1 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 13:53:40.62 ID:0Da1Wa4gM.net
カランコロン。
ラビットハウスの扉が音を奏でたので、
床の雑巾がけをしていたチノは反射的に顔を上げた。
「あ、すいません。今日からお休みなんです」
言いながら立ち上がる。
先程まではテーブルが邪魔で来客の姿は見えなかったが、
視界におさめてみると、入り口に立っているのは見知った人物だということが分かった。
「うふふ。おはようございます」
「青山さん! どうしたんですか?」
5 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 13:56:34.65 ID:0Da1Wa4gM.net
「ここではいつもお世話になっていますから、
少しばかりのお礼をしようかと思いまして」
ゆったりとした口調と、柔らかな物腰が大人の魅力を感じさせる。
チノの入れたブレンドを一口すすってから、
笑みを浮かべた青山翠はそう告げた。
「お礼だなんて、そんな」
「あー! 青山さんだー」
青山翠の申し出を遠慮するチノの言葉は、
大きな声にかき消された。
「おはようございます、ココアさん。ココアさんも大掃除のお手伝いですか?」
「はい! そうなんです。明日実家に帰るから、それまでに済ませておこうと思って。
ところで、青山さんがどうしてここに?」
10 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:04:37.19 ID:0Da1Wa4gM.net
シャロはバイト、千夜は甘兎庵の大掃除があると言うので、
全員が揃う頃には、もう日も傾きかけていた。
「しゅ、しゅいましぇん! バイトが長引いて」
ラビットハウスの扉が乱暴に開かれると、
肩で息をしたシャロがドタドタと店内に入ってきた。
「うふふ。お疲れ様、シャロちゃん」
千夜が口元をおさえながら、シャロに労いの声をかける。
「よし。これで全員揃ったな」
リゼはそう言うと、手に持ったトランプをテーブルに投げた。
「あー! ずるいよリゼちゃん!
今、リゼちゃんがジョーカー持ってたでしょ!?」
あと一枚で上がりと言うところだったココアは、頬をむくれさせる。
11 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:09:18.53 ID:0Da1Wa4gM.net
「もー。見たかったなぁ、リゼちゃんの罰ゲーム」
「まぁまぁ。もういいじゃないの」
「そうですよ。ただの暇つぶしに始めただけじゃないですか」
ココアはまだぶつくさと文句を言っていたが、千夜とチノがそれをたしなめた。
「ところで」
シャロがおもむろに口を開くと、全員の視線がそちらに集まった。
「今日はどういう集まりなの? ココアに呼ばれたから来たけど、
詳細がよく分からないのよ」
「確かにそうだな。そろそろ説明してくれよ。
主催者の青山さんが奥に引っ込んでから、
もうかれこれ15分は経つだろ」
リゼもシャロの意見に追従した。
12 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:13:40.99 ID:0Da1Wa4gM.net
「実は私もよく知らないんだー。チノちゃん説明してあげて」
「えっ」
ココアに突然話を振られ、チノは固まってしまった。
絶句したままゆっくりと首を回すと、その場にいる全員と目が合った。
「わ、私もよく分かりません。
お父さんは出張中なので、お店を使う時間の方は問題ないんですが」
ようやくそれだけ告げる。
「まぁ、青山さんが来たら分かるんじゃない? どうせすぐ戻ってくるでしょ」
ココアの能天気な声が響き、何人かのため息が重なる。
そして、彼女の予想とは裏腹に、
青山翠が戻ってきたのは、それから1時間ほど経ってからのことだった。
16 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:18:01.26 ID:0Da1Wa4gM.net
「すいません、みなさん。お待たせしました。
思いのほか準備に手間取ってしまいまして」
青山翠はカウンターの中で、にっこりと笑いかける。
「なんですか、これ」
チノ、ココア、リゼ、千夜、シャロ。
彼女たちの目の前に、不思議な色の液体で満たされたグラスが並べられていた。
「メロン味のかき氷に、練乳かけたみたいな色だね」
ココアのその表現は概ね正しかった。
各自一様に、グラスの中身と青山翠の笑顔を交互に見比べている。
「それは」
笑みを崩さないまま青山翠は口を開く。
全員の顔がそちらへと向いた。
「私からのお礼です。何も言わずに、飲んでくださいますか」
17 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:22:36.97 ID:0Da1Wa4gM.net
飲むのがややためらわれた。
何やら得体の知れない液体だ。
上目づかいでキョロキョロと、様子を窺うようにして、
お互いがお互いに視線を這わせる。
「わ、私」
最初に口を開いたのはリゼだ。
「飲んでみようかな」
ゆっくりと腕を伸ばし、両手でしっかりとグラスを抱えると、
ひどく緩慢な動作でそれを口元へと運んだ。
そして、徐々に徐々に傾けていく。
他の四人は、固唾を飲んでその様子を見つめていた。
クピリ。
リゼの喉が鳴る。
一口飲み下したかと思うと、一気にグラスを傾け、
一息で中身を飲み干してしまった。
18 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:27:37.43 ID:0Da1Wa4gM.net
「ぷはー!」
コトリ。
テーブルとグラスのぶつかる音が響く。
「うまい! これすごくうまいぞ!」
やや頬を紅潮させたリゼが叫ぶ。
「そう。それは良かったです」
相変わらずの笑みをたたえさせて、青山翠は声を弾ませた。
「そ、そんなにおいしいなら」
リゼに続きココアが、目の前のグラスに腕を伸ばす。
それを合図に、チノ、千夜、シャロもそれぞれグラスを手に持った。
19 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:32:02.35 ID:0Da1Wa4gM.net
「わー! おいしい! これすごくおいしいよぉ!」
「そうですね! 何杯でも飲めそうです!」
顔を真っ赤にしたチノとココアが、
手を取り合ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。
その横ではシャロが、ふにゃふにゃとテーブルにもたれかかっていた。
「これって」
薄ぼんやりとした頭で、千夜は一人考えていた。
眼前に広がっている光景は、はっきり言ってしまえば異常だった。
ココアにはさしたる変化はないが、こんなにハイテンションなチノも、
突然倒れ込んだシャロも、グラスとにらめっこをしているリゼも。
千夜はこんな彼女たちを今までに見たことが無かったし、
なにより当人たちがそれに気づいていないことが不自然に感じられた。
「青山さん。これって、何が入っているんですか」
20 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:37:17.89 ID:0Da1Wa4gM.net
「あー! 私も聞きたい聞きたーい!」
「私もです!」
ココアとチノの二人が話に割り込んできた。
「本当は秘密なんですが、特別に教えてあげましょう」
青山翠は顔に笑みを貼り付けたままでいる。
「牛乳、ハチミツ、栄養剤、ウイスキー」
ウイスキー。やはり酒が入っていたのか。
でも、あの緑色はいったい。
千夜が考えながら視線を移すと、リゼはまだグラスとにらめっこをしていた。
「それから興奮剤の一種と、覚醒剤、大麻、コカイン、ヘロインを少々」
再び千夜は視線を上げた。
「あとは致死性の毒ですね」
シャロは、テーブルにもたれたまま動かない。
21 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:41:56.61 ID:0Da1Wa4gM.net
「冗談でしたら、すぐに取り消してください」
千夜は、シャロから青山翠へと視線を移す。
青山翠は怖いほどの笑みを覗かせていた。
「冗談でも嘘でもありません。すべて本当のことです。
個人差はありますが、およそ6時間後、千夜さんを含めたみなさんは、死に至ります」
千夜にもなんとなくだがそれは分かっていた。
液体を口にした直後から、足先、お尻、手先、眉間のあたりがひどく熱を帯びている。
これは血管を広げる薬剤を投与されたときの症状だ。
経口摂取でこれほど早い効果が表れると言うことは。
「何が目的なんですか。私たちを殺したいだけなら、
こんなに回りくどいことはしないでしょう」
ココアとチノは話に飽きてしまったのか、
横でトランプタワーを作っていた。
「ふふっ、千夜さんは頭がいいんですね」
青山翠は笑う。
「私、小説のネタに詰まってしまいまして」
22 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:46:33.98 ID:0Da1Wa4gM.net
「ここに、一つの錠剤があります」
右手の親指と人差し指に挟んだ白い錠剤を、
青山翠は顔の横に掲げている。
「これを飲めばみなさんの毒は中和されて無くなりますが、
残念ながらひとつしかないんです」
ここにきて初めて青山翠は笑顔を崩し、さも申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ですから」
再び、笑みを顔に貼り付ける。
「これをあなた方四人で、奪い合ってほしいのです」
笑みが邪悪に歪む。
「それではみなさんに、ちょっと殺し合いをしてもらいますね」
24 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:51:06.14 ID:0Da1Wa4gM.net
「はい、分かりました」
千夜は立ち上がる。
「なんて、素直に言うとでも思っていたんですか」
千夜の可愛らしい顔は憎悪に歪み、ギリギリと眼前の敵を睨み付けていた。
「こっちは五人いるんですよ!? あなた一人で勝てるとでも!?」
青山翠の表情が侮蔑を含んだものへと変わる。
「五人、いるだけですよね?
