1: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:08:37 ID:LWYh
岡崎泰葉「誰が」

関裕美「私が」

白菊ほたる「裕美ちゃんは悪役なんかじゃないです」

松尾千鶴「良い子オブ良い子だもんね」

泰葉「たまに人の話聞かないけどね」

千鶴「そして暴走するね」

裕美「一言も言い返せない」

2: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:09:14 ID:LWYh
泰葉「で、突然どうして悪役令嬢なの」

裕美「実は今度の公演で悪役令嬢役をやる事になって」

ほたる「えー」

千鶴「えー」

泰葉「えー」

裕美「なんでみんな不服そうなの!」

ほたる「だってねえ」

千鶴「ねえ」

3: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:11:59 ID:LWYh
泰葉「裕美ちゃん、ちょっと『きっ』てしてみて」

裕美「え? うん、えいっ(きっ)」

ほたる「ほらかわいい」

千鶴「以前の険のある『きっ』はどこへやら」

泰葉「可愛いof可愛い(写真パシャー)」

裕美「もー!」

4: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:12:39 ID:LWYh
泰葉「ごめんごめん。でも悪役かあ、いいなあ」

裕美「いいの?」

泰葉「普段しないような演技を要求されるからね。刺激的で楽しいよ」

ほたる「そういうものですか」

泰葉「アイドルも俳優も、求められる色ってあるじゃない。清純派とか演技派とか」

千鶴「だね」

5: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:15:36 ID:LWYh
泰葉「評価されるにつれて、その人のイメージに合わない役ってこなくなっちゃうんだよね。だから大御所の俳優さんが時々すごい楽しそうにコメディ出てたりするよ」

裕美「そういえばあかりちゃんもヤマングァタ星人めっちゃ活き活きしてたなあ」

千鶴「すごい怪演だったよね」

泰葉「あの子はきっと大物になるよ……というわけで裕美ちゃんもたまの悪役を楽しんでね。絶対得るものがあるから」

裕美「うん。でもね」

ほたる「でもね?」

裕美「私そういうのが出て来るの読んだことなくて、悪役令嬢ってどういうのかわかんなくて」

千鶴「あー」

6: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:19:11 ID:LWYh
裕美「ぶっちゃけ悪役令嬢ってどんなの? 悪い人?」

泰葉「悪い人とは限らない」

裕美「ならなんで悪役ってついてるの」

ほたる「ヒロインに対する仇役だからですね」

千鶴「あ、ほたるちゃんそういうの読むんだ」

ほたる「えへへ、たまに……」

泰葉「色々バリエーションはあるけど、まあ大まかに言うとほたるちゃんの言うとおり、恋愛ものにおいてヒロインの善性と努力を引き立たせるために配置される女性仇役のことだね」

裕美「へええ」

7: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:19:31 ID:LWYh
泰葉「だいたいの場合物語開始時点からヒロインに勝る財力、家格、人脈があって」

裕美「ああ、だから令嬢なんだ」

泰葉「王子様を巡る恋愛レースにおいてヒロインに対する圧倒的な有利を持っていて」

裕美「圧倒的有利って?」

泰葉「親が決めた許嫁同士とか、幼なじみで長いつきあいがあるとか、すごい美人だとかだね」

裕美「それはすごい有利だ」

8: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:21:40 ID:LWYh
泰葉「うん。ところがヒロインが登場したことで既存の有利を覆されて」

裕美「ふむふむ」

泰葉「自分を成長させる事じゃなくヒロインを妨害することで有利を維持する戦略を取った結果、ヒロインの善性とけなげさを逆に引き立たせることになって恋愛レースから脱落してひどい目にあう」

裕美「何故妨害でどうにかなると思うのか」

ほたる「相手を実力で上回らないと結局追いつかれますよね」

千鶴「私たちは競い合う世界にいるからそう思うけど、普通に暮らしてる人は突然自分が追われる立場になるなんて想像しないんじゃないかな」

泰葉「有利が約束された立場に長く居ると特にね」

9: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:21:57 ID:LWYh
裕美「わかったような、解らないような……」

泰葉「まあ、悪役令嬢ってのもバリエーション豊富だからね。まずはちゃんと脚本読んで、あと気になるならいくつかそういうのが登場する作品を読むといいよ」

裕美「比奈さんなら持ってるかな」

千鶴「多分まあ間違いなく」

ほたる「でも、裕美ちゃんの悪役令嬢……大丈夫でしょうか」

裕美「大丈夫とは」

10: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:24:51 ID:LWYh
千鶴「人の良さがにじみ出て悪役にならないのでは」

