1 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:50:17.16 ID:bhx6zGNl0.net[1/33]
静かな朝焼けに包まれた部屋の中、
私は、トランプよりも少し大きい、不思議な扉の絵の描かれたカードを見つめて佇んでいました。

雪歩「(この扉の向こうの世界には、グラルファンが住んでいる……そう教えてくれたのは、千早さんでした)」

雪歩「(千早さんとの出会いは、夏の入り口で何となく立ち止まっていた私の背中を、そっと確かな力で押してくれました)」

雪歩「(今と同じ様で全く違う、夏の夕暮れ。あの日も私は、ここ数カ月の週間で川沿いのトレーニングコースを走っていました」)」

2 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:51:06.09 ID:bhx6zGNl0.net[2/33]
――
―――

真「あっ、雪歩!」

雪歩「真ちゃん、春香ちゃん、二人してどこか行くの?」

春香「うん、これから受験対策のセミナーに。もう来年受験だし・・・」

雪歩「受験・・・」

春香「で、雪歩は何やってるの?」

雪歩「今トレーニングで走ってます」

真「えっ、トレーニング?でも、雪歩もアイドル辞めて大学行くって言ってたし、アイドルアルティメイトならこの間・・・」

春香「真っ!!」

真「あっ、ごめん・・・」

3 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:51:57.31 ID:bhx6zGNl0.net[3/33]
春香ちゃんが、真ちゃんの言葉を遮って、気まずい空気が1.5秒ほど流れました。

雪歩「や、止めて下さいよ~、そんな意味有りそうに黙っちゃうの~」

雪歩「・・・これは、その、私体力無いから、アイドル辞めるにしても、トレーニングだけは続けようとも思って・・・ね?」

春香「受験も、最後は体力って言うしね」

雪歩「うん!そうそう」

真「成程。でも、夕方でもまだ暑いから、水分補給と休憩はきちんとね」

雪歩「分かった、ありがとう」

ちょっと走った後、真ちゃんに言われた通り、神社の木陰で休むことにしました。
蚊が出そうだし、途中に噴水のある公園もありましたが、何となく一人になりたかったので、ここにしました。

5 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:52:54.39 ID:bhx6zGNl0.net[4/33]
雪歩「(大人になったら・・・、なんだか、めんどくさいなぁ・・・)」

♪ そう 明日はどこにあるんだろう?

♪ 繰り返す毎日を数えている

雪歩「?」

セミの鳴き声を潜り抜けて、どこからかとても綺麗な歌声がしてきたので辺りを見回しました。

それは境内の広場の台の上にあるちょっと古いラジカセからでした。

それよりもびっくりしたのは、そこから少し離れた所で、
二十歳くらいの長い青髪の綺麗な女の人が、ラジカセに向かって両手で頭上に、あの扉のカードを掲げていたことでした。

小っちゃい子だったら、何かのおまじないかなと思って、微笑ましい気持ちになる所ですが、
綺麗な大人の女の人が一心不乱になっている様子はとてもシュールでした・・・。

6 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:53:24.73 ID:bhx6zGNl0.net[5/33]
向こうが私に気付いて、軽く微笑みかけてくれました。
ちょっと怖かったですが、気になったので近付いて聞いてみる事にしました。

雪歩「あの、何をやってるんですか?」

千早「グラルファンに私の歌を聴いて貰ってるんです。ここは空気が澄んでいて綺麗な音に聴こえますから」

雪歩「グラルファン……?」

辺りを見回しましたが、それらしいものは何もいません。

千早「ああ、グラルファンは、この扉の向こうに住んでいるんですよ」

そういって千早さんは、カードに描かれた扉を指して微笑みました。
それとは対照的に、この時の私はきっとひきつった笑顔になっていたと思います・・・。

7 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:53:52.17 ID:bhx6zGNl0.net[6/33]
千早「どうされました?」

雪歩「あ、いえ、あの……ごゆっくり」

そっと後退ろうとしましたが、ラジカセの台にぶつかってしまい、
ガコーンと大きな音を立ててラジカセが台から落ちて、歌が止まりました。

私は嫌な汗でびっしょりになって、こんなに暑いのに真っ青になりました・・・。

8 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:54:22.93 ID:bhx6zGNl0.net[7/33]
千早「ごめんなさい、悪いわ、新しいものなんか貰ってしまって・・・」

あの後、私は千早さんの顔も見ずに『ごめんなさい!ちょっとだけ待っててください!!』とだけ言って、
大急ぎで自分の家に戻って、ちゃんと動くはずのラジカセを持ってきて弁償しました。

