1: 1 2014/09/08(月)02:19:49 ID:OH6ZtNnGw
 数時間前に思いついた落書きですがお願いします。

 生きるって大変。

 



 20時40分。

 仕事からの帰宅途中にとあるホームセンターに僕は立ち寄った。

 目的は人をひとり吊るしても切れることがない丈夫そうなロープを購入することだ。ロープを探す為に店内を歩いているとペットショップ前でガラスケースに張られたポップへと不意に目が向かう。

 『血統書付き』 『トイプードル』 『生後八週目』 『去勢済み』  『二十七万八千円』



「はっ」 

 つい苦笑いを浮かべてしまう。

『高卒』 『ホモサピエンス』 『二十一歳』 『童貞』 『プライスレス(お金で買おうと思はない価値がある)』


3: 1 2014/09/08(月)02:23:37 ID:OH6ZtNnGw
 ガラスケースに映るいけ好かないスーツ姿の男と比べてみると悲しい気持ちになってしまうが、去勢されてしまったことだけには同情のような感情を抱いたのと同時に、人としてどうしようもない情けなさのダークな感情のビックウェーブに飲み込まれかけた僕は、逃げるようにしてペットショップから遠ざかった。

「はあ、はぁ、はぁ、はぁ。ん?」

 なんという偶然。今年最大幸福。もう運を使いきった間違いない。

「今おみくじを引けば、大凶を引く自身があるな」

 なんと逃げた先にある棚は目的のモノである、人を吊るしても切れることはないだろう頑丈そうなロープ一本だけ残っているじゃないか。


4: 1 2014/09/08(月)02:30:31 ID:OH6ZtNnGw
 お値段。『税込み998円』というお手頃価格。

「買いだなっ」

 迷うことなくロープに手を伸ばすと、

「あっ」

「あっ」

 自分の指と、他人の指ぶつかった。

 そこでようやく僕は隣に誰かが居ることに気づく。

 肌は白く、指細く、爪は綺麗で、冷たい温度の、それはたぶん――女の子の手だった。



6: 1 2014/09/08(月)02:42:33 ID:OH6ZtNnGw
 首を左へと向けるとそこにはブレザーを着た女子高生の姿があった。

 手と手が事故り生まれた一瞬の間、刹那の硬直。

 一時停止が再生されると、僕は左手を少女は右手をロープへと伸ばした。

 二つの手が鏡写しのように同時に、がっしりとロープ(998円)を掴む。

「お願いします譲ってください。ほんとほんとお願いしますから、私はこれから行かなくちゃ行けないところがあるんです」

「まてまてこんな晩くに学生がロープを持ってどこ行くつもりだよ」

「ちょっとヘヴンまで――ま、間違った!? コンビニのセブ○までです」


8: 1 2014/09/08(月)02:50:10 ID:OH6ZtNnGw
「私こう見えて登山が趣味で、ちょっと標高の高い所にあるセ○ンに行くのでロープが必要なんです!」

「一人吊っても大丈夫そうな丈夫そうなロープだぞ、ザイルじゃないぞこれ」

「ちゅーちゅーと○れいん?」

 首を傾げる女子高生。

「それエ○ザイル。絶対お前登山が趣味じゃないだろ」

 どうやらあまり頭のよろしくない少女のようだ。

 ていうか、さっきヘヴンって言ったよなこの子。まさか僕と同じ用途で使う為にロープを購入しに来たとか? 


10: 1 2014/09/08(月)03:02:59 ID:OH6ZtNnGw
「あなたこそこんな時間にこんな場所で何してるんですか、見る限り会社員みたいですけどロープなんて何に使うつもりですか!?」

「そ、それはだな――」

ここで首を括る為とこの少女に言って大事になってしまえば、僕の人生史上最大最期のイベントが失敗してしまうかもしれない。ここは上手く誤魔化せねば。

しかしなんと答えればいい。

なんて答えれば、怪しまれずにすむ?

「僕はな、あ、綾取りが趣味なんだ」

 何を言っているんだ!? もう少しマシな嘘があるだろ? ないのか!? 

「……綾取りですか?」

 女子高生に何言ってんだこいつ、的な目で見られた。

 死にたい。

 目の前のロープが愛おしい。

そうかこれが――――恋か。







 なんてバカな子と、馬鹿な事考えてる場合じゃない。


13: 1 2014/09/08(月)03:17:17 ID:OH6ZtNnGw
 上手く誤魔化さなければ、もう失敗は許されない。

 しかし長い沈黙は何かやましいことがあるのではないかと思われてしまう。何か、何か武器は、逆転の一手はないのか。

「き、既存の綾取りをもう一歩先の次元へと昇華する為、様々な試行錯誤を行なった結果ダイナミック且つ繊細な動きが可能なこのロープ(998円)が必要なんだ」

 僕よ――何に影響されたのですか? あれか? あれなのか? やばいやばいよ中二のときにノートに描いたラノベ設定並みの黒歴史になるよこれ。

 女子高生に可哀想な人という目で見られた。

 見ちゃダメよって子供に言う母親みたいな目だ。

 見られているだけでライフ削られる。こういうのが御褒美とか言ってる奴の気持ちがわからない。いや分かりたくも無いけどさ。


14: 1 2014/09/08(月)03:38:52 ID:OH6ZtNnGw
 ぴんぽんぱんぽーん♪ 店内放送が始まった。

「ご来賓の皆様本日はまことにありがとうございます。当店はあと十分で閉店とさせていただきます。またのご来店はおまちして――」

 女子高生は握ったロープを掴んだまま、眉間に皺を寄せた顔を僕の顔へ近づけると、

「ああもう、あなたの所為でもう時間ないじゃないですか! どうしてくれるんですか? 死ねなかったらどう責任とってくれるんですか!!」

「言ったな、ついに言ってしまったな。しかと聞いたぞ、お前死ぬしもりなんだろコレで。そんな奴にこのロープを譲れるか」

「あははは、どの面下げてそんなこと言えるんですか、あなたもこのロープを使って自殺するおつもりでしょう」

「なっ!?」


16: 1 2014/09/08(月)03:47:40 ID:OH6ZtNnGw
「バレてないおつもりだったんですかおバカさんですねー。顔見れば分かりますよ、目が逝ってますもん。なんですか閉店後のスーパーの生魚みたいなその目は」

