1 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:31:59.81 ID:1sulglZI0.net
唯はそう言うと、横断歩道をピョンピョンと渡り始めた。

「今日日、小学生でもやらんぞこんなこと……」

律は呆れた。

「はいはい、そのルールでいいよ」

素直に従う振りをしたが、アホな遊びに付き合う気は毛頭ない。
白いラインを無視して歩き始めた。

4 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:33:58.76 ID:1sulglZI0.net
「あー、律ちゃんダメだよ! それじゃ死んじゃうよ!」

唯がほっぺたを膨らませた。

「こんなんで死ぬわけ……」

ないだろ。
律がそう言いかけた時、胸に激痛が走った。
金魚のように口をパクパクさせ、大きく目を見開き、
そのまなこで唯を見つめる。
息が、できない。

「律ちゃん!」

唯が叫び駆け寄ると、白いラインへ律を引きもどした。

「……っ! はぁっ! はぁっ……!」

律は大きく息を吸い込んだ。
額には脂汗が浮かんでいる。
胸の痛みは、無くなっていた。

8 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:35:22.12 ID:1sulglZI0.net
唯と律は白いラインを踏んで家まで帰った。
途中小学生に笑われたが、律は必死だった。

家の玄関をくぐり、上がり框に腰かけると、
そのまま床に仰向けに倒れ込む。

「なんだったんだよ、ありゃあ……」

胸を手で押さえながら考える。
唯の言ったことが現実になった?
……まさか。
あんなもんただのガキの戯言の一種だろう。

しばらく横になって考えていたが、
額の汗を腕で拭うと、立ち上がり自室に向かった。
ドアの隙間に身を滑り込ませるようにして部屋に入ると、
そのままベッドに身を投げる。

「ただの、偶然だよな」

律もそうではないことは分かっていたが、
自分に言い聞かせるようにしてそう呟いた。

9 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:36:35.35 ID:1sulglZI0.net
律は昨日のこともあり、体調が優れなかったので、
午後は丸々保健室のベッドの上で過ごした。
放課後になったので部室に行くと、紬が一人で紅茶をすすっていた。
どうやら唯はまだ来ていないらしい。
律はほっと息をついた。

「律ちゃんも紅茶でいいわよね」

紬はそう言うと、
慣れた手つきで律のティーカップを用意してくれた。

「おお、サンキュ」

律はそれを口元に引き寄せると、ぐいっと一口飲んだ。
言うべきか言わないべきか。
律は葛藤していたが、唯のいない今がチャンスだと思い、
紬に打ち明けることにした。

「ムギ。実はさ……」

紬は最初、笑みを浮かべてこれを聞いていたが、
話が進むにつれて表情が引き締まっていった。

11 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:37:40.24 ID:1sulglZI0.net
「それは”言霊”ね」

律の話が終わると、紬が口を開いた。

「言霊?」

律がきょとんとした顔をする。

「ええ」紬が続けた。
「簡単に説明すると、口にした言葉が本当になるってことね」

「それが、言霊なのか」

律は昨日のことを思い返した。
確かに、唯の言った通り、
白い線を踏み外した自分は死にかけた。

「まぁ、でも。死ななかったぜ、私」

心臓の鼓動が早まっているのが分かる。

「それは」紬は少し考え込んだ。
「唯ちゃんの言霊も、完全ではないのかしら」

それだけ言って沈黙した。

14 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:39:06.08 ID:1sulglZI0.net
律の心臓は狂ったように跳ねていた。
言霊が完全なら私は死んでいた?
……馬鹿な!
バン!と机を拳で叩く。

「偶然だ! ただの偶然だろ!」

そして昨日と同様、自分に言い聞かせるようにして叫んだ。
紬は黙って首を横に振る。

「そんなわけないわよ。だって」

何か言いかけたところで、部室のドアへ視線を送った。
数秒後。
ガチャリ。と音がして唯が入ってきた。

「みんなー、やっほー」

笑顔で片手を上げている。
律は身震いした。
私はあいつに殺されかけたのか……?

「あれぇ、まだ澪ちゃんとあずにゃんは来てないのかな」

唯はそう言って首を傾げた。

15 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:40:14.06 ID:1sulglZI0.net
「さっき私のこと置いていったのにぃ!」

唯は地団太を踏んだ。

「置いていかれちゃったの? どうして?」

紬が問いかける。
唯はぷうと口をとがらせた。

「ひどいんだよ、あの二人。
 私が補習あるって言ったら、先に行ってるぞって」

「ああ」と紬は言った。
「そういえば補習受けてたわね」

だから紬は一人で部室にいたのだった。
保健室で休んでいた律は当然それを知らなかった。

「じゃああの二人はどこへ行ったのかしら」

紬が首を傾げる。
唯はそれを聞いて「あははは」と笑った。

「きっとひどめに合ってるんじゃないかな」

唯のその発言に、
律は背筋にぞわぞわと何かが這うのを感じた。

17 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:41:57.80 ID:1sulglZI0.net
「すいませーん。遅れましたー」
「……散々な目にあったな」

しばらくすると、ジャージ姿の梓と澪が入ってきた。

「どうしたの? その格好」

紬が問うと、二人は一斉に身を乗り出して口々に言った。

「ひどいんですよ! 掃除のおばちゃんが水かけてきたんです!」
「そうなんだよ! 私らのこと確認してからかけてきたんだよな!」

やいのやいのと、掃除のおばちゃんへの文句が並べられた。

「ほらー、私のこと置いていくとひどい目に合うよ、
 ってだから言ったんじゃん」

唯は笑っていた。

「もう! 笑わないでください!」
「そうだぞ! こっちは大変だったんだ!」

澪と梓が何やら叫んでいたが、律の耳には届いていなかった。
ただただ、唯が恐ろしくて震えていた。

18 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:43:30.22 ID:1sulglZI0.net
律は自室のベッドの上でしばらく考え込んでいたが、
夜になって、紬に電話した。