雪歩「いいんです・・・全部私が悪いんですから・・・それよりもCDの方は大丈夫ですか?」

千早「ええ、大丈夫よ。それに私の方こそごめんなさい、練習の邪魔をしてしまって・・・」

雪歩「え?」

千早「間違っていたらすみません。あなた、アイドルの萩原雪歩さんですよね?歌番組でよく見ます」

千早「それに、ここや向こうの公園でランニングや発声練習しているのを見かけました」

9 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:54:53.14 ID:bhx6zGNl0.net[8/33]
一番の心配事であったCDの無事を確認してほっとしていた私は、
不意にその話題をされて、心がちょっとだけちくっとしました。

雪歩「はい、でももういいんです。もうアイドル辞めますから・・・」

雪歩「それにナンバー1アイドルを決めるアイドルアルティメイトも先月終わったんです・・・」

私はこの人に自分の去年一年間について話しました。

雪歩「私、今高校3年で、お父さんとお母さんにアイドルやっていいのは高校までだって言われて、大学に行く事になってるんです」

雪歩「違う事務所なんだけど、私の後輩に愛ちゃんていう子がいて、去年その子とアイドルアルティメイトの決勝で戦おうって約束したんです」

11 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:55:37.36 ID:bhx6zGNl0.net[9/33]
雪歩「でも、去年の大会で私は予選で負けちゃって、愛ちゃんとの約束を破っちゃいました・・・」

雪歩「だから、最後になる今年こそは約束を守ろうと思って、同い年の同期の二人は受験勉強で参加しなかったけど、この1年はそれだけに必死に打ち込んできたんです」

雪歩「それで、予選では自分でもベストだって思えるステージが出来たんです。でも・・・」

雪歩「本戦の一回戦目、自分では予選よりももっと頑張れたって思えました」

雪歩「・・・ですけど、合格の子の点数に1点だけ及ばずに・・・また約束も守れずに、私の夏は終わっちゃったんです・・・」

千早「最後の一回・・・それは悔しいですね・・・」

千早さんは自分の事の様に、真剣な顔で答えると、歯噛みして黙ってしまいました。
川沿いでの気まずさを思い出した私は、それを払拭しようと柄にも無く、筋の通った別の話題を振りました。

12 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:56:11.60 ID:bhx6zGNl0.net[10/33]
雪歩「そんな事より、その扉の向こうのグラルファンっていうのに音楽聞かせるんですよね?」

千早「ああ、そうだったわ。それに遅れましたけど、初めまして。私、如月千早といいます」

雪歩「こちらこそ。グラルファンは音楽が好きなんですか?」

千早「ええ。もしグラルファンがこの歌を気に入ってくれたら、この扉を通って姿を現してくれるんです」

雪歩「へぇ、じゃあ来たら私も見れますか?」

千早「グラルファンはとても寒い世界から来るんです。だからグラルファンが近づいたら、この町も冬になるんです」

13 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:56:38.06 ID:bhx6zGNl0.net[11/33]
雪歩「その、グラルファンてどんな生き物なんですか?」

千早「グラルファンは伝説の生き物で、人の心の中の古い大切な思い出を、そのまま目の前に蘇らせてくれるんです」

千早「そしてその思い出の風景の中に入ると、グラルファンと一緒に行くことができます」

雪歩「行くって、どこへですか?」

千早「扉の向こう。思い出の世界へ行けるんです」

千早さんは、とても嬉しそうに、でも真剣な顔で言いました。
この時の私には、唯のおとぎ話にしか思えませんでした。……でもほんの三日後に――
14 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:57:09.82 ID:bhx6zGNl0.net[12/33]
3日後、私はあわてて引っ張り出したセーターに袖を通して、真夏に降り積もる雪を見つめて、茫然となっていました・・・。

テレビによると、日本でこの街だけに雪が降っているのだそうで、一大ニュースとして取り上げられていました。
大人たちは困惑して、夏休みの子供たちははしゃいでいました。
新聞やネットでは異常気象や冷凍宇宙人、南極の原住民の侵略説など想像もできない話題が溢れ、
これが私の見た夢や幻では無い事を教えてくれました。

15 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:57:43.09 ID:bhx6zGNl0.net[13/33]
♪ 君が教えてくれたね

♪ “生きてる”って言うこと

♪ いつの日か 夢をつかむ旅と

私が急ぎ足で向かったこの間の神社には、マフラーとコートに包まった千早さんが、
神社の雨避けの下であの日の様にラジカセでカードに歌を聞かせていました。

雪歩「千早さん!」

千早「ああ、萩原さん。これを見てください」

息を切らせた私と対照的に、穏やかな返事をした千早さんが、嬉しそうに例のカードを見せてくれました。
なんとカードに描かれた扉が、三分の一ほど開いていました!

