未央「何だよー、中学までやってたんでしょ-?
   気の無い返事だなージュリアーン」ウリウリ


凛「……じゃあ、私と樹里はこっちだね。また今度」

咲耶「ああ。お互い忙しくなってきた身だけれど、この秘密特訓は可能な限り続けていこう」

夏葉「場所を変えるのも良いかも知れないわね。
   近くに手頃なジムが無いか、調べておくわ」

智代子「お、お手柔らかに……」ゲッソリ


未央「おやすみー!」フリフリ
卯月「おやすみなさーい!」


樹里「おー……」

335: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:20:01.70 ID:9H96sgaS0
テクテク…

凛「樹里ってさ……エゴサって、しないの?」

樹里「エゴサ?
   ……あぁ、ネットとかで自分のことを調べたりするヤツか?」

凛「うん」


樹里「プロデューサーから、そういうのは一切すんなって言われてる」

樹里「余計なことを知って、アタシが傷ついたり、変に影響されたりすると良くないってさ。
   ちぇっ、ガキみてーな扱いしやがって」

凛「でも、一応守ってるんだ?」

樹里「まーな。他のアイドルの事とか見たり調べたりすんのもやめろ、って」

樹里「西城サンには西城サンの輝きがあって、
   余計な色が付くとそれが失われてしまうんだと。ハンッ」

凛「…………」


樹里「でもまぁ……曲がりなりにも、アタシのプロデューサーだから?」ポリポリ

樹里「一応、守ってやらねー事も、ねーかな、っていう……」

336: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:22:07.52 ID:9H96sgaS0
凛「……そっか」

樹里「……悪ぃな。変な話、しちまって」

凛「ううん」フリフリ


テクテク…

凛「……バスケ」

樹里「あん?」

凛「樹里は、あまりやりたくないの?」

樹里「別にそういうワケじゃ……」


樹里「……いや」クシャクシャ

樹里「正直に言うと、な」

凛「そう……」

凛「ごめんね。未央も、悪気があった訳じゃないから」

樹里「知ってるよ。いちいち謝んなって、未央の分まで」

凛「…………」


樹里「? どうした。さっきから、なんか元気ねぇな」

337: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:23:05.05 ID:9H96sgaS0
凛「……あ、あのさっ」

凛「まだ、言ってなかったよね……私達の事務所」

樹里「……!」ピクッ


凛「今までずっと言えなくて、ごめん」

凛「でも、やっぱり言わないままにしておくの、良くないと思うから……」

凛「だから…!」

樹里「凛」

凛「え……?」


樹里「アタシがバスケをやりたくない理由、どうしてだと思う?」

338: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:24:10.20 ID:9H96sgaS0
凛「樹里……?」

樹里「答えは『教えてやれねぇ』だ」

樹里「今は、な」

凛「…………」


樹里「アタシも、凛達には言えない秘密を抱えてる」

樹里「だから凛も、無理にアタシに言い辛いこと、言わなくていい」

樹里「お互い、そういう風にしとこうぜ、な?」ニカッ


凛「……樹里」

凛「少し、幻滅したかも」

樹里「……何だと?」ピクッ

339: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:25:53.76 ID:9H96sgaS0
凛「それ、樹里が言いたくない事を言わないためのダシにしてるよね?
  私が事務所について言わない事を」

樹里「! ……」

凛「樹里がそうやって、自分の都合の良いように相手を利用するなんて、思わなかった」

樹里「そ……そんなつもりで言ったんじゃねぇよ!
   勝手にアタシのこと斜めに見んな!」

凛「じゃあ聞かせてよ。
  どうして私達の事務所について知りたくないのかを」

樹里「な、う……!」


凛「私は別に、樹里がバスケをしたくない理由なんて、あえて聞きたいと思わない。
  見返りや交換条件なんて抜きに、ただ私が樹里に打ち明けたいだけ」

凛「どう? 樹里に断る理由ある?」

樹里「…………」


凛「私達のことを……私を、怖がらないでよ、樹里」

340: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:27:32.07 ID:9H96sgaS0
樹里「…………」

樹里「アタシ、こっちだから……じゃあな」スッ

テクテク……



凛「…………樹里」


凛「……」スッ

ポパピプペ


プルルルルル…


『やぁ、凛。
 君から連絡をもらえるとは、先ほどまでの疲れが嘘のように心が軽くなる思いだよ』

凛「電話出る度に毎回それ言うの?」


凛「あのさ……相談したいことがあるんだ。聞いてくれるかな」

『……樹里のことか』

凛「できれば、夏葉にも」

341: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:29:24.53 ID:9H96sgaS0
~346プロ~

コツコツ…

美城常務「確認すべき社内の福利厚生施設はこのくらいか」コツコツ

役員「は、はい。左様で」


美城「このエステルームやサウナの稼働率は?」

役員「へっ!? あ、はい、あの……!」パラパラ

役員「年間の利用率ですと、およそ40%程度と…」

美城「では解体だ」

役員「……え?」


美城「アイドル達の福利厚生、パフォーマンス維持に十分に寄与しているとは言えない施設を盲目的に維持し、
   いたずらにランニングコストばかりを掛けるのは非効率だ」

美城「年間の半分も機能していない施設のために、我がアイドル事業部が投入すべき予算など無い。
   解体し、撤去したスペースには別の利活用を考える必要がある」

342: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:31:15.22 ID:9H96sgaS0
役員「で、ですが!
   突然この施設が利用できなくなったら困るアイドル達も大勢いるのでは…」

美城「近隣には類似の民間施設も大勢ある。
   利用する際の費用を活動経費の中で都度工面した方がロスも少ないし、利用実態の把握や予算管理も明瞭で容易だ」

役員「そ、そうだとしても、解体・撤去して新しいものを導入するにも相応のコストが掛かります。
   設備の面でも、定常的に運転させておいた方が維持管理上有利でして…」

美城「であるならば、客観的かつ定量的なデータを添えて、
   新しい施設の導入よりも現状維持が経済比較上有利である旨を私に示すことだ」

美城「猶予はいくらか与えるが、私は気が長い方ではない」

役員「う……!」


美城「我がアイドル事業部は、346プロ社内でも歴史ある部門とは言えない。
   そして事業の性質上、世情の動静には細心の注意を払う必要がある」

343: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:36:54.70 ID:9H96sgaS0
美城「今は会長の期待を寄せられているかも知れないが、次年度に同じだけの予算がつく保証など無い。
   目立った業績を挙げられずに漫然と無駄な支出を重ねていれば、なおさらだ」

美城「そのためにも、極力無駄を省き、
   捻出した予算をより時宜を得た高効率な事業へとフレキシブルに投入する必要がある」

役員「そ、それは、仰る通りですが……」

美城「我々が築いている城は、決して将来を約束された盤石なものではない。
   対外的にも、社内的にもだ」

美城「それが分かったのなら、君の仕事を果たしたまえ」クルッ

役員「……はい」


コツコツ…

344: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:38:04.02 ID:9H96sgaS0
~常務室~

ガチャッ

美城「…………」


今西「やぁ。こんな時間まで大変だね」


美城「もうお帰りになられているものかと」バタン

今西「まぁ何、話があるらしいと、事務の千川君から聞いたものだから」

美城「……お気遣いをいただいたようですね。今、コーヒーを」コツコツ

今西「ああいや、お構いなく。君は常務なのですから」

美城「…………」


スッ

美城「……では、用件を」ギシッ

今西「アハハ、実に端的な人だ」ポリポリ

美城「この職責に、無駄にすべき時間などありません。それで」

345: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:39:30.82 ID:9H96sgaS0
美城「部内に他社との関わりを持っている者がいないかを知りたいのですが」

今西「……」ピクッ

美城「今西部長。あなたは何かご存知でしょうか」


今西「……それを知ってどうすると?」

美城「簡単な話です。余計なリスクを排除したいだけのこと」

今西「…………」


美城「今の時代、不必要な他社との関わり合いがメリットになるシーンは極めて少ないと考えます」

美城「それどころか、社外秘の情報が漏洩するリスクを考えれば、
   一時のコラボ企画等以外で提携する機会は極力排した方が良いでしょう」

今西「……なるほど、ではもう一つ。
   他社との関わりを持っている者の有無について、君が疑うきっかけとなったものは?」

346: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:41:14.02 ID:9H96sgaS0
美城「他の社員と比べて、明らかに在席率が低い者がいます」

今西「きっと、営業活動等で出突っ張りなんでしょう」

美城「可能性は認めましょう。
   一方で、先日、高垣楓はミニライブを行いました」

今西「…………」

美城「その会場に、他の事務所のアイドル候補生がスタッフとして入り込んでいたようです」

美城「さらに不可解なのは、その相手先である事務所と当方との間で、
   何も金銭の動きが確認されていない」

美城「どちらからの依頼で、どちらが応じたのか……
   いずれにせよ、両社が何の報酬も無しにこれを互いに了承した事には、著しい違和感が認められます」

美城「そして、先日のサマーフェスにおいては、
   我が346プロからのアイドルのエントリーが無かったにも関わらず、我が社のプロデューサーが会場にいたらしい、と」


今西「…………」

美城「いずれも、ただの偶然、あるいは邪な意図など無いのかも知れません。
   ですが、この正否を私には確認する責務があります」

347: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:43:11.03 ID:9H96sgaS0
美城「私の立場では見通しきれないものも多い。
   ですので、あなたにもご協力をいただきたい」

美城「お願いできますでしょうか」


今西「……ええ、もちろんです」

今西「私はあなたの部下なのだから、是非もないことでしょう」

美城「恐縮です」

スクッ スタスタ

美城「では、事実関係の確認をよろしく頼みます。
   分かり次第で構いませんが、いたずらに問題を放置する事は考えていません」ギシッ

今西「じゃあ、うーん……二週間くらい?」

美城「十日後に、ひとまずはご報告願います」カタカタ…

カタカタカタ… カタカタ…



今西「…………」

348: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:45:40.91 ID:9H96sgaS0
~後日、レストラン~

店員「お待ちしておりました。ごゆっくりどうぞ」ペコリ

夏葉「ありがとう」

スタスタ…


樹里「……しっかしまた、高そうな店だなおい」

咲耶「幹線道路にほど近いはずなのに、都会の喧噪を感じさせない落ち着きがある……
   さすが、夏葉の選ぶ店は品があるね」

樹里「こんなトコ連れてこられても、アタシ手持ちねーぞ。
   大丈夫なのかよ、またアンタが出すつもりなのか?」

夏葉「会計なら283プロの経費で落とすよう、ウチの事務員には了解を取っているわ」

樹里「えっ?」


ズイッ

夏葉「今日はあなたと真剣にお話したい事があるの。
   そのために、こうして個室で話せる場所をわざわざ選んだのよ」

349: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:47:29.77 ID:9H96sgaS0
樹里「な、何だよ話したい事って……ていうか、アンタ大概いつも真剣じゃねーか」

夏葉「それはそうだけど、それはそれよ。いい、樹里?」


夏葉「あなた、自分の置かれた境遇がおかしいと思わないの?」

樹里「は?」


夏葉「よく考えてみてちょうだい、樹里」

夏葉「あなたは2ヶ月前の『サマードルフィン』で私を下し、優勝した」

夏葉「それなのに、2位に甘んじた私や咲耶の方がアイドルとして活躍している」

樹里「それは……アンタんとこのプロデューサーの売り出し方が上手い、とか?」

夏葉「じゃあ聞くけど、あのフェス以降、
   あなたがアイドルとして活動した実績は何があるのかしら?」

樹里「えっ? えっと……基礎レッスンと……なんか、宣材写真撮ったり」

夏葉「そういうのは実績とは言わないわよ」

350: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:49:19.06 ID:9H96sgaS0
夏葉「どうして自分の活動が停滞しているのか、
   あなたのプロデューサーとちゃんと話し合った事はあるの?」

樹里「んー……無い、というか……
   アタシそういうのは全部プロデューサーに任せてっからなぁ」

夏葉「ダメよ、そんなことじゃ。
   樹里がどうしたいというのを、プロデューサーにも伝えないと」

樹里「うっ……いや、つっても、アタシそういうの苦手なんだよ」ポリポリ


夏葉「346プロを打倒するために、もっと高みに上り詰めていきたいんでしょう?」

夏葉「プロデューサーを信頼するのは結構だけれど、
   何もかもを任せきりにして自分を腐らせてはいけないわ」

樹里「わ、分かってるよそんなの! でも……」


咲耶「樹里は、どんなアイドルになりたいんだい?」

樹里「え……」


咲耶「そのビジョンが、樹里の中で明確になっていない所に、問題があるのかも知れないね」

351: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:50:54.07 ID:9H96sgaS0
樹里「何だよ……二人して説教垂れるためにアタシを呼んだってのか?」

樹里「付き合ってらんねぇ。帰らせてもらうぜ」スッ


咲耶「樹里には今、夢中になれるものがあるかい?」

樹里「……!」ピクッ


  ――あなたには今、夢中になれるものがありますか?


樹里「……何でそんな事聞くんだよ」

樹里「アンタには関係ねーだろ」


咲耶「樹里にはそうした方が良いだろうから、ハッキリ言わせてもらうよ」

咲耶「私はアイドルが好きだ。
   そして、私の好きなものを、穏やかならぬ目的のための手段にしようとしている人がいる」

樹里「…………」

咲耶「私にはそれが、どうしても放っておけないのさ。
   たとえ樹里にとって、この行いが価値観の押しつけになろうとも、ね」

咲耶「関係なくなんて無い……私は、樹里と無関係でありたくないんだ」

352: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:52:17.10 ID:9H96sgaS0
樹里「……夏葉、言ってたよな」

樹里「アイドルを手段としてしか考えない姿勢は、
   本気でアイドルを夢見ているヤツに対する侮辱だ、って」

夏葉「……えぇ、そうね」


樹里「だったら教えてくれよ」

樹里「手段としてしか見出せないヤツに、アイドルをやる資格があるのかを」


咲耶「樹里……!」

樹里「夢を持てないヤツは、誰かを侮辱する事しかできねぇっていうんなら……」

樹里「アタシがアイドルをやること自体、矛盾でしかなかった、ってこったな」

ガタッ

樹里「辞めてやるよ。元々、アタシのガラじゃなかったしな」

樹里「もちろん、346プロを懲らしめてからの話だけどよ」

夏葉「そうやっていつまで自分の気持ちを誤魔化していくつもりなの?」

樹里「あぁ?」

353: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:53:01.89 ID:9H96sgaS0
夏葉「あなたは恐れているだけよ」

夏葉「どうしてそんなにも怯えているのか、私には分からないけれど……
   手を伸ばさないままでいれば、自身を傷つける心配も無いものね」



樹里「……ッ!」ギリッ


樹里「アンタらに……アンタらに、何が分かんだよ……!!」



クルッ


ツカツカ…!

354: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:55:04.06 ID:9H96sgaS0
夏葉「…………」

咲耶「……すまない、夏葉。私のせいだ」

夏葉「いいえ。私の方こそ、あの子に強く当たってしまったわ」

夏葉「樹里には、アイドルを続けてほしいから……
   ポジティブな気持ちで、これからもずっと、私達と一緒に」

咲耶「ああ……だけど、かえってムキにさせてしまったようだね。
   凛の期待にも、応えられなかった」

咲耶「あの態度が、樹里の本音でなければ良いのだけれど……」


夏葉「それは心配無いと思うわ」

咲耶「? どうしてだい?」

夏葉「樹里としても、何か理由がある事が分かったからよ」


夏葉「去り際にあの子、言っていたでしょう。「何が分かる」と」

夏葉「樹里自身がジレンマを抱えていない限り、あんな台詞が出てくるはずが無いわ」

咲耶「……ああ、そうだね」

355: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:55:58.64 ID:9H96sgaS0
~961プロ 社長室~

コンコン…

黒井「入りたまえ」


ガチャッ

バタン


武内P「失礼致します」ペコリ



黒井「この私が、わざわざ貴様をここに呼んだ理由、理解しているかね?」

武内P「……西城の件、でしょうか」

黒井「ウィ、そうとも」

356: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 21:57:51.14 ID:9H96sgaS0
黒井「なぜ私に無断であんなガチャ蠅をスカウトしたのか……
   それについては不問とするつもりでいた」

黒井「961プロとして恥じぬ実績を残せたらの話だがな。
   だが、現実はどうだ?」

黒井「かのサマーフェス以降、西城樹里はロクな活動一つしていない。
   各所からのオファーも次々に断り、業界からの評判も堕ちていく始末」

黒井「当然、我が961プロの品格さえもだ」

武内P「…………」


黒井「いいか。貴様に、我が961プロ内でも相応の地位と権利を与えてやっているのは、
   例の“契約”があるからに過ぎん」

黒井「961と346、双方にとって邪魔となる存在を速やかに排除するため、
   最も柔軟かつ臨機応変に対応できる貴様が、業界内でも動きやすいように、だ」

黒井「勘違いしているようなら、身の程を弁えてもらおうか」

357: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:00:17.31 ID:9H96sgaS0
武内P「大変、失礼を致しました」ペコリ

黒井「安い謝罪など、どうだっていい。
   あの小娘をどうするつもりか、聞かせてもらおう」

武内P「…………」

黒井「フン……答えに困るような事を聞いているつもりは無いのだが?」

黒井「それとも、何か後ろ暗い事でもあるというのかね? あのガチャ蠅に」


武内P「お言葉ですが、黒井社長」

武内P「西城の初イベントに、あなたが別のアイドルを介入させた事は分かっています」

武内P「実績を残せていないことを責めるのであれば……
    西城の邪魔立てをしたあなたの行為にもまた、説明が必要ではないでしょうか」

黒井「……つくづく、傲岸不遜な物言いをするじゃあないか、この私に向かって」

武内P「さらに言わせていただくなら」


武内P「西城が表舞台に姿を見せない状況は、あなたにとっても好都合なのではないでしょうか」


黒井「フン……それはどういう意味かね?」

武内P「…………」

358: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:02:14.64 ID:9H96sgaS0
黒井「とにかく、我が社のアイドルとして見合う実績を残せない以上、
   あの西城樹里は961プロに必要無い!」

黒井「これは貴様らだけでなく、我が社の信用問題に関わる話だ」

黒井「そして、現にそれを怪しむ動きも出ている事を、認識した方が良いのではないかね?」

武内P「! ……」

黒井「当然だろう。曲がりなりにも、あの規模のフェスの優勝者だ。
   一切の声明を出さぬまま姿を消すのは、道理に合わん」


武内P「…………ッ」グッ…!


黒井「ああ、そうだとも。
   あの小娘が大人しくしている事自体は、一概に都合が悪いとも言えん」

黒井「しかし、それ故に不都合なのだよ。
   あの小娘に寄せられている関心は、貴様が考えている以上に大きいものだ」

黒井「表社会からも、そうでない者達からも……全くもって不本意ではあるがね」

黒井「どう立ち回ろうとも、もはや注目は逃れられん。
   であるならば、せいぜい為すべき事を為すがいい」

黒井「“我が961プロの”プロデューサーとしてな」

359: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:03:32.02 ID:9H96sgaS0
武内P「……承知しました」

黒井「分かったなら下がりたまえ。私は忙しい」

武内P「…………」スッ

ガチャッ

武内P「……失礼致します」

バタン…



黒井「……フン」

黒井「厄介な者を抱えてきたものだ……この私を悩ますとは」


プルルルルル…!

カチッ

黒井「私だ」

『346プロダクションの美城常務がお見えです』

黒井「ウィ、社長室へ通せ」

『畏まりました』


黒井「さて……厄介な者がもう一人」ギシッ

360: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:04:19.34 ID:9H96sgaS0
~346プロ~

ウィーン…


コツコツ…

武内P「…………」コツコツ…



今西「やぁ、お疲れ様」

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサー」


武内P「! お、お疲れ様です」ペコリ

今西「ハハハ、そう畏まらないで」


今西「ただ……ちょっと話があるのだが」


武内P「常務の件……ですね」

ちひろ「……はい、そうです」

361: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:06:08.62 ID:9H96sgaS0
今西「……と、いうわけなんだ」

今西「私も、常務に誤魔化し続けるのは、そろそろ限界でね」

武内P「なるほど……」


今西「常務はまだ、君が961プロと内通している、というレベルの認識だろう」

今西「加えて、君が961プロとの契約に従い行ってきた事を突き止めれば……
   単なる解雇以上のペナルティをも、免れなくなるかも知れない」

ちひろ「……ッ」


武内P「…………」


今西「君にばかり負担をかけて、悪いと思っている」

武内P「いえ……身から出た錆です」

武内P「いつかこういう日が来ることは、分かっていました」

ちひろ「プロデューサー……!」


武内P「ですが……もう少し、猶予があれば」

362: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:07:21.12 ID:9H96sgaS0
今西「猶予があるとして、どうする?」

武内P「……!」


今西「君自身はどうしたい」

今西「西城君や渋谷君達を、トップアイドルにしたいのか。
   それとも、貝のように口を閉ざして生きるのか」

今西「過去の担当アイドルのような目に遭わせないために」

武内P「!! ……ッ」


今西「行動には責任が伴うものだ」

今西「どちらを選択するにせよ、君は……吹っ切らなくてはならないと私は思う」


武内P「…………」


ちひろ「……プロデューサーさん」

ちひろ「こちらを……」スッ

363: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:08:31.11 ID:9H96sgaS0
武内P「? ……これは?」ペラッ

ちひろ「新天地となる会社の候補を、私なりに選んでみました」

武内P「え……」


ちひろ「こんな事、私は言いたくありません……でも……でもっ」

ちひろ「これ以上、辛いお仕事のためにプロデューサーさんが苦しむのを見たくありません、それに……」

ちひろ「もう、常務には気づかれてしまいます……!
    今のうちにお逃げになって、有耶無耶にしてしまった方が、安全だって思うんです」


武内P「…………」

ちひろ「私を……何もお力になれない私を、恨んでください……」



武内P「………………」

364: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:09:27.88 ID:9H96sgaS0
~事務室~

武内P「………………」ズゥーーン…


未央(ちょ、ちょっとしぶりん……!)コショコショ!

凛「何?」

未央(あんなドンヨリしてるプロデューサー、初めて見るんだけど!?)コショコショ!

卯月(元々、物静かな方ですけど、何だか空気が重すぎて……!)ハラハラ!

凛「ていうか、二人ともそうやってコソコソしてる方が余計に目立つよ」

未央「やっぱり?」スンッ

卯月「えっ? ちょ、ちょっと未央ちゃん!?」


凛「でも……確かに、あの落ち込みようはちょっと異常だね」

365: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:10:27.27 ID:9H96sgaS0
凛「…………」

クルッ

ツカツカツカ…!

卯月「え、ちょ、凛ちゃん……!?」


ツカツカ ピタッ


凛「樹里のことで悩んでるんでしょ」

武内P「!」ピクッ

未央(直球ッ!!)

凛「ここ最近ずっと、私達以外の事でプロデューサーが頭を一杯にしてるの、
  担当アイドルとして面白くないんだけど」

卯月(からの追い打ち……!!)


武内P「……渋谷さんの言う通りです」

366: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:12:00.46 ID:9H96sgaS0
凛「…………」

武内P「私は西城さんを、どう導けば良いのか、迷っています」

武内P「本分を全うする事に悩むようでは……プロデューサー失格です」

卯月「プロデューサーさん……」


未央「導く、って……プロデューサーはジュリアンのこと、背負い込みすぎだよ」

未央「ジュリアンがしたいこと、聞いてあげてさ、それを応援してあげたらどうかな。
   私達の事だって、プロデューサー、伸び伸びとやらせてくれたでしょ?」


武内P「……何をしたいのか、西城さんに気づかせる事ができずにいます」

武内P「事実、優勝後のしばらくの間、基礎レッスンだけを続けさせる事に、
    西城さんは何ら疑問を持っていない……」

未央「う、うーん……」

367: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:13:06.60 ID:9H96sgaS0
凛「気づきたくないだけなんだとしたら?」

武内P「……え?」

卯月「凛ちゃん……?」


凛「樹里も……プロデューサーも、
  私に言わせれば、どっちも素直になれてないだけだよ」

凛「私達には個性個性って、尊重して自由にやらせてくれるクセに……
  プロデューサーはそうして大人ぶって、自分の気持ちを押し殺してるじゃん」

凛「そうして悩んでるフリを続けることが、本当に最後は良い結果に繋がるの?」

武内P「…………」


凛「……ごめん、言い過ぎた」

武内P「いえ……」

368: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:14:43.74 ID:9H96sgaS0
未央「ま、まぁまぁまぁ!
   とりあえず今日の午前中のお仕事は、確かインタビュー?だっけ?」

未央「それが終わったらさ、皆でお昼ご飯食べに行こうよ!
   私、ずーっと行きたかったお店があったんだけど、いかんせんボリューミーで」

卯月「あっ! この間話してたデカ盛りのお店ですか?」

未央「そうそう! やはり男手がいないと、なかなか突入する勇気が持てんのだよ。
   というワケで、いざって時のモグモグ要員として、プロデューサーも来てくれるよね?」

武内P「申し訳ございません。実は、お弁当を持ってきておりまして……」

未央「あ……そ、そうでした、ね、アハハ、アハ……」

凛「ふーん……まだ続いてるんだ、樹里の」


凛「……!」ピクッ

卯月「凛ちゃん、どうかしましたか?」



凛「……ううん、何でもない」フルフル

369: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:17:18.87 ID:9H96sgaS0
――――――

――――


  ううん……やっぱ、無理だよ。

  私、取り返しのつかないこと、しちゃったもん……。

「何言ってんだよ! いいか、よく聞け!」

「アタシがやった事にしろ!」

  ……樹里が?

「ああ! どうせアタシは先公達の評判悪いし、その方が皆納得すんだろ?
 だから……!」


  そんな事、ないよ……。

  先生達、ちゃんと見てるよ……樹里は、気配りのできる、優しい子だって。

  今の私に対しても、そうじゃん。

370: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:18:32.12 ID:9H96sgaS0
「だ、だとしてもだ!
 お前がチームを抜けて、関東勝ち抜けるワケねーだろ!」

「どう考えても、アタシが出場停止食らった方が、チームのためになるんだ!」

「……ッ! 足音……タキザワの奴が来るっ!
 いいか、絶対余計な事言うなよ! アタシに全部任せとけっ!」


「……あっ、タキザワ先生! お、お疲れ様です!」

  二人して、こんな所で何をしている?

