暦「火憐ちゃん、ごめん」 前編

457: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:44:14.51 ID:7T0TV7XF0
閑話休題。

火憐「よっし。 じゃあ飯を食いに行こうぜー」

結果的に、火憐に財布を奪われ、僕は先程の火憐よろしく、無一文となってしまった。

折角、余ったお金であれやこれやを買おうと思っていたのに。 火憐め。

暦「つっても、無駄遣いは出来ないからなぁ。 いつまでこんな生活すれば良いのか、分からないし」

暦「手軽にコンビニでも行くとするか」

458: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:44:41.67 ID:7T0TV7XF0
火憐「りょーかい」

とりあえずの行動を決め、僕と火憐は並んで歩き出す。

それにしても、火憐とこれだけ一緒に行動するのって、いつ振りなんだろう。

それこそもう、かなり昔の記憶でしか残っていない。

月火はいつも、こうして火憐と居るのかなぁ。

だとしたら、あいつ相当疲れるだろうな……

なんて、考えながら歩いていた時。

459: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:45:32.65 ID:7T0TV7XF0
火憐「なあ、兄ちゃん。 ただ歩くってだけも、つまらなくねえか?」

と、横から火憐が話しかけてくる。

暦「なら別に、逆立ちしてもいーぜ。 今日くらいは見逃してやる」

優しいな、僕。

火憐「いや、そう言う訳じゃないんだよ」

僕の優しさを否定するな、この愚か者め。

460: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:46:11.63 ID:7T0TV7XF0
暦「じゃあ、どういう意味だよ。 というか、普通に歩くのがつまらないって、これからどうやって生きて行くんだよ」

火憐「これからとか、そんな先の事なんて考えてられないだろ。 あたしは今を生きているんだよ」

こいつが言うと説得力あるよな。 だけど、今を生きていると言うより、その場の勢いで生きているって感じだが。

火憐「なんか暇潰ししようぜって事だよ。 兄ちゃん」

暦「暇潰し? 今この瞬間、この生産性の無いやり取りだけで、十分に暇潰しになっていると、僕は思うけど」

火憐「そうじゃなくってさ。 遊びながら歩こうぜ。 遊びながら」

461: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:47:04.37 ID:7T0TV7XF0
暦「遊びながらか。 別に良いけどさ、肩車でもするの?」

火憐「それもしたいけど、あれやろうぜ」

肩車がしたいとか、どういう事だ。

少し、火憐の将来が心配になってしまう。

暦「あれって?」

火憐「じゃんけんだよ。 じゃんけん」

暦「必勝法の奴か? 言っとくが、僕はあれを認めていないからな」

462: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:47:43.06 ID:7T0TV7XF0
火憐「違う違う。 違うんだ兄ちゃん」

火憐「あれだ。 ぐーちょきぱーでさ、勝った方が指の数だけ進めるって奴」

懐かしいなぁ。 小学生の時とか、妹達とやった物だ。

月火の奴は、ばれない様に少しずつ進むって反則をよくしていたけれど。 その辺り、じゃんけん必勝法の火憐と似ているよな。

と言うか。

463: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:48:21.43 ID:7T0TV7XF0
暦「それは分かるけど、指の数じゃないからな」

グーで勝ったら、一歩も進めないじゃねえか。 チョキしか出さないだろ、そんなルール。

暦「グリコとか、チョコレートとか、パイナップルって奴か?」

火憐「あ、そうそう。 それだ」

火憐「やろうぜ!」

との提案で、まあ確かに、しばらくこんな事もしてなかったし、別にいいかなと僕は思うのだった。

464: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:49:19.11 ID:7T0TV7XF0
時間経過。

暦「いくらなんでも弱すぎるだろ、火憐ちゃん」

開始一分。 既に十回やって、十回とも僕の勝ちである。

なんでも多分、進める数が多いとかで、チョキしか出さないんだと思うけれど。

チョキもパーも進める歩数的には一緒なんだが、それも多分、なんとなく多く進めそうだからとか、そんな理由だろう。

火憐の考えそうな事は、大体分かってしまうのだ。

そして、僕はグーでしか勝っていないので、合計三十歩進んでいると言う事である。

必死になる事も無いし、普通の歩幅で三十歩なのだが、少々声を張り上げないと届かない。 そんな距離感だ。

465: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:49:48.98 ID:7T0TV7XF0
火憐「次は必ず勝つ!」

火憐は僕を指差し、堂々と宣言する。

暦「……仕方ねえな。 一回くらい負けといてやるか」

対する僕は、小さく呟き、次のじゃんけん。

僕はパーで、火憐はやはりチョキ。

火憐「いよっしゃあ! 勝ったぜ兄ちゃん。 勝った勝った!」

どんだけ嬉しいんだよ。 つうか六歩進んだ所で、どうにもならないだろ。

466: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:50:27.63 ID:7T0TV7XF0
と、思っていた。 つい今の今まで。

火憐「よーし。 行くぜー」

火憐「チ!」

と言い、一歩踏み出す。

火憐「ヨ!」

と言い、更に一歩。

火憐「コ!」

と言い、あれ。

467: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:50:55.16 ID:7T0TV7XF0
火憐「レ!」

と言い、言い。

なんでお前、僕の隣まで来れてるんだよ。

火憐「イ!」

と言い、僕を抜かして行った。

火憐「ト!」

と言い、更に僕を突き放す。

火憐「おっしゃー。 抜かしたぜー!」

468: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:51:54.08 ID:7T0TV7XF0
暦「いやいやいやいや! おかしいだろ! なんだよそれ反則すぎるだろ!」

暦「何、何それ火憐ちゃん。 なんで僕の三十歩より、火憐ちゃんの六歩の方が大きいんだよ。 つうか一歩でお前、何メートル進んでるんだよ!」

火憐「おいおい、負け惜しみか? 情けないぜ、兄ちゃん」

暦「分かった、分かったぜ火憐ちゃん。 僕ももう、本気を出す」

暦「後で泣いてもしらねえからな!」

僕はそう宣言をして、じゃんけんをするべく、腕を構える。

469: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:52:25.41 ID:7T0TV7XF0
火憐「上等だ! よーし。 行くぜ」

と火憐も啖呵を切り、僕と勝負すべく腕を構えた。

じゃんけん、ぽん。

僕が出したのは当然、グーで。

火憐が出したのは、パーだった。

おい、嵌めやがったなこの野郎。

470: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:53:14.96 ID:7T0TV7XF0
回想終わり。

との訳で、火憐がそろそろ僕の視界から消えそうになってしまった所で、僕は火憐に声を掛けたのだった。

今はその遊びもやめて、再び並んで歩いている。

火憐「いやー。 楽しかったな、兄ちゃん」

暦「僕は火憐ちゃんに頭脳戦で負けた事が、今日一番のショックだ」

火憐「いいじゃんいいじゃん。 遊びなんだしさ」

火憐「兄ちゃんとこんな遊びするのも、大分前以来だよなぁ」

意外にも、火憐もそう思っていたのか。

471: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:53:57.91 ID:7T0TV7XF0
暦「だな。 いっつも月火ちゃんと居たしな、火憐ちゃんは」

火憐「そうか? いつもって訳でも無いけど」

火憐「てか、月火ちゃんと一緒に居なくても、兄ちゃんが遊んでくれたとは思えないんだけど」

まあ、そうなんだけれど。

暦「僕が見る限り、一緒に居ない方が珍しいくらいだよ。 それこそ、厄介事に首を突っ込んでいる場合を除いてさ」

火憐「ふうん。 そっかぁ。 じゃあ、今もそのパターンだな」

472: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:54:45.99 ID:7T0TV7XF0
暦「間違い無くそうだろ。 これからマジで、どうすればいいんだろ」

火憐「弱気になるなって。 何があっても兄ちゃんはあたしが守ってやるからよ!」

立場逆じゃん、これ。

さて。

……さて。

真面目な話、どうすればいいの、これ。


第十三話へ 続く

474: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:56:46.79 ID:7T0TV7XF0
火憐「そんな怒るなって、もう終わった物は仕方ないだろー?」

朝の十時。

僕と火憐は仲良く、公園のベンチに隣同士で腰を掛けていた。

暦「別に、怒ってる訳じゃねえよ。 けどさ、火憐ちゃん」

火憐「ん?」

暦「確かに、ご飯は大事だよ。 一日三食、しっかり食べないと駄目だ」

火憐「そりゃそうだ。 それがどうかしたか?」

475: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:57:35.28 ID:7T0TV7XF0
暦「けどさー。 だけどさー」

暦「なんで、朝飯代で既に五千円消えてるんだよ。 なあ」

火憐「うーん。 兄ちゃんが食べすぎたんじゃないか?」

暦「よくそれ言えたな! 僕が食べたのはおにぎり二個だけだからな!?」

火憐「だとすると……」

火憐が考え込む。 いつになく真剣に、答えを導き出す為に。

476: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:58:05.00 ID:7T0TV7XF0
火憐「そのお茶が原因じゃねえのか?」

結論が出たのか、火憐は僕が片手に持っているお茶を指差した。

暦「おにぎり一個百二十円だろ。 で、二個で二百四十円だよな」

暦「どんだけお茶が高い計算なんだよ! もしそんな高いお茶なら、僕は公園の水で十分だ!」

火憐「そっかそっか。 うーん。 じゃあなんでだろうな?」

暦「はっきり言うぜ、火憐ちゃん。 お前食いすぎだ」

暦「そんな食ってたら、太るぜ?」

477: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:58:46.46 ID:7T0TV7XF0
僕がそう言うと、火憐は不満そうに答える。

火憐「んだよー。 レディに対して言う言葉じゃねえぞ」

火憐「それに、ファイヤーシスターズは良く食べるんだよ」

なんだよそれ、当たり前の事の様に言ってるんじゃねえ。

暦「てかさ、前から思ってたけど。 何かとファイヤーシスターズのせいにしてるよな、火憐ちゃん」

火憐「あ? 文句あんのか?」

478: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:59:18.96 ID:7T0TV7XF0
やべえ、怖い。

暦「いやあ。 火憐ちゃんが太るのとか見たくないからさ。 兄として? 見過ごせないと言うか、見ていられないと言うか。 そんな感じなんだよ」

火憐「だいじょーぶだいじょーぶ。 あたし食べても太らないから。 運動もしっかりしてるしな! にっしっし」

暦「そんな事を言えるのも今の内だぜ。 それより、既に少し太ったんじゃないか? 前より」

火憐「へえ。 なら試すか」

暦「あん? 試すって、体重計でも持ってくるのか?」

火憐「こうするんだよ。 とりゃ!」

そう言い、火憐が僕の方へと飛んできた。

479: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 13:59:45.03 ID:7T0TV7XF0
いや、それはもう豪快に。

暦「待て、待て待て待て待て待て待て待て火憐ちゃん!」

飛びながら、火憐は笑顔で。

火憐「もう間に合わねえ」

と。

480: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:00:27.43 ID:7T0TV7XF0
閑話休題。

火憐からの攻撃(本人からしてみれば、僕の上に覆い被さっただけ)を受けて、ほとんど一日分の体力を使い果たした。

火憐「どうだ? 軽かっただろ」

暦「いや……普通に苦しいから……」

火憐「あれ、おかしいな。 もう一回やってみるか」

暦「軽い、滅茶苦茶軽い。 ぶっちゃけ、火憐ちゃんの体重とか僕の前では重さじゃないくらい軽い」

火憐「そうか。 ならいいんだけど」

481: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:00:57.01 ID:7T0TV7XF0
さておき。

暦「それより火憐ちゃん、真面目な話だけどさ。 これからどうしようか」

火憐「これからかぁ。 なんなら、月火ちゃんに討ち入りして、占領するか?」

占領って、あの家をだよな。 いつの時代だよ。

暦「まあ、それはやめた方がいいだろ。 今の時代じゃ、只の立て篭もり犯になっちまう」

火憐「そうか……犯罪は駄目だな。 駄目だ」

犯罪には厳しい火憐であった。 昨日の学校に入っていたあれも、犯罪だと言う事は伏せて置こう。

482: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:02:53.20 ID:7T0TV7XF0
暦「うーん」

火憐「うーん」

同じタイミング、同じ発言、同じポーズ。

横で僕と同じ様に腕を組み、頭を傾げる火憐を見た。

真似するなよ、こいつ。

火憐「あ」

暦「お、何か思いついたか?」

483: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:04:01.68 ID:7T0TV7XF0
火憐「兄ちゃんの言っている忍野って奴は、さっきの廃墟で暮らしているんだろ? なら」

火憐「その廃墟で待っていれば、忍野って奴も来るんじゃないか?」

火憐「元々はそこで暮らしていたなら、鳥が巣に帰るかの如く、戻ってくる筈だぜ」

あいつは鳥って感じでは無いけどな。

無理矢理にでも鳥って表現を使うなら、渡り鳥って感じか。

つうか、お前。 会った事すら無い人を相手に、何々って奴って言い方はやめて欲しい。 兄として変な目で見られそうだから。

484: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:04:35.58 ID:7T0TV7XF0
暦「ふむ。 確かに、ありっちゃありだな」

口ではそう言うが、内心それしかないと思ったんだけれども。

暦「よし、そうと決まれば火憐ちゃん。 さっそく出発だ」

火憐「おう!」

火憐が元気良くそう言い、その場にしゃがみ込む。

僕はそれを見て、火憐の上に乗っかった。

火憐「よっと。 んじゃ、行くぜ。 兄ちゃん」

暦「おう」

485: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:05:12.07 ID:7T0TV7XF0
出発進行。

あれ。

あれあれ。

なんか自然な感じで肩車してるけど、別にそんな話してなかったよな。

こえー。 火憐の背中を見たら、いつの間にかこの形になってた。 こえーよ。

つか、火憐の方は何の疑問も持ってないみたいだし。 余計に怖い。

でも、まあ。 楽だしいっか。

今は周囲の目だとか、近所の目なんて気にしなくて良いしな。

486: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:05:45.00 ID:7T0TV7XF0
暦「なあ、火憐ちゃん」

火憐「んー。 どうした、兄ちゃん」

暦「真面目な話だけどさ、火憐ちゃんはあの後、もし僕が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

暦「お金も無かったんだろ?」

火憐「うーん。 特に先の事は考えて無かったかな。 さっきも言ったけど、今を生きているんだ。 あたしは」

暦「ふうん」

487: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:06:24.85 ID:7T0TV7XF0
火憐「でも、考えて無かったってのはあれだぜ」

暦「ん?」

火憐「兄ちゃんが来るって分かってたから。 かな。 なんとなくだけど、そう思ってた」

暦「また、気配がどうたらって奴か? すげーよな、火憐ちゃん」

火憐「違うよ、兄ちゃん」

火憐「多分、心のどっかで、そう信じていたんじゃねえかな。 兄ちゃんなら来てくれるって」

馬鹿だなぁ。

僕が、火憐の事を思い出さなかったら、どうするつもりだったんだよ。 本当にさ。

488: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:06:52.81 ID:7T0TV7XF0
暦「お前も、少しは僕の事を疑えよ。 生きていけないぞ、この先」

火憐「兄ちゃんの事は疑わない。 そう決めてるから」

火憐「もし、あたしが兄ちゃんの事を疑う様な時が来たら、あたしは」

暦「……どうするんだ?」

火憐「死ぬ!」

重っ!

これから先、火憐に疑われそうな行動とかできないじゃん!

489: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:07:42.31 ID:7T0TV7XF0
暦「まあ、けどさ」

暦「僕も感謝しているんだぜ、火憐ちゃんには」

火憐「はあ? あたしに?」

暦「うん。 正直言って、火憐ちゃんに突き放されるんじゃねえかな。 って思ってたんだ」

火憐「あははは! あたしがそんな事、する訳ねえだろ。 馬鹿なのか兄ちゃん」

うわ、自分で自分の事を馬鹿だと思うのはいいけど、こいつに言われると予想以上にむかつくな。

火憐「ま、全部終わった事だし、あんま暗い話は終わりにしようぜー。 結果良ければ全て良しって事だ!」

暦「その結果も、まだ終わってないけどな」

490: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:08:20.17 ID:7T0TV7XF0
さておき。

そんな話をしている内に、どうやら目的地へと付いた様である。

火憐「しかし、こんな所で生活をしているなんて、よっぽど強いんだな。 その人」

暦「廃墟に住んでる人は全員強いのかよ。 火憐ちゃんの中では」

強ち、間違った答えでも無いんだけど。

忍野然り、影縫さん然り。

491: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:09:07.76 ID:7T0TV7XF0
火憐「とりあえず、荷物置くかー」

てか、そうだった。 こいつ、めっちゃ大きな荷物を持っているんだった。

そんな大荷物を持った妹に肩車させているって、さっきは周囲の目とか気にしないとは思ったが、やっぱり気にした方が良かったと思う。

後悔先に立たずとは、なるほど納得。

暦「それより先に、僕が降りた方がよくないか?」

火憐「ん? ああ、そうだった。 兄ちゃんはあたしの上に居たんだったな。 危うく忘れる所だったぜ」

お前は今まで誰と話しているつもりだったんだよ!

492: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:09:33.83 ID:7T0TV7XF0
火憐が僕の存在を思い出してくれた所で、ようやく僕は火憐の頭の上から地へと舞い降りる。

暦「とりあえずは、忍野がいつも使っている部屋があるからさ、そこを根城にしよう」

火憐「おっけー。 案内頼むぜ、兄ちゃん」

こうして、僕と火憐は忍野を見習い、廃墟をとりあえずの拠点とする事にしたのだった。

493: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:10:31.50 ID:7T0TV7XF0
火憐「なんかこうしてるとさ、秘密基地みたいでワクワクするよなぁ」

暦「あー。 その気持ちは分からなくも無いな。 小学生の時とか思い出すよ」

火憐「懐かしいなぁ。 そういや、先月も」

暦「え、何々。 先月に秘密基地ごっことかやってたの?」

火憐「当たり前だろ。 月火ちゃんと一緒にさ」

暦「月火ちゃんも!? え、ってかさ。 さっき学校の屋上で「ここはあたしのテリトリー」とか言ってたのってそういう意味だったの?」

494: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:11:18.77 ID:7T0TV7XF0
火憐「ああ。 あそこは血で血を洗う戦いの末に、勝ち取った所なんだぜ」

暦「なんだよそれ! そんな恐ろしい場所だったのかよ、あそこ」

暦「お前らファイヤーシスターズの活動内容を詳細に知りたいわ!」

火憐「じゃあ、今度一緒に行こうぜ。 あたしと月火ちゃんと、それに兄ちゃんだ」

暦「ああ、そうしてくれ」

あれ、何だかうまく篭絡された気がするぞ。

495: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:11:44.91 ID:7T0TV7XF0
閑話休題。

暦「さて、僕は必要な物を買ってくるけど、火憐ちゃんはどうする?」

火憐「んー。 どうすっかな」

火憐「根城に侵入者がいない様に見張るのも大事だけど、兄ちゃんにパシらせるのも、気分が良い物じゃねえんだよな」

僕はお前にパシらせるのは非常に気分が良いのだが、それは言わない方が良いだろう。

暦「じゃあ、一緒に来るか? 火憐ちゃんも必要な物とか、あるだろ?」

火憐「ああ。 確かにそうだ。 持って来れなかった物とか、忘れた物とかあるし」

496: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:12:33.71 ID:7T0TV7XF0
暦「んじゃ、行くかー」

と、話が纏まった所で、貴重品以外の荷物はその場に置いておき、僕と火憐は廃墟から外へと出る。

しっかし。 忍野の奴はどこに行ったのだろうか?

