1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:04:55.01 ID:IkUaqH0bo
 幼稚園に通っていたころ、私はお父さんにこう聞いた。

「ねぇパパ。どうして私の髪って金色なの?」

「うーん、可憐は遺伝って分かるかい?」

「いでん?」

「そう。子供はパパとママから色んなものを受け継ぐんだ。可憐の髪はパパからの贈り物だよ」

「でもパパの髪は茶色だよ?」

「大人になると変わっちゃうんだ。パパも子供のころは金髪だったよ」

「ふーん、おもしろいね」

「……金髪のことで誰かに虐められたりしてない?」

「大丈夫、男の子は変なのって言ってくるけど友達はきれいって言ってくれるよ?」

「そうかい……それは良かった」

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2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:06:53.95 ID:IkUaqH0bo
 それからお父さんは私を抱き上げてくれた。
 お父さんの匂いと暖かさに気持ちよくなった私は眠ってしまった。
 お父さんの優しい微笑みが最後に見えた光景だった。

 時々、私はこの光景を思い出す。中学生になって初めて教室に入ったとき、初めて一人で買い物をしたとき。
 それから……初めて誰かの、敵意を感じたとき。

「可憐ちゃんだけ髪の色が違うのは変だと思います」

 小学校の高学年となったある日。先生にそう言った子がいた。先生は優しい人で髪の色は個性だからと宥めてくれた。
 その先生も両親からの贈り物だと言ってくれた。
 それ以降話題にもならず、その子と話すこともなかった。
 
 それでも……私はその子の目を忘れられない。異物を見るように私を見る瞳を。

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:07:51.74 ID:IkUaqH0bo

「篠宮さんって調子乗ってない?」

 中学の先輩が私にそう言った。私にはどうしてこの人が怒っているのか分からなかった。
 何か悪いことをしたのかと謝った。その人はニヤニヤと笑いながら嫌味を言い続けた。

 先生がやってきて私は解放された。ありがとうございますと言ったが、先生もまた私を叱った。
 髪の色を黒にしろと言われ、私はようやくこの髪色がおかしいのだと知った。

「お父さん、私ね。髪の色を黒くしようと思うんだ。先生がそうしなさいって」

「……もしかして虐められたのかい? なんならパパが直接文句言いに行って」

「大丈夫だよ。皆と合わせなさいって言われただけだから」

「そうか……でも可憐は黒も似合うからな。黒髪の可憐もきっと素敵だぞ」

「うん。ありがとうお父さん」

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:09:47.11 ID:IkUaqH0bo

 その日から私の髪は黒くなった。それでも誰もが私を非難している気がして、人の視線を避けるようになった。
 お父さんもお母さんも心配しないように家では明るく振る舞った。

 それでも家族だからなのか伝わってしまうらしい。14歳の誕生日にお母さんからある物を貰った。

「アロマポット?」

「最近お母さんたちの間で人気だから買ってきちゃった。可憐もこういうの好きかなって思ってね。あっ火を使うから気をつけなきゃだめよ?」

 色々と説明しながら机の上に次々と道具を広げる。
 キャンドルにポット、オイルにそれらを整理するのに使えそうな可愛らしい小物入れなどなど。

 試しにとリビングで使ってみることになった。説明書やアロマのことが書かれた本を読みながら慣れない手つきで準備を進める。

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:10:47.86 ID:IkUaqH0bo

「オイルはラベンダーとイランイランとタイムを買ってきたのよ。
 ラベンダーとタイムは初心者にオススメって言われて、タイムは可憐の誕生花だから」

「タイム……?」

「お庭にあるあれよ」

 お母さんが窓の外を指さす。そういえばお父さんがハーブを育ててるんだっけ。
 私も何度か水をあげた記憶がある。カーテンを開いて外を見ると鉢植えには確かにタイムと書かれたものがあった。

「お父さんが可憐の生まれた日に種をまいたのよ」

「そうだったんだ……知らなかったな……」

「それよりも早くやってみましょうよ。どれから使う?」

「そうだね。それじゃあ……タイムから」

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:12:39.86 ID:IkUaqH0bo

 お皿に水を入れて、そこにオイルを数滴落とす。それからキャンドルに火をつけてお皿の下に置いたら完成。
 ソファに座った私とお母さんはのんびりと揺れる火を眺める。

「あっ……」

「広がってきたわね」

 ほんのり甘く、清潔感に溢れすっきりと爽やかな香りは意識をはっきりさせてくれる。
 心が軽くなり、なんだか勇気が湧いてくるようだ。

 同時に、私は子供のころの記憶を思い出した。お母さんの代わりにお父さんがご飯を作ってくれた日。
 お父さんに言われて庭からタイムを摘んできて渡した。お父さんは笑ってそれを受け取った。
 私はご飯ができるのを待ちながら手の平に残った香りを嗅いでいた。

「なんか……懐かしいな……」

「そうねぇ……」

 あのころは何も気づかずに笑っていた。今の私はあのころのように笑えない。
 それでも……今だけは笑える気がした。

「可憐、誕生日おめでとう」

「お母さん……ありがとう」

 金髪だったころの私と黒髪となった私が今、この時間だけは重なっていられた。

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:14:29.39 ID:IkUaqH0bo

 アロマを好きになった私は自分好みの香りを研究したりするようになるほどのめり込んだ。
 学校での私は相変わらず臆病なままだったけど、アロマを通じて友達もできた。

 そして中学を卒業し、私は高校生となった。

「いってらっしゃい可憐」

「いってきます。お父さん、お母さん」

 環境が変わっても学校での私は黒髪のまま。臆病な性格だって変わらない。
 まだまだ両親に迷惑をかけるだろうし、私自身これからどうなっていくのか不安でいっぱいだ。

 それでも何かを変えたいと思った。変わっていきたいと思った。
 外に出る前に私はタイムの鉢植えの前で屈む。あの時とは違い、薄紫色の花を咲かせたタイム。
 その香りはあの時のように勇気をくれた。

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:17:03.31 ID:IkUaqH0bo

「よし……大丈夫」

 今の私は昔のような鮮やかな金髪、派手な服装にメイク。
 子供のころよりも成長した私の姿はとても目立っていると思う。さっきから凄い視線を感じるし。

 それでも私は気にしていないように前に進む。
 鞄の中には履歴書と地図。目的地には765プロダクションと書かれている。

「私は……アイドルになりたい」

 私に勇気をくれたタイムの花のように。
 怖くて前に進めない人に勇気を分けてあげられるような、そんなアイドルに。

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/15(金) 22:20:48.94 ID:IkUaqH0bo
終りです。かなり短い内容となってしまいましたが楽しんでいただけたら幸いです。
可憐の地毛が黒ではなく金髪だったら、という妄想です。お父さんが海外生まれのハーフという設定です。
可憐という名前は外国でもよくある名前ですしありえるかなと。

北条加蓮とは何の関係もありませんが使いたくなったのでこんなタイトルに。
それでは読んでくれた皆さんありがとうございました。

引用元: 可憐「立麝香草 - タイム」【ミリマス】