「死んだ魚の目って言えよ回りくどい」

「死んで腐った魚の目って意味です。なにちょっと自分こと美化してるんですかナルシストなんですか、死んでください」

 もう言いたいほうだいだなこいつ。

「じゃぁそのロープを寄こせ」

「いーやーでーすぅ」

 女じゃなかったら殴ってたかもしれない。

「いいからその手を離せよ。あーあれだあれ、きみのような前途ある若者が自殺なんて考えるなんてよしなさい。生きたくても死ぬ奴も世の中にはいっぱいいるんだぞ」

 驚くほどに棒読み気味な声が自分の口から飛び出した。

「自殺志願者に言われても説得力の欠片もないですよ。もうちょっと生気を込めて声に出来ないんですか」

「そんなことできたら、ロープなんていらねぇよ」


17: 1 2014/09/08(月)03:52:01 ID:OH6ZtNnGw
 その後も言葉のキャッチボールというかドッチボールを繰り返していると、「もしもしお客様」という男性の声が背後から聞えてきた。

「なんでしょうか!?」

「なんですか!?」

 振り向くとそこには愛想笑いをしている三十半ばを過ぎた店員が立って居た。

「間もなく閉店のお時間なのですが……」

 5分後。僕はホームセンター前の道に立っていた。隣には不機嫌そうに頬を膨らましたあの女子高生が居て、割り勘で購入したロープが入った袋の持ち手を僕ら二人で片側ずつ持っている。





25: 1 2014/09/08(月)21:08:31 ID:OH6ZtNnGw
>>8修正。ほとんど意味ないけど。





「私こう見えて登山が趣味で、ちょっと標高の高い所にあるセ○ンに行くのでロープが必要なんです!」

「人ひとり吊っても大丈夫そうなロープだが、ザイルじゃないぞこれは」

「ソニックブームを放つ人?」

 首を傾げる女子高生。

「それガイル」

「シャーロック・ホームズの生みの親?」

「それドイル」

「第一の術?」

「それザケル」

「ちゅーちゅーと○れいん?」

「それエ○ザイル。絶対お前登山が趣味じゃないだろ」

 どうやらあまり頭のよろしくない少女のようだ。

 ていうか、さっきヘヴンって言ったよなこの子。まさか僕と同じ用途で使う為にロープを購入しに来たとか?


26: 1 2014/09/08(月)21:13:22 ID:OH6ZtNnGw
 どうしてかは分からないが、ホームセンターの店員達からの奇異な視線を浴びせられた僕は購入したロープの入った袋を彼女と二人で持って足早に店を離れた。

「いったい何なんだよ」

「なん話しですか?」

「定員達が僕のことを哀れむような目で見てたからさ」

 人間の尊厳にダイレクトアタックするかのようなあの視線は僕にだけ向けられ、隣に居たこいつには視線すら向けていないようだった。メンチでも切ってたのかこいつ。同じ自殺志願者だというのに何だこの男女差別は。近頃の女尊男卑の社会は酷すぎる。

「店員さん気持ちは痛いくらいに分かります。こんな遺体のような目をした男性が歩いていれば哀れむような目で見ることは当然ですよ。むしろ蔑むような目で見られなくてよかったじゃないですか。あの店の定員さんの教育は大したものですね」


27: 1 2014/09/08(月)21:40:41 ID:OH6ZtNnGw
 どんな価値基準で話してるんだこいつは。

 確かに死んだ人みたいな目だね、とかいう感想を今まで何度か頂いたことはあったけれど、ここまでどしどし言われたことなんてなかったし、視線を浴びせられるほど面白い顔でもないはずだ。

「何だよその言い方は、『痛い』と『遺体』をかけたつもりか? 全然上手くねーよ。それに遺体のような目ってどんな目だよ、一般人は知らねーよ」

「えっ、あなたは見たことないんですか? ご遺体の目を?」

 目を丸くしてわざとらしく驚く彼女。

「いつ見る機会があるんだよ。葬式の遺体だって目は瞑ってるだろ。死に際に立ち会わなきゃ見る機会なんて滅多にないだろ」

「あるじゃないですか例えば人を殺したときとか」


28: 1 2014/09/08(月)22:12:38 ID:OH6ZtNnGw
「…………えっ?…………」

 確かに赤の他人である僕は彼女が一体何故自殺をしようとしているのか理由を全くしらない。もし万が一それが本当なんだとして誰かを殺してしまったという罪悪感、もしくは罪滅ぼしの為に自ら死を選ぶというのが自殺の動機ならば合点がいく。