「あぁいえ、これは、その、あの……!」


  先生、ごめんなさい。

「えっ……」

  私……。


「おい……やめろ、言うな……」

371: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:20:24.67 ID:9H96sgaS0
「アタシだ……アタシのせいなんだ……!」


  ――お前はチームを欺いた。


「うるせぇ……!!」


  ――なぜ、あんな無謀なスリーを打った?


「アタシは……」

「くそっ、なんで……ボールが……!」


「なんでボールが、届かねぇんだよ……!!」

「届けよ……届いてくれよっ……ちきしょう……!!」


「うあああぁぁぁあぁぁっ……!!!」

372: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:21:20.76 ID:9H96sgaS0
樹里「………………」



武内P「西城さん」

樹里「……ん?」

武内P「どうかされましたか? 体調が優れないようであれば……」

樹里「何でもねーよ」


樹里「アンタも大概、人のこと言えねーぜ。
   いつも以上に辛気臭いツラしやがって」

武内P「……申し訳ございません」

樹里「謝んなってんだよ……」



ヴィー…! ヴィー…!

樹里「……?」ゴソゴソ

373: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:22:18.42 ID:9H96sgaS0
樹里「凛か……」

武内P「……」

樹里「悪ぃ、席外すぜ」スッ

武内P「はい」


スタスタ…


ピッ!

樹里「もしもし……おう」

樹里「あぁ、うん……いや、アタシも言い過ぎた。ごめんな」

樹里「で、どうしたんだ?」



樹里「……は? 料理?」

374: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:24:05.79 ID:9H96sgaS0
~テレビ局 控え室~

ディレクター「高垣さん、お疲れ様でした。いやー今日の収録も大盛り上がりでしたね」

楓「いえ、そんな……ゲストの方や、皆さんのおかげです。
  ありがとうございます」ペコリ

D「あぁいえいえ、そんなご謙遜を」


D「それで、このトーク番組のゲストについて、各界から応募がたくさん来ておりまして」ドサーッ

楓「まぁ」

D「全部目を通す訳にもいかないでしょうから、こちらでいくつか絞ってみた結果がこちらです」スッ

楓「……ふふっ、お料理番組みたいですね」クスッ

D「ハハハ。でまぁ~、気になる方がおられたら、高垣さんのご希望をお聞きできればと」

楓「そうでしたか……えぇと」


楓「うーん……」

375: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:25:30.99 ID:9H96sgaS0
D「今決めていただかなくとも結構ですよ、数日中にご連絡いただければ」

楓「いえ、あまりお待たせしては、先方にも悪いですし……」


楓「……!」ピクッ

D「おっ、気になる方いました?」

楓「智代子ちゃん……」

D「へ?」


楓「283プロの、園田智代子ちゃんをお招きしたいです」


D「あ、はい。えぇっと……アレですよね? 新人アイドルの」ポリポリ

D「彼女の事務所からは、別に応募なんて来てなかったと思いますが」

楓「先ほどは、私の希望を聞いていただけると」

D「あぁいえ! そりゃそうなんですけどね。
  ほら、我々も商売ですし、数字が取れる見込みが無いとちょっと……」


楓「責任なら、私と346プロが取ります」

楓「どうか、よろしくお願いします」

376: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:26:40.81 ID:9H96sgaS0
~後日、961プロ寮 樹里の部屋~

ガチャッ

樹里「まぁ、何もねぇけど」

凛「お邪魔します……あれ?」


智代子「ひぇ……! なんだ、凛ちゃんかぁ、ビックリしたぁ~」


凛「智代子も来てたんだ」

樹里「合い鍵渡してんだよ」

凛「合い鍵?」

智代子「わわっ!? じゅ、樹里ちゃん、そんな言い方は……!」

樹里「うわぁ!? バ……あの、ちげーよ勘違いすんなよな!!」

凛「勘違いって、何が?」

樹里・智代子「――ッ!!」カァーッ!

377: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:28:30.35 ID:9H96sgaS0
樹里「つまりぃ! アタシ一人でこんな部屋使うのもったいねーだろ?」

樹里「それに、ほら、アレ」クイッ

凛「?」


樹里「ああして、アタシの手が回んない時は、チョコに面倒見てもらってんだ」

シュッ シュッ

智代子「ありがとう……大きくなれよ、ありがとう……(藤○弘、)」フキフキ

樹里「いらねー小芝居すんな」

智代子「この間、夏葉ちゃんにモノマネ披露したら、すごくウケちゃって」エヘヘ


凛「ふーん……アグラオネマか」


樹里「え?」

智代子「ウソ!? 凛ちゃん分かるの、この鉢植えの名前!」

凛「あ、うん。私の家、花屋やってるから」

樹里「し、知らなかった……」

378: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:31:14.43 ID:9H96sgaS0
凛「霧吹きだけで水やりしてるの?」

智代子「うん」

樹里「そうしろ、って言われたからな」

凛「それ、たぶんダメだよ」

樹里・智代子「えっ!?」


凛「葉っぱについたホコリを取るのに、水をかけるのは良いと思うけど……
  基本的に水やりは、冬以外は根元にたっぷりあげた方がいいよ」

凛「あとは……これからの時期、寒くなると、外には出さない方がいいかな。
  寒さに弱い品種だし」

凛「それから、あまり日当たりの良い所に置いちゃダメ。
  本来はジャングルに自生する植物だから、直射日光はNGだね」


智代子「へぇ~……さすがお花屋さん」

樹里「何だよ、全然違うじゃねーか、アイツの言ってた事」

凛「アイツって?」

樹里「プロデューサーだよ、凛も会った事あんだろ?」

凛「……!」ピクッ

樹里「頼まれたから、たまにこうしてアタシの部屋でも面倒見てやってんのに、
   いい加減な事言うなってんだよなぁ? ったく」

379: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:32:33.34 ID:9H96sgaS0
樹里「なにが「日射がこちらから降り注ぎますので」だ。したり顔で語りやがって。
   花の心っつーもんがまるで分かってねーな」

智代子「乙女心は分かっていても、お花は同じというワケにはいきませんなぁ」

樹里「ヘッ、どうだか。乙女心の方も知れてるぜ」


凛(知らなかった……プロデューサー、そんな趣味があったんだ)

凛(それに……その鉢植えの世話を、私達じゃなくて、樹里に……)


凛「…………」

智代子「り、凛ちゃんどうしたの? ひょっとして怒りに打ち震えてる……!?」

凛「えっ?」

樹里「気持ちは分かるぜ。
   こういう生き物の世話ってのはハンパは許されねーし、まして家業だもんな」

凛「い、いや! そういう事じゃなくて!」ブンブン

380: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:34:12.62 ID:9H96sgaS0
凛「ていうか、今日来た用事は、別に講釈するためじゃないから」

樹里「あぁ、そういやそうだったな」

智代子「樹里ちゃん家に遊びに来たんじゃないの?」

樹里「なんか料理教えてほしいってさ」

智代子「うああぁ、何それ! 私も一緒にいたい、けど……!」

智代子「不肖、園田智代子。
    これから咲耶ちゃんの新ラジオ番組のゲストに呼ばれておるのです……!」

樹里「超重要なヤツじゃねーかそれ、さっさと行ってこいよ」

凛「咲耶、聞き上手だし、誰かと話をするのも好きそうだし、適任だよね」

智代子「うええぇぇん、樹里ちゃん、後で私にも教えてねぇぇ……!」ポロポロ

樹里「な、泣いてるし……」


智代子「それでは、後はお若い二人でごゆっくり」ニコォォ…!

樹里「うるせぇ、さっさと行けって」

ガチャッ

バタン

381: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:35:22.78 ID:9H96sgaS0
凛「……ふーん」キョロキョロ

樹里「別に面白いモンなんかねーぞ」

樹里「で、何を作りてぇんだ?」

凛「何を、ってほどでもないけど……」


凛「例えば、その……お弁当、とか?」


樹里「弁当? 昼メシの?」

凛「うん」コクッ

樹里「弁当、って……
   んなもん、適当に空いてるスペースに色々ぶち込めばいいだけじゃねぇか」

凛「適当にぶち込んでるように見えないんだけどな……」

樹里「あん?」

凛「あ、ううん、何でもない」

凛「でも、普段料理しない身からすると、その適当にっていうのが難しくてさ」

樹里「ふーん……まぁ、いいけどよ」

382: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:36:57.62 ID:9H96sgaS0
樹里「でも、本当に何でもいいんだったら、冷凍のおかずで事足りんだろ?」

樹里「何か、これだけはちゃんと作ろうって、イメージしてるモンとかあるのか?」

凛「ちゃんと作るもの……」

凛「…………」


  ――それでは、私はハンバーグを。

  ――おおっ! 紅蓮の業火に灼かれし禁断の果実!
     我が友も、彼の贄を所望するか!

  ――らんらんもハンバーグ大好きだもんねー。


凛「……ハンバーグ」

樹里「おー、ハンバーグな。いいトコ突くじゃねーか」

樹里「アタシも最近、色んな作り方を研究しててさ。
   少なくとも冷凍のヤツよりかは、うまく作れる自信あるぜ」

凛「へぇー、樹里がそこまで言うの、期待しちゃうね」

樹里「まぁな。よし、じゃあまずは材料買いに行くか。
   せっかくだし、他にもひと通り思いついたヤツ作ろうぜ」

凛「うん」

383: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:38:32.62 ID:9H96sgaS0
トントントントン…

樹里「玉ねぎはこうしてみじん切りにして……」トントントン…

凛「……」ジーッ

樹里「……っと、こんな感じ。ほら、半分やってみ?」スッ

凛「う、うん」


トン トン …

凛「……樹里みたいに、早く、できない……」トン…

樹里「焦んなよ、早くやる必要ねーんだからこんなの」

樹里「ほら、端っこの方切る時あぶねぇぞ。
   無理しないで、向き変えて寝かせてみな」

凛「む、向き?」トン…

樹里「玉ねぎの。あぁ、そうそう」

384: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:40:23.88 ID:9H96sgaS0
樹里「先に飴色になるまで炒めて、コクと香りがどうとかって作り方もあるけど……」トントントン

樹里「弁当用のだからな。いちいちそんな時間かけらんねーし」ササッ

樹里「それに、生のままならサッパリ、しかも水分が出てジューシーになったりするし」スイッ

樹里「まぁ、好みの問題ってヤツ?」パッ パッ

凛「……」フムフム


樹里「これと、パン粉と卵、牛乳……」サァーッ…

樹里「んで……氷水」ジャーッ

凛「氷水? 入れるの?」

樹里「いいや、こうしてボウルを冷やすんだ」ガショッ

樹里「手の熱で肉の脂が溶けちまうと、良くないんだってさ。
   そんで、挽肉に、塩をしっかり入れて……」ササッ

樹里「よし、混ぜる。はい」スッ

凛「わ、私?」

樹里「お前が作んだろ」

385: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:42:02.05 ID:9H96sgaS0
凛「…………」ネリネリ

樹里「うん、いいんじゃねぇか?
   そして、そこにさっきのつなぎを投入」ザザーッ

凛「……なんか、くすぐったいね」ネリネリ

樹里「あぁ、わかる」


凛「どう、先生?」

樹里「先生じゃねーし。でもまぁ……そんなもんだろうな」

樹里「んで、こうして手に取って、成形して……」ペタペタ

凛「なんか、手の平でキャッチボールするって聞いた事あるけど」

樹里「あぁ、そうそう。空気抜くんだよな」ペタペタ

凛「ふふっ」ペタペタ


樹里「そんで、表面をなるべく滑らかに……
   こうすると、表面が割れずに、肉汁を閉じ込めやすくなるんだぜ」

凛「なるほど……」フムフム

386: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:43:16.66 ID:9H96sgaS0
ジューーッ…!

樹里「…………」

凛「……」チラッ


樹里「………………」ジューッ…


凛「……ふふ」

樹里「ん? どうした?」

凛「ううん、ごめん。すごく真剣な表情だな、って」

樹里「あ? あぁ、まぁ……一番大事な工程だからな」

樹里「焼き加減一つで、それまでの苦労が台無しになる事もあるし」

樹里「別に、自分用のズボラ飯だったら適当にガァーッてやってパパッと済ますんだけど、
   今回は一応、何つーか……」

凛「……」

樹里「凛に教えるんだし、ハンパはできねぇ、なんてな」

387: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:44:33.63 ID:9H96sgaS0
凛「……最近ハンバーグを研究してるの、プロデューサーが好きだから?」

樹里「まぁな。アイツ、何個入れてもペロリと食べやが…」

樹里「!! ……なっ!?!?」ドキッ!

凛「ふふっ」クスッ


凛「プロデューサー用のお弁当も、そうやっていつも真剣に作ってるんだ?」


樹里「~~~~!!!」カァーッ!

樹里「てんめぇ……! からかうんだったら教えてやんねーぞ!!」

凛「ごめんごめん」

樹里「ほらっ! 蓋っ!! 蒸し焼き!!」ガションッ!

凛「自分でやってるし」



樹里「……これしか」

388: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:45:46.06 ID:9H96sgaS0
凛「え?」


樹里「これくらいしか、ねーからな……アタシにできんの」

樹里「いつも世話になってんだし……」

樹里「ちゃんとすんの……何もおかしかねーだろ」


凛「……ごめん、そこまで言うつもりなかった」

樹里「ああ……いいよ」

凛「…………」

ジューーッ…


樹里「……っし、どうだっ!」パカッ!

ホカホカ…!

凛「! すっごく、良い匂い……!」

樹里「だろ? 後でソースも作んねーとな」ニカッ

389: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:46:53.72 ID:9H96sgaS0
凛「ほうれん草のゴマ和えと、厚焼き卵、筑前煮……」

樹里「あとはまぁ、こうしてサラダとかもあれば……
   ほら、何となくサマになんだろ?」スッ

凛「……すごいね」

樹里「何もすごくねーよ、筑前煮なんて途中端折ったしな」


樹里「んじゃ、食べようぜ」

凛「うん」

樹里・凛「いただきます」


パクッ

凛「…………」モグモグ

樹里「ど、どうだ……?」

390: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:48:17.97 ID:9H96sgaS0
凛「……聞くまでもないでしょ」ニコッ

凛「こんな美味しいハンバーグ、今まで食べたこと無い」


樹里「お、おう……ヘヘッ!」

樹里「まぁな!」ガツガツ!

凛(いい食べっぷり)

樹里「とにかくよ、大体覚えただろ?」

凛「うん……一人でやるのは、ちょっと大変そうだけどね」

樹里「いいんだよ、最初から上手くできるヤツなんかいねぇんだし」

樹里「そうだ! 夏葉や咲耶達にも、いつか教えてやってもいいかもな」

樹里「特に、夏葉は外食ばっかで自炊してる感じしねぇし、
   料理で見返してやるってのも悪かねぇ」ドヤァァ

凛(すっかり得意になってる……ふふ)クスッ

391: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:49:24.07 ID:9H96sgaS0
凛「今日はありがとう、樹里」

樹里「おう、また来いよ」

凛「うん」

凛「…………」


凛「……あっ、あの、さ」

樹里「ん?」


凛「私のプロデューサーも、好きなんだ……ハンバーグ」


樹里「へー……そうなのか」

凛「うん……さっそく明日、お弁当作ってみるね」


樹里(……って)

樹里(何でそんなのをアタシに言うんだよ!?)カァーッ

392: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:50:17.40 ID:9H96sgaS0
樹里「あ、えぇっと……なんだ……」ワシャワシャ

樹里「頑張れ、よ……?」

凛「……うん」


凛「じゃあ、またね」ガチャッ

樹里「おう」

バタン



樹里「…………」

樹里「なんか……急に腹、一杯になっちまったな……」

393: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:52:00.21 ID:9H96sgaS0
『……フフッ、智代子は本当にグルメへの造詣が深いんだね。
 ぜひ一度、ご教示賜りたいものだよ』

『そ、そんな大それたものじゃないよぅ、咲耶ちゃん。
 ただ食べるのが好きってだけで、あんまり自分じゃ作れないし……』

『そういう咲耶ちゃんだって、一人暮らしだよね?
 自炊したりするの?』

『私は、人並み程度と言ったところかな。
 威張れるほどの技量は持ち合わせていないさ』

『だが、もし智代子が来てくれるなら、最大限のもてなしをすると約束しよう。
 ちょうど今は、カツオが美味しい時期だ。実家から取り寄せて、寮の皆にも振る舞おうじゃないか』

『か、カツオ!? 魚の!? ひょっとして捌けるの、咲耶ちゃん!?』

『ああ』

『即答ッッッ!!!』


『そうだ! お料理といえば、私の友達にもすっごく上手な子がいてね?』

394: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:53:52.13 ID:9H96sgaS0
『へぇ。智代子をも唸らせるほどの腕前なのかい?』

『うんっ! 樹里ちゃ……ああいやいや』

『その子ときたら、凄いんだよ!
 お味噌汁一つ作るのだって、即席のじゃなくてちゃんとお出汁を丁寧に取って、すごく美味しくって』

『揚げ物だって、温度の見極めっていうのかな?
 ピタッ! ジュワーッ! という感じで、お加減バッチリなモノをパパッと作れちゃうの!』

『なるほど、手際が良いということか』

『そうっ! まさしくだよ!』

『そういったスキルは、普段の日常生活で行っていないと習熟できないものだ。
 とても家庭的な子なのだろうね』

『いやぁ、普段はメンドクセーなんて言って、あまり作ってはくれないんだけどね?
 私なんかはもうその子に胃袋掴まれっぱなしで』

『ふむ……そういう事なら、私が対抗馬として名乗りを上げても良いかな?』

『美食の姫にご満足いただけるよう、記憶に残る一皿を献上してみせよう、マイレディ』

『そりゃあ、カツオを目の前で捌かれたら忘れられないよねぇ』

395: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:55:17.37 ID:9H96sgaS0
――――――

――――


  う、ううむ……

「どうした、プロデューサー?」

  いえ、その……
  お腹が空いて、どうにも力が出ないようでして……

「何だか、アンパンのヒーローみてぇな言いぶりだな……」

「でも、今日はアタシ弁当作ってきてねーしなぁ」

  それは、困りましたね……



  プロデューサー、これ。

  えっ?


「おっ、それひょっとして弁当か? へぇー、やるじゃねぇか」

  明日作ってみる、って言ったでしょ?

「あぁ、そうだったな」

396: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:56:56.46 ID:9H96sgaS0
  うわぁぁ~! このハンバーグ、すっごく良い匂い!

  はいっ! とても美味しそうです!

  樹里に教えてもらったんだ、作り方。

「よ、よせよ。いちいち言わなくていいだろ、そんなの」

  樹里ちゃんのハンバーグ!? わ、私にもどうか一口……!

  なるほど。これは私も食指が動いてしまうね、フフッ。

  ハンバーグってすごいのよ!


  ど……どう、プロデューサー?

  はい。とても美味しいです。ありがとうございます。

  そ、そう……ふーん。まぁ、良かったかな。


「何だよ。別にアタシが弁当作らなくても良かった、ってことか」

「二人とも、末永くお幸せに、なんてな」

  ちょ、ちょっと樹里! 変なこと言わないでよ。

「アハハハ」


――――

――――――

397: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:57:53.89 ID:9H96sgaS0
~翌日~

チュン チュン…


樹里「…………」ムクッ

樹里「……」ポリポリ


樹里(今日は久々に、あの夢を見なかったな……)

樹里(でも、なんか……代わりにすげーヘンな夢、見た気がする)


樹里「ふわぁ……」ノビー…


樹里「さて……今日も弁当作ってやっか」

398: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 22:58:44.51 ID:9H96sgaS0
ジューーッ…!

樹里「…………」ジュー…!

樹里「……」トントントン



樹里「………………」



樹里「…………」スッ

ポパピプペ


プルルルルル…


樹里「……あぁ、もしもし? アタシ。おはよう」

樹里「あのさ、プロデューサー」

399: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:00:11.89 ID:9H96sgaS0
樹里「悪ぃんだけど、今日は弁当作れねぇわ」

樹里「だから、適当に外で食うとか、してくんねーか?」

樹里「あぁ、買わなくていい……いや、分かんねぇけど。
   ほら、結構外食できそうなトコあるじゃん……そう、例えばの話、っつーか」

樹里「ああ……ごめんな、うん……それじゃ」

ピッ!


樹里「…………」


ポパピプペ

プルルルルル…


樹里「……あぁ、チョコ? あのさ」


樹里「良かったら今日、弁当作ってきてやるよ」

400: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:01:24.58 ID:9H96sgaS0
~346プロ~

武内P「…………」カタカタカタ…


未央「んー? あれあれぇ~?」クンクン

武内P「な、何でしょうか、本田さん?」


未央「プロデューサーの鞄から、いつもの良い匂いがしませんなぁ」

未央「今日はジュリアン、お弁当作ってくれなかったの?」

武内P「は、はい……鋭いですね」

卯月「未央ちゃんの嗅覚は、これすなわち生への執着ですねっ」

未央「しまむー、ちょいちょいヒドいね!?」

武内P「とりあえず、これから出張する際に、どこか外で済まそうかと……」

401: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:03:22.47 ID:9H96sgaS0
凛「プロデューサー、これ」

武内P「渋谷さん?」

凛「はい」スッ


未央「こ、これはまさか……!?」ワナワナ…

卯月「お弁当! 凛ちゃんお手製、ですか!?」


武内P「……これは」

凛「お昼ご飯、無いんでしょ?
  たまたま私、自分用に作ってきたんだけど」

凛「プロデューサーの方が、忙しいんだし……これ、あげる」

武内P「し、しかし……」

凛「いいからっ」ズイッ!

武内P「は、はい」

未央(何というパワープレー……!)

402: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:04:45.37 ID:9H96sgaS0
武内P「ありがとうございます、渋谷さん」

凛「……ッ」

凛「い、いいって……普通だし、美味しくないかも、だけど……」モジモジ

武内P「いえ、そんな事はありません。大事にいただきます」

凛「うん……」


卯月「えへへっ。凛ちゃん、何を作ってきたんですか?」

未央「そうだぞー? この未央ちゃんにも内緒にしおってからにー♪」ウリウリ

凛「うぇ、いや、あの……は、ハンバーグ?」

未央「それ、プロデューサーのバッチシ大好物じゃーん!」ヒューッ!


武内P「これは、期待せざるを得ませんね」ニコッ

凛「もうっ。からかわないで……!」

403: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:05:57.02 ID:9H96sgaS0
~961プロ近くの公園~

智代子「あーー、んっ!」ハムッ!

智代子「……んん~~~~っ!!」

樹里「いちいち大袈裟だなぁ、リアクション」

智代子「そんなこと無いって! すっごく美味しいよぉ、樹里ちゃん」キラキラ

樹里「まぁ、喜んでくれんのはありがてぇけどよ」


智代子「特にこのハンバーグ! 全然、お店屋さんに出せる味だよ!」

樹里「ヘヘッ、だろ? ソイツは自信あんだよなー」

樹里「昨日も凛に作り方教えてやってさ。喜んでくれたんだぜ?」

智代子「私も一緒に受けたかったなぁ、樹里ちゃんのお料理教室」


智代子「でも、何で今日は作ってくれたの? お弁当」

404: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:07:14.33 ID:9H96sgaS0
樹里「えっ? あぁ、いや……別に」ポリポリ

樹里「む、虫の知らせ、みたいな……」

智代子「虫の知らせ?」キョトン

樹里「あぁいや! 違う違う、今のナシ」ブンブン

樹里「まぁその……ほら、何だっていいだろ。気分だよ、気分」

智代子「へぇー、たまたまその気になってくれたってことかぁ」ウンウン

樹里「ま、まぁな」


智代子「何にせよ、こうして樹里ちゃんのお弁当食べれるなんて万々歳だし、
    どんどんその気になってくれて私は一向に構わんですよ、樹里ちゃんッ!」

樹里「まぁ、チョコくらい喜んでくれた方が作りがいがある、ってのはあるかもな」

智代子「でしょ?」

樹里「考えとくよ」スクッ

405: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:11:20.68 ID:9H96sgaS0
智代子「あれ? もう行くの?」

樹里「ああ、これからレッスンだからな」

智代子「レッスン……」

樹里「何だよ、練習は大事だろ?
   チョコだって、午後は夏葉や未央達と秘密特訓じゃねーか」

智代子「あ、はい! そ……そうだね、そうそう! 秘密特訓っ!」

樹里「何でそんなにキョドってんだよ」

智代子「いえ、何も他意は無いです、何も」ブンブン


智代子「あっ、ていうかお弁当箱、洗って返すね!」

樹里「いいって、アタシが持って帰る。ほら」スッ

智代子「そ、そう? ……ごちそうさまでした」

樹里「はい、お粗末さんでした」

樹里「アタシはこっちのがあるから今日は行けないけど、怠けんじゃねーぞ」

智代子「も、もちろんですとも……」

スタスタ…



智代子「……樹里ちゃん、まだ活動再開しないのかなぁ」

406: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:12:05.73 ID:9H96sgaS0
~961プロ レッスンルーム~

ガチャッ

樹里「お疲れ様でー、す……?」


武内P「あ……西城さん」

樹里「おう、プロデューサー」


樹里「……弁当、食ってたのか」

武内P「申し訳ございません」

樹里「謝んなよ、だから」



樹里「……それ、アンタが自分で作ってきたのか?」


武内P「いえ……」

407: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:13:01.79 ID:9H96sgaS0
樹里「だろうな」

樹里「…………」



樹里「その……他に担当してる、アイドルからの……か?」


武内P「……はい」



樹里「ちなみに、何が入ってたか……聞いてもいいか?」

408: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:14:22.65 ID:9H96sgaS0
武内P「そうですね」


武内P「ハンバーグと……」

樹里「…………」


武内P「ほうれん草のゴマ和えと、厚焼き卵……」

武内P「それと、筑前煮……野菜も、サラダなどが、入っていました」

武内P「大変美味しく、栄養バランスも良い、ありがたいものです」



樹里「………………」


武内P「? ……西城さん、いかがさ…」

樹里「よく分かった」

武内P「え?」

409: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:15:17.29 ID:9H96sgaS0
樹里「よく分かったと言ったんだ」


樹里「悪ぃが、今日は帰る。ちょっと……気持ちの整理っつーか」クルッ

武内P「さ、西城さ…」

樹里「来んなっ!!」

武内P「!?」


樹里「ちょっと…………一人にさせてくれ……」


ツカツカ…! ガチャッ

バタンッ!