この廃墟に居ないとなると、どうにも探すのには手間が掛かりそうである。

残金だってそこまである訳でも無いので、見つけるにしても、早めに対策を立てないとなぁ。

497: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:13:04.17 ID:7T0TV7XF0
火憐「兄ちゃん、何ぼーっとしてるんだよ。 置いていくぞー」

考え事を火憐の声が遮る。 しかし、ああ悪い悪い、今行くよ。 とはならない。

暦「ぼーっとしてたのは謝るよ。 悪かった。 でもな、火憐ちゃん。 そっち、逆だぜ」

僕がそう教えてやると、火憐は「あはは」等と言い、頭の後ろをぼりぼりと掻く。

火憐「ま、良くある事だな。 さっさと行こうぜ」

いや、そんな無い事だと思うけれど。 ましてや、地元だし。

等と考えている僕の横を火憐が通り過ぎる。 その際に舌打ちらしき物が聞こえたのは無かった事にしておこう。

498: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:13:39.56 ID:7T0TV7XF0
時間経過。

必要な物を買い揃え、僕と火憐は廃墟へと戻っている途中である。

途中で火憐の目を盗み、僕が個人的に欲しい物を買おうとしたのだが、結局ばれてしまい、殴られた。

最早、殴られるのが当たり前になっている辺り、火憐とじっくりと話をしたいのだが、そうすれば更なる暴力に発展してしまうのだろう。

家庭内暴力とは、この事か。

そして、火憐曰く「兄ちゃんから、危険な気配がした」との事らしい。 お前やっぱり凄いよ。

499: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:14:08.39 ID:7T0TV7XF0
そして───────────そして。

廃墟へ着く直前。

僕の目の前。

火憐の目の前。

忍野が、僕達の前に現れた。

500: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:15:12.75 ID:7T0TV7XF0
忍野「やあ、阿良々木くん。 それに、そっちは妹ちゃんかな?」

暦「忍野……! お前、今までどこに行ってたんだよ」

忍野「野暮用だよ、野暮用」

忍野「妹ちゃんとは始めましてだね。 忍野メメと言います」

おどけた様に、忍野はそう言う。

火憐「あ、ええっと。 阿良々木火憐だ」

501: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:15:40.69 ID:7T0TV7XF0
忍野「なるほど、君が阿良々木くんの言っていた、でっかい方の妹って訳か。 なるほどなるほど」

忍野「こりゃ、確かにでっかいね。 阿良々木くんよりも」

暦「うるせえ。 つうか、忍野。 僕が話したいのはそんな事じゃないんだよ。 お前に話さないといけない事も、あるしな」

忍野「そうかい。 それはさ、阿良々木くん。 今回の怪異についてかな?」

暦「当たり前だ。 それ以外に話なんて無いし、話せる事だってねえぞ」

忍野「なら、そうだね。 とりあえずは上に移動しようか。 ここで話しても、あれだしさ」

502: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:16:28.04 ID:7T0TV7XF0
忍野「勿論、妹ちゃんもね。 君はもう知っているんだろ? 阿良々木くんの事」

火憐「……そりゃ、まあ」

忍野「あっはっは。 そうかい。 なら本当に話は早い。 付いてきなよ」

そう言い、忍野は僕と火憐をいつもの場所、いつも忍野が居た場所へと案内する。

そして、机の上に忍野は座り、対面する僕と火憐に対し、こう言った。

忍野「って言っても、大体は分かっているんだよね」

503: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:17:00.91 ID:7T0TV7XF0
忍野「僕だって、ただ意味も無くぶらぶらしてた訳じゃないしさ」

忍野「うーん。 何から話せば良いのかなぁ。 こんな時って」

暦「何からって……最初からだよ。 忍野は全部、分かってるのか?」

忍野「僕が分かっているのは大体、までさ。 全部と似たような物だけれどね」

忍野「ま、いいか。 じゃあ、この話からするとしよう」

忍野「今回の一連の出来事に絡んでいる怪異の正体について」

忍野「はは、まあもっとも。 一番心当たりがあるのは……君だろ?」

忍野「阿良々木くんの妹ちゃん」


第十四話へ 続く

505: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:18:19.94 ID:7T0TV7XF0
何を言っているんだ。 忍野の奴は。

暦「おい、どういう意味だよ。 忍野」

忍野「そのままの意味さ。 ありのままだよ、阿良々木くん」

暦「それが、意味わからねえって言ってるんだよ。 何で火憐ちゃんに心当たりがあるんだ」

忍野「だからさ。 その妹ちゃんが原因で起こっている怪異なんだし、当然だろ?」

506: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:18:54.51 ID:7T0TV7XF0
ちょっと、待て。

火憐が原因だと? 忍野の奴、ついにトチ狂ったか。

暦「冗談はよせよ。 つうか、僕はお前その物が怪異なんじゃないかって疑ってるんだぜ」

忍野「ん? それは前に否定しなかったっけ?」

忍野は若干呆れた様に、僕に向けてそう言う。

暦「お前の口から聞いても、信用できない」

忍野「ああ、確かに。 そりゃそうだ、 あははは。 これは一本取られたね、見事だよ。 阿良々木くん」

507: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:19:47.47 ID:7T0TV7XF0
暦「認めるのか? 忍野」

忍野「え? はは、まさか」

忍野「簡単に僕が怪異かどうか、分かる方法なら一つだけあるよ」

暦「簡単に?」

忍野「うん。 本当に数秒あれば終わる事さ」

忍野「君だって、本当は分かってる筈なんだぜ。 阿良々木くん」

僕が、分かっている?

忍野が怪異かどうか?

508: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:20:26.26 ID:7T0TV7XF0
暦「そうは思わないけどな。 それで、簡単に分かる方法ってのは?」

忍野「単純な方法だよ」

「--------------------忍ちゃんに、聞けばいい」

と、忍野は言い放つ。

僕の影に向けて。

元吸血鬼に向けて。

その言葉に答える様に、忍は僕の影から姿を現した。

509: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:21:11.19 ID:7T0TV7XF0
忍「ふん。 いけ好かない小僧じゃよ。 全く」

暦「忍? お前、今までどうして姿を出さなかったんだよ!」

なんで、このタイミングで姿を出すんだよ。

それじゃあ、まるで。

忍「慌てるな、しっかり全てを説明する」

忍野の言っていた事が、本当みたいじゃないか。

510: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:21:40.93 ID:7T0TV7XF0
暦「説明するって……お前、分からないって言ってたじゃないか」

忍「あの時はそうじゃった。 だが、今は違う。 全て分かったんじゃよ」

忍「全てと言っても、儂は専門家では無いのでな」

忍「儂にも説明できる事は限られておる。 儂の補足はそこのアロハ小僧に任せるが、いいかのう?」

忍野「勿論」

そして、忍は続けて口を開く。

全てを説明する為に。

511: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:22:29.91 ID:7T0TV7XF0
忍「まずは、そうじゃな」

忍「そこのアロハ小僧の事じゃな。 儂が言っていたのは間違いじゃ。 奴は正真正銘、人間じゃよ」

忍野が、人間。

怪異では……無い。

忍「その辺りは上手い事、使われたと言うか……非常に不愉快じゃがな」

512: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:22:56.17 ID:7T0TV7XF0
忍「そして、今回の怪異の事」

忍「……先程、アロハ小僧が言っていた通りじゃ」

忍は、火憐が原因との言葉は使わなかった。

その気遣いが、また少しだけ、辛くもあった。

513: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:23:24.58 ID:7T0TV7XF0
忍「その辺りは、貴様の方が詳しいじゃろ」

忍はそのままの姿勢で、顔だけを忍野へと向ける。

忍野「オーケー。 じゃあ怪異の事を説明しようか」

忍野は座っていた机から降り、僕に向けて言う。

514: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:23:51.66 ID:7T0TV7XF0
忍野「忘物草。 それが今回の不思議現象を起こしている怪異の名前さ」

忍野「比較的新しい怪異だよ。 その分、身近でもあるんだけどね」

忘物草。 物を忘れる、草。

忍野「分かるだろ? 名前そのままだよ。 阿良々木くん」

忍野「僕は結界を張っておいたから、影響は無いけどさ。 君の周りは違うよね」

515: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:24:48.50 ID:7T0TV7XF0
暦「けど、それならどうして……どうして、火憐ちゃんが原因なんて言うんだよ」

暦「忍野は言ってたじゃねえか。 僕がヤバイ状況だって、言ってただろ」

暦「それで、火憐ちゃんは巻き込まれたんじゃないのか。 僕のせいで」

忍野「はっ! ははは。 確かに、僕はそう言ったね」

516: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:25:20.00 ID:7T0TV7XF0
忍野「でもさ、阿良々木くんが原因だなんて、ひと言も言ってないよ」

忍野「阿良々木くんにも分かる様に、はっきり言った方が良さそうだ」

忍野「逆なんだよ、阿良々木くん」

逆。

それって、つまり。

517: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:25:57.27 ID:7T0TV7XF0
忍野「そこの妹ちゃんが原因で、阿良々木くんは巻き込まれた側って事さ」

忍野「噛み砕いて言うと、妹ちゃんは加害者。 阿良々木くんは今回に限っては、被害者って事だね」

暦「なんだよ、それ。 冗談にもならないぞ、忍野」

暦「火憐ちゃんが、原因だと? あんな悩んでいたのに、苦しんでいたのに、加害者の訳がねえだろ!」

忍野「だからだよ。 阿良々木くん」

518: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:26:23.69 ID:7T0TV7XF0
忍野「優しいよね、阿良々木くんはさ。 でも、その優しさが人を傷付ける事だって、あるんだぜ?」

忍野「そして、今回僕はその優しさを利用した。 って立場になるんだけどね」

暦「利用? 僕をか?」

忍野「うん。 その件については悪いと思っている。 言い訳をさせてもらうと、それが一番手っ取り早かったって所かな」

暦「……分かった。 説明してくれ」

とは言った物の、訳が分からない。 一体、何が起きていたんだ。

頭が痛く、吐き気もしてくる。

519: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:26:55.34 ID:7T0TV7XF0
火憐が加害者で、僕が被害者。

いつの間にか、僕は忍野と火憐との間に壁を作る様に立っていて、火憐の表情は分からない。

けど、いつも元気なあいつがひと言も喋らないのが、逆に気持ち悪かった。

520: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:27:26.54 ID:7T0TV7XF0
忍野「忘物草。 特性は呪い。 今、中学生の間で噂されているみたいだね」

忍野「もっとも、大分曲解されて伝わっているみたいだけど。 その辺は、妹ちゃんの方が詳しいんじゃないかな?」

忍野が火憐に向けて、そう言った。

火憐「……分かった。 説明する」

今まで押し黙っていた火憐は、あっさりと。 まるで、その言葉を待っていたかの様に、口を開く。

火憐「兄ちゃん、頼みごとだ。 聞いてくれるか。 あたしの話」

521: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:28:08.14 ID:7T0TV7XF0
火憐は僕の背中に、そう声を掛ける。

僕は後ろを振り返り、こう答えた。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」

火憐は僕の言葉を聞くと、小さく笑い、語り始める。

一人の妹の想いと、一人の人間の想いを。

522: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:28:39.44 ID:7T0TV7XF0
以下、回想。

ある日、火憐の蜂の話と、月火の不如帰の話が終わってすぐの事だったらしい。

とは言っても、月火の話は火憐にしていないので、火憐は「ダンプカーが家に突っ込んだ後」と言っていた。

そんな問題が終わったある日の事だ。

中学生の間では、ある噂が広まっていた。

なんでも。

「帰宅中に、突然目の前に一輪の花が現れて、それに願うと願いが叶うらしい」

と、中学生らしいと言えば中学生らしい、噂話である。

523: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:29:43.03 ID:7T0TV7XF0
例えて言うならば、ある桜の木の下で告白すれば、その恋は実るだとか、その程度の話。

噂話。

しかし、それは繋げてしまった。

一つの怪異と、一人の人間を。

その噂を聞いた火憐は、真っ先に例の『おまじない』の事が頭に浮かんだと言う。

まあ、それもまた無理の無い話なのだろう。 貝木が去った次の日には、後始末的活動をしていたファイヤーシスターズなのだから。

524: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:30:13.24 ID:7T0TV7XF0
が、火憐の予想は外れた。

それは本当に、ただの噂話でしか無く、貝木が広めた『おまじない』は絡んでいなかったのだ。

その結果に満足した火憐は、一人帰路に就いたと言う。

月火はその日、別件で駆り出されていて、火憐にはどうにも、首を突っ込んだら事態を更にややこしくしてしまう案件だったらしい。(大方、恋愛相談か何かだろう)

そして、図らずも、出会った。

出会ってしまった。

一輪の花と。 怪異と。

525: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:30:40.23 ID:7T0TV7XF0
火憐は呆気に取られたと言う。

目の前に、アスファルトの地面から咲き誇った一輪の花に。

次に頭に浮かんだのは、昼間の噂話だった。

「帰宅中に、突然目の前に一輪の花が現れて、それに願うと願いが叶うらしい」

そして、火憐は願った。 条件反射的に、願った。

526: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:31:08.86 ID:7T0TV7XF0
回想終わり。

暦「って事は、その火憐ちゃんの願いが、今回の怪異を起こしたって事か?」

火憐が、皆の記憶が無くなる様にと、願った?

火憐「違う! あたしは、そんな事は願っちゃいない!」

火憐は今にも泣き出しそうな顔をしていて、今までそんな表情を見たことが無かっただけあり、言葉に詰る。

だが、言わなくては。 無理にでも。

527: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:31:39.08 ID:7T0TV7XF0
暦「……でも、それならどうして。 火憐ちゃんは、何を願ったんだ?」

火憐「それは……」

言い辛そうに、火憐が口を閉ざす。

それも、そうかもしれない。

願いなんて本来は、人には言いたく無い物だろうし。

528: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:32:09.35 ID:7T0TV7XF0
忍野「阿良々木くん。 あんま責めたら可哀想じゃないか。 その辺りは僕が補足するからさ」

上辺だけの言葉だな。 とは思う。 他の誰でもない、忍野自身が語らせたのだから。

けれど、忍野を責めるのもまた、筋違いだろう。

暦「分かった。 忍野、話してくれ」

僕がそう言うと、忍野は一度頷き、口を開く。

忍野「まず、その怪異の噂話を正す所からになるかな」

忍野「そいつはそんな、有益な物じゃない。 怪異はあくまでも怪異。 それに、忘物草の特性は、呪いなんだぜ」

529: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:33:01.91 ID:7T0TV7XF0
呪い。 人に対してかける、呪い。

忍野「そして、願いってのも少し違うかな」

忍野「忘物草の効果は、極めて限定的だ」

暦「限定的? 何でもって訳じゃないのか」

忍野「そうだよ。 考えてもみろよ、阿良々木くん。 何でも叶える草なんて、それはもう神って言った方が正しいだろ?」

忍野「それで、その効果なんだけど」

530: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:33:37.53 ID:7T0TV7XF0
忍野「一人の対象に、忘れられなくなる」

忘れ『られなく』なる?

暦「待てよ、忍野」

暦「忘れられるんじゃなくて、忘れ『られなく』なるのか? それだと説明が付かないぞ」

忍野「どこにどう、説明が付かないのか説明してもらえるかな。 阿良々木くん」

暦「だって、そりゃそうだろ。 現に僕と火憐ちゃんは、忘れられているんだぜ? 戦場ヶ原達にも、同じ怪異である八九寺にすら」

531: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:36:21.21 ID:7T0TV7XF0
忍野「そこだよ。 それが忘物草の特徴って言ってもいいね」

忍野「呪いはあくまでも呪い。 それだけって事さ」

忍野「一人の人間に忘れられなくなる、だけど」

忍野「他の人間からは忘れられる。 それも、全ての人間から」

……つまりは、呪い。

暦「けど、それでも説明が付かないだろ。 火憐ちゃんが何を願ったのか分からないけど、それで加害者扱いってのは、どうかと思うぞ」

532: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:36:52.78 ID:7T0TV7XF0
忍野「はは、だからさ。 阿良々木くん」

忍野「君もここまで来れば、さすがに分かるだろ?」

忍野「いつまで、分かっていない振りをしているんだよ。 なあ」

僕は、火憐の願いを知っている?

忍野「妹ちゃんは願ったんだよ。 忘物草に」

忍野「阿良々木くんに忘れられたく無い。 ってさ」

533: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:37:19.81 ID:7T0TV7XF0
火憐が、僕に? 忘れられたく無いと?

つまり……

火憐が願ったのは、僕の事?

534: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:38:09.06 ID:7T0TV7XF0
暦「そうなのか、火憐ちゃん」

再度振り向き、火憐に問う。

火憐「……そうだよ。 あたしはそう願った」

……分かっていた。 心の奥底では、気付いていた。

でも、気付かない振りをしていた。

今までも、そして、今も。

535: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:38:56.56 ID:7T0TV7XF0
暦「なんでだよ! そんな事しなくても、僕は忘れないぞ」

火憐「分かってる。 分かってるさ」

火憐「でも、なんとなく気付いてたんだよ」

火憐「兄ちゃん、高校を卒業したら、家を出て行くつもりだろ」

火憐は顔を伏せ、消え入る様な声で、そう言った。

536: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:39:22.64 ID:7T0TV7XF0
暦「そりゃ、大学に行くし。 家から通うのも大変な距離だからな」

火憐「……それが、怖かったんだ」

弱々しく、火憐は続ける。

火憐「頭では分かっていたんだよ。 そんな事で兄ちゃんが、あたしの事や月火ちゃんの事を忘れる訳が無いって」

火憐「でも、あたしは」

暦「火憐ちゃん……」

結局、ここまで来ても。

火憐の想いに僕は、気付けなかった。

537: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:40:41.81 ID:7T0TV7XF0
忍野の方に向き直り、僕は再度聞く。

暦「……仮に、仮にそうだったとしてもだ。 僕は火憐ちゃんの事を忘れかけていたんだぞ。 火憐ちゃんだけが、皆から忘れられていようとしたんだぞ」

暦「今は思い出しているけれど……それが、呪いって奴か?」

忍野「前者のは副作用みたいな物だよ。 後者の、阿良々木くんが今、妹ちゃんの事を思い出してるって言うのは、ぶっちゃけると、怪異自体も予想外だったんじゃないかな」

どういう、事だ?

火憐は、僕に忘れられたく無いと願って、それが叶って、僕は火憐の事を思い出したんじゃないのか?