まともなのは、千夜さんくらいしかいないように見えますけど」
千夜はゆっくりと首を回す。
ココアとチノはトランプを手裏剣のように飛ばして遊んでいた。
リゼはグラスとにらめっこをしている。
シャロは。
「シャロ、ちゃん?」
シャロは机にもたれたまま、動いていない。
26 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:55:30.89 ID:0Da1Wa4gM.net
「本当ならみなさんが酔いつぶれているうちに、
置手紙でも書いておこうと思っていたんですが」
「シャロちゃん!」
青山翠の言葉には耳を傾けず、千夜はシャロへと駆け寄った。
「でもそれだと信じていただけないと思って、
一人を最初に犠牲にすることに決めたんですよ。
千夜さんがいるから、今回は必要なかったかも知れませんね」
「シャロちゃん! シャロちゃん!」
千夜は友人の名を呼びながら、先程の青山翠の言葉を思い出していた。
『これをあなた方四人で、奪い合ってほしいのです』
四人で。ここにいるのは、五人のはずなのに。
「シャロちゃん!」
千夜の叫びは、途中から涙声に変わっていた。
激しく肩を揺さぶられても、シャロは何の反応も示さない。
28 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 14:59:48.17 ID:0Da1Wa4gM.net
「シャロちゃん……」
千夜は”一人”店内に残されていた。
ココアとチノは遊び疲れてしまったのか、
抱き合って床で眠り込んでいる。
リゼはグラスとにらめっこをしていて、シャロは動かない。
『装備の入ったバッグはここに置いていきますね。
四つあるからどうぞお好きなのを持って行ってください。
生き残りたいなら全部でも構いませんし、
今みなさんを殺す覚悟があるなら、そうしていただいても結構ですよ』
青山翠はそう言い残すと、どこかへ行ってしまった。
別にこのまま逃げだすことも、助けを呼びに行くことだってできる。
しかし。
「6時間……。おそらく時間が足りない」
青山翠は命を奪う毒物の他に、ドラッグの類も入れていると言っていた。
病院での検査から解毒まではさして時間がかからないとしても、
そもそも話を信用してもらえるかが怪しいところだったし、
あの女が何の策も打たずに自分たちを放っておくとも思えなかった。
「やるしか、ないのかしらね」
千夜は、四つのバッグを睨み付けていた。
29 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:04:30.21 ID:0Da1Wa4gM.net
「ふう」
四つのバッグの中身を全部床にぶちまけると、千夜は装備を整理することにした。
シャロがか細くだったが呼吸をしているのを確認して、
千夜は少し落ち着きを取り戻していた。
・武器
ハンドガン。コンバットナイフ。金属バット。ハリセン。
・食料
焼きそばパン、水500ml入りのペットボトル、それぞれ4つずつ。
・その他
防刃ベスト。マフラー。軍手。救急セット。
「何か罠でもあるかと心配していたけど、やっぱり全部開けて正解だったわね。
当たり外れが激しすぎるもの」
30 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:09:05.40 ID:0Da1Wa4gM.net
「オエエッ! ゲボォッ!」
胃袋の中身を全て吐き出した千夜は、トイレの床の上に力なくへたり込んだ。
かたわらには、とびきり度数の高い酒のボトルが転がっている。
「はぁ……。早く、行かないと。シャロちゃんが」
肩を小刻みに上下させながら、千夜は青ざめた顔で立ち上がった。
今さら吐いたところで何も変わらないだろうが、気休め程度にはなるだろう。
肩にかけたバッグを背負い直すと、フラフラとトイレを後にする。
千夜はその足で、チノの部屋へと向かった。
「あとは、あれさえあれば」
31 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:13:27.61 ID:0Da1Wa4gM.net
「チノちゃんの部屋には無いみたいね。ココアちゃんの部屋ならあるかしら」
申し訳ないとは思ったが、この緊急事態だ。
15分ほどチノの部屋を漁ってから、千夜は呟く。
「あれさえあれば、毒の種類はある程度推察できるはず」
市販の消毒液、毒の混じった液体、目薬、液状ノリがあれば。
6時間後に効果の表れる遅効性かつ致死性の毒。
水に溶けてほぼ無味無臭となると、その数自体は大して多くは無い。
種類さえある程度絞れれば、病院ですぐに処置してもらえるはずだ。
今、千夜の持っているバッグの中には、
コンバットナイフ、軍手、水×4、救急セットが入っている。
消毒液は救急セットの中に入っていたし、
毒液は自身の血液でも、グラスに残った飲み残しでも良い。
「あとは、目薬と液状ノリだけね」
千夜はそう漏らすと、チノの部屋から廊下へと出て行った。
32 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:16:24.82 ID:0Da1Wa4gM.net
「ぅん……。ん?」
目を覚ましたシャロは、ゆっくりと顔を上げた。
「うう。頭痛い」
ズキズキと脈打つような断続的な痛みが、シャロの頭蓋を鳴らす。
こめかみに手を当て、視線を這わすと、
テーブルの上にだらしなく左腕を伸ばし、
右手にはグラスを持ったリゼの姿が目に入った。
「リ、リゼしぇんぱい! どうしたんですかぁ!」
リゼの目は、何かおぞましいものでも見た時のように大きく見開かれ、
口の端では唾液があぶくを立てていた。
「リゼしぇんぱい!」
シャロが慌ててその肩を揺さぶる。
リゼは口から大量のどす黒い血液を吐き出して、
テーブルに崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。
33 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:20:16.54 ID:0Da1Wa4gM.net
「な、何してるのよ。あれ」
トイレから戻ってきたココアは、慌てて陰に身をひそめた。
シャロちゃんが何かしたら、リゼちゃんが死んじゃった……?
ココアは、先程自身が目を覚ました時に、
カウンターの上に並べられていたものを思い出していた。
拳銃。金属バット。ハリセン。惣菜パンに、黒くてごわごわした服、マフラー。
何か余興に使う物だと思っていたが。
まさか。
あの拳銃は、……本物?