 ありきたりではあるが、それは自殺の動機としては賞賛されるほどの理解できるの動機。

「あははははっ、どうしたんですか余りのある割り算を初めて出題されて、頭を抱えている小学生みたいな顔をしてますよ」

 彼女は無邪気そうに微笑んだ。その顔が不覚にも少しばかり可愛いと思ってしまったのはこいつに汚染され始めてきたからなのかもしれない。

「冗談ですよ、冗談。遺体の目なんて私は見たことありませんし、私は他人を殺した事なんてありません、それは神に誓って本当です」

 ただし私は無神論者ですけどねと、彼女はシニカルニ笑った。


29: 1 2014/09/08(月)22:56:58 ID:OH6ZtNnGw
「おっといけない、忘れてました」

 彼女は歩いている僕の前に飛び出すと、僕と顔を合わせたまま後ろ歩きを始めた。そしてスカートのポケットから、たれぱ○だが刺繍された可愛らしい財布を取り出し、「はい五百円」と言いながら薄汚れた銀色の五百円玉を差し出した。

 僕自身もすっかり忘れていた。

 レジへの支払いは僕が立て替えたからロープの代金か。998円の半分だから一人499円。 

 五百円玉を受け取った僕は一円玉を少女へと差し出す。

「ほら一円」

「別に良いですよ一円なんて」

「他人と貸し借りはしたくないんだよ」

 お前みたいな奴に貸しなんて作ったら、いくら利子を取られるわかったもんじゃない。

「で、これからどうしますか?」

「そうだなぁ。大人の提案としては、購入したロープの長さは十メートル。五メートルずつ分けるという方法もある。五メートルあれば首を括るには十分だろ」

「嫌、嫌、ぜぇーたい嫌」

 苦虫を噛んだような表情で民主的な提案を否定される。


30: 1 2014/09/08(月)23:35:18 ID:OH6ZtNnGw
 彼女は器用に後ろ向きにスキップして僕から距離を取る。そして今更気づいたがいつの間にかロープの入った袋は彼女の手に握られていた。しかしそれを彼女が奪って逃げる心配はなさそうだ、何の根拠もない勘だけれど。

「なんであなたみたいな人と、このロープを半分こにしなきゃいけないんですか? 死んでも嫌です。生きるのも嫌ですが」

 自殺志願者とは思えない活き活きとした表情で、さり気なく僕ライフを抉ってくる。

 そんな言葉のキャッチボールならぬ言葉のトスバッディングをどうにか僕は受けきった。

 僕の前方三メートルほど先を後ろ向きで歩く少女は珍しく、どこか悲しげな表情をすると、

「そうそう下らない質問ですけれど、あなたはどうして死のうと思って――」

 会話に夢中になりすぎていた。気づけば後ろ向きに歩く彼女の居る位置は歩道も信号もない十字路の中だった。

「あっ」

 それは僕の声だった。 

 彼女の身体の右側面に眩しいライトが照らされてから、僕は十字路に車が接近していることにようやく気づいた。



31: 1 2014/09/09(火)00:18:33 ID:Ita1emPvY
 命の危機に瀕して身体が硬直してしまったのか彼女の足は停止してしまっている。

 僕は駆け出した数メートル先で停止している、彼女へ向かって駆け出した。向かってきているのは大きめのトラックだ。まともにぶつかればただでは済まない。

 世界の動きが遅く感じ始めた。

 そんなスローの世界で僕は考えてしまった。

 何故赤の他人である彼女を僕は助けようとしているのかを。

 それは恐怖によるものだと結論付ける。



 そもそもなぜ僕は自殺しようと考えたか。

 それはどうしようもなく怖いからだ、恐ろしいからだ。生きているのが辛いからだ。

 罪を犯したことのない人間はまず居ない。人は大なり小なり罪を犯して生きている。それはときには殺人であったり、ときには虐めであったり様々だ。

 全く微罪を犯したことの無い潔白な人間は居なる筈もないが、普通の人間はそれ気にする事なく忘れて生きていける。折り合いをつけて生活できる。

 しかし僕はそれができない。

 潔癖症ならぬ潔白症とでも言うべきか。

 今まで色々なものを傷つけた、そしてこれからもどんなに細心の注意を払おうと傷つけてしまうだろう。

 そして自己嫌悪を繰り返す。


32: 1 2014/09/09(火)00:24:27 ID:Ita1emPvY
 そしてこの先無駄に長く続く人生で、本当に大切な『何か』を作ってしまって、裏切ってしまったら、傷つけてしまったら――と考えることが怖くなって嫌になって僕は死を決意した。

 こんな僕を他人は嗤うだろう。こんな僕を蔑むだろう。頭がおかしいと罵るだろう。しかしそれは僕にとって死ぬのには十分に過ぎる動機なんだ。

 そんな極上のチキン野郎の僕がだ、あのロープを譲ったことによって人が自殺するということを、容認できる訳がない。そんなことは耐えられない。だから彼女にロープを譲れなかったし、攻撃的なトークにも耳を傾けていた。