538: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:41:18.22 ID:7T0TV7XF0
忍野「まあ、それが僕にとっても、結構な驚きだったんだけどさ。 阿良々木くんならって可能性もあったからね」

忍野「とは言っても、本来は思い出さない物なんだけれど。 知ってるかい、阿良々木くん」

忍野「この怪異の目的は」

忍野「その対象を殺す事によって、一生の記憶にする事なんだから」

暦「殺す? ……それって」

続く言葉が出てこない。

つまり。

対象を殺す。 僕を殺す。

539: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:41:46.95 ID:7T0TV7XF0
確かに、そりゃそうかもしれない。

呪いをかけた奴が、呪いをかけられた奴を殺す。

そして、そこで記憶は終わる。 最後の記憶として。

540: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/18(木) 14:42:15.11 ID:7T0TV7XF0
暦「待てよ。 待てよ忍野。 全然付いていけねえぞ」

暦「一旦、話を戻そう。 まず、忍野が僕を利用していたってのは、どういう意味なんだ」

忍野「うーん。 阿良々木くんはやっぱり、頭の回転が悪いね。 別にいいんだけど」

忍野「それじゃあ、まとめと入ろうか。 最初から、順を追って説明しよう」

忍野「頭の回転が悪い阿良々木くんでも、分かる様にさ」

忍野は笑い、僕にそう言った。


第十五話へ 続く

549: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:29:43.43 ID:0P1TubCZ0
忍野が異変を感じて、ここに戻ってきた日。

やはり、目的があって僕の前に現れたらしい。

もっとも、その時点で僕が異変に気付いていれば、事はもっと簡単に終わったと言う。

最初の異変。

妹達が、僕を起こしに来なかった事。

もっとも、これは忍野には伝えたのだが。

僕が伝えたのは『妹達が起こしに来なかった』との話で、それを聞いた忍野は、火憐と月火を対象から一度、外したらしい。

そうだ。 僕はてっきり、二人ともが二人とも忘れている物だと思っていたんだ。

550: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:30:23.74 ID:0P1TubCZ0
しかし、違う。

火憐は覚えていたのだ。 いつもと同じ様に、なんとなく、覚えていた。

そして、月火は完全に忘れていた。 兄と言う僕の存在を。 一瞬ではあるが。

僕はそれに気付かず、更に忍野の登場にも思う事はあったのだけれど、流してしまった。

当然だが、あの時、既に忍野は気付いていたと言う。

僕に呪いをかけた人がいて、僕に呪いがかかっている事を。

551: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:30:51.40 ID:0P1TubCZ0
しかし、先程も言った様に、呪いをかけた人が誰かまでは、忍野でも分からなかった。

なので忍野は泳がせる事にした。 この僕を。

忍野から言わせれば、僕に忘れられたく無いと思う人間等、恐らくは僕と関係のある人間だと思った。 との事だ。

そして、そんな奴なら必ず、僕に接触してくる筈だ。 と。

その予想は、当たる。

僕に呪いをかけたのは、他でもない。 阿良々木火憐だったのだから。

552: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:31:18.70 ID:0P1TubCZ0
だが、忍野にも予想外の出来事が起きてしまう。

怪異の効果が、想像を上回る速度で広がっていた事だ。

通常ならば、一ヶ月や二ヶ月、その位の時間を掛けて、徐々に広がっていく怪異との事らしい。

けれど、今回は違った。

忍がこの町に来たのが原因の一端とも言える。 しかし、それ以上に。

呪いをかけた人間の想いが、強かった。

553: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:31:45.08 ID:0P1TubCZ0
そして、忍野はそれに対処するべく、僕や戦場ヶ原、羽川を呼び出したと言う。

主に呼び出したかったのは僕らしいが、戦場ヶ原と羽川は保険で呼び出したらしい。

頭が異様に良い二人にも話しておけば、何かきっかけとなる物を掴めるかも。 と踏んでの事だ。

それに異論を呈する訳にも行かないので、僕は黙ってその話の、忍野のまとめた話の続きを聞いた。

その後、一連の説明が終わり、忍野は最後に僕に言った。

僕が、ヤバイ状態であると。

554: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:32:12.27 ID:0P1TubCZ0
そして、羽川と戦場ヶ原は先に帰らせ、二人が去った後の廃墟には、僕と忍野だけが残され。

もし、気付いた事があったら忍野に報告する様に、と警告した。

そう警告する事によって、僕が異変を自ら解決しようとして、動くだろうと考えての事だ。

読まれていたのは腹立だしいと言うか、気分が悪いと言うか、そんな感じなのだが。

この場合、完全に読まれていた方が良かったのだろう。

555: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:32:38.64 ID:0P1TubCZ0
まとめると、忍野が予想出来なかった事が、三つある。

一つ目は、先程も言った様に、火憐の想いが予想以上に強く、怪異の広まる速度が速かった事だ。

そして、もう一つは。

僕が、火憐の事を思い出した事。

最後の一つは。

火憐が僕に近づくのでは無く、遠ざかる選択肢を取った事。

556: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:33:05.88 ID:0P1TubCZ0
最初の一つはともかく、後の二つは結果的に、良い方に転んだと言えるかもしれない。

僕が火憐の事を忘れ、火憐が僕から距離を取った。

僕が火憐の事を思い出し、しかし火憐と接触しなかった。

この二つの場合は、それこそ最悪だったのだが、僕は幸いにも『火憐の事を思い出し、火憐と接触した』のだから。

忍野の目的は、この時点で達成されたとも言える。

僕が餌となり、呪いをかけた火憐を釣り上げた形だ。

557: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:33:31.91 ID:0P1TubCZ0
そして、怪異。

忘物草は、呪いをかけた人間に憑き、対象の人間を殺すと言う。

この場合は火憐に憑き、僕を殺すと言う事だ。

呪いをかけられた対象は、呪いをかけた人物以外から、少しの間だけ忘れられ、その後、他の奴同様に、呪いをかけた奴の事を忘れると言う。

簡単に説明すると、火憐の立場と月火の立場。

僕は少しの間、火憐の立場に居て、次に月火の立場へと移った。

通常、この後数日を持って、怪異は僕を殺しに来ていたと言う。

558: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:33:57.71 ID:0P1TubCZ0
しかし、僕は火憐の事を思い出し、再び火憐の立場に移った。

この場合、やはり同じく、怪異は僕を殺すのだけれど、対策が打てると言う。

つまり、火憐と僕が接触していなければ、成す術も無く殺されていたと言う事だ。

それを考えれば、僕が火憐の事を思い出したのは、不幸中の幸いと言ってもいい。

そして、本来ならば、忍野の様な専門家一人が居れば、その怪異を発見する事さえできれば、すんなりと解決できるとも言っていた(もっとも、予め対象を発見しておく事は必須らしいが)

559: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:34:48.16 ID:0P1TubCZ0
が。

草は成長する。

雑草が水を吸う様に。 花が水を吸う様に。

忘物草は、人の想いを吸う。

そして、そのエネルギー源でもある火憐の想いは、非常に強かった。

当然、そのエネルギーを吸った怪異自体も。

560: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:35:13.52 ID:0P1TubCZ0
既に、忍野だけでは手に負えないレベルだと言う。

出来る限り、被害が出ない様に、ここ数日は結界を張り巡らせていた。 との事だ。

なるほど、それで廃墟には居なかったって事なのだろう。

561: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:35:42.37 ID:0P1TubCZ0
そして、その怪異を消す為には選択肢が三つ。 いや、四つか。

一つ目は分かり易い。 神原の時と同じ条件。 僕が殺される事。

二つ目はその逆。 火憐が死ぬ事。

三つ目は一番難易度が高い。 怪異の本体を炙り出し、戦って怪異のみ殺す事。

四つ目は。

562: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:38:58.01 ID:0P1TubCZ0
「四つ目はあまりオススメが出来ないかな。 やり方は三つ目までと同じ、本体を炙り出すんだけど」

「この草というか、花というか。 まあ、どっちでもいいんだけれど。 弱点があるんだよ」

「てっぺんに咲いている一輪の花。 それをぶった切れば、怪異は死ぬ」

それだけか? と僕が聞いたら。

「いいや、妹ちゃんも『死ぬ』よ」

「妹ちゃんの姿のまま殺すか、怪異の姿をしている妹ちゃんを殺すか、どっちかって事かもね」

との事だ。

563: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:39:47.07 ID:0P1TubCZ0
勿論、そんな案は却下である。

それを聞いた僕が出した結論は。

三番目。

戦って、怪異のみ殺す事である。

弱点である花を切らず、怪異のみを殺す。

忍の刀……心渡を使えば、大分楽になるとは言え、それでもかなり厳しい戦いらしい。

まあ、けど。

564: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:41:55.03 ID:0P1TubCZ0
「忍ちゃんのブレードなら、勝率は大分上がるよ。 少なくとも、倍くらいにはなるね」

「そうか。 けれど、忍野。 僕は心渡を使わないよ」

「……正気かい? それで阿良々木くんが死んでも、責任は取れないけどなぁ」

「いいよ別に。 僕が死んでも、火憐ちゃんは元に戻るんだろ?」

「へえ。 体面的には、方法の三番目を取って、結果的には一番目を選ぶって事かな」

「違う。 忍野風に言わせて貰えば、一番目は保険みたいな物さ。 僕は三番目を選ぶ」

「なら、忍ちゃんのブレードを使わないのは、何でだい?」

「そんなの、当たり前だろ。 妹に、火憐ちゃんに刃を向けるなんて、論外だ」

「はは、あはは。 阿良々木くんらしいね。 まあ、別に僕はいいけどさ」

565: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:42:21.28 ID:0P1TubCZ0
僕は、僕自身で火憐と戦う。

正直、あの化物みたいな妹に、更に化物の力が加わったら勝てる気なんてしねえけど。 それでも僕がやるべき事だ。

忍野曰く、火憐にはただ純粋な想いしか無かったと言う。

僕を想い、想ってくれた。

なら、その想いに答えるのも僕の役目だ。

人間としての、僕。

566: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:42:47.69 ID:0P1TubCZ0
ああ、そうそう。 忍の話もしておこう。

あいつはどうやら、僕が火憐と出会ったその瞬間に、正体に気付いたらしい。

正確に言えば、ある程度成長した怪異に憑かれている火憐を見たら。 だ。

曰く。

「儂が出たら、必ずお前様には言ってしまう。 それは、避けたかったのじゃ」

「まあ、あのアロハ小僧が来た事によって、結果的に避ける事は出来なかったんじゃが」

「放って置いても、その内に怪異が出てきて、お前様が殺される事になったんだろうがのう」

567: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:45:32.34 ID:0P1TubCZ0
との事。

本当に、お人好し吸血鬼である。

そして、今。

忍に血を吸わせるのも、僕は避けた。

いくら今回ばかりは忍野が手伝ってくれるとは言え、自殺するみたいな物だとも言われた。

けれど、やっぱり。

一人の優しい妹に対する僕は、多少でも、人間で居たかった。

分かっている。 これは僕の我侭だと。

568: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:46:31.55 ID:0P1TubCZ0
僕は基本的に行動が馬鹿だし、要領も良くない。

勉強もできなければ、強くない。

妹達には偉そうな口を叩くけれど、自分の事を棚上げにしているだけだ。

我侭でもあるし、変な所で意地を張る。

性格だって良くないし、いつも失敗ばかりだ。

でも。

僕の誇りだけは、自慢できる。

569: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:47:03.59 ID:0P1TubCZ0
誇りの一つも守れないで、何が人間だ。 何が兄だ。

それだけは、絶対に譲れないんだ。

570: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:48:26.49 ID:0P1TubCZ0
暦「分かった、僕が選ぶの三番目だよ。 忍野」

忍野「そうかい。 一番きついのを選ぶなんて、ひょっとして、阿良々木くんってマゾだったりするのかな」

暦「かもしれねえな」

僕は笑い、忍野にそう言う。

結局、僕と火憐は似ているのかもしれない。 あんまり似ていても、嬉しい部分では無いけれど。

忍野「ま、いいよ。 阿良々木くんがそれを選ぶなら、僕は何も言わない。 今回に限ってだけど、僕も手伝うしね」

暦「悪いな。 迷惑掛ける」

571: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:52:05.71 ID:0P1TubCZ0
忍野「気にしないでくれよ。 僕と阿良々木くんの仲じゃないか」

忍野「さて、それじゃあ僕は準備に取り掛かるけど。 妹ちゃんとお話は、良いのかな」

忍野「最後の話になるかもしれないしね」

忍野は僕に向け、そう言った。

僕はその言葉を悪いとも思わない。 事実なのだから。

これが、僕と火憐が話す最後の時なのかもしれない。

572: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:53:48.63 ID:0P1TubCZ0
暦「火憐ちゃん」

忍野は空気を読んでくれたのか、ただ準備に取り掛かっただけなのか、部屋から姿を消していた。

火憐「なんだ、兄ちゃん」

暦「ごめん」

僕は火憐に向け、頭を下げる。

火憐「……何でだよ。 何で兄ちゃんが謝るんだ」

573: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:54:28.73 ID:0P1TubCZ0
火憐「あたしの所為で、こんな事になってるんだろ? あたしが加害者で、兄ちゃんが被害者で」

火憐「謝るのはあたしの方じゃねえか。 そうだろ、兄ちゃん」

暦「確かに、火憐ちゃんの言う通りかもな」

暦「火憐ちゃんの言う事は、いつも正しいからさ」

暦「けど、僕は僕自身が許せないんだよ。 今回の事、もっと早く気付けた筈なのに」

暦「流してしまったんだ。 大して気にもせず」

574: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:54:56.83 ID:0P1TubCZ0
火憐「そんなの、仕方ねえだろ。 兄ちゃんの所為じゃない」

暦「言ったろ。 火憐ちゃんが許してくれても、僕が僕を許せないんだよ」

暦「だから、必ずまた会おうぜ。 火憐ちゃん」

火憐「……勝てるのかよ。 兄ちゃんが、あたしに勝った事なんて無いだろ」

暦「そればっかりはやってみないとな、分からない」

暦「けど、火憐ちゃんより強いだとか、火憐ちゃんより弱いだとか、そんなのどうでも良いんだよ」

暦「それ以前に、僕は火憐ちゃんの兄ちゃんなんだからさ」

575: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:55:24.15 ID:0P1TubCZ0
火憐「あはは。 格好良いよな、兄ちゃんはさ」

火憐「でも……本音を言うと、やめて欲しい」

暦「何でって、聞いてもいいか」

火憐「あたしがした事の責任は、あたしが取る。 今この瞬間にでも、あたしを殺してくれれば、全部終わるんだろ? だったらそうしてくれよ」

火憐「それで、全部終わるんだろ?」

576: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:55:53.06 ID:0P1TubCZ0
暦「……忍野はそう言ってたけどさ」

暦「終わらないよ。 火憐ちゃん」

暦「お前が死んだら、誰が僕の事を毎朝起こしてくれるんだよ」

暦「月火ちゃんの面倒も、僕だけじゃ見切れないぜ」

暦「もしかしたら、月火ちゃんと無理矢理お風呂に入ろうとするかもしれない。 そんな時、止める奴が居なかったらどうするんだよ」

暦「それに、僕は月火ちゃんをいじめるぜ。 それの報復として殴り込んで来るのは誰だよ」

暦「肩車だってそうだろ。 僕を肩車してくれるのは一人しかいねえんだ」

暦「全部、火憐ちゃんじゃなきゃ、出来ない事だろ」

暦「だから、死ぬのは許さない。 僕の為に生きろ」

577: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:56:23.45 ID:0P1TubCZ0
火憐「は、ははは。 すげえ言葉だな。 僕の為に生きろって」

火憐「……でも、兄ちゃんの命令なら仕方ねえな。 兄ちゃんの命令は絶対だ」

火憐「分かったよ。 兄ちゃん、また会おうぜ」

暦「おう。 任せておけ」

火憐「任せたよ、兄ちゃん」

僕と火憐は笑い、拳と拳をぶつける。

なんだか男同士の約束っぽいが、これでいいんだ。

578: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:57:07.56 ID:0P1TubCZ0
暦「それじゃあ、忍野を呼んで来るよ」

そう言い、僕は部屋の外に出ようとする。

火憐「あ、兄ちゃん」

そこに、火憐の声が掛かった。

暦「ん?」

火憐「一つ、頼みがあるんだ」

火憐は僕に対し、笑顔を向けながら言う。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」

火憐もまた、笑い、答える。

579: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:57:49.53 ID:0P1TubCZ0
火憐「あのさ。 全部、終わったらさ」

火憐「一日だけ、一緒に寝てくれ」

暦「前にも言ったが、火憐ちゃん。 妹の処女なんていらねえぞ」

火憐「違うよ。 そういう意味じゃない。 もっと純粋な意味でだよ」

暦「あはは。 分かってるさ。 冗談だ」

暦「月火ちゃんは、無しでか?」

火憐「おう。 月火ちゃんは無しだ」

暦「了解。 優しい優しい兄ちゃんが引き受けてやるよ」

火憐「……ありがとう」

580: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/19(金) 13:58:17.11 ID:0P1TubCZ0
その言葉を聞き、僕は部屋を出る。

さて、後は忍野と話を付けるだけか。

意外にも、忍野は部屋を出てすぐの所で待っていた。

忍野「やあ、お疲れ様。 ああ、今からが大変だし、まだ言うべきじゃなかったかな」

暦「妹のしたヘマの後片付けなんて、大変でもなんでもねえよ」

忍野「そうかい。 じゃあ一度、妹ちゃんも交えてお話しようか」

との事で、僕は先程、また会おうと格好良く別れた妹と数分間を置いて、再会する事になったのだったけれど。



第十六話へ 続く

587: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:00:42.17 ID:16NcLeen0
忍野「それじゃあ、説明するよ」

暦「ああ、頼む」

僕の言葉で、忍野は説明を始める。

忍野「まず、選択肢は三番目……つまりは、阿良々木くんは妹ちゃんに憑いている怪異と戦うって事だね」

忍野「これに関しては、異論は無いかな。 まあ、あったからってどうって訳でも無いんだけど」

火憐「ねえよ。 あたしもそれでいい」

暦「僕もだ」

588: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:01:09.47 ID:16NcLeen0

忍野「そうかい」

忍野「というか、阿良々木くん。 一つ聞いてもいいかな」

暦「ん? どうした、忍野」

忍野「阿良々木くんの家ってさ、目上の人に対する言葉遣いとか、教えないのかい?」

暦「……ほっとけ」

忍野「ははは。 そこら辺含めて、そっくりだよ。 君達は」

火憐「そりゃそうだ。 あたしは兄ちゃん大好きっ子だからな」

自信満々に言うなよ、恥ずかしくねえのかよ。

589: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:01:45.94 ID:16NcLeen0
暦「話を戻そうぜ。 それで忍野、その後は?」

忍野「ああ。 今回に限ってだけど、僕も阿良々木くんと一緒に戦ってあげるよ。 勿論、あくまでも協力って形だけどね」

暦「そりゃ、大分心強いな」

忍野「おいおい、僕はただのアロハのおっさんだぜ。 あんま期待されても困るな」

自分で言うのか、それ。 確かにアロハのおっさんだけれども。

590: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:02:16.67 ID:16NcLeen0
火憐「……タダで、やってくれるのか?」

忍野「ん? ああ、お金かい?」

火憐「そうだ。 あたしの知ってる大人は、詐欺をしやがったんだ。 それで騙された奴が何人も居る。 あんたがそうだとは思わねえけどさ」

火憐「タダで手伝ってくれるってのも、なんだか気分が悪りい」

忍野「へえ。 酷い大人が居た物だね。 全く」

忍野「まあ、君がそれでいいならいいけど。 高く付くよ? 今回のは厄介だしさ」

暦「……いくらだ?」

591: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:02:49.87 ID:16NcLeen0
僕の吸血鬼で、五百万だったろ。 一応あれも、かなり厄介なパターンだった訳だし、少なくともそれよりは。

なんて、僕はそう思ったのだけれど。

忍野「一千万。 それが妥当な金額かな」

暦「おい、おいおいおい。 待てよ忍野。 そんな金額、火憐ちゃんに払えると思ってるのかよ」

忍野「今すぐなんてひと言も言ってないさ。 払える時でいいよ」

暦「けどな! 一千万って、僕の時の二倍じゃねえかよ」

忍野「そりゃ、そうだろ。 阿良々木くん」

忍野「僕も今回、文字通り命賭けなんだぜ。 相場から言えば、大分サービスしてる方なんだけど」

592: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:03:19.02 ID:16NcLeen0
暦「だけど!」

確かに忍野の言うとおりなのかもしれないけれど、それでも、そんな金額なんて、少なくとも簡単にどうこうできるって額でも無い。

僕が返済を手伝うにしても、だ。

火憐「いいよ、兄ちゃん」

火憐「払う。 一千万だな」

暦「お、おい。 火憐ちゃん」

火憐「大丈夫だよ。 あたしはこう見えて、働く女なんだぜ」

593: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:03:45.66 ID:16NcLeen0
暦「だけどな……大体だ。 一千万ってどの位か分かってるのか?」

火憐「当たり前だろ。 とにかく、あれだ」

火憐「一万円がいっぱいって感じだろ?」

アバウトすぎるだろ。 確かに一万円がいっぱいだけれどもな!