武内P「…………西城さん」

武内P「まさか……?」

410: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:16:47.88 ID:9H96sgaS0
~346プロ近くのジム~

卯月「ひぇぇぇ……つ、疲れました……」グッタリ

凛「いつも以上に、ハードだったね……」

未央「ぜぇ、ぜぇ……どう考えても、原因は……」


夏葉「さぁ、仕上げのダウンジョグに行くわよ!」バァーン!

夏葉「近所の川沿いまで往復5km、暗くなる前に終わらせましょう!」

咲耶「ま、まぁまぁ夏葉。
   今日のところは、整理体操くらいにしておくのはどうだろう?」

夏葉「それでもいいわよ。
   いずれにせよ、十分に時間をかけて筋疲労を取り除かなくてはね」


未央「283プロとの、合同レッスン……!」

卯月「夏葉さん、本当にストイック、なんですねぇ……」

智代子「」デローン

凛「智代子なんかもう溶けてるし……」

411: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:17:52.80 ID:9H96sgaS0
夏葉「全ては自分を律するところからよ」

夏葉「高い目標を達成するには、一瞬たりとも自分を甘えさせてはいけないわ」

未央「なつはしの人生哲学だねぇ」

智代子「それを強いられる身にもなってほしいよ、夏葉ちゃん……」

夏葉「ふふっ、智代子?」スッ

ツン

智代子「オウフ」

夏葉「だいぶ引き締まってきたじゃない。
   私の言った通り、食事メニューもちゃんと気を遣っているようね」

智代子「いやぁ……樹里ちゃんのお手製弁当が無かったら即死だったよぉ」

夏葉「樹里の?」

凛「……」ピクッ

412: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:19:34.17 ID:9H96sgaS0
夏葉「詳しく聞かせてもらえるかしら。
   今日のレッスン前に、あなたは何を摂取してきたの?」

智代子「わわっ!? な、夏葉ちゃん落ち着いて!
    偏食なんかほど遠い、極めて栄養バランスの良いぃお弁当だよ!」

智代子「ほらっ、写真! 皆も見てよ、すっごく美味しかったんだから!」サッ


未央「おおー」

卯月「うわあぁぁ……このハンバーグ、とっても美味しそうです!」キラキラ

咲耶「なるほど、智代子が舌を巻くわけだね」


凛(……当たり前だけど、私のよりも綺麗)


夏葉「あなたの言う通り、見る限りでは身体に悪いものでは無さそうね」

智代子「美味しいものは身体に良いんだよ!」

夏葉「あの子にこんなスキルがあったなんて、樹里も隅に置けないわね。
   今度、私にも教えてもらおうかしら」

413: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:21:11.42 ID:9H96sgaS0
凛「うん。樹里もそう言ってたよ」

夏葉「あら? 凛は樹里の料理について知っているの?」

凛「昨日樹里に教えてもらったんだ、私。同じお弁当の作り方」


卯月「そうだったんですか!?」

未央「それ私達も誘ってよー、しぶりん!」

智代子「本当だよぉ! 何で凛ちゃんだけ!」

卯月・未央・智代子「ずーるーい! ずーるーい!」エッサ! ホイサ!

夏葉「十分元気じゃない、あなた達」


ヴィー…! ヴィー…!

咲耶「おや?」

414: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:22:25.98 ID:9H96sgaS0
咲耶「このスマホは、凛のかい?」スッ

凛「ありがとう」


凛「…………!」ピクッ



 『外で待ってる』



凛(樹里……)


卯月「凛ちゃん、どうしたんですか?」

凛「ごめん、ちょっと先に行ってるね」スッ

未央「へ?」

ガチャッ

バタン

415: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:35:57.56 ID:9H96sgaS0
スタスタ…


凛「……」スタスタ…

凛「…………」ピタッ



樹里「…………」



樹里「……今日は皆、秘密特訓してるモンだとばかり思ってた」

樹里「でも、秘密特訓ってより、むしろ……合同レッスン、って言った方がしっくり来るよな」


樹里「283プロと346プロの、合同レッスン……」


凛「樹里……」

416: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:36:56.80 ID:9H96sgaS0
樹里「…………ッ」スッ

ツカツカ…!


ガッ!

凛「……ッ!」グイッ


樹里「てめぇ……!」ギリッ…!

凛「…………」


樹里「……そうじゃなければいいと思ってた」

樹里「だから……あの時聞くのが怖かった、ってのは認めるよ」

樹里「だけど、まさか……アイツも同じだったなんてよ……!」

417: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:38:14.74 ID:9H96sgaS0
凛「……薄々勘づいていたくせに」

樹里「あ?」

凛「だから、今日はお弁当、作らなかったんでしょ? “私のプロデューサー”に」

樹里「……ッ!!」グッ


凛「私が言ったんだ」

樹里「何……!?」


凛「私が最初に、樹里には秘密にしようって、皆に言ったんだよ」

凛「わざわざ都合の悪いこと、樹里に言うことなんか無い、って」

樹里「! ……」


凛「あの時打ち明けようと思ったのだって、
  智代子が復帰して、樹里の346プロに対する憎しみが薄れたのを見て取ったから」

凛「つまり、自分達に都合の良いように、私は樹里に接してきたってこと」

418: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:39:11.09 ID:9H96sgaS0
タタタ…!

未央「い、いた! あっ……!」

卯月「凛ちゃん……じゅ、樹里ちゃん!?」


咲耶「樹里……!」



凛「私は樹里を騙して、振り回した……それは言い逃れしないよ」

凛「何か文句ある?」

樹里「…………」



智代子「と、止めないと…!」ダッ

夏葉「待って、智代子」

智代子「ふぇっ!?」ピクッ


夏葉「…………」

419: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:40:11.79 ID:9H96sgaS0
樹里「…………」

樹里「……ッ」グッ

パッ

凛「? ……え」


樹里「…………チッ」ワシャワシャ

樹里「あぁ、文句ならあるぜ」

樹里「凛らしくもねぇ……そうやってつまらねぇウソをつくの、やめろよな」

凛「……!」


樹里「……アタシに気づかせるためだったんだな」

樹里「おかしいと思ったぜ。何で急に、弁当作りを教えろなんて……」

樹里「それもプロデューサーのための……明日作るんだ、なんて、わざわざアタシに……」

凛「…………」

420: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:41:29.55 ID:9H96sgaS0
樹里「お前が誰かを騙すとか、そういう狡い真似、できるわけねぇだろ」

樹里「もう分かってんだよ……
   アタシに隠すよう言ったのは、プロデューサーだってことくらい」

凛「樹里……」


卯月「じゅ、樹里ちゃんっ!!」ダッ!

未央「あ、しまむ…!」


樹里「! ……卯月」

卯月「樹里ちゃん、待ってください!
   プロデューサーさんは、悪気があったんじゃないんです!」

卯月「いつだって、プロデューサーさんは私達みんなのこと、大事に思ってくれていて……!」

卯月「だから、樹里ちゃんを騙そうとか、そんな……そんな事なんかじゃ…!!」

樹里「あぁ、分かってる」


卯月「……ふぇ?」

421: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/20(月) 23:42:29.50 ID:9H96sgaS0
樹里「曲がりなりにも、アタシだってアイツの担当アイドルだ。
   どんな考え方してるかくらい、少しは分かるよ」

樹里「だけど……筋は通してもらわねぇとな」


樹里「凛。プロデューサー、後であの公園へ連れてきてくれ」

凛「え?」



樹里「ついでにもう一つ」

樹里「動きやすい服装で来い、ってな」

424: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 20:50:47.16 ID:sUxM0O3Y0
~346プロ 常務室~

美城「園田智代子をゲストに指名しただと? 283プロの?」

美城「即刻キャンセルだ。
   わざわざ格の低いアイドルを選んで共演するなど、デメリットでしかない」

『そ、それがもう、当初の候補だった人達も予定が埋まってしまって、
 今から調整は不可能でして……』

『それに、高垣楓さんがどうしてもと、強く要望されたそうなのです……
 せ、責任も、自分と346プロが取りますから、と……』

美城「……それほどに、か」


美城「話は分かった」

ガチャッ

425: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 20:51:37.63 ID:sUxM0O3Y0
美城「…………」

美城(……然したる主体性など、有していないアイドルだと思っていた。
   波風を立てず、しかし持ち前のポテンシャルでなるべくして結果を得てきたものだと)

美城(しかし、高垣楓……
   私のプロジェクトへの参加を拒むばかりか、独断でそのような事を進めるなど)

美城「……!」ピクッ


カタカタカタ…

美城「園田智代子……あのオーディション」カタカタ…

美城「そして、その同伴者……」カタカタカタ…

美城「……西城樹里!」カチッ


美城(そして、ここ最近連続して発生している、業界人達の不可解な失脚……)

美城(先日、黒井祟男から聞き出した話の内容……)


美城「………………」



美城「そういうことか」

426: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 20:52:09.61 ID:sUxM0O3Y0
~公園~

スタスタ…

武内P「……そうでしたか」


凛「……ごめん」

凛「私が、勝手なことを……」

武内P「いえ……時間の問題だとは、考えていました」


未央「……ジュリアンたしか、こっちの方へ来い、って」

スタスタ…



卯月「ここは……バスケットコート?」

427: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 20:53:15.47 ID:sUxM0O3Y0
樹里「来たか」

武内P「!」クルッ


ダムッ!


未央「ジュリアン……?」


ダムッ!


卯月「……バスケット、ボール」


ダムッ

樹里「動きやすい服装で来い、っつったろ」ダム ダム …

武内P「…………」

樹里「まぁ、アンタらしいけどよ」スッ

428: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 20:54:17.56 ID:sUxM0O3Y0
夏葉「樹里……あまり乱暴はしちゃダメよ」

咲耶「どうか感情的にならないようにね」

樹里「この格好見て分かんねぇかよ? 大きなお世話だぜ」

智代子「う、うん……」


未央「さくやん達も、来てたんだ……」


樹里「おい、そこに立ちな」

武内P「……?」スッ

ザッ



樹里「アンタ、バスケの経験は?」

429: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:01:30.65 ID:sUxM0O3Y0
武内P「……学生時代に、少々」

樹里「ふーん、“少々”ね……」


樹里「……」ヒュッ

武内P「!」パシッ

武内P「あ、あの……西城さん、これは……?」

樹里「あ? 寝てんのか?」


樹里「1on1だよ。アンタとアタシ、10点先取だ」

武内P「……」

樹里「アンタが勝てば、何も文句は言わねぇ。このままアイドル続けてやる」

樹里「そのかわり、アタシが勝ったら……」


樹里「洗いざらい話してもらうぜ……アンタがアタシに隠していたこと、全部」

430: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:02:04.51 ID:sUxM0O3Y0
武内P「…………」


樹里「おら、ボール」クイッ

武内P「……」ヒュッ

樹里「……」パシッ

ダッ!

武内P「ッ!?」


樹里「……」キュッ!

ダムッ! ギュォッ!

431: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:03:42.24 ID:sUxM0O3Y0
武内P「む、お……!?」グラッ

武内P「ッ!!」ドテッ

樹里「……ッ」ダッ!

シュバッ!


パスッ…!


   テンッ テン テン テテテテ…


武内P「……!」


未央「あ、アンクルブレイク……!」

夏葉「からのレイアップシュート……見事なスピードとキレね」

卯月(か、カッコいい……)

432: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:04:31.80 ID:sUxM0O3Y0
樹里「フンッ」

スッ

武内P「…………」


樹里「アンタの番だぜ」


武内P「…………」ヒュッ

樹里「……」パシッ ヒュッ

武内P「……」パシッ


武内P「…………」ダムッ

ダムッ


樹里「……」ザッ


樹里「言っとくけど……
   女が相手だと思って、手加減なんか考えんなよな」

433: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:05:34.27 ID:sUxM0O3Y0
武内P「……」ダムッ

樹里「部活は中学で辞めてっけど、
   野良で男子連中に混ざってストバスやってた時期もあったんだ」

樹里「フィジカル頼りのパワープレーしか脳がねぇヤツなんざ、
   アタシにとっちゃカモなんだよ」

武内P「……」ダムッ


樹里「いや……アンタの場合、
   気に掛かるのは女というより、“担当アイドル”が相手、ってところか?」

樹里「なぁ、“プロデューサー”?」


武内P「……」ダムッ

ダッ!

樹里(来る……左っ!)ザッ!

434: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:07:35.44 ID:sUxM0O3Y0
武内P「……!」ギュッ!

ダムッ! バッ!

樹里(違う、ターンして逆か!)

樹里(デケぇ身体を背にしてアタシからボールを隠すように……!)

樹里(へっ、やっぱりフィジカルか! 甘ぇんだよ!!)キュッ!

ザゥッ!

樹里(シュートモーションに入る時にはゴールに正対せざるを得ねぇ……!)

樹里(アタシを躱せるかってんだよ!)


キュッ! ダムッ!

樹里(ここだっ! もらった!!)バッ!

435: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:08:45.21 ID:sUxM0O3Y0
サッ スカッ

樹里「!?」

キュッ! ブオッ……!


樹里「なっ……!?」

武内P「……」フワッ…

シュッ!


咲耶「フェイダウェイ……!?」


樹里「……ッ!」クルッ


パスッ


   テンッ テン テン テテテテ…


卯月「ぷ、プロデューサーさんもカッコいい……」

智代子「素人目でも、すっごい綺麗なフォームだったねぇ」

436: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:09:56.69 ID:sUxM0O3Y0
樹里(完全にマークを外された……あのバックステップのキレ味)

樹里(そっから飛んでシュートを打つまでの動作移行……体幹の維持)

樹里(しかも、あんな踏ん張りのきかなそうな革靴で……)


樹里(ふざけやがって、何が“少々”だ)


武内P「あなたの番です」スッ

樹里「……」ヒュッ

武内P「……」パシッ ヒュッ

樹里「……」パシッ

ダムッ


樹里「……そのガタイでトリックプレイとはな。恐れ入ったぜ」ダムッ

武内P「…………」

樹里「いや……トリックってほどじゃねーか。単にアタシの判断ミスだ」ダムッ

437: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:11:43.30 ID:sUxM0O3Y0
樹里「だがなっ!」ダッ!

ダムッ! ダッ!

武内P「!」キュッ!

樹里(……と見せかけて右!)バッ!

武内P「……!」ザッ!

樹里(読まれたか! ヘッ!)キュッ! ダムッ!

樹里(織り込み済みだぜっ!!)ザォッ!

キュッ! シュバッ! 

武内「むっ!?」


樹里(こういうのはどーよ!?)グオッ!

シュッ!


夏葉「フックシュート!?」

凛(プロデューサー、出遅れた……!)

438: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:12:13.15 ID:sUxM0O3Y0
武内P「ッ!」バッ!

樹里「……な!?」


武内P「……むぅん!」ブンッ!


バチィンッ!!


樹里「うおっ!?」

ダンッ!


卯月「うひゃあっ!?」バシッ!


武内P「あっ! し、島村さんっ!」

未央「うっひょぉ~~……見事なハエ叩き」

439: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:13:05.76 ID:sUxM0O3Y0
武内P「も、申し訳ございません! お怪我はありませんか!?」

卯月「い、いえ、全然……」

武内P「……」ホッ


武内P「…………」チラッ


樹里「……タイミングを外したつもりだったんだけどな」

樹里「やるじゃねぇか。膝にバネでも仕込んでんのか?」

武内P「…………」


樹里「面白ぇ」ニヤッ

440: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:14:20.55 ID:sUxM0O3Y0
ダムッ! ダンッ!

樹里「うぉらぁぁ!!」グァッ!

武内P「うっ……!」


智代子「な、なにィ!?」

未央「出たぁー!! ジュリアンのダブルクラッチだァァーーッ!!」



武内P「フッ!」ダムッ!

樹里「くっ! うぉ!?」

シャッ! ザォッ!


夏葉「フェイント!?」

卯月「プロデューサーさんが二人になってます!!」

凛「いや、なってないから」

441: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:15:23.62 ID:sUxM0O3Y0
~数十分後~

樹里「うりゃ!」バチンッ!

武内P「ぐっ!」

テンッ テン テテテテ…


樹里「っし! ……ハァ……ハァ……!」

武内P「くっ…………はぁ……はぁ……」ガクッ


智代子「8対6……!」ゴクリ…


咲耶(……プロデューサーの動きに、精彩さが失われてきている)

咲耶(まして、樹里との接触を極力避けるプレースタイルを続けていては、
   明らかにプロデューサーの分が悪い)

442: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:16:43.15 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……」ヒュッ

武内P「……」パシッ ヒュッ

樹里「……」パシッ

ダムッ

樹里「…………」ダムッ


武内P「はぁ……はぁ……」



智代子「プロデューサーさん……ひょっとして、樹里ちゃんに遠慮してるのかな」

夏葉「そうだとしても、どのみち体力面でのハンディキャップは否めないわね」

未央「現役アイドルな上に、バスケの腕も運動神経も抜群だよねぇ、ジュリアン」


凛「…………」

443: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:17:53.24 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……」ダムッ

武内P「はぁ、はぁ……ッ」グッ


樹里「……」ダムッ

ダムッ! ヒュバッ!

武内P「く……!」

ガッ!

武内P「ッ!?」グラッ

樹里「……」ザゥッ!

キュッ!

シュッ


パスッ


樹里「……」スタッ


武内P「はぁ……はぁ……はぁ……!」

444: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:18:43.25 ID:sUxM0O3Y0
夏葉「これで9対6……どうやら勝負あったようね」

卯月「プロデューサーさん……!」ギュッ


武内P「はぁ…………はぁ……」ググッ…


樹里「……気張ってみろよ」スッ

武内P「…………」

樹里「アタシに秘密を明かしたくねぇんならな」


武内P「……」ヒュッ

樹里「……」パシッ ヒュッ

武内P「……」パシッ


樹里「…………」ザッ

445: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:19:32.14 ID:sUxM0O3Y0
武内P「…………」ダムッ

ダムッ


ダムッ


ダムッ ダムッ

武内P「……ッ」ダムッ!

ダムッ! ダッ!


智代子「行った! 正面!?」

咲耶(いや、性格からしてプロデューサーは強引には行かない……!)

咲耶(必ずサイドに躱そうとするはずだ。そして樹里には既に見抜かれている!)


樹里「……!」バッ!

ダッ!

446: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:20:44.15 ID:sUxM0O3Y0
夏葉「!?」

未央「わっ、ちょっ……!」

凛(ボールではなく、真っ直ぐにプロデューサーへ……樹里!?)


武内P「な……!?」

樹里「う、おおおぁぁぁぁっ!!」グオッ!

ドガッ!

武内P「むぅっ!!」

樹里「! ぐぁっ……!!」

ドサッ

グキッ!

樹里「ぐっ!! う……!」


夏葉「! 樹里っ!!」

卯月「樹里ちゃん!! 大丈夫ですかっ!?」ダッ!

タタタ…!

447: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:22:33.49 ID:sUxM0O3Y0
樹里「く……っ痛……!」グッ…!

武内P「西城さん!」

智代子「じゅ、樹里ちゃん、血が……!」


夏葉「見せて、樹里」スッ

樹里「い、てて……大丈夫だって、騒ぐ、な……ッ!」

夏葉「……」グイッ

樹里「ぁい゛っっ!! ……ッ!」ズキンッ

未央「ジュリアン……!」


夏葉「……接触時に、額をプロデューサーの肘にぶつけた。
   出血しているとはいえ、そっちは大した怪我ではないようだけれど……」

夏葉「倒れて右手を地面についた際、手首を捻ったようね。
   早めにお医者様へ診せた方が良いわ」

448: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:24:23.00 ID:sUxM0O3Y0
咲耶「確か、公園を出てすぐ近くにクリニックがあったはずだ。
   専門医に診てもらえるか、問い合わせてみよう」スッ

夏葉「えぇ、お願い。
   さぁ樹里、まずはあそこの水道で冷や…」

樹里「いいって、言ってんだろ……!」グッ

夏葉「言うことを聞きなさい」


武内P「西城さん……なぜ……」

武内P「なぜ、あのような無茶をされたのですか……」

樹里「…………」


武内P「ラフプレーに頼らずとも、あなたであれば、
    今の私からボールをカットする事は容易かったはずです」

武内P「たとえそれが敵わず、点を入れられても、9対7……
    残りのゲームで、じっくり勝利を決めることもできた」

449: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:26:27.39 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……アンタの言う事は正しいよ」

樹里「そうやって勝利をたぐり寄せた方が、確かに利口だよな」


樹里「でも……この勝負は、元々アタシに有利なモンだ」

樹里「アンタがここまでバスケできるとは思ってなかったけどよ……」

樹里「それでも、アタシはこんな準備してきて、アンタは普通のスーツ姿で……
   運動の習慣だって、どうせロクに無かったろ?」

樹里「こんなハンデで勝っても、なんかちげーな、って……
   ちゃんと、なんつーか……」

樹里「勝ちに、行きたかったのかもな……アタシなりに、納得できる形で……」


未央「ジュリアン……」

凛「…………」


武内P「……勝負は、私の負けです」

樹里「まだ終わってねぇだろ、いっ……ッ!」ズキンッ

450: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:27:42.57 ID:sUxM0O3Y0
咲耶「先ほどのクリニックだが、すぐに診てもらえるそうだ。
   さぁ行こう、樹里。智代子もついて来てくれるかい?」

智代子「う、うん!」


樹里「やめろっ!!」

智代子「ひぇっ!?」ビクッ


咲耶「……それは聞き入れられないよ。
   樹里のケガは、早急に手当てが必要のはずだ」

咲耶「それを拒むというのなら……理由を聞かせてほしい」

咲耶「私達だって、樹里への想いに納得が必要なんだ」


樹里「…………」



樹里「……もう、同じ思いをするのは嫌なんだよ」

樹里「あんな、惨めな思いは、もう……」グッ…

451: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:29:14.22 ID:sUxM0O3Y0
凛「……樹里、中学までバスケをやってたんだよね?」

樹里「…………」

凛「それと、関係があること……?」



樹里「……アタシがいた中学のバスケ部は、創部以来初めて県大会優勝してさ」

樹里「関東……ゆくゆくはインターハイも夢じゃねぇかも、
   なんて、メンバー皆ではしゃいでた」


未央「……えへへ、すごいじゃん!」

樹里「へっ、アタシが凄かったんじゃねぇよ……」


樹里「キャプテンで……いわゆる、司令塔のポジションを担うヤツがいてさ」

452: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:31:55.72 ID:sUxM0O3Y0
樹里「背はそんな高くねぇけど、ボール捌きが抜群に上手くて、視野も広くて……
   それに、明るくて優しくて、皆のムードメーカーで」

樹里「いつも皆の中心で笑ってて、チームの力を実力以上に引き出してた……
   ソイツがいたから、アタシ達は勝てたようなモンだった」

樹里「親友だったんだ……アタシだけじゃなく、皆そう思ってただろうな」


樹里「ある時、ソイツが練習時間になっても来ねぇからさ……探しに行ったんだ」

樹里「学校の隅っこの、もう使われてないオンボロ倉庫の中に、ソイツはいた」


樹里「人目に隠れて、タバコを吸ってたんだ」


凛「……!」

卯月「た、タバコ……!?」

樹里「中2だぜ? 結構ヤンチャしてるよな、ハハ……」

453: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:34:07.18 ID:sUxM0O3Y0
樹里「親父のを、黙って持ってきたんだってよ……
   その時初めて吸った、って……それはたぶん、本当なんだと思った」

樹里「知らなくても一目で分かるくらい、まるで手つきが慣れてなかったからな……」


樹里「初めての関東大会で、部の内外からも期待を集めて……
   相当、プレッシャーを与えちまったんだと思う、アタシ達も」

樹里「それに、ソイツの家庭も、ちょっと問題を抱えてたみたいでさ……
   親父や母親からも、怒鳴られたり、暴力とかも……全然アタシ、知らなくて……」

樹里「友達ヅラして、一方的に追い詰めてた……
   たどたどしくタバコを持つソイツの姿を見て、初めてその事に気づいたんだ」

未央「そんな、ジュリアン……!」


樹里「咄嗟に、ソイツに言ったんだ……アタシがやった事にしろ、って」

454: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:35:07.59 ID:sUxM0O3Y0
智代子「!? そ、そんなの……!」

夏葉「……樹里、それは間違っているわ」


樹里「ああ、そうだよ。間違ってた」

樹里「たぶん、そん時も気づいてたさ……でも、そうするのが一番良いと思った」

樹里「ソイツがいなきゃ、関東も、その先も勝ち抜けるワケがねぇんだからな」

樹里「それがチームのためになると思ったんだ」


樹里「でも、アイツは自白して……辞めた」

咲耶「…………」


樹里「代わりに関東大会初戦のコートに立ったのが、アタシだった」

455: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:36:58.15 ID:sUxM0O3Y0
樹里「結果は散々……ってほどでもなかったかな。
   中盤までは、まだ勝負になってた」

樹里「でも、第3クォーターから、やっぱり地力の違いが出てきてさ……
   点差も、どんどん開いてって……」

樹里「アタシがやらなきゃ、って思ったんだ……
   ここでスリーを決めて、チームを勢いづけて第4クォーターを迎えれば、勝ち目が見えてくる……!」

樹里「アイツの代わりに、アタシが皆の精神的支柱になってやるんだ、って!」グッ…


樹里「でも……アタシのボールは、リングに届きすらしなかった」

樹里「相手チームに取られて、あっさりカウンター決められて、ますます点差が開いて……」


樹里「元々厳しい先生だったけど……ウンザリするほど責められたな。
   逆に、チームのメンバーは、皆アタシを擁護してくれた。励ましてくれた」

樹里「その優しさが、すげぇ辛くてさ……」

卯月「……樹里ちゃん」ジワッ

456: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:38:13.96 ID:sUxM0O3Y0
樹里「あの日から……アタシは、空っぽになった」