「唯のことなんだけど」

律がそう切り出すと、
電話の向こうの空気も張り詰めたようだった。
30分ほどだっただろうか。
お互いの意見をぶつけ合うと、律は通話を終了した。
「ふう」と大きなため息をつき、
電話を床のクッションへ投げる。
ぼいん、と跳ねてカーペットに落ちた。

「今のところ、そんなに怯えることもないと思うわよ」

ムギはそう言っていた。
本当にそうなのだろうか。
私は殺されかけたのに。

少しも考えがまとまらず、
律はゴロゴロとベッドを転がった。
その日はあまり、眠れなかった。

20 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:45:01.83 ID:1sulglZI0.net
「あ、律さん。こんにちは」

「おお、久しぶり」

昼休みにばったり憂と会った。
そうだ、と律は思った。
こいつなら何か知っているかもしれない。

「憂、悪いんだけど。放課後、少し時間ある?」

憂は首を傾げて、不思議そうに律を見つめた。

「時間はありますけど、
 ……律さんは部活じゃないんですか」

律は手を広げてみせた。

「どうせ最初はお茶会やってるだけだし。
 じゃあ放課後に、そっちの教室で会おう」

そう提案して踵を返すと、
背を向けながら憂に手を振った。

22 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:46:19.64 ID:1sulglZI0.net
放課後、憂の教室の前で落ち合うと、
律は唯の引き起こした出来事をすべて説明した。

「言霊、ですか」

憂は神妙な顔をしている。
……やっぱりそうなのか。
こいつは何かを知っているんだ。
律の考えは当たっていたようだった。

「そうなんだ。何か、心当たりとか、ないかな」

鼓動が少し早まる。
落ち着け。
落ち着け、私。
律は自分にそう言い聞かせる。

「そう、ですね」

憂はそう言って目を伏せた。
しばらくそのまま思案にふけっていたが、
やがて観念したように顔を上げた。

「命まで危険に晒してしまったというのなら、
 とても申し訳ないことをしました。
 すべて、お話します」

25 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:49:07.78 ID:1sulglZI0.net
憂が、外で話すのは怖いと言うので、
場所を律の自宅へと移した。
けいおん部のみんなには、体調不良で帰ると連絡してある。

「ここなら、大丈夫そうですね」

憂の顔は真剣そのものだったが、
何やら諦観のようなものまで含んでいるように見えた。

「この話を、身内以外にするのは固く禁じられているんです。
 おそらく千数百年の歴史の中でも、初めてのことだと思います」

憂は胸に手を当て「はぁはぁ」と苦しそうに息をしていた。
それほどの大ごとなのだろうか。
律は話を聞くのが少し躊躇われたが、
やはり好奇心に負けて聞くことにした。
何より殺されかけたのだから。

「千数百年って、どういうことだ?」

律は疑問をぶつけたが、憂は黙って首を振った。

「ちゃんと、全部お話しますので。
 どうか、黙って、聞いていてください」

今にも意識を失ってしまうのではないかと思われるほど虚ろな目をした憂は、
苦しそうな呼吸をただ繰り返していた。

29 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:51:22.48 ID:1sulglZI0.net
「言霊の源流と呼べるものは多々あります」

律が持ってきた冷たいお茶を飲むと、
憂は少し落ち着きを取り戻したようだった。

「そもそも宗教や神道、
 ありとあらゆるところに言霊の概念はあるんです。
 日本だけではなく、海外にも。
 それは言葉だけにとどまりません。
 例えばお賽銭を入れるときに手を叩くでしょう?
 あれも邪を払う言霊の一種なんですよ。
 神事の際に使う太鼓や、
 海外のお祭りで使われる音が鳴るもの。
 それらもすべて言霊なんです。
 つまり」

憂はそこまで言ってお茶で喉を潤した。
慌てて飲んだので、少し床にこぼしてしまう。

「ああっ、すみません」

慌てて服の袖でぬぐおうとしたのを見て、
律が横からタオルで拭いた。

「それで?」

待ちきれないといった感じで律が先を促した。
憂は「すみません」と一言だけいうと、
咳払いをして話を続けた。

31 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:52:51.19 ID:1sulglZI0.net
「つまり」

憂はそこで言葉を区切り、深呼吸を繰り返した。
ここから先が一族の秘密なのだろうか。
律は辛抱強く、憂の言葉を待った。

「つまり、平沢家は音使いなんです。
 音を言霊としてぶつけることができます」

そう言って苦しそうに呻いたが、
呼吸を整えて、続ける。
顔を上げると、やおら律の方を向いた。

「律さんは、お姉ちゃんがギター初心者だって、
 信じられましたか?」

憂の突然の問いに、律は首を横に振った。

「とてもじゃないけど、信じられなかったね。
 技術もそうだし、絶対音感とか、
 ガキの頃から音楽やってた人間じゃないと身につかないはずだ」

憂はコクリと頷く。

「あれが平沢家特有の能力なんです」

32 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:54:13.39 ID:1sulglZI0.net
「ちょっと待った」