 もし彼女が死んでしまったら、僕にも責任があると思ったからだ。

 そしてもし、このままトラックに轢かれて彼女が死んでしまったら僕は狂い死ぬほどの責任を感じるだろう。

 そんなのはまっぴらごめんだ。死んでもごめんだ。


33: 1 2014/09/09(火)00:30:57 ID:Ita1emPvY


 僕は彼女に向かって飛んだ。抱きつくようにしてどうにかその命を助けようとした。





「おおっしぶといですね! まだ生きているんですか」

 そのやかましい声で僕は目を覚ますと、屈託のなない笑顔が僕を見下ろしていた。どうやら道路に仰向けに倒れているらしい。

 手を握ったり、首を動かしてみる。どうやら擦り傷くらいで目立った怪我はないようだ。

 トラックとの衝突からは間一髪のところで回避されたみたいだ。

「おい。あんちゃん、大丈夫か?」

「ええ、はい、まぁ」

 トラック運転手のオジサンが彼女の横で僕を見下ろしながら言う。

「おお、そりゃ良かった。しかしなんでいきなりトラックの前に飛び出したりしたんだ? 俺びっぐりしちまったよ」

「それはそこの女子高生が安全確認もせず道路に飛び出すから」

 皮肉を込めて言いながら、隣に立っている女子高生を指差した。

「あん?」

 運転手は僕の指先を目で追って彼女を視界に捕らえた筈なのに、眉を顰めながら首捻り、僕の顔を確認するように見た。

「あんちゃん、やっぱり頭でも打ったのかい。女子高生なんてどこに居るんだ?」

 運転手は哀れむような目で僕を見て、そんなことを言ったのだ。


38: 1 2014/09/09(火)21:12:23 ID:Ita1emPvY
トラックと事故りそうになった後、僕は彼女に「いいかげんアパートに帰りたいんだけど」と進言させていただくと「ロープをどうするかという決着がついてないのにあなたをみすみす逃がす訳にはいきません。地獄の底であろうと憑いて逝きますよ。このロープで死ぬのはこのわたしです!!」という良く分からない台詞を吐き、アパートに向う僕の隣を彼女は歩いている。

歩きながら僕は考える、そしてその超常現象について幾つかの解を導き出した。


40: 1 2014/09/09(火)21:51:05 ID:Ita1emPvY


自分には見えるのにトラックの運転手には見えない人ってなーんだ?

①僕の妄想

②幽霊や妖怪の類

③その他

 さてどれだろう?

「なぁ、ソニックブームのコマンド知ってるか?」

 と彼女に尋ねた。

ちなみに最近読んだ漫画でガイルというキャラを知っているだけでストリートファ○ターなんて一度もプレイしたことない為、僕はこの質問の答えを知らない。

「そんなことも知らないんですか? ←ため→Pボタンじゃないですか常識ですよ」

その答えを聞いた僕はスマホを取り出してネットに繋ぎ答え合わせを開始する。

間違えろ、間違えろ、間違えろ、間違えろ、と心の中で唱えていたけど。

「…………正解……待ちガイルって強いよね」

僕が知らない知識を持っている。こいつ僕の妄想の産物ではないということが判明してしまった。

選択肢③は特に思いつかないし、どうやらさっきから僕に向かって波動拳のポーズを取っているこいつは幽霊や妖怪の類のようだ。

なんかお腹が痛いような気がする。何か出てませんかそれ!? 霊丸的な何かが!?

お腹を触ってみると、さっき飛んだときに出来たのだろう擦り傷があった。

良かった……ってほっとしてる場合じゃない。

えっマジ? マジで霊の類なのこいつ?  

でも仮にそうなのだとしたら、ホームセンターで彼女のことが僕以外の人間に見えていなかったら、何も無い空間に向かって話しかける頭のおかしい奴か、エア友達と会話をしている痛い奴に見られて、哀れむような視線を浴びさせられたことにも合点がいく。

もう一生あのホームセンターに行けないな。

ま、あのロープが手に入れば行くこともないだろうけど。


41: 1 2014/09/09(火)23:04:10 ID:Ita1emPvY
 そして彼女が霊である確信を得る為に、ネットを開いたままだったスマホを使い『この街の名前』と『女子高生』『首吊り自殺』というワードを入れて検索してみると、彼女の顔写真と名前が掲載されている記事がヒットする。それは今からもう十年以上前の記事だった。

 隣で歩く彼女の顔を見る。うん、画像が小さくて見辛いけど、他人の空似で片付けるにはどうやら無理がありそうだ。

 そして記事の文章に目を通し、知ってしまった。

 彼女の本当の死因は自殺ではなかった。

 部屋で自殺を決行した直後に物音に気づいた幼い妹が姉の緊急事態に気づいてしまい、それで失敗。救急車に意識不明の状態で病院へと運ばれた。そして……そこで簡単な医療事故で命を落としたのだ。

「はぁぁぁぁ」

 僕は大きく溜息を吐きスマホをポケットへとしまった。 

 この日出逢った女子高生の名前を僕は今知った。


49: 1 2014/09/11(木)18:03:17 ID:cl4nx2lCy
「わーわー私男の人の部屋に上がるなんて初めてでーす!」

 四階建てアパートの(ワンルーム)四階一番端の部屋に到着し、ドアを開けると同時に部屋の主を差し置いて彼女は部屋の奥へと上がりこむ。

「僕もこの部屋に他人を入れるのは初めてだよ」

 彼女はしゃぎながら本棚の前へ行くと勝手に漫画本を物色し始めた。

「わーわーわー!! この漫画まだ終ってなかったんだ! まだ黒幕分からないの? まだ警官クビにならないの? まだワン○ース見つけてない? まだ丸太使ってるの? まだ日本チャンプのままなの?」

 そんなことを言っている彼女を尻目に僕は考えていた。

 確かによくある話だ。何度も耳にする話だ。思い残したことかある幽霊が成仏できずに現世を彷徨うという話しは古今東西いくらでもある。

 僕だけが彼女を見れるのは僕が彼女に魅入られているのか、それとも魅せられているのか、どちらなのだろうか? それとも僕が自殺志願者だからなのか。

「それにしても客人を招きいれたのにお茶も出せないんですか、全く気が利かないですね。日本人なら客人が来たら両手を合わせて、おもてなしと言うが今時の作法ですよ」

 お前にやったら合掌だよそれ。皺合わせだよ、なーむーだよ。


52: 1 2014/09/11(木)19:13:07 ID:dXTG6QC8A
 台所へと向かった僕は寝転んで漫画を読んでいる少女に、「緑茶とコーヒーどっちがいい?」と訊く。その返答は「甘いコーヒー」だった。