千早「もうすぐ、グラルファンが来るんです」

16 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:58:21.35 ID:bhx6zGNl0.net[14/33]
千早「寒いでしょうから、私の家へ来てください。一人暮らしなのでお構いなく」

そういって千早さんは私を家に招いてくれました。
部屋は片付いているというより物が少ない、凄く質素でモノクロな内装でした。

千早「ラジカセ、本当にありがとうございました。でも、やはり悪いので、グラルファンが来たらあなたに返します」

千早「心配ありません。グラルファンは、私を連れてすぐに扉の向こうの世界へ帰ります。グラルファンが帰れば、すぐに何もかも元通りです」

千早「ただ、グラルファンがこちらの世界にいるほんのちょっとの間だけ、こちらの世界の時間が止まります」

雪歩「時間が止まる?」

千早「現実の時間と、思い出の時間。二つの時間は一緒に流れる事ができませんから」

千早「じゃ、時間が止まっている間に……誰も知らないうちに千早さんは、グラルファンと一緒に行っちゃうんですか?」

17 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:59:27.11 ID:bhx6zGNl0.net[15/33]
何だか、凄く嫌な気持ちになって私は聞き返しました。
でも千早さんは、似合わないいたずらっぽい微笑みを浮かべると――

千早「大丈夫です。萩原さんもグラルファンを見る事ができますよ。最初の『雪のような光』が見えたら目を閉じるんです。そうしたら――」

雪歩「そんなんじゃなくて!……千早さんは、どうしてそんなに思い出の世界へ行きたいんですか……!?」

失礼にも、そして自分でもびっくりしましたが、私は大きな声を出してしまいました。
少し驚いた様子の千早ちゃんは、少し寂しそうにほほ笑むと、部屋の一隅に目を向けました。
その視線を追うと、サイドボードの上に小さな写真立てがありました。

18 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 17:59:59.63 ID:bhx6zGNl0.net[16/33]
その日の夜、私は自分の部屋で千早さんが言ったことを考えていました。

千早さんは、写真立てを手に取って私に教えてくれました。

写真は千早さんと会った、あの神社が縁日をやっていた時のものでしょうか?
手前に浴衣を着た、笑顔がまぶしい青髪の女の子と、その子によく似た青髪の男の子、
その後ろに、背の高い男の人と、子供と同じ青髪の女の人が嬉しそうに写っています。
綺麗な髪の青と、縁日の鮮やかな光彩によって、モノクロな部屋がここだけ色付いていました。

千早『12年前、8歳の私と、お父さんと、お母さん。そして弟の優です』

千早『弟は、この写真を撮った少し後に交通事故で亡くなりました・・・』

千早『それ以来、家族の仲がどんどん悪くなっていって、その8年後、私があなたより少し下くらいの頃、遂に離婚しました・・・』

千早『そして4年前、父が亡くなりました。癌でした』

千早『咽頭がんで、発見が遅かったためにそれがあちこちに転移して・・・母は、もう私に会おうともしてくれません・・・』

雪歩『・・・』

自分で聞いておいて、私は黙り込んでしまいました。
千早さんの過去と、これからしようとしていることを脳が勝手に結び付けて、何を言ったらいいのか分からなくなっていました。

19 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:00:34.80 ID:bhx6zGNl0.net[17/33]
千早『実は私もアイドルだったんです』

雪歩『えっ?』

私の沈黙を見かねてか、少し困ったように笑って私に話しかけてくれました。

雪歩『もしかして、グラルファンに聞かせてた歌って・・・?』

千早『ええ、あれは私のアイドル時代の歌なんです』

雪歩『そうだったんですか・・・』

千早『でも、私が出せたアルバムはあの一枚だけだったんです』

21 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:01:13.46 ID:bhx6zGNl0.net[18/33]
千早『私は歌が大好きでした。でも、あなたも分かると思いますが、それだけではアイドルは上手くはいきません』

千早『私はあなたの様に有名なアイドルにはなれませんでした。けれど、ずっと歌を歌い続ける事が出来ました・・・』

千早さんは、右手を喉に当てて続けました。

千早『私も咽頭がんなんです。どうやら、遺伝によるものらしくて・・・』

千早『もう、私は歌うことができません・・・私にとって大切なものはもう全部なくなってしまったんです・・・』

そう言った千早さんの顔は、余りにも孤独で私は再び言葉を失ってしまいました。

22 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:01:51.67 ID:bhx6zGNl0.net[19/33]
雪歩「(それきり千早さんも黙ってしまいました……。私は、あの写真の頃やアイドルだった千早さんを知りません)」