律が片手を広げて制した。

「音をぶつけるんだろ?
 唯は言葉でみんなの行動を縛ってたぜ?」

憂は少し困ったような顔をした。

「そうですね……。
 少し順序が前後しますけど、そちらから先に説明します」

憂はまたお茶で喉を潤した。

「お姉ちゃんの言葉は”音”そのものなんですよ。
 だから歌を歌えば聞いた人の心を動かすし、
 駄々をこねればみんなが世話を焼いてくれるんです」

なるほど、確かに。
律には身に覚えがたくさんあった。

36 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 15:58:21.15 ID:1sulglZI0.net
唯が練習をサボろうって言えばみんなサボりたくなるし。
ギターが欲しいって言えばみんなが協力してくれる。
ライブでも歌が始まった途端、みんな総立ちになったっけ。

あとは。
あとは、……思いつくだけでも数えきれないほどある。

「理解して、いただけましたか」

憂が上目づかいで律に問いかけた。

「あ、ああ」と曖昧に返す。

なんてことだ。
急に始まったことだと思っていたのに。
その片鱗は以前から見え隠れしていたんだ。
……待て。
じゃあなんで、今になって。

「それは分かったけど、
 なんで言霊の威力が急に上がったんだよ。
 ここまで異常なことが起きるようになったのは、
 つい最近になってからだ」

「それは」
そう言ったきり、憂は何かを思案するように黙り込んだ。

38 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:00:38.04 ID:1sulglZI0.net
「原因は分からないのか?」

律が畳みかける。

「いえ、原因は」
そこまで言って、憂の言葉が止まった。
しかし何かを喋ろうとしているのか、口だけを動かしている。

「どうしたんだよ、憂」

律がそう声をかけた。
突然。
パン!と力強く憂が手を叩いた。
人間の手から発せられたのが嘘のようなその大きな音に、
律はビクリと体を跳ねさせた。

「おいおい! なんだよ!」

立ち上がろうとした律を憂が手で制した。

「安心してください。おまじないみたいなものです」

「なんだぁ?」
律の頭の中はハテナマークでいっぱいになった。

43 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:03:37.43 ID:1sulglZI0.net
「すみません。お姉ちゃんの言霊が、強くなった原因でしたね。
 それは私の力が弱くなったことに端を発します。
 私にも言葉で相手を縛る力が備わっているんです。
 今まではそれでお姉ちゃんの力を押さえこんでいたんですよ」

先程とは打って変わってハキハキと憂が喋りはじめた。
これが手を打ち鳴らした効果なのだろうか。

「では、話を戻します」

お茶で喉を潤すと、憂は咳払いをした。

「平沢家のルーツは、平安時代の陰陽道に始まります。
 それまで何をしていたかは不明ですが、
 いきなり社会の深部に根を張れるわけではないので、
 やはり以前から似たような生業を持っていたのだと思います」

陰陽道。
律もその言葉には聞き覚えがあった。
ドーマンセーマンとか言うやつだ。

44 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:04:55.78 ID:1sulglZI0.net
「しかし陰陽道が廃れて、平沢家は行き場をなくしました。
 歴史は代々、子に受け継がれましたが、
 能力が発揮されるに到る時代はついぞ来なかったのです。
 そこで私たちは、能力を自ら封印することにします」

「ちょっと待った!」

律が口をはさんだ。

「なんでしょう」と憂が首を横に少し倒した。

「唯は知っててやってんのか!
 あいつは私を殺そうとしたんだぞ!」

律は激昂した。
そうだったら絶対許さない。
その鋭い眼光には憤怒の色が見て取れた。

「いえ、お姉ちゃんは何も知りません」

憂は即座に否定する。

「私が能力を封印していたからです」

そう言うと、またお茶を口に含んだ。

46 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:05:54.82 ID:1sulglZI0.net
「さっきから気になってたんだが、
 その”封印”ってのはなんなんだ?」

律が問うと憂が少し前に出た。
下から窺うような視線を這わせる。

「それは今から説明します」

しばらくそのまま見つめ合っていたが、
「ふっ」と息を吐くと憂が身を引いた。

「お互いがお互いの能力を封印し合うんですよ。
 ただ」

憂は口元を手で押さえて目線を下に落とした。

「お姉ちゃんがこの話を理解できるとは、到底思えませんでした。
 だから父親と相談して内緒にすることに決めたんです。
 一方的にこちらから封印して、
 私は力を使わないと誓いました」

律はここまで聞いて、
少し気にかかることがあった。

48 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:08:07.89 ID:1sulglZI0.net
「なんで憂の力は弱くなったんだ。
 私と出会ったころには既に、
 唯にその片鱗はもう出ていたはずだぞ」

律が強い口調で詰問する。

「そうですね。
 それは陰陽道と関係しています。
 陰陽道と言うのは文字通り、
 陰と陽、つまり光と闇、
 対極にあるものが非常に重要なんです。
 律さんも太極図というのを見たことがありませんか?
 あれも元々”対極図”なんですよ」

太極図。
律もどこかで見た覚えがあった。
白と黒、二つの勾玉が組み合わさったような円形の絵だ。

「それが、なんなんだ?」

律が問うと、憂はゴホンと咳ばらいをした。

50 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:09:47.36 ID:1sulglZI0.net
「つまり、私の対極にあたるお姉ちゃんの力を封印したわけですから、
 当然私の能力もどんどんと衰えていきます。
 それで私の封印する力が弱まってしまい、
 お姉ちゃんの力が元に戻りつつあるんです」

