1: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:32:02.27 ID:ts2wB/hB.net
凛  「ああロミオさま、ロミオさま」

花陽 「何だい、ジュリエット」

凛  「あなたはどうしてロミオなの?」

花陽 「私がロミオだからだよ。
    ロミオは、ロミオだからロミオって呼ばれるんだよ」

凛  「でも、桃屋の江戸むらさきは、『ごはんですよ』って呼ばれてますわ。
    どうして『ごはんですよ』は、ごはんじゃないのに『ごはんですよ』って呼ばれるの?」

花陽 「江戸むらさきが、いつもごはんと一緒にいるからだよ。
    ほら、いつもメガネをかけてる人が『メガネ』って呼ばれることがあるでしょ。
    それと同じ理屈だよ」

2: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:35:11.81 ID:ts2wB/hB.net
凛  「じゃあ人間どうしも、一緒にいると名前が混じるのかしら?」

花陽 「さあ、どうかな。
    ジュリエットはジュリエット、ロミオはロミオだからね。
    ジュリオになったり、ロミエットになったりはしないんじゃないかな?」

凛  「でも、ケッコンすれば、名前が混じるでしょ。
    小泉凛とか、星空花陽とか。
    まあ! 星空花陽って、星と花が一緒になって、とてもロマンチックですわ」

花陽 「ああ、でも星は星、花は花なのだよ。
    花は星にはなれないのだよ」

凛  「そんにゃー!」

花陽 「でも悲しまないでくれ、ジュリエット。
    私は、きみを慰めるために、贈りものをもってきたのだ」

凛  「わー、なになに?」

花陽 (ふところから海苔の瓶詰を取り出す)
   「ごはんのおとも、桃屋の江戸むらさきだよ」

3: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:35:41.44 ID:ts2wB/hB.net
凛  「やったー!
    あ、ロミオさま、夜空をごらんになって!
    あそこに見えるのは、白いごはん!」

花陽 「炊きたてなのか?」

凛  「炊きたてなのだ!」

花陽 「ジュリエット!」

凛  「ロミオさま!」

花陽・凛「ごはんですよ!」

真姫 「カーット!」

4: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:36:37.42 ID:ts2wB/hB.net
凛  「監督、どうしたの?
    今いいとこだったのに……」

花陽 「炊きたてなのに……」

真姫 「そうか、炊きたてなのか……って、やかましいわ!
    シェイクスピアにあやまりなさい!」

最近のμ’sは、ハロウィンのライブに備えて新しいことを始めようとがんばっている。
一昨日はちょっぴりロックな格好をしてみた。
昨日は、みんなで服と言葉づかいを交換した。
でも、変わることはなかなかできないものだ。
そこで凛たち一年生は、お弁当の時間にお芝居ごっこをすることで、自分たちの性格に向き合おうとしているのだ。

5: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:37:04.32 ID:ts2wB/hB.net
真姫 「この前のファッションショーでのライブのときに、私たちは気づいたのよ。
    凛はおしとやかな性格を、花陽は凛々しい性格を内に秘めてるってことに。
    それを引き出すことができれば、あなたたちはもっと魅力的になるかもしれない」

花陽 「えへへ」

凛  「照れるにゃー」

真姫 「でも、今日引き出せたのは桃屋の江戸むらさきだけだったわ」

花陽 「真姫ちゃんも、一口いかが?」

真姫 「花の女子高生が、なんで海苔の佃煮を持ち歩いてるのよ」

花陽 「お化粧道具の持ちこみは校則で禁止されてるけど、
    海苔の瓶詰の持ちこみは自由だからね」

6: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:38:00.67 ID:ts2wB/hB.net
真姫 「まあ学校としても、さすがにそれは想定の範囲外でしょうね。
    ところで花陽、やっぱりあなたの部活動ノートのペンネームって……」

花陽 「そのとおり。
    江戸紫式部とは、この私。
    ごはんのおとも、小泉花陽の、世を忍ぶ仮の名前だよ!」

凛  「わー、やっぱりかよちんだったのか!
    かよちんは、何をやってもカッコいいにゃー。
    もちろん凛は、そんな江戸紫のかよちんも好きだよ」

そうそう、最近、穂乃果ちゃんと絵里ちゃんの提案で、μ’sは部活動ノートを作ったんだ。
連絡事項だけじゃなくて、口では言いづらいことを何でも書いていいそうだ。
「ぷらいばしー」を守るために、ペンネームを使うことも認められている。
ふだんは部室の引き出しの中にあるけど、家に持ち帰ることもできるんだ。

7: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:39:59.17 ID:ts2wB/hB.net
【その夜、凛の部屋】

今日は久しぶりに、凛がノートを持ち帰ることにした。
さて、みんなはどんなことを書いてるのかな?

――――――――

○月×日

ふじわらのエリチカ:
  江戸紫式部先生!
  私、今日も先生の米食文化概論の続きを受講したいです!


江戸紫式部:
  ありがとうございます、ふじわらのエリチカさん。
  チョコレートもおいしいけど、お米もおいしいですよね。

  さて、今日は、海苔の佃煮について考えます。
  一般に佃煮とは、魚介類、海藻、野菜などを醬油で煮染めた保存食品の総称です。
  その発祥は、江戸時代、われらが江戸は佃島と伝えられています。
  それ以来、佃煮は、ごはんのおともとして広く愛されてきたのです。

  なかでも私が注目するのが、海苔の佃煮です。
  あゝ、海苔、醬油。
  ごはんのおともの二大巨頭とも言うべき二つの食品が手を組むのですから、その実力は察するに余りあります。
  例えて言うなら、われらの絢瀬絵里さんがA-RISEと手を組むようなものです。
  それくらい、たいへんなことなのです。

  それほどまでにセンセーショナルな海苔の佃煮、商品名「江戸むらさき」。
  そのめくるめく喜悦と愉悦と法悦の世界に、あなたはこれから足を踏みいれることになるのです。
  乞うご期待。

8: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:40:47.73 ID:ts2wB/hB.net
ふじわらのエリチカ:
  ハラショー!
  海苔の佃煮って、すごいのね! 


江戸紫式部:
  すごいなんてもんじゃないです。


ふじわらのエリチカ:
  えっ


江戸紫式部:
  失礼、つい熱くなってしまいました。
  しかしながら、海苔の佃煮の素晴らしさは、筆舌に尽くしがたいのです。
  それは、ごはんのおともとして、ごはんとあまりに強く結びついているがゆえに、もはやごはんと区別がつかないのです。
  それゆえ、そのごはんとの蜜月への畏敬の念をこめて、人は多くの江戸むらさきをこう呼ぶのです。
  「ごはんですよ」と。


ふじわらのエリチカ:
  うっそー!
  「ごはんですよ」は、ごはんじゃないの?
  日本語のロジックって、奥が深いのね。勉強になるわぁ。
  さっそく、ふじわらのアリチカにも教えてあげないと。
  あ、でも、ごめんなさいね。
  私、海苔はちょっと苦手なの。


江戸紫式部:
  oy※×lake△surd;arp:o×☆haawhoiu?!??

9: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:42:09.56 ID:ts2wB/hB.net
ふじわらのエリチカ:
  わああ!
  江戸紫式部先生、今まで隠しててごめんなさい!
  でも海苔って、独特の色と風味で、私にはまだちょっと……。


明石の真姫:
  ちょっとあなたたち、落ち着きなさい。
  江戸紫式部さん、世の中には海苔が嫌いな人もいるのよ。
  肝要なのは、寛容の心よ。
  クールで沈着冷静なこの私を見習うといいわ。


江戸紫式部:
  失礼、取り乱してしまいました。
  そうですよね、海苔が苦手な人がいても無理はないですよね。
  大丈夫ですよ、ふじわらのエリチカさん。
  海苔が苦手でも、おにぎりを楽しむことはできます。
  海苔なんて撒かなくても、白いごはんに赤い梅干しを入れて握れば、それはもう美しい……


ふじわらのエリチカ:
  あ、ごめん、梅干しもちょっと苦手なの。


江戸紫式部:
  ljkyerog○×△arsh□jb!!o☆s;itu?!!??  