ココアは身を震わせながら、逃げるようにして自分の部屋へと向かった。
34 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:27:59.99 ID:0Da1Wa4gM.net
ガチャリ。
扉が鳴るのとほぼ同時だったと思う。
風を切るような音とともに、胸に焼けるような熱さを覚えた。
やられた。
そう思ったときには、もう遅かった。
「ゴボォッ!」
熱は胸から喉へ、口腔から外へとまき散らされた。
原因を確かめるように、胸元へと手を伸ばす。
「オエエエエッ……」
立っていられず、廊下に膝をつく。
そのまま両手を胸に当て、身体を前に倒した。
「はぁ……っ! はぁ……っ!」
手に触れた固いものを必死に引き抜こうとする。
力が入らない。血で滑る。
胸に深々と刺さったそれを引き抜くことは、とうとう叶わなかった。
35 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:31:44.84 ID:0Da1Wa4gM.net
「千夜ちゃん!」
長い廊下の向こう。
自身の部屋の前にうずくまっている人影が千夜だということに、
ココアはすぐに気付いた。
「千夜ちゃん! どうしたのよ、それ!」
半ば叫ぶようにしながら、ココアは千夜に駆け寄った。
慌てて抱き起こすと、胸にスチール製の矢が突き刺さっていることが分かる。
「ココア、ちゃん」
やや光を失った瞳に、千夜は涙を浮かべていた。
「いったい誰に」
言いかけたココアの前に、千夜が手に持ったバッグを掲げる。
「これを」
微かに震えるそれを、ココアは無言で受け取った。
千夜が薄らと笑みを浮かべ頷くと、その身体から一切の力が抜けた。
36 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:36:08.93 ID:0Da1Wa4gM.net
泣いてばかりもいられない。
ココアは腕でごしごしと涙を拭うと、バッグの中身をあらためた。
「ナイフ、軍手、救急セット、お水……」
千夜は戦う気でいたのだろうか。
この装備を見るに、そうとしか思えない。
「いや、違うよ」
ココアはブンブンと首を振る。
死の間際、千夜は笑っていた。
あの意味を、悲しみに涙をこぼしながら、ココアは必死に考えていたのだった。
「おそらく、敵は一人」
千夜は、きっと託したのだ。
仲間の未来を。
ココアの脳裏に、テーブルの上に崩れ落ちたリゼの姿が浮かんだ。
「待っててね、シャロちゃん」
ココアは決意を固め、ゆっくりと立ち上がる。
37 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:40:47.48 ID:0Da1Wa4gM.net
いた。
ココアが階下を覗き込むと、
カウンターの前で拳銃を弄んでいるシャロの姿が目に入った。
リゼは変わらずテーブルに伏せっていて、
チノはまだ寝ているのだろうか、床で丸まっている。
シャロが突然拳銃を放り投げ、金属バットを手に持つと、
ココアの居る階上を睨み付けた。
「……っ」
思わず声が漏れそうになった。
軍手をはめた両手で口元をおさえ、ココアは慌ててその身を隠す。
ばれたのだろうか。
左胸で心臓が、狂ったように跳ねている。
両手を口に当てがったまま、必死に息を押し殺す。
軍手についている滑り止めが、
特有のゴム臭さをココアの鼻腔に残していた。
38 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:45:00.08 ID:0Da1Wa4gM.net
いる。
先程から、階段からは意識を外していない。
”千夜を殺した”ココアは、まだあの上に、いる。
階上の様子を見に行ったときに、たまたま見かけた、殺害現場。
「やっぱり、私には扱えそうにないわ」
必死に怒りを抑えながら、シャロはあえてそう口に出した。
心を落ち着かせるためにわざと独り言を言うのは、
受験勉強の時に身に着けたシャロの癖のようなものだった。
「冷静に。冷静に」
使い方の分からない拳銃は諦め、金属バットを手に取った。
千夜の死に様から察するに、ココアはおそらく刃物を持っているだろうが、
不意打ちでもない限り、リーチのあるこちらが有利なはずだ。
「ふうー……。はぁー……」
深呼吸も、わざと大きな声でする。
心のざわつきを鎮めると、シャロは敵の居る階上を睨み付けた。
39 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:50:11.35 ID:0Da1Wa4gM.net
ちょっと! なんで上がってくるの!?
ココアは半ばパニックに陥りかけていた。
不意打ちで倒すことばかりを考えていて、
相手が向かってくることは想定の外だった。
なるべく足音を立てないように、
しかし、相手に追いつかれないように、素早く。
ココアはペタペタと床に手を突きながら、
爬虫類のように不恰好な走り方で、一番近くの部屋の中へと逃げ込んだ。
ガチャリ。
ノブの音が、うるさいくらいに響く。
バレませんように。バレませんように。バレませんように。
更衣室の隅に丸まりながら、ココアは祈るように両手を合わせていた。
40 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:54:59.96 ID:0Da1Wa4gM.net
「ゴボェェッ……!」
もう液体というよりも個体に近い黒い塊を、リゼは最後の力を振り絞って吐き出した。
ヘドロのように朦朧とする意識の中で立ち上がる。
その動作の愚鈍さは、さながらナメクジか、死にかけのクジラだ。
「グェ……、グゲゲェ……」
呼吸のたびに、喉が異音を奏でる。
何度も転びかけながら、リゼはゾンビのように足を進めた。
「ゴゲェ……」
薄靄がかった歪んだ世界の中に、リゼはあるものを見つけていた。
必死に伸ばした手が、それを掴まえる。
「グググググ……」
黒光りする拳銃を手中に収めると、
笑い声のような奇妙な音を喉から鳴らせて、リゼは床に倒れ込んだ。
41 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 15:59:29.84 ID:0Da1Wa4gM.net
「どうやら行った、みたいだね」
階下でした物音に、ココアは安堵していた。
シャロは再び階下へと降りていったのだろう。
ココアはこの幕間に、状況を整理することにした。
この建物には現在、六人の人間がいるはず。
私、チノちゃん、シャロちゃん、千夜ちゃん、リゼちゃん、青山さん。
千夜ちゃんとリゼちゃんは死んでいて。
二人とも、シャロちゃんに殺されたんだ。
「……」
ここまで考えて、ココアの瞳にはまた涙が浮かんだ。
思わず泣き出しそうだったが、顔を洗うようにして両手でこすると、
力強く首を振る。
泣いてる場合なんかじゃない。
ココアの頭は、再びフル回転を始めた。
42 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:04:40.49 ID:0Da1Wa4gM.net
さっきの一階での物音は多分シャロちゃんだろうから、
シャロちゃんは一階にいるはず。
青山さんは。
青山さん。
そういえば。
青山さんはどこへ行ったんだろうか。
彼女も一階のどこかにいるんだろうか。
それとも。
ココアの脳裏に、嫌な考えが浮かんだ。
もしかして、彼女も、もう。
頭を激しく振って、嫌な考えを追い出す。
いくら考えても答えは出なさそうなので、
ココアは青山翠のことを後回しにすることにした。
43 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:09:26.17 ID:0Da1Wa4gM.net
あとはチノちゃんだけど。
彼女は、店内の床に丸まって寝ていたはずだ。
先程階上から覗き見た光景を、ココアは頭に思い浮かべる。
「ああ!」
思わず叫び、立ち上がった。
何をしているんだろう。
馬鹿か。私は。
必死にノブに組み付く。
一番危ないのは彼女じゃないか。
守ってあげないと。お姉ちゃんである私が。
扉を開け放つと、一気に廊下に飛び出す。
「あら。そんなところにいたの、ココア」
鈍い光が、ココアに襲い掛かった。
44 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:14:19.97 ID:0Da1Wa4gM.net
「あっぐうううっ!」
右腕に激痛が走り、ココアは思わずその身を丸めた。
手に持っていたナイフが床に落ち、重厚な金属音を響かせる。
「よくもやってくれたわね、ココア。許さないわよ」
その声にココアは、ゆっくりと顔を上げた。
血走った目に涙を浮かべたシャロが、金属バットを構えているのが目に映る。
「な、何の話……」
言いかけたココアの目の前で、シャロが金属バットを頭上高く振りかぶった。
「返して……っ! 千夜を返してよぉっ!」
声も出せなかった。
フルスイングで放たれた金属バットの一撃をもろに頭頂部に受けると、
ココアの意識は一瞬で黒く塗りつぶされた。
45 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:20:08.96 ID:0Da1Wa4gM.net
「ただいま帰りましたー。って、あら?」