暦「……まあ、いいよ。 僕も返済は手伝う」

火憐「駄目だ。 あたしの借金はあたしで返す。 これだけは譲れないぜ、兄ちゃん」

暦「つっても、お前一人じゃ返しきれないだろ。 二人でも返せるかどうかすら、分からないんだぜ」

594: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:04:23.75 ID:16NcLeen0
火憐「なんとかする! だから兄ちゃんは気にするな」

暦「なんとかできねえって! 死に物狂いで働いてやっとだぞ!」

こいつ、本当に分かって無いんだろうな。

火憐「兄ちゃんはいいから黙ってろ! 殴るぞ!」

暦「あ、えっと」

やべえ。 妹に脅されてびびって黙ってしまった。

595: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:05:19.64 ID:16NcLeen0

忍野「はは。 本当に仲が良いよね、君達は」

忍野「ま、兄妹喧嘩もそろそろ終わりにしてさ。 本題に入ろうか」

その原因を作ったのはお前だけどな、忍野。

まあ、助け舟を出してくれたのには感謝しておこう。

忍野「それで、僕が手伝い、見事に成功すれば」

忍野「妹ちゃんも元通り。 阿良々木くんも死なずに済んで、更には皆の記憶も元通り。 めでたしめでたし」

忍野「んで、阿良々木くんが死んだ場合」

忍野「この場合も、妹ちゃんは元通り。 けれど阿良々木くんは死亡。 この場合でも記憶は戻る。 怪異が目的を達成したって事になるけど、後味は悪いね。 それに、忍ちゃんもその場合は始末しなければ、まずい」

忍野「こんな所かな?」

596: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:06:05.18 ID:16NcLeen0
そうか。

僕が死ねば、忍は今の状態では無くなり、本来の吸血鬼へと戻るのか。

なるほど、それなら僕は、余計に死ねない訳だ。

暦「分かった。 火憐ちゃんも、忍も、それでいいか?」

火憐「あたしは文句ねえよ。 てか、言える立場でも無いし」

忍「儂も構わん。 どうせ余生じゃからのう」

との事で、これで決まりの様である。

597: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:06:32.07 ID:16NcLeen0
忍野「さてと。 それじゃあ、下で準備をしてくるよ。 妹ちゃん、行こうか」

火憐「ああ」

忍野「場所は、この前阿良々木くんが悪魔と戦ったあの場所だからね。 間違えない様に」

暦「どうやったら間違えるんだよ」

忍野「念の為だよ。 ああ、そうだ。 これも念の為に言って置くけど」

忍野「次に会う時は、妹ちゃんは化物の姿になってるからね。 そこら辺、分かってるのかい」

暦「……分かってるさ」

598: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:07:00.40 ID:16NcLeen0
忍野「そうか。 ならオッケー。 じゃあまた、後で」

そう言い、忍野は部屋から火憐を連れて出て行く。

暦「火憐ちゃん、また後で」

僕は火憐にそう言い。

火憐「おう兄ちゃん。 また後で」

火憐は僕にそう言った。

599: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:07:40.97 ID:16NcLeen0
そして、今に至る。

現在。

忍野の準備が終わるのを待ち、上の部屋で忍と二人で待機という訳だ。

忍「お前様よ」

暦「ん?」

忍「やはり、少しでも儂に血を吸わせておいた方が、確実に良いと思うのじゃが」

暦「そりゃ、そうかもな」

忍「だが、やらないと?」

600: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:10:26.10 ID:16NcLeen0
暦「ああ。 一応、多少は普通より回復力があるし」

忍「まあよい。 いつ死ぬのか生きるのかを選ぶなんて、お前様の勝手じゃしな」

暦「迷惑掛けるよ。 お前にも、忍野にもさ」

忍「カカッ。 迷惑ならいつも掛けられておるわ。 いつか、お前様があの巨大な妹御に言った様に」

暦「そうか。 なら結局、僕はあいつと似ているのかな」

忍「そりゃ、そうじゃろ。 瓜二つじゃ」

どこら辺が瓜二つだよ。 双子でもあるまいし。

601: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:10:52.79 ID:16NcLeen0
忍「だが、お前様はお前様じゃよ。 妹御は妹御。 似ているが、一緒では無い」

忍「お前様は、巨大な妹御の思っている事に気付けなかったのを酷く後悔している様じゃがな」

忍「似ているからこそ、気付かない事もあるんじゃよ。 距離が近すぎて、気付かないと言った所じゃ」

距離が近すぎて、気付かない。

なるほど。 僕達の場合は案外、そんな感じなのかもしれない。 今まで、そんな事は思った事も無かったけれど。

暦「けど、さっき火憐ちゃんとも話したけどさ。 これが終わったからと言って、全てが終わる訳じゃねえんだよな」

602: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:13:07.41 ID:16NcLeen0
忍「ふむ。 怪異と一度でも関われば、関わり易くなる。 かのう?」

暦「そう。 火憐ちゃんも、僕みたいに次から次へと問題事を抱えるのかもしれない」

忍「なんじゃ、お主。 首を突っ込んでいたのが問題事だと、認識しておったのか」

暦「一応はな。 だけどさ、本当にこれで良かったのか。 とは思うよ」

忍「と、言うと?」

暦「気付けた事はいっぱいあったんだよ」

暦「最初の日の事だったり、火憐ちゃんが想っていた事だったり、今思えば、異変だらけじゃないか」

603: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:13:57.16 ID:16NcLeen0
忍「先程も言った様に、お前様と巨大な妹御の場合は、距離が近すぎたんじゃよ」

暦「って言ってもさ、気付けなかったのは僕の責任なんだよ。 近すぎたとしても、分かる事なんて出来た筈なんだ」

忍「なるほどのう……お前様がそう思うのも無理は無い話じゃと思うが、後悔しても仕方ないじゃろ。 過去には戻れんしのう」

暦「……そりゃそうだな。 進むしか、ねえんだよな」

忍「それに今回、儂は一本道だったと思っておるぞ。 分かれ道の無い、一本道」

暦「そうでも無いだろ? 僕が気付くべき事に気付けば、事態は変わっていたんだろうし」

忍「それこそ、そうでも無い。 じゃな」

604: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:14:46.07 ID:16NcLeen0
暦「どういう意味だ、忍」

忍「簡単な事じゃよ。 お前様と、妹御だったから、今回の事になったんじゃ」

忍「馬鹿と馬鹿だしのう。 選べる道なんて、最初から無い」

忍「それに、小僧と小娘じゃあ、分かれている道の存在にも気付かなくて当然じゃ」

確かに、そうかもな。

僕も火憐も、まだまだガキなんだ。

そんな二人が並んで歩いても、前しか見えないだろうし。

僕と火憐の性格的にも、か。

605: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:15:11.20 ID:16NcLeen0
暦「忍にそう言われちゃ、返す言葉もねえな」

忍「だから、お前様が悩む事でも無いわい」

忍「お前様は、ただ妹に想われて幸せだなぁ。 とか感じておればいいだけじゃ」

暦「いやいや、それじゃシスコンじゃねえかよ。 確かに幸せだけどな」

僕がそう言うと、忍はこれ以上無い程に呆れた顔をして、溜息を付いた。 何やってんだこいつ。

忍「ま、お前様がそう思うのならこれ以上は何も言わん」

暦「? まあ、いいけどさ」

606: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:16:46.55 ID:16NcLeen0
暦「とにかく、僕はまたあの家に帰る。 もう一人の妹も待っているし」

忍「そうじゃな。 今回、儂は殆ど無力と言っていい。 いくらあの小僧がおると言っても、油断はするなよ」

暦「はは。 随分とマジな兄妹喧嘩になりそうだな。 あいつ、強いからなぁ」

忍「儂も間接的にボコされておるしの」

ボソッと言うなよ、怖いから。

と、そんな話をしている時に、部屋の扉が開いた。

607: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:17:19.72 ID:16NcLeen0
忍野「やあ、お待たせ」

忍野が戻ってきたと言う事は、つまり。

暦「準備が出来たって事か」

忍野「うん。 今は部屋を閉じてあるけど、開けて入ったら外には出られないからね」

忍野「その辺りは、あの悪魔の時と一緒って事だよ」

忍野「ただ、今回ばかりは誰も助けに来ない。 前みたいにツンデレちゃんが来る事も無いからね」

608: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:18:01.63 ID:16NcLeen0
暦「分かってるさ。 それに、これは僕と火憐ちゃんの問題だ。 戦場ヶ原を巻き込む訳には行かない」

忍野「そりゃそうだ。 けど、あのツンデレちゃんは多分。 怒ると思うけどなぁ、本当の事を知ったらさ」

だろうな。 怒り心頭で、多分僕は海に沈められるか、切り刻まれるか、文房具で刺されるかのどれかだろう。

こえー。

暦「忍野、戦場ヶ原には絶対に言うんじゃねえぞ」

忍野「勿論、男と男の約束だ」

忍野は僕の方に拳を向け、親指だけを突き立てる。

ここまで信用ならない奴も中々いねえな、ほんとに。

609: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:19:13.61 ID:16NcLeen0
忍野「それで、真面目な話だけどさ」

忍野はおどけた声の調子を変え、普段より更に、低い声で言う。

それだけで、僕はそれほど真面目な話だと、理解した。

忍野「一番最悪なパターンは、阿良々木くんが死に損ねる事かな」

暦「僕が死に損ねる? そんな事、あるのか?」

忍野「あるよ。 僕が先に死ねば、あの結界は破れる」

610: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:19:43.14 ID:16NcLeen0
忍野「つまり、扉も内側から開くって事さ。 そこで阿良々木くんが逃げ出せば、死に損ねる」

忍野「そうなったら最悪のパターンだ。 あの怪異は、阿良々木くんが死ぬまで、花粉を撒き散らす」

暦「花粉? それって……」

あれだ。

僕が火憐や忍の事を忘れる直前に嗅いだ、あれの事か。

忍野「そ。 つまりは全員の記憶がぐちゃぐちゃになるって事さ」

忍野「ましてや、妹ちゃんが表に出ている時じゃなく、今は怪異その物が現れている」

忍野「その場合、阿良々木くんと関わりのある人間が標的になる可能性も、忘れないでね」

611: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:20:17.87 ID:16NcLeen0
なるほど。 まあ、あまり関係の無い事だ。

だって、僕が命惜しさに逃げ出すなんて事は、無いのだから。

暦「その辺は心配いらねえよ。 もし死ぬ時は、潔く死ぬさ」

暦「まあ、最後まで諦める気も無いけどな」

忍野「そう言うと思った。 阿良々木くんは分かり易くて助かるよ」

暦「そうかよ。 なら無駄口を叩いてないで、さっさと行こうぜ」

忍野「はは。 元気良いね、阿良々木くん」

612: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:20:53.93 ID:16NcLeen0
てっきり、いつもの言い回しを忍野はするのかと思ったけど、その後に続く言葉は無かった。

暦「どうしたんだよ。 いつもみたいに言わないのか?」

忍野「僕だって、良識は弁えているさ。 とてもじゃないが、良い事があった様には見えない阿良々木くんに対して、そんな事、口が裂けても言えないなぁ」

マジかよ。 お前、僕が良い事無い時でも、すげえ楽しそうに言ってたよな。

月火ではないが、録音して聞かせてやりたい位だ。

とまあ、思った物の、恐らくは忍野もそれ位本気って事だろうか。

いや、そもそも、こいつはいつも手を抜いている様にも見えるし、本気を出したらどうなるのかも分からないが。

613: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:23:27.67 ID:16NcLeen0
そんな話をしている内に、着いた。

かつて、一度入った事のある部屋。

今は、火憐が中に。

忍野「最後に確認だ。 阿良々木くん」

忍野「忍ちゃんのブレードは、本当に使わないのかい?」

暦「ああ。 使わないよ」

忍野「相手は怪異だよ。 それも、かなり強力なね」

忍野の言葉に、僕は笑いながら、返す。

614: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:24:41.14 ID:16NcLeen0
暦「違うな。 これはただの兄妹喧嘩だ」

暦「兄妹喧嘩に刀なんて取り出しちゃ、事件になっちまう」

月火はしょっちゅう、凶器を取り出しているけれどな。

それでも事件になってない辺り、あいつも意外と、歯止めが利くのだろうか?

……無いか。 それは僕がうまい事回避しているだけだ。 つっても、実際に刺されでもしたら、その時点であいつは、僕の体質に気付くのだろうけれど。

忍野「ま、それで良いなら、いいけどさ」

615: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/20(土) 20:25:11.04 ID:16NcLeen0
忍野「いくら阿良々木くんが妹ちゃんを庇っても、妹ちゃんは自業自得なんだぜ? その辺りは、分かってるのかい」

暦「僕もそう思う。 あいつの場合、殆ど自業自得だし」

暦「けど、忍野。 火憐ちゃんにはもっと似合う言葉があるんだよ。 四字熟語でな」

そうだな。 少なくとも、自業自得よりは、ぴったりだろうよ。

暦「才色兼備。 それしかねえ」


第十七話へ 続く。

619: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:23:43.75 ID:3uFUiPCu0
形容するならば、巨大な木。

最早、それは草とは呼べない程の、巨大な木だった。

ここからでは、その巨大な木によって、火憐の姿は見えない。 いや、あの木そのものが、既に火憐なのだろうか。

まるで、ゲームかなんかのボスみたいだな、と思う。

でかさ的には、どのくらいあるんだ、これ。

火憐を縦に並べて、五人分くらいか? って事は、十メートル近くはあるのだろう。

なるほど。 こりゃ、確かに巨大な妹御だな。

620: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:24:21.84 ID:3uFUiPCu0
そして、その木を覆うように生えているのは草だった。

その一本一本が意思を持っているかの様に、蠢いている。

いや、草っつうよりはツタと言った方が正しいか。

忍野「阿良々木くん、見えるかい」

横に居る忍野がそう言い、木の上部を指差す。

忍野「あそこに生えている花。 あれがあの怪異の弱点と言うか、本体と言うか、それだよ」

ふむ。 確かに小さくではあるが、見える。 いくら弱点と言っても、あそこまで行くのにも苦労しそうではあるな。 それに、僕は。

623: 620-621の間 ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:27:28.23 ID:3uFUiPCu0
暦「言っただろ、忍野。 僕はあれを斬ったりはしない。 火憐ちゃんを殺す訳には、いかない」

忍野「そうかい。 ま、一応って事で頭に入れておいてくれよ」

そうは言われても、僕は多分、本当に死にそうになったとしても、あれを攻撃する事は無いのだろうが。

暦「忍、お前は影の中に入っておけよ。 今のままじゃ、ただの幼児だからな」

忍「分かっておるよ、我が主様。 ただ、あまり無茶はせんようにな」

暦「どうだかな。 火憐ちゃんが暴力的じゃなきゃ、良かったんだけど」

暦「どうも、そう簡単には行きそうに無い」

621: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:25:14.26 ID:3uFUiPCu0
僕の目の前に生えている木は、今にも攻撃しようと、無数にあるツタを蠢かしている。

それは火憐の意思では無く、怪異の意思だ。 ただの、呪い。

忍野「それじゃあ、行こうか」

いつの間にか、忍野が先行する形で歩いていて、僕はその後をゆっくりと付いて行く。

そして、何歩か歩いた所で忍野は止まる。

忍野「ここら辺かな」

忍野「阿良々木くん。 これより先に進めば、奴の範囲内だ。 つまりは」

忍野「これ以上進めば、戦闘開始って所だね」

624: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:28:02.15 ID:3uFUiPCu0
僕の目の前に生えている木は、今にも攻撃しようと、無数にあるツタを蠢かしている。

それは火憐の意思では無く、怪異の意思だ。 ただの、呪い。

忍野「それじゃあ、行こうか」

いつの間にか、忍野が先行する形で歩いていて、僕はその後をゆっくりと付いて行く。

そして、何歩か歩いた所で忍野は止まる。

忍野「ここら辺かな」

忍野「阿良々木くん。 これより先に進めば、奴の範囲内だ。 つまりは」

忍野「これ以上進めば、戦闘開始って所だね」

625: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:28:30.70 ID:3uFUiPCu0
おいおい。 まだ、あの木とは大分離れた位置なんだけど、どんだけ範囲が広いんだよ。

忍野「とは言っても、阿良々木くんは素手だから、うまい事あの木の懐に潜り込まなきゃ、勝機は無いよ」

暦「懐に? そこまで行けば勝てるのか?」

忍野「恐らくはね」

忍野「あの木の中に、君の妹ちゃんは居る。 だから、妹ちゃんを縛っている草を解けば、怪異は消えて無くなるよ」

木の中、ね。 火憐はつまり、あの幹の中にいるって事か。

確かに、遠目だからはっきりとは分からないけれど、隙間の様な物は見える。

……なるほど、あそこから中に入れって事か。 だが、そんな簡単で良いのだろうか?

626: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:28:58.37 ID:3uFUiPCu0
暦「それだけか? なら、思っていたよりも簡単そうだな」

忍野「ははは。 それが大変なんだよ、阿良々木くん」

忍野「忍ちゃんのブレードも無ければ、今の阿良々木くんは殆ど人間だ。 攻撃してくるツタを斬る事も出来なければ、食らいながら無理矢理進む事も難しい」

忍野「僕も不死身体質なら、突っ込んで良いんだけどさ。 生憎、僕は一発食らったら終わりの人間なんだよ」

忍野「僕はここから、あいつの動きを妨害する事に専念する。 辛い役目は全部阿良々木くんだけど、良いかな」

暦「ああ、分かった」

妹の為だ。 こんなの、何でも無いさ。

627: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:29:26.14 ID:3uFUiPCu0
忍野「そうだ。 忍ちゃん、ちょっと良いかな」

いつの間にか、忍野は僕の後ろに立っていた。 そして、僕の背中で忍と何やら会話をしている様だ。

さてと。

集中するかな。

目の前の怪異。 いや、火憐を見つめる。

628: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:30:17.35 ID:3uFUiPCu0
ったく、本当に色々と、迷惑を掛けてくれる妹だな。

まあ。 今回に限っては、僕にも責任はあるのだけれど。

つうか、そんな風になる程僕の事を想うとか、お前はヤンデレかよ。

似合わねえな。 お前はさ、もっとあれだろ。

単純で、純粋で、馬鹿で、暴力的で、元気で。

そんな、奴だろ。

別に、良いけどさ。

629: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:30:44.25 ID:3uFUiPCu0
全部終わらせて、帰ろうぜ、火憐ちゃん。

月火ちゃんも入れて、三人で話そう。

僕の身にあった事。 火憐の身にあった事。

家族だから、隠し事ってのもあるかもしれないけどさ。

言えない事ってのも、あるかもしれないけどさ。

少なくとも、僕の事はもう、言えない事じゃないぜ。

630: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:31:11.42 ID:3uFUiPCu0
火憐ちゃんは僕の事を受け入れてくれたし、人間だと言ってくれた。

忍野みたいに、影縫さんみたいに。

月火ちゃんも、多分そうだよな。

なんつっても、こんだけ想われちゃ、嘘なんか付きたく無くなるっつうの。

腹を割って話そう。

今まで、火憐ちゃんの事は嫌いだ嫌いだって言ったけど。

今なら言える。 好きだぜ、火憐ちゃん。

631: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:31:37.94 ID:3uFUiPCu0
忍野「阿良々木くん、準備は良いかな」

背中から、忍野の声が聞こえてきた。

忍との話は終わったのか、既に忍は僕の影の中へと消えている。

暦「ああ、大丈夫。 いつでもいける」

後ろは振り返らないまま、僕はそう言う。

忍野「そうかい。 じゃあ」

-----------------また会おう、阿良々木くん。

632: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 17:32:34.08 ID:3uFUiPCu0
その言葉を聞き、僕は踏み出す。

踏み出すと言うよりかは、駆け出す。

一歩一歩、火憐に向けて。

ツタがそれに気付いたのか、僕の方へ向けて、飛んできた。 飛んできたと言うよりは、ただそのツタをしならせて、僕の方に攻撃をしてきただけなのだが、まるで飛んできた様な動き方だった。

速度はかなり速いが、避け切れない程でも無いか?

判断するのと同時に、目の前に迫ってきたツタを体を捻り、避ける。

 の辺りを掠めるようにして、ツタは僕の後方へと流れて行った。

よし、これなら行ける。

これならまだ、避けられる。

633: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:03:44.22 ID:3uFUiPCu0
これもまた、忍野のお陰だろうか。 つうか、動きを阻害してこれって、阻害しなかったらどうなるんだよ。

忍「お前様、後ろじゃ!」

突然、影の中から声が聞こえる。

忍か。

てか、後ろ? 後ろってお前、忍野が居るだけじゃねえかよ。

と思いながらも、振り返る。

ああ、そうか。

その光景を見て、僕は忍の言葉の意味をはっきりと理解した。

ツタは行ったら行ったっきりじゃねえのか。

それを引き戻す際にも、僕を攻撃できるのか。

634: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:04:36.22 ID:3uFUiPCu0
暦「……っ!」

気付くのが遅れたのもあり、今度は完璧には避けきれない。

一本のツタが、僕の腕を切り裂いた。

けど、まだ、まだだ。

まだ、この程度。 掠り傷程度。

僕は再度、前を向き、走る。

距離はどのくらい縮まったのだろうか? もう半分ほどまで来ただろうか?