10: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:42:55.47 ID:ts2wB/hB.net
ふじわらのエリチカ:
  わああ、これも隠しててごめんなさい!
  でも梅干しって、酸っぱくて口がキューってなるんだもの……


東條御息所:
  ごめんなー、江戸紫式部先生。
  ふじわらのエリチカの嗜好も、受け入れてあげてな。
  海苔無しのツナマヨおにぎりみたいな近未来ごはんを部室で食べてても、怒らんといてな。
  肝要なのは、寛容の心やん。
  それはさておき、ウチも講義の続きを読みたいな。


江戸紫式部:
  失礼、ふたたび取り乱してしまいました。
  すみません、ふじわらのエリチカさん。
  大丈夫です、私はリベラル米食派ですから。
  ツナマヨおにぎりも、カリフォルニアロールも、米粉パンも、すべて受け入れる所存です。
  従来の価値観にとらわれずにフレキシブルなコンセプトを取りいれていくことが、グローバル時代のライス・カルチャーなのです。
  あらゆる米加工品は、人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊いのです。
  
  さて、それでは講義を続けましょうか。
  江戸むらさきの「むらさき」とは、そもそも醬油の……

  (以下省略)

―――――――

11: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:43:40.28 ID:ts2wB/hB.net
凛  「いつのまに、こういうことになっていたんだろう。
    スクールアイドル・ダイアリーなのに、ほぼ米の話しかしてないよ……
    凛はこの続きに、何を書けばいいのかにゃ?
    ……あ、そうだ!」

これは、好きなごはんのおかずを書く流れなのかもしれない。
そこで凛は、ノートの続きにこんなふうに書き加えた。

―――――――

○月×日

清少にゃ言:
  ごぶさたしてます、江戸紫式部さん!
  わたしの好きなおかずは、玉子焼きです!
  お母さんの作る玉子焼きも好きだけど、かよちんの作る玉子焼きも好きなの。

  そこで質問です。
  どうしてお母さんとかよちんの作る玉子焼きは、あんなにおいしいんですか?
  わたしにも、いつか、あんなふうな玉子焼きを作れる日が来ますか?

―――――――

12: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:45:06.92 ID:ts2wB/hB.net
【次の日の昼休み、一年生の教室】

花陽 「ねえねえ真姫ちゃん、凛ちゃん。
    お弁当のおかずに玉子焼きを作ったんだけど、味見してくれる?」

凛  「わ、すごい偶然!」

花陽 「凛ちゃん、どうしたの?」

凛  「うん、ちょっとね。
    まあ、じきにわかるよ。
    わあ、かよちんの作る玉子焼きは、やっぱりすごくおいしそう!
    ではさっそく……」

花陽 「あ、凛ちゃん、真姫ちゃん、それは形が崩れちゃったやつだから、取らないで。
    こっちの、きれいなほうがおすすめだよ」

真姫 「でもそしたら、花陽が食べるぶんが、崩れたとこになっちゃうわよ」

花陽 「私は、それでいいよ」

凛  「かよちんが作ってくれた玉子焼きなんだから、かよちんがいちばんよくできたのを取ってよ」

花陽 「ううん。
    私は、凛ちゃんと真姫ちゃんに、うまくできたとこを食べてほしいの」

13: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:45:35.58 ID:ts2wB/hB.net
凛  「もー、かよちんはいつもそうなんだから!
    自分が損してばっかり!」

するとかよちんが、にっこり笑って言った。

花陽 「損なんか、してないよ。
    だって、凛ちゃんと真姫ちゃんが嬉しそうに食べてくれれば、私も嬉しいから」

凛  「ほんとに?」

花陽 「ほんとだよ」

凛  「今も?」

花陽 「今も」

凛  「これからも、ずっと?」

花陽 「これからも、ずっと」

凛  「でも、それって……」

花陽 「凛ちゃんは、それで不満があるのかな?」

凛  「よくわからないけど……」

よくわからないけど、何だかモヤモヤする。

14: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:46:20.98 ID:ts2wB/hB.net
【数日後の夜、凛の部屋】

ノートが一周したようなので、また凛がそれを家に持ち帰ることにした。
凛の質問に、かよちん……じゃなかった、江戸紫式部さんは、何て答えてくれたのかな?

――――――――

○月×日

江戸紫式部:
  質問ありがとうございます、清少にゃ言さん。
  清少にゃ言さんは、かよちんの玉子焼きを好きでいてくれるんですね。
  それを聞いたら、かよちんは、すごく嬉しいと思いますよ。

  さて、玉子焼きをおいしく作れる日が来るかという質問でしたね。
  大丈夫ですよ。
  コツをつかめば、今すぐにでもおいしい玉子焼きが作れます。

  コツは、ただ一つ。
  嬉しそうな顔を思い浮かべて作ることです。
  一人で食べるときは、自分の顔。
  誰かに食べてもらうときは、その人の顔をね。

15: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:47:05.60 ID:ts2wB/hB.net
ほのか源氏:
  わー、江戸紫式部ちゃん、ステキ!
  私も、玉子焼き作ってみようかな。
  今の話でコツは分かったけど……
  もうすこし詳しいレシピを教えてもらってもいいですか?


江戸紫式部:
  わかりました。
  レシピは下記のとおりです。

  ① 卵を割る
  ② 卵を溶く
  ③ 卵を焼く

  コツは、この作業の合間合間に、嬉しそうな顔を思い浮かべること。
  ほかは、おまかせです。
  砂糖、塩、醬油、めんつゆ。好きなように味つけしましょう。
  栄養を考えて、ヒジキやホウレンソウを混ぜるのもいいですね。
  要するに、おまかせです。

16: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:48:00.98 ID:ts2wB/hB.net
ほのか源氏:
  ありがとう!
  さっそく明日作って、友達に食べてもらおうと思います!
  でも、あまりにレシピがフリーダムすぎて、私では失敗しちゃうかも。
  失敗したらどうしよう?


江戸紫式部:
  失敗しても、いいんです。
  ちょっとくらい形が崩れても大丈夫です。
  崩れてないとこを、お友達に食べてもらいましょう。


ほのか源氏:
  ぜんぶ崩れたらどうしよう?


藤壷のことり:
  ほのか源氏さん!
  それでも、お友達は喜んで食べてくれるよ!
  ああ、何だか、今から魂がぷわぷわしてきたよ。
  スキスキぷわぷわな気もちが生霊になって、大空をかけめぐりそうだよ。


葵のうみ:
  ほのか源氏!
  あなたの作った玉子焼きなら、どんなのでも嬉しいんですよ!
  幼なじみの玉子焼き、豈に食べざるべけんや。
 (幼なじみの玉子焼きを、どうして食べずにいられようか、いや食べる)

―――――――――

17: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:48:37.02 ID:ts2wB/hB.net
凛  「藤壷のことりと葵のうみからは、ほのか源氏に対するただならぬ執念を感じるにゃ……
    まあそれは置いといて。
    せっかく玉子焼きの作りかたを教えてもらったんだから、お礼を書かないと」

そこで凛は、ノートにこんなふうに書き込んだ。

―――――――――

○月×日

清少にゃ言:
  江戸紫式部さん、玉子焼きのコツとレシピ、教えてくれてありがとう!
  さっそく明日、わたしもお友達に食べてもらおうかな。

―――――――――

18: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:49:14.21 ID:ts2wB/hB.net
【次の日の朝、星空家の台所】