雪歩「(でも、今の千早さんには、自分がここに居る理由が無くなってしまったんだと思いました)」

雪歩「(・・・そしてそれは、誰にもどうにもできないっていう事も・・・)」

夜の街に、ゴォォォと低い地鳴りのような音が轟きました。
窓を見ると、空にあのカードの絵柄と同じ扉が現れて開き、そこから風花の様に光が溢れました。

雪歩「来たっ!」

バッと両手で目を覆いました。
そして、そっと目を開けて室内を見回すと、時計の秒針が止まっていました。

私は、このグラルファンがいる間はきっと決して乾かない昼間のコートを着て、外に飛び出しました。

23 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:02:28.05 ID:bhx6zGNl0.net[20/33]
通りで出た私は目を丸くして立ち止まってしまいました。

通りにいるコート姿の人々は、何気なく空を見上げた静かな表情でピクリともしませんでした。
コーヒーショップの窓際のお客さんは、頬杖をついてカップを見つめたままです。
公園にある噴水の水は、この寒さで凍ってしまったみたいです。

茫然と辺りを見回して、既に2、3回見たであろう場所に、いつのまにか、グラルファンが静かに立っています!
思わず、ハッと息を呑んで見上げます。
それは白く美しくて、神々しいけれど、儚くて・・・
上手く言えないけれど、私が思っていた神様とも、女神さまとも、天使とも違っていました。

24 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:03:06.41 ID:bhx6zGNl0.net[21/33]
♪ 心の扉を開けて 新しい君に会える

♪ いつだってそこにある 愛という光

すると、遠くからまたあの歌が聞こえてきました。
その歌声のする方へ、私は矢のように走ります。

音がしたのは、公園の向こうの神社でした。
神社の入り口に、私があげたラジカセが置いてあって、千早さんの歌が流れていました。
千早さんの握っているカードの扉は、もう完璧に開き切っていました。

25 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:03:49.85 ID:bhx6zGNl0.net[22/33]
境内には、まるで千早さんを迎えるように、セピア色の光が溢れ、
千早さんが見せてくれた写真の縁日の光景が広がっていきました。

―――

千早さんがお母さんに、優くんがお父さんに手を引かれ、縁日を楽しそうに回っています。
千早さんと優くんのもう片方の手にはヨーヨーが握られていました。

優「あっ」

優くんの好きなものの屋台が見つかったみたいです。お父さんの手を放し、屋台へ駆けていきました。
しかしその途中で、ヨーヨーのゴムが抜けて割れてしまいました。
それまで一点の曇りも無かった笑顔が、涙で濡れていきました。

26 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:04:23.69 ID:bhx6zGNl0.net[23/33]
千早「泣かない、泣かない。お姉ちゃんのあげるから」

優「ありがとう、お姉ちゃん・・・」

優くんは、すぐに泣き止んで笑顔になりました。

父「千早、あっちでみんな歌ってるぞ」

千早「うん、私も行く!」

優「僕もお姉ちゃんの歌聞きたい!」

27 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:05:35.44 ID:bhx6zGNl0.net[24/33]
私と千早さんは思い出の縁日を見つめていました。

―――

雪歩「……千早さん、あの思い出と一緒に行くんですね」

千早「……私は……行けないわ……」

私は驚いて千早さんを見ました。
千早さんは、一歩でも踏み出せば入っていける光の帯の傍らで、苦痛を堪える様に思い出の時間を見つめています。

雪歩「どうして……!あれは、写真の中の思い出の時間じゃないですか!?」

雪歩「千早さんがずっと思ってたもの、全部、あそこにあるんですよ!なのになんで!?」

千早「こんな風に見て初めて解りました……あれはみんな、あそこにいる私、あの時の私のものなんです」

思いがけない言葉に、私はまた言葉を失いました。

28 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:06:18.38 ID:bhx6zGNl0.net[25/33]
千早「あの時間を……もう一度、生きることはできない」

雪歩「千早さん……」

千早さんは、思いを断ち切るようにぐっと奥歯を噛んで目を伏せました。

千早「……一度きりだから」

雪歩「一度きり……?」

千早「そう。どんな一瞬も、一度きりです」

30 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:06:58.16 ID:bhx6zGNl0.net[26/33]
その言葉が、私の胸を衝きました。
頭の中に、先月のアイドルアルティメイトの一回戦のことが広がります。
100点の文字を見つめる99点の私。