ラビットハウスに帰ってきた青山翠は、店内の様子を見て少々驚いた。
「一人くらい罠にかかってると思ったんですが」
正面玄関から裏口、全ての窓に至るまで。
外に出ようとして内側から開けると、
高圧電流が流れて死に至る仕組みになっていたのだった。
「リゼさんの死体も無いですし、彼女たちはいったい何してるんでしょうねぇ」
カウンターに向けて歩く彼女の背後で、
黒い影が静かに蠢いていた。
46 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:24:55.92 ID:0Da1Wa4gM.net
待ってろよ、お前たち。私が、全員救ってやるからな。
ラビットハウス店内。
倒れたテーブルの陰に、リゼはその身を隠していた。
千夜と青山翠の会話を、
半ば朦朧とした意識の中でリゼは聞いていた。
彼女が黒幕だということも当然分かっている。
今、一泡吹かせてやるぞ。
リゼはテーブルの陰から肩から上だけ乗り出すと、
数メートル先のカウンター前にいる青山翠の頭部へと、その照準を定めた。
47 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:30:06.53 ID:0Da1Wa4gM.net
「う……。い、ったぁ……い」
頭の中で半鐘でも鳴り響いているような、
割れんばかりの頭痛の中でココアは目を覚ました。
「おはよう。ココア」
「ひっ」思わず息を呑む。
廊下に這いつくばって頭をもたげた自分を、
シャロが見下ろしている。
ココアは全身が震え、合わなくなった歯の根が、ガチガチと音を立てる。
「はぁ」シャロは申し訳なさそうに嘆息した。
「ごめんなさい。そんなに怯えないで」
ココアはもう冷静に物事を考えられなくなっていた。
固く閉じた瞼の隙間から、涙がぽろぽろと零れ落ちている。
48 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:35:02.63 ID:0Da1Wa4gM.net
「私、あまりの怒りで……、ううん。悲しみの方が大きかったかも知れない。
そのせいで、ちゃんとした判断ができなくなっていたのよ」
どうやらシャロも泣いているようだった。
ココアは震えながらも、怯えた視線をシャロに送った。
「千夜が死んだ、って。ココアに殺された、ってさ」
ココアは必死に立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。
芋虫のように床を這いながら、懸命に叫ぶ。
「ち、違うよ! 私は、千夜ちゃんを殺してない! 殺すわけない!」
シャロは変わらず涙を流しながら、悲しげな笑みを浮かべる。
「ええ、分かってるわ。私ちょっとヘンだったのよ。
ココアが人を、ましてや、千夜を殺すわけなんて、ないんだもの」
49 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:40:03.40 ID:0Da1Wa4gM.net
よし。ここだな。
視界が揺れる。腕が震える。
リゼは最悪のコンディションの中で、腋の下は倒したテーブルの淵に、
銃を構えた両手は椅子の上に固定することによって、
なんとか照準を合わせることに成功した。
何をしているのか、青山翠は先程からカウンター前の椅子に座ったまま、
動こうとしない。
今がチャンスだった。
あとは、撃つだけだ。
発射する際の衝撃で狙いがぶれないよう、慎重に体勢を確かめる。
納得のいく位置で構えると、リゼは静かに神経を研ぎ澄ませた。
撃つ。
私は、青山翠を殺す。
リゼが、引き金に人差し指をかけた。
そのとき。
「あ、青山さん。他のみんなはどこに行ったんでしょう」
目を覚ましたチノの発した声に反応して、青山翠が振り返った。
50 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:44:54.17 ID:0Da1Wa4gM.net
「立てる?」
ココアはシャロに抱えられて、ようやく立ち上がった。
「う、うん。なんとか、ね」
気を失っている間に、シャロが巻いてくれたのだろう。
痛む頭に手をやると、包帯の感触が指先につたわる。
「あの、リゼちゃんは」
ココアは気になっていたことを口にした。
シャロがやったのでないのなら、
どうして彼女は、血みどろになって死んだのだろうか。
「ん? リゼ先輩?」
振り返ることもなく、シャロは軽い調子で答える。
「下でチノちゃんと遊んでるんじゃない」
ぞくり。
ココアの背筋に、冷たいものが走った。
51 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:50:16.33 ID:0Da1Wa4gM.net
なんて私は馬鹿だったんだろうか。
シャロはココアの前を歩きながら、一人反省していた。
ココアが人なんて殺すわけがないのに。
千夜、リゼ先輩に続いて、友人をまた失うところだった。
しかも、自らの手によって。
「あの、リゼちゃんは」
背後から声がする。
そうか。ココアは、リゼ先輩が死んだことを知らないんだ。
「ん? リゼ先輩?」
死に際を思い出すと、また涙が溢れてきた。
「下でチノちゃんと遊んでるんじゃない」
死んだことを告げると思いが決壊しそうだったので、
シャロは咄嗟にそう答えてしまった。
52 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:54:55.06 ID:0Da1Wa4gM.net
どくん。どくん。
心臓の音が、うるさい。
一気に景色から現実感が失われたような気がした。
リゼちゃんは確かに死んでいたのに。
どうしてシャロちゃんは嘘を吐くんだろう。
ココアは考える。
やっぱり。シャロちゃんが。
ちょうど目の前を歩くシャロが、先程ココアの取り落したナイフの上を通過した。
ココアは歩きながら身をかがめ、それを静かに拾う。
やっぱり。シャロちゃんが。
心臓の音は、相変わらず、うるさかった。
53 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 16:59:37.73 ID:0OwFkl7lM.net
行け。今しかない。行け。
ココアは自分に言い聞かせる。
左胸のイカれた臓器が、ココアの意識を遠のかせた。
「どうしたのよ? ココア」
シャロが振り返った。驚いたように目を丸め、そのまま固まっている。
行け。今しかない。
「行けえええええええええっ!!!!!!!」
叫び、手に持ったナイフを、シャロの左胸に突き立てる。
肋骨にぶつかる感触を少し残しただけで、ほとんど何の抵抗もなくそれは、
深々とシャロの体内に飲み込まれていった。
ココアの身体を抱きしめるように、シャロは震える両腕を伸ばす。
「しん…………っ!」
死んじまえ。だろうか。
安っぽい呪いの言葉を吐いて、殺人者であった友人は、
ココアの腕の中で物言わぬ骸となった。
54 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:05:04.53 ID:0OwFkl7lM.net
ココアはちゃんとついて来ているのだろうか。
シャロは、背後の静けさが気になった。
「どうしたのよ? ココア」
振り返ると、ナイフを持ったココアの姿がそこにあった。
目は血走っていて、呼吸は荒い。
肩を上下させながら、両手でナイフを構えている。
「行けえええええええええっ!!!!!!!」
まず衝撃が、シャロを襲った。
それから痛み。息苦しさ。喉の奥から止めどなく血が溢れる。
嘘でしょ、ココア。まさか、あなたが。
シャロは懸命に、友人へと腕を伸ばした。
「しん…………っ!」
信じてたのに。
もう痛みも、苦しさも無かった。あるのはただの悲しみだけ。
それすらも、彼女の命とともに、どこかへ消えた。
57 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:09:49.61 ID:0OwFkl7lM.net
「ひぃっ!」
リゼの放った弾丸は、青山翠の頭部をわずかに逸れて、
カウンター奥に並んでいる酒瓶の一つを割った。
くそ……っ!
居場所がばれてしまっては、もう不意を突くチャンスは無い。
リゼは残りの五発全弾を、そのまま撃ち放った。
「きゃあああああっ!!!!!!」
青山翠は無様に頭を抱えて、身体を丸めた。
その背後で酒瓶が、派手な音を立てて炸裂する。
「ちょ、ええ」
その様子をチノが、二人の間で呆然と眺めていた。
全てを撃ち尽くすと、リゼは弾倉の空になった拳銃を、力なく取り落とす。
カウンター前では髪の毛から酒の雫を滴らせた青山翠が、
頭を抱えながらリゼのことを睨み付けていた。
58 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:14:52.62 ID:0OwFkl7lM.net
「リゼさんってすごいんですねぇ。
特別製のすぐ死ぬ方を飲ませておいたんですけど」
倒れたテーブルにもたれかかったリゼを見下ろしながら、
青山翠が厭味ったらしい口調で言った。
もう顔を起こす力もないリゼは、そのまま口を開く。
「ああ。私は特殊な訓練を積んでるから」
リゼの言葉を聞いて、青山翠は吹き出した。
「うふふ。失礼しました。ひどい声ですね?
