1 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:05:42.09 ID:RO1+wjCx0.net
「なんだと! お前!」
「やめろ! 律!」
律が唯に掴みかかろうとするのを、澪が必死に止めた。
「唯は意識が戻ったばかりなんだぞ! 無茶するな!」
澪にそうたしなめられると、
律は「ちぇっ」とばつの悪そうな顔をした。
4 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:07:09.95 ID:RO1+wjCx0.net
唯は病室のベットで、上半身だけ起こした状態だった。
頭や腕、体中に巻かれた包帯が痛々しい。
けいおん部の三人のことを上目づかいで窺うように見ていたが、
胸の前に組んだ手に視線を落とした。
「あの、ごめんなさい。
本当に、覚えていなくて……」
組んだ手の指先を、もじもじと動かしていた。
「ちっ」と律は舌打ちをする。
「やめろ」と小声で澪がそれを制した。
病室はしばらく静寂に沈んだが、
沈黙に耐えかねたのか紬がそれを破る。
「あのね、唯ちゃん」
そう言った紬の顔は、ぎこちなく困惑の色に染まっている。
唯が顔を上げ、また窺うような視線を這わせた。
「ゆっくりでいいから、治療していきましょうね。
私たちはずっと唯ちゃんの味方だし、
何か手伝えることがあったら言ってね」
紬はまるで子どもに言い聞かせるように、
一言一言区切って言葉を紡いだ。
6 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:08:43.68 ID:RO1+wjCx0.net
唯は静寂に包まれた病室に一人取り残された。
けいおん部の三人は、
「じゃあ、また明日来るからね」
と言い残して先程出て行った。
「平沢、唯」
声に出して呟いてみる。
「平沢唯」
少し大きな声で。
「ふぅ」
そう息を吐くと、パタリとベットに倒れ込んだ。
「全然、しっくりこないなぁ」
手を目の前にかざしてみる。
その向こうで、蛍光灯がチカチカと点滅していた。
8 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:10:08.27 ID:RO1+wjCx0.net
コンコン、とノックの音がした。
「はーい」と唯が返事をすると、
けいおん部の三人が入ってきた。
「おーす、唯。元気にしてたか?」
「怪我人に元気も何もないだろ……」
一気に病室がにぎやかになった。
三人は色々な話をしてくれる。
学校のみんなのこと、授業のこと、先生のこと、
そして、部活のこと。
「早く四人で合わせ練習したいよなぁ」
律が言う。
「そうねぇ」「そうだな」
他の二人も同調した。
が、唯はどうも乗り切れなかった。
「うん、そうだよね」
そう返しておいたが、笑顔に陰が差していた。
11 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:11:43.95 ID:RO1+wjCx0.net
みんなが帰ると、いつもの病室に戻った。
聞こえるのは工事の音と鳥のさえずりくらい。
たまに救急車のサイレンもかな。
「んんんんんん……」
唯は何度も寝返りを打った。
「ああああああ……」
たまにこうして声を出さないと、
自分の存在が消えてしまうような感覚に襲われていたから。
けいおん部。
私はそこに属していたらしいんだけど、何の記憶もない。
楽器を触った感触すら残っていない。
それどころか、三人のことも覚えていなかった。
「記憶喪失、かぁ」
唯はそう言って自分の存在を確かめると、
また寝返りを打った。
13 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:13:39.79 ID:RO1+wjCx0.net
今日は土曜日だったので朝からにぎやかだった。
「そうしたら澪がさ~」
「律! その話はやめろ!」
澪が顔を真っ赤に染めている。
紬はそれをニコニコとしながら見ていた。
「ありがとね、みんな」
唯がそうお礼を言うと、三人はきょとんとした顔になった。
律がボリボリと頭を掻き毟る。
「別にありがとう、なんて言わなくていいんだよ。
仲間だろ。私たちは」
真剣な目でそう言われて、唯は胸がドキドキとした。
紬、澪の二人も真っ直ぐに唯を見つめている。
「そ、そうだよね。えへへへ」
ぎこちない笑顔で、そう言った。
16 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:15:52.24 ID:RO1+wjCx0.net
もう体には異常がないということなので、
日曜は夕方までの外出許可が出た。
「荷物の整理があるからいったん家に帰る」と言うと、
けいおん部の三人は「手伝うよ」と提案してくれた。
私はその申し出を「少し家で落ち着きたいから」と丁重に断った。
それ自体は半分本音であり、別に嘘をついたわけではない。
でももう半分は違っていた。
私がしたいのは「記憶の整理」だったから。
玄関の前に立つと、少し頭がパニックを起こしかけた。
「これが、私の家」
やはり記憶にないのだけれど、
なんだか懐かしいような気もしてくる。
鍵を開けると「ふぅ」と深く深呼吸をしてから、
玄関のノブに手をかける。
静寂に包まれた家の中に、ガチャリという音が響き渡った。
18 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:18:12.25 ID:RO1+wjCx0.net
家の中に入ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
外よりも気温が低いような気がする。
誰もいない部屋、廊下、トイレや風呂場に至るまで、
唯はウロウロと歩き回った。
「頭が、痛い……」