 インスタントのコーヒーを戸棚から出し、やかんを火に掛けたところで僕は尋ねた。

「なぁ、お前超常現象とかオカルトについてどう思う? 例えば宇宙人とか未来人とか異世界人とか超能力者とか」

 なんとなく好奇心からの質問。

「どんと来いです。一度は戦ってみたいですよね悟空にギガゾンビに蛮に一方通行と」

 その連中と張れるのかお前。戦闘力いくつだよ。

 ま、そんなことはどうでもいい。

「へぇ。じゃあ――」 

 僕は先ほど検索したときに知った彼女のフルネームを初めて口にしてから「自分が幽霊だって知っているか?」と訊いた。

「知ってますよ。だからなんですか?」

 笑顔で彼女は答えたがその声はどこか震えているようにも聞えた。



56: 1 2014/09/11(木)19:20:17 ID:dXTG6QC8A
>>55

次があったら読みやすくするよう工夫します。


57: 1 2014/09/11(木)20:01:59 ID:dXTG6QC8A
「やっぱり気づいてたんですね。中々の洞察力だと褒めておきましょうか。部下に欲しいくらいですよ。それにしても変な人ですね。私が幽霊だと知ってて部屋に連れ込むなんて、あれですか私が故人で法律に守られてないからって、あんなことこんなこと出来たらいいな、なんて思ってます?」

「思ってねぇょ」

「真夜中に二人きりのシチュエーションでこんな可愛い女子を前に欲情しないなんて――あなたホモなんですか!?」

「幽霊に欲情しない事がイコールホモならこの世にノンケは存在しねぇよ」

 どんな地獄絵図の世界だよそれ。絵面が酷いわ。キリストも匙を投げるくらいの世界の終わりだよ。


58: 1 2014/09/11(木)20:33:13 ID:dXTG6QC8A
 テーブルに向かい合って座り、コーヒーを飲みながらそんな下らない話しをたりしていると、彼女に自殺の動機を訊かれた。

 普段なら絶対ら人には話したりしないが、相手が幽霊ならば良いやと思って言ってしまった。

「極上のチキン野郎ですね。どこの地鳥ですか名古屋コーチンですか」

「それほどでもないさ」

 そんな上等な信念でもないし。自分でもおかしいと自覚はしてる。

「ですよね、今のは失言でした。名古屋コーチンさんに申し訳ないです」

 と言う彼女。

「漫画なら、もう誰かが傷つくのを見たくない! とか言ってかっこよく敵に向かうとこなのに、なんでそれが自殺に向かってしまうんですか? さっきのトラックのシーンもそんな考えで私を助けてくれたのなら、私も少しは心が揺すぶられたかもしれなかったのに」

 呆れた様子で彼女はコーヒーを啜る。

「ま、幽霊の私を助けようとしたって無駄骨でしたけどね。それで死んだら滑稽ですね。あははははっ。あっ烏骨鶏なんですねあなた」

「うまいこと言うなお前」

 確かに滑稽だ。死んでる人間は死なないからな。

「じゃあ滑稽にならないように、ひとつ頼みがあるんだけどいいか?」

「はてなんでしょう?」

「僕に助けられてくれ」


59: 1 2014/09/11(木)21:03:34 ID:dXTG6QC8A
 

 僕が彼女にロープを渡さなかった理由それは彼女に死なれては困るからだ。僕の関係するところで死んでしまったら僕は罪悪感で首を掻き毟って狂い死ぬ自信がある。

 僕はそういう理由だが、彼女はどういう理由で僕にロープを譲ろうとしなかったのか? 

「幽霊が成仏できない理由は『何か心残り』があると考えるのが一般的だろ? そしてお前の場合それがなんなのか僕は見当が付いた」

「ほほう。じゃあ聞いてあげましょうか。あなたの推理を」

「まず一つ目に学校でも、自宅でも、病院でもないホームセンターに現れたこと。そして二つ目に自殺志願者の僕の前に姿を現したこと。この二つを踏まえてお前が未練としている心残りとは――自殺に失敗したことだ」

「…………………」 

「自殺に失敗して、簡単な医療事故で死んでしまったお前。自殺に至った過程にある未練でこの世に留まっているのなら、あんなホームセンターに居るわけがなない。わざわざ見ず知らずの自殺志願者に遭遇する必要はない」

「ふふふふふっ。よく気づきましたね。あはっ、あははははははっ!! その通り私は自殺を失敗してしまった未練によってこの世に居るんです! あなたに取り憑いて自殺することで成仏しようという算段だったのにバレてしまってはしかたが――」