凛  「あ、おかーさん、今日は凛が自分でお弁当つくるから、大丈夫だよ!」

腰を抜かしたお母さんを尻目に、凛は意気揚々と台所に向かった。

凛  「よーし、ではさっそく、玉子焼きに挑戦だ。
    コツは、かよちんと真姫ちゃんの嬉しそうな顔を思い浮かべることだね。
    あとはおまかせって言われたけど、まあどうにかなるはずだよ」

そんなひとりごとをつぶやいてから、鼻歌を唄いながら卵を割って、溶いた。
えへへ、インスタントラーメンくらいしか作ったことないけど、これくらいなら、凛にもできるんだ。
さあ、あとは卵を焼くだけ。
卵を火にかけて……あれ、どれくらい焼けばいいのかな?
そういえば、どうやってひっくり返せばいいのかな?
あれ、おかしいな、おかしいな……

19: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:49:37.41 ID:ts2wB/hB.net
――――――――――

【部活動ノート、修正版】

○月×日

清少にゃ言:
  江戸紫式部さん、玉子焼きのコツとレシピ、教えてくれてありがとう!
  いつか、わたしもお友達に食べてもらおうかな。

――――――――――

20: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:50:10.37 ID:ts2wB/hB.net
【その日の昼、一年生の教室】
  
花陽 「あ、凛ちゃん、今日はお弁当じゃなくてパンなんだね」

凛  「うん」

真姫 「凛、どうしたの? 何だか元気ないわよ」

凛  「ちょっと自信なくしそう……」

花陽 「どうして?
    もしよかったら、教えてくれないかな?」

凛  「凛なんかには、誰かを嬉しい気もちにさせることはできない気がするの」

21: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:50:54.74 ID:ts2wB/hB.net
するとかよちんが、にっこり笑って言った。

花陽 「そんなことないよ。
    私は、凛ちゃんがしてくれることは、何でも嬉しいよ」

凛  「でも……」

でも、あんなぐちゃぐちゃの玉子焼きでは、喜んではもらえない気がする。
そう思って凛が言葉を見つけられずにいると、かよちんが話を続けた。

花陽 「それにね、凛ちゃん。
    凛ちゃんが私に何もしてくれなくても、それでも私は、嬉しいよ」

凛  「どうして?」

花陽 「凛ちゃんが幸せでいてくれるなら、私はそれでいいから」

凛  「でも、それって……」

花陽 「凛ちゃんは、それで不満があるのかな?」

凛  「よくわからないけど……」

よくわからないけど、何だかモヤモヤする。

花陽 「あ、私、にこちゃんに用事があるんだ。
    悪いけど、ちょっと席を外すね」

22: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:51:41.36 ID:ts2wB/hB.net
かよちんが教室を出て行ったあと、凛は真姫ちゃんに訊いてみた。

凛  「ねえ、真姫ちゃん。
    かよちんは、いったい何を言ってるの?」

真姫 「難しいわね。
    私にも、まだよくわからないわ。
    凛は、花陽が何を言ってたと思う?」

凛  「かよちんは、凛がかよちんに何をしてあげても嬉しいって言ってた」

真姫 「そうね」

凛  「それに、凛がかよちんに何もしてあげられなくても嬉しいって言ってた」

真姫 「うん、そう言ってたわね」

凛  「凛が幸せなら、それでいいって言ってた」

真姫 「でも凛は、その答えにモヤモヤしてるのね」

凛  「うん、そうだよ。
    だって……」

真姫 「だって?」

凛  「だってそれじゃあ、かよちんは、凛がいなくなっても平気みたいなんだもん」

23: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:52:07.40 ID:ts2wB/hB.net
【そのころ、部室】

にこ 「花陽、童話集、貸してくれてありがとう。
    うちの妹と弟に寝る前に読み聞かせたら、大好評だったわ」

花陽 「わー、よかった!
    嬉しいな、喜んでもらえて」

にこ 「どれもすてきなお話ね。
    ちなみにあんたは、どれがいちばん好きなの?」

花陽 「ひのきとひなげし」

24: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:55:35.50 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「スターに憧れる赤いひなげしと、それを見守るひのきのお話ね」

花陽 「野原に咲いたひなげしちゃんは、こんなふうに言うんだよね。
    『ああつまらないつまらない、いちどでいいから、スターになりたいわ』って」

にこ 「そんなひなげしのところに、悪魔が美容の薬を売りつけに来るのよね」

花陽 「でもその薬はニセモノで、ほんとは、悪魔はひなげしちゃんを食べようとしてた」

にこ 「そこで、ひのきが悪魔を叱りつけて追い払う」

花陽 「でも、ひなげしちゃんは、スターになるチャンスを逃したと思って、文句を言うんだよね」

にこ 「そして最後に、文句を言うひなげしちゃんに、ひのきが言葉をかけるのよね」

花陽 「私、あのひのきさんの言葉が大好きなの」

にこ 「どんな言葉だっけ?」

花陽 「あめなる花をほしと云い、この世の星を花という」

25: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:56:39.69 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「どういう意味なのかな?」

花陽 「星は星、花は花なんだよ。
    星は花にはなれないし、花は星にはなれないんだよ。
    でも、花になれない星が、そのまま、天の花なんだよ。
    そして星になれない花が、そのまま、地の星なんだよ」

にこ 「星っていうのは、何かしら?」

花陽 「凛ちゃんみたいな人のことじゃないかな。
    空の星みたいに、きらきら光ってる人」

にこ 「じゃああんたが、花なの?」

花陽 「えへへ、それはどうかな」

にこ 「……あんたの紫の瞳の奥には、どんな花が咲いてるのかしらね」

花陽 「赤いひなげしちゃんほど負けん気の強くない、紫のひなげしちゃんじゃないかな」

26: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:57:00.92 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「紫のひなげしちゃんは、お星さまに手が届かなくていいの?」

花陽 「いいよ」

にこ 「お星さまが、誰かに取られてもいいの?」

花陽 「……いいよ。
    お星さまが、それで幸せなら」

27: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:57:36.00 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「花陽、でも……」

花陽 「さて、この話はこれでおしまい。
    そうだ! にこちゃん、私いいもの持ってるんだ!」

にこ 「何かしら?」

花陽 「桃屋の江戸むらさき!
    一口いかが?」

にこ 「ああ、紫だけに……って、何よそれ!
    何で花の女子高生、しかもスクールアイドルが、海苔の瓶詰を持ち歩いてんのよ!
    うすうす気づいてたけど、部活動ノートの江戸紫式部って……」

花陽 「そのとおり。
    江戸紫式部とは、この私。
    ごはんのおとも、小泉花陽の、世を忍ぶ仮の名前だよ!」

にこ 「……ふじわらのエリチカが、最近あんたの講義に夢中なのよ。
    これからもよろしくね」

28: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:58:09.02 ID:ts2wB/hB.net
【数日後の夜、凛の部屋】

今日の放課後、穂乃果ちゃんがノートを渡してくれた。
玉子焼きの話は一段落ついたと思うけど、次はどんな話題になっているのかな。

――――――

○月×日

藤壷のことり:
  ほのか源氏の玉子焼き、おいしかったなあ。
  どんな形でも、わたしにとっては最高の玉子焼きだよ。


葵のうみ:
  自分だけ抜け駆けするつもりですか、藤壷のことり。
  でもそういうわけにはいきませんよ。
  私のほうが、ほのか源氏の玉子焼きをしっかり味わいましたよ。

29: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 07:59:27.71 ID:ts2wB/hB.net
藤壷のことり:
  あら、葵のうみさん、わざわざご苦労なことね。
  でもご存知かしら。
  ほのか源氏の初恋の相手は、このわたしなのよ。


葵のうみ:
  初恋の相手……甘美な響きですが、まあその称号はあなたに譲りましょう。
  何といっても私は、ほのか源氏の正妻なのですから。


藤壷のことり:
  おのれ葵のうみ、この情炎、いかで抑えこむべきか……
  ねえねえ海未ちゃん、こんな源氏物語ごっこをしてるとこ、穂乃果ちゃんには見せられないね。


葵のうみ:
  ふふふ、そうですね、ことり。
  まあ共用のノートに書いてるから、このままではすぐにバレるんですけどね。


藤壷のことり:
  あはは、それはさすがにまずいよ。
  消しゴムで消しとかなきゃ……うひゃあ、穂乃果ちゃ(以下、判読不能)


ほのか源氏:
  もー二人とも、私のために争わないで、なんちゃって!
  ごめんね、みんな。
  藤壷ちゃんと葵ちゃんのことは気にせず、新しい話題を始めてください!
  私はちょっと二人に話があるから、今日のところは、これで失礼するね!