樹里「あれだけ一生懸命、自分の全てとさえ思ってたバスケを辞めて……
   まぁ、そりゃそうだよな」


樹里「あんなに夢中になって頑張ってたから、全てだったんだ」

樹里「だから、アタシは……夢中になる事が、怖くなった」

武内P「……!」ピクッ

咲耶「そうか……樹里、君は……」


樹里「……なぁ、プロデューサー」

樹里「初ステージの時、アタシ……途中で身体固まって、動かなくなってたろ?」

武内P「……はい。子供が落ちそうになっていたのを、目の当たりにされて」

樹里「違うんだよ」

457: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:39:56.57 ID:sUxM0O3Y0
樹里「子供は関係ない……思い出しちまったんだ」

樹里「土壇場でスリーを外した、あの試合を……トラウマ、ってヤツなのかな」

武内P「! ……」


夏葉「……ひょっとして、サマーフェスのアレも?」

樹里「ヘッ、やっぱ夏葉も気づいてたか……あぁ、そうだよ」

樹里「絶対にミスしちゃダメだ、って……思えば思うほど、あのスリーを思い出しちまう」

樹里「バスケに全てをかけてたアタシの心の傷は、アタシが考えている以上に深かった」

樹里「夏葉の言う通りだぜ。
   手を伸ばさないままでいれば、ケガをする事もねぇ」

夏葉「ッ……私は、そんな……!」

樹里「いいんだ」フルフル


樹里「それもあるのかな……
   本当はアタシ、今は346プロにさほど怒りを感じちゃいねーんだ」

樹里「薄々、自覚しちゃいたけどな……」

458: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:45:16.20 ID:sUxM0O3Y0
樹里「智代子が立ち直ってくれた後、アイドルを辞めようと思えばできた。
   でも……手放す度胸が持てなくて、かといって、のめり込む勇気さえ無くて……」

樹里「アイドルを好きになりそうな自分が怖くて……
   自分の中で、アイドルがどんどん大きくなっていくのが怖くて……」

樹里「だから、打倒346プロっていう建前を振りかざして、
   一生懸命やるフリだけしながら、一線を引いてさ」

樹里「プロデューサーが、ロクな活動を寄こしていないのも、認識してた。
   踏ん切りつかないアタシは……そのぬるま湯にダラダラと浸かってたんだ」

樹里「ハンパはしたくねーとか言っといてな……ほんと、自分勝手だよな、ハハ……」



咲耶「樹里……いや、これはプロデューサーに聞くべきだろうか」

武内P「……? 何でしょう、白瀬さん」

咲耶「一つ確認させてほしいんだ。
   樹里がアイドルを辞められなかったのは、樹里の気持ちだけじゃない」

咲耶「樹里の事を狙う者達がいるからだと、私は認識していたのだが……違うのかい?」

武内P「! ……どうして、それを」


凛「私が言ったんだよ」

武内P「渋谷さん……」

凛「プロデューサーや樹里だけが、抱え込んでちゃいけないと思ったから」

樹里「…………」

459: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:51:25.82 ID:sUxM0O3Y0
咲耶「どうか凛を責めないでほしい、プロデューサー」

咲耶「私も、天井社長から薄々話を聞かされていたから、何となくの察しはついている。
   だから……本当のことを聞かせてくれないか」


武内P「……正直に打ち明けますが、その通りです」

武内P「かの346プロのオーディションでの不正の事実を知る西城さんは、狙われている……
    身柄だけでなく、その命さえも」

未央「い、命……!?」

武内P「不正を知られて最も困るのは、346プロです」

智代子「そんな事まで……」

夏葉「なるほど、だからあなたは346プロではなく、961プロとして樹里をスカウトしたのね」

夏葉「それに、身柄の安全を確保するために樹里を匿おうにも、
   346プロとしてスカウトしたのでは樹里は応じないだろう、と」

武内P「はい、仰る通りです」


夏葉「だったら、樹里を救う方法はあるわ」

武内P「……?」

樹里「は?」

460: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:54:03.79 ID:sUxM0O3Y0
夏葉「あのオーディションの実態を知る当事者が、ここにも一人いるのをお忘れかしら?」ニコッ


卯月「な、夏葉さん……!」

武内P「待って下さい、有栖川さん。良からぬ事を考えるのはおやめください!」

夏葉「何? 良からぬ事って」

武内P「あなたがこの問題に関わると、あなたにも危害が及ぶ事になります!」


夏葉「あまり自分で言いたくはないけれど、私も世界的な大企業を営む有栖川家の人間なの」

夏葉「当代たる父の影響力をフルに活用して、346プロの追求を牽制し阻む事は、不可能ではないわ」

夏葉「つまり、樹里ではなく、実際にそのオーディションに参加した私がその不正を告発する……
   もし私の身に何かあれば、有栖川グループの総裁が黙っていないだろう、ともね」

夏葉「実家に頼ることは本意ではないけれど、樹里を守るためなら是非も無いことよ。
   何より、当事者である私が告発した方が、信憑性も話題性も担保できる」

夏葉「どう? 何かご不満はあるかしら」ファサッ


武内P「う、うむ……」

未央「ブレの無いなつはしのつよさよ」ゴクリ…

461: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:55:47.06 ID:sUxM0O3Y0
樹里「余計な事をしないでくれ」

樹里「元々アタシが吹っ掛けた喧嘩なんだ。夏葉には関係ねぇ」

夏葉「あら。あのオーディションの参加者でないあなたよりは、関係あると思うけど?」

樹里「そういう事じゃなくて、あーもう……!」ワシャワシャ


夏葉「あなたの過去も知らずに、身勝手なことを言ったのは謝るわ」

夏葉「それでも、身勝手をさせてほしいのよ。
   あなたに気兼ねなく、アイドルを続けてもらえるように、ねっ?」ニコッ

樹里「……知るか」


智代子「……樹里ちゃん、聞いて」

智代子「私が立ち直れたのってね……
    樹里ちゃんがアイドル、やってくれたおかげなんだよ?」

樹里「…………」

智代子「ガラじゃねぇ、だなんて、あんなに恥ずかしがってた樹里ちゃんが、えへへ……
    私なんかのために、あんなに、一生懸命、キラキラで……」

智代子「すっごく練習、したんだろうなぁ、って……!」グスッ

462: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:58:14.87 ID:sUxM0O3Y0
智代子「だからね、樹里ちゃん?」ジワ…

智代子「樹里ちゃんがやってきたこと、ハンパなんかじゃ……!」

智代子「……ッ!」ゴシゴシ

智代子「ハンパなんかじゃ全然ないよっ!」

智代子「私はずっと! 樹里ちゃんに感謝しなくちゃ、って……だから!
    それを伝えるために、アイドルやってたい、って! 思って……!」

智代子「今度は、私の番だ、って、うぁ……お、思うから……っ!」ポロポロ

智代子「あぁ、アイドルってすごいなぁ、いいなぁ、って……!
    樹里ちゃんにも、おも……ひ、ぃ、思って、もらいた、て、わたし……!」

樹里「チョコ、もういい……もういいよ」

智代子「よくないっ!! い、ぃぅぅ……!」ボロボロ


樹里「アタシなんかのために、皆もう……そういうの、やめてくれよ」

樹里「怖くなっちまうんだよ……アイドルのことも、皆のことも……」



武内P「……西城さん。一つ、誤解されていることがあります」

463: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 21:59:58.70 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……?」

武内P「私が西城さんの仕事量を、意図的に少なくしていたのは、
    西城さんがこれ以上、アイドルに没頭するのを避けたかったからではありません」

樹里「知ってるよ……やべぇヤツらからアタシを守るためだろ?」

武内P「はい。ですが、それだけではありません」

樹里「え?」


武内P「私も、恐れたのです……プロデューサーとしての本来業務を果たす事を」


樹里「な……何だよ、それ?」


武内P「黒井社長から、先日指摘された事があります」

武内P「西城さんを表舞台に出そうと出すまいと、既に動向を観察している者はいる。
    どう立ち回ろうと、もはや注目は逃れられない、と……」

咲耶「…………」

夏葉「それじゃあ……なぜあなたは、樹里に目立った活動をさせずに匿い続けたの?」

464: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:01:41.90 ID:sUxM0O3Y0
武内P「資格が無いのではと、考えるようになりました」

武内P「私のような人間が、アイドルを輝かせようなどという資格が……」

未央「え……」

凛「……詳しく聞かせて」


武内P「……かつて、担当していたアイドルがいました」

武内P「聡明、かつ快活な人柄で、誰からも愛される、花のような人でした」

武内P「しばらくは、順調に活動を続けていたのですが……」


武内P「ある時、とある週刊誌に突然、彼女に関するゴシップ記事が掲載されたのです」

樹里「ゴシップ?」

武内P「男性芸能人との不倫……それも、一人や二人ではなく、あらゆる方面の……
    当然ですが、根も葉もないものでした」

465: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:04:27.69 ID:sUxM0O3Y0
武内P「ですが……当事者たる芸能人達含め、関係者が皆、口裏を合わせたのです」

武内P「ゴシップであるはずのその記事は、やがて真実として各所で報道される事になりました」

智代子「そ、そんな……!?」


武内P「彼らにとっては、ある種の炎上商法と言うのでしょうか……
    多少の汚名よりも、話題性を得る事を良しとする者達で、結託をしたようです」

武内P「そして、それを指揮していたのは、
    当時ライバル関係にあったアイドル事務所のプロデューサーでした」


武内P「私の担当アイドルは、ご家族も含め、メディアに食い潰され……
    そのまま、引退に追い込まれたのです」


夏葉「何てこと……」

未央「そんな……後でそれがウソでしたって、釈明できなかったの!?
   そんなのあんまりだよ!」

武内P「もちろん、力を尽くしました。ですが……」

凛「覆せなかったの……? そんな、酷いことって……!」

466: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:06:04.79 ID:sUxM0O3Y0
武内P「私は、そのライバル事務所のプロデューサーに、抗議をしました」

武内P「ですが、彼は鼻で笑い、こう答えたのです」


武内P「“事故”にあったようなものだ……
    この業界、こんなのはよくある事だろう、と」

武内P「これからは、身の振り方を弁えるんだな、とも……」

樹里「…………」


武内P「私は、怒りと憎悪に取り憑かれました」

武内P「不条理な動機と手段で、私の担当アイドルを社会的に殺したその男を」

武内P「何より、彼女の汚名を晴らすことができなかった、私自身の無力さにも」



武内P「だから私も……同じ事をしたのです」

凛「……!?」ピクッ

467: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:08:24.15 ID:sUxM0O3Y0
武内P「その男と、彼の担当アイドルを……“事故”に遭わせました」


一同「!!」


武内P「主に行うことは、業界関係者への根回しと誇大広告、SNS上での宣伝工作……」

武内P「興信所に依頼し、相手の汚点となるネタを掻き集め、
    これをマスコミや週刊誌にリークするなども行いました」

武内P「当時持っていた私財のほとんどを費やし……
    それでも足りない分は、事務所の資金を横領して、この活動に充てました」

武内P「あの時の私は、自分の行いは正しいのだと、信じて疑わなかった。
    いや……信じ込もうとしていた」

武内P「担当していた、彼女の無念を晴らすためなのだと」

武内P「後で自分や事務所がどうなろうと、関係無い。
    今すべきことに、全てをかけ、全てを失う覚悟で、私は……復讐を果たしました」


卯月「……ッ」ポロポロ

凛「プロデューサー……」


武内P「本懐を遂げた私に、やがて近づく男がいました。
    961プロの、黒井祟男社長です」

468: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:12:04.44 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……気になってた事がある」

樹里「アンタが346プロの人間であるのは分かったけどよ……
   961プロのプロデューサーだってのは、結局ウソだったのか?」


武内P「はい。厳密に言えば、正しくはありません。
    あくまで私は、346プロのプロデューサーです」

武内P「ですが、961プロにおいても、それとほぼ同等の権利を与えられている、ということです」

未央「……それって、つまり?」


武内P「黒井社長が私に、協力関係を持ちかけたのです」

武内P「有事の際に、961と346、双方にとって害を為す存在を抹消する……
    その手を下すことを、担ってくれないかと」

武内P「協力をしてくれるなら、私の社会的なステイタスを、全て保障する……
    確実に隠蔽するし、私が無断で横領した346プロの資金も、961プロが補填をしよう、と」

武内P「そうすれば、まだ貴様は、アイドルのプロデューサーを続けられるだろう……」


夏葉「……あなたはそれに従った、ということね」

武内P「そうです。そして……
    346プロの会長と961プロとで、正式かつ秘密裏に、契約が結ばれたのです」

469: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:13:24.28 ID:sUxM0O3Y0
武内P「間接的に相手を陥れるものや、直接的なもの……
    “仕事”の内容は、様々でした」

智代子「直接的、ってどんな事、ですか……?」

武内P「とてもあなた方に、お教えできる事ではありません」

智代子「……!」ゾクッ

武内P「それだけの事を、私は重ねてきたのです」

咲耶「…………」


武内P「これは“事故”なのだ……よくある事なのだ、と……」

武内P「不条理に手を染める私の心を慰めたのは、皮肉にも、あの憎き男の言葉でした」

武内P「この行いは、私の担当アイドルのためなのだと」

武内P「そう、心の中で繰り返し、黙して“仕事”をこなしてきた……
    そんなある日の事でした」

470: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:15:47.07 ID:sUxM0O3Y0
武内P「繁華街を通りがかった時、路上で泣き叫ぶ一人の女性を見かけました」

武内P「見るからに正気ではなく、呂律も回っていない……
    みすぼらしい風貌の、若い人でした」

武内P「気にも留めまいと、通り過ぎようとしたのですが……
    よく見て、気がついたのです」


武内P「その女性は、私が陥れたあの男の、担当アイドルだった人でした」

樹里「……ッ!?」

卯月「もう、やめて……!」


武内P「何を言っているのかは分からない。
    ですが……あらん限りの憎しみや怨嗟を、周囲に吐き出しているのが見て取れました」

武内P「かつて復讐を遂げた相手の、変わり果てた姿を見て、私は……
    逃げるようにその場を後にしたのです」


武内P「その日以来、私は……眠ることが出来なくなりました」

471: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:18:17.71 ID:sUxM0O3Y0
武内P「目を閉じると、瞼の奥に、私の担当アイドルとその女性の姿が重なるのです」

武内P「かつて“事故”に遭わせた、数々の芸能関係者達もまた……同じ末路にあるのだと」

武内P「私は、多くの光を奪った……その私が、誰かに光を諭す事など……」

武内P「まして活躍をさせて注目を浴びれば、同じ目に遭わせようとする者も現れるかも知れない……
    かつての私の担当アイドルや……私が陥れた者達のように」

武内P「だから、私は西城さんを、守るという名目で、活動をさせてこなかった……
    いえ、活動させることが出来なかったのです……」


凛「……やっと、分かった」

凛「プロデューサーの事だったんだね……復讐に身を任せ、暗く深い闇に堕ちた者って」

凛「取り返しのつかない所までいって、二度と光を見ることはできない……」

武内P「…………」


凛「でも……それでもプロデューサーは、助けようとしたんでしょ?」

凛「樹里のことを……樹里が、自分と同じ道を進んじゃう前に」

凛「苦しみを知っているからこそ、見過ごせなかったから助けた、って、言ってたじゃん」

樹里「……知らなかったぜ。そんな話をしてたのか」


凛「それで……樹里はもう、346プロにさほど怒りを抱いていない、って、それは本当?」

472: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:19:41.31 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……あぁ」

樹里「別に、凛達が346プロだって分かったからじゃない」

樹里「それにまだ、智代子を苦しめた事が許せねぇって気持ちも、もちろんある」

智代子「樹里ちゃん……」


樹里「でも、まぁ……薄れちまった、ってトコだ」ポリポリ


凛「ありがとう、樹里」

凛「だったら……プロデューサーはやっぱり、樹里を救ったんだよ」

武内P「……私が、西城さんを?」

凛「うん」コクッ

凛「だから、その……あんまり自分を責めなくてもいい、っていうか……」

夏葉「凛」

凛「えっ?」


夏葉「私はプロデューサーを許してはいけないと思うわ」

473: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:21:09.40 ID:sUxM0O3Y0
凛「ッ……!」

智代子「な、夏葉ちゃん、そんなまた水を差すような事…!」

夏葉「彼の話が本当であれば、簡単に見過ごして良いはずがないでしょう」


武内P「有栖川さんの言う通りです。
    元より私の大義は、復讐を果たしたあの時から、既に失っています」

武内P「いかなる誹りも裁きも、免れる事はできません」

武内P「そのために、西城さん」

樹里「……何だよ」


武内P「もし、有栖川さんのご提案に従うのであれば……
    あなたが346プロからその身を狙われる心配も無くなります」

武内P「つまり、自身を守るためにアイドルを続ける必要が、無くなるのです」

樹里「…………」


武内P「今後の方針を振り返るには、良い頃合なのかも知れません。
    私も……あなたを導く自信が、薄れてきている」

武内P「何者にも脅かされることなく、それまで通りの生活に戻る事も……あなたが望むのであれば」

474: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:22:40.89 ID:sUxM0O3Y0
智代子「樹里ちゃんのプロデュース……諦めるんですか?」

武内P「…………」


未央「ちょ……あ、あの、なつはし、ちょっと待って! あのさ!」

未央「プロデューサーを勘弁してあげるの、できないかな!?
   だ、だって! プロデューサーだって深い事情があって…!」

夏葉「事情があれば他人を陥れて良い道理があると、未央は思っているの?」

未央「うっ……!」ギクッ

卯月「夏葉さんっ……お願いです、そんな!」

咲耶「残念だけど、卯月、未央……夏葉の言っている事は正しい」

卯月「ううぅ……!」


夏葉「彼の手によって、智代子と同じ、いや……智代子以上に苦しめられた人達が何人もいる。
   その事実から、私達は決して目を背けてはならないわ」

凛「夏葉……」


夏葉「かと言って、責任から逃がれる事も許されないわよね」

475: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:24:05.01 ID:sUxM0O3Y0
未央「へ?」

武内P「あ、有栖川さん……」

夏葉「聞こえなかったの?」

夏葉「樹里のプロデュースを辞める事は、逃げだと言ったのよ」


咲耶「樹里とプロデューサー……
   図らずも、二人の間に生まれたモラトリアムに、お互いが利害の一致を見たという訳か」

咲耶「そして、それを氷解するきっかけとなったのが、凛のお弁当だった」

咲耶「私達が考えるべきは、逃避なんかじゃない。
   過去に縛られ、道半ばで自ら夢を絶つなど、この業界に生きる者の本分ではないはずだ」


凛「咲耶……」

未央「えへへ……やっぱりさくやんってば、カッコイイこと言うよねー」ウリウリ

咲耶「そうかな。思ったことを言ったまでさ」ニコッ

476: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:25:27.61 ID:sUxM0O3Y0
樹里「み、皆……?」

卯月「……ねぇ、樹里ちゃん」

卯月「樹里ちゃんは、私達が構うの、迷惑ですか?」

樹里「め、迷惑……なんかじゃねぇって。この間も言ったろ?」

卯月「だったら!」スッ

ギュッ!

樹里「う、うわっ!?」ドキッ

卯月「もっともっと、そばにいさせてください」

樹里「……ッ!」

卯月「私達が差し伸べる手を、怖いなんて言わないでくださいっ!」

樹里「お、お前……」


智代子「えへ……えへへ」ニコニコ

智代子「モテモテですなぁ、樹里ちゃん?」

樹里「は、はぁ!?」

477: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:27:20.47 ID:sUxM0O3Y0
未央「ジュリアン、ユーもう観念しちゃいなよ。
   これだけのお節介焼きに囲まれて、逃げきる方が無理ってもんだよね?」

樹里「う、うるせぇ! お節介を焼く側が言う事かよ!」

未央「あはは、それもそっか!」ニコッ

凛「でも、未央の言う通りだよ」


凛「たとえ樹里やプロデューサーが諦めようと、私達は諦めたくない」

凛「これだけ深い間柄になれた人を、放っておけなんて……
  そんな悲しい事、言わないでよ」

武内P「渋谷さん……」

凛「大体、樹里のプロデュースを諦めるクセに、私達の事は何も言わないの、おかしいよね?」クスッ

武内P「う、む……」ポリポリ


咲耶「さて……私達の想いは、今述べた通りだ」

夏葉「あとは、あなた達の気持ち次第よ」


武内P「…………」

樹里「……おい、プロデューサー」

武内P「は、はい。何でしょう……?」

478: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:28:29.38 ID:sUxM0O3Y0
樹里「ボール、取ってくれ」スクッ


智代子「……えっ!?」

未央「ちょ、ジュリアン…!」


樹里「まだ9対7だ、勝負は終わっちゃいねぇ。
   次はアタシがオフェンスだったよな」

武内P「し、しかし……」

樹里「いいから、ほら」クイッ


武内P「…………」スッ

樹里「……」ヒュッ

武内P「……」パシッ ヒュッ

樹里「……」パシッ


樹里「ッ……!」ズキッ

武内P「…………」


ダムッ

479: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:29:52.48 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……」ダムッ


ダムッ


卯月「……あ、あれ?」

咲耶「リングから、遠ざかって……?」


武内P「あ、あの……西城さん?」

樹里「確か、ここだ」ダムッ

武内P「えっ?」


樹里「あの時、アタシがスリーを打ったのは、この辺りだった」スッ


凛「樹里……」



樹里「なぁ、プロデューサー。一つ賭けをしてみねぇか?」

武内P「賭け?」

480: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:32:01.91 ID:sUxM0O3Y0
樹里「こっからアタシが、スリーポイントシュートを投げる」

樹里「今、9対7……これが入ったら、アタシの勝ち」

樹里「入らなければ、アタシの負けだ。
   この手首じゃ、どのみちゲームは続けらんねぇからな」

樹里「で、そうなった場合、アタシはアイドルを辞める……どうだ?」


夏葉「……何だか、最初と趣旨が変わっていないかしら?」

樹里「なっ!? う、うっせーな、いいんだよ細かい事ぁ!」


樹里「アイドルとしてステージに立つからには、このトラウマは克服しなきゃなんねぇ」

樹里「投げるのは1球だけ。
   一発勝負で入らなきゃ、アタシはそれまでだったってことだ」

卯月「でも、樹里ちゃんは手を…!」

武内P「分かりました」

未央「ぷ、プロデューサー……!?」


武内P「入ったら、アイドルを続けていただけるんですね?」

481: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:34:21.87 ID:sUxM0O3Y0
樹里「へぇー……いいのかよ?」ニヤッ

樹里「卯月が言いかけた通り、今のアタシは万全じゃねぇ」

樹里「それどころか、わざと外して、まんまとアイドル辞めてやる気かも知れないぜ?」


武内P「あなたは、打算的な事をする人ではありません」

樹里「……!」ピクッ

武内P「たとえ後ろ暗い思いがあったとしても、
    目の前のものには真摯に向き合うのが西城さんであると、私は知っています」


樹里「……ったく。
   ホント、アンタって恥ずかしげも無く、よくもまぁ……」


樹里「あぁ。本気でやるよ」

樹里「でないと、諦められるモンも諦められねぇしな」


咲耶「それでこそ樹里だ」ニコッ

樹里「うるせぇ」ザッ


武内P「お願いします、西城さん」



樹里「…………フゥー」

482: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:35:14.95 ID:sUxM0O3Y0
樹里「…………」スゥーッ…

樹里「……」スッ


シュッ…!


未央「行った!」

智代子「お願いっ……!!」ギュッ!


樹里「……ッ」ズキッ



卯月「あ……あぁ……!」

夏葉「軌道が……」



樹里(……ダメ、だな)

483: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:35:54.41 ID:sUxM0O3Y0
ガンッ!


凛「……ッ!」

智代子「そんな、リングに……!」

咲耶「……」フルフル


ダッ!


未央「うぇっ!?」


ダダッ! バッ!


卯月「ぷ、プロデューサーさんっ!?」

484: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:36:41.33 ID:sUxM0O3Y0
武内P「……ッ!」ゴオッ!


樹里「な……えっ!?」


パシッ!

武内P「ッ!」ブォッ!


ガゴォォンッ!!



凛「……ッ!」

夏葉「あ……アリウープ……!」



スタッ

武内P「…………」

485: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:38:00.16 ID:sUxM0O3Y0
樹里「あ、アンタ……」

武内P「ボールは、入りました」

樹里「!」ピクッ


武内P「……あなたは一人ではありません」

武内P「偉そうに言える立場ではないとしても……私は、あなたの力になりたい」

武内P「たとえ躓いても、私や皆さんがあなたの力になり、支え続けます。
    あなたに手を、伸ばし続けます」

武内P「そうして共に夢を目指すことの尊さを、見出していきたいと……
    ようやく、そう思うことができました」

武内P「ここにいる皆さんのおかげで……だから、西城さん」


武内P「もう一度、あなたをプロデュースさせてください」

486: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:39:04.45 ID:sUxM0O3Y0
樹里「…………」

樹里「どいつもこいつも、勝手なこと、言ってくれるぜ……」

樹里「まぁ……悪くねぇ」


樹里「アタシの勝ちだな」ニカッ

武内P「いいえ、西城さん」

武内P「“私達”の勝ちです」ニコッ

樹里「ヘッ! 言ってろ」



凛「樹里……良かった」

咲耶「ああ。しかし、プロデューサーの罪が消えた訳じゃない」

智代子「そ、そこはほら! 向き合った上での償いをと言いますか……!」

夏葉「ええ、そうね」

夏葉「凛が語ったように、彼が樹里や智代子を救ったことも事実だから」

487: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:40:29.38 ID:sUxM0O3Y0
未央「要するに、私達がやることは変わんないってことでいいよね?」

夏葉「ふふっ……ええ」ニコッ

卯月「それさえ分かれば、私達、頑張れますっ!」ギュッ


武内P「行うべきことは山積みです。
    これからしばらく、相応にハードなスケジュールになることを予めご承知ください」

樹里「何か目標とかあんのか?」

武内P「約二ヶ月後に、先日のサマーフェスと同等の規模のライブイベントがございます。
    西城さんには、これに出場していただきたいと思います」

樹里「また急な話だなおい」


樹里「でも、今までダラッとしてたアタシもアタシだ。いいぜ」

樹里「改めて、これからよろしくな、プロデューサー」スッ

武内P「はい、こちらこそ」スッ

ギュッ…!