しっかり者の憂と、だらしのない唯。
確かに二人は対極にあるように思えた。

「それならお前の力も元に戻るんじゃないのか?」

律の問いに憂は俯いてしまう。

「そうは、ならないんです。
 私の力は弱まって尽きかけていますが、
 お姉ちゃんのは封印されていただけですから。
 根本の問題が違うんですよ」

憂は顔を上げた。
律と目が合う。

「すみません。こうなってしまったのは私の、
 ひいては平沢家の責任です。
 お姉ちゃんの処分は、こちらに任せてください」

律は息を呑んだ。憂のその言葉には、
偽りなど微塵も含まれていないように感じられたから。

52 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:12:20.96 ID:1sulglZI0.net
翌日、唯は学校を休んだ。
律が紬と一緒に部室へ行くと、梓が一人で座っていた。

「今日は、唯休みな」

挨拶をしたあと、それだけ告げた。
梓が驚いたような顔をした。

「憂も休みでした。何か、あったのかな」

心配そうに俯いてしまう。
「さあな」と返した律だったが、
昨日の憂の言葉を思い出していた。

『お姉ちゃんの処分は、こちらに任せてください』

少し遅れて部室にきた澪との会話も上の空で、
その言葉がずっと、頭の中を駆け巡っていた。

53 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:13:17.02 ID:1sulglZI0.net
「お姉ちゃん、大事な話があるの」

律の家から帰ってきて早々、憂は唯にそう告げた。

「なぁに? 改まっちゃって」

唯は不思議そうに憂を見つめた。

「あのね、お姉ちゃん」

ごきゅり。
憂の喉が鳴った。
呆けた顔の唯と、しばし見つめ合う。

「実は」

憂は意を決して、
平沢家の歴史をとつとつと話し始めた。

54 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:14:25.26 ID:1sulglZI0.net
「うい~、話長いよぉ」

唯はごろんと床に転がった。

「お姉ちゃんっ!」

思わずヒステリックに叫んでしまった。
驚いたように唯が顔を上げる。

「あ、ごめん。お姉ちゃん」

憂は反省する。
ちゃんと説明しないと。
私なら。
私なら、できるはず。

「何? 突然」

唯が真顔で言った。

57 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:16:32.83 ID:1sulglZI0.net
「ううん。ごめんね。今のは、違うんだよ」

憂は必死に話を戻そうとした。

「長々と意味不明な話をし始めたと思ったら、
 いきなり怒るし。わっけわかんないよ」

唯はそっぽを向いた。
しまった。
機嫌を損ねたらしい。
憂は後悔した。

「ごめんね、お姉ちゃん。
 私の話。聞いてくれるよね?」

憂は懇願する。
が、唯はそっぽを向いたままだった。

「聞かない」

そのまま口を開く。

「私は、憂の話を、聞かない」

こうなってしまったらもう終わりだ。
憂は意識が遠のくのを感じた。

60 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:19:24.68 ID:1sulglZI0.net
憂は部屋で一人、苦渋の選択を迫られていた。

私がこの先選べるのは三つ。
1.お姉ちゃんを説得する。
2.多少の犠牲は覚悟して、お姉ちゃんをこのままにしておく。
3.お姉ちゃんを殺す。

「はぁ」
ため息をついてベッドに身を預けた。

……ダメだ。
どれもできる気がしない。
憂はベッドの上を転がった。

「ふうううううう」と長く息を吐く。
叫び出したい衝動を、それで抑えた。

先程唯は”言霊”を使った。
「憂の話を聞かない」と。
能力で劣る憂がそれを打ち破るのは不可能に近い。

そうなると。

必然的に選べる選択肢は二つ。
そのどちらも、重すぎる。
憂は迷っていた。

61 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:20:13.23 ID:1sulglZI0.net
憂は朝起きると、唯の部屋へ向かった。
選びきれるはずもない選択肢の答えを、その胸に抱えて。

「お姉ちゃん」

コンコンと扉をノックする。
「うい~」と寝ぼけた声が中から聞こえた。

「入るよ。お姉ちゃん」

そう言って開けたドアの隙間に、
体を滑り込ませた。

「ういー?」

唯は目をゴシゴシとこすっている。

「おはよう。お姉ちゃん」

憂はニコニコと笑っていた。

63 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:22:17.98 ID:1sulglZI0.net
「えへへ……。昨日はごめんね、憂」

唯は困ったような笑みを浮かべている。
憂は首を横に振った。

「ううん。いいよ。
 私の方こそ怒鳴っちゃってごめんね」

憂は相変わらずニコニコとして言った。
その横で時計を見た唯が素っ頓狂な声を上げる。

「えー! 憂! 遅刻だよ! ち・こ・く!」

時刻は登校の時間をとうに過ぎていた。
憂は笑ったまま言う。
ずっとこのタイミングを待っていたんだ。

「お姉ちゃん! お姉ちゃんは!
 もう外に出れないからねっ!」

封印に回していた力を戻した憂の全力の言霊が、
唯の鼓膜を激しく揺らした。

66 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:25:26.10 ID:1sulglZI0.net
一言。
本当にその一言だけだったと、憂は思う。
全ての力を戻しつつあった唯に対して、
説得なんてしている時間は残されていなかった。

『誰にも会わせない』

殺しもしない。
他人も巻き込まない。
憂にとっては、これが最良の方法だという確信めいた思いがあった。

「えー? 外に出れないなんて、退屈しちゃうよぉ」

唯はゴロゴロとベッドの上を転がり、そのまま床に落ちた。
ドスン。と音が鳴った。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。
 私がずっと一緒だからね。
 でも買い物で少し家を空けるときは、
 いい子で留守番しててね」