口の中から喉から食道、胃の中まで全部ただれちゃってるんじゃないですか?」
その通りだった。
リゼの身体は、並の人間なら既に死んでしまっているほどに、
内側からやられてしまっているのだ。
「リゼさんは少しそこで寝ていてくださいね。
私はチノさんの相手をしてきますから」
リゼは大きく目を見開き、弾かれたように顔を上げた。
そして、力の限りに叫ぶ。
「チノ! 逃げろ!」
59 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:19:55.90 ID:0OwFkl7lM.net
「お待たせしましたー」
先程と同じ液体を飲まされたのだろうか。
チノは青山翠に渡されたグラスの中身を飲み干すと、
再び床に丸まって眠り込んでしまった。
「あー、やっぱり中身が気になります?
今飲ませたのはただお酒に眠剤混ぜただけのやつですよ。
飲みやすいように、ヨーグルトとメープルシロップも加えましたけど」
リゼの視線に気づいたのか、青山翠は聞いてもいないのにそう告げた。
「あ、そうでした。私、リゼさんのあれが見たかったんです」
両手を顔の横で打ち鳴らすと、青山翠は満面の笑みを浮かべる。
「軍用近接格闘術。CQC? って言うんでしたっけ。ちょっと私にやってみてください」
60 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:25:04.28 ID:0OwFkl7lM.net
あまり、舐めるなよ。
死力を振り絞って立ち上がると、リゼは身構えた。
手足は震え、額には脂汗が浮く。
青山翠は笑顔のまま、小馬鹿にしたようにパチパチと拍手した。
「すごーい。様になってますねぇ」
そのままリゼの正面まで無防備に歩いてくると、
胸のあたりを思い切り両手で突き飛ばした。
椅子やテーブルを巻き込みながら、リゼはもんどりうって後ろに倒れる。
「あっ……、ぐうう……」
毒によるダメージが巡っているせいだろうか。
全身を、中から外から切り刻まれるような痛みだった。
床の上を力なく転がりながら呻くリゼの顔は、
苦悶にひどく歪んでいる。
それを見下ろしながら、青山翠は相変わらず笑みを崩さない。
「ほら。早く立ってください。CQC、見せてくれるんでしょう?」
61 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:30:03.61 ID:0OwFkl7lM.net
「はい。また私の勝ちですねぇ」
リゼは何度も床に叩きつけられた。
身体の中は、内臓を素手で鷲掴みにされ、引きちぎられるような痛みを発していたし、
感覚の無くなった手足は、なぜか痛覚だけ普段の数万倍になったかのように、
脳を狂わせるほどのシグナルを常に送り続けていた。
「軍人仕込みのCQCってものは、存外大したことないんでしょうか」
もう声も出せない。
リゼの命の灯火は、確実に消えかかっていた。
「あとはあれが聞きたかったんですけど。
『もう殺せぇ』っていうの、あるでしょう?」
何も見えない。聞こえない。
リゼの瞳から、光が失われた。
「ああ。もう聞けないみたいです。残念でした」
62 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:35:03.51 ID:0OwFkl7lM.net
「あとはチノさんだけ……?」
床に寝転ぶチノに歩み寄る途中、
青山翠は背後から何かがぶつかる感触に、その動きを止めた。
同時にわき腹のあたりに違和感を覚える。
「え」
一瞬後ろに送った視線が、わき腹のあたりでさまよった。
何か小さな突起が生まれていて、そこからみるみると服が赤く染まる。
「ココア、さん」
完全に存在を失念していた。
というよりも、この場にいない人間は、
二階に仕掛けた数々のブービートラップで死んだものと思っていた。
後ろにいたのはココアだった。
背後から襲い掛かってきたココアが、
青山翠のわき腹をコンバットナイフで貫いていたのだ。
「チノちゃんは私が守るよ。だって、お姉ちゃんだから」
63 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:40:00.82 ID:0OwFkl7lM.net
「あれ、ココアさん」
「おはよう。チノちゃん」
ココアの腕の中で目を覚ましたチノは、
起こした頭をゆっくりと回した。
ここが自身の部屋のベッドの上だと分かり、少し安心する。
頭がちょっとだけ痛んだ。
「みなさんは、どこへ行ったんでしょう」
チノの問いに、ココアは薄らと笑みを浮かべると、目を閉じた。
「千夜ちゃんとシャロちゃんは私の部屋にいて、
リゼちゃんはキッチン。青山さんは家に帰っちゃったよ」
その返答に、チノは少し残念そうな表情を浮かべる。
「そうですか。青山さんは、帰っちゃったんですね」
他のみんながなんでバラバラにいるのか少し気になったが、
それを考えると頭の痛みがひどくなったので、
チノはココアの腕の中で、再び目を閉じた。
64 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:45:11.58 ID:0OwFkl7lM.net
『次のニュースをお伝えします』
「あ、ラビットハウスだ」
部屋でゴロゴロとしながらテレビを見ていたマヤは、
思わず声を上げた。
画面には、見慣れた建物が映し出されている。
『今日未明、店舗併用住宅で、五名の遺体が見つかりました』
思わず手に持ったスマフォを取り落してしまう。
それも気にせず、マヤは流れ続けるニュースへと釘づけになった。
『なんらかの薬物により中毒死したと思われる遺体が三体、
残りの二体の死因は外傷性ショックとなっていますが、
体内から同様の薬物が検出されており、
捜査当局は、事件・事故両面から捜査を続けていく見通しです』
65 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:50:10.44 ID:0OwFkl7lM.net
「もう! なんなんだよ!」
泣き腫らした顔で、葬式帰りのマヤは川に向かって石を放り投げた。
「マヤちゃん……」
同じように顔を腫らしたメグが、心配そうにマヤのことを見つめている。
年末年始で捜査に人員を割けなかったこと。
司法解剖に手間取ったこと。
二つの事情から、五人の葬式は遺体発見の日から三週間もずれ込んだ。
マヤが苛立っているのは、それも当然理由の一つだったが、
最大の原因は違っていた。
「あいつらが、そんなことするわけないのに」
マヤはその場に崩れ落ちると、大粒の涙を再びこぼし始めた。
彼女が苛立っている最大の理由。それは。
捜査当局が『ドラッグパーティ中の事故』として、
事件の捜査を打ち切ったことだった。
67 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:55:08.01 ID:r+YWvq6kM.net
「うふふ。どんどんアイデアが湧いてきます」
青山翠は、血走ったまなこで机に向かっていた。
握った万年筆、原稿用紙に血がにじんでいる。
「手が止まりません。これは、超大作の予感です」
口元には笑みを浮かべ、しかし目は大きく見開き。
狂ったように右手を動かし続けていた。
「やはり。私の考えに間違いは無かったようですね」
書くネタが無いなら、自ら作ればいい。
彼女の拙い理論は小さな文机の上で、一つの作品の萌芽を待って、
完成されようとしていた。
68 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 17:59:33.49 ID:r+YWvq6kM.net
あれから10年の年月が流れた。
マヤは大学を1年前に卒業し、今では地元の企業でOLをやっている。
しかし、今日この日まで、事件のことを片時も忘れたことは無かった。
事件の被害者である五人の無実を信じて疑わなかったし、
捜査再開の嘆願書も、大勢の人たちの署名付きで何度も送付していた。
それでも、彼女の悲願である真犯人の逮捕はおろか、
捜査再開の目処すら一向に立つ気配はない。
やきもきとしながら日々を送っていたマヤであったが、
ある日、旧友であるメグの一言で、事件は進展を迎えることとなる。
「ねぇ、マヤちゃん。知ってる? この小説」
69 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:04:46.92 ID:r+YWvq6kM.net
メグがそう言って差し出したのは、一冊の文庫本だった。
マヤは両手を上に広げて差出し、黙ってそれを受け取る。
一般的なものよりも分厚く、その重みのせいか、
手のひらの上で存在を主張しているようにマヤには感じられた。
「これが、何?」
しげしげとそれを眺めていたマヤだったが、たまらず口を開く。
表紙やタイトルから、ミステリーか何かの類だということは分かった。
薦めてもらって申し訳ない気もしたが、
まだこういった内容のものを読む気はしない。
「悪いんだけど」
言って、返そうとしたが、
深刻な表情を浮かべたメグの顔を見て、マヤは手をひっこめた。
何事かとしばし見つめたままでいると、メグがやおら口を開いた。
「それ。あの事件の犯人じゃない? 書いた人」
71 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:10:00.04 ID:r+YWvq6kM.net
馬鹿な。
マヤは思ったが、メグがそんな冗談を言うとも思えない。
必ず読むと約束して、その場は別れることにした。
「似てる……。確かに」
家に帰るとすぐに、マヤは机に向かい本を取り出した。
かたわらには、先程買って来たばかりの新品のノートがある。
気になったところをメモして、メグと意見交換をするためだ。
「でも」
さすがに人物の名前は違っていたが、
読み進めれば読み進めるほど、事件との類似点は多く見られた。
しかし、一人だけ、詳細の分からない人物がいる。
事件の被害者は五人。
だが、この小説の登場人物は六人いるのだ。
「これが……?」
この謎の人物こそが、小説の執筆者であり、同時に事件の犯人なのだろうか。
作品の中で暴虐の限りを尽くすその人物に、
マヤはひどい嫌悪と、吐き気を覚えていた。
72 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:14:57.26 ID:r+YWvq6kM.net
「ただ単に、その事件をモデルに書いただけなんじゃないの?」
警察に持って行ったが、その一言で一蹴されてしまった。
「それを調べてもらいたいんです!