「それは嘘だ。僕を殺そうとしていたなんてバレバレの嘘つくんじゃねーよ。出会ってからずっと邪魔してたんだろ、僕が自殺をすることを」


60: 1 2014/09/11(木)21:34:55 ID:dXTG6QC8A
幽霊の癖にロープを譲らなかったり、アパートまで憑いて来たり。

「もしお前が居なったら僕はもう既に死んでいる。首を括ってな」

僕が生きている。それが僕の自殺を止めようとしていた、揺るぎない証拠だ。

「…………………………」

「そんなお前が十年以上もこの世を彷徨ってるってことは、僕だけじゃなくずっと邪魔をし続けてたんだろ? 自殺志願者の自殺を」

もし誰かに取り憑いて自殺に成功したならこいつはもう成仏してるはずだ。ということはこいつに取り憑かれた人達はこいつのウザさに根負けして自殺を断念したんだろうな。

こいつはずっと助けてきたんだろう。自分が報われる方法を成仏できる唯一の方法を自分で捨てて、他人を助けてきたんだ。

「すげーよお前よく頑張ったな。」

そう言うと彼女はそ大きな瞳に涙を溜め始めた。

「わ、私の気持ちに気づいたのはあなたが始めです。そうです私は後悔してるんです。自殺できなかったことを、自殺してしまったことを。私のような人を、私は一人でも多く救いたい」

「うん」

僕は彼女の頭を優しく撫でる。

「もういい、わかった」

「じゃぁ自殺するのを諦めてくれるんですね!?」

「ううん」

 僕は首を横に振る。

「ありがとう。お前のおかげで僕は自殺するのに、少しは正当な理由を見つけることができたよ」

「えっ……」

彼女は僕が何を言っているのか分かってないようだった。

「お前を成仏させる為にも僕は死ぬ。僕に助けさせろ」

 確かテレビで言ってたよな。やらない偽善よりやる偽善って。


61: 1 2014/09/11(木)21:57:27 ID:dXTG6QC8A
 自分のことを省みず、十年以上もひとりで他人を助け続けた少女が居た。

 自殺志願者の僕の命を助けようとした、ひとりの少女が居た。

 そんな少女を放ってのうのうと生ることなど、この僕にできる訳がない。それこそ罪悪感に押し潰される。

「わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない」

 彼女は立ち上がり、苛立った様子で頭を抱えて呟く。

「理解できない狂ってるよあなたイカレてる。さっきの話しちゃんと聞いてたの? 私は自殺なんてしてほしくないの!! それが分からないんですか!?」

「ん? 大丈夫分かってる、分かってる。でも気にしなくいいよ別に、正当な理由とか少し恰好良いこと言っちゃったけど嘘嘘、僕は僕の為に死ぬんであって別にお前の為に自殺するわけじゃない。ただ自殺する理由にちょっと綺麗な装飾がついただけだ。だからお前は何も気にしなくていい、どうせ自殺されるならこれを機に成仏したほうがいいだろ? 一石二鳥だしな。そうと決まれば準備に取り掛かろうか」

 うむ。とても合理的で良い考えの筈なのだがそれを聞いた彼女は、台所まで駆けていくと包丁を持ち出して僕の前に戻ってきた。


62: 1 2014/09/11(木)22:10:12 ID:dXTG6QC8A
 そして両手でしっかりと掴みそして構え、刃先を僕へ向けた。

「はあ、はぁ、はぁはあ、はぁ。自殺したら死ぬんですよ」

「そりゃ生き物だからね」

 僕は幽霊じゃないし。生身の生物だ、そしてもうすぐ生ゴミになる。ただのタンパク質の塊になる。

「じゃあ私はあなた取り憑くを止めますよ」

「別にそうしたところで僕は自殺を止めないし、お前は僕に取り憑くのを止めたりしない」

「どうしてそんなことが言えるんですか」

「僕の死を無駄なものにすることが、優しいお前に出来るとは思えないからな」

「あなたイカレ過ぎです。あなたがそんなことをするつもりなら、私はこうするしかありません」

 彼女は静かに包丁をテーブルの上に置く。

「私をそんじょそこらなヒロインと一緒にされては困ります。私を舐めるな」

 そう言うと彼女僕の胸に飛び込んできた。

 そして彼女の身体と僕の彼女が接触した思ったら、身体中を電流が駆け巡るような衝撃が走る。

「かはっ……」

「心配するな金縛りです」


63: 1 2014/09/11(木)22:30:28 ID:dXTG6QC8A
 頭の天辺からつま先まで痺れてまともに身体が動かない。制御不能になった身体が床へと吸い込まれる。そして僕は仰向けに倒れた。

「あなたに自殺されて成仏するくらいなら、私があなたを殺します」

「ほ、本末転倒もいいとこだな……」

 テーブルの上に置いた包丁を持ち直した彼女は、僕に馬乗りになると包丁を僕の左肩に突き刺した。

「ぐぁっが!?」

 鮮血が飛び散る。こんな人間にもどうやら赤い血は通ってるらしい。

「黙れです」

 そう言って今度は僕の喉笛に刃先を向けた。これは最悪の展開だ、他人を人殺しにしてしまうなんて、そんな最悪なことがあってたまるか。

「黙れるかよ! ざけんなよ!! 勝手に人を生かそうとしておいて、今度は勝手に殺そうとすんのかお前は、そんなんが一番嫌なんだよ!! 怖いんだよ! 他人の気持ちなんて分からない癖に優しくするなよ! 馬鹿じゃねぇのかお前? 裏切って、裏切られてのそんなクソ溜めみたいな世界でどう生きろって言うんだよ!! なんでこんな汚い世界でどうやってこんな醜い自分が生きてられんだよ!! なんで他の奴等はへらへら生きてられんだよ! わけ分かんねぇよ、そんな世界にお前みたいな優しい奴がいるからなお生きにくいんだよ、逝き難いんだよ。他人の生死に干渉するな! 僕のことなんか放っておけばよかったんだよお前は!!」