憂は変わらずニコニコと笑っていた。

67 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:26:51.61 ID:1sulglZI0.net
「あれ、憂。どうしたんだ? こんな時間に」

憂が食料を買い込むためスーパーへ向かっていると、
澪に声をかけられた。

「こんにちは。
 朝から体調が悪くて、今日は学校を休んだんですよ。
 ちょっときついけど、食べるもの買わないと……」

澪さんがなんでこんな時間に。
まだ昼休み中のはずだ。

「そうなのかー。風邪流行ってるみたいだな。
 私も体調不良で早退して……」

澪はそう言っておでこに手を当てた。

「じゃあお互い、早く治そうな」

憂はそのまましばらく会話した後、澪と別れた。

「風邪でごまかすにも限界があるかなぁ」

買い物が終わって家に帰ったら、退学の手続きしないと。
憂はそんなことを考えていた。

69 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:29:20.30 ID:1sulglZI0.net
「お姉ちゃんただいまー」

憂は家に帰るとすぐ、食事の準備に取り掛かった。
朝から何も食べていないので、
唯が駄々をこね始めたからだ。

「やっぱり、大変だなぁ」

唯の言葉の強制力が、以前よりもはるかに増している。
憂は、自分の体が自分の物じゃないような、
おかしな感覚に囚われ始めていた。

「このままじゃ持たないかも」

監禁初日から心が折れかけていた。
ブンブンと強く頭を振ってネガティブな考えを追い出す。

「ダメだよ。やらなきゃ」

私ならできるよ。
そう心に強く誓った。

72 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:32:04.29 ID:1sulglZI0.net
「澪も来ないし、今日は早めに部活終わらせようか」

律がそう提案した。
梓と紬がそれに同調する。

「そうですね。じゃあ唯先輩と憂のお見舞いに行きません?
 姉妹揃ってなんて心配ですし」

「そのあと澪ちゃんのもね」

お見舞いは律から言い出そうと思っていたことだったので、
その提案は好都合だった。
憂のあの発言のこともある。
万が一、ということも想定していないといけない。

「そうだな。じゃあそうするか」

律は同意の言葉を述べたが、
語尾が少し震えていた。

74 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:33:11.73 ID:1sulglZI0.net
ピンポーン。

晩御飯は何にしようかと憂と唯が話していると、
玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

反射的にそう言った憂は、階段を駆け下りた。
インターフォンのモニターで確認すると、
訪ねてきたのは律、紬、梓の三人だった。

「全く、初日から……」

誰も唯とは会わせたくなかった。
次こそ本当に死人が出るかもしれない。
居留守を使おうかとも考えたが、
モタモタしていると唯が出てしまうかもしれない。

「はーい、ちょっと待っててくださいね」

インターフォンでそう告げると、玄関へ向かった。

75 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:35:03.75 ID:1sulglZI0.net
「わー、わざわざ来てくれたんですか。
 ありがとうございます」

憂は深々と頭を下げた。

「風邪はもういいの?」

紬が問いかけた。

「ええ」と憂。
「もともと大したことなかったんですけど、
 お姉ちゃんの世話もあるし、ついでに休んだんですよ」

ニコニコしながら言った。

「唯先輩は?」梓が質問する。

「お姉ちゃんは体調がひどくて……。
 来てもらって悪いんですけど、
 お姉ちゃんには会わせられないんですよ」

律の心臓がドクンと跳ねた。

77 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:37:50.12 ID:1sulglZI0.net
「残念だなー」と梓がぼやいている。

その横で、律が震えていた。

「憂、お前。まさか……」

律が何を言おうとしているのか、
憂にはすぐに察知できた。

しゃ・べ・る・な。

憂は声を発さず、口の動きだけでそう表現した。
律は言葉を失って、パクパクと口を動かすことしかできない。

「そういうことなんです。
 来ていただいたのは非常にありがたいんですけど、
 部屋に一人でいるお姉ちゃんが心配なので。
 あの、そろそろ……」

憂は悲しげな笑みを浮かべながら言う。

「じゃあまた来るね」
と言って三人は唯の家を後にした。

79 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:39:45.89 ID:1sulglZI0.net
「お客さん、誰だったのー?」

憂が部屋に戻ると、唯が尋ねてきた。

「ただのセールスだよ、お姉ちゃん。
 しつこくてなかなか帰ってくれなかったの」

憂は困ったように笑った。

「そうなのかー。鬱陶しいねぇ。
 そんなセールスなんて」

唯がそこまで言いかけると、慌てた憂がその口をふさいだ。
思うように喋れない唯が「んーんー」と唸る。

「あはは、お姉ちゃんかわいい」

憂が笑った。
唯がほっぺを膨らませる。

「笑い事じゃないよ! いきなり何するの!」

憂は変わらず笑っていたが、内心肝を冷やしていた。

セールスなんて。

このあとに言おうとした言葉は、いったい何だったんだろう。
憂は怒る唯をなだめながら、その続きを考えていた。

80 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:40:56.35 ID:1sulglZI0.net
今日も憂と唯は学校を休んだ。