裕美「失敬な。前にすごいこわいびらんもやったことあるのに」

泰葉「ヴィランね」

裕美「そうとも言う」

千鶴「もうだめそう」

裕美「うるさいなあ。じゃあみんななら悪役令嬢ちゃんとできるの?」

11: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:27:54 ID:LWYh
ほたる「たぶん」

千鶴「裕美ちゃんよりは」

裕美「むうう、そんなに言うならちょっとやってみせてよ。よかったら参考にするから!」

泰葉「向上心が隠しきれないあたり確かに向いてないかもだ」

裕美「くそう」

ほたる「自分なりの悪役令嬢、ってことでいいんですよね?」

裕美「うんそう」

ほたる「では……(スッ)」

千鶴「ほたるちゃんのハイライトが一瞬で消えた」

泰葉「さすがの伝統芸だなあ」

12: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:28:25 ID:LWYh
悪役令嬢ほたる「私とあの人の間に入ろうとするなんて……『不幸』があっても、知りませんよ?」

裕美「怖いこわい」

千鶴「これは抜き身で怖い」

泰葉「本当に何か起こりそうな迫力がある」

ほたる「えへへ。参考になりましたか?」

裕美「自然な威圧感って大事だなと思った」

13: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 10:34:33 ID:LWYh
千鶴「そもそもヒロインより格上の立場にあるわけだしね。よし、じゃあ次私ね」

ほたる「乗り気ですね」

千鶴「私も今後そういう役あるかもしれないじゃない?」

泰葉「確かに千鶴ちゃんは育ちのいい役のオファー多そうだね」

裕美「わくわく」

千鶴「じゃあ行くよー……こほん」

悪役令嬢松尾千鶴「あら裕美さん。可愛いなワンピースね。とてもよく似合っているわ」

裕美「そ、そう?えへへ」

14: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 11:07:38 ID:LWYh
悪役令嬢松尾千鶴「でも変ね。晩餐会にそんなワンピースで来るなんて。貴女のお母様は夜会にどんな服を着るべきか、教えてくださらなかったの?」

裕美「あ、ええと」

悪役令嬢松尾千鶴「ああ、ごめんなさい。裕美さんのご家庭では、きっと夜会なんて縁がなかったはずですもの。知らなくても仕方ないですね、ふふふ……って感じでどう?」

裕美「はらたつー!!」

千鶴「あはは、悪役だからこのくらい憎々しいほうがいいかなあって」

15: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 11:08:03 ID:LWYh

裕美「しかもあんまり間違ってること言われてないっぽいのがまたやだ。自分の無知とか親のこととかそだちの事とか、ちくちくバカにされてる気がするのに反論できないのがつらい」

ほたる「育ちのいい人のやり口って感じですね……」

泰葉「さすが千鶴ちゃん」

千鶴「ほめられてるって事でいいんだよね?」

泰葉「もちろん。さてじゃあ次は私が」

裕美「却下」

泰葉「なんでさ!」

裕美「泰葉ちゃんの演技力でイビられたら泣いちゃうから」

ほたる「見てるだけで胃が痛くなりそうです」

泰葉「なんてことを」

千鶴「まあ私も解らないでもない」

16: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 11:08:29 ID:LWYh
泰葉「でも二人ともやって私だけやらせてもらえないとかずるいじゃない。ちょっとやらせてよ。やーらーせーてー」

裕美「えー、でもー」

泰葉「じゃあ怖くないのやるから」

ほたる「怖くない悪役令嬢?」

千鶴「そんなのある?」

泰葉「まあ今即興で考えた奴だけど」

裕美「それなら、うーん、いいかな」

ほたる「ぱちぱちぱち」

千鶴「ではお許しも出たところで泰葉先生、よろしくお願いします」

泰葉「えー、では」

裕美(わくわく)

ほたる(わくわく)

悪役令嬢岡崎泰葉「……っく。ぐすっ、ひっく」

裕美「!?」

17: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 11:13:46 ID:LWYh
ほたる「泣き出しちゃった!?」

悪役令嬢岡崎泰葉「どうして? なんで全部取っちゃうの?」

裕美「え、え」

千鶴(そう来たかあ)