30: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:00:25.68 ID:ts2wB/hB.net
ふじわらのエリチカ:
  ひゃー、恋愛がらみの嫉妬って怖いのね。
  エリチカ、びっくりよ。
  ねえねえ、恋の嫉妬って、どんな感情なのかしら?


東條御息所:
  誰かの幸せが許せないことやね。
  例えば、六条御息所が、光源氏のことを好きだとするよね。
  それなのに光源氏は、葵の上と結ばれてしまったとするよね。
  そしたら六条御息所は、葵の上に嫉妬するかもしれない。


ふじわらのエリチカ:
  葵の上の幸せが許せないから?


東條御息所:
  せやね。
  自分が光源氏と結ばれれば、自分が幸せになれたはずだって考えちゃうの。
  だから、自分の幸せが、葵の上に取られた気がしちゃうんじゃないかな。


ふじわらのエリチカ:
  いがみあう二人は、光源氏の幸せのことは考えないのかな。


東條御息所:
  それを考えて、嫉妬心を抑えこむ人もいるかもね。


ふじわらのエリチカ:
  うーん、それも何だか、かわいそうな話よね。
  自分から身をひく人は、どんなふうに自分に言いきかせればいいのかしら。

31: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:01:45.90 ID:ts2wB/hB.net
江戸紫式部:
  私が口をはさむのは恐縮なのですが……
  その場合は、自分には手の届かないものだと思ってあきらめるのではないでしょうか。
  こんな言葉があります。

  あめなる花をほしと云い、この世の星を花という。

  天の星に手が届かない花は、今いる所で、星になればいいんです。
  そうすれば、手の届かないところにある天の星を、あきらめることができるかもしれません。
  その星に手が届く人がいたとしても、その人に嫉妬せずにすむかもしれません。

  とはいえ、この言葉は、恋についての言葉より広い意味の言葉ですけどね。
  今のは、私のかってな解釈です。


ふじわらのエリチカ:
  江戸紫式部さん、米食文化だけでなく、恋愛にも造詣が深くていらっしゃるのね。
  でもそれじゃあ、星と花は、お互いに手が届かないままよ。
  それって、何だか寂しいことじゃないかしら。

32: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:02:54.60 ID:ts2wB/hB.net
江戸紫式部:
  そうですね。
  でも花は、それで満足なんですよ。
  だって、キラキラ光る星を瞳に映せば、ある意味で、自分も星になれますからね。
  同じように、星が自分の姿を瞳に映してくれれば、むこうも花になってくれるかもしれません。
  とはいえ、星が自分のことを見てくれなくても、花は、それでいいんです。
  星が幸せでいてくれるなら、それでいいんです。

33: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:03:32.55 ID:ts2wB/hB.net
――――――

ここで凛は、ノートを読むのを中断して、天井を眺めた。
ああ、またかよちんがヘンなこと言ってる。
「相手が幸せでいてくれるなら、自分はそれでいい」理論だ。
この話を聞くたびに、いつも凛の心はモヤモヤする。

凛  「ねーかよちん、どうしてそんな寂しいこと言うの。
    かよちん、まるで、凛と一緒にいられなくてもいいみたい」

そういえば、ロミオとジュリエットの劇をした日にも、そんなこと言ってたな。
花は星にはなれないって。

凛  「かよちん、凛のこと、好きじゃないの?」

不安になって、ノートのページをめくった。

34: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:04:13.66 ID:ts2wB/hB.net
――――――

江戸紫式部:
  えへへ、ごめんなさい。
  私が、かってなポエムを書きすぎちゃいましたね。
  あ、そうだ。
  このまえのファッションショーの日の写真、現像できたそうです。
  今日の帰りに、写真屋さんに取りに行くつもりです。
  
  何と言っても見どころは、凛ちゃんです。
  穂乃果ちゃんのドレス姿も見たかったけど、凛ちゃんのドレス姿も、すてきだったんですよ。


ほのか源氏:
  わー、やった!
  早く見たいなあ!
  ねえねえ、あの日の凛ちゃん、どれくらい可愛かったの?


江戸紫式部:
  抱きしめちゃいたいくらい、可愛かったです。

――――――

凛  「ちょ、かよちん!」

35: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:05:12.38 ID:ts2wB/hB.net
――――――

ほのか源氏:
  江戸紫式部さんは、凛ちゃんのこと、たいせつに思ってるんだね。


江戸紫式部:
  はい、そうです。
  何といっても私は、凛ちゃんのファンですからね。
  はじめて凛ちゃんを見たときから、ずっと。
  いわば凛ちゃんは、私にとって、永遠のスターなのです。

  えへへ、こういうことノートに書くのは、恥ずかしいな。
  今のとこ、消しゴムで消しとこう……ぴゃあ、穂乃果ちゃ(以下、判読不能)

    
ほのか源氏:
  だいじょーぶだよ、江戸紫式部さん!
  凛ちゃん、これを読んだらきっと喜ぶよ!
  さて、私はこのノートを凛ちゃん……じゃなかった、清少にゃ言さんに渡してこよう。  
 
―――――――

凛は、くすりと笑ってノートから目を上げた。
さっきまでの心のモヤモヤは、穂乃果ちゃんのおかげで、ウソみたいに晴れた。
そこで凛は、嬉しくなって、ノートの続きを書いた。

36: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:06:21.74 ID:ts2wB/hB.net
―――――――

○月×日

清少にゃ言:
  江戸紫式部さん、凛ちゃんへの気もちを教えてくれて、ありがとう。
  恥ずかしがることなんかないよ。
  今の言葉を読んだら、きっと凛ちゃん、喜ぶと思うよ。
  そして凛ちゃんは、こんなふうに言うんじゃないかな。

  「あーよかった。
   やっぱりかよちんは、凛がいないとダメなんだね。
   でも、凛も同じだよ。
   やっぱり凛は、かよちんがいないとダメなんだよ」

―――――――

こんなふうに書いて、満足してノートを閉じた。
ああ、明日、このノートを学校に持っていくの、楽しみだな。
かよちんは、どんな顔して、このノートを読んでくれるかな。
そうだ! かよちんへのお礼も兼ねて、また明日の朝、玉子焼き作りに挑戦してみよう。

37: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:06:48.42 ID:ts2wB/hB.net
【次の日の昼休み、一年生の教室】

真姫 「あら凛、今日はずいぶん機嫌がいいのね」

凛  「ちょっと昨日、嬉しいことがあってね」

真姫 「何かしら?」

凛  「うふふ、ノートを見れば、じきに分かるよ。
    ねーかよちん!」

花陽 「うええ?
    凛ちゃん、昨日のノート読んだの?
    恥ずかしいなあ……」

凛  「恥ずかしがることなんかないよー!
    ……あ、そうだ、かよちん。
    昨日、写真屋さんに行ってきたんだよね。
    できた写真、見せてもらっていい?」

38: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:07:15.82 ID:ts2wB/hB.net
すると、うつむいて照れ笑いしていたかよちんの顔が、ぱっと明るくなった。