「唯先輩、そんなに重病なんですかねー」

梓がそう言ったが、律にはそうは思えなかった。
憂は唯のことを殺したんじゃないだろうか。
その考えが頭を巡って、片時も離れてくれない。

「今日もダメもとでお見舞いしてみる?」

紬がそう提案した。

「んー、そうですね。行ってみましょうか」
「そうだな。心配だし」

梓と澪がそれに同調した。
澪はまだ体調が悪いのか、時折ゴホゴホと咳き込んでいた。

律も生返事でそれを受ける。
仮に自分の考えが正しいとしても、
行ってみる価値はあるかも知れない。

律は心のどこかで、
自分の考えが間違っていることを祈っていた。

82 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:42:15.30 ID:1sulglZI0.net
インターフォンが鳴ったので、
憂はモニターを覗き込み、来客者の顔を確認した。
昨日の三人に加えて、今日は澪までもいる。

また来たのか。

憂は呆れた。
昨日の今日で、よく来れたものだ。

「はーい! 今出ますねー!」

インターフォン越しにそう言うと、
憂は玄関に駆けて行った。

「まだ、良くならないの?」

紬が心配そうな顔で言った。

「そうなんですよ。
 しばらくは無理そうですね」

儚げな笑みを浮かべた憂が、そう返答した。

83 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:44:04.76 ID:1sulglZI0.net
律はじっと憂を観察していた。
何かおかしな様子は無いだろうか。
しばらくそうしていると、憂と目が合った。

ニコリ。

憂が顔に笑みを貼り付けた。
その瞬間、背筋に悪寒が走る。
なんだかおぞましいものでも見てしまったかのように。
律は慌てて目を逸らした。

「早く良くなるといいね!」

「うん。ありがとう」

梓の言葉に、憂がにこやかにそう返した。
律の目には、そのやり取りすら上辺だけのものに映って、
現実がどこにあるのかすら見失ってしまった。

はたして唯は生きているのだろうか。
それだけが気がかりだった。

87 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:47:47.99 ID:1sulglZI0.net
四人をなんとか帰すと、憂は唯の部屋に戻った。

「誰が来てたの?」

「今日もセールスの人だよ。最近しつこくて」

唯の質問に無難な答えを返しておく。
唯は「ふーん」とつまらなさそうに言った。

「嘘でしょ」

部屋の空気が凍る。

「嘘だよね。けいおん部のみんなが来てたはずだよ」

決して大きくはない、その地を這うような声が、
憂の脳髄を激しく揺さぶった。
言葉だけではない。
呼吸すら止めるほどの迫力だった。

憂の半開きの口から、よだれが垂れていた。

89 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:49:37.95 ID:1sulglZI0.net
バン!と、憂は大きく手を叩いた。
唯がその音に顔をしかめる。

「なんで、嘘ついたの」

無表情に戻った唯が言った。

「お姉ちゃんのためだよっ!!!」

よだれをまき散らしながら発した憂の言葉は、半ば絶叫に近い。
また唯が顔をしかめた。

「お姉ちゃんのっ……!!!」

そこまで言いかけた憂の喉から異様な音が漏れる。
喉を押さえ苦悶の表情を浮かべながら、
見開いた目から涙をボロボロとこぼした。

「きったないなぁ、憂は。お願いだから喋らないでよ」

鋭く磨かれたナイフのように冷たい言葉が、
憂の足先から頭のてっぺんまでを貫いた。

90 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:51:35.62 ID:1sulglZI0.net
苦しげに喉を押さえた憂が、ギラギラとした視線を投げかけている。
その目は真っ赤に充血していて、
顔はあらゆる体液でぐしゃぐしゃだった。

「嘘つきには罰を与えないと。
 ピノキオみたいに鼻は伸ばせないけどね」

唯はさげすむような目で憂を見ていた。

「家に閉じ込められるし、みんなには会わせてもらえないし、
 嘘はつかれるし。私はなんて不幸なんだろう」

安っぽい劇のようにわざとらしくそう言った唯は、
くるりとターンすると自分を抱きしめるように体に腕を巻き付けた。

「何か暇つぶしでもしないと、気が狂いそうだよ」

ピタリ、と動きを止めると、足元にうずくまっている憂を見下ろした。

92 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:52:22.91 ID:1sulglZI0.net
唯の言霊の強さは、憂にとって大きな誤算だった。
ここまでの力を持っているとは想定していない。
どういう原理かは分からないが、
唯は音や言葉を発する前に言霊を発現させている。

憂の力では、これを振り払うのは至難だった。
呼吸をしようとすると、また喉から異様な音がなった。
それとともによだれが溢れ出る。
涙も鼻水も止まらなかった。

憂はそのまま意識を失った。

94 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:54:27.04 ID:1sulglZI0.net
律がベッドで横になり、思案にふけっていると、
携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。

「律ちゃん、唯ちゃんたちのことなんだけど」

相手は紬だった。
胸騒ぎがするので一緒に家に行かないか、
ということを早口で一気にまくしたてられた。

「澪と梓にも声かけたのか?」

「いいえ。言霊のことはあまり人には言わない方がいいのよ。
 あの二人には何も伝えてないわ」

律の問いに、紬はそう返した。

「分かった。私も気になってたんだ。
 準備するから、唯の家の前で落ち合おう」

律はそう言って電話を切った。

96 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:56:31.33 ID:1sulglZI0.net
もう日付も変わろうとしている。
律が唯の家の前に着くと、紬はもうそこで待っていた。

「私思うんだけど、唯は憂に殺されちまったんじゃねーかな」

挨拶もそこそこに、律はそう切り出す。
紬はゆっくりと首を振った。

「むしろ逆だと思うわ。唯ちゃんのあの力の強さ、
 さっきみんなで家に来た時に感じたんだけど、
 異常なほどに極悪なものよ」

紬の顔はやや青ざめている。

「家の中にいながら、全員を意のままに操れるほどにね。
 私達、唯ちゃんが心配で家の前まで来ているのに、
 その病状について詳しく聞こうとすらしなかったでしょう?
 社交辞令みたいな上辺だけの会話をして、
 すごすごと引き下がっているのよ」