後ろを見ては走れないので、正確な距離は分からないが、確実に近づいているのは理解できた。

635: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:05:18.98 ID:3uFUiPCu0
が。

次の攻撃で、僕は認識の甘さを理解する事になるのだけれど。

いや、忍野も分かっていなかったのだろうか?

それすらも、どうでも良い。

つまり、あの木は『本気で僕を殺しに来ていなかった』のだ。

今の、今まで。

暦「ぐあっ!」

文字通り、目に見えない速度で、ツタが僕の左腕を切り離した。

くっそ、マジかよ。 見えないって問題じゃねえぞ。 気付いたらって感じだ。

636: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:06:35.92 ID:3uFUiPCu0
いてえな。 だけど、まだ腕一本だ。

春休み……あの地獄の様な日々のおかげで、大分痛みには我慢が効くようになっているのが幸いか。

僕は痛みを堪え、走る。

木には既に、大分近づいてきている。

あそこまで行けば、全部終わる。

また、火憐と月火と、馬鹿な事が出来る。

元通りとは言えないけれど、また戻れる。

637: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:07:11.57 ID:3uFUiPCu0
忍野「阿良々木くん! 下がれ!」

後ろの方から、忍野の声が聞こえてきた。

おいおい、忍野。 もう少しなんだぜ。 後少しで、全部終わるんだ。

なのに今更下がれなんて、意味が分からねえぞ。

ああ、そうか。

このパターンって、良くあるあれか、僕が死ぬパターンか?

その考えは、見事に当たる訳で。

気付いた時には、右足が無くなっていた。

勿論、そんな状態で進める訳も無く、僕は地面へと倒れ込む。

638: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:07:44.35 ID:3uFUiPCu0
暦「……っ!」

くそ、痛みすら、もう感じ無い。

次の瞬間には死んでるかもしれないな。 こりゃ。

だが、木は次の攻撃を仕掛けてこない。

火憐の意思?

違うか。 今、僕の目の前に居るのは、紛れも無く僕の妹の火憐ではあるけれど。

それ以上に、怪異なのだ。

想いを吸うとは言っても、それはエネルギーとして。

火憐の想い等、この怪異の前では意味の無い物だ。

639: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:08:34.12 ID:3uFUiPCu0
恐らくは、飽きただけなのだろう。 放っておいても死ぬと、判断されたのだろう。

僕は、死ぬ。

結局、最後の最後まで、何も出来なかった。

火憐との約束さえ、どうやら守れそうにも無い。

あれだけ火憐の前では格好良い事を言っておきながら、このザマじゃあ、月火にぐちぐち言われそうだな。

所詮、一人のガキの我侭じゃあ、この程度だろう。

だからと言って、僕は心渡を持ち出さなかった事や、吸血鬼化していなかった事を後悔したりはしない。

そこに理由があるとするならば、僕の想い。

640: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:09:12.44 ID:3uFUiPCu0
今の今まで、火憐に僕の想いをぶつけた事なんて、無かった。

だから、せめて最後くらいは、兄で居たかった。

火憐や月火から言わせれば、僕はいつでも兄なのだろうけれど。

まあ、でも。

暦「やっぱ、強いよな。 火憐ちゃんは」

なんて。

簡単な事だ。

僕は火憐に勝てない。

今みたいな、単純な勝負でも。

641: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:09:43.14 ID:3uFUiPCu0
思えば、この怪異は火憐の想いを吸って、ここまでの怪異になったのだと言う。

それなら、僕は火憐の想いにも勝てなかったって事だろう。 当然か。

これで、火憐は元通りに戻れる。

兄として情け無いったらありゃしないが、後の事は月火に任せるとしよう。

あいつは意外としっかりしているしな、多分、僕以上に。

火憐の事も、うまい具合にストッパーにはなっている様だ。

いや、火憐も火憐で、月火のストッパーにはなっているのか。

良い具合に、二人が二人を吊り合わせている。

そんなあいつになら、任せられる。

642: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:10:09.66 ID:3uFUiPCu0
暦「……そうだ、忍」

危ない危ない、忍の事を忘れる所だった。

忍「なんじゃ、我が主様よ」

忍は姿を出さず、影の中から僕に返事をする。

暦「悪いな。 どうやら、僕は死ぬみたいだ」

忍「ふん。 諦めが早い小僧じゃな」

暦「……悪い」

忍「まあよいわい。 お前様がもう駄目だと言うならば、そうなのだろうよ」

643: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:10:36.10 ID:3uFUiPCu0
暦「弱音は、吐きたく無いんだけどな」

暦「でも、こんな状態じゃあ……僕は、無理だろ」

忍「今、この瞬間にでも、儂がお前様の血を吸えば、戦えるとは思うが?」

暦「……駄目だ、それだけは駄目だよ」

忍「……くだらん意地じゃな」

暦「そうだよ。 くだらない意地だ。 僕の我侭だ」

忍「まあ、別に良いがのう」

644: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:11:04.99 ID:3uFUiPCu0
暦「……忍も、この後、忍野に殺されるだろうな」

忍「お前様が死ねば、そうなるじゃろうな」

暦「迷惑掛けるよ、本当にさ」

忍「さっきも言ったが、迷惑ならいつもの事じゃよ」

暦「はは、そうだったな」

暦「それじゃあ、忍。 さようなら」

僕は影に向けて、忍に向けて、言った。

ありがとう。 なんて言葉は言えないけれど、別れの挨拶くらいなら、別に良いだろう。

645: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:22:32.86 ID:3uFUiPCu0
だが、忍は。

忍「ふは。 あははははははははははははははははははは」

と、笑う。

顔は見えないが、恐らく凄惨に。

忍「カカッ。 なんじゃ、儂がいつ、お前様との別れ話をしたんじゃ?」

忍「お前様が諦めたのかは知らんが、儂はまだ諦めておらんよ」

暦「……何を言ってるんだよ。 この状態じゃあ、無理だろ」

忍「そりゃそうだのう。 恐らく、儂が無理矢理にでも血を吸った所で、お前様は戦わない」

646: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:23:22.13 ID:3uFUiPCu0
暦「分かってるじゃねえか。 なら」

忍「だが、それはお前様の事だろうよ?」

暦「……忍が、戦うって言うのか?」

忍「カカッ。 まさか、儂じゃあとてもじゃないが、お主と同じ末路じゃろうな」

顔は見えないが、恐らく忍は笑いながら、続ける。

忍「話が変わるが、儂には一つ、お前様には謝らねばならん事がある」

なんだよ、こんな時に。

647: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:24:02.49 ID:3uFUiPCu0
忍「すまんのう。 我が主様よ。 儂はお主を騙した」

騙した? あの春休みの事か?

いや、それこそ、今するべき話では無い。

なら、忍は何を言っている?

忍「儂やお前様では無理でも、あのアロハ小僧なら終わらせる事が出来る」

忍「勿論、正面からでは無理じゃろうな。 だから」

忍「四番目の方法、じゃよ」

四番目? 僕が選んだのは、三番目だぞ。

648: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:24:38.19 ID:3uFUiPCu0
忍「だから、騙したと言っておるんじゃよ。 儂とお前様は、最初から囮だったんじゃ」

囮? 僕と、忍が?

暦「ま、待てよ。 忍、僕は四番目なんて選んでいない。 それをやったら、火憐ちゃんが」

忍「くどいぞ。 我が主様」

忍「現にお前様は死に掛けているでは無いか。 これもまた、あの小僧は予想していたのじゃが」

忍「その格好でも、体の向きくらいは変えられるじゃろうよ。 後ろを向いてみい」

そう言われ、残された片方の腕を使い、後ろを向く。

そこには忍野が居て。

手には----------------------------心渡。

649: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:25:05.62 ID:3uFUiPCu0
暦「お、おい、忍野。 何をしているんだよ」

僕の声は届いているのか、いないのか。

恐らくは聞こえていても、僕には忍野を止める事は出来なかっただろう。

なんつったって、この有様なのだ。

暦「やめ、ろ。 やめろ……忍野!」

腕を切られた所為か、足を切り飛ばされた所為か、うまく声が出ない。

650: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:25:32.13 ID:3uFUiPCu0
そして、やはりそれにも聞く耳を持たず、忍野は駆け出す。

怪異は未だ、僕だけしか見ていない様で、忍野に攻撃が向く事は無かった。

そして。

忍野は跳ぶ。 木の頂上を目指して。

僕には顔を向ける事もせず、忍野は、僕の目の前で。

木の頂上に咲き誇る、一輪の花を斬った。


第十八話へ 続く

651: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 18:26:51.80 ID:3uFUiPCu0
以上で第十七話、終わりとなります。

乙ありがとうございます。

654: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:16:43.16 ID:3uFUiPCu0
こっそりもう一話。

655: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:17:13.79 ID:3uFUiPCu0
目の前に、忍野が降り立つ。

僕の方を見ないまま、背中を見せたまま。

その奥で、木が枯れて行く。

僕を殺しかけていた木は、あっさりと。

先程まで動いていたツタも枯れ、灰となっていく。

656: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:17:45.65 ID:3uFUiPCu0
暦「てめえ! 忍野!」

殺された。

火憐が、僕の妹が。

結局、何も守る事なんて出来なかった。

許さねえ。 忍野。

殺す。 殺してやる。

這いつくばり、進み、忍野の足を掴む。

657: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:18:23.48 ID:3uFUiPCu0
暦「ふざけるな、ふざけるなよ! ぶっ殺してやる、忍野!」

忍「ふん」

いつの間に影から出てきたのか、忍は僕の上まで来ると、自らの腕を引きちぎり、僕に血を浴びせる。

驚くほどのスピードで、僕の腕、足が元通りになった。

ありがとう、忍。

これで、忍野を殺す事ができる。

暦「てめぇええええええええ!!」

肩を掴み、顔をこちらに向かせ、殴る。

殴り、殴って、殴りつける、何回も、何回も。

忍野はやがて倒れ、僕はその上へ覆いかぶさった。

658: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:19:23.06 ID:3uFUiPCu0
暦「よくも、よくも火憐ちゃんを!」

また殴る。 何発も何発も何発も。

勢いで殴った所為なのか拳はもう、完全にぐちゃぐちゃになっていた。

けど、関係ない。

僕は、この男を殺さなければ。

暦「……どうしてだよ、何で!」

気付けば僕は泣いていて。 その問いに忍野は答えない。

あくまでもこいつは、僕の顔を見たまま、何も言わない。

それがまた、憎くて。 僕は再度殴ろうと拳をあげる。

そして、その腕を忍が、掴んだ。

659: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:19:51.37 ID:3uFUiPCu0
忍「もう良いじゃろ。 我が主様よ」

良い? 良いって、何が?

暦「邪魔するのか、忍」

そうだ。

なら、先に忍から。

忍「そんな眼をするな、我が主様」

忍「お前様の妹御は、生きておるよ」

660: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:20:17.55 ID:3uFUiPCu0
いき、ている?

でも、忍野が、火憐を。

忍「おるじゃろ、そこに」

そう言い、忍は指をさす。

僕と忍野の先。

先程まで、怪異が居た場所を。

暦「火憐……ちゃん」

その先には、僕の妹が。 火憐が、横たわっていた。

661: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:21:19.76 ID:3uFUiPCu0
時間経過。

結論から言えば、火憐は死なずに済んだ。

僕もまだ頭の整理が追いつかないけれど、その事実だけで、充分すぎたのだろう。

今は、忍野と僕と忍。 それに、火憐も。

忍野がいつも使っている部屋に集まっている。

もっとも、火憐は意識を失っており、寝ている様な物だけれど。

暦「って事は……火憐ちゃんは無事って事で、いいんだよな?」

662: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:21:47.35 ID:3uFUiPCu0
忍野「まあ、無事って程でも無いけどね。 さっきも言った様に」

忍野は僕に殴られた顔を擦りながら、いつもみたいにどこかふざけた様子で、そう言った。

暦「けど、何で忍野は僕を騙したんだ。 四番目の選択は、火憐ちゃんも死ぬって、そう言ってたじゃないか」

忍野「おいおい。 阿良々木くん。 本当に僕の話を何も聞いていなかったのかい。 さっき説明したじゃないか」

ああ、そう言えば……さっき何か言っていたっけか?

マズイな。 火憐が無事だと分かっただけで、何も聞いていなかった気がする。

少し、順を追って思い出そう。

663: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:22:49.69 ID:3uFUiPCu0
以下、回想。

暦「火憐ちゃんが、生きている?」

僕と忍は、火憐の元まで歩いて行き、見下ろす。 いつも元気が良い、僕の妹を。

忍「そうじゃ。 だから言ったでは無いか。 お前様を騙していた、と」

忍「そうじゃろう? アロハ小僧」

忍の声を聞き、忍野はゆっくりと体を起こす。

そして、口を開いた。

664: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:23:22.54 ID:3uFUiPCu0
忍野「全く、阿良々木くん。 いくらなんでも殴りすぎだよ。 まあ、無理もないか」

忍野「……そうさ。 忍ちゃんの言うとおり、始めからこれが狙いだった」

忍野「騙したのは悪いと思ってるよ。 だから、その分のはさっき僕をボコボコにした事で、チャラって事にしといてくれ」

暦「お、忍野。 本当に、火憐ちゃんは生きているんだな?」

忍野「当たり前だよ。 君には妹ちゃんが、死んでいる様に見えるかい?」

その言葉を聞き、火憐の横に座り、様子を伺う。

……息もしているし、心臓も止まってはいない。

顔色も、とても悪い様には見えない。

665: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:23:54.47 ID:3uFUiPCu0
暦「……生きてる、火憐ちゃんは、生きてる」

暦「忍野! じゃあ、どういう事なんだよ。 説明、してくれるよな?」

忍野「はは、勿論」

そうして、忍野は説明を始める。

どこから僕を騙していたのか、僕をどうして囮にしたのか。

666: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:24:33.74 ID:3uFUiPCu0
忍野「まず、妹ちゃんは生きている。 これは事実だね」

忍野「そして、阿良々木くんを囮として利用したのも事実さ」

忍野「うーん。 どこから説明しようかな」

忍野「まずは、そうだね。 僕がいつ、忍ちゃんと話し合ったかは大体分かるよね?」

忍野と忍が、話すチャンス。

ああ、僕の背中越しで、話していたっけか。

この部屋に入って、忍野がここから先に行けば攻撃範囲だと教えてくれて、その時だ。

667: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:25:05.86 ID:3uFUiPCu0
忍野「その時に、忍ちゃんのブレードを借りたのさ。 他にも斬る方法はあったんだけど、これが一番確実だった」

暦「なるほど、それで忍野は心渡を持っていたって訳か」

暦「けど、忍野がやったって言うのは、要は四番目の選択だろ? でも、それが一番楽なんだったら、僕にやらせるべきだったんじゃないか?」

忍野「そりゃあ、もっともな意見だけどさ。 阿良々木くんは恐らく、反対したと思うんだよ」

忍野「そうなると、もう本当にどうしようもなかったからね。 その辺りは諦めてくれよ」

僕が反対する?

668: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:25:37.46 ID:3uFUiPCu0
暦「何故、反対するって思ったんだ?」

忍野「うん。 じゃあ次はそこの説明をしようか」

忍野「僕が言っていた妹ちゃんが死ぬって言うのは、例え話なんだよ」

暦「……例え話」

忍野「そ。 例え話」

忍野「妹ちゃんは実際に、本当に死ぬ訳じゃない」

忍野「死ぬのは、妹ちゃんの記憶。 だよ」

暦「記憶が、死ぬ……」

暦「それは、忍野。 自分が誰かとか、僕が誰かとか、そういう事を忘れるって事か?」

669: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:26:11.19 ID:3uFUiPCu0
忍野「そこまでじゃないさ。 忘れるのは、今回の怪異に関する記憶だけだ」

暦「それって……」

忍野「つまりは、自分が何をしたかとか、阿良々木くんの正体だとか。 そういった事を丸っきり忘れるって事だね」

忍野「まあ、簡単に言うならば、今回巻き込まれた大勢の人の様に、都合よく解釈される。 ゴールデンウィークの時の委員長ちゃんみたいに、忘れた事を忘れているって感じかな」

忍野「阿良々木くんはさ。 色々と思う事があって、妹ちゃんに自分の事を話したんだろ?」

忍野「それすらも忘れられるって言うのは、多分、僕の予想だと阿良々木くんは拒否すると思うんだけれど、どうかな」

忍野「それに、妹ちゃんが自分でした事も忘れるって言うのはね。 阿良々木くんは許可しなかったと思うんだ」

670: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:27:18.54 ID:3uFUiPCu0
そう、だろうか。

僕は、その案に賛成できたのだろうか。

ああ、そうだな。

暦「……だろうな。 忍野の言うとおりだよ。 僕は絶対に賛成しなかった筈だ」

忍野「それが聞けて良かった。 もし、賛成できたって言われたら、僕はとんだ馬鹿だったって事になっちゃうしね」

忍野「阿良々木くんと同じ扱いってのは、勘弁願いたいし」

暦「うっせ」

忍野「はは、元気良いね。 何か良い事でもあったのかい?」

忍野はそう言いながら、木が崩れ落ちた辺りにしゃがみ込み、何かを探している素振りを見せる。

671: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:27:50.09 ID:3uFUiPCu0
忍野「ま、そういう理由だよ。 妹ちゃんは今回の事は全部覚えていない。 けど、生きている」

忍野「後遺症なんてのも、無いだろうね」

火憐は、それで良かったのだろうか。

いや、良い訳無いか。 あいつは、絶対それを良しとはしない。

……多分。

断言なんて、できやしない。

僕はあいつの事、全然分かっていなかったのだから。

つうか、それだと、本当に元通りって事、なのか?