花陽 「うん!
    凛ちゃんの写真、すっごく可愛かったよ!」

真姫 「ふふふ。
    桃屋の江戸むらさきと、どっちがすごいの?」

花陽 「凛ちゃん!」

真姫 「ふふふ。
    花陽は、三度の飯と凛、どっちが好きなの?」

花陽 「凛ちゃん!」

凛  「ちょ、かよちん!
    それ以上言われるのは、さすがに凛が恥ずかしいよ!」

39: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:08:03.56 ID:ts2wB/hB.net
そのあと三人で写真を見ていたら、ふとかよちんが、嬉しそうにつぶやいた。

花陽 「次に凛ちゃんのウエディングドレス姿が見られるのは、凛ちゃんの結婚式の日かな」

凛  「ケッコン?」

花陽 「楽しみだなあ。
    私、ライスシャワーを撒きながら、写真を撮りまくるからね」

凛  「らいすしゃわー?」

花陽 「新郎新婦の友人が、二人の門出を祝福して撒くんだよ」

凛  「シンロー?」

花陽 「凛ちゃんの結婚相手だよ」

凛  「シンローは、かよちんじゃないの?」

花陽 「私なんかより、ずっと優しくて、ずっと誠実な人だよ」

凛  「かよちんは、それでいいの?」

花陽 「凛ちゃんが幸せなら、それでいいよ」

凛  「……どうして」

花陽 「凛ちゃん?」

凛  「どうしてそんな寂しいこと言うの!
    かよちんのアホ!
    いくじなしフニャフニャごはん女!」

40: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:09:12.64 ID:ts2wB/hB.net
そう言って、凛は教室を飛び出した。
後ろからかよちんと真姫ちゃんの呼び声が聞こえたけど、かまわず走った。
かよちんなんか、もう知らないもん。

凛  「……あ、そうだ。
    昨日書いたノート、書きかえないと」

そうつぶやいて、廊下に立ち止まってノートを広げた。
書き直そうとしたけど、もう何も書ける気がしない。
仕方がないので、ぜんぶ消すことにした。

――――――

あーよかった。
やっぱりかよちんは、凛がいないとダメなんだね。

――――――

この言葉を消しゴムでこすっていたら、消しかすと一緒に、涙がこぼれてきた。

41: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:09:53.11 ID:ts2wB/hB.net
そりゃ、凛だって、いつかケッコンすることは分かってる。
その相手が、かよちんじゃないことも、分かってる。
でも、あんな寂しいこと言うなんて、かよちんはアホだ。
なーにが「凛ちゃんが幸せならそれでいいよ」だ、ポンコツいちご大福。
そうじゃなくて、凛がかよちんの口から聞きたかったのは……

42: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:10:40.11 ID:ts2wB/hB.net
【数分後、部室】

にこ 「わ、凛、どうしたのよ?
    誰かに、ひどいことされたの?
    そんな奴は、にこにーがケチョンケチョンのコテンパンにしてやるわよ!」

凛  「ううん、何でもないよ。
    部活動ノートを、返しにきただけだよ。
    このノートを手元に置いとくのは、つらいから」

そういってノートを引き出しの中に入れて部屋を出ようとすると、にこちゃんが後ろから呼び止めた。

にこ 「花陽とケンカしたの?」

凛  「……ケンカじゃないよ。
    凛が勝手にワガママを言って、かよちんを困らせてるだけだよ」

43: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:11:14.29 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「そうなの?
    でもあんたにも、言い分があるんでしょ。
    ところで凛、あんた、お弁当は食べ終わったの?」

凛  「まだ食べかけだよ。
    教室に置いてきちゃったけど」

にこ 「そんなら、私のを分けてあげるわよ」

凛  「でもそしたら、にこちゃんの分、足りなくならない?」

にこ 「袋ラーメンの買い置きが、一袋だけ残ってるわ。
    これも半分こしましょうか。
    ちょっと待っててね。今つくるから」

凛  「……ありがとう」

44: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:11:49.48 ID:ts2wB/hB.net
それから、ラーメンを半分こしながら、にこちゃんと話をした。

にこ 「花陽が、あんたにキツいことするわけないわよね。
    そんなら花陽は、あんたに何をやらかしたの?」

凛  「何もやらかさないから、不満なんだよ。
    要するにかよちんは、いくじなしフニャフニャごはん女なんだよ」

にこ 「いくじなしフニャフニャごはん女は、どんな奴なの?」

凛  「凛のケッコンシキに、にこにこ笑ってライスシャワーを撒きに来るようなお人好しだよ」

にこ 「いつ、誰と結婚するの?」

凛  「知ったこっちゃないよ、そんな先の話。
    ポンコツいちご大福が、とつぜんそんな寝ぼけたことを言い出したんだよ」

45: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:12:31.59 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「……そっか。
    おおかた、あんたのドレスの写真から、そんな話になったのね。
    でも凛、あんたは花陽に、どうしてほしいのよ」

凛  「結婚式をぶちこわしに来てほしいの。
    ライスシャワーを撒く代わりに、しゃもじを振り回して、鬼神のごとく暴れてほしいの」

にこ 「いや、いくらなんでもそれは……」

凛  「かよちんには無理だよね。
    だってかよちんは、優しすぎるから。
    『凛ちゃんが幸せならそれでいいよ』って言うだけだよね」

にこ 「花陽なら、きっとそう言うでしょうね」

凛  「でも、凛がかよちんの口から聞きたい言葉は……
    まあいいか。
    こんなことかよちんに要求するのは、ただのワガママだもんね」

にこ 「……」

凛  「にこちゃん、ラーメン、とってもおいしかったよ。
    ごちそうさまでした。
    凛、そろそろかよちんに謝りに行かないと」

にこ 「……凛、せっかくだから、私の作った玉子焼きも、おひとつどう?」

46: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:12:52.28 ID:ts2wB/hB.net
【その頃、一年生の教室】

真姫 「花陽、あまり落ち込まないで。
    あんたは何も悪くないわよ」

花陽 「違うよ。
    何も悪くないのは、凛ちゃんのほうだよ。
    私がいくじなしフニャフニャごはん女なのが悪いんだよ」

真姫 「そういうわけじゃないわよ。
    要するに、あなたたちは二人とも、何も悪くないのよ」

47: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:13:21.31 ID:ts2wB/hB.net
花陽 「じゃあどうして凛ちゃんは、泣いちゃったの?」

真姫 「私にも、はっきりとは分からないわ。
    花陽は、どうしてだと思う?」

花陽 「たぶん凛ちゃんは、私に嫉妬してほしかったんだよ」

真姫 「架空の新郎に?」

花陽 「そうだね。
    新郎の幸せに嫉妬して、結婚式をぶちこわしに来てほしいんじゃないかな。
    ライスシャワーを撒く代わりに、しゃもじを振り回して、鬼神のごとく暴れてほしいんじゃないかな」

真姫 「いや、いくらなんでもそれは……」

花陽 「私には無理だよね。
    だって私は、フニャフニャごはん女だから。
    いくじなしの私には、嫉妬心なんか燃やせるはずがないから」

48: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:14:22.65 ID:ts2wB/hB.net
真姫 「花陽が嫉妬してるところは、たしかに想像できないわね。
    でも花陽は、自分がどうすべきだと思うの?」

花陽 「……まだ、よくわからないな。
    嫉妬しないのは良いことで、
    嫉妬するのは、悪いことなのかな?」

真姫 「うーん、難しいわね。
    一般的には、そう言われることが多いけどね」

花陽 「ねえ、真姫ちゃん。
    『虞美人草』っていう小説、知ってる?」

真姫 「ええ。一度だけ読んだことがあるわ。
    そう言えばあの話は、嫉妬にまつわる話だったわね」

花陽 「そうだね。
    虞美人草みたいに嫉妬深い、女の人の話。
    紫色のよく似合う、我の強い女の人の話」

真姫 「その人は、最後にどうなるんだっけ」

花陽 「みんなから非難されて、見放されるの。
    たぶん作者も、その女の人のことを悪者に描いてたんだと思う。
    でも私、この話を読んで、疑問に思ったの。
    嫉妬することは、ほんとにそんなに悪いことなのかなって」