その言葉の端々が震えていた。

律にも思い当たる節がいくつかあった。
あれは憂によるものだと思っていたが、
唯の力だったのか。

「だから、憂ちゃんが危ないと思う」

98 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:58:06.46 ID:1sulglZI0.net
「唯! 憂! いるんだろ!?」

律が叫びながら、玄関の扉を開け放つ。
幸いにも鍵はかかっていなかった。
何度かインターフォンを鳴らしたのに反応が無かったので、
強行突破に打って出たのだった。

二人は真っ暗な廊下を突っ切って、階段をドタドタと駆けあがる。
唯の部屋まで一直線に向かった。

「唯!」

律がドアを開ける。
バン!とけたたましい音が響いた。

二人の目に飛び込んできたのは、
倒れている憂と、それを見下ろす唯の姿だった。

「……なぁに? うるさいなぁ。
 勝手に人の家に上がり込んできて」

抑揚のない声で、唯がそう言った。

99 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 16:59:26.82 ID:1sulglZI0.net
「唯! お前!」「黙れ」

唯の冷たく刺すようなその言葉で、律の呼吸が止まった。
「ぐうううううう」と喉の奥から声が響く。
まるで獣の唸り声だ。
反射的に喉を押さえた律は、
血液が逆流しているかのような感覚を抱いた。
額に血管が浮き出ている。

「やめて! 唯ちゃん!」

紬の声を聞いた唯は、ゆっくりとそちらへ向き直った。
品定めするように視線を送る。

「へぇ。ムギちゃんもねぇ」

そう言って不敵な笑みを浮かべる。
その足元では、
苦しみから解放された律が意識を失っていた。

103 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:01:48.20 ID:1sulglZI0.net
紬は一分の隙も作らないように、神経を研ぎ澄ませている。
その額には脂汗がにじんでいた。

「そんなに警戒しないでよ。
 こっちもやりたくてやってるわけじゃないし」

口元のみに笑みを浮かべた唯が肩をすくめる。

「……それは、どういう意味?」
紬は集中を切らさないように努めて言った。

「さぁね。どういう意味だろう」
唯はくるりとターンすると、足元の律を見下ろした。

「やめなさい!」
紬が叫ぶ。

唯はゆっくりと視線を上げる。
そのまま体を仰け反らせるようにして、後方にいる紬を睨み付けた。

「……うるさいなぁ」

唯の声が、まるで真冬の空気のように紬の肌を突き刺した。

104 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:03:10.50 ID:1sulglZI0.net
紬は床にへたり込んだが、なんとか耐えているようだった。
苦しげに呼吸を繰り返している。

「あれぇ。普通なら息止まっちゃうはずなんだけど。
 ムギちゃんは、どんな魔法を使ったの?」

唯がゆっくりとした動作で近づいてきた。
意識を保つのが精いっぱいの紬には、どうすることもできない。

唯が目の前に立った。

「あー。そういうことかぁ」

唯は紬の顔を挟み込むようにして髪の毛の中に両手を突っ込むと、
両腕を一気に広げた。髪の毛がバサリ、と跳ねるのと同時に、
紬の耳からイヤホンが外れる。

「もう魔法が解けちゃったねぇ」

唯はさも楽しそうにクスクスと笑った。

108 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:06:24.04 ID:1sulglZI0.net
「まさかムギちゃんも言霊使いだったなんて。びっくりだよぉ。
 まぁうちほどじゃないみたいだけど」

完全に優位に立っている余裕からだろうか。
先程の突き刺すような鋭さは鳴りを潜め、
だらしのないヘラヘラとした笑みを浮かべている。

「琴吹……、そうかぁ。”琴吹”だもんねぇ。
 音をつかさどる人には、ぴったりの苗字だよね」

唯はうんうんと頷いた。

「私の名字。”平沢”って言うのはね、
 言霊によって治水していたからなんだよ。
 平安時代は権力が分散していたこともあって、
 大規模な治水事業が行えなくなっていたの」

完璧に暗記した文章をそらんじるかのように、
少しの淀みもなく言葉を紡ぐ。

「そんな中、平らな地形なのに水をたくさん引っ張ってこれたら、
 昔の人は奇跡が起きたと思うよね。
 平沢家はそうして、社会に深く、深く、根を張っていったんだよ」

唯はそこまで言うと「ふぅ」と息を吐き、
悲しげな笑みを浮かべた。

「……まぁ、そんな大事な公共事業まで、
 陰陽道とかいう胡散臭いものに完全に頼ってた、
 ってのが笑えるんだけど」

110 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:07:50.76 ID:1sulglZI0.net
「……でも、平安の世が終わると、
 平沢家は没落したわよね」

紬が苦しげに言葉を吐いた。

「ふん」唯が鼻を鳴らした。
「なんだ、まだ喋れたの」

そうして荒い息をついている紬の耳元に口を近づける。

「無駄よ」

紬は喘ぐようにして言った。

「こんな茶番はもう終わり」

その言葉に唯はピクリ、と頬をひきつらせた。

「唯ちゃんはそう簡単に人を傷つけられる人じゃないもの。
 そうでしょ? 憂ちゃん!」

意識を失っていたと思われた憂が、ビクリと反応した。

113 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:09:57.01 ID:1sulglZI0.net
「いつから、分かっていたんですか」