これって、あまりにも。

672: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:28:20.98 ID:3uFUiPCu0
暦「なあ、忍野。 一つ聞いてもいいか?」

未だにしゃがみ込む忍野の背中に向けて、僕は聞く。

忍野「うん。 良いよ」

暦「……あまりにも、一件落着って感じじゃないか? 元通り、振り出しに戻るなんて」

忍野「そうかい? 妹ちゃんには、罪の意識なんて無いんだよ。 それすらも、また罪なんだけれどさ」

忍野「この方法が本当に最善だったのかは分からない。 でも、少なくとも僕は、阿良々木くんが死んで、妹ちゃんが元通りになってって言う未来は、少し違うかなって思っただけさ」

忍野「んでも。 ま、そうだね。 妹ちゃんにとっては、一件落着だろうさ。 何も起きていないし、何も起こっていないんだから」

忍野「けど、阿良々木くんにとっては、違うだろ?」

673: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:28:51.84 ID:3uFUiPCu0
僕にとって。

暦「……それは、そうかもな。 僕も今回、大分、自分の馬鹿っぷりを認識させられたよ」

暦「でも、まあ。 やり直せるのなら、やってやるさ」

暦「ありがとう。 忍野」

自分で言うのもあれだが、僕は珍しくそう言い、忍野に頭を下げる。

忍野「はは、礼を言われる程の事でも無いさ。 阿良々木くんには、大変な役目をやらせてしまったしね」

忍野「それに、阿良々木くん」

忍野「子供が分かれ道の存在に気付けるように、導いてやるのは大人の仕事さ」

忍野はいつもの様に、ふざけた風に、そう僕に言ったのだった。

674: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:29:17.35 ID:3uFUiPCu0
そうしてその後、僕は火憐をおぶって、忍は僕の影に戻り、忍野は少しだけフラフラしながら(多分、僕が殴った所為だろう)いつもの部屋へと向かう。

忍野「そうだ、阿良々木くん」

前を歩く忍野が、僕の方に振り返り、口を開く。

暦「ん?」

忍野「お金の話なんだけど」

そんなのもあったな……つか、マジで払えるのかな。

だけれども、忍野は言う。

675: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:29:44.47 ID:3uFUiPCu0
忍野「今回のはチャラでいいよ」

暦「チャラ? 理由を教えてくれよ」

暦「さすがに、僕を騙したからとか、そういう理由じゃねえんだろ?」

忍野「それは殴られた分でチャラになってるからね。 そうじゃない」

忍野「請求する筈だった阿良々木くんの妹ちゃんが、覚えてないじゃないか」

忍野「なら、そんな子から毟り取ろうなんて事、僕は思わないよ」

忍野「ま、覚えてたら良かったんだけど。 仕方ないかな」

676: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:30:13.74 ID:3uFUiPCu0
暦「……そうかよ」

全く、こいつも本当に、お人好しだよな。

暦「僕に肩代わりとかはさせないのか」

忍野「はは。 阿良々木くんがそれで良いなら、いいけど」

忍野「僕が請求していたのは妹ちゃんだしね。 無しでいいよ、やっぱり」

忍野「その代わり、今度、阿良々木くんには何かご飯でも奢って貰えればいいかな」

忍野「それを手伝い料金って事にしよう」

暦「はは、お安い御用だ」

677: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:30:46.46 ID:3uFUiPCu0
迷惑掛けるよな、忍野にも。

こいつは最初っから、多分、請求する気なんて無かったのだろう。

結局、全て忍野の計算どおりだったって訳なのかもしれない。

まあ、でも。

火憐風に言わせて貰えれば、結果良ければ全て良しって事か。

暦「そういや忍野。 さっき僕と話している時、あの木が枯れていった辺りを探している様に見えたんだけど、何をしていたんだ?」

忍野「ん、ああ。 これだよ」

そう言い、忍野は僕に一つの透明な袋を見せる。

678: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:31:13.86 ID:3uFUiPCu0
暦「これは、粉?」

忍野「そ。 まあ、あの怪異の遺物って感じかな。 これはこれで、結構危険な物だからさ、僕の方で処分しておくよ」

忍野の柄もあり、なんだか危険な薬物を持っているおっさんみたいだな。 言わないが。

暦「危険……ねえ」

暦「それを吸うと、頭がおかしくなったりでもするのか」

忍野「まあ、ある意味ではそうかもしれない」

忍野「この粉は、正確に言えば粉っていうか、花粉なんだけれどさ」

忍野「ある一定の記憶を飛ばしたり、忘れた記憶を戻せるんだ」

679: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:31:40.49 ID:3uFUiPCu0
暦「忘れた記憶を……戻せる?」

暦「っつう事は、火憐ちゃんの記憶も戻せるって事か?」

忍野「うん。 その通り」

忍野「どうする? 阿良々木くん」

忍野「これを使えば、妹ちゃんの記憶は元通り。 阿良々木くんが、最初に望んだ結末になるけど」

つまり、三番目の選択を選んだのと、一緒。

680: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:32:35.35 ID:3uFUiPCu0
暦「……いや、いいよ。 それは忍野が処分してくれ」

忍野「そうかい。 やっぱり、阿良々木くんは変わらないね」

暦「それは、良い意味で? 悪い意味で?」

忍野「両方、って所かな」

暦「……そうか」

忍野「まあさ。 記憶が戻るってのは嘘だよ。 試す様な真似をしてごめんね」

暦「大体分かっていたさ。 記憶をどうこう出来る都合の良い物なんて、そうある訳無いしな」

暦「それに、それが出来るなら最初にそれを説明して、僕と一緒に、四番目の選択を協力してやる事だって出来ただろ?」

681: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:33:02.51 ID:3uFUiPCu0
忍野「確かに、阿良々木くんの言うとおりだ」

忍野の表情は見えないが、多分、笑っているのだろう。

暦「にしても、後味が良すぎて、逆に気持ち悪いな」

忍野「ん。 ああ、そう思うのも無理は無いよ」

忍野「一番最初に言わなかったっけ?」

忍野「今回の怪異は、性質が悪いってさ」

忍野は笑い、僕に言う。

なるほど、確かにこれは、随分と性質の悪い怪異だ。

682: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:33:45.49 ID:3uFUiPCu0
回想終わり。

暦「そうか。 火憐ちゃんは、忘れているのか」

忍野「うん。 まあでも、大好きな兄ちゃんの事は覚えているし、良いんじゃない?」

大好きとか言うなよ。 確かにあいつは言ってたけどな。

忍野「それより、早く帰った方が良いと僕は思うな」

暦「ん? 今日は泊まりだと思っていたんだけど」

683: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:34:19.90 ID:3uFUiPCu0
忍野「おいおい、妹ちゃんが目を覚ましたら、なんて説明するのさ」

忍野「大好きな兄ちゃんと、アロハのおっさんと、幼女だぜ?」

……いやはや、至極もっともその通りである。

暦「分かった。 というか、今の僕と火憐ちゃんってどういう扱いになっているんだ?」

暦「まさか、急に消えて行方不明って事にはなってないよな」

暦「本人も、周りからの言葉で思い出したりってのも、あるんじゃないのか?」

684: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:35:19.99 ID:3uFUiPCu0
忍野「うーん。 そうだね」

忍野「多分、実際にありそうな感じになっていると思うよ」

忍野「この場合だと……」

忍野「大方、その妹ちゃんが家出をして、それを阿良々木くんが探しに行ってるって感じじゃないかな」

はは、すげえありえそうなシチュエーションだな、それ。

暦「まあ、今の状態も似たような物だけどな」

忍野「そうかい」

忍野「ま、とにかく。 これにて終わり。 お疲れ様、阿良々木くん」

685: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:36:04.37 ID:3uFUiPCu0
暦「ああ。 色々と迷惑掛けたな」

暦「……なあ、忍野。 また、会えるか?」

忍野「多分会えるだろうさ。 阿良々木くんには高級寿司を奢って貰う約束もあるし」

寿司? おい、寿司っつったか、今。 てっきりそこら辺のラーメン位の物かと思ったけど、寿司かよ。

暦「はは、そうだった。 じゃあ、またな」

忍野は僕の言葉に、軽く手をあげると、机を並べたベッドに横たわった。

686: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/21(日) 22:36:45.27 ID:3uFUiPCu0
さて、そろそろ帰ろうか。

長い家出も、ようやく終わりを迎えられる。

僕は火憐をおぶり、火憐が持ってきた荷物は一旦廃墟に置いて、家路へと就く。

三日間の物語も、終着点は見えてきたと言った所だろう。

にしても、火憐の奴、幸せそうに寝てやがるなぁ。

忍野では無いが、何か良い事でもあったのかい? と聞いてやりたいな。

いや、良い事なんてのは、きっと無い。

あったのは多分、いつも通りの事だけだ。



第十九話へ 続く

694: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:33:48.77 ID:NdawjWEZ0
つうか、こいつやっぱり重いだろ。

普段なら、自転車で来ていた距離なので、特に遠い等とは思わなかったのだけれど。

今は徒歩であるし。 それに火憐をおぶった状態だ。

先程まで死にかけていたってのもあり、かなり辛い。 実際。

家に着く前に、僕は倒れるのでは無いだろうか。

695: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:35:28.50 ID:NdawjWEZ0
あ。

そうだ、火憐は確か、あれを持っている筈だ。

僕が奪われた、例のアレ。

つまりは。

お金が沢山入った、財布。

よしよし、そうと決まれば、早速。

696: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:36:03.15 ID:NdawjWEZ0
さっきまでの重かった感じはいつの間にか無くなっていて、偶然にも近くにあったベンチに早足で移動をすると、僕は火憐をそのベンチの上へと寝かせる。

いや、別に悪い事をするって訳じゃないぜ? だってほら、元々僕が持ってきた物だし。

それを火憐に取り上げられた形なのだから、元の持ち主である僕が奪い返すのは当然の権利だろう。

そのお金が、元々何のお金なのかってのは置いといてだ。

色々買ったけれども、まだ八万くらいは残っている筈。

八万あれば……それはもう、色々と大変だ。

何がどう大変かは置いておいて、とりあえず、大変だ。

697: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:36:34.59 ID:NdawjWEZ0
ああ、そうだ。 忍野に奢らされる寿司とやらも、そこから捻出しよう。

なんだ、本当に後味が良い結末である。 やったね。

と、考え、火憐の着ているジャージを弄る。

傍から見れば変 だが、別にやましい事をする訳では無いので、心配はいらない。

弄る事、約五分。

暦「お、あったあった」

無事、発見。

698: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:37:02.26 ID:NdawjWEZ0
だけども。

火憐「……ん」

どうやら、地獄の番犬を起こしてしまった様である。

暦「お、おう。 火憐ちゃん、おはよう」

火憐「……兄ちゃんか? 何してんだ」

暦「ん? 何って、何も?」

火憐「……うーん。 なんか、兄ちゃんから変な気配を感じるぜ」

699: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:37:50.50 ID:NdawjWEZ0
暦「いやいや、それは気のせいだよ火憐ちゃん」

火憐「そうか? あたしの感知能力、結構当たるんだけどな」

怖い妹だ。 嘘発見器かよ。

暦「ははは。 じゃあ、試してみようぜ。 火憐ちゃん」

火憐「試す? あたしの能力をって事か?」

暦「おう。 僕が今から、嘘か本当か、どっちかの事を言う。 それをどっちか当ててくれ」

火憐「つまりは、勝負って訳だな。 いいぜ、受けて立つ!」

700: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:38:35.21 ID:NdawjWEZ0
暦「じゃあいくぜ」

暦「その壱。 阿良々木暦は、阿良々木火憐の事が超好きである」

火憐「本当だな」

暦「その弐。 阿良々木暦は、阿良々木火憐がいないと生きて行けない」

火憐「それも本当だ」

暦「その参。 阿良々木暦は、阿良々木火憐に恋をしている」

火憐「ちょっと困るけど、本当だな」

お前、その能力不良品じゃねえか。

701: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:39:03.82 ID:NdawjWEZ0
暦「残念だったな、火憐ちゃん。 外れだぜ」

火憐「ああん? 今の言葉の中に、嘘が混じってたって言うのかよ」

例の如く、凄む火憐。

暦「いや、そうでもあり、そうでも無いって言った感じだ」

なんか適当な事を言って誤魔化す僕であった。

ちなみに、特に含まれた意味は無い。

702: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:41:30.92 ID:NdawjWEZ0
火憐「ふうん。 そっか。 ま、良いんだけどさ」

良いのかよ、なら凄まないでくれよ。

まあ。

その参以外は、強ち嘘でも無いんだけれども。

そう考えると、火憐の感知能力とやらも、意外と当てになるのかもしれない。

703: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:42:06.31 ID:NdawjWEZ0
火憐「てか、なんであたし、こんな所に居るんだよ」

独り呟く様に火憐は言い、次いで僕の顔を見て、ハッとする。

火憐「兄ちゃん……さては、あたしを拉致しやがったな!」

暦「ちげえよ! する訳ねえだろ!」

火憐「あっはっは。 冗談冗談。 あたしが家出してるのを迎えに来てくれたんだよな」

うわ。

恐ろしい事に、忍野の予想通りって事か。

確かに、一番ありそうなパターンだったが。

704: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:42:35.01 ID:NdawjWEZ0
暦「……ま、そんな感じだよ」

火憐「わりいな、兄ちゃん」

暦「いいさ。 火憐ちゃんが困ってる時は、駆けつけるぜ」

火憐「おう。 あたしも、兄ちゃんが困ってる時ならどこへだって駆けつけてやるよ」

暦「はは。 その時は宜しく頼む」

火憐「頼まれたぜ!」

そうして、僕と火憐は並んで歩く。

もう一人の妹が待つ、家に向けて。

ああ、そうそう。 財布の方は、火憐に回収された。 くそ。

705: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:43:09.49 ID:NdawjWEZ0
暦「……ま、そんな感じだよ」

火憐「わりいな、兄ちゃん」

暦「いいさ。 火憐ちゃんが困ってる時は、駆けつけるぜ」

火憐「おう。 あたしも、兄ちゃんが困ってる時ならどこへだって駆けつけてやるよ」

暦「はは。 その時は宜しく頼む」

火憐「頼まれたぜ!」

そうして、僕と火憐は並んで歩く。

もう一人の妹が待つ、家に向けて。

ああ、そうそう。 財布の方は、火憐に回収された。 くそ。

706: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:43:38.31 ID:NdawjWEZ0
火憐「しかしよー、兄ちゃん」

暦「んー?」

火憐「こうして、ただ歩くだけってのもつまらなくねえか?」

うお。 すげえ、全く同じ事を言ってやがる。

暦「そうか? なんなら面白い話でもしてくれよ」

火憐「面白い話ねぇ……うーん。 なんかあったかなぁ」

火憐の面白い話にはあまり期待できないけれど、まあ、暇潰しくらいにはなるだろう。

707: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:44:10.19 ID:NdawjWEZ0
火憐「そうだ。 月火ちゃんの話でもするか」

暦「月火ちゃんの? 意外と期待できそうだな」

火憐「にっしっし。 月火ちゃんの事なら何でも知ってるぜー」

自信満々に言う火憐。 いつも一緒だからなのか、確かに月火に的を絞れば、何でも知っていそうだな。

暦「ほう。 それで、面白い話ってのは?」

火憐「そうだな、あたしが印象に残っているのはこの話かな」

火憐「あれは、確か兄ちゃんが自分探しの旅をしに行ってた時の話だな」

春休みの話か。 何か変なあだ名で呼ばれていたのを思い出す。

708: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:44:37.65 ID:NdawjWEZ0
暦「お前ら、大爆笑だったけどな」

火憐「あー。 まあ、あたしはそうだったかな」

暦「月火ちゃんも、だろ?」

火憐「いやいや、実はそうじゃねえんだよ」

火憐「まあ、確かに最後は笑ってたけどさ」

火憐「そうじゃねえんだよ。 月火ちゃんには絶対に言うなって言われてるんだけどさぁ」

709: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:45:03.69 ID:NdawjWEZ0
マジかよ。 それ言っちゃっていいの?

火憐「兄ちゃんさ、あの時、二週間くらい帰って来なかったじゃん?」

暦「まあ、そうだな。 自分を探しまくってたからな」

火憐「探しまくってたのかよ。 さすがだぜ」

最早、何がどうさすがなのか、僕には分からない。

火憐「んでさ。 パパもママも「どうせすぐ帰ってくるっしょー」みたいな感じだったんだけど、勿論、あたしも」

暦「そこまで心配されて無いと、僕も少し悲しくなってくる」

710: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:45:30.31 ID:NdawjWEZ0
火憐「まあまあ。 それだけ信頼されてるって事じゃねえの?」

そうだろうか? 僕としては、逆の可能性の方が高いと思うんだけれど。

火憐「んで、皆そんな感じかと思いきや、月火ちゃんは違ったのさ」

暦「ほお? どんな風に?」

火憐「えーっと。 まあ、簡単にずばっと言うならば、泣いてた」

泣いてたの!? マジで!?

711: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:50:28.99 ID:NdawjWEZ0
暦「え、何それ。 詳しく聞きたい」

火憐「さすがのあたしも困ったぜ。 「ねえ、火憐ちゃん。 お兄ちゃんを探しに行こう」って毎日言ってくるんだもん」

火憐「んで、あたしが断るとさ。 すっげー悲しそうな顔をして「そう、じゃあ一人で行って来るね」って」

暦「うわ、見たい見たい。 めっちゃそれ見たいぞ、火憐ちゃん」

火憐「ちなみに、夜の十時くらいの話だ」

暦「ちょっと怖くなってきた」

712: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:51:40.09 ID:NdawjWEZ0
火憐「ま、さすがにそんな時間に一人で行かせる訳には行かないよな」

暦「そりゃあな……火憐ちゃんが引き止めないと、月火ちゃんも止まらないだろうし」

火憐「いや、引き止めはしなかった。 仕方ねーから、一緒に探したんだぜ」

暦「そこは引き止めろよ! 何流されてるんだよ!」

マジでか。

てか、見つかってなくて良かったよ、それなら。

713: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:52:47.25 ID:NdawjWEZ0
暦「は、ははは。 今度から、行き先はちゃんと伝える様にしておくよ」

火憐「だな。 つうかその内、月火ちゃんに刺されそうだよなぁ。 兄ちゃん」

暦「こええって。 火憐ちゃん、その時は助けてくれよ」

火憐「おう。 任せろ任せろ」

かっけー。 頼れる妹だな。

714: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:53:30.52 ID:NdawjWEZ0
暦「予想以上に面白かったな。 他にはなんか、無いの?」

火憐「うーん。 無くも無いけど、そんな面白い話じゃねえよ?」

暦「へえ。 例えば、どんな話だよ」

火憐「同じ春休みの話だけど、毎日月火ちゃんと一緒に兄ちゃんのベッドで寝てたくらいだぜ」

暦「何してんの!? 僕が知らない間にお前ら何してんの!?」

火憐「いやー。 落ち着くんだよ、兄ちゃんのベッド」

暦「僕は今の話を聞いて、心中穏やかじゃねえからな!」

715: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:53:58.55 ID:NdawjWEZ0
何やってるんだよ、この姉妹は。

くそ、なんか負けた気分になるし、今度ベッドに潜り込んでやろうかな。

火憐「まあ、あたしのベッドに入り込んできたら、フルボッコだけどな」

感知能力恐ろしや。 思考すらも読むとか。

それに、火憐が言うと冗談に聞こえないんだけれど。 てか、フルボッコって。

716: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:54:26.37 ID:NdawjWEZ0
暦「僕が居ないと好き勝手だな、お前ら……」

火憐「んー? そうかな?」

暦「話を聞く限りじゃ、そうとしか思えねえよ」

火憐「まー。 あれだよ、あれ」

火憐「月火ちゃんは兄ちゃん大好きだからな。 仕方ねえっちゃ仕方ねえんだよ」

717: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:55:04.54 ID:NdawjWEZ0
暦「月火ちゃんがねぇ……僕はそうは思わないけどな。 まあ、でも。 火憐ちゃんが言うなら、そうなんだろうけどさ」

火憐「へえ? あたしの言う事を真に受けるって、珍しいな」

暦「たまにはって奴だよ。 少なくとも」

暦「……僕は、火憐ちゃんや月火ちゃんの事、全然分からないし」

本当に、何も。

火憐「なーに言ってるんだよ。 いっつも知った様な事ばっか言ってるじゃん」

718: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 13:55:37.07 ID:NdawjWEZ0
暦「僕にも色々と考えさせられる事があるんだよ」

火憐「ふうん?」

暦「僕がさ、火憐ちゃんや月火ちゃんの事を知っている以上に」

暦「火憐ちゃんや月火ちゃんは、僕の事を知っているんじゃねえのかな」

火憐「うーん。 あたしはそうは思わないけどなぁ」

火憐が僕に答えたのは、言い終わるのとほぼ同時。 即答だった。

719: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:09:05.13 ID:NdawjWEZ0
火憐「だってさ、兄ちゃん。 あたしだって、兄ちゃんの事をそんな知ってるって程でもねえよ」

火憐「勿論、月火ちゃんだってそうだろうしさ」

火憐「つうか、人の事が完璧に分かる人間なんて、居ないんじゃねえの?」

暦「でも、兄妹だぜ。 僕は、知らなさ過ぎるんじゃねえかなって思うんだ」

火憐「だから、それが当たり前なんじゃねえの? あたしはいっつもだけどさ」

火憐「兄ちゃんや月火ちゃんの事を知っている振りをしてるんだよ」

720: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:11:03.11 ID:NdawjWEZ0
暦「知っている振り?」

火憐「そう。 振りだ」

火憐「んでさ、大体その知っている振りってのは、知っているに変わるんだぜ」

知っているに、変わる。

火憐「月火ちゃんなら、こう返されるのを期待しているだろ、とか。 兄ちゃんなら、こういうやり取りを期待しているんだな、とかさ」

火憐「まあ、さすがにそこまで計算してやっている訳じゃねえよ? ただ」

火憐「なんだろーな。 自然と、そうなるって言うのかな」

721: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:14:03.57 ID:NdawjWEZ0
暦「自然と、ねえ」