樹里「ヘヘ……バスケが出来るワケだぜ」

樹里「でっけぇ手……」

武内P「……」ニコッ

488: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:42:24.96 ID:sUxM0O3Y0
~283プロ~


天井「……ふむ。そちらの言い分は分かりました」

天井「だが、なぜその話の流れで、この私にコンタクトを?」

『何も接点が見えないからです』

『今お話した登場人物の中で、283プロだけが本来的には何の関わり合いも無い』

『にも関わらず、御社のアイドルは本件について甲斐甲斐しく干渉し、
 関わりを持とうとしているように見えます』

天井「ウチの有栖川夏葉が世話になったから。それだけでは理由として不服かな?」


『彼女が弊社に相応の拘りを持っていたとすれば、それもあるでしょう』

『ですが、彼女にはかのオーディションについての未練はもう無い。
 既に御社で生き生きと活動しているように見えます』

『であるならば、今なお弊社で燻り続ける問題に、
 あなたは自分達のアイドルにわざわざ首を突っ込ませる必要など無いはずです』

『いかがですか?』

489: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:43:50.42 ID:sUxM0O3Y0
天井「……なるほど。
   深く考えた事はありませんでしたが、言われてみれば一理ある」

『ご冗談を。
 あなたは明確な意志を持ってご自分のアイドル達を介入に向かわせています』

『もしお電話ではお話しにくいようであれば、後日そちらにお伺いしましょう。
 283プロ、いいえ、あなたの真意とその背景にあるものについて、直接お聞かせいただきたい』

天井「お越しいただいても、ご期待に添えるようなお話はできませんがね。
   まぁいいでしょう」

『ありがとうございます。ではまた』

プツッ


天井「……フゥー」ガチャッ

天井(油断のならない相手とは聞いていたが、想像以上だな)

天井(あの強気……彼女も確信を得るに足るだけの情報を、既に握っている)


ギシッ…

天井(厄介なものを引き受けてしまったものだ……やはり、ひと味違うという訳か)

天井(“トップアイドル”が抱える問題のスケールというものは)

490: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:46:29.85 ID:sUxM0O3Y0
――――――

――――


『さぁ~残り時間もあとわずか! そろそろ勝負が見えてきそうですがー!?』

『うわわっ!? じゅ、樹里ちゃんっ! そこジャンプで回避するか隠れて!!』

『はぁっ!? ちょ、ジャンプしてるってアタシ!! チョコも見ただろ!?』

『そうじゃなくて、敵が弾を撃ってきちゃ、ああぁー!! 前見て前っ!!』

『おりゃ、ジャンプ! あれ、おいっ!! どうなってんだこれ、おあぁっ!?』

『うわああぁぁっ!! またやられちゃった!!』

  >草ァ!
  >【朗報】漢西城、逃げも隠れもしない
  >めちゃくちゃ素が出てる「おいっ!」で大草原
  >焦りまくる樹里ちゃんでしか摂取できない栄養素がある
  >これ後で喧嘩するやろなぁ、せっかくチョコちゃんキル数稼いでたのに
  >クッソ必死にやってて草
  >何にでも本気でやるの良いよねこの子
  >この二人プライベートでもめっちゃ仲良しだぞ

491: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:47:29.89 ID:sUxM0O3Y0
~961プロ~

カタカタ… カタカタカタ…

武内P「はい、はい……恐れ入ります、ではその方向で……」カタカタ…

武内P「その日時であれば、私共は空いております……分かりました。
    では、引き続きどうかよろしくお願い致します……はい、失礼致します」

ピッ!

武内P「お待たせしました、西城さん」ガタッ

樹里「毎日急がしそうだな、ちゃんとメシ食ってんのか?」

武内P「おかげさまで、いつも美味しくいただいております」

樹里「あ、アタシの弁当の事じゃねぇって! 朝とか夜の話!」

武内P「これは、失礼致しました」ペコリ


樹里「……いつも空っぽにして渡されんだから、そっちは分かりきってるっての」ボソッ

武内P「何か?」

樹里「うるっせぇな!! ほら、仕事行くぞ!」プイッ

492: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:48:20.13 ID:sUxM0O3Y0
ブロロロロロ…

武内P「道が混んでいますので、到着は若干遅れるかと」

樹里「電話しようか、アタシ?」

武内P「いえ、既に先方へは連絡済みです」

樹里「……あ、そう」


樹里「…………」チラッ



 【961プロ西城樹里 アイドル戦国時代へ殴り込み! 目指すは『クリスタルウィンター』優勝!】

 【芸能界は『西城樹里』を待っていた! カムバックにファンからは期待の声続々】



樹里「…………」

493: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:50:37.34 ID:sUxM0O3Y0
武内P「西城さんのファン層は、老若男女、非常に幅広いのが特徴です」

樹里「ッ!? ちょ、何だよ、ちゃんと前見ろよ!」

武内P「失礼」

樹里「……」プイッ


樹里「……この間、道歩いてたらさ」

樹里「アタシのファンです、って……
   たぶん年下だけど、女の子から、握手求められたんだ」

樹里「応じて良かったんだよな、アタシ……?」


武内P「……ケースバイケースではあります。
    人通りが多く、いたずらに混乱を招きうる場合は、避けた方が良いでしょう」

武内P「また、西城さんの肖像権は事務所に帰属するため、写真撮影に応じることも原則としてNGです」

樹里「そっか……悪ぃ」


武内P「いいえ」

武内P「一人一人のファンを大切にされる西城さんの姿勢は、アイドルとして立派です」

494: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:52:17.48 ID:sUxM0O3Y0
樹里「そうかよ……」ポリポリ

樹里「……アタシ、こういうナリだからさ。
   見た目で怖がられて、知らない人から避けられること、多かったんだ」

武内P「…………」


樹里「……嬉しかった」

樹里「握手を求めたその子も、すげー勇気を出してアタシに話しかけたんだろうし……
   ファンに応援されるって、いいモンなんだなって」

樹里「アタシ、もっと頑張るよ」

武内P「……はい」ニコッ


武内P「到着まで、まだ少しかかります。お休みをされても大丈夫ですが」

樹里「何だよ、アタシとお喋りすんのが嫌だってのか?」

武内P「い、いえ! そういう意味では……」

樹里「あはは、バーカ」


樹里「もっと仕事してぇ。頼むぜ、プロデューサー」

武内P「はい」

495: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:53:57.03 ID:sUxM0O3Y0
――――


美城『961プロとのコラボ企画だと?』

武内P『そうです。
    そのために私は961プロに足繁く通い、そのアイドルと準備を進めてまいりました』


美城『君は、この私の目を節穴だと思っているようだな』

美城『君が社の規定に反する行動を取っていた多くの事実を、既に私は握っている』

今西『……!』

武内P『…………』


美城『ただでさえコンプライアンスやCSRの重要性が叫ばれ、
   世間の監視の目も強くなっている時代だ』

美城『次第によっては、私はこの場で解雇を言い渡すどころか、
   反社会的な人間として君の身柄を然るべき機関へ引き渡す事に一切の躊躇もしない』

ちひろ『そ、そんなっ!』



武内P『結構です。しかし……』

496: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:55:19.84 ID:sUxM0O3Y0
武内P『あなたにそれが出来るでしょうか』

美城『……どういう意味だ』


武内P『あなたはきっと、こうも考えているはずです』

武内P『私を罰しようとするなら、961プロの黒井社長があなたに対し、
    徹底的に抗議してこれを否定するでしょう』

武内P『彼がそれをするに足る理由をあなたが知っているとすれば、ですが』

美城『…………』

武内P『そうなれば、346プロと961プロとの全面戦争は避けられない』

武内P『仮に法廷の場で勝利を納めるとしても、それまでに受けるであろう損失を考えれば、
    表立って行動を起こすのはデメリットでしかない』

武内P『果たしてそれは、あなたにとって合理的な判断と言えるでしょうか』

497: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:56:16.20 ID:sUxM0O3Y0
美城『……開き直りとはな。
   伊達に裏の仕事を担ってきただけあり、並みの心臓を持ってはいないということか』

武内P『…………』


美城『私は君を否定する。
   このまま野放しにしておく事など考えてはいない』

美城『その時が来るまで、せいぜい独りよがりの贖罪ごっこでも続けるがいい』


武内P『ありがとうございます』ペコリ


ちひろ『プロデューサーさん……』

今西『…………』


――――

498: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:58:07.58 ID:sUxM0O3Y0
~某テレビ局スタジオ~

ワアアァァァァァ!!

冬馬「玉ねぎをすり下ろすぜっ!」ショリショリ!

冬馬「こうすることで、水分が出てふんわりと柔らかくなるし、
   焼いた時に割れちまうリスクも回避できるからオススメ! だぜっ!」ビシッ!

キャアアァァァッ!!


司会者「天ヶ瀬冬馬選手、なんと繊細なひと手間!
    一方で青コーナーの、あーっとこれは961プロ、西城樹里選手!?」

司会者「みじん切りにした玉ねぎに、これは溶かしバターでしょうか!?」

司会者「サッと回しかけたそれをラップに包んで、電子レンジの中へ!
    西城さん、これは今何を!?」


樹里「飴色になるまで炒めてると時間かかるんで、こうしてます」ジャーッ

樹里「普通に炒めるのより水分が飛ばないからジューシーにもなるし、
   加熱した玉ねぎの甘みと、バターでコクも出て……」サッ サッ

樹里「しかもこうして、他の作業も並行してできるから便利かなって」シャカシャカッ

ヒューーッ!! ワアァァァァ!!

499: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 22:59:15.48 ID:sUxM0O3Y0
冬馬「ヘッ! レンジを使った程度で得意になってりゃ世話ねぇな」

樹里「何だぁ? 玉ねぎをすり下ろすのなんざ、アタシだってとっくに試してんだよ」

冬馬「言ってろ。最後に美味くできなきゃ意味ねぇぜ!」ガオッ!

樹里「こっちの台詞だぜ! 後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」クワッ!

ギャーギャー!

司会者「あぁっと、これはアイドルらしからぬ舌戦の応酬!」

解説者「台本には無いですね。とても良いですよ、ノーカットでやりましょう」

司会者「解説なのに編集者目線ですねぇ!?」

ワアアアァァァァァァ!!



武内P「…………」


凛「プロデューサー、お疲れ様」ヒョコッ

武内P「!? し、渋谷さん……どうしてこちらへ?」

500: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:00:45.26 ID:sUxM0O3Y0
凛「ちょうど、隣のスタジオで仕事だったんだよ。忘れたの?」クスッ

武内P「これは、失礼致しました」

凛「ううん」フルフル


凛「本当は、楓さんも一緒だったんだけど、次の仕事があるみたいで」

武内P「そうでしたか」

凛「だから、楓さんから樹里へ伝言」

凛「美味しいハンバーグを食べて、私達もアイドル業界をわんぱーくに邁進しましょう♪」

武内P「…………」

凛「……いや、私じゃなくて、本当に楓さんが言ったんだからね?」

武内P「いえ、分かっています……」


凛「でも、楽しそうだね、樹里」

武内P「……はい」

501: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:02:05.73 ID:sUxM0O3Y0
樹里「あれっ!? おい、チーズを入れんのは反則だろ!」

冬馬「ゲッチュウ! 神様は何も禁止なんかしてない! だぜっ!」ビシッ!

樹里「んの野郎……! よしっ、じゃあこっちも秘密兵器を投入だ!」ドスンッ

冬馬「えっ!? ちょ、何だそれ!? どっから出てきたその鍋!」

樹里「ウチで作ってきた特製デミグラスソース」グツグツ

冬馬「そっちの方がなんかズルくねぇか!?」



凛「その樹里と……ウィンターフェスでは敵同士になるんだね、ニュージェネは」

武内P「……そうなります」


スッ

凛「ねぇ……プロデューサーは、どっちの方につくの?」

武内P「…………」

502: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:03:29.36 ID:sUxM0O3Y0
凛「フェスの事で、話をしたりしないんだけどさ……」

凛「樹里はきっと……私達についてやれ、ってプロデューサーに言うよ。
  本来は、346プロのプロデューサーなんだから、って」

武内P「…………」


凛「…………」



凛「樹里についてあげて」


武内P「えっ?」


凛「知ってる? 樹里の周りにいるの、もうファンだけじゃなくなってるって事」

凛「この間、未央から見せてもらったんだけど……匿名掲示板とかに、そういう……」


武内P「……アンチからの誹謗中傷、ですか」

凛「…………」

503: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:05:02.66 ID:sUxM0O3Y0
武内P「大なり小なり、そういうものはつきものです」

武内P「私も……同じ事を行い、何人も闇に葬ってきました」

凛「! そ、それは961プロから言われて仕方なくでしょ!」

武内P「はい。ですが……許される理由にはなり得ません」

凛「……ッ」プイッ


武内P「私が責められる分には、許容できます。ですが」

武内P「西城さんまでをも巻き込んでしまうのが、私には……」


凛「だから、樹里のそばにいてあげてよ」

凛「その辛さを一番分かっている人が、一番の支えになれるはずだから」


武内P「渋谷さん……」

凛「私達なら大丈夫。
  未央も卯月もいるし、ステージの上でも三人で支え合っていける」

凛「樹里には……プロデューサーが必要なんだよ」

504: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:06:18.96 ID:sUxM0O3Y0
武内P「…………」グッ…

武内P「私は……あなた達のプロデューサーです」

凛「…………」


凛「体は一つしか無いんだから……」

凛「樹里は、今が正念場で、特に頑張んなきゃいけないんだから……
  樹里に力を注いであげてよ」


凛「今日はそれを伝えたかっただけ……それじゃ」スッ

武内P「! し、しぶ…」

スタスタ…


武内P「…………」ポリポリ


樹里「あん? どうした、困ったツラして」ズイッ

武内P「!? さ、西城さん……収録は?」

樹里「今休憩に入ったトコだよ、見てなかったのか?」

武内P「も、申し訳ございません」

505: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:08:19.11 ID:sUxM0O3Y0
樹里「ふーん、アンタらしくねぇな。やっぱ疲れてんじゃねぇのか?」

武内P「い、いえ……」


冬馬「おい西城っ!」

樹里「あ? 何だよ、えーっと……鬼ヶ島?」

冬馬「天ヶ瀬冬馬だ!! “ヶ”しか合ってねぇだろ!
   あのな、えーっと、なんだ……」

樹里「だから何だよ、男ならビッとしろよな」

冬馬「うっ、だ、だからっ! 後でその、お前のレシピも教えてくれ!」

樹里「!? はぁぁ!?」ドキッ

冬馬「こういうのは自分で作ってみねぇと、どっちが美味いか分かんねぇなと思って」


樹里「そ、そりゃあ、別に構わねぇけど……」ポリポリ

樹里「じゃあお前、えーっと……冬馬? のも教えろよな。
   一応アタシも家で作ってやるよ」

冬馬「本当か!? やったぜ! じゃあ後でメールするからな!」ビシッ

スタスタ…

506: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:09:23.05 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……なんか、アイドルって強引なヤツ多くねぇか?」

樹里「まぁ、退屈はしねぇけどさ」

武内P「…………」

樹里「あ、そうだ。収録終わった後でいいから、アタシのハンバーグ食べていけよな。
   あの冬馬とかいうヤツのと食べ比べて、どっちが美味いか聞かせてくれよ」

武内P「…………」

樹里「? ……おーい、もしもーし」

武内P「え?」


樹里「……やっぱ、何かあったろ」

樹里「もう、隠し事はナシにしようぜ、プロデューサー」



武内P「ウィンターフェス……『クリスタルウィンター』の件ですが」

507: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:10:18.73 ID:sUxM0O3Y0
~街中~

トボトボ…

凛「…………」


「ねぇ、ちょっとあの子……」
「しぶりんだよね?」
「変装とかしないんだ……」
「うわぁぁ顔ちっちゃ~い……可愛い~……!」


凛(……また、困らせちゃったな、プロデューサー)

凛(私……樹里に嫉妬してばかり)


ヴィー…! ヴィー…!

凛「……?」ゴソゴソ…

凛「知らない番号から……?」


ピッ!

凛「もしもし」

508: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:11:12.41 ID:sUxM0O3Y0
『突然電話をしてすまない』

凛「あの……誰ですか?」

『美城だ。346プロアイドル事業部の常務をしている』

凛「! えっ……」


『君と話したい事がある。
 すまないが、事務所の常務室まで来てくれないか』

凛「え、えぇっと……少し時間かかると思いますけど」

『構わない。
 用件は、私が主導する新たなプロジェクトへの参加の可否についてだ』

『前向きな回答を期待する』

ピッ!


凛(……常務自ら、私に直接?)

509: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:12:34.60 ID:sUxM0O3Y0
凛(確か、プロデューサーから聞いたな。プロジェクトクローネ、だっけ)

凛(私には、今のニュージェネの活動があるし……まして、ウィンターフェスも控えてる)

凛(新しいプロジェクトになんて、参加してる余裕は無いんだけど……)


凛(…………)


  ――私は……あなた達のプロデューサーです。


凛(いっそ……)


凛「!? い、いやいやいや……!」ブンブン


凛「ま、まぁ……聞くだけなら、聞いてあげてもいいかな、うん」

凛「そう、聞くだけ……」


凛(何を独り言、言ってんだろ私……馬鹿みたい)

510: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:14:10.23 ID:sUxM0O3Y0
~346プロ~

テクテク…

凛(……ここだ)ピタッ

凛(常務室、初めて来た……)


凛「…………」


凛(プロデューサー……引き留めてくれるのかな)

凛(プロジェクトクローネに行く、って言ったら……)

凛「……馬鹿」スッ


「冗談ではないっ!!」


凛「!?」ビクッ


凛(……え? 男の人の声?)

凛(先客が来てる……?)

511: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:15:42.45 ID:sUxM0O3Y0
ガチャッ…

凛「……」ソォー…



美城「えぇ、そうです。私は冗談など言っておりません」

黒井「であるなら、どういう風の吹き回しか聞かせてもらおう!」

黒井「この期に及んで“契約”を破棄するだと!?」


美城「御社と弊社の間で結ばれた契約については、
   私も先日、先代からようやく聞き出して知るところとなりました」

美城「346プロダクションアイドル事業の責任者として、お恥ずかしい限りです」

黒井「フンッ」

美城「ですが、黒井社長。昔とは時代が違います。
   何事も力押しで握り潰せるわけではありません」

美城「古い時代に生まれた契約に固執する理由など、弊社には無いということです」


黒井「ほ~う? それはどうかな」

512: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:19:08.48 ID:sUxM0O3Y0
美城「と言いますと?」

黒井「相応の悪事に荷担した者がそちらにいる事は、既に知っているはずだ。
   これをマスメディアに暴露する」

黒井「世論が大好きな、業界最大手の炎上ネタだ。
   食い物にされれば、おたくの最も大事にする“イメージ”とやらが台無しになるだろう」

美城「……」

黒井「特に……」


黒井「346プロの稼ぎ頭である、あの歌姫の失脚は免れないだろうなァ?」



凛「……!?」ピクッ



美城「自己本位のご想像をされるのは自由ですが……」

美城「それを立証するには、それらを実行した者を明るみに出す必要があるでしょう」

美城「そして、その者は今あなたの手中にある訳ではない」

513: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:20:17.84 ID:sUxM0O3Y0
黒井「甘いな、美城の娘が。
   あの男は我が961プロの事務所にも出入りしているのだ」

黒井「それとも、私がその男を捕らえるよりも先に、346プロが先に動くつもりかね?
   黒い事実の証人を始末するために」


凛(え……)


美城「それをあなたに教える義理は無い」

黒井「クックック、なるほど……
   346プロの新代表は、私が考えている以上に腹が黒いようだ」

黒井「そうとなれば、今日はここで失礼する。
   急用ができたものだからな」スッ


凛(! こ、こっちに来る……!)サッ

ドシンッ!

凛「うっ!?」


黒服「…………」ズオォ…!

凛「! す、すみませ…」

514: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:22:27.54 ID:sUxM0O3Y0
ガチャッ!

黒井「……ンン~~~?」

凛「!?」ビクッ


黒井「貴様、こんな所で何をしている」

凛「あ、いや、えっと……私は、ただの通りすがりで……」

黒服「Sir。このgirlは、doorの間から中のお話をlisten、聞いてマシタ、Sir」

凛「え、ちょ……!?」

黒井「何ぃ~~!?」


凛「……!!」ダッ!

黒井「あ、逃げた! 捕まえろ!!」

黒服「イエス、Sir」ダッ!

黒井「そもそも盗み聞きを見てたならなぜ止めさせなかったのだ!!」

ダダダ…!





美城「………………」

515: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:23:23.73 ID:sUxM0O3Y0
凛「くっ!」タタタ…!


ガシッ!

凛「キャッ!!?」グイッ!

黒服「捕まえました、Sir」


黒井「ククク、これはこれは、あの男の担当アイドルか」

凛「! わ、私を、知っているんですか……?」

黒井「あぁ、もちろんだとも」


黒井「貴様があの男を呼び寄せる格好のエサになる事もなァ?」

凛「!!」ゾクッ…!


黒井「私と一緒に来てもらおう、渋谷凜」ニヤ…

516: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:25:57.60 ID:sUxM0O3Y0
~283プロ~

夏葉「えぇ……えぇ、そのつもりよ」

夏葉「え? ……ちょっと、そこまでしてもらうほどの事じゃ……」

夏葉「……確かに、その通りね……えぇ、分かったわ。じゃあ、そのように」

夏葉「ありがとう、お父様」

ピッ!


夏葉「今、父と話をしたわ。
   予定通り、『クリスタルウィンター』のステージ上で、それを告発する」

夏葉「有栖川家は私だけでなく、283プロに対してもあらゆる支援をすると、
   父はすっかり気炎を巻いているわよ」

咲耶「ありがとう、夏葉」

夏葉「礼には及ばないわ。紅茶でも?」

咲耶「ああ、いただこうか」


シャニP「な、なぁ……いくつか確認をさせてほしいんだが」

517: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:26:53.85 ID:sUxM0O3Y0
夏葉「先ほど話した通りよ?
   命を狙われている樹里を守るため、私が矢面に立つということ」

シャニP「いや、346プロが不正を隠蔽するために暗躍しているのは分かった」

シャニP「皆が危険に晒されないよう、夏葉のお父さんが最大限の協力をしてくれることもな」

シャニP「天井社長も了解している話であり、俺もその管理については社長から一任されている」


シャニP「じゃあ、最初に346のオーディションで不正を依頼したのは、一体誰なんだ?」

夏葉「あら。社長から一任されているのに、詳しい背景についてあなたも知らないの?」

シャニP「社長は何か知っているらしいんだけどな。俺に教えてくれないんだよ」

518: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:28:05.59 ID:sUxM0O3Y0
咲耶「……一説には、黒井社長が不正を依頼したらしい。
   だけど、その黒井社長も、誰かからの依頼だったようだ」

夏葉「でも、考えてみれば……確かに、そうね。
   346プロが黒幕だとしたら、わざわざ黒井社長に依頼する理由が無い」

シャニP「相手の狙いが分からないと、全てが後手に回ってしまうんじゃないかと思ってな」

咲耶「アナタの言う通りだね。
   だが……346プロでないのなら、一体誰が?」


ガチャッ

天井「皆、ご苦労」スタスタ

シャニP「あ、社長! どうもお疲れさ…」

シャニP「あれ? 社長、お急ぎのご様子ですがどちらへ?」

519: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:29:15.43 ID:sUxM0O3Y0
天井「961プロだ」

一同「!?」ピクッ

天井「いや……その前に、346プロにも寄る必要があるかも知れんな」

夏葉「? ……??」


天井「ところで、園田智代子はどうしている?」

シャニP「えっ? あの……今日は、346プロの高垣楓さんの番組に出演する予定です」

天井「そうか」

咲耶「あの、天井社長。一体何が……」



天井「大きなうねりが生じてきた。
   我々が第三者ではいられなくなってくるほどの、な」

520: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:30:09.21 ID:sUxM0O3Y0
~車の中~

ブロロロロロ…

樹里「んなモン、悩む要素ねぇじゃねーか。何言ってんだ」

武内P「は、はぁ、しかし……」

樹里「凛も凛だぜ。
   分かりきってる事をいちいち聞くなんざ、らしくねぇ」


樹里「アンタがアタシのプロデューサーとして出ちゃったら、
   346プロん中で示しがつかなくなんだろ?」

樹里「どうしたいかもいいけど、どうしなきゃいけないかを先に考えるべきじゃねーのか?」


武内P「……西城さんは、大人です」

樹里「は、はぁ?」

武内P「私は、あなたよりも歳を重ねてこそいますが、大人になりきれない……」

521: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:31:51.93 ID:sUxM0O3Y0
樹里「……アタシなんか、もっとガキだよ」プイッ

樹里「ただ、筋の通らねぇ事をすんのは良くねぇ、って思っただけだ」

武内P「ですが、西城さん」

樹里「アタシのアンチの話だろ? アンタや凛が気にしてんの」

武内P「え……?」


樹里「チョコから聞かされて、もう知ってるよ。そういうのがいるって事」

樹里「何ならこの場でちょっくら検索して、読み上げてやろうか?」スッ

武内P「あ、あの、西城さん……!」

スイッ スイッ


樹里「……“コイツは口と態度が悪すぎ、さすが元ヤンだよな”」

武内P「…………」

樹里「“他の事務所の子が西城樹里にいじめられてるの見たわ”
   “コイツが映った瞬間チャンネル変えてる”」

樹里「“961プロのゴリ押しが露骨すぎてウザい”
   “不快だからさっさと消えてほしい”」

522: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:34:14.11 ID:sUxM0O3Y0
樹里「と……まぁ大体そんな感じのばっかだな。
   こんなの、大方の予想通りだろ。ったく、誰が元ヤンだ」

武内P「し、しかし! あまりに不当な評価は、許容できません」


樹里「重ねてんだな。アンタが前に担当してたアイドルと、アタシを」

武内P「…………」

樹里「色んな人達から叩かれて……辛かっただろうな、その子」


樹里「でも、アタシはアタシだ」

樹里「もちろん、アタシだってこんなのムカつくよ。
   こっちの気も知らねぇで、ありもしない事を勝手に言われりゃさ」

樹里「だから、いちいち気にしたくねぇし、それに……」


樹里「アンタのおかげで、こっちはトラウマを一つ克服できてんだ。
   今さらこんなのに潰されるような、ヤワなメンタル持ち合わせてねぇよ」

樹里「それを気づかせてくれたのはアンタだろ、プロデューサー?」ニカッ

523: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:35:28.51 ID:sUxM0O3Y0
武内P「西城さん……」

樹里「だから、えぇっと……あれ、何の話だっけ?」

樹里「あぁそうそう、ウィンターフェスだ。
   アンタはちゃんと、凛達のプロデューサーとしてついてやれよな」

樹里「ヘッ! どんな気分だよ?
   自分が育てた自慢のアイドルに、自分トコのアイドルが負けるのはさ」ニヤッ

武内P「……いいえ、西城さん」

武内P「私達は負けません」フッ

樹里「アハハ! その調子だぜ」


ヴィー…! ヴィー…!