もしかしたら、犯人しか知り得ないことが書いてあるかも」
「確証が無ければ動けないよ。こっちだって暇じゃないんだから」
窓口にいた初老の警察官は、面倒くさそうに顔の横で手をひらひらと振る。
「彼女たちをよく知ってる人じゃないと、あそこまで細かく書けないですよ!
好きな物とか、身に着けていたアクセサリーとか」
涙目のマヤが必死に食い下がると、
初老の警察官は、じっとりとした視線を彼女に向けた。
73 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:19:54.38 ID:r+YWvq6kM.net
「君ねぇ、もう何回もその事件のことで来てるでしょ?
うちじゃちょっとした有名人なんだよ。しつこいって」
突き放すような口調だったが、マヤは何も言い返せなかった。
「一致する部分なんてただの偶然でしょうよ。
人はね、そうだって思い込みだすと、
頭の中で都合のいいように事実まで捻じ曲げちゃうんだから」
悔しさに震えながら、マヤはただ俯いていた。
「友達のことは残念だったとは思うけど、
ドラッグパーティなんてしてたんだから自業自得だって」
初老の警官が鼻で笑う。
「君もさぁ、そんな悪い友達のことなんかさっさと忘れて、
早く新しい友達見つけなよ。なんていうか暗いよ、君」
75 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:25:03.97 ID:r+YWvq6kM.net
ぼちゃん。
マヤの放り投げた石を飲み込むと、川面が円形に水を弾けさせた。
「くそ……。なんなんだよ……」
溢れる涙を拭おうともせず、マヤは清流を睨み付けている。
そこに初老の警官の顔が浮かんできたので、再びマヤは石を拾った。
ぼちゃん。
また川面が弾ける。
「くそぉ……っ」
そのまま地面にへたり込んだ。
ありがちな内容の小説なんて、証拠としては扱えないのかもしれない。
捜査を再開させるための動機としては、弱いのかもしれない。
それでも。それでももっと、まともな応対を期待していた。
返ってきたのは友人と、自分の人生を否定する言葉だけ。
地面に座り込んだまま、マヤは止めどなく大粒の涙をこぼし続けていた。
77 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:30:05.48 ID:r+YWvq6kM.net
「そう……。残念、だったね」
翌日。警察で言われたことを、マヤはメグに告げた。
話している最中も、悔しさなのか、怒りなのか、悲しみなのか、
よく分からない涙が溢れてきて止まらなかった。
「大丈夫だよ。マヤちゃんは、一人じゃないから」
喫茶店の、小さなテーブルの向こうでそう言ったメグの姿が、
マヤにとってはとても頼もしいものに思えた。
「うん。ありがとう」
涙をこぼしながら礼を述べる。
メグはそれを笑顔で受けた。
「それで。私考えたんだけど」
突然真顔になったメグは、顔を寄せると声を潜めて喋りはじめた。
どうやらメグは、最初から警察には期待していなかったらしい。
警察への愚痴、悪態をひとしきり吐き終えると、こう続けた。
「私たち二人で犯人を捕まえよう。
誰かって言うのはもう、分かっているんだから」
78 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:35:02.01 ID:r+YWvq6kM.net
青山ブルーマウンテン。
本名、青山翠。
マヤの記憶にはない人物だったが、メグは憶えがあるらしい。
事件発生直前に、何度か会ったことがあるというのだ。
「これが、事件の犯人」
「おそらくはね。ところでマヤちゃん。本当に憶えてないの?」
何度もおぼろげな記憶を辿ったが、マヤには全く心当たりが無かった。
メグの質問に、やや遠慮がちに首を縦に振る。
「そう」メグは小さく嘆息した。
「まぁ、見たら思い出すかもしれないし」
伝票を手に持つと、立ち上がった。
それをマヤが視線で追う。
「じゃあ、行こうか」マヤの目をまっすぐ見据えながら、メグは言う。
「どこへ?」マヤが首を傾げた。
軽く目を閉じ、深呼吸をしてから、メグが答える。
「家だよ。青山翠の、ね」
79 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:39:58.83 ID:r+YWvq6kM.net
まさか、こんなに近くに住んでいるとは思っても見なかった。
バスに揺られること20分、そこから歩いて15分ほどのところに、彼女の家はあった。
彼女。青山翠。
十中八九、あの事件の犯人だ。
「準備は良い? マヤちゃん」
一般的な物よりもやや小さな一軒家。
その玄関の前で、メグは最後の確認をする。
「ここまで来て、帰るとかないよ」
81 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:45:01.53 ID:r+YWvq6kM.net
睨み付けるようにして、マヤは扉を凝視していた。
メグは無言のまま力強く頷くと、一歩踏み出し、インターフォンを押す。
ピンポッ、ピンポッ、ピンポッ。
間の抜けた音が、扉越しに薄らと聞こえる。
二人は耳に意識を集中させるが、物音や、人の気配などは感じられない。
ピンポッ、ピンポッ、ピンポッ。
横から手を伸ばしたマヤが、もう一度インターフォンを鳴らした。
留守、なのだろうか。
二人は一瞬顔を見合わせ、また玄関へと視線を戻す。
しばらくそのまま待っていたが、誰かが出てくる気配はない。
「もう」帰ろうか。
マヤが、そう言いかけた時だった。
「はーい。どちら様でしょうか」
トタトタと駆ける音と、声が家の中から聞こえた。
83 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 18:50:05.78 ID:r+YWvq6kM.net
「あなた方は」
扉の隙間から顔をのぞかせた女性は、きょとんとした表情を浮かべていた。
この人が青山翠、なのかな。
マヤは記憶を辿ったが、やはりその中に一致する人物はいなかった。
思わずまじまじと、出迎えてくれた女性を観察してしまう。
女優か何かと間違えてしまいそうな、驚くほどの美人だ。
こんな人が殺人なんて。
ましてや、あれほどまでに残虐な行為に及ぶとはマヤには到底思えなかった。
「お久しぶりです。私、奈津恵と言います。覚えていますか。青山さん」
マヤがあれこれ考えていると、横でメグがそう挨拶をした。
慌てた様子で、マヤも会釈をする。
相変わらず驚いたような顔でこちらの様子を窺っていたその女性は、
何かを思い出したのか、ふ、と笑顔になった。
「メグさんに、マヤさん。ですよね。ちゃあんと覚えていますよ。
立ち話もなんですから、どうぞ上がってください」
玄関を大きく開くと、青山翠は二人を家の中へと招き入れた。
85 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:03:39.49 ID:r+YWvq6kM.net
自分の名前を憶えているということは、やはり会ったことがあるのだろうか。
青山翠の出してくれたお茶をすすりながら、マヤはそんなことを考えていた。
「ずいぶんとお久しぶりですねぇ。
今日はいったい、どんな風の吹き回しでいらしたんでしょうか」
青山翠は笑みを浮かべて二人にそう尋ねると、
一口お茶をすすり、口を潤した。
どう、答えるべきだろうか。
マヤはここに来るまで、青山翠のことを、
それこそ殺したいほどに憎んでいた。
しかしいざ目の前にすると、本当にこの人が犯人なのかと、
それすら疑わしく思えてしまう。
86 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:10:07.44 ID:FKjv++ZqM.net
何も言葉が出てこないマヤは、もじもじとしながらメグへと視線を送る。
メグは、鋭い眼光で青山翠を見据えていた。
「ひとつ。お尋ねしたいことがあってきました」
「あら。なんでしょうか」