火憐「兄ちゃんだってそうだろ? あたしに色々言う時だって、月火ちゃんとやり取りする時だってさ」

そうなのだろうか。 僕は、火憐や月火の事を知っている振りをしていて、その振りは大体が知っているに、変わっているのだろうか。

暦「……僕は、そんなんじゃねえよ」

火憐「はあ。 ったくよー。 物分りの悪い兄ちゃんだな」

火憐「なんかあったのか?」

暦「あったと言えば、あったかな」

722: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:15:57.13 ID:NdawjWEZ0
火憐「ふうん。 ま、別に良いけどさ」

火憐「兄ちゃんは兄ちゃんだろ。 別に兄ちゃんがあたしと月火ちゃんの事を分かっていないからって、それが何か問題でもあるのか?」

火憐「あたしはそんなの気にしないし、月火ちゃんだってそうだよ」

火憐「兄ちゃんはいつもと一緒だよ」

火憐「妹を押し倒したり、     んだり、キスしたり。 それが兄ちゃんだろ」

改めて聞くと思うけれど、僕って結構やばいキャラなのかな。

723: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:18:19.81 ID:NdawjWEZ0
暦「もっと他にもあるだろ! 勉強を見てくれるとか、くだらない話に付き合ってくれるとか、一緒に遊んでくれるとかさ!」

火憐「んー? んな事、あったっけ?」

まあ、無いんだけどな。

暦「つうか、そうだな」

暦「分かったからって、何かが起きるって訳でも、ねえんだよな」

暦「サンキューな、火憐ちゃん」

まさか、火憐に説教されるとは思わなかったけれど。

火憐が言いたい事は、僕にしっかりと伝わった。

724: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:19:03.21 ID:NdawjWEZ0
火憐「気にするなよ。 あたしも実は、兄ちゃん大好きっ子なんだぜ」

暦「知ってるよ。 それくらいは、知ってる」

火憐「にっしっし。 さすがだぜ、兄ちゃん。 一応聞いておくけど、兄ちゃんもあたしの事、大好きだろ?」

暦「んな訳ねーだろ」

火憐はその言葉を予想していた。 そんな顔。

だから、僕は言ってやる。

暦「火憐ちゃんの事は、超大好きだぜ」

725: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:20:58.39 ID:NdawjWEZ0
さて、そんな暇潰しの話をしていたら、どうやら家の前まで着いた様である。

短かった様な、長かった様な、そんな家出もこれにて終わり。

僕と火憐は家の扉を開ける。

「ただいま」

と、声を揃えて。

元気良く。

その声に反応して、二階からドタドタと階段を駆け下りる音がした。

726: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:21:57.60 ID:NdawjWEZ0
さて、ここからまた一勝負か。

月火との勝負は、今までで一番辛い戦いになりそうである。

まあ。

僕はそれが、嬉しくもあるんだけれど。


第十九話 終

727: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:22:55.64 ID:NdawjWEZ0
以上で第十九話、終わりです。

後日談的な奴を投下しまして、前編終了となります。

728: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:23:56.55 ID:NdawjWEZ0
後日談というか、今回のオチ。

「兄ちゃん、朝だぞこら!」

「いい加減起きないと駄目だよー!」

翌日、もう懐かしくも感じていた二人の妹達による目覚まし。

久し振りに聞くそれは、やはり朝には少し辛い物がある。

けれど、このやり取りすら、幸せの内の一つなのかもしれない。

729: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:24:27.45 ID:NdawjWEZ0
今まで当然の様にあった事が、ある日突然無くなる事によって、気付いたとでも言える様に。

僕の当然は勿論、この火憐と月火による目覚ましと言う事になるのだろう。

そんな当然も、やがて無くなる日はやってくる。 無限では無く、有限なのだから。

例えば、僕が高校を卒業したらどうだろう?

僕は家を出て行くつもりだし、まさか僕の新しい住居にまでこの妹達も押し掛けては来ない。

いや、でも電話くらいはしてくるのだろうか? あり得るな。

730: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:24:55.10 ID:NdawjWEZ0
けど、例えば……僕がおっさんになったらどうだろう?

僕がおっさんと言う事は、つまりはあの今はまだ中学生の二人の妹も、それはもう大分良い年齢になっている訳だし。

それでも朝に「兄ちゃん、朝だぞこら!」「いい加減起きないと駄目だよー!」とやられたら、正直引く。

引くと言うか、怖い。 恐ろしい。 無いよな、さすがに。

731: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:25:25.09 ID:NdawjWEZ0
まあ。

とにかく今は、この有限の目覚ましに感謝しよう、と。

僕も素直では無いので、改めてお礼なんてのは言えないけれど、心の中でくらい感謝しておこう。

ありがとう、火憐と月火。

それじゃあ、お礼も言った事だし寝るとするか。 おやすみ。

そんな良い事を思いながら二度寝をしようとした所、火憐の暴力により叩き起こされた。 冷静に考えて、理不尽じゃないか? この暴力女め。

732: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:25:55.52 ID:NdawjWEZ0
その後、話を聞くと火憐はやはり、家出との扱いになっていた。

無論、火憐の方もそういう風に認識をしていた様である。

そして僕はというと、そんな火憐が心配で心配で家を飛び出した。 との事だ。

まあ、間違ってはいないので反論はできなかったが、それについては議論をしたいと言った感じである。

そして、本当に、何事も無く、丸く収まった……と言えればいいのだけれど。

生憎、人生そう上手くは行かない物である。

733: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:26:28.29 ID:NdawjWEZ0
具体的に言うと、僕が生活費を持って行ったのがばれたのだ。 これはすっかりと僕の頭から抜け落ちていた事柄である。 ばれなかったという方が、難しいのかもしれないけれど。

その後、僕と火憐はそれはもうこっ酷く叱られ、一年間のお小遣い半分という制裁を食らう嵌めになる。

僕が生活費を持って行ったのだから、火憐が怒られるのは理不尽かもしれないけれど、連帯責任らしい。

そうそう、連帯責任。

この時僕は「はは、火憐も巻き込まれてやんの」くらいに思っていたのだが、どうやらその連帯責任の範囲は広いらしい。

この制裁に月火も巻き込まれたのだ。

そう、連帯責任。 マジかよ。

734: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:26:59.06 ID:NdawjWEZ0
月火は当然、怒り狂って僕と火憐をノコギリを持って追い回した。 僕は春休み以来に死を覚悟した。

というか、一番被害にあっているのは火憐なのだろう。 僕が勝手に持ち出したお金で制裁を食らい、挙句の果てに月火に追い回されるとは。

その後、年上の二人が揃って年下の妹に長時間の土下座をする事で、なんとか許しを得れたのは幸いである。

ちなみに、火憐が持っていた残金の八万円程だが、両親はそれを受け取る事はせず、三人で使え。 と言ってくれた。 優しいのか厳しいのかどっちだよ。

まあ、結果的に一年間もお小遣いが半額なので、損なのだけれども。

735: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:27:32.76 ID:NdawjWEZ0
そしてここが一番重要。 その八万円の行方なのだが、どうやら月火の私物に使われる様である。

僕と火憐は勿論、それには反論できず(とは言っても、火憐の場合はかなり仲が良いので、ある程度は優遇してもらえるのだろう)月火がお札を団扇にして仰いでいるのを眺めている事しかできなかった。

火憐は何かの可能性を見出したらしく「月火ちゃん、そのお札であたしを叩いてくれ」とか言っていたが。

……いや、ただの馬鹿か。

そして、僕が「あの、月火さん。 千円札でも良いので、一枚恵んでくれないでしょうか」と言ってみた所「何? 泥棒のお兄ちゃん。 え? まさか今、お金が欲しいって言ったの? 泥棒なんだから盗めばいいじゃん。 あははは」と、笑わずに言われた。

まあ、これもまた、仕方の無い事なのだろう。

736: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:28:20.83 ID:NdawjWEZ0
それに、月火の奴は金を持ったら駄目な奴だったらしく、何かある事に僕と火憐にお土産を買ってきてくれる。 これは素直にありがたい。

その度に、僕と火憐は「おお、月火様がお帰りになられたぞ。 お疲れ様です月火様」なんてご機嫌伺いを行うのだ。

そんなこんなで、その後、数日の間は月火を崇拝する僕と火憐であった。

ああ、そうだ。 これも明記しておこう。

しばらくの間、月火は火憐の事を「家で火憐ちゃん」と呼んでいて(なんでも、家出の『で』が平仮名なのがミソらしい。 なんのミソかは全く不明だが)僕の事は「泥棒のお兄ちゃん」もしくは「ゴミ」とのあだ名が付けられた。

前者の方は、確かにその通りなので僕も何も言えないのだけれど、後者のは既に悪口でしかない辺り、文句は言いたい。 言いたいってだけで、言ったら更に下位のあだ名が付けられそうなので、決して言わないけれど。

737: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:30:44.51 ID:NdawjWEZ0
さて、そろそろ纏めるとしようか。

結局、今回の事を覚えているのは、僕と忍、それに忍野だけだ。

それが良かったのか、悪かったのかは分からないけれど、思う所があるのは事実である。

なにはともあれ。

この数日間、物凄く疲れた。

今は自分の部屋のベッドに横たわり、何も無い天井をただ見つめているだけだ。

738: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:32:54.95 ID:NdawjWEZ0
火憐と月火に僕の事を話そうかは悩んだのだけれど、一旦時間を置く事にした。

勿論、このまま嘘を付き続けるつもりなんて、無い。 あいつらにはもう、嘘を付きたくは無い。

今は僕もここ最近の出来事で疲れているし、うまく説明できるのかさえ、分からないし。

その為の、保留である。

言い訳なのかもしれないけれど、話すからにはしっかりと説明したいのだ。

739: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:33:21.43 ID:NdawjWEZ0
そして、火憐の身に起こった事については、黙っておく事にした。

今回の物語は、僕が覚えていればそれでいい。

僕の事を想い、傷付いた火憐。

それに対する、せめてもの罪滅ぼし。

勿論、月火の事もそうだけれど、何かのきっかけで気付く事があれば、その時には話さなければならないのだろうけど。

その日が来る事は、望ましくは無い、かな。

740: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:33:48.94 ID:NdawjWEZ0
さて、そんな事を考えている間に大分良い時間になってきた。

そろそろ寝るとしよう。

と、思った時。

コンコン、と部屋の扉がノックされる。

誰だよ。 火憐なら扉なんて蹴破るし、月火ならまず、ノックなんてしないだろう。

だとすると、両親のどちらかだろうか?

741: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:34:15.93 ID:NdawjWEZ0
さて、そんな事を考えている間に大分良い時間になってきた。

そろそろ寝るとしよう。

と、思った時。

コンコン、と部屋の扉がノックされる。

誰だよ。 火憐なら扉なんて蹴破るし、月火ならまず、ノックなんてしないだろう。

だとすると、両親のどちらかだろうか?

742: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:35:00.09 ID:NdawjWEZ0
暦「んー」

と、返事をする。 返事と言うか、呻き声みたいになっていたが。

その声が聞こえた様で、扉はゆっくりと開かれていった。

火憐「よう」

あれあれ。 こいつ、ノックしたよな、今。 人間の様な行動が出来る奴だったのか!

743: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:35:27.84 ID:NdawjWEZ0
暦「火憐ちゃんか。 つうか、お前何か悪い病気にでも掛かったか?」

火憐「あ? 何でだよ」

暦「いや、だってさ。 ドアをノックするなんて、火憐ちゃんじゃないじゃん」

火憐「あたしだって、普通にノックくらいするよ」

さて、まあ驚いたのだけれど、用件は何だろうか。

744: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:36:58.47 ID:NdawjWEZ0
火憐「なあ、兄ちゃん」

暦「んー?」

火憐「あたし、今から変な事言うけど、笑うんじゃねえぞ」

暦「何だよ火憐ちゃん。 僕が火憐ちゃんの事を馬鹿にした事が、今まであったか?」

多分、一日一回は馬鹿にしているだろうけど。

火憐「なんかさ、夢で見たっつうか。 良く覚えてねーんだけどさ」

火憐「兄ちゃんと、一緒に寝るって約束をした気がするんだよ」

745: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:37:27.30 ID:NdawjWEZ0
そんな約束も、したっけな。

覚えている筈の僕が忘れていて、忘れている筈の火憐が覚えているとは、とんだ面白話である。

暦「……そっか」

火憐「やっぱ、あたしちょっとおかしいな。 疲れてんのかな」

独り言の様に呟き、火憐は扉を閉めようとする。

そんな火憐に、僕は。

746: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/22(月) 14:37:57.17 ID:NdawjWEZ0
暦「火憐ちゃん」

火憐「ん?」

いつもの顔。 いつもの雰囲気。 いつもの感じ。 いつも通りの僕で、いつも通りの火憐に、いつも通り、笑いながら言ってやる。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」



かれんリーフ 終了

756: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 10:55:51.99 ID:0GT2MdEX0
>>755
構想は大体出来ています。
数話は書き終わっていますが、修正・加筆等している段階です。

758: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 11:41:38.37 ID:0GT2MdEX0
>>757
ある程度のストックを貯めて、と言った感じになるので、投下を始めてからはそのペースで投下する予定です。

後編は早ければ今週中に、遅くともGW中には投下始められる予定です。
まだ固まりきってはいないので、なんとも言えませんが・・

759: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:45:44.30 ID:0GT2MdEX0
短編できました。

投下します。

761: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:46:54.40 ID:0GT2MdEX0
そろそろ一年の終わりも近づいてきた。

十一月に入ってから、もう一週間、二週間程は過ぎただろうか。

そんなある日。

休みの日。

日曜日。

こんな風に、何か思う時は必ず、厄介な事が起きるのだ。

762: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:47:27.67 ID:0GT2MdEX0
そう、厄介な事。

いや、厄介な事は既に起きてしまっているので、先程の様に思っただけなのかもしれない。

つまり。

具体的に言うと、今年の八月のあの時と同様、妹達はまたしても僕の事を起こしに来なかったのだ。

暦「……なんかありそうだな」

真っ先に思い出すのは、今年の八月にあった事。

763: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:48:18.76 ID:0GT2MdEX0
同じ失敗を繰り返したくは無い。

今年の八月は火憐や月火の件で大分、それらは学んだ筈だ。

かと言って、怪異の所為だと決めて掛かる訳にも行かない……よな。

どうするか。 僕が取るべき行動は?

考えても仕方ないな。 まずは何かしらのアクションを起こすとしよう。

そうと決まれば、とりあえずは二人に事情聴取だ。

764: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:48:53.06 ID:0GT2MdEX0
今の時刻は朝の八時。

もう二人は起きている筈なので、僕はのそのそと部屋から這い出て、階下へと向かう。

暦「おーい、百合姉妹居るかー」

しーん。 と聞こえそうな程の静けさ。

うーん。

返答無し、ね。

さぁ、いよいよ面倒な事になりそうである。

てか、どうでもいいけれどさすがに朝は寒いな。 もうちょっと厚着でもするべきだったか。

と、恐らくは暖房がかかっているであろうリビングへと足を向けた所に、でっかい方の妹、阿良々木火憐が目の前に現れた。

765: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:50:01.09 ID:0GT2MdEX0
火憐「ふん。 兄ちゃんか」

視線を向けると、火憐は仁王立ちに腕組み。 待ち構えてたと言わんばかりの姿勢だ。

暦「いやいや、何で朝から喧嘩腰なんだよ。 てか、起こしに来いよ」

起こしに来い。 とは随分偉そうではあるけれど、火憐の場合はこれでいい。

こいつはこう言えば「ごめん兄ちゃん、次から気を付けるぜ」とか言うのだから。

766: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:50:27.18 ID:0GT2MdEX0
しかし。

火憐「嫌だね。 あたしは兄ちゃんを起こす道具じゃねえんだ」

お?

おおお?

ええええええええ?

今、え?

767: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:51:04.58 ID:0GT2MdEX0
暦「え、えっと。 火憐ちゃん?」

火憐「ふん」

あれ、なんかこれ、マジで怒ってない?

暦「あー。 ええ、火憐……さん?」

火憐「わりいが、兄ちゃん。 あたしと月火ちゃんはもう起こしには行かない。 今日から兄ちゃんとは敵だ!」

阿良々木火憐、十五歳。 中学三年生の十一月のある日。 ぐれた。

768: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:53:17.35 ID:0GT2MdEX0
マジかよ。

お前、何今更ぐれてるんだよ。

暦「……僕、何かしたっけかな」

独り言の様に呟く。 いや、実際独り言なのだけれど、火憐から何かしらの反応を期待していたのもある。

火憐「じゃあな」

しかし火憐はそれだけを言い、自分の部屋へと向かって行ってしまった。

なんだよこれ!

769: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:53:54.87 ID:0GT2MdEX0
とりあえず、落ち着け僕。

まずは……これが例のアレなのかどうか、確認だ。

一応、火憐の逆鱗に触れないように忍び足でトイレへと向かい、電気を消す。

暦「……おい、忍、起きてるか?」

声を掛けると同時、忍から返答。

忍「朝から騒々しいのう……儂はこれから寝る所なんじゃが」

恐らくは僕の動揺の所為で寝れなかったのだろう。 まあ、無理もない。

770: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:55:00.69 ID:0GT2MdEX0
暦「緊急事態なんだよ、聞いてくれ」

暦「……今、今っつうっか、今日か」

暦「火憐ちゃんの様子がおかしいんだけど、これって……あれって事か?」

僕が言うあれとは、つまりは怪異。

すぐに怪異に繋げるのもどうかと思うけれど、僕の火憐があんな風になるなんて……何かがあったとしか思えない。

忍「たわけ。 別に何も起きとらんよ。 本来はこうして、教えるのもどうかと思うんじゃが」

忍「生憎、儂は眠いのじゃ。 今回のは怪異では無い、以上じゃよ。 それじゃあ儂は寝る」

と忍は言い捨てた。 呆れた声で。

771: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:55:41.38 ID:0GT2MdEX0
怪異じゃない……のか。

なら、火憐は何であんなぐれちゃったんだよ!

その後、忍に助けを求めようとしたが、それ以降影の中から返事が返ってくる事は無かった。

くっそ、どうするかな。

ああ、そうだ!

暦「月火ちゃんなら、何か知っているかもな」

772: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:56:24.11 ID:0GT2MdEX0
ファイヤーシスターズの参謀担当。 それに火憐と仲がかなり良い月火に聞けば、何かしらは分かるだろう。

この家の中で火憐の事を一番知っているのは、間違いなくあいつだ。

との結論を出し、僕はトイレから出ると(一応、忍び足で)そのままの足でリビングへと向かった。

二階にある僕の部屋から出る時に、火憐と月火の部屋からは人の気配を感じなかったので、恐らくあいつはリビングに居るだろう。

そしてリビングへ到着。 所要時間、約三十秒。

773: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:56:54.70 ID:0GT2MdEX0
暦「おーい。 月火ちゃん」

ソファーにいつもの様にだらしなく寝そべる月火を見つけ、声を掛ける。

月火は一度、僕の方に顔を向け……向けて。

『本当に心底嫌そうな顔をして、顔を逸らした』

うわー。

うわあー。

暦「あ、ええっと。 月火ちゃん?」

774: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 13:57:27.84 ID:0GT2MdEX0
と、僕が月火の前に回りこみ、顔を覗き込みながら話し掛けると、月火はソファーから立ち上がり。

月火「……ちっ」

舌打ちをして、リビングから出て行った。

暦「……」

大変だ。

大変だ!!!!!!!

いやいや、大変すぎる。

なんて事だ。 これは、どうやら、あれだ。 あれ。

僕の妹達が『ぐれた』。

775: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:00:20.24 ID:0GT2MdEX0
えーえーえー。

マジで!?

あのいっつも兄ちゃん兄ちゃん言ってる火憐が!?

お兄ちゃん、妹の    触り過ぎって言ってる月火が!?