武内P「む、携帯が……」

524: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:36:23.28 ID:sUxM0O3Y0
樹里「アタシが代わりに出ようか?」

武内P「ありがとうございます。相手にもよりますが……」

樹里「えーっと……」スッ


樹里「……凛だ」

武内P「…………」

樹里「噂をすれば、か……出てもいいか?」

武内P「お願いします」


樹里「……」ピッ!

樹里「もしもし」


『…………』


樹里「……もしもし? 聞こえてるか?」

525: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:37:20.55 ID:sUxM0O3Y0
『……樹里』

樹里「凛、どうした? 今プロデューサー、運転中だからよ」


『……来ないで』


樹里「え……?」


『私を……探さないで、って……プロデューサーに伝えて』

『皆にも……私は、大丈夫だから……』

『心配、要らないから……』


樹里「おい……今どこにいんだよ」


『……っ』

樹里「答えろよ、おい。どうしたんだ凛!?」

526: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:38:35.85 ID:sUxM0O3Y0
『キャッ……!』

『ガタッ ガタンッ…』


『……電話です、Sir』

『見れば分かる』


樹里「……!?」


『誰だ貴様は?』


樹里「……そっちこそ誰だよ」ギリッ

武内P「……?」


『なるほど……その反抗的な声色は、西城樹里だな?』

『あの男はどうしている? なぜ電話に出ない』

527: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:39:47.58 ID:sUxM0O3Y0
樹里「プロデューサーのこと言ってんなら、取り込み中だ。
   話があるならアタシが聞いてやる」

『口の利き方には気をつけるんだな。私は貴様の雇い主だ』

樹里「! アンタ……黒井社長……!」

武内P「!?」

ブロロロロ… キキィッ!


『すぐそばにその男がいるのなら話が早い。
 ヤツに伝えておくがいい』

『渋谷凜は、我が961プロが新たに建造したスペシャルなイベントホール、
 『クイーンズゲートドーム』にいる』

『貴様が渋谷凜よりも西城とかいうガチャ蠅を大事にするというのなら、
 存分にこの誘いを無視するがいい、とな』

528: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:41:38.17 ID:sUxM0O3Y0
樹里「ふざけやがって……!!」ギリッ

樹里「プロデューサーはそんなヤツじゃねぇよ! 凛を見捨てたりなんかするもんか!!」

『貴様には聞いていない。
 元より、その男の本質を何も知らずにいる貴様の話など、聞くに値しない』

樹里「何だと!?」

武内P「西城さん、電話を代わってください」

『日が明けるよりも前に来なければ、渋谷凜の身の安全は保証しない。
 無論、警察に伝えてもな』

『では、アデュ』

ピッ!


樹里「………………」


武内P「西城さん……?」


樹里「シャレんなってねーぞ、これ……!」

樹里「凛がさらわれた!! 早く助けに行かねーと!!」

武内P「……!!」

529: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:43:11.27 ID:sUxM0O3Y0
~某テレビ局 スタジオ~

アハハハハハ…!

智代子「ぜぇ、ぜぇ……あ、あの、そろそろ良いでしょうかね?」

楓「え……もう、おしまいなのですか?」シュン…

智代子「そ、そんな悲しそうな顔しないでくださいよぉ!」

智代子「分かりました、不肖園田智代子のモノマネ100連発!
    次は、チャップリンが目隠しでスケートをする時のモノマネやりますっ!!」

楓「わぁぃ♪」パチパチ


智代子「ふんん~~!!」ツイーッ

ドッ!! ワハハハハハ…!!



楓「智代子ちゃん、ありがとうございます」

楓「特に、『雨に唄えば』のジーン・ケリーのモノマネが、とても良かったです」

智代子「よ、喜んでもらえたなら……」ゲッソリ

530: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:44:35.21 ID:sUxM0O3Y0
楓「普段からそういう、モノマネの練習をしているんですか?」

智代子「そ、そんな四六時中やっている訳じゃないですけど……
    えぇと、友達同士で、ふざけ合ってやるくらいで」

楓「まぁっ。とても賑やかで楽しそうですね♪」

智代子「それが、その友達はあまり乗ってくれないんですよねぇ。
    あ、友達というのは西城樹里ちゃんなんですけど、961プロの」

楓「樹里ちゃんが?」

智代子「新作のモノマネを披露してみせても、「くだらねぇ事すんな」って。
    まったく、私の努力を何だと思っているんでしょうか!」プンスコ

楓「ふふっ。ひょっとしたらそれは、樹里ちゃんの照れ隠しかも知れませんね」

智代子「そ、そうかなぁ……?」


智代子「そう言えば、楓さんは樹里ちゃんと一緒にお仕事された事、あるんでしたよね?」

楓「はい。樹里ちゃん、とっても一生懸命に取り組んでくれました」

智代子「いいなぁ樹里ちゃん。そういうコネを持っている961プロが羨ましい……」

智代子「あっ! コネとかそういうの言わない方がいいですよね、す、すみません!」

アハハハハ…!

531: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:45:58.73 ID:sUxM0O3Y0
楓「ふふ……いいえ、智代子ちゃん」

智代子「?」


楓「確かに、“961プロ”さんからのご依頼があってのお話でしたけれど……」

楓「樹里ちゃんとのお仕事については、私からの要望でもあったんです」


智代子「えっ!? それってつまり、
    楓さんが、じゅ、樹里ちゃんを指名した……ってこと、ですか!?」

楓「はい」ニコッ

智代子「何でーっ!!? ず、ズルいよぉ樹里ちゃん!!」

楓「まぁまぁ。
  智代子ちゃんにもこうして、私と共演していただけた事ですし」

智代子「そ、そうなんですよ!
    プロ、あぁいえ、事務所の人から聞いたんですけど」

智代子「ほ、本当の話なんですか?
    楓さんの方から、今回のゲスト出演をオファーいただいたのって」

532: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:47:18.65 ID:sUxM0O3Y0
楓「はい、そうなんです。無事に願いが叶って、ホッとしています」

智代子「いや、願いて……ど、どうして私なんかを?
    他にももっと豪華なゲストがいたんじゃ……」

智代子「あぁいえ、なんかって言っちゃうと失礼なのは分かるんですけど、その……」

楓「智代子ちゃんにとっては、なんかいなお話でしょうか、なんて。ふふふっ♪」

智代子「は、はぁ……」


楓「でも」



楓「それは、私がやらなければならない事だと、思ったからなんです」

533: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:48:45.46 ID:sUxM0O3Y0
智代子「……楓さん?」


楓「うーん、たとえばの話ですが、智代子ちゃん」

楓「道端にあった石ころを、つい蹴飛ばしてしまったとして……
  もしそれが、他の人に当たってしまった場合」

楓「智代子ちゃんなら、どうしますか?」

智代子「え? い、いやぁ……」

智代子「そりゃあ……ごめんなさいって、当てちゃった人に謝ります」

楓「そうですね。私も、そうすると思います」


楓「では、次の質問です」

楓「道端にあった石ころを蹴飛ばして……それは幸い、誰にも当たらなかった」

楓「でも、もしその蹴飛ばされた石ころを、何日か後に、通りを走る車が踏んで……
  その事が、何かしらの事故に繋がってしまったとしたら」

楓「智代子ちゃんは、その事故の被害に遭われた人に、謝るでしょうか?」

534: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:50:10.73 ID:sUxM0O3Y0
智代子「ええぇ? ど、どうでしょう。
    たぶん、謝らない……というか、謝れないんじゃないでしょうか?」

楓「えぇ、そうですよね」


楓「目の届くものにしか、私達は行動を起こすことができません」

楓「それは、自らの過ちに対してもそう」

楓「だから私は、できる限りあらゆる物事に目を配りたいですし、それに」

楓「私のせいで、私の気づかない所で不幸になっている人も、どこかにいる……
  その事実には、きちんと向き合わなきゃって思うんです」


楓「それが、私が樹里ちゃんや智代子ちゃんと一緒にお仕事をしたい理由、ですね」



智代子「? ……???」キョトン

535: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/21(火) 23:51:56.87 ID:sUxM0O3Y0
智代子「いやいや、その流れで、何で私や樹里ちゃんが出てくるのか……?」

智代子「そもそも、楓さんのせいで不幸になる人なんているわけ無いじゃないですかっ」


楓「ありがとうございます、智代子ちゃん」

楓「そうであるなら、どんなに良いでしょう……」

智代子「楓さん……?」


楓「……ふふっ、ちょっとしんみりしてしまいました」

楓「そろそろ次のトークのお題に移りましょう。えぇっと次は……」

楓「あら、これは智代子ちゃんの得意分野ではないでしょうか。
  『最近ハマッているグルメ』」トンッ

智代子「お、おおっとそんな楓さん、私をまるで食いしんぼキャラみたいな風に!」

楓「まぁまぁ、チョコどうぞ」スッ

智代子「かたじけないッッ」

アハハハハハ…!

540: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:20:47.07 ID:AXuZ3osI0
~346プロ~

今西「お、落ち着いてくれたまえ、本田君、島村君。
   一体何があっ…」

未央「だからっ! しぶりんと連絡が取れないんだってば!」

卯月「プロデューサーさんや……961プロの樹里ちゃんも、何も反応してくれないんです!
   こんなこと、絶対おかしいって、私達心配で、怖くて……!」ジワ…

今西「プロデューサーが……」

未央「ちひろさんは!? ちひろさんもどこにいるの!何でいないの!?」


今西「…………」

今西「……先ほど、常務とも話をしてきたんだ」

今西「新規プロジェクトの件で渋谷凜君を呼んだはずなのに、
   一向に姿を見せないから心配している、とね」

541: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:22:30.02 ID:AXuZ3osI0
卯月「えっ……!?」

今西「つまり、渋谷君の身に何かがあったとすれば、彼女がこの事務所に……
   常務室へと来る途中、という事になるが」


卯月「じょ、常務はその辺りのお話について、何かご存知ないのでしょうか?」

未央「!? し、しまむー、それってどういう……?」

今西「……島村君。口の利き方には気をつけた方がいい」

卯月「! す、すみません……!」ペコッ


今西「どこに常務の目があるか、分からないのだからね」

卯月・未央「……?」


今西「私から言えるのはもう一つ」

今西「彼女が渋谷君を呼び寄せたその時間、
   常務は961プロの黒井社長と何やら話をしていたらしい」

今西「彼女は、黒井社長の方から突然来訪を受けたと言っていたがね」

542: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:26:06.30 ID:AXuZ3osI0
未央「そ、それ……つまり、黒井社長としぶりんが鉢合わせる事だってありえ……!」

未央「!! ま、まさか、黒井社長がしぶりんを……!?
   い、いやいや、そんないくら何でも…!」

卯月「じょ、常務は……どうして凛ちゃんを今日、常務室へ呼んだのでしょうか?」

未央「しまむー……?」


卯月「もし常務が、黒井社長が今日来ることを知っていたのだとしたら……」

卯月「まるで常務は、凛ちゃんと黒井社長が鉢合わせ…!」

未央「しまむー、それ以上はやめよう! 言い過ぎだよ!」

卯月「でもぉ!! 未央ちゃんだってぇ!」グスッ



コツ…

「失礼する」


未央・卯月「!?」クルッ

今西「おや……あなたは」



天井「美城常務に会いに来たのだが、ご在室かな?」

543: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:27:32.81 ID:AXuZ3osI0
~961プロ クイーンズゲートドーム前~

ブロロロロ… キキィッ

ガチャッ 


樹里「……おーおー、イカツいドームだなおい。
   本当にアイドルのライブのための建物かよこれ」バタン

武内P「西城さん。お連れしておいてなんですが、あなたは…」

樹里「何度も言わせんな。
   凛が危ない目に遭ってるってのに、引き下がれるかよ」


武内P「ここはどうか、私にお任せください」

武内P「ハッキリと申し上げますが、あなたでは足手まといになります」


樹里「……そうだとしてもだ」

樹里「頼む、プロデューサー……アタシだって、何かしたいんだよ」

樹里「あれだけ世話になったってのに……
   本当に助けが必要な時に、何もしてやれないんじゃ、何のための友達だ」

544: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:29:09.24 ID:AXuZ3osI0
武内P「西城さん……」

樹里「どうせ拳銃持ってるようなヤツが当たり前のように出てくる世界なんだろ?
   いつぞやアタシを襲ってきたみたいなさ」

樹里「確かにアタシなんかじゃ、頼りになんねぇだろうけど……
   覚悟だけは、出来てるつもりだぜ」


武内P「……分かりました。共にまいりましょう」

樹里「あぁ。世話を掛けてごめんな」

武内P「いえ、ありがたいです」

樹里「ヘッ……ん?」ピタッ

武内P「どうされましたか?」


樹里「誰かいねぇか? あそこ、入口の方……」

武内P「……あれは」



「……やはり、来てしまったのですね」


ザッ

ちひろ「プロデューサーさん……」

545: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:41:29.30 ID:AXuZ3osI0
武内P「千川さん……」

樹里「……事務員さん?」

武内P「はい。346プロの、私の同僚です」

樹里「同僚……」


ちひろ「今西部長には、黙って来ちゃいました」


武内P「……なぜあなたが?」

武内P「我々がここに用があって来ることは、黒井社長しか知り得ないはずです」


ちひろ「らしくないですね、プロデューサーさん」

ちひろ「私も961プロと繋がりがあるから、と考えるのが自然でしょう?」

武内P「千川さん……」


ちひろ「……西城樹里ちゃん。お会いするのは、初めてでしたね」

樹里「…………」

546: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:43:33.60 ID:AXuZ3osI0
ちひろ「正直に言うと、樹里ちゃん……あなたの事を、恨んでいます」

樹里「! え……」

ちひろ「樹里ちゃんと出会ってしまったがために、プロデューサーさんは狂ってしまいました」

ちひろ「たとえ後ろ暗い事であろうと、それまでは平穏無事に、仕事ができていた。
    少なくとも、命が脅かされるような事は、何も」

ちひろ「なのに……」

樹里「……アタシは」

武内P「耳を貸す必要はありません、西城さん」

樹里「ぷ、プロデューサー……」

ちひろ「…………」


武内P「961プロの狙いが渋谷さんではなく私であることは、分かっています」

武内P「私をおびき寄せ、身柄を拘束するために、渋谷さんを人質に取った……
    引き続き、961プロが346プロとの交渉を優位に進めるために」

武内P「346と961を繋ぐものは、私と、かの契約をおいて他にありません。
    つまり、両社の間で、契約の継続について主張の相違があった」


武内P「961プロが、私の身柄を確保したがっているとすれば、
    これに対する346プロの目的は……私の排除」

547: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:45:23.75 ID:AXuZ3osI0
樹里「……えっ!?」

武内P「違いますか?」


ちひろ「……伊達に“こっちの世界”での生活が長くないんですね」

ちひろ「ですが、私達は……私はあくまでも、346プロ側の人間です。
    私の目的もまた、美城常務と全く違えているわけではありません」

武内P「……?」


ちひろ「業界の悪しき慣習を無くしたいという気持ちは、同じなんです」

ちひろ「それを実力行使で直接的に排除するのか、
    穏便に済ませて幕引きを図りたいか……その違いだけ」

武内P「私が、もう346プロに必要とされていないであろう事は、承知しています」

ちひろ「だから……!」


ちひろ「私がここにいるのは、プロデューサーさんを陥れたいからじゃありません」スッ

ジャキッ

548: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:46:50.05 ID:AXuZ3osI0
樹里「うぇっ!?」ギクッ!

武内P「……ッ」


ちひろ「お願いです、プロデューサーさん……私に、殺されてください」

武内P「千川さん……」

ちひろ「殺されたことに、してください」

武内P「……!?」


ちひろ「遺体も死亡届も、偽装する準備は整っています。
    あなたは名前も戸籍も変えて、これまでの事も忘れて、第二の人生を歩んでくれたらいいんです」

ちひろ「それが、誰も犠牲にならない、最も穏便な方法なんです」


ちひろ「でないと……このままでは本当に、殺されてしまいますっ」ツー…

ポタッ


武内P「……」

ちひろ「う、うっ……う……!」ポロポロ

549: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:50:18.61 ID:AXuZ3osI0
武内P「それはできません」

ちひろ「! ……ぷ、プロデューサーさん……ッ!」


武内P「私にはまだ、やり残していることがあります」

武内P「担当アイドルと向き合うということ。
    渋谷さん達はもちろん、西城さんが……」

武内P「私がスカウトしたアイドルが、自身の翼を広げて羽ばたく姿を見届けることが、
    プロデューサーとしての私の本分です」

樹里「ぷ、プロデューサー……」


ちひろ「しっ、死んじゃうんですよ!
    346だけじゃないんです、961もほとんど手の平を返し始めています!」

ちひろ「逃げ切れるわけないんですっ!!」ポロポロ

武内P「私の命など、元より終わっているようなものです」

ちひろ「だからって、一方的に汚れ仕事を押しつけられたプロデューサーさんがっ!!
    用済みになった、途端にっ、う……ひっ、ぐ……何の見返りもなく……切ら、ぇっ……!!」

ちひろ「あんまりです……! ひ、いぃ……そんなの、ひどすぎますっ……!!」ボロボロ


武内P「私はむしろ、感謝しているくらいです」

550: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:52:03.17 ID:AXuZ3osI0
ちひろ「え……」

武内P「確かに、辛く苦しい仕事でした。
    ですが……961プロの仕事が無ければ、今日まで私が業界に携わることも無かった」

武内P「西城さんに出会うことも無かったのです」

ちひろ「どうして……どうしてそこまで、樹里ちゃんに……?」

ちひろ「狙われていた樹里ちゃんを、守るためにスカウトしただけのはずじゃ……」


武内P「いえ……きっとそれが無くとも、私は西城さんをスカウトしたでしょう」

武内P「出会った時に、一目で私は……心を動かされた」


樹里「……え」カァーッ



ちひろ「……“あの子”を、投影しているんですね」


樹里「! ……」

武内P「…………」

ちひろ「そんなに、囚われていたなんて……」


樹里「あの子、って……」

551: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:53:29.01 ID:AXuZ3osI0
武内P「……救えなかった彼女への罪滅ぼしになるとは、考えていません」

武内P「ですが、西城さんを放っておくことが、どうしても私にはできなかったのです」


ちひろ「……ッ」グッ

ちひろ「分かりました……そこまで言うのなら、止めることはしません」

武内P「ご忠告、感謝します、千川さん。
    あなたが私の身を案じてくれていることも」

ちひろ「私はっ……961プロの協力者です」

武内P「きっとそれも、私の恨みを買いたいがための方便に過ぎないでしょう」

ちひろ「! ……」

武内P「常務の指示で黒井社長の後をつけていた……そう考えるのが自然です」

ちひろ「……ッ」フルフル


武内P「あなたにも、辛い想いをさせてしまいました……申し訳ありません」

武内P「失礼します」スッ

樹里「……」ペコッ

コツコツ…



ちひろ「……辛い想いをしているのは、あなたじゃないですか」ポロポロ

552: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:55:32.74 ID:AXuZ3osI0
~テレビ局~

ガヤガヤ…

楓「楽しくお話をしすぎて、ちょっと収録が押しちゃいましたね……
  ごめんなさい、智代子ちゃん」

智代子「いえいえ! 私の方こそたくさんお話しちゃいましたし!
    とても楽しかったですっ。ありがとうございました」ペコリ

楓「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいです」


楓「この後は、智代子ちゃん何かご予定はありますか?
  良かったら、お食事でも一緒に」

智代子「ほ、本当ですか!?」

楓「美味しい白和えを出してくれるお店を知っているんです」

智代子「お、お酒のおつまみッッ……!
    ちょっと私には早いかもですけど、お誘いとあらばぜひ…」ヴィー…!

智代子「ん……? うわっ!?」

楓「?」

553: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:57:16.15 ID:AXuZ3osI0
智代子「なんか……知らない間に、チェインがすっごい事になってるー!?」

楓「何かあったんですか?」

智代子「は、はい、えぇと凛ちゃんと、夏葉ちゃん達も……わわっ、え!?
    なんか、本当に大変な事に……何これ、えぇぇ!?」


楓「何だか、とても大変そうですね」

智代子「ちょ、ちょっと言葉では言い表せないくらい、大変みたいで……
    だ、だからそのぉ……」

楓「私のことなら、大丈夫ですよ。
  お食事なら、今日じゃなくても行けるでしょうし」

智代子「本当にごめんなさい、ちょっと合流した方が良いっぽくて!
    せっかくの楓さんのお誘いだったのに……!」ペコペコ

楓「いえ、どうか気にしないでください。
  急にお誘いしちゃったのは、私ですし」

楓「智代子ちゃんのお友達を……凛ちゃんや夏葉ちゃん達を、大事にしてください。ね?」ニコッ

智代子「か、楓さん……」ジィーン…

554: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:58:08.37 ID:AXuZ3osI0
智代子「ありがとうございます! このご恩はいつかきっと!」

楓「ええ、お気をつけて。皆さんにもよろしくお伝えください」フリフリ

智代子「はいっ! それではこれにて、失礼します!」ダッ!

タタタ…!


楓「……」フリフリ



楓「…………」





楓「ごめんなさい、智代子ちゃん……」

楓「本当に……ごめんなさい」

555: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 21:59:45.14 ID:AXuZ3osI0
~クイーンズゲートドーム メインホール~

黒井「ついこの間、建造したばかりのドームだ」

黒井「こけら落としも済んでいないステージの上にいる事を、光栄とは思わんかね?」


凛「…………」ギシッ


黒井「反抗的な目だ。気に入らんな」

凛「……逆に聞くけど、好意的に見てもらいたいんですか?」

黒井「いいや、思わんね。
   貴様も西城樹里も、等しく私のそばを飛び回るガチャ蠅に過ぎん」

黒井「私が考えるのは、貴様らを飼い慣らす者に、相応の躾をするよう仕向けることだけだ」


凛「……嘘」

黒井「ンンー?」


凛「あなたはプロデューサーをもう、そんな風に見ていない」

凛「自分の都合の良いタイミングで、都合良く使い捨てる事しか……!」

556: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:00:50.54 ID:AXuZ3osI0
黒井「おやおや、それは心外だ」

黒井「彼にはもっと働いてもらわなくては困るのだよ。使い捨てるなんてとんでもない」

黒井「ただ、最近は妙な自意識を抱いているように見えるのでな。
   少しばかり、お灸を据えてやる必要があるというわけだ」

凛「…………」


ギイィィ…


黒井「フン、噂をすれば、か」

凛「! プロ……」


バタン



コツ…

コツ…



樹里「…………」ザッ

557: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:02:27.02 ID:AXuZ3osI0
黒井「……何だと」

凛「じゅ、樹里……!?」


樹里「よぉ、凛。それと……」

樹里「アンタと顔合わせんのは初めてだったな……黒井社長」


黒井「口の利き方には気をつけろと言ったはずだ、小娘が」

樹里「生憎、ロクな教育受けてないんでな」

樹里「アタシの友達をそんな目に遭わせるようなヤツへの口の利き方なんてよ」ギリッ…!


凛「樹里、私の事なんかいいから早く逃げてっ!」

樹里「“なんか”って言うな」

凛「……!」


樹里「前にも言ったろ?」ニコッ

凛「……馬鹿」

558: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:03:40.17 ID:AXuZ3osI0
黒井「勝手に話をしているんじゃあないぞ、ガチャ蠅共。
   あの男はどうした?」

樹里「来てねぇよ。伝えてねぇからな」

黒井「ダウト」フンッ!


黒井「差し詰め貴様は囮で、どこかの物陰からこの小娘を助ける隙を伺っているのだろう?」

樹里「…………」

黒井「私とて、この世界に長く身をやつしている訳ではない。
   つまらん小細工が通用するなどとは思わん事だ」

黒井「それとも」スッ

パチンッ!


ズザザザッ!

黒服達「……」ザッ!

559: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:05:08.58 ID:AXuZ3osI0
凛「わ、わわ……!」

黒井「貴様が囮でないというのなら、
   見事この包囲網を突破し、私の手から小娘を救い出してみせるがいい」

樹里「…………」

黒井「まっ! 出来んだろう。大人しく貴様もこの私に屈…」

ザッ

黒井「ン?」


スタスタ…

樹里「……」スタスタ


凛「じゅ、樹里……!?」

黒井「正気か? 貴様……」


樹里「…………」スタスタ

560: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:06:39.13 ID:AXuZ3osI0
黒服「社長。いかがされますか?」ジャキッ

黒井「…………」

黒服「さすがに実弾の使用は控えるべきとは思…」

黒井「構わん、やれ」

黒服「は?」


黒井「ここは私のテリトリーであり、あの小娘も961プロの人間だ。
   後で何があろうと、どうとでも握り潰せる」

黒井「聞こえなかったのか? あの身の程知らずを始末しろ!」


ジャキ ジャキッ!