雪歩「……そうですね。一度きりだから、忘れない」

P『ちくしょう……!あんなに頑張ってたのに……!』

自分の事みたいに、涙を流して私が負けたことを悔しがるプロデューサー。

P『あっ、ごめんな。俺がこんな風に悔しがってたら、泣けないよな・・・お前の方が悔しいよな・・・』

プロデューサーの言い回しが何だか可笑しくて、私は笑ってしまいました。
でも、涙はどうしても止まりませんでした。

雪歩「一度きりだから……空っぽになるくらい、何かに本気になったりする……」 

私は、今初めて、悔しさ、切なさ、懐かしさを受け入れる事が出来ました。
千早さんは、目を上げて私を見つめました。私は心を決め、真っ直ぐに千早さんを見ます。

雪歩「千早さん。グラルファンを帰しましょう……」

31 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:07:55.58 ID:bhx6zGNl0.net[27/33]
私は千早さんの手からカードを受け取って、グラルファンの方へと駆けていきました。
取り敢えず、噴水の止まったあの公園なら、開けているので向こうも私の事を見てくれそうです。

雪歩「こっちですー!こっち向いてくださーい!グラルファンさん!」

カードを頭の上に両手で掲げて叫ぶと、グラルファンがこっちを向いてくれました。
私は冷たい空気を思いっきり吸い込むと、ラジカセからずっと流れていたあの歌を歌い始めました。

♪ 心の絆がきっと 僕らを会わせてくれたんだ

♪ もうこれから ずっと忘れないでいて

32 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:08:29.61 ID:bhx6zGNl0.net[28/33]
歌い終わると、空の扉へと続く円錐形の輝く光の道がグラルファンの前に出来ました。

グラルファンが微かに首を傾けて千早さんを見ました。
通りから見上げていた千早さんは、静かに頷きます。

すると、グラルファンは、白い翼を大きく広げたかと思うと、
光の風花を散らしながら夜空の扉と向かっていきました。
扉が閉じると扉も光となって、私の持っているカードの扉の中へ消えて行きました……。

33 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:09:12.06 ID:bhx6zGNl0.net[29/33]
凍った様に止まっていた噴水が流れ始め、
通りの人たちは何事も無かったように、動き出しました。

雪歩「これを・・・」

私は千早さんにカードを差し出します。でも千早さんは・・・。

千早「そのカードは、あなたが持っていて下さい」

雪歩「?」

千早「お別れです」

雪歩「お別れって……」

千早「扉を開けた者は、この世界の時間から消えなければなりません」

信じたくありません。
短い間なのにもう何度目でしょうか、また千早さんの前で言葉を失いました。

34 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:10:18.34 ID:bhx6zGNl0.net[30/33]
千早「……覚えていてくれませんか。私が幸福だったということを」

雪歩「・・・」

言葉を失っていた私ですが、嗚咽が口をこじ開けました。

千早「……誰に知られることもないつまらない人生だったけれど、精一杯、生きました」

千早「……心から寂しいと思えるほど、大切なものを持つことが出来たんです」

私は千早さんを送らなければなりません。
あの時の様に涙が止まりませんでしたが、それで私はプロデューサーに言われた通り、上を向いて千早さんに手を差し出しました。
千早さんは、その手を静かに握ってくれました。

雪歩「……忘れません」

千早「ありがとう」

握った手が離れた次の瞬間、千早さんは美しい光の粒子となって消えて行きました。
カードを手に、夜の街で私は一人泣いていました……。

35 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:11:25.80 ID:bhx6zGNl0.net[31/33]
―――
――

カードを見つめていた私は、それを机の引き出しにしまいました。
今日は、私の家で春香ちゃん、真ちゃんと一緒に勉強会です。
でもその前に、日課のランニングです。玄関に出て、ランニングシューズの紐をキュッと結びます。

雪歩「(私は思い出を作るために生きるわけじゃありません。でも――)」

雪歩「(いつか、私がこの世界から去っていく時、精一杯生きた。そう思いたいんです)」

真「おはよう、雪歩!」

雪歩「おはよう、真ちゃん。朝はまだ涼しくて気持ちいいね」

36 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/10/20(月) 18:12:23.82 ID:bhx6zGNl0.net[32/33]
川沿いのトレーニングコースの入り口で、聞きなれた凛々しい声が挨拶してくれました。
最近は真ちゃんと一緒に走っています。

春香ちゃんは家が遠いので、残念ながら朝一緒には走れませんが、
今日、私たちが家に帰った頃には私の家に着いているはずです。


雪歩「(私は走ります。ゴールが見えなくても。一番じゃなくても。……私は――)」

雪歩「(私は、大人になります!)」