メグの言葉に、青山翠は顔から笑みを消すと、
不思議そうな表情を浮かべ首を傾げた。
やはり綺麗な人だな。
憎き仇かも知れない相手を目の前にして、マヤは心の底からそう思う。
その横で、しばし睨み付けるようにして、メグは青山翠のことを黙って見ていたが、
一息吐き、肩から力を抜くと、やおら口を開く。
「青山さん。殺しましたよね」
青山翠の顔から、表情が消えた。
「私の友人たちを」
88 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:14:54.93 ID:FKjv++ZqM.net
「読みましたよ。この本」
メグはカバンから、一冊の文庫本を取り出した。
普通よりも分厚いそれを、顔の横でひらひらと振る。
「そうですか。ありがとうございます」
青山翠は無表情のまま、抑揚のない声で礼の言葉を述べた。
そして、やや眉根を寄せて言葉を続ける。
「それで。殺した、というのはどういうことでしょう。
あの事件のことなら、私も大変胸を痛めたんですよ」
胸に手を当て、沈痛な面持ちで俯く。
「ココアさん。チノさん。リゼさん。千夜さん。シャロさん。
みなさん、私の大事な人たちでした」
小刻みに震えている彼女を見て、この人は本当に悲しんでいるんじゃないかな、
とマヤは思っていた。
浮かべている表情、佇まいは、とても演技には見えない。
「仮にそうだとして」
メグが口を開く。相当に強い口調だった。
「なんで本なんかにしたんですか。
本当に悲しいのなら、そんなことはしないはずです」
90 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:19:55.79 ID:Ke54IXj2M.net
「それは」
青山翠は相変わらず、俯いたまま震えている。
「私も悩みました。けれど」
長いまつ毛を揺らして瞬きをすると、一粒、二粒、涙がこぼれた。
「それが私の使命だと思ったんです。
小説にして出版することで、事件を風化させまいとしたんです。
もしかしたら、これで犯人が捕まるかも知れない。そういう気持ちも当然ありました」
青山翠がそこまで言ったとき、突然、大きな音が鳴った。
メグが立ち上がり、机に思い切り両手を叩きつけたのだ。
「だとしても!」
マヤはぎょっとして、そちらへと顔を向ける。
青山翠は俯いたままだった。
「どうしてあそこまで残酷な描写にしたんですか!
好きな人同士が殺し合い、絶望の内に死んでいくなんて!
想像するだけで吐き気がしました! 私、あんなもの見たくはなかった!」
メグも泣いていた。
半ば叫ぶようにして、自身の心中を吐露する。
91 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:24:52.06 ID:9Zf1ajrKM.net
「じゃあなんで全部読んだんでしょうか」
いつの間にか、青山翠は正面を見据えていた。
「見たくないのでしたら、本を閉じれば良かったでしょう。
なんでそこまでして全部読んだんですか」
「それは」
次はメグが俯く番だった。そのまま、口を開く。
「これを読めば、犯人が分かるかと。犯人しか知り得ないことが」
「因果関係が逆じゃないでしょうか」
青山翠が言葉を遮る。
「全部読んだ上で、そうおっしゃるのなら分かりますよ。
私が聞いているのは、なぜ苦痛に思いながらも読み進めたのか、です。
その小説を書いた人物、まぁ私のことですけど、
それが犯人だという確証を持って読むのなら理解できますが」
マヤは、メグに勧められて本を読み始めたことを思い出した。
そうでなければ、こんな本を手に取りすらしなかっただろう。
「メグさんは探していただけですよね。罪を擦り付けられる人物を」
メグが驚いたように顔を上げる。
「あの事件の犯人は。メグさん、あなたなんじゃないでしょうか」
92 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:29:55.06 ID:PidYyNOuM.net
「デタラメ言わないでください! 何を根拠に」
「それはこちらのセリフです」
激昂するメグとは対照的に、青山翠は至って冷静だった。
間に割って入ることもできず、マヤは双方の顔を交互に見比べていた。
「事件をモデルに小説を書いただけで犯人扱いされるなんて、
たまったものじゃありません」
メグは涙を流しながら、荒い呼吸を繰り返していた。
「それにメグさん言いましたよね。
友人同士が殺し合うなんて、残酷なものは見たくなかったと」
メグは口をつぐみ、鋭い眼光で青山翠を睨み付けている。
「それってヘンですよねぇ。
だって私の小説だと、友人同士で殺し合ったのは一組だけですよ。
それも不意打ち、文章にしてほんの数行の出来事です。
他は犯人の仕掛けた罠と、薬物によって死んだだけですし」
青山翠は笑う。
「まるでメグさん、実際に見てきたみたいに言いますね」
93 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:35:11.77 ID:FVxb7hB5M.net
「そんな。そんな、こと」
握った拳を震わせ、メグは涙をこぼし俯く。
そんな様子を見て、青山翠は声を上げて笑った。
「うふふ。冗談ですよ、メグさん」
言いながら、そっと震える肩に手を乗せる。
メグの身体がビクリと跳ねた。
「別に本気で犯人だなんて思っていません。
でもこれで、疑われる人の気持ちが少しは分かったでしょう?」
ニコニコと笑いながら、ティーカップを差し出す。
「さあ。お茶でも飲んで落ち着いてください。
まだ冷めていないと思いますよ」
促されるまま、メグはカップを手に取った。
口元に近づけ傾けると、喉がクピリと鳴った。
94 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:40:12.42 ID:FVxb7hB5M.net
「ようやく飲んで、いただけましたね」
青山翠は変わらず笑っている。
実際のところ、メグは警戒していた。
この家で出された物には一切口をつけない。
それくらいに考えていたが、どうやら見抜かれていたらしい。
青山翠自身もお茶を口にしていたため、メグの警戒心はやや薄れていた。
「ええ、すいません。少し落ち着きました」
メグは答えた。
先程までの興奮が嘘のように、落ち着いてしまっている。
95 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:44:56.92 ID:FVxb7hB5M.net
「なんだか、不思議な味のするお茶ですね。とても、おいしい」
続けて数口飲んだ。
強い眠気が襲ってきたときのように、身体中を脱力感が支配していたが、
頭の中はそれに反比例するようにすっきりとしていた。
「すごく。すごく、リラックスできています」
なんだか、自分の言葉にひどく違和感を覚えた。
その原因も分からぬまま、ティーカップの中身を飲み下す。
「気に入っていただけたようで、何よりです」
青山翠が笑っていた。
「その分なら、すぐにマヤさんの所へ行けますよ」
青山翠は、笑っていた。
96 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:49:33.48 ID:FVxb7hB5M.net
メグは視線を横にさまよわせた。
瞳孔の開いた目で、マヤが何やらぶつぶつと呟いている。
「青山さん」
視線を再び正面へと戻す。
脱力感は身体から、頭の中へと浸食を始めているようだ。
目の前に敵を見据えても、メグの心は穏やかなままでいる。
「はい。なんでしょう」
笑っている。
青山翠は、嗤っている。
「やっぱり、あなたでしたか」
メグは許せなかった。
目の前にいる人間は、人の命を何とも思っていない。
友人の命を、私の命を、ただただ蔑み、嗤っているんだ。
「そうですよ、メグさん。素晴らしい勘でしたね」
メグは立ち上がった。
こいつを、殺さないと。
冷静な心で、そう考える。