 感情が溢れた。言葉になって飛び出した。表情になって表れた。


64: 1 2014/09/11(木)22:35:17 ID:dXTG6QC8A
 もういい、終わりにしたい。

 生まれてきたことに後悔し尽くした。生きていることにもう疲れた。

 それが僕の気持ちだ。

「そんな言葉は鏡にでも向かって詠唱しやがってください。当たり前じゃないですか世界が醜いのは。悪が悪であり、正義が正義だなんて綺麗な構図は漫画の世界にしかありませんよ」

 ああ、だから僕は漫画が好きなのか。

「自分の気持ちを完璧に伝えることなんて出来ませんし。他人の気持ちを正確に理解することなんてできません。でもそれでいいんです、少しずつ手を取り合って分かり合っていけばいいんです――なんて綺麗な言葉を並べても無意味に感じてしまう人を、無価値にしてしまう人をあなたと出逢って初めて知りました。だから私は――あなたを言葉で説得することを諦めました」

 そう言って彼女は両手に握った包丁を、自分の頭上に構えた。

「だったらやることは一つです。だからこうするしかありません。奪うしかない」

 彼女は僕の眼を捕らえて離さない。

「この一撃に全てを懸けます」

 そして彼女は包丁を勢いよく振り下ろした。


65: 1 2014/09/11(木)23:00:03 ID:dXTG6QC8A
 包丁が突き刺さった。頭――ではなく、頭の横の床に。ってそんなことに驚いている場合じゃない。

「ん!? んぅぅぅぅぅ!?」

 奪われたのだ。唇を奪われた。初めてのキスだった。

 柔らかく、暖かい濃厚な接吻だった。

 ズキュウウウンだった。

「ぷはっ。ごちそうさまです」

「お、お粗末さまでした…………」

「チュー良く剛を制す。なんてね少しはそのガッチガチの頭を柔らかくしたらどうですか?」

「…………………………」

「いつか大切な何かを作ってしてまって、それを裏切ってしまうのが怖いって言ってましたよね? じゃあ作っちゃってください」

僕の上から彼女は立ち上がると、「あなたに取り憑くのは止めます。私はあと数十年はこの世に居よう思います。私はあなたが死んでしまったらとても悲しいです。ここまでしてあげたのに自殺されたら裏切られた気持ちになってしまいます。だから死なないでください」

 そんな一方的なを言って、彼女は玄関へと向かって歩いて行く。

「お、おいっ!」

「なんですか、私のファーストキスを差し出したのに、まだ足りないんですか? あまりしつこいと犯しますよ?」

 怖いことを言うな。そんな既成事実を作られたら堪ったもんじゃない。

「知り合ってから間もないですけれど、私はあなたこと結構大切な烏骨鶏野郎だと思ってるんですけどね」

 チキンで滑稽な奴という造語が初めて披露された。

 彼女は最期までそんな悪態をついて、「じゃあサイナラです」と言って手をひらひらと振って玄関から出て行った。割り勘して購入したロープを持って行きもせずに。


66: 1 2014/09/11(木)23:15:29 ID:dXTG6QC8A
 彼女が居なくなった部屋で聞えてくるは隣の部屋のテレビの音だけ。それが普通のことなのにとても静かに感じてしまう。

「はあぁぁ。肩痛てぇ」 

 でもそこまで傷は深くない。

 少し時間が経って痺れていた身体ようやくも動くようになってきた

 彼女に対して意味があるか分からないけれど、一応玄関のドアの鍵を閉める。

「あそこまで、色々言われてされてもね。僕の心が動いたとは思えない」

 テーブルの上に置かれたロープを部屋の柱へと結び、ロープの先には人の頭が通るほどの輪を作る。そして椅子の上へと立って、作った輪の中に頭を入れた。

 準備を始めて3分。なんて簡単なんだろう。

 よし逝くかと椅子を蹴り飛ばそうとしたとき、頬になにやら冷たいものが垂れていることに気づく。

 なんだこれ? 

「やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいいなんて言葉をよく耳にするけど。やろうとして気づくものもあるんだな」


67: 1 2014/09/11(木)23:19:55 ID:dXTG6QC8A
 僕は泣いていた。静かに涙を流していた。その涙の意味するものがなんなのか自問自答してみて頭の中に浮かぶのは、騒々しく口の悪い少女の顔。彼女と逢って数時間のうざったい記憶。

 なるほど、僕は――

「死にたくないか……いや違うな、死にたいとは思ってる。でも裏切りたくないと思っているんだ」

 その気持ち方が僅かに勝ってるんだ。あいつを泣かせたくない。

 とりあえずあと少し生きてみようと、思ったとき。

「あっ」

 気が緩んだのか足が滑り、椅子が倒れた。そしてロープが首に締る。苦しい息が血流が止まる…………

 十数秒もがいて、僕の視界は真っ暗になった。

 死んだら、またあいつに――――逢えるかな。



68: 1 2014/09/11(木)23:32:38 ID:dXTG6QC8A
 首を吊ってから一週間後。僕はあのホームセンターに来ていた。

 幽霊ではなく、生身の身体で。

 仕事帰りである為あの日と同じスーツに袖を通し店内歩いていると、ペットショップ前でガラスケースに張られたポップへと不意に目が向かう。

『大特価』 『生後四ヶ月』 『五千円』 『オス』 『本日で終了』。

 ガラスケースに入ってるのは黒猫だった。

「可哀想な奴だな」

 でも生憎うちのアパートはペット禁止……あっ、

「近くに新しく出来てたな、ペット可のアパートが」

 売れ残りは最悪保健所行きと聞いたことがあったな。

 命なんて偶然で死んだり生かされるものだ。あの日の僕のように。

 一週間前、事故で首を吊ってしまった僕がこうして生きているのは、あの丈夫そうなロープが首を吊っている途中で切れたからだ。それが偶然なのか、何か超常的な力が働いたのかは分からないが。僕は今もこうして生きている。

