3: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/26(水) 23:59:00.90 ID:fzfvzzHI0

「……」

『うー、おうおっ、いぇーい!』

「…………」

『るんたかるんたか、いぇっいぇーい!』

「箒ってどこにしまってたっけかな……」

『待て、箒で何をするつもりだ』

4: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:03:10.45 ID:BvIE0ebG0

「落ち葉掻きでもしようかと」

『あれ、そんなに紅葉してる? ちょっと飲んできたから気分は高揚してるけどさ』

「枯葉しか落ちてねぇな」

『この野郎』

5: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:14:26.02 ID:BvIE0ebG0

「で、こんな真昼間から飲んだくれてるおねーさんはどうしてうちの庭に?」

『あれ、知らない? ほらほら、巷で噂の季節売り』

「あー、巷ね。どの辺りにあるんだっけ。九州?」

『そりゃあもう、九州に限らず色んなところにごろごろよ』

「ごろごろって、どのくらい?」

『西部劇でよく見る転がる草くらいには』

「そんなに?」

『そんなに』

6: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:21:00.04 ID:BvIE0ebG0

「巷の場所はともかく、季節売りってのは初めて聞いたな」

『読んで字の如く、季節を売ってる奴のことさ』

「どこにも書いてないから読めないなぁ」

『じゃあ書いたげるからほれ、箒でいいから貸してよ』

「箒ってどこにしまってたっけかな……」

7: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:30:12.04 ID:BvIE0ebG0

「まあ確かに、春っぽい感じだよね」

『あ、分かっちゃいます?』

「花見の席によく居そうな感じがする」

『こいつ分かってるなー』

「もしくはただの酔っ払い」

『こいつ分かってねぇなー』

8: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:39:45.84 ID:BvIE0ebG0

『春ってのはさ』

「春ってのは」

『やっぱり浮かれ気分になって、ちょっと変な事でもしちゃえるだろ』

「だから春先にはおかしな奴が多いのか」

『そのせいで春を売るのは禁止なんだよなー』

「やらしい言い方だなぁ」

『商売にやらしいもくそもないって。ごくごく』

9: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:50:34.08 ID:BvIE0ebG0

「じゃあさ、春以外なら売れるの?」

『売れるよ。あんまり売れてない秋はいかが?』

「秋はどんな気分になれるのかな」

『まあまあ、そんなことより一緒にウイスキーでも飲もうよ』

「春だなぁ。乾杯」

『とことん春だよ。乾杯』

10: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 00:59:43.59 ID:BvIE0ebG0

「うへぇ、ストレートはキツい」

『ん、君は何かで割って飲むタイプかい?』

「いいや、酒は飲まないんだ」

『それがまたどうして飲もうって気に』

「……春だから?」

『なるほど、新歓のアルハラだね』

「あぁ、ヴァルハラが見える」

『そりゃ幻覚だよ』

「いや、それがやけにくっきり、目の前に人型のヴァルハラが」

『そいつは季節売りだよ』

11: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 01:16:03.99 ID:BvIE0ebG0

「そうそう、なんだか身体がぽかぽかしてきたんだけど、これは夏かな」

『それは恋だね』

「これが恋か」

『もしくはただの酔っ払い』

「これがただの酔っ払いかー」

『そいつは季節売りだよ』

12: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 01:37:15.58 ID:BvIE0ebG0

「こんな気分になるのが春だってのは分かったけどさ、夏はどんな気分になるんだい?」

『とりあえず明るい気分になって、何でもできそうな気分になれる』

「若さを感じる夏だなぁ」

『君だって若いくせに』

「早熟なんだよ、早生まれだから」

『たった一年足らずの差なのに?』

「鼻先の差で勝負が決まるのに、一年なんて大きすぎるよ」

『勝った方は鼻高々だろうしねぇ』

13: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 01:52:00.02 ID:BvIE0ebG0

「夏の気分があんまり春と変わらない気がするんだけど」

『あれだよ、春はアホで夏はバカなんだ』

「容赦ないなぁ」

『ちゃんと言っておかないと後で偽装だなんだってうるさいからね』

「偽装がなんだ!」

『そうだそうだ!』

14: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 02:16:51.57 ID:BvIE0ebG0

『偽装だろうとなんだろうと、僕らの夏は始まったばかりだってのにね』

「あれか、季節売りさんは僕っ子さんか」

『違うよ、あたしっ子さんだよ。君は何っ子さんなんだい?』

「何っ子さんだと思う?」

『……鍵っ子さん?』

「正解。鍵は鍵の事を鍵って言ってるんだ」

『あたしが悪かったから心の鍵を開けてくれないかな』

「閉じた覚えはなかったんだけどなぁ」

15: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 02:25:34.18 ID:BvIE0ebG0

『仮に君が鍵を開けっ放しにしていたとしよう』

「開けっ放しにしていたとすると?」

『それはとても不用心だ』

「そこまで考えが至らなかったな」

『だからあたしが留守番をしておいてやろう』

「家賃取るよ?」

『そこまで取るなら責任も取って欲しいな』

「何のだよ」

『ほら、同じ瓶の酒を飲んだ仲だろう?』

16: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 02:42:54.36 ID:BvIE0ebG0

「責任云々はともかく、夏の次は秋だよ」

『秋ね、秋。秋はとても寂しい季節だ。春、夏と輝いていたものが散っていく、とても寂しい気分になれる』

「そういうのは好きだな。限りある時間を生きてるってのが感じられてさ」

『うわぁ、中二だ』

「自覚してるとの自覚してないのじゃあ、大きな違いがあるのさ」

17: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 02:53:30.89 ID:BvIE0ebG0

「秋と言えばさ。お腹が空いたり、芸術的な気分にはなったりしないの?」

『ならないね、ちっともならない。みんな遠い目をしちゃうんだ』

「やっぱり儚さとか、切なさの方が強いんだ」

『強いと言うより、そっちの方がしっかり染み込んでくるからじゃないかな』

「おでんの季節だからね、秋は」

『玉子が茶色くなるまで染み込まないとね』

18: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 03:07:57.08 ID:BvIE0ebG0

「さて、そろそろ最後の季節だけど」

『ありゃ、もうそんな時間か』

「まあ、季節屋さんの匙次第なんだけどね」

『そういえばそうだった』

「だから季節屋さんがまだ秋でいたいなら秋でいられるんだよ」

『いや、そろそろ限界だし終わりにしよう』

19: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 03:12:11.97 ID:BvIE0ebG0

「じゃあ次は冬だね。冬はどんな気分になるんだい?」

『寒くて、誰かに寄り添ってほしいような気分かな』

「僕には季節屋さんが寄り添ってくれるのかな?」

『いや、あたしは他にも行かなきゃいけない所がいっぱいあるからね』

「寂しくなるね」

『そりゃあ、まだ秋だからね』

20: ◆jma3vRngk.Px 2014/11/27(木) 03:16:45.68 ID:BvIE0ebG0

『来年も冬が近くなったら来るよ。だってほら、私は北風小娘だし』

「小娘って見た目じゃあ、ないけどね」

『この野郎』

「まあ、来年までには飲めるようになっておくよ」

『それじゃあ来年はとっておきを持ってこようかな』

「楽しみにしておくよ」

『うん、それじゃあ』

「……」

「…………」

「そろそろ冬だなぁ」

引用元: うちの庭に季節売りが来たときの話