97 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:54:09.34 ID:FVxb7hB5M.net
「そんなもの出しても、無駄ですよ」
青山翠も立ち上がった。
その正面に立つメグの手には、大振りのナイフが握られている。
「ただでは死にませんから」
この日のために、刃物の扱いは学んできた。
軍人であった、リゼの父に教えを請うて。
「みんなの仇は討ちます」
「ひっ」青山翠が悲鳴を上げた。
びゅんびゅんと風を切る音とともに、命の際で刃先がきらめく。
憎き仇は、それをかろうじてすべて避けていた。
「なんで……っ」
盛られた薬のせいだろうか。
メグは身体が思うように動かせなかった。
そんな様子に青山翠は、冷汗をしたたらせならがも、口元を歪める。
「まともに動けるわけがありませんよ。
あのリゼさんですらあのザマでしたから。
あなたも、お友達と一緒にここで死ぬんです」
98 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 19:58:30.97 ID:FVxb7hB5M.net
眼前に迫るナイフに、青山翠は身をひるがえそうとした。
しかしそれは叶わず、背中に軽い衝撃を受ける。
「え」
振り返ると、虚ろな目をしたマヤがしがみついていた。
「ええっ!」
身体を前後から挟まれるような、鈍い感覚があった。
背後からマヤの気配が消えると、腹部に鋭い痛みが走る。
「ご……っ。オエエエエッ……」
目の前にいるメグの身体を抱きしめながら、
だらしなく開いた口から赤い液体を吐き出す。
「お願いですから、このまま死んでください」
メグは手に持ったナイフを、思い切り捩じりあげた。
ブチブチと何かの千切れる感触が、
ゴム製の柄を伝って身体の中に響いてくる。
「私は、もう」
そう言って、メグは床へと崩れ落ち、
マヤの身体の上に覆いかぶさるようにして倒れた。
99 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 20:03:07.20 ID:FVxb7hB5M.net
「ひっ。ひいっ」
青山翠は床を這っていた。
「止血……。早く止血しないと」
朦朧とする意識の中で振り返ると、
自身の通った後に赤い標ができているのが見える。
「血血血血血血血血血…………」
その向こうにいる、折り重なるようにして倒れた二人の女性の姿が目に映った。
「あ」
青山翠は懸命に腕を伸ばした。
「アイデアが。アイデアが、浮かんできました」
震える手で、床に赤い文字を書く。
「うふっ。うひひっ。うふふふふっ。止まりません。
アイデアが溢れて。うひっ。もう止まりません」
血走ったまなこを大きく剥いて、口元は不気味に歪めて。
床に次々と赤い文字が並べられていく。
やがてそれは床を埋め尽くし、ただの赤黒い染みになる。
それでも、青山翠は笑っていた。
100 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 20:07:20.01 ID:FVxb7hB5M.net
「悪趣味!」
ラビットハウスに、全員の声が重なった。
「そうでしょうか。いい出来だと思ったのですが」
しょんぼりとうなだれた青山翠を囲むように、数人の少女が立っている。
「ネタに詰まった小説家は、心に狂気を宿してしまうのです。
やがてその毒牙は、罪の無い少女たちへと」
「私がいるんだから、実際こうはならないだろうな」
青山翠が作品の解説を始めたが、リゼが強い口調でそれを遮った。
「実際はCQCで倒してしまうだろう。
いや、そもそもが拳銃の狙いなんて外すわけがないし、
いやそもそも毒なんて効かないし、そもそも飲むわけがないな」
勝手なことを言って、満足げにうんうんと頷いている。
「チノちゃんはお姉ちゃんが守るよぉ!」
「ちょっとココアさん。やめてください」
その横では、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるココアを、
チノが必死に押しのけようとしていた。
101 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 20:12:23.22 ID:FVxb7hB5M.net
「どうしたの? シャロちゃん」
青山翠を取り囲み、ぎゃーぎゃーと騒ぐ輪から外れて、
一人俯いていたシャロの顔を、千夜が心配そうに覗き込んでいる。
「千夜」
ぱっと上げたその顔は、ひどく儚げな表情をしていた。
「なんだか、みんなが死んじゃうの想像したら、すごく悲しくなっちゃって」
そう答えたシャロの目には、涙が浮かんでいるようにも見える。
「あらあら」驚いたような顔で、千夜は言う。
「私は、シャロちゃんを置いて死なないから大丈夫よ」
そしてすぐに、笑顔を作った。
「だからシャロちゃんも、私を置いて死なないでね」
「う」シャロは返答に困ってしまった。
「な、何言ってるのよ。千夜」
102 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 20:17:03.01 ID:FVxb7hB5M.net
「私はシャロちゃんが死んじゃったら、すごく悲しいわよ」
そう言った千夜の顔は、真剣そのものだった。
少し恥ずかしい気持ちがあって、シャロは視線を外した。
「わ、私だって。千夜が死んだら、すごく悲しいわ」
「じゃあ、ね? ほら」
千夜はシャロの両手を取って、ぴょんぴょんと跳ねた。
「で、でも無理じゃないの。人間いつ死ぬか分からないんだし」
「どうして?」
千夜は首を傾げる。
「事故とかあるでしょ。それこそ、ずっと一緒にでもいない限り」
「ほら。無理じゃないじゃない」
笑顔を覗かせ、千夜は言う。
「ずっと一緒にいましょうね。シャロちゃん」
104 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 20:21:28.90 ID:FVxb7hB5M.net
「う」シャロの心臓は、激しく高鳴った。
目の前にいる千夜の笑顔に、心まで吸い込まれたようになってしまう。
「そ、そうね。考えておくわ」
とても見ていられなくなって、シャロは青山翠を囲う人垣へと視線を移した。
「もう。シャロちゃんのいじわる」
そう言いながら、千夜もつられて視線を移す。
「マヤちゃんもメグちゃんもお姉ちゃんが守ってあげるからねぇ!」
「まったく。ココアさんは浮気性ですね」
「私はリゼがいるからいいよー」
「うん! 守ってね、ココアお姉ちゃん」
「ふん。全員まとめて私が守ってやろう。そもそも銃の扱いと言うのはだな」
中心で、青山翠が困ったような笑顔を浮かべているのが見えた。
「ふふ。なんなのあれ」シャロが笑う。
「そうねぇ」つられて、千夜も笑った。
105 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2015/01/04(日) 20:26:14.27 ID:FVxb7hB5M.net
「まぁ、でも。私たちなら大丈夫よね」
シャロの言ったことの意味が分からなくて、千夜は顔をそちらに向ける。
「どんなことがあっても、殺し合いなんてしないでしょ」
ああでもないこうでもないと激論を続けるみんなを遠目に見ながら、
シャロは素直な気持ちを漏らした。
千夜も少し考えたのち、それに同調する。
「そうね。きっと大丈夫よね」
お互い見つめ合い、そしてわけもなく笑った。
その向こうでは、まだ話し合いに決着はついていないようだった。
誰が誰をいかに守るか、はたまた誰に守られるかと、そんな言葉が飛び交っている。
きっと、こんな何もない日々が、これからも続いていくんだろうな。
シャロはなんとなく、根拠もないのにそう思っていた。
千夜も、この場にいる他の全員も、そう思ってくれていたらいいな。
シャロはそんなことを考えながら、再び顔をほころばせるのだった。
終わり
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