49: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:14:56.55 ID:ts2wB/hB.net
真姫 「あなたは、嫉妬したことあるの?」

花陽 「それは……無いと言ったら嘘になるけど」

真姫 「大丈夫よ。
    誰にでもある感情だから、恥じる必要なんかないわ」

花陽 「そう言ってもらえると、ほっとするよ」
    
真姫 「ねえ、花陽。
    そういえば、虞美人草って、どんな花だっけ」

花陽 「ひなげしの花だよ」

50: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:15:28.83 ID:ts2wB/hB.net
【その頃、部室】

凛  「わあ、にこちゃんの玉子焼きは、すごくおいしそう!
    ではさっそく、いただきます!」

にこ 「ごめんね、どれも端っこの部分だから、あんまり見栄えは良くないけど」

凛  「そんなことないよ。
    すごくきれいにできてるよ。
    でも、真ん中の部分はどこにいったの?」

にこ 「妹と弟のお弁当に入れたわ」

凛  「にこちゃんも、かよちんと同じだ。
    ねえ、にこちゃん。
    玉子焼きを作る人は、どうして見栄えの良いほうを人にあげて、自分は崩れた部分や端っこの部分を取るの?」

にこ 「深い意味なんてないわよ。
    ただ、相手の嬉しそうな顔が見たいだけよ」

凛  「どうして?」

にこ 「相手が嬉しそうな顔をしたら、自分も嬉しくなるからよ」

凛  「ほんとに、それだけでいいの?」

にこ 「それだけでいいのよ」

51: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:16:08.98 ID:ts2wB/hB.net
凛  「……かよちんも同じようなこと言ってた。
    でも、その話を聞くと、寂しくて不安になるんだよ」

にこ 「どうして?」

凛  「凛はかよちんがいないとダメなのに、
    かよちんは、凛がいなくても平気な気がするから。
    凛に玉子焼きを作ってあげる必要が無くなったら、
    かよちんは、凛のもとを、すっと離れてしまいそうな気がするから」

にこ 「それで、あんたは何をしようとしたの?」

凛  「かよちんに玉子焼きを作ってあげようとしたの。
    江戸紫式部から、ちゃんとレシピとコツも教えてもらったんだよ」

にこ 「そして玉子焼きを、花陽にあげたの?」

凛  「ううん、まだ練習中。
    今のままでは、とてもかよちんにはあげられないよ。
    だってまだグチャグチャで、玉子焼きというよりはスクランブルエッグだもん」

52: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:16:47.02 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「大丈夫よ。
    それでも花陽は、嬉しそうに食べてくれるわよ」

凛  「ほんとに?」

にこ 「ほんとよ。
    うそだと思うなら、花陽を呼んで、直接訊いてみるといいわ。
    ためしに、部活動ノートを使って花陽を呼び出してみましょうか。
    凛、今、ノートはどこにあるの?」

凛  「さっきこの引き出しに入れたよ。
    ……あれ、でも、似たようなノートが二冊入ってる。
    青と薄紫のノートだ。
    えーと、薄紫のノートだったかな?
いや違う、これは……」

53: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:17:41.15 ID:ts2wB/hB.net
【そのころ、一年生の教室】

真姫 「じゃあ花陽、あなたの瞳の奥にも、紫の虞美人草が咲いてるの?」

花陽 「それは、内緒にさせてほしいな」

真姫 「……それもそうね。
    かりに嫉妬の心を抱いていたのだとしても、面に表す必要はないもんね」

花陽 「嫉妬に駆られて暴れることは、やっぱり私にはできそうにないね」

真姫 「それでいいのよ。
    凛だって、ほんとに暴れてほしいとまでは思ってないわよ。
    派手に暴れなくても、些細なことを伝えるだけでいいのよ。
    たぶん凛は、あなたから聞きたい言葉があるんじゃないかしら」

花陽 「……」

真姫 「今日のお弁当のときに、凛はあなたからその言葉を引き出したかったのかもね。
    ほら、凛のお弁当の中を見てごらんなさいよ」

花陽 「……玉子焼きだ」

真姫 「ほら、ね」

花陽 「……わざわざ玉子焼きを作ってくれなくても、
    私の心の中には、ずっとその言葉があったのに」

54: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:18:27.47 ID:ts2wB/hB.net
真姫 「部活動ノートにも書いてない言葉?」

花陽 「うん、書いてないよ。
    まあでも、個人的な日記帳には書いてたんだけどね」

真姫 「へー、あなた日記つけてるのね」

花陽 「うん、ちょうど部活動ノートと大きさも色もそっくりの……
    kje○yra□tio???hljalh?!!!」

真姫 「ちょ、花陽、どうしたの?」

花陽 「ie※roh△iuo!!aw#!!」

真姫 「……え? 昨日……穂乃果と……じゃれてる最中に?」

花陽 「eiiiIIIoooo!!」

真姫 「部活動ノートと一緒に、部室に置いてきてしまった?」

55: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:19:01.55 ID:ts2wB/hB.net
【そのころ、部室】

にこ 「凛、どうしたの?」

凛  「別のノートも一緒に入ってた」

にこ 「部活動ノートと間違えて、誰かが引き出しに入れちゃったのかもね。
    ちなみに、タイトルは何?」

凛  「江戸紫式部日記」

薄紫のノートは、かよちんの日記帳だった。
部活動ノートと違って、こっちはたぶん、人に見せられない日記だと思う。
だから見たらいけないとは思ったんだけど、開いたページの文字を、つい読んでしまった。
日記の日付は、昨日だ。

57: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:22:05.66 ID:ts2wB/hB.net
――――――――

江戸紫式部日記

○月×日

  今日これから、現像してもらった写真を取りに行く予定だ。
  ウエディングドレス姿の凛ちゃんの写真をみんなに見てもらえるのは、とても嬉しい。

  しかし、不安になることがある。
  いつか凛ちゃんには、ほんもののウエディングドレスを着る瞬間が訪れるのだと思う。
  あゝ! それを想像しただけで、私の瞳には、嫉妬の紫の炎が燃えあがる。
  かよちんファイヤーである。

  あめなる花をほしと云い、この世の星を花という。

  なるほど、そうかもしれない。
  しかし私は、良い子になってその言葉を受け入れるような、紫のひなげしちゃんではないのだ。
  私の正体は、嫉妬のシャモジを爛々と光らせる、紫の虞美人草なのだ。

  新郎? ちゃんちゃらおかしい。米食らえだ、そんなやつ。米食らえ。
  新郎だかウイロウだか知らないが、この私が、地の果てまで、否、月の裏側まで追いかけてやる。
  ファイヤーかよちんの必殺技、かよちんファイヤーでやっつけてやる。
  凛ちゃんは、誰にも渡さない。
  
  そうだ、いいことを思いついた!
  式の日に、ライスシャワーを撒くふりをして、シャモジで新郎を襲撃することにしよう。
  そのままシャモジを振りまわし、鬼神のごとく暴れてやろう。
  嫉妬に燃える灼熱の貴婦人、江戸紫式部として、凛ちゃん以外の新郎ならびに関係者一同を、恐怖のズンドコに陥れてやるのだ。
  なーにがケッコンシキだ。
  ぶちこわしてやるぜ、そんなもの。

  そして私は、シャモジと江戸むらさきを携え、ウエディングドレスの凛ちゃんに、こう言うのだ……

―――――――――

58: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:22:36.16 ID:ts2wB/hB.net
ここでページが変わっていたので、これ以上読むのは、やめてあげることにした。

にこ 「どうしたの、凛、うずくまって。
    笑ってるの? それとも、泣いてるの?」

凛  「……両方だよ。
    もー、かよちんは、ほんとにアホなんだから」
  
にこ 「ふふふ、花陽もツイてないわね。
    でも、ほっとしたでしょ」

凛  「うん。
    ねーねー、にこちゃん。
    どうやってかよちんを、ここに呼ぶつもり?」

にこ 「私に任せておきなさい」

59: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:23:07.15 ID:ts2wB/hB.net
そこで丁度、ノックの音がして、絵里ちゃんと希ちゃんが入って来た。