憂が立ち上がりながら言う。

「最初から薄々ね。
 確信したのはさっきの唯ちゃんの演説だけど。
 明らかに操られている人間のそれだったわ」

紬はそう言って唯の方をちらりと見た。
唯は憑き物が落ちたように呆けた顔をしている。

「憂ちゃんはなんでこんなことをしたの?」

憂はしばらく黙って俯いていたが、ゆっくりと首を振った。

「実は私自身、全く気付いていなかったんです。
 先程意識を取り戻した時に、もしかして、と思いました。
 紬さんに名前を呼ばれて、
 ああ、やっぱりか。と」

それきり黙り込んでしまった。

「なるほどねぇ」

そう言った紬の横で、唯は相変わらず呆けた顔をしていた。

114 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:11:23.06 ID:1sulglZI0.net
「全部、私のせいだったんです。
 ……ごめんなさい」

意識を取り戻した律に、憂はそう謝った。

「いったい、どういうことなんだよ?」

律は納得いかないといった面持ちで、腕を組んでいる。

「結局唯ちゃんは、
 憂ちゃんの言霊にずっと縛られ続けていたのよ」

紬がそう言った。

「言霊って、なぁに?」

唯が口を挟む。
憂は悲しげな表情でそちらに視線を送った。

「ごめんね、お姉ちゃん。……律さんと、紬さんも。
 ちゃんと、説明するから」

憂は何度か、深呼吸を繰り返した。

115 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:12:14.60 ID:1sulglZI0.net
「お姉ちゃんがだらしないのも、全部私の言霊のせいです」

憂の言葉に唯が口を尖らせた。

「お姉ちゃんに向かってだらしないとか、
 そういうこと言うもんじゃないよ!」

「まぁまぁ」と紬がたしなめた。
「とりあえず怒るのは話を全部聞いてからにしましょう」

唯は「えー」と声を上げたが、渋々従った。
紬がにっこりと頷くと、憂も凛とした表情で頷き返した。

117 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:13:46.07 ID:1sulglZI0.net
「私は無意識のうちに、お姉ちゃんを縛っていました」

憂は俯き加減で話を続けた。

「だらしない、話も聞かない、一人じゃ何もできない。
 そういう私の理想を押し付けていました。
 お姉ちゃんの世話を焼くのが、私の幸せだったんです」

「ふう」と息を吐き、悲しげな笑みを浮かべる。

「でもそれもだんだんと退屈になってきました。
 もうちょっと問題を起こしてほしい。
 もっと私を振り回してほしい。
 そう思い始めてしまったんです。
 今回の件は、それが発端でした」

三人は真剣な面持ちで憂の話に耳を傾けていた。

119 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:15:12.28 ID:1sulglZI0.net
「そもそも私の言霊は、
 音や言葉を発することすら必要ありません。
 念じればそうなるようにできています」

律はお見舞いに来た時のことを思い返した。
そういえばあの時は、
憂の口の動きを見ただけで喋れなくなったのだった。
そこで。
あれ? と疑問に思う。

「なんでお前手叩いたりしてたんだ?
 私に言霊の説明してた時に」

「ああ、あれは」思い返すようにして憂は言った。
「恥ずかしい話、自分の言霊に縛られていました。
 あの時は本気でお姉ちゃんの言霊に縛られていると、
 そう錯覚していたんです」

「なるほど、そういうことか」

律と紬が頷く。
唯だけが首を傾げていた。

124 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:18:02.14 ID:1sulglZI0.net
「つまり」

律が話をまとめに入った。

「憂の『唯に振り回されたい』という思いが言霊になって、
 唯と憂自身を操っていたってことか。
 ただの憂の自作自演だったわけだな」

憂は深く頷いた。

「そういうことです。
 お姉ちゃんの力が強くなったわけじゃなくて、
 そのまま私の力が働いていただけにすぎなかったんですね」

律が「うーん」と唸った。

「まぁなんにせよ、もうやめてくれよ。こういうことは」

ボリボリと頭を掻きながら言う。

「はい、もうしません。
 ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

憂が深々と頭を下げた。

126 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:19:13.36 ID:1sulglZI0.net
「ごめん、全然話についていけない……」

唯が紬に助けを求めた。

「いいのよ、唯ちゃんはそのままで」

紬がにっこりと笑う。
あはは、と律も笑った。
憂もそれにつられて口元を手で押さえる。

「なんだよー。三人だけ楽しそうにしてぇ!」

唯がぷんぷんとほっぺたを膨らませた。

「あはは。ごめんね、お姉ちゃん」

憂が笑いながら謝ると、唯は「もう知らない!」とそっぽを向いた。

「まぁなんにせよ、解決して良かったな」

律の言葉に紬は「そうね」と笑顔で返した。

128 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/06/03(火) 17:20:27.00 ID:1sulglZI0.net
「律ちゃん! 次の電信柱まで、息しちゃダメだからね!」

「はぁ……。またかよ」律はぼやいた。
「お前毎日毎日飽きないか? そういうくだらないの」

唯はブンブンと首を振る。

「飽きるとか飽きないじゃないの!
 これは宿命なんだよ!」

律はため息をついた。
「宿命ねぇ……」

呼吸を止めて走り出す唯の後姿を眺める。

「まぁ遊びだし、少しは付き合ってやるか……」

律も呼吸を止めて駆け出した。

どうせ破ったところで、死ぬこともないだろうけどな。
そんな考えが、脳裏をよぎった。

終わり