 あいつを裏切らないように生きることは毎日大変だけど、そんな日々も悪くないと最近は思うようにもなった。


69: 1 2014/09/11(木)23:37:33 ID:dXTG6QC8A
「えっと。あ、すいませーん」

「はーいなんでしょうか」

 近くに居た店の制服を着て店の帽子を深々と被っている、女性定員に声を掛けた。

「こいつを欲しいんだけど、ペットとか飼うの初めてなので、必要なものとかを教てくれませんか?」

「分かりました。それにしてもお客様これはお目が高い。ここだけの話しこの黒猫のルナは他の子に比べて賢いんですよ。中々の観察眼ですね褒めてあげましょう」

 あれ? デジャブ? この声、この口調は――

「一週間振りですか。チース」

 帽子を外し、運動部みたいな声であいさつをしたのは、一週間前散々僕のことを邪魔していた彼女だった。

「おま、えっ? なんで幽霊がホームセンターで働いてるんだよ!?」

「あはははははっ、あははははははははぁぁはぁぁはははは!!」 

 彼女は魔王のような哄笑をして「そんなの決まってるじゃないですか。私が生きてるからですよ」と言い放った。

「はい?」

 五感全てを疑った。何を言っていやがるんですかこいつは。


70: 1 2014/09/11(木)23:43:06 ID:dXTG6QC8A
「大体ほらっ私はあなたに触れられるし、あなたは私に触れらるでしょ。これのどこが幽霊なんですか」

 僕の頬を掴み引っ張る彼女、うん痛い。夢ではないようだけど。

 え!?

「ま、最近じゃそういう設定の霊も居ますけどね」

「ちょっと待て! じゃあ一週間前、ここの店員に哀れむような目で見られたのは、いったいなんだったんだ!?」

「あっ、私ここでバイトしてるので、皆さんに私の存在は無視して、あの死んでるような目をした人を哀れむような視線で見てくださいと頼んだだけですよ」

 生気に満ち溢れた無邪気の顔で微笑む彼女。

「でも、それだけじゃないだろ。トラック運転手にもお前は見えてなかったじゃないか?」

「あなたが気を失ってる隙に、私の存在以下略をお願いしただけですよ」

「じゃぁ、ネットにあった十数年前の記事はなんだ!? 他人の空似じゃ済まないくらいに写真がソックリだろお前と」

「当たり前じゃないですか、他人じゃありませんもん。その人は私のお姉ちゃんですから。私はただ幽霊のお姉ちゃんを演じていただけです」

 確かに記事には幼い妹が首を吊った直後の姉を見つけたとあった。それがこいつだったのか。


71: 1 2014/09/11(木)23:47:43 ID:dXTG6QC8A
「なんでそんなことを」

「決まってるじゃないですか自殺志願者を止める為ですよ。齢十八歳のか弱い可愛い女子高生が、分かるってばよって言うだけで皆さんが自殺を止めてくれるとは限りませんからね。ごめんなさい嘘吐いて、ごめんね素直じゃなくて」

 にゃおんと、黒猫が鳴いた。

「今まで私が自殺を止めた人はあなた入れて十三人。そして幽霊作戦を行なったのはあなたが四人目ですね。いゃあ数字って怖いですね十三人目と四人目で現れた方がまさかこんなイカレた人だなんて」

 僕は完全に騙されていたということか。こいつはこいつで騙していたことに何の罪悪感もないようだけど、それはそれでこいつらしいと、ほっとする僕が居た。

「じゃぁあの金縛りは?」

「あれは護身用のスタンガンです」

「……実はお前があのロープを切ってくれたんだと自分の中では納得してたんだけどな」

 あれは偶然だったのか。

「もしかして一度自殺しかけてたんですか? わー良かったロープに切り込み入れといて」

 商品になにしてやがるんだこいつは。


72: 1 2014/09/11(木)23:59:49 ID:dXTG6QC8A
「ルナー飼い主決まったよ。この死んだ魚みたいな目をした人だよ~」

 とガラスケースの猫に彼女が話しかけると、猫はにぉんと返事をする。

 死んだ魚か。腐ってないということは少しはマシな目に見えてるということか。

「あっそうそう、あなた明日の土曜日空いてます? 映画を見に行きたいんです。なんと偶然にもその日はあの有名アニメの公開初日なんですよこれは運命が行けと囁いてますね」

「どうして僕なんかと?」

「言ったじゃないですか、あと数十年はこの世に居るつもりって。私の唇を奪った責任は取ってもらいますよ。ですから裏切ったら許しません――いえ、裏切ったっていいですよ、ただその時は怒って喧嘩して殴り合ってそして仲直りをして生きましょう」

 彼女のと出逢いは物語では運命と呼ぶかもしれない。ま、それはそれでいいけれど。ただ彼女を思うこの気持ちは偶然であってほしいと、この生きたいと思っている想いは僕自身が決めた思いなんだと信じたい。

「何さっきからニヤついてるんですか? 気色悪いですね。それで明日の予定はあるんですか? ないんですか?」

「予定か、明日も一日生きるつもりだ」



 完 



 

 


引用元: 丈夫なロープを買いに行ったサラリーマンのSS