絵里 「生徒会の仕事が長引いちゃってごめんね、にこ」

希  「あ、凛ちゃん!
    今日はどうしたの?」 

にこ 「まあ、いろいろあってね。
    それでさっそく、二人に手を貸してほしいのよ、ゴニョゴニョ……」

絵里 「……なるほど、さすが、にこね」

希  「よーし、ほんならウチが早速、一年生の教室に行ってくるね」

60: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:23:26.42 ID:ts2wB/hB.net
【その後、一年生の教室】

花陽 「IIIII, iii, iiii, IIIII!!!」

真姫 「そろそろ落ち着きなさい、花陽。
    大丈夫よ、凛と仲直りしたあとで、日記をこっそり回収すればいいのよ」

希  「花陽ちゃん、真姫ちゃん、大変や!」

真姫 「あら希、どうしたの?」

希  「これを見てほしいんよ」

61: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:25:51.10 ID:ts2wB/hB.net
――――――

【部活動ノート】

○月×日

矢澤大将軍:
  あら、江戸紫式部さん、あなたはずいぶん凛ちゃんにお熱なのね。
  でも残念、わーるかったわねー。
  この矢澤大将軍が、愛しの凛ちゃんを嫁に迎えることにしたわ。
  今、部室で式の準備をしてるところよ。
  あんたは、ライスシャワーの準備でもして待ってなさい、オホホ。

―――――――

真姫 「何ふざけてんのよ!
    だいたい何よ、矢澤大将軍て!」

希  「強そうやろ、征夷大将軍みたいで。
    ちなみに矢澤大将軍には、ふじわらのエリチカという屈強な家来がいるという設定だよ」

真姫 「エリーも一枚かんでるのか……
    あなたたち、上級生のくせに、状況をややこしくしないでよ」

62: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:26:26.08 ID:ts2wB/hB.net
花陽 「真姫ちゃん、大丈夫だよ。
    今から私、部室に行ってくるね」

真姫 「どうするつもり?」

花陽 「たとえ上級生だろうと、凛ちゃんをさらう奴らは、この私が許さないよ。
    こんな結婚式、江戸紫式部がぶちこわしてやるよ!」

希  「相手は手強いから、しっかり準備をしてね」

花陽 「わかった。
    ええと、持っていくものは、凛ちゃんのお弁当と、桃屋の江戸むらさきと……」

希  「それから、このシャモジを持って行くとええよ」

花陽 「ありがとう、希ちゃん!」

63: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:26:52.16 ID:ts2wB/hB.net
【そのころ、部室】

にこ 「そろそろ来るころね」

凛  「かよちん、ほんとに来てくれるかな?」

絵里 「ふふふ、大丈夫よ。
    花陽は、こういうとき、とっても凛々しくなるからね。
    ……ほら、足音が聞こえてきたわよ」

そこで部室のドアがバンと開いて、かよちんが颯爽と登場した。

花陽 「待たせたな、凛ちゃん!」

凛  「かーよちーん!」

花陽 「結婚式を、ぶちこわしにきたぜ」

64: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:29:18.30 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「ふふふ、そう簡単にはいかないわよ、江戸紫式部さん。
    何しろこちらには、私の強力な家来、ふじわらのエリチカがいるのよ」

絵里 「さすが、にこね」

にこ 「このように、若干ポンコツな印象は拭えないけど、私にとても忠実なのよ」

絵里 「ほんとにね」

にこ 「さあ、ふじわらのエリチカ、お前の力を見せてやりなさい」

絵里 「ハラショー」

真姫 (希に耳打ちする)
   「それにしても『ふじわらのエリチカ』って、ほんとにありそうな名前で畏れ多いわね」

希  (真姫に耳打ちする)
   「せやね。
    ちなみに、藤原有親(ふじわらのアリチカ)は、後拾遺和歌集にもその名が見られる実在の人物なのよ」

真姫 「ハラショー」

65: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:29:45.28 ID:ts2wB/hB.net
花陽 「現れたな、ふじわらのエリチカ。
    だが、きさまの弱点は、すでに分かっているぞ。
    どうだ、これを見ろ!」

絵里 「ぐぬぬ、それは何だ!」

花陽 「桃屋の江戸むらさきだ!」

絵里 「うひゃあ、エリチカ、海苔はちょっと苦手チカー」
   (倒れる)

真姫 (希に耳打ちする)
   「茶番ね」

希  (真姫に耳打ちする)
   「まあ、お約束みたいなものやね。
    次はいよいよ、ラスボスの登場だよ」

66: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:31:02.74 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「おのれ、よくも私の家来を倒してくれたな。
    しかし矢澤大将軍は、エリチカのようにはいかないぞ!」

花陽 「ごめんね、矢澤大将軍。
    私はあなたに嫉妬してるんだよ」

にこ 「どうして?」

花陽 「私のたいせつな凛ちゃんをさらっていく奴は、
    どんなに優しくて、どんなに誠実な新郎でも、私の嫉妬の対象なんだよ」

にこ 「ふふふ、ずいぶん理不尽なエゴイズムね」

花陽 「そうだね。
    でも、もうしばらくの間だけ……せめて、高校の三年間だけは、このエゴを通させてほしいな。
    だって凛ちゃんは、私にとってのスターだからね。
    はじめて凛ちゃんと友達になった日から、ずっと」

67: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:31:31.79 ID:ts2wB/hB.net
にこ 「じゃあ花陽は、どうするの?」

花陽 「良い子の紫のひなげしになるのは、先延ばしにするよ。
    今はまだ、嫉妬の炎を燃やす紫の虞美人草でいさせてほしいの」

にこ 「そうね。
    悪くない考えだと思うわ」

花陽 (しゃもじを振りかざす)
   「くらえ、かよちんファイヤー!」

にこ 「うぎゃー、やーらーれーたー」
   (倒れる)

真姫 (希に耳打ちする)
   「ふふふ、花陽、かっこいいわ。
    そして、ここからがようやく本番ね」

希  (真姫に耳打ちする)
   「せやね。
    お邪魔にならんように、ウチらは退散するとしよか。
    ほら、絵里ちとにこっちも、部室を出よう」

68: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:32:00.69 ID:ts2wB/hB.net
四人がそっと部室を出て行ったので、あとに残ったのは、かよちんと凛だけだ。
かよちんは、江戸むらさきとシャモジを携え、凛のところにやって来た。

花陽 「おまたせ、凛ちゃん」

凛  「カッコよかったよ、かよちん」

花陽 「はい、忘れ物」

そう言って、かよちんは凛にお弁当を届けてくれた。

69: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:32:31.02 ID:ts2wB/hB.net
それから、かよちんが話をつづけた。

花陽 「ねえ、凛ちゃん。
    私のお願い、聞いてくれる?」

凛  「うん、いいよ」

花陽 「そのお弁当の中の玉子焼き、一切れ分けてほしいな」

凛  「うん。
    でもこれ、ぐちゃぐちゃで、玉子焼きというよりはスクランブルエッグだよ」

花陽 「ううん、私には、ステキな玉子焼きに見えるよ」

凛  「ほんとに?」

花陽 「ほんとだよ」

凛  「じゃあ、味見してもらおうかな」

70: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:33:57.96 ID:ts2wB/hB.net
玉子焼きを一口食べて、かよちんが嬉しそうに笑った。