記憶が戻りかけているのだろうか。
それとも記憶を戻させまいとする何者かの力が働いていて、
それが頭痛の原因になっているのか。
「ううううう……」
唯は壁に体をすり付けるようにして、廊下にうずくまった。
そのまま頭を抱えて痛みに耐える。
割れるような痛みだった。
この家からの、もしくは自分の体が発している警告なのか。
唯はそんなことを思っていた。
21 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:20:07.70 ID:RO1+wjCx0.net
しばらくすると痛みも引いてきた。
「自分の部屋に、行かないと」
夢遊病者のようにフラフラとした足取りで階段を昇る。
そして自室のドアノブに手をかけたとき、唯は気付いた。
「私、どうしてここが自分の部屋だって……」
また頭が痛みだした。
へたり込みそうになる自分を奮い立たせて、
一気にドアを押し開く。
「ああ……」
ぱぁっとした光が押し寄せてきて、唯を襲った。
無数の言葉の羅列が体を駆け巡る。
そして頭が軋むような音をたてた。
部屋には「平沢唯」と名前が彫られた位牌が置いてあった。
26 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:24:04.05 ID:RO1+wjCx0.net
憂は自分の部屋でうずくまって泣いていた。
「ごめんね。お姉ちゃん」
全てを思いだした。
私の本当の名前は憂。
唯はお姉ちゃんの名前だ。
「私、お姉ちゃんには、なれなかったよ」
グスグスと鼻をすする音と嗚咽が、一人ぼっちの部屋に響く。
「家になんて、帰ってこなきゃよかったのになぁ」
後悔ばかりが津波のように押し寄せてきて、
そのまま自分というものが流され消えていきそうだった。
28 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:25:22.55 ID:RO1+wjCx0.net
1か月前、お姉ちゃんと両親が死んだ。
お父さんが運転する車が事故を起こしたためで、
私は奇跡的に助かったけど、大けがをしてずっと意識が無かった。
意識をようやく取り戻した私に突き付けられたのは、
どうやっても耐えられないような現実。
私は一人ぼっちになってしまった。
「私達にできることがあったら、なんでも言ってね」
放心してふさぎ込んでいた時に、そう声をかけられた。
彼女たちは私のことを「唯」と呼んだ。
きっとあの人たちも心をやられてしまっていたんだろう。
そう、私と同じように。
31 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:27:00.18 ID:RO1+wjCx0.net
彼女たちといるのはとても楽しかった。
まるで自分が大好きなお姉ちゃんになったような気分になれたから。
見た目もあえて似せるようにしていた。
「そう言えば、妹さんのことは残念だったな」
ふとした瞬間のその言葉で、私の中の何かが弾けたんだ。
そうだ。
あの時体感した頭痛。
その始まりはこの時だった。
私はまた長い間意識を失った。
そして目覚めると、記憶をなくしていたんだ。
「思い出したくなかったよ。お姉ちゃん」
そう呟くと、また涙が溢れてきた。
35 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:28:36.16 ID:RO1+wjCx0.net
コンコン、とノックの音がした。
「はーい」と憂が答える。
「唯ー、元気かー」
「荷物の整理はすんだ?」
ガチャリ、という音とともに病室がにぎやかになった。
「うん! ちゃんと整理できたよ」
憂はニコニコとした笑顔を見せる。
そこにはもう以前のような陰は無かった。
「そっかー、良かったな。
でも怪我人なんだから私たちに頼ってもいいんだぞ?」
澪は困ったような笑顔を見せた。
憂が首を振る。
「ううん! 自分の家のことだし、私一人でやらないとね」
そう言って笑った。
37 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:30:23.30 ID:RO1+wjCx0.net
「なんか唯変わったなぁ。妹の憂ちゃんみたいだぞ」
律のその言葉で一気に憂の表情が曇った。
手元に視線を落として、小刻みに震えている。
「おい」と小声で澪が律のわき腹を肘でつついた。
「わ、わりい」律は慌てた。
「その、ごめんな! 思い出させる気は無かったんだけど……」
手を振り回し、大仰な動作で自分の発言をフォローした。
「律ちゃんも悪気があったわけじゃないのよ」
眉を寄せた紬も慌てて口をはさむ。
全員が憂に注目した。
憂はしばらく目を伏せていたが、顔を上げて首を振った。
「ううん、いいんだよ。ちゃんと現実を受け止めないとね」
そうして悲しげな笑みを浮かべた。
40 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/05/30(金) 16:32:56.84 ID:RO1+wjCx0.net
次の日も、またその次の日も彼女たちは来てくれた。
「澪ったら体育のバレーの時にさぁ」
「律! その話はやめろって!」
この時間はきっと永遠じゃないと思う。
でも、私達には必要なんだ。
「いってーな! ぶつことないだろ!」
「ちょっと、やめなさいよ。二人とも」
受け止めきれない現実を。その衝撃を。
マシュマロのように、やわらかく、甘く、包んでくれているんだ。
「唯、ちゃんと話聞いてるか?」
「うん、聞いてるよ! 早く私も学校戻りたいなぁ」
私が退院しても、この時間は続くのかな。
ずっとずっと、続くといいな。
憂はそう思って、ニコニコとした笑みを浮かべるのだった。
終わり
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