凛「や、やめてっ!!」


樹里「……ッ!」

561: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:07:39.37 ID:AXuZ3osI0
ガシャンッ!



黒服達「!?!?」



黒井「何だ!? 何があった!!」

凛「で、電気が……急に真っ暗に……!?」


ガッ!

黒服「ぐぁっ!」

ゴッ! ガスッ!

黒服達「うっ……!?」「ガハッ!」


ドサッ バタッ

562: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:08:45.37 ID:AXuZ3osI0
黒井「ええい何が起きている!! 状況を報告しろ!!」

「渋谷さん、こちらへ」

「え……あ」


黒井「!? なっ……!」

スッ

黒井「えぇい、貴様ら、待てっ! くっ!!」ジャキッ!

「おりゃ!」バシッ!

黒井「な、何っ!?」


樹里「社長であるアンタまでこんな物騒なモン持ってるとはな」ヒョイッ

樹里「呆れて物も言えねぇぜ、本当にヤクザじゃねーか」

563: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:10:51.07 ID:AXuZ3osI0
黒井「か、返せっ!!」バッ!

樹里「おっと」サッ

タンッ タタン! タッ!

黒井「な、この……ちょこまかと!」ブンッ!

黒井「うおっ!?」グラッ…!

ドテッ


キュッ! タッ タンッ!

ザッ


樹里「アンタみてぇなオッサンを相手にカットして突破すんのはワケねぇよ」

樹里「これがホントの“アンクルブレイク”ってな」


武内P「ナイスプレーです、西城さん」

樹里「ヘヘッ、そっちもな」

凛「二人とも……!」

564: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:13:58.38 ID:AXuZ3osI0
黒井「お、おんのれぇ、貴様らぁぁ~~!!」ワナワナ…!

武内P「一つお伝えしたい事があります、黒井社長」

黒井「……何?」


武内P「あなたには感謝しています」

武内P「曲がりなりにも、私をこれまで生き長らえさせてくれたこと……
    それが、今の私と、私達に繋がっている」

武内P「そのため、せめて『クリスタルウィンター』までは、どうか見逃していただきたい」

武内P「それが終われば、私はいかなる処遇をも甘んじてお受けします」


凛「プロデューサー……」

樹里「カッコつけてんじゃねーよ、アタシらの前で」

武内P「…………」


黒井「……フンッ」

565: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:15:35.55 ID:AXuZ3osI0
黒井「そういう台詞は、この場を生きて逃れてから言うものだ」パチンッ!


ズザザザザッ!!

黒服達「……」ザザッ!


武内P「……!」

樹里「げっ!?」

凛「さ、さっきよりも多く……!」


黒井「その二人を庇いながらどこまで逃げおおせる事ができる?」

黒井「あるいは、小娘達を見捨てれば、貴様一人の命は助かるかも知れんなァ?」

武内P「…………ッ」


黒井「ところで……私に感謝していると、貴様は言ったな」

黒井「それは、貴様が抱える心の傷についても、という事かね?」

566: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:19:54.77 ID:AXuZ3osI0
武内P「……どういう意味でしょうか」


黒井「良い機会だ。冥土の土産に教えてやろう」

黒井「貴様は不思議に思わなかったのか?
   当時の担当アイドルを潰した、その事務所のプロデューサーとアイドルに復讐を果たした時」

黒井「なぜこの私が、復讐を果たした直後に貴様と接触しようとしたのか。
   なぜ、そのタイミングを見計らう事ができたのか」

黒井「そもそも、貴様が画策する弱小事務所への復讐など、961プロには何ら関係が無い」

黒井「なのに、その経緯を把握し、タイミングを狙って声を掛けたのなら、
   私は貴様を観察していた事になる」


黒井「なぜ、復讐を果たすに至るまでの貴様の動向を、わざわざこの私が観察していたのか?」

黒井「なぜ、貴様が行う復讐の経緯を、私が知っていたのか?」


樹里「経緯、って……!?」

凛「そんな……」


武内P「…………まさか……!!」

567: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:23:43.41 ID:AXuZ3osI0
黒井「あぁそうとも」

黒井「全ては私の計画だ。
   その事務所のプロデューサーを焚きつけ、貴様の当時の担当アイドルを潰させた事も」

黒井「自責の念が強い貴様は、憎悪に駆られて同じ事を仕返すであろう、という事もな」

黒井「先代の美城会長は、貴様を高く評価していたよ。
   幾度も話をしていたものだから、これは使えると考えたのだ」

黒井「我が961プロにとって目の上のタンコブである346プロに負い目を与え、
   これに“契約”という形で強請れば、意のままに操り続ける事ができるだろう、と」

黒井「いざとなれば、全ての罪を346プロに負わせ、こちらは知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。
   もたらされる結果は、いずれにせよ961プロの一人勝ちという訳だ」


凛「何てことを……!」

樹里「な、ナメやがって……それでも血の通った人間かよテメェ!!!」

黒井「あぁそうだとも。いかにも人間らしい合理的な考えだろう?」

樹里「ふざっけんな!!!」ガッ!

黒服「……」グッ

樹里「くっそ、放せ!! アイツ、許さねぇ!!!」ジタバタ!

568: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:24:50.70 ID:AXuZ3osI0
黒井「まっ、それも今日で終わりか。寂しいものだ」

黒井「ひとまず今日を以て、貴様らには消えてもらおう。
   同時に、346プロには貴様の過去の所行について全責任を負わせ、舞台を降りてもらう」

黒井「残りの283プロなどという弱小事務所も、後でどうとでも料理すればいい」

黒井「労いに与える物が、鉛玉では味気ないかも知れんがね。ハハハ!」

樹里「クソ野郎……!!!」ギリッ!


武内P「…………なるほど」


武内P「よく分かりました」

黒井「何?」



武内P「よく分かったと言ったのです、黒井社長」

武内P「果たすべき目標が……やるべき事が明確であれば、迷わずに済む」

569: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:29:37.16 ID:AXuZ3osI0
黒井「この状況で何を言っている? ロクな得物も持っていないようだが」

武内P「武器なら、ここに」シュッ

樹里「あ」パシッ

武内P「……」ジャキッ


黒服達「……!」ドヨ…!


黒井「小娘に奪われた、私の銃を……!」

黒井「馬鹿な真似はよすんだな。
   私を屠ることに傾注すれば、その小娘達の命など保証できまい」

黒井「それとも、その二人を守りながら完遂するつもりかね?」


武内P「私にできないとお思いですか?」

武内P「私の腕は、私に“信頼”して数々の依頼をしてきたあなたにはご存知のはずです」



黒井「…………ッ」


凛「ぷ、プロデューサー……?」

樹里「お、おい、マジかよ……」

570: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:31:30.02 ID:AXuZ3osI0
「そこまでだ」ザッ


一同「!!?」


黒井「誰だっ!?」



コツ…

「言ったはずだ、黒井。
 その者達に派手な行いをする事があれば、私も静観できなくなる、と」

「なるほど、これがクイーンズゲートドーム……
 ぜひ弊社の新施設の構想において、大いに参考とさせていただきたい、ですが」


黒井「貴様、ら……!」



天井「今一度、大人の話し合いをしようじゃないか、黒井」

美城「まずは正すべき襟を正していただきましょう」

571: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:32:45.69 ID:AXuZ3osI0
武内P「み、美城常務! それと……!」

凛「隣にいる人は……283プロの、天井社長?」

樹里「あぁ、だと思った。でも何で……?」


天井「まずはご苦労だったと言わせてもらおう。
   双方共に無血であることは何よりだ」

黒井「無血? 我が事務所の社員は、その男から暴行を受けたのだが?」


黒服達「うっ……」「うぐぐ……」ピクピク


天井「フッ。失礼した」

美城「ですが、それもきっと、正当防衛と解せるものとお察しします」

美城「そちらの黒服達は、レプリカでなければ物騒な物をお持ちのようで」

黒服達「!」サッ

黒井「狼狽えるな、馬鹿共」

572: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:34:54.16 ID:AXuZ3osI0
美城「いずれにせよ、私や天井社長もいるこの場で、
   これ以上の穏やかならぬ行いは慎んでいただきたい」

黒井「ノコノコと人様の建物に不法侵入しておいてよく言う……」

黒井「第一、貴様らは一体何しに来た? どうしてここが分かったのだ」


天井「何、大した事ではない。
   たまたま346プロへ所用で向かっている折りに、私の事務所のアイドル達から連絡があったのだ」

天井「346プロの渋谷凜との連絡がつかなくなった、と……
   それを、こちらの美城常務にも伝えてみれば、彼女はこう答えた」

天井「黒井社長がお忘れ物をしていたようだったので、事務員に後を追わせています、とね」


黒井「事務員……フンッ、まさか、あの千川という女か」

美城「その者から、こちらの位置情報を報告させました」

美城「天井社長はあなたに御用があるとのお話でしたので、
   ついでと言っては何ですが、こうして私もご一緒させていただいた次第です」

黒井「白々しい事を……!」


美城「千川は外で待たせています。
   末端の事務員に聞かせるようなお話を、あなたとするつもりは無い」

美城「無論、この場にいる他の者達も同様です」チラッ

573: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:36:44.99 ID:AXuZ3osI0
樹里「! な、何だよ……」

武内P「…………」


天井「こんな所で立ち話しては落ち着かん。河岸を変えたいのだが」

美城「では、弊社の会議室へとご案内しましょう」

黒井「勝手に話を進めるな。いいか、私はこの者達から暴行を受け…」


美城「346プロと争うおつもりが?」

黒井「…………」

美城「冷静なご判断を期待しますが、いかがでしょうか」



黒井「……良いだろう。
   ただし、我が961プロの一方的な不利益を強要するものと判断したら、即座に退席させていただく」

天井「貴様がそんな事を言うとはな」フッ

黒井「黙れ」

574: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:38:25.71 ID:AXuZ3osI0
凛「あの人達って、知り合い同士なの……?」コソッ

樹里「アタシが知るかよ」


美城「ご同意を得られて何よりです」

美城「外に車を手配してあります。どうぞ、こちらへ」スッ


武内P「あ、あの、常務っ」ザッ


常務「……先ほど話した通りだ。君達の出る幕は無い」

常務「今日のところは、もう帰りなさい」

武内P「わ、私は……常務にとって、決して無視できない行いを…」

凛「そ! そんな事ないっ! プロデューサーは何も悪いことなんか!!」

樹里「そうだぜ、悪いってんならむしろクロ…!」


常務「当然、君達の処分についても含めた会議となる。
   大人しく待っていなさい」

575: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:39:09.29 ID:AXuZ3osI0
凛「そんな……」

樹里「……納得いかねぇな」


武内P「渋谷さん、西城さん。帰りましょう」

凛「プロデューサー……」

武内P「今、ここで私達が出来ることはありません」


武内P「失礼致します」ペコリ

常務「……」

樹里「チッ……」スッ



天井「外には件の事務員だけではない。
   283プロと346プロ、双方のアイドル達も集まってきている」

576: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:39:54.68 ID:AXuZ3osI0
武内P「……!」

凛「えっ!?」


天井「我が事務所のアイドル達に伝えたら、そちらまで広まったようだ」

天井「きっと君達を心配しているだろう。早く元気な姿を見せてやるといい」


樹里「マジかよ……」

武内P「……ありがとうございます、天井社長」ペコリ


天井「何、大した事ではないさ」フッ

577: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:42:00.23 ID:AXuZ3osI0
~ドーム前~


コツコツ…

凛「……あっ」

樹里「おぉ、マジで来てる」


武内P「……皆さん」



未央「し、しぶりぃ~~~ん!!!」ダダダッ!

ガバッ!

凛「わぷっ!?」

卯月「凛ちゃあぁん!! 本当に……本当に無事で!!」ワシャワシャ

凛「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……!」


シャニP「社長と、こちらの事務員さんから、大まかなお話は聞いています」

ちひろ「プロデューサーさん……」

578: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:43:56.23 ID:AXuZ3osI0
武内P「わざわざご足労いただき、申し訳ございません」ペコリ

シャニP「いえ、我々は何も。大変だったのはあなた方でしょう」


咲耶「凛……樹里も、本当に無事で何よりだ」

樹里「言うほど無事でもねーけどな。生きた心地しなかったぜ」

智代子「そ、そんなに!? 一体、中でどんな事があったの?」

樹里「そりゃまぁ、色々……?」チラッ


夏葉「……樹里。ケガは無い?」


樹里「ああ、別に……ヘヘッ」

夏葉「? どうしたの?」

樹里「いや、アンタがそんなしんみりしたツラしてんの、らしくねぇって思ってさ」

夏葉「! ……ふふっ」

夏葉「誰がしんみりしているですって!?」バァーン!

樹里「アハハ、そうそう。その調子だぜ」

579: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:46:05.89 ID:AXuZ3osI0
武内P「この度は弊社の……
    いいえ、私達に関するトラブルについて、ご心配をお掛けしました」

武内P「ご覧の通り、渋谷さんも西城さんも無事です。
    皆様どうか、今日の所はお帰りの上、ゆっくりお休みにな…」

樹里「待てよ、プロデューサー」

武内P「西城さん……渋谷さん?」


凛「ちゃんと、皆には話しといた方がいいよ。
  今日の出来事……あの中で、黒井社長達と話していた事」

武内P「…………」

樹里「あぁ、それと……アンタが前に担当していたアイドルの事、教えてほしいんだ」

樹里「辛くて、話しづらいだろうけど……
   もしアンタがアタシにその子を重ねているなら、どんな子だったか、ちゃんと知りてぇ」


ちひろ「……その件については、私からもお伝えできることがあるかと思います」

凛「ちひろさんが?」

ちひろ「はい」コクッ

580: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:47:46.34 ID:AXuZ3osI0
武内P「千川さん……」

ちひろ「あ、でも場所が……
    常務達が346プロに向かってしまって、うっかり鉢合わせるのも気まずいですね」


シャニP「それなら、ウチの事務所にお越しいただくのはいかがでしょうか?」

シャニP「さほど広くはありませんが、皆さんでゆっくり腰を落ち着けることくらいはできるかと」

夏葉「ナイスアイディアね、プロデューサー」

咲耶「私達の仲間で持ち寄った紅茶が、ちょうど今は充実しているんだ。
   ぜひご賞味いただきたいな」

智代子「困った時のお夜食も!」ニュッ


卯月「プロデューサーさん……私達からも、お願いします」

未央「とっくに私達は、運命共同体でしょ?」



武内P「…………分かりました」

581: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:49:38.30 ID:AXuZ3osI0
~346プロ 会議室~

美城「……ふむ、なるほど」

黒井「貴様らが来る前に、あの中で起きていた事は今述べた通りだ」


天井「対応を誤ったようだな、黒井」

黒井「何?」

天井「お前が今言った中で、一つ抜けている事実がある。
   我々が来る直前、貴様があのプロデューサーに告げた事だ」

黒井「……盗み聞きをしていた、だと?」


天井「あの男にトラウマという名の禍根を残した、その張本人が自分であった。
   それも、自分の私利私欲のために」

天井「貴様はあのプロデューサーを使う立場から、命を狙われる立場となった訳だ」

天井「安心して熟睡できる日が無くなったな?」

黒井「……フンッ、邪魔なら消せばいいだけの事だ。これまでもそうしてきた」

582: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:52:11.93 ID:AXuZ3osI0
美城「それを私の前で堂々と仰る辺り、さすがの胆力ですね、黒井社長」

黒井「美城の娘……貴様もあの男の扱いには手を焼いていたはずだろう。
   私が代わりに手を下すことに、何か不都合でも?」

美城「今は時期が悪いと言いたいのです」

黒井「時期?」


美城「『クリスタルウィンター』を前に騒ぎを起こすのは、
   この場にいる誰の利益にもならないでしょう?」

美城「ですので、せめてそれが終わるまでは派手な行いをしていただきたくはない」

黒井「……フム」


美城「確かに、あなたは契約に従い、弊社からの依頼をもよく受けてくれていたようですが、
   下品な手法による強引な解決は我々の本意ではない」

美城「それらはともすれば業界全体への不信を招き、自らの首を絞めることにもなるからです」

美城「ご安心を。
   あのプロデューサーに対しては、私の方からよくクギを刺しておきます」

黒井「フンッ、貴様が言って素直に聞くような男ではあるまい」

583: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 22:59:40.15 ID:AXuZ3osI0
美城「確かに。しかしながら、私に一つ考えがあります」

天井「考え?」


美城「次の『クリスタルウィンター』……
   この3社のアイドル達による合同ユニットで出場するのはいかがでしょうか?」


黒井「合同ユニットだと?」

天井「ほう……」


美城「他社とのコラボ企画などというものは、
   よほどのメリットが無い限り、弊社も積極的に採用しようとは思いません」

美城「ですが、相応に注目を集める旬のアイドル達が、
   事務所の垣根を越えてユニットを組むのは、良い意味で話題性を生むでしょう」

美城「加えて、その監督者としてかのプロデューサーを充てれば、
   まさかこれを無視してまで黒井社長に事を為す可能性は低いと考えます」

美城「アイドル達にとっても、知らぬ間柄ではないあの男がプロデューサーを務めた方が、
   お互いにやりやすいでしょう」

584: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:01:09.46 ID:AXuZ3osI0
天井「私は賛成だ。メンバー次第ではあるがな」

黒井「フンッ! 聞こえの良い事を並べ立てているが、
   最終的に自分が美味しいところを攫っていくつもりではないかね?」


美城「であるならば、プロジェクト名は御社になぞらえて、そうですね……」

美城「『プロジェクトクローネ』、というのはいかがです?」


黒井「みくびられたものだ。
   この私が、346の新規プロジェクト名を知らんとお思いか」

美城「フフ、ご存知でしたか」

美城「ですが、黒井社長の声掛けにより発足されたものとなれば、
   その功績はあなたのものとなります」

黒井「体良く責任を押しつけているようにも思えるがな」

美城「…………」

585: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:04:36.51 ID:AXuZ3osI0
黒井「良いだろう。
   283プロの有栖川夏葉と白瀬咲耶、園田智代子」

黒井「その者達も関わるということであれば、あの男もこれを成功させるために力を尽くすはずだ」

美城「その間、あのプロデューサーには大人しくさせておくことをお約束します」


天井「要綱によれば、『クリスタルウィンター』の出場は5人編成のクインテットユニットが限度だ」

天井「我が事務所から三人も出すのなら、961と346からは誰を出す?
   961プロからは西城樹里として……」


美城「私個人の考えとしては、弊社からは高垣楓を、
   と言いたい所ですが……彼女は応じないでしょう」

美城「それに、そのメンバーであれば、渋谷凜が適任であると考えます」

黒井「美城の娘も、所詮は絆などという甘ったれたものを最後に重視するということかね?」

美城「あくまで適性が最も高いというだけの話です」


天井「なるほど、了解した。
   ひとまずは事態が平穏無事に収まっていくようで何よりだ」

黒井「待て、天井。貴様はこの私に用があると言ったが?」

天井「既に今の話の中で用は済んだ」

586: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:07:04.19 ID:AXuZ3osI0
美城「私はあなたに用があります、天井社長」

天井「……貴女もしつこい人だ」

美城「そもそも、これは961プロと我々346プロの間の話です。
   第一、今日の一件についても、私に情報をもたらしたのはあなただった」

美城「そうまでして我々に積極的に関わる理由は何か、お教えいただきたい」


天井「私の主張はシンプルだ。
   有栖川夏葉、引いては他の283プロアイドル達の身の安全を保証すること」

黒井「どういう意味かね。
   私は貴様の弱小事務所のアイドルなど、ハナから相手にしていないのだが?」

天井「我が事務所の有栖川夏葉が、かのオーディションの関係者であってもか?」

黒井「……!」ピクッ


美城「先日のお電話でもお話しましたが、
   彼女にはもう、あのオーディションの件について関わる必要性など無いはずです」

美城「あなたが焚きつけているのでは? 天井社長」

天井「いや、彼女が自主的にそれを申し出たのだ」

天井「あなた自身も言っていたが、美城常務……
   私に言わせれば、正すべき襟があるのは黒井だけではないと考えている」

天井「なればこそ、その不義理を正そうとする彼女の自主性を、私が否定する理由など無い」

587: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:10:27.67 ID:AXuZ3osI0
黒井「馬鹿な事を。
   あの有栖川が、オーディションの件について外部に告発する気だと言うのか?」

美城「あれはもう終わった話です、天井社長。
   蒸し返す事は、それこそ誰の利益にもなりません」

美城「いたずらに敵を作る愚かさが、分からないあなたでは無いはずです」


天井「自分達に潰されるのが怖いのなら、不条理に対して口を閉ざせと?」

天井「そもそもの事態を起こした貴様らが、よくも敵を作る愚かさなどと私に説いたものだな。
   大手の芸能事務所が聞いて呆れる」


黒井「では聞くが……我が961プロの西城樹里の初イベントに、
   貴様は白瀬咲耶を遣わしていたな?」

天井「…………」

黒井「オーディションの一件に義憤を駆られたなどといった事をほざきながら、
   それと関係が無い西城樹里の動向を観察していたのはなぜだ」

天井「西城樹里は、かのオーディションの被害者である園田智代子の友人だ。
   思うところが無かったはずはあるまい。だから動向を注視した」


美城「果たしてそれだけでしょうか?」

天井「というと?」

美城「白瀬咲耶は、弊社の高垣楓のミニライブにも姿を現していたようです」

588: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:15:57.23 ID:AXuZ3osI0
天井「……フム。それは初耳だな」

美城「とぼけた事を……
   あなたの指示でないのなら、なぜ彼女がその場にいたというのです」


美城「私が思うに、天井社長……」

美城「オーディションの一件について、業界の不義理を正すために告発するというご主張は、
   ご自身の真意を隠すための大義名分に過ぎない」

美城「あなたが本件に関わる理由は、別の所にあるのでは?」

黒井「同感だ。我々を甘く見ないでもらおうか」


天井「パンドラの箱を?」

黒井「何?」

美城「……?」


天井「私はただ、彼女自身がそれを開ける日が来るまで、
   余計な邪魔立てが入らないようにするだけだ」

黒井「貴様……何度も言わせるな、貴様の有栖川夏葉が…!」

589: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:16:34.25 ID:AXuZ3osI0
天井「有栖川ではない」


黒井・美城「……!?」



天井「有栖川はただのきっかけに過ぎん」

天井「“彼女”がそれを開けるための、な」



天井「私から言えるのは、ここまでだ。
   既に察しがついているのなら、これ以上の言及はご遠慮願おうか」

590: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:18:01.38 ID:AXuZ3osI0
美城「…………」


黒井「…………フン」



天井「……今日の話を整理させてもらう」

天井「ウィンターフェスに当たり、三社の合同ユニット『プロジェクトクローネ』を結成する。
   メンバーは283プロの有栖川、白瀬、園田、961の西城、346の渋谷」

天井「これが終わるまでの間は一時休戦とし、かのプロデューサーにも誰も干渉をしない」

天井「ただし、終わった後はお望み通り、私は第三者に戻ろう。
   双方の好きにするがいい」


美城「古い時代の悪しき慣習は、もう必要とされてはいません」

黒井「どうとでも言うがいい。だが……」

黒井「フェスが終わった後、こちらに裁量を任されることに異論は無い」


美城「では、あの男は…………」

591: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:18:28.80 ID:AXuZ3osI0
楓「………………」





楓「…………」スッ


コツ…



コツ…

592: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:20:42.54 ID:AXuZ3osI0
~283プロ事務所~

ジィーーー…


 『ふんふーん……♪』

 『わぁ、綺麗なお花ですね。毎日お疲れ様です』

 『あっ、ちひろさん! ううん、全然お疲れなんかじゃないよっ。
  お花のお世話、私も好きでやってるんだし』

 『それでも、こうして事務所の花壇のお手入れをしてくれるおかげで、
  他のアイドルの皆さんも、晴々とした気持ちになれると思います』

 『もちろん、私も。本当にありがとうございます』

 『そうかな……えへへ、そうだと嬉しいな』


 『ところで、ちひろさん。それ動画撮ってるの? どうして?』

 『あぁ、これはですね。
  事務所の入社説明会で使う動画を撮影していまして』

 『基本的には内部用ですが、綺麗に撮れたものは、外向けのPRにも使おうと思っているんです』

593: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:22:14.47 ID:AXuZ3osI0
 『へぇー。あっ、だとしたら私、もっと張り切っちゃおうかなっ♪』

 『えぇ、よろしくお願いしますね。
  それじゃあ……あっ、ちなみにこの黄色いお花、何ていう名前ですか?』

 『あっ、よくぞ聞いてくれました! これはね、ラナンキュラスだよっ!
  黄色のラナンキュラスの花言葉は、「優しい心遣い」』

 『花束やフラワーアレンジメントの定番でもあるんだけど、
  モコッとして存在感あるのに他のお花達ともすごく調和してくれるから、私、好きなんだ』

 『優しい心遣い……ふふっ、ひょっとしてプロデューサーさんへの贈り物用ですか?』

 『うん。えっ!? ち、違うよっ!? いや、違く、ないけど……』

 『って、あぁ~もうっ! そういうの言わせないでよー、ちひろさん!』

 『ふふっ。残念ですが、この動画はお蔵入りですね』





ちひろ「…………」


樹里「……この子が」

594: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:23:46.07 ID:AXuZ3osI0
武内P「このような動画があったとは……知りませんでした」

ちひろ「本当はお蔵入りにせず、音声だけオフにして使用する予定でした」

ちひろ「ですが……これを撮影した直後に、あの報道がなされて……」

武内P「…………」グッ…!