悪役令嬢岡崎泰葉「ほんの去年現れたくせに。王子の顔も知らなかったくせに。私は、私は貴女が現れるずっと前から王子をお慕いしていたのに」

裕美「……」

悪役令嬢岡崎泰葉「突然現れたあなたが、どうして私の大事なものを奪ってゆくの? お願い、取らないで。私がずっと大事にしてきたものを奪ってしまわないで……」

裕美「ごめんなさい(平伏)」

千鶴「平謝りだ!?」

裕美「なんかすごい悪い事してる気持ちになった!」

ほたる「た、たしかに」

18: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 11:14:06 ID:LWYh
千鶴「まあ、見方次第ってことだよね」

泰葉「昔読んだ本にね、人間は条件が揃えば誰でも悪いことをせざるを得なくなる、って書いてあったの」

裕美「……」

泰葉「どんな役をやる時も、どうしてその人はこんな事をするんだろう、って考えるのは大事だよ。悪役令嬢だってそう。彼女はどうしてそんなにヒロインを追い落とそうとするんだろう。悪い事をしてまで王子様に執着するんだろう……って」

裕美「……うん」

泰葉「もちろんその『どうして』の部分は表に出ないことかもしれないけど、そこをしっかり考えることは演技に奥行きを与えてくれる。ちゃんと考えておいて損はないと思うよ」

裕美「……なるほど。はー」

ほたる「そういうとこまではぜんぜん考えませんでした」

千鶴「私たちまだ、与えられた役をそのままやるのでも精一杯だもんね」

19: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 16:47:16 ID:LWYh
泰葉「最初はそれでいいと思うよ。でも、時間があったら少し考えてみるといいと思う。きっと大きな発見があるはずだから」

千鶴「なるほどね……ところで」

泰葉「?」

裕美「?」

ほたる「?」

千鶴「即興にしてはさっきの演技、ずいぶん熱が入ってたじゃない?」

泰葉「ぎくっ」

20: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 16:47:40 ID:LWYh
裕美「あ、たしかに」

ほたる「すごい集中力でした」

千鶴「もしかして最近読んだ恋愛ものの悪役令嬢に感情移入しちゃったとか」

泰葉「ぎくぎくっ」

裕美「泰葉ちゃんが恋愛小説を!?」

ほたる「どんなの読んだのか知りたいです!!」

泰葉「まずい逃げろ!!」

千鶴「ふふふ、逃がさないよ」

ほたる「追え追えー!!」

裕美「地の果てまでもおいかけてどこが良かったのか聞き出せー!」

泰葉「うわーんくるなー!!」

◇◇◇

21: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 16:50:21 ID:LWYh
◇◇◇

泰葉「ううう、結局根ほり葉ほり聞かれて本貸す羽目になってしまった……」

千鶴「ふふ、まあいいじゃない」

泰葉「いいと言えばいいんだけど、『そっかー泰葉ちゃんこういう王子様がいいんだー』とか言われたらと思うといたたまれない」

千鶴「あはは。後で二人のすきな奴も借りてそれ言ってあげるといいよ」

泰葉「絶対そうする」

千鶴「ん……ところでさ」

泰葉「ん?」

22: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 16:58:13 ID:LWYh
千鶴「あれ、本とは別のモデルあった?」

泰葉「……解る?」

千鶴「まあ、解る」

泰葉「……ああいう風に泣く子、いたよね」

千鶴「ん」

泰葉「ずっと看板役を持ってた子。監督にひいきされてた子。私が今まで追い落として来た子がああいうふうに泣くの、何度も見てきた」

千鶴「うん。私もエリアボス取るとき、泣かれたなあ」

23: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 16:58:43 ID:LWYh
泰葉「私はそんなの当然だって思ってこれまでやってきたけど……裕美ちゃんたちはどうかなあ。いつか目の前で悪役令嬢が泣いたとき、どう思うんだろう」

千鶴「……解らないけど」

泰葉「けど」

千鶴「どう思っても、罪悪感を感じたとしても、二人ともそれに負けずに進むと思うよ。泰葉ちゃんを見てるんだからね」

泰葉「……そうかな」

千鶴「そうだよ」

24: ◆cgcCmk1QIM 23/03/23(木) 16:58:53 ID:LWYh
泰葉「そうかな」

千鶴「……そうだよ。だから、その時支えてあげればいいんだよ」

泰葉「……そうだね」

泰葉(いつ来るか解らない、その日)

泰葉(裕美ちゃん、ほたるちゃんの前で悪役令嬢が泣く、その日)

泰葉(私は二人に、何が言ってあげられるだろう。私は、これまで自分の前で泣いた、何人もの悪役令嬢の顔を思い返しながら、ただそれを考えたのです……)


(おしまい)

引用元: 【モバマス】岡崎泰葉「悪役令嬢?」 関裕美「うん」