花陽 「すっごくおいしい!」

紫の瞳の中に、黄の瞳が映った。
その黄の瞳の中には、紫の瞳が映っていた。

花陽 「やっぱり私は、凛ちゃんがいないと、ダメだなあ」

凛  「ありがとう」

花陽 「玉子焼きを作ってもらう前から、そう思ってたんだよ」

凛  「ありがとう」

花陽 「玉子焼きを作ってもらえたら、ますますそう思えたよ」

凛  「ありがとう」

花陽 「凛ちゃん、泣いてるの? 
    ごめんね、まだ寂しいのかな?」

凛  「違うよ、嬉しくて、泣いてるんだよ。
    その言葉が聞けたから、もう寂しくないよ。
    ワガママ言って、ごめんね」

花陽 「ワガママなんかじゃないよ。
    だって、凛ちゃんが嬉しいと、私も嬉しいからね」

71: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:34:45.20 ID:ts2wB/hB.net
【その日の帰り道】

真姫 「すっかり仲直りできて、よかったわね。
    私も嬉しいわ」

凛  「真姫ちゃん、ありがとう!」

花陽 「真姫ちゃん、ありがとう!」

真姫 「いいえ、私も三年生のアホどもも、何にもしてないわよ。
    あなたたちが、自分の力で仲直りしたのよ」

花陽 「えへへ、そうなのかな?」

72: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:35:15.58 ID:ts2wB/hB.net
凛  「ねーかよちん、かよちん」

花陽 「何かな、凛ちゃん」

凛  「かよちんはどうして花陽ちゃんなの?」

花陽 「私が花陽だからだよ。
    花陽は、花陽以外のものにはなれないんだよ」

凛  「でも、桃屋の江戸むらさきは、『ごはんですよ』って呼ばれてるよね。
    どうして『ごはんですよ』は、ごはんじゃないのに『ごはんですよ』って呼ばれるの?」

花陽 「江戸むらさきが、いつもごはんと一緒にいるからだよ」

凛  「じゃあ人間どうしも、一緒にいると名前が混じるの?」

花陽 「さあ、どうかな」

73: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:36:12.11 ID:ts2wB/hB.net
凛  「たとえば星空花陽って、星と花が一緒になって、とてもロマンチックだよね」

花陽 「でも星は星、花は花なんだよ。
    花は星にはなれないんだよ」

凛  「ううん、違うよ。
    星は花だし、花は星なんだよ」

花陽 「え、そうなの?」

凛  「花の瞳に映った星は、もう星なのか花なのか分からないでしょ」

花陽 「うん」

凛  「星の瞳に映った花も、もう花なのか星なのか分からないでしょ」

花陽 「うん」

凛  「だから、星と花に、区別なんかないの。
    花は星になれるし、星は花になれるの」

花陽 「なるほど、たしかに、そうだね」

74: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:37:01.71 ID:ts2wB/hB.net
凛  「真姫ちゃんは、どう思う?」

真姫 「あめなる花をほしと云い、この世の星を花という。
    すてきな言葉よね。
    それに、いろんな意味のある言葉だと思う。
    歳を重ねるたびに、意味の変わっていく言葉だと思う」

夕日に反射して、真姫ちゃんの瞳が光った。

真姫 「そして、今の私たちにとっては、凛が言ったとおりの意味だと思うわ」

75: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:38:34.68 ID:ts2wB/hB.net
花陽 「えへへ、そっか。
    アホな私にも、やっとこの言葉の意味が分かったよ。
    凛ちゃん、真姫ちゃん、教えてくれてありがとう。
    お礼と言っては何だけど、私、いいものを持ってるんだよ」

真姫 「何かしら?」

花陽 「ごはんのおとも、桃屋の江戸むらさきだよ」

凛  「やったー!
    あ、真姫ちゃん、かよちん、夕焼け空をごらんになって!
    あそこに見えるのは、白いごはん!」

花陽 「炊きたてなのか?」

真姫 「炊きたてなのか?」

凛  「炊きたてなのだ!」

花陽・真姫・凛 「ごはんですよ!」

76: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:39:45.93 ID:ts2wB/hB.net
【数日後、凛の部屋】

ハロウィンのライブは、結局、今までどおりのμ’sでやることになった。
日記に秘めた感情までさらけ出す必要はないけど、やっぱり自然体でやるのがいいということかな。
ただ、自然体の江戸紫式部さんが以外と凛々しい性格だというのが、最近の部活動ノートでの話題になってるみたい。

凛  「ひさしぶりにノートを持ち帰ってみたけど、
    みんな、どんなことを書いてるのかな?」

―――――――

○月×日

江戸紫式部:
  お待たせしました、ふじわらのエリチカさん。
  今日の米食文化概論は、梅干しと海苔を使わないおにぎりの作り方を紹介します。
  海苔の代用品としては、とろろ昆布や野沢菜が一般的ですが、油揚げをそこに含める人もいます。
  しかしながら、稲荷寿司をおにぎりの派生と見なすべきか否かというのは、未だ解明されない大きな謎でなのです。
  そもそも稲荷寿司とは……(以下省略)


ふじわらのエリチカ:
  ハラショー! 待ってました、先生!
  でも先生、おにぎりのレシピから話が脱線してるのは、私の気のせいでしょうか?

77: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:41:26.32 ID:ts2wB/hB.net
藤壷のことり:
  先生、脱線ついでに、質問があるんです!
  先週、部室で、ふじわらのエリチカさんと矢澤大将軍さんをやっつけたというのは、ホントですか?
 

東條御息所:
  ほんとだよ。
  ウチ、見てたもん。
  いやー、凛々しかったなあ、結婚式をぶちこわす江戸紫式部さんの勇姿。


江戸紫式部:
  あわわ


矢澤大将軍:
  シャモジで新郎に襲いかかり、結婚式を恐怖のズンドコに陥れたんだもんね。
  その姿、まさに鬼神のごとしよ。
  たいしたものよ。


江戸紫式部:
  あわわ

78: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:43:02.25 ID:ts2wB/hB.net
藤壷のことり:
  うわー、カッコいいなあ!
  予習を兼ねて、私たちもぜひ見たかったね、葵のうみちゃん。
  何といっても私たちは、いつか来るやもしれぬXデーのための準備をしておく必要があるからね!


葵のうみ:
  そうですね、藤壷のことり。
  今のところは、晴れの席で新郎の頭に黒板消しを落とすという妨害工作を考えているのですが。


明石の真姫:
  あななたち二人が言うと、何か洒落にならない生々しさがあるから、やめときなさい。


葵のうみ:
  ふふふ、大丈夫、ジョークですよ。
  まあでも、こんな話、穂乃果には読ませられないから、消しゴムで消しておきましょう。
  うひゃあ穂乃果、ちょ、違うんですこれはほんの出来心で(以下、判読不能)


ほのか源氏:
  いやー、毎度のことながら、みんなごめんね。
  藤壷ちゃんと葵ちゃんには、部活動ノートの使い方について、いまいちどしっかり教育しておくからね!
  さて、順番でいくと、次は清少にゃ言ちゃんかな?
  気にせず、新しい話題を始めてね!

―――――――

79: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:44:16.91 ID:ts2wB/hB.net
凛  「うーん、どんな話題にしようかな。
    今のところは、江戸紫式部さんにいろいろ質問する流れなのかな。
    じゃあ、凛も質問してみようかな。
    えーと、いちばん訊いてみたいことは……」

あんまり大きなことも、あんまり先のことも、無理に訊こうとは思わない。
いま訊いてみたいのは、いま、この日々のことだから。

凛  「よし、決めた!」

――――――――

○月×日

清少にゃ言:
  江戸紫式部さん、わたしも質問があります!
  こんどは、玉子焼きの形の作り方について教えてください。
  わたし、わたしの友達の嬉しそうな顔が見たいんです。
  いまのうちに、もっともっと、見ておきたいんです。

80: 名無しで叶える物語(ドイツ)@\(^o^)/ 2015/03/17(火) 08:44:43.38 ID:ts2wB/hB.net
※ おわりです。
  読んでくれた方、ありがとうございました。

引用元: 【SS】凛「江戸紫式部日記」