咲耶「先日アナタが言っていた通り、花のように可憐で可愛らしい人だ」

智代子「それに、こうして花壇の手入れも率先してやってくれて……」

夏葉「献身的な子だったのね。
   それだけに……そんなひどい目に遭ったなんて、ますます許せない」

シャニP「あぁ、その通りだ」


卯月「凛ちゃん……さっきのお話、本当なんですか?
   黒井社長が、すべて……」

凛「……あの人が嘘をついていないのなら、ね」

未央「……ッ」グスッ


樹里「……なぁ、プロデューサー」

595: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:25:11.44 ID:AXuZ3osI0
樹里「アンタが部屋で育ててる、あのアグラオネマとかいう鉢植え……
   ひょっとして、この子からのプレゼントだった、とか?」

凛「……」ピクッ


武内P「……彼女に連れられ、花屋に立ち寄った事がありました」

武内P「学が無い私に、色々な花を、楽しそうに講釈してくれて……
    その中で、一つの鉢植えが目に留まったのです」

武内P「花も無ければ、根も無い……まるで私のようだと思い、親近感が湧きました」

武内P「彼女は、そのように自分を評する私に、憤慨したりもしましたが……
    店を出る時、密かにこれを購入し、私に手渡したのです」

武内P「愛情を持って大事に育てることが、一番の栄養なのだと。
    それを忘れないで、と……」


凛「……それが、アグラオネマだったんだね」

596: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:26:35.67 ID:AXuZ3osI0
樹里「……そっか」

樹里「ごめん、プロデューサー……アタシ、アンタのこと勝手に馬鹿にしてた」

樹里「花の心も分かってねぇ、なんて……アンタの気も知らねぇで……」

武内P「謝らないでください、西城さん」


樹里「こんなの……」グッ

樹里「こんなのって、ねぇよ……ひでぇよ……!」

樹里「黒井のヤツ……ちきしょう……!」ポロポロ


智代子「樹里ちゃん……」

武内P「…………」


シャニP「……これからどうしますか?」

シャニP「もし今のお話が本当なら、961プロが……
     いえ、黒井社長が今後、手段を選んでくるとは思えない」

ちひろ「私も同感です。
    プロデューサーさんは、しばらく身を隠された方が……」

597: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:29:16.76 ID:AXuZ3osI0
武内P「いいえ、それには及びません」

未央「えっ?」


武内P「私のやるべき事は、既に決まっています」スクッ


卯月「ま、まさかプロデューサーさん……?」

咲耶「早まった事はしないでくれ、これ以上アナタが罪を重ねる必要は無いっ」ガタッ!

夏葉「そうよ、私が告発するまで待っ…!」

武内P「全ては私の身から出た錆であり、私が全てに片をつけるのが筋です」


樹里「アタシのプロデュースはどうすんだよっ!!」

武内P「……!」ピタッ


樹里「アタシが、自分の翼を広げて羽ばたく姿を見届けるって……」

樹里「それがプロデューサーとしての本分だ、って……
   さっきそう言ったばかりじゃねぇかよ……!」

598: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:30:55.16 ID:AXuZ3osI0
武内P「……申し訳ございません」

樹里「……ッ」フルフル


ヴィー…! ヴィー…!

ちひろ「……? 今西部長?」ピッ

ちひろ「はい、もしもし、千川です……」

ちひろ「えぇ、はい……はい、すみません、そうです……いえ……」

凛「……」



ちひろ「え、えぇっ!?」

一同「!?」ビクッ


ちひろ「い、いえ……はい……はい……あ、はい、います」


ちひろ「プロデューサーさん、あの……今西部長が代わってほしいと」スッ

武内P「一体、何のお話だったのですか?」

ちひろ「それが、その……」



ちひろ「ご、合同ユニットを……三社の合同ユニットのプロデュースを、と……」

599: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:32:14.02 ID:AXuZ3osI0
――――――

――――


『それではここで、発起人である黒井社長からのメッセージが届いています、どうぞ』


『我が961プロが事務所の威信をかけて皆様にご提案する夢のアイドルプロジェクト!!
 その名も、プロジェクトクローネ!!』

『その第一弾となるユニットは、事務所の垣根を越え、
 時代を象徴する旬なアイドル達を選りすぐった、精鋭クインテットであります!』

『283プロの有栖川夏葉さんに白瀬咲耶さん、園田智代子さん!
 346プロの渋谷凜さん!』

『そして……我が961プロの西城樹里!』

『この私が直々に目を掛け、選出した圧倒的な力でもって、
 必ずや! クリスタルウィンターに伝説を残すことを約束しようではありませんか!!』

『さらに、このプロジェクトはこれだけに留まる予定などありません!
 今後も第二弾、三弾と、次代を担うトレンディなアイドルユニットを…!』

600: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:35:47.26 ID:AXuZ3osI0
  >さすがにゴリ押しが露骨すぎて萎える
  >また西城かよ、最近ほんと出すぎじゃねコイツ
  >ていうか西城樹里がセンターなの?
  >961プロ主導なら当然だろ

  >この間のサマーフェスだってどうせ八百長だよな
   明らかに夏葉ちゃんの方が良かったじゃん、西城とか一瞬棒立ちだったし
  >↑未だにこれ言ってるヤツいて草
   素直に負けを認めろよガイジ
  >西城本人がこの話題になった途端に言い淀む時点で答え出てるぞ

  >まぁ、283プロの人選は分かるわ
   何で346プロは楓さんじゃないんや?
  >ギャラが高い定期
  >↑金にならないミニライブを毎年やってる聖人なんだよなぁ
  >言うてしぶりんもそんなに悪い選択肢じゃないやろ
   そろそろポスト高垣も育てとかなアカンし

  >そういや、西城樹里がこの間の楓さんのミニライブに出てたってマジ?
  >↑画像出回ってるぞ
  >一体コイツに何があるんや。ここまで来るとすげぇな

  >こうして散々話題になってる時点で、961プロの宣伝としては成功なんだろうな
  >ここで叩いてる連中も、なんやかんやで絶対見ると思うわ
  >見なきゃ叩けないからな
  >叩くためにコンテンツを追いかけるオタクの鑑

601: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:37:22.20 ID:AXuZ3osI0
~283プロ レッスンスタジオ~

 キュッ! タタンッ! タン!

咲耶「フッ……!」キュッ!


夏葉「良い仕上がりね、咲耶」スッ

咲耶「そうかい? フフッ、ありがとう夏葉」

樹里「随分気合い入ってんじゃねーか」


咲耶「それはそうさ」

咲耶「このメンバーで同じステージに上がることが出来たなら……
   ずっと夢見ていた事が、現実になる」

咲耶「燃えない方が、無理があるよ」


凛「それにしても……まさか、黒井社長の発案だなんてね」

智代子「そ、それは驚きだけど!
    でも、そのおかげで皆と一緒にやれるのは、素直に嬉しいなぁ私」

602: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:38:48.07 ID:AXuZ3osI0
樹里「…………」

夏葉「今は余計な事を考えるのは止めましょう、樹里」

樹里「夏葉……」

夏葉「あの黒井社長に何らかの思惑があるのは間違いないでしょうけれど……
   発案者である彼の想像をも超える、皆の度肝を抜くようなステージを見せつける」

夏葉「ここまで来た以上、私達に出来ることでアッと言わせた方が面白いと思わない?
   アイドルらしく、ね?」ニコッ

シャニP「夏葉の言う通りだ。俺達は俺達でできる事に集中しよう、西城さん」

樹里「……そりゃあ、分かっているけどよ」ポリポリ


コンコン ガチャッ



楓「お疲れ様です、皆さん」


凛「か、楓さん!?」

咲耶「……!」ピクッ

603: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:40:34.10 ID:AXuZ3osI0
未央「私達もいるよー、しぶりん!」ヒョコッ

卯月「皆さん、レッスンお疲れ様ですっ!」


樹里「おー差し入れか、ありがとな。
   つっても……」

夏葉「まさか、346プロのトップアイドルが陣中見舞いに来てくれるなんてね。
   とても光栄だわ」

楓「ふふっ……いいえ、こちらこそ」ニコッ

凛「プロデューサーから頼まれたんですか?」

楓「はい」


楓「僭越ながら、『クリスタルウィンター』に出場される皆さんの活動を、
  サポートさせていただくことになりました」

楓「あまりお役に立てないかも知れませんが、何かあったら何でも仰ってくださいね」ニコッ


智代子「わ、私達のサポート!? 楓さんが、ですか!?」

604: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:42:09.04 ID:AXuZ3osI0
卯月「さすがに、給水とかまで楓さんにしてもらう訳にはいかないので、
   私達もお手伝いをさせていただくんですが……」

未央「本人はそういう雑用もノリノリでやりたがるからさー、ホント困っちゃうよ」

楓「たくさんいると、あぶれた私は混雑要員、なんて、ふふふっ♪」ニコニコ

シャニP「は、はぁ……」

夏葉(……噂には聞いていたけれど、これが)

樹里(下手にツッコむと火傷しかねねぇから、適当に相槌打っとけ)

智代子(う、うん……)


咲耶「……おや、もうこんな時間か」

咲耶「夏葉、樹里。そろそろ次の仕事に行った方が良くないかい?」

夏葉「あら、本当ね。プロデューサーも外で待っている頃だわ」

未央「何かあるの?」

樹里「ユニットのPR活動が忙しいんだよ、ったくプロデューサーのヤツ」

605: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:45:03.34 ID:AXuZ3osI0
凛「大事な仕事なんだから、文句を言わない」

樹里「はいはい」

智代子「私達も夕方からラジオ出演があるんだったよね、凛ちゃん?」

凛「うん。何かあったら面白いフォロー頼んだよ、智代子」

智代子「いや、それどういう意味、凛ちゃん!?」


楓「ふふっ。皆さん、すっかり仲良しなんですね」

樹里「おかげで退屈しなくて済んでますよ」

未央「……ジュリアンが敬語で話してんの、初めて見た気がする」

樹里「はぁ!? あ、当たり前だろ、年上なんだし!」

夏葉「あら、私は?」ニュッ

樹里「だー!! うるせぇあっち行け!」

智代子「根が体育会系だから普通に礼儀正しいんだよね、樹里ちゃん」

シャニP「なるほど」メモメモ

樹里「余計なことメモんな!!」

楓「ふふふ♪」ニコニコ

606: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:46:19.46 ID:AXuZ3osI0
夏葉「じゃあ、行ってくるわね」フリフリ

樹里「アタシらがいなくてもサボんじゃねーぞ、特にチョコ」

ガチャッ バタン


智代子「……私に対する樹里ちゃんの評価の低さたるや」ガクッ

卯月「ま、まぁまぁ智代子ちゃん、今までの積み重ねがあるわけですし」

智代子「それ言う!?」

未央「しまむー、なかなかにヒドいね」


楓「あ、そうそう」

凛「楓さん、どうしたんですか?」


楓「皆さんのユニット名は、何ていうんでしょう?」

智代子「ああ、それはですね……!」

607: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:48:15.55 ID:AXuZ3osI0
ブロロロロロ…


武内P「『TAKE-UC』」

武内P「“UC”とは、ICT用語の一種です」

樹里「あいしーてぃー?」


夏葉「“Unified Communication”」

夏葉「掻い摘まんで言えば、電話やメール、ウェブ会議等の多様な情報伝達手段の統合と、
   これによる業務効率化を図る仕組みのことね」

樹里「よく分かんねぇ。
   アタシらの活動は、別にネットとかでどうこうするようなモンでもねぇだろ」プイッ

608: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:50:18.74 ID:AXuZ3osI0
武内P「283と346、そして961……」

武内P「様々な芸能事務所のアイドル達が統合し、さらなる輝きを放つことを旨とし、
    この言葉を採用しました」

武内P「同時に、“UC”にはもう一つの意味合いも持たせています」

樹里「もう一つの意味合い?」


武内P「私達の向かう道は、後戻りはできない」

武内P「すなわち、キャンセルはできない、という意味です」


夏葉「“Uncancellable”……ふふ、なかなか洒落てるじゃない」

樹里「なるほどな、『TAKE-UC』……
   言い換えりゃ「前進あるのみ」ってトコか?」

武内P「そうです」

樹里「ヘッ、面白ぇ」ニヤッ

609: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:51:18.02 ID:AXuZ3osI0
~イベント会場~

ガヤガヤ…! ザワザワ…


武内P「本番までは、こちらで待機をするようにとのことです」ガチャッ

樹里「はーい」

武内P「私はスタッフの方々と確認がありますので、一旦失礼します」

夏葉「分かったわ。お願いね」

バタン



樹里「……」スッ

樹里「…………」シャカシャカ

610: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:52:50.85 ID:AXuZ3osI0
夏葉「……今度歌う新曲?」

樹里「ん? あぁ」スッ

夏葉「アタシ、あんまり物覚えが良い方じゃねーからな」


夏葉「そんな事ないわよ。
   この間のレッスンだって、一度も止まらずに踊りきったじゃない」

樹里「そんなんで満足してちゃダメだろ。
   ちゃんと叩き込んで、曲の解釈?とか、しっかり深めとかねぇと」

樹里「本番までそんなに時間ないんだし、
   完成度を高めるために、無駄な時間は作りたくねぇ」

夏葉「……ふふ、さすがは私達のセンターね」

樹里「ほっとけ」

コンコン

樹里「ん? プロデューサーかな。どうぞー」


ガチャッ

女A「こんにちはー……あら、あなた達は」

女B「283プロの有栖川夏葉さんと、961プロの……西城樹里ちゃんね」

夏葉「あら、共演者さんね。どうも、今日はよろしくね」ニコッ

樹里「そっか、アンタ達もアイドルなん…」

611: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:54:26.55 ID:AXuZ3osI0
女C「ちょっと、一緒にしないでくれる?」

樹里「え?」


女C「あなたみたいな事務所のネームバリューだけで売れてるコ見ると、虫酸が走るのよね」

女B「そうそう、おまけに色々と良くない噂もあるでしょ?
   共演したコを蹴落として泣かしたとか、コネ使って出演をねじ込んだとか」

女A「SNSとかでもぶっ叩かれてるけど、火の無い所に煙は立たないっていうしさ。
   アンタみたいなのと関わり合いになりたくないの」

樹里「あ、あの……」

女A「だから、さっさと出てってくれる?
   迷惑してんの分かるでしょ、業界全体がさ」

樹里「……!」


女B「アハハ! ちょっとー、それ言い過ぎ。可哀想じゃん」

女C「あたしはそう思わないけどなー。
   だってもっとヒドい目にあったコだっているし。コイツのせいでさ」

612: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:56:08.02 ID:AXuZ3osI0
女B「だからぁ、そういうのロジハラっていうんだって。訴えられるよ?」

女A「確かに、そういうのの専門家さんだもんねぇ、961プロは? フフッ♪」

女C「アッハッハ…!」

スッ

女C「へ?」


夏葉「この子に文句があるというのなら、私が聞くわ」

樹里「おい、夏葉」

夏葉「本当の樹里を知ろうともせずに、よくもそんな言葉を投げかけられるわね。
   見たくないものを視界に映さない、都合の良い視野をお持ちなのかしら」


女B「な、何よ!
   アンタだって大企業のお嬢様のくせに、ストイックぶっちゃってさ!」

女A「ちょ、ちょっと。この人は敵に回さない方がいいって。
   何されるか分から…」

夏葉「対峙するものが強大であるなら、尻尾を巻いて逃げると?」

女A「えっ?」


夏葉「威勢を張る相手を選んでいるのなら、あなた達の主張は偽物よ」

613: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/22(水) 23:57:39.38 ID:AXuZ3osI0
女C「! こ、この…」

夏葉「真っ向から勝負を挑む度胸も無いくせに、一丁前に業界のお説教だなんてお笑い草ね」

女A「くっ……!」


樹里「夏葉、もういいよ」

夏葉「いいえ、私には許容できないわ。あなたが馬鹿にされて良い道理なんて…」

樹里「その辺にしとけって言ってんだ。
   ムキになるなんざ、アンタらしくもねぇ」

夏葉「……そうね」スッ


女B「あ、あの……」

樹里「アンタ達が癪に障る気持ちも分かるよ。
   961プロなんざ、業界の闇の象徴っつーか、そういうイメージばっかだもんな」

樹里「アタシだって心底気に入らねぇし、許せねぇ所もたくさんあるけど……
   成り行きで所属している以上、そういう批判を受けるのも、しょうがねぇって思う」

614: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:00:02.62 ID:VfNpJpls0
樹里「だから、そういうのも引っくるめて、何つーか……頑張るよ」

樹里「今はアタシを見て、良くない印象持っちゃう人もいるかもだけど、
   アイドルやる以上、笑顔になってもらえるようになりてぇし」

樹里「やるって決めたからには、ハンパはできねぇからな」

女A「西城樹里……」


樹里「あぁ、だけどさ」

樹里「もし悪口を言いてぇんなら、アタシ一人だけにしとけよ」

樹里「夏葉や咲耶、チョコも……凛も。
   もし他のみんなまで馬鹿にするってんなら、アタシは許さねぇからな」


女B「…………」

女C「あ、あたし達だって、別に悪口言いたい訳じゃ…」


コンコン

夏葉「? どうぞ」


ガチャッ

冬馬「こ、こんにちはーっす! 今日はよろしくお願い……あん?」

615: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:01:31.79 ID:VfNpJpls0
樹里「なっ!? お、おめーは、鬼ヶ島!」

冬馬「天ヶ瀬!!冬馬だ! いい加減覚えろ!」クワッ!

樹里「冗談だよ」


北斗「おや、これはいつぞやのエンジェルちゃん」

翔太「最近ユニット組んだんだって? クロちゃんもやること派手だねー」


女A「えっ、ウソ!? ジュピターの北斗様!!?」

女B「翔太クンと冬馬クンもいるー!!」

女C「ふぁ、ファンなんです!! ツーショしてもらえませんか!?」グイィッ


冬馬「ぉわっぷ!? な、何だコイツら! お前らもアイドルだろ!」

北斗「おやおや、そういうのは事務所を通してもらいたいな」フッ

翔太「僕は大丈夫だよー。
   ただ事務所にバレたらウルサいから、お姉さん達とのヒミツってことで♪」

女達「キャアアーーーッ!!(裏声)」

616: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:03:32.90 ID:VfNpJpls0
樹里「…………」

夏葉「……つくづく、色々な人達がいるものね、この業界」

樹里「雑にまとめんじゃねーよ」


北斗「ところで……先ほどは、何やら穏やかでない空気だったようだが」

女A「えっ!? い、いえいえそんな全然~!」

女C「楽しくお喋りしてただけですよ、ねぇー樹里ちゃん?」

翔太「そうかなぁ? 廊下の方まで響いちゃってたけどねー、話し声」

女B「うえ゛っ!?」


冬馬「くだらねぇ。
   気に入らねぇヤツがいるなら、グチグチ言わずに力でねじ伏せりゃいいだけじゃねえか」

冬馬「おい、西城」

樹里「あん?」

617: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:05:23.83 ID:VfNpJpls0
冬馬「お前の力は認めてる。
   だが、それでも俺達の足元には及ばねえし、及ばせねぇ」

冬馬「お前も黒井のオッサンの下についてんなら、
   小細工なんかしないで、せいぜい実力で証明してみせろよ」

冬馬「どんだけ頭数揃えた所で、急造ユニットのチームワークなんざ知れてるぜ!
   『クリスタルウィンター』で勝つのは俺達ジュピター!! だぜ!!」ビシッ!


北斗「フッ。相変わらず素直じゃないな、冬馬」

翔太「今の冬馬君の言葉を翻訳すると、「本戦でお互い良い勝負をしよう」って話ね」

冬馬「な!? こ、こらっ、余計なこと言うんじゃねぇ!」プンスコ!

翔太「ほら、否定しないでしょ?」


夏葉「なるほど、それがあなた達の矜持ということね」

樹里「ヘヘ……冬馬」

冬馬「な、何だよ」


樹里「お前のそういうトコ、嫌いじゃないぜ」ニヤッ

618: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:06:12.05 ID:VfNpJpls0
~夜、346プロ~

カタカタカタ…

シャニP「……それでは、私はこれで」

武内P「はい。新曲の手配、とても助かりました」ペコッ

シャニP「いえ、これくらいは何でもありません」

シャニP「メインで指揮を執るあなたの方が大変なのですから、
     俺に出来ることは何でも言ってください」

武内P「……ありがとうございます」

シャニP「こちらこそ。では、お先に失礼します」ペコリ

武内P「はい。お疲れ様でした」

ガチャッ バタン



武内P「……」グイッ


カタカタカタ… カタカタ…

619: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:06:55.16 ID:VfNpJpls0
~レッスンスタジオ~

コツ…



コツ…





ガチャッ


楓「…………」ソォー…

楓「……」キョロキョロ



楓「…………」ゴソゴソ

620: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:08:11.94 ID:VfNpJpls0
タタン! キュッ! タンッ!


タンッ! タッ! タッ タン!


楓「……ッ! …………!」キュッ! タタッ! タン!

楓「フッ……ッ……!」タッ! タタンッ! タタン!





咲耶「アナタほどの人でも、居残り練習をするんですね」



楓「!?」クルッ


咲耶「……すまない。邪魔をするつもりは無かったのだけれど」

楓「咲耶ちゃん……どうしてここに?」

621: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:09:46.18 ID:VfNpJpls0
咲耶「忘れ物を取りに来た」

咲耶「……という訳ではなくて、私も少し、秘密の練習を」

咲耶「けれど、まさか思わぬ先約がいたとは、ね」フッ

楓「…………」


咲耶「今の振付は、私達の新曲ですよね?」

楓「……そうです」

楓「咲耶ちゃん達のサポートを、プロデューサーからお願いされましたから。
  私も、ひと通り踊れるようにならないと」

咲耶「果たして、本当にプロデューサーからの依頼だったのだろうか」

楓「……え?」


咲耶「私の見立てでは、アナタの方からプロデューサーに掛け合ったと思っているのだけれど、どうかな?」



楓「……ふふっ、アタリです」ニコッ

622: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:11:07.12 ID:VfNpJpls0
楓「どうして? と、理由を聞きたいでしょうか」

咲耶「それが許されるなら」

咲耶「だけど……アナタが自分から、私達に明かしてくれる日が来るのを待ちたいと思います」

楓「……ありがとうございます。咲耶ちゃん」


咲耶「良かったらご一緒しても? 深窓の歌姫」

楓「えぇ、もちろんです。それと……」

楓「私に敬語は使わなくて構いません。どうか普段通りに、ね?」ニコッ

咲耶「フフッ……ああ、了解した」ニコッ



タンッ! キュッ! タタン…!

623: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:12:47.96 ID:VfNpJpls0
~料亭~

女将「では、ごゆっくり」スッ

スゥー ストン…



トクトクトク…

今西「すまないね、付き合わせて」

ちひろ「いえ……」


今西「昔はよく、先代の会長ともここに来ていたものさ」

今西「接待でも利用したし……表ではとても話せないような密談もした」

今西「ここに来るのも、今日が最後になるかも知れないね」

ちひろ「…………」


今西「たまには君も、気分転換が必要なんじゃないかと思ったんだ」

624: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:14:22.62 ID:VfNpJpls0
ちひろ「私は……」


ちひろ「……今西部長」

今西「何だい?」


ちひろ「私は入社以来、ずっと346プロに尽くしてきたつもりでした。
    ずっと、事務所の歯車になることを目指してきました」

ちひろ「誰よりも早く出社して、最後に退社するのなんて序の口。
    休日に仕事を持ち帰ることだって、何も苦ではありません」

ちひろ「なぜなら、それが私の大好きなアイドル達のためになると信じていたからです」

今西「…………」


ちひろ「それが……何だか、よく分からなくなっちゃいました」



今西「なら、ここを辞めるかね?」

625: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:17:23.26 ID:VfNpJpls0
ちひろ「…………」

今西「事務職は、どの業種にも必要不可欠な存在だ。
   君ほどの人材であればどこでもやっていけるし、346プロという職歴はそれなりに箔にもなるだろう」

今西「君もまだ若い。いくらでもやり直せる」

今西「と……あんまり言い過ぎても薄情かな? アハハ」ポリポリ


ちひろ「最近、気づいたことがあります」

ちひろ「私が大好きなもの、応援したかったもの。
    それは……アイドルだけじゃなかったんだ、ということ」

ちひろ「いいえ、ひょっとしたら……彼らもアイドルの一部と言えるのかも知れません」

今西「彼ら?」


ちひろ「プロデューサーさん達のことです」

ちひろ「アイドルもプロデューサーも、お互いに無くてはならないもの……
    皆さんは、仕事のパートナーである以上に、固い絆で結ばれています」

ちひろ「その絆の輝きを、私は応援したかったんだと気づきました」

ちひろ「それができる仕事は……今の業種を置いて他にありません」

626: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:20:17.96 ID:VfNpJpls0
今西「そうか」

ちひろ「だから……今西部長」


ちひろ「今からでも、常務と黒井社長を説得することは出来ないのでしょうか?」

ちひろ「それが叶わないのなら、
    せめてお二方の手からプロデューサーさんを遠ざけることは、出来ませんか?」

今西「千川君……」

ちひろ「あの人はアイドルを愛しています!」

ちひろ「みんなも、あの人を慕っています。なのに……事務所の都合で……!」


今西「……残念だが、それが組織というものだ」

今西「時代は移り変わる。そのしわ寄せは、誰かが引き受けなければならない」

今西「少なくとも常務は……もう彼のことを、必要としないだろうね」

ちひろ「! …………ッ」



今西「私もね……ただ指をくわえて見ているだけ、というわけではないんだ」

627: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2023/02/23(木) 00:21:43.21 ID:VfNpJpls0
ちひろ「……え」


今西「それを防ぐ手段が、一つだけある……かも知れない」

今西「だがそれは、あるいは業界全体をも潰しかねない方法だ」

今西「君は、それを選択する必要があると思うかね?」

ちひろ「い、今西部長……?」


今西「先日、283プロの天井社長と話をしてね」

今西「とある提案を受けたのだが……
   それはきっと、思わぬ化学反応を引き起こすものだったのだろう」


今西「今夜のレッスンスタジオで、彼女が居残りをしているとすれば、ね」