暦「うわああああああああああああ!!」

意味も無く叫んでみたのだけれど、それに突っ込みを入れる妹達も、そこには居なかった。

776: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:02:42.19 ID:0GT2MdEX0
時間経過。

僕は現在外出中である。

あのぐれた妹達とは、とてもじゃないが居辛いので。

ううむ。

なんとか元に戻ってもらいたい物である。

とりあえずは、今年の母の日に避難してきた公園に居るのだけれど、これからどうすっかなぁ。

777: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:04:46.37 ID:0GT2MdEX0
つうか、火憐ちゃんはすげー分かりやすく怒ってたけど、月火ちゃんの切れ方怖すぎるだろ。

マジさ、あんな可愛い見た目なのに、あの舌打ちとか本当にびびるぜ。

それには多分、何か原因があるのだろうけれど。

しかし、こんな急にぐれる事ってあるのだろうか?

ましてや、あの二人だぜ。

兄大好きの、あの姉妹がぐれるなんて……

778: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:06:40.31 ID:0GT2MdEX0
やばい。 僕はこれから、あの二人にびびりながら暮らさないといけないのかな。

いやいや、そんなマイナス思考では駄目だ。

そんな諦めの姿勢でどうするんだ、阿良々木暦。 これは多分、僕にしか解決できない事だ。

そうだ。 もっとプラス思考、前向きに考えないと。

779: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:07:08.61 ID:0GT2MdEX0
とりあえずの案だけれど。

壱……妹達には、常に敬語で話す。

弐……お風呂は必ず先に譲る。

参……妹達が好きなおかずの時は、僕の分をあげる。

四……お金を貸してと言われたら、貸す。 というかあげる。

伍……妹達がイライラしている時は、僕で発散してもらう。

780: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:08:13.85 ID:0GT2MdEX0
……後ろ向きすぎるわ!

どう考えても、前向きにならねえぞこれ!

暦「……はあ」

なんて。

溜息をついても、誰も助けは来ない。

今回のは多分、僕自身で何とかしろとの事だろう。 誰の意思かは分からないけれど。

つってもなぁ。

781: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:08:43.07 ID:0GT2MdEX0
まず、するべき事を考えるかな。

うーん。

考えられるのは。 いや、真っ先に考えるべきこと、か。

それは勿論、原因が『何か』とか曖昧な物では無く、僕に原因があるんじゃないかって事だ。

その可能性が一番高い。 もっとも、僕自身には現時点で心当たりが無いのだけれど。

まあ、回想しよう。

よし、そうと決まればまずは昨日の朝の事を思い出す。

ええっと、今日は日曜日だから……土曜日か。

昨日の朝は確か、いつも通り起こしに来てくれたんだよな。

782: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:09:13.23 ID:0GT2MdEX0
以下、回想。

妹達の目覚ましにより、僕は大分早い時間に起きれた。

その時間を上手く使う為、僕は勉強に励んでいたのだ。

んで、月火から「ご飯だよ、お兄ちゃん」って呼ばれて、家族全員で朝ご飯を食べた。

その後は、確か。

783: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:09:40.58 ID:0GT2MdEX0
月火「ねえねえ、お兄ちゃん」

リビングで月火とテレビを見ていたら、横からそんな声がする。

発信源は勿論、月火である。

暦「ん?」

月火「ゲームしよう、ゲーム」

はあ? 何言ってんだ、こいつ。

暦「ゲームっつってもな、僕は一人用のゲームしか持って無いぞ」

784: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:10:20.82 ID:0GT2MdEX0
月火「知ってるよ。 お兄ちゃん、寂しい人間だもん」

暦「月火ちゃんのその発言に対して、僕は大人だから何も言わないが、月火ちゃん」

暦「知ってるって事は、何か考えがあるんだな?」

ここで「え? 何も考えてないよ?」とか言ったら、 を んでやろう。

あれ、僕ってこんな、妹の を むキャラだったっけ。 まあいいや。

月火「もっちろん! 月火ちゃんに任せなさい!」

785: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:10:58.46 ID:0GT2MdEX0
自信満々に言う月火。

無い を張るんじゃねえよ。

けど、案を考えていたのは褒めてやろう。 優しいなぁ、僕。

暦「それで、月火ちゃんに任せてもまともな案が出ないとは思うけれど、一応は聞いてやろう」

僕の発言を待っていたかの如く、言い終わるのとほぼ同時に月火は口を開く。

月火「トランプ!」

786: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:12:06.75 ID:0GT2MdEX0
暦「やだ」

それに返す僕の速度も、中々目を見張る物だった。

てか、何が楽しくて朝っぱらから妹と二人でトランプなんてやらないといけないんだよ。

しかも、月火の言うトランプってトランプタワーじゃん。 僕はそんな器用じゃねえしな。

月火「良いじゃん良いじゃん、やろうよ」

暦「……一応、トランプの何のゲームをするか聞いてやろう」

月火「ババ抜きだよ」

あれ、トランプタワーじゃないのか。 意外だな。

787: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:12:33.43 ID:0GT2MdEX0
暦「まあ、やらないけどな」

月火「よし、分かった。 じゃあ、今からお兄ちゃんの   な本をゴミに出してくるよ」

暦「はは。 僕がお前に見つかる様な場所に隠すと思うか? ハッタリもいい加減にしろよ、月火ちゃん」

月火「……さ、さすがだね、お兄ちゃん。 私のハッタリを見破るだなんて」

月火は驚き、後ずさる。 うわー、白々しいリアクションだなぁ。

もうこの時点で、あまり良い未来に転びそうには無いんだけど。

788: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:12:59.65 ID:0GT2MdEX0
月火「仕方ないから、机の裏に貼り付けてある本だとか。 後は辞書の中身をくり抜いて仕舞ってある本だとか。 そっちだけで我慢してあげるよ」

ばれてるじゃん!! 僕のプライベート丸分かりじゃん!!

暦「は、ははは。 し、しかたないなぁ。 月火ちゃんがそこまで言うなら、やってあげない事も無い……かな。 はは」

月火「いいよいいよ。 お兄ちゃん気にしないで、たかが妹の分際の私なんかの遊びに付き合わなくて良いんだよ」

暦「……すいませんでした、遊ばせてください」

土下座である。

月火「よろしい」

と、こうして僕は半ば強制的に、二人ババ抜きをする事になったのだった。

789: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:13:29.03 ID:0GT2MdEX0
暦「それはそうと月火ちゃん、火憐ちゃんはどうしてるんだ?」

月火「よっ……え? 火憐ちゃん?」

暦「うん、火憐ちゃん」

うわ、ババだ。 にやけてるんじゃねえよ、このチビ。

月火「ジョギング中だよ、ジョギング」

暦「へえ。 この寒い中、あいつもよく走る気になるな」

790: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:14:15.63 ID:0GT2MdEX0
月火「寒いからこそ、じゃない? 火憐ちゃんらしいよ」

そうだな。 火憐なら多分、そう思ってる所だろう。

お、ババを引いてったな。 ざまあみろ。

月火「まあ、私は暖かい家の中で、兄妹仲を暖かくする役目って所かな」

うまくねえからな。 それに、別に僕とお前の仲は暖かくなって等いない。

だって、一枚だけ飛び出させたり、一枚だけに集中して目線をやっていたり、やる事が姑息なんだもん。

791: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:14:42.18 ID:0GT2MdEX0
そして、そんな罠に引っ掛かる僕でも無いがな!

暦「そりゃ、お疲れ様のありがとう」

真似してやった。 いつかの月火の真似。

月火「あ?」

月火は一瞬で表情を怒り、無表情、笑顔に切り替える。

月火「友達を作ると、人間強度が下がるから」

暦「僕が悪かった、月火ちゃん。 この話はやめよう」

お互いの為にも、それが賢明な判断である事は間違い無い。

792: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:15:23.58 ID:0GT2MdEX0
そんななんとも言えない空気が場に流れた時、その空気を壊してくれる、なんとも有難い奴が来た。

火憐「たっだいまー。 っと、なんだ、トランプか?」

我が家で一番熱い奴、阿良々木火憐がジョギングから無事、帰還した様である。

暦「強制的にな。 火憐ちゃんもやるか?」

火憐「いやー。 あたしはいいや、後ろで見学させてもらうよ」

そう言い、火憐は僕の後ろへと座り込む。

見ておけよ、火憐。 お前の可愛い可愛い相棒がボコボコにされる所を。

793: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:15:59.24 ID:0GT2MdEX0
と格好付けてみたのにも理由がある。

僕の手札は残り二枚。

月火の手札は残り三枚。

そして次は、月火がカードを引く番である。

僕の手札には、当然ババは無い。

つまり、圧倒的に僕の方が有利、と言う訳だ。 まあ、二人なのだから運が絡んでくる訳だが。

794: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:16:32.83 ID:0GT2MdEX0
しかし、僕には作戦がある。 ふふん。

やがて、月火がカードを一枚持っていく。

当然、そのカードはペアとなり、月火の手札は残り二枚。

暦「ははは。 悪いが月火ちゃん、勝たせてもらうぜ」

月火「うぐぐぐ。 絶対負けない!」

そうして、僕はカードを引く。 月火の手札から。

……ババだった。

795: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:16:59.61 ID:0GT2MdEX0
月火「はっはっは! 残念だったね、お兄ちゃん」

何勝ち誇ってるんだよ、まだ勝負は終わっちゃいねえぞ!

暦「まだ分からねーぜ、月火ちゃん。 お前が負ける可能性だって、十分にあるんだよ」

月火「ふふん。 じゃあさ、お兄ちゃん。 何か賭ける?」

ん、珍しいな。 月火の方から賭けを申し出てくるなんて。

暦「えらく強気じゃねえか」

暦「まあ、そうだな。 何を賭けるんだ?」

796: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:17:37.11 ID:0GT2MdEX0
月火「おやつのケーキだよ。 お兄ちゃん」

暦「別にいいぜ。 僕は負けても、昨日の分も合わせてもう一個あるし、問題ねえからな」

月火「甘いね。 お兄ちゃんはその二個とも賭けるんだよ」

なんだその不公平な賭け。

暦「おいおい、そりゃあ理不尽だろ。 なんで僕だけそんなリスクを負わないといけないんだ」

月火「違うよ。 私もケーキを賭ける……確かにそれだけじゃ、理不尽だよね。 私は一個だけで、お兄ちゃんは二個なんだから」

そんな分かりきってる事を頭良さそうに語られてもな、反応に困る。

797: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:18:04.84 ID:0GT2MdEX0
月火「だから、私は火憐ちゃんの分のケーキも賭けるのさ!」

火憐の分?

はあ? おいおい、こいつ本気かよ。

火憐がそれで、納得するとでも思っているのか。

と、思いながら後ろを振り向く。

火憐「ん? あたしは構わないぜ」

マジかよ。 意外だなぁ。

798: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:18:34.52 ID:0GT2MdEX0
今日は月火の奴もなんか強気だし、火憐の奴も妙にノリが良い。

暦「オーケー。 その賭けは成立だ、月火ちゃん」

月火「よし、じゃあ負けた方が、相手にケーキを二つ献上。 成立だね」

ふふん。 馬鹿め。

先程も言った様に、僕には考えてある作戦があるのだ。

お前の性格なんて分かりきっているんだよ。 月火。

そう思い、カードを一枚飛び出させる。

799: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:19:03.53 ID:0GT2MdEX0
この一枚、これこそがババである。

普通に持っている方のカードは当たり。 すなわち、こっちを引かれれば僕の負けだ。

月火の性格からして、恐らく僕の事は疑ってかかっているだろう。

それならば、ババかと思わせておいて、逆のカードが安全、けれど、その逆で……との答えに辿り着く筈である。

勿論、そんな短絡的な思考では無い。

が、最終的には、何回も何回も考えを巡らせて、こっちの飛び出ている方のカードを月火は取る筈だ。

それは月火と長い間一緒に居る僕だからこそ、分かるのだろう。

800: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:20:05.06 ID:0GT2MdEX0
月火「んー。 なんだか、負ける気がしないよ、お兄ちゃん」

暦「ふっ。 それは勝ちが確定してから言うべきだな」

月火「もう確定している様な物だもん。 そりゃ言うよ」

月火「なんならお兄ちゃん、もしこの勝負にお兄ちゃんが勝てたら、一週間は私と火憐ちゃんの    を好きなときに、好きなだけ んでもいいよ」

暦「二言は無しだぜ、月火ちゃん」

月火「はいはい」

そう言い、月火は……普通に持っている方のカードを引いた。

801: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:20:59.86 ID:0GT2MdEX0
月火「ほらね? ケーキありがとうお兄ちゃん」

な、なんだと。

おかしい、月火がそっちのカードを引くなんて。

暦「……マジかよ」

月火「どうしたの、お兄ちゃん」

落胆する僕の顔を覗き込み、月火が続ける。

802: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:22:08.37 ID:0GT2MdEX0
月火「まあ、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、もう一回やってあげてもいいんだけどなぁ」

暦「……く」

火憐「あっはっは。 兄ちゃん残念だったなぁ」

火憐がそう言いながら、僕の後ろで高笑いをしている。

ん?

僕の『後ろ』で?

ちょっと待てよ、こいつらもしかして。

803: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:22:56.32 ID:0GT2MdEX0
暦「いやあ、負けたよ。 兄ちゃんの負けだ」

月火「潔く負けを認めるんだね。 まあ、ケーキは貰うけど」

暦「うんうん。 やっぱり強いよ、月火ちゃん」

月火「でしょでしょ」

暦「それに『火憐ちゃんも大活躍だった』しなぁ。 『二人』の『作戦勝ち』って言った所かぁ」

火憐「へへ、そうだぜ兄ちゃん。 あたしと月火ちゃんの策に、兄ちゃんは見事に嵌められたんだ」

804: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:23:22.46 ID:0GT2MdEX0
暦「そうかそうかぁ」

月火「うんうん……ちょっと火憐ちゃん!」

馬鹿め、手遅れだ。

暦「ようし、じゃあそこの正義の味方さん共。 正座しろ」

こうして、僕は月火のケーキと火憐のケーキ、自分の分と合わせて四つのケーキを獲得したのである。

805: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:26:03.59 ID:0GT2MdEX0
回想終わり。

なんつうか。

僕、悪くなくね?

いや、確かにあの勝負には負けたんだけれど、それでもあいつらが悪い訳だし……

後ろで火憐が目線で指示を出して、月火がそれをヒントにババを避ける。 見事な連携プレイだった。

ってなる訳が無い。 卑怯すぎる。

もうあいつら、正義の味方じゃなくて悪の味方じゃねえか。 卑怯シスターズってか。

806: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:27:52.09 ID:0GT2MdEX0
けど、それならなんで、あいつらの態度があんな風になっているのだろうか。

まさか、これが原因って訳でも無いだろうし。

やべー。 本格的に分からないぞ。

あの後、トランプの後に何かあったっけ……

ええっと、そういやあったな。

確か、昼過ぎくらいに僕が勉強している時だったかな、火憐が部屋に来たんだ。

807: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:29:41.20 ID:0GT2MdEX0
以下、回想。

火憐「兄ちゃん、入るぜー」

と同時に蹴破られる。 僕の部屋の扉をいじめないでくれ。

最近では少しマシになった物の、百回入る内の一回程しか普通に開くという事が出来ない様だ。 一パーセントじゃねえかよ。

暦「なんだよ火憐ちゃん。 見て分かる通り、僕は今勉強中なんだ」

火憐「知ってるよ。 さっきのお詫びも兼ねて、お茶を淹れて来てやったんじゃねえか」

808: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:31:04.14 ID:0GT2MdEX0
お茶? 火憐が?

暦「マジで? お前、そんな妹っぽい事出来たの?」

火憐「あたしは歴とした妹だ!」

いやはや、火憐に突っ込まれてしまった。

暦「そうだった、そうだった。 ついつい忘れちゃうんだよな」

火憐「そりゃあ、やべえぞ兄ちゃん。 勉強のしすぎじゃねえのか?」

809: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:31:35.90 ID:0GT2MdEX0
暦「そうでもねーよ。 僕なんてまだまだだぞ」

火憐「ふうん。 ま、勉強も程々にしとけよ」

暦「おう。 しかし火憐ちゃん、今日はやけに気が効くな。 というか、火憐ちゃんってお茶を淹れる事、できたんだな」

火憐「いや、できねーよ?」

さっきと言ってる事、違くね?

まあ、火憐の場合良くある事なんだけれど、なんだか話が噛み合わない。

810: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:33:32.03 ID:0GT2MdEX0
暦「……ん? じゃあこのお茶って」

火憐「月火ちゃんが淹れてくれたんだぜ。 何かぶつぶつ言いながら、楽しそうに」

絶対何か入ってるじゃねえかよこれ!

暦「あー。 えーっと、火憐ちゃん」

暦「実は僕、今はお茶って言うよりはコーヒーの気分なんだよ。 折角持ってきて貰って悪いんだけどさ」

火憐「あん? あたしが持ってきたお茶が飲めないっつうのか?」

811: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:33:58.51 ID:0GT2MdEX0
もうさ、実の兄を脅すのやめてよ。 怖いから。

暦「僕も、僕も飲みたいんだ。 けどな、火憐ちゃん。 実は僕」

暦「お茶アレルギーなんだよ」

脅された恐怖もあり、咄嗟にとんでもない嘘を付いてしまった。

でも、さすがにばれるだろ、これ。

第一、朝ご飯の時に美味しそうにお茶飲んでたし。

812: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:34:32.44 ID:0GT2MdEX0
火憐「……」

火憐「そ、そうだったのか! 兄ちゃんごめん! 気付かずにいた、あたしのミスだ!」

うわぁ。 罪悪感がやべぇ。

というか、そろそろこの妹の馬鹿さ加減が心配になってきたぞ!

火憐「次から気をつけるよ。 悪かったな、兄ちゃん」

あ、あはは。

813: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:35:14.81 ID:0GT2MdEX0
これ、ばれたらマジで月火に処刑されるな。

ま、まあ。 あんな話を聞いた後じゃそんなお茶なんて飲めねえし、仕方無いって事にしておこう。

棚上げ万歳。

814: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:36:43.50 ID:0GT2MdEX0
回想終了。

これじゃん!

むしろこれしかねえよ!

あー、そういう事だったのか。

うわあ。

謝って済むのかな、これ。

815: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:38:50.58 ID:0GT2MdEX0
うーん。

とりあえず、電話してみるかな……

即決即断。

僕は、恐る恐る、電話帳から月火の名前を呼び出し、発信する。

コール音が鳴る事もなく、電話は繋がった。

「お客様のご要望により、おつなぎすることができません」

いや、着信拒否されてた。

816: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:39:16.94 ID:0GT2MdEX0
やべぇ。 本格的にやべえぞこれ。

帰ったら僕、殺されるんじゃねえの。 いやいや、マジで。

一応、一応火憐の方にも連絡を取ってみよう……

火憐の名前を電話帳から呼び出し、発信。

幸いにも、先程の月火の様に着信拒否はされておらず、コール音が鳴る。

数回鳴った後、電話は繋がった。

817: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:39:43.02 ID:0GT2MdEX0
「はーい」

暦「あ、火憐ちゃんか? 僕だ」

「兄ちゃんか、何か用事か?」

「……ん? あ、やべ」

「敵が電話を掛けてくるなんて、良い度 だなこら!」

何なんだよ! 最初普通だったじゃん……

818: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:40:23.21 ID:0GT2MdEX0
暦「あの、火憐さん。 もしかして、昨日のお茶の事を怒ってたりします?」

「お茶? あー、月火ちゃんが睡眠薬入れてた奴か?」

え? 聞こえちゃいけない単語が聞こえたんだけど、今。

暦「え、睡眠薬いれてたの? あのお茶に?」

「あれ? 言ってなかったっけ。 まいいや。 んでそれがどうしたんだよ」

819: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:41:05.46 ID:0GT2MdEX0
まいいや、で流すなよ。 火憐は大抵の事を「別に良いけど」とか「まあ、いいや」で流すのは分かってるけど、今のは流しちゃ駄目だろ!

暦「いや、僕があのお茶を飲まなかったから、二人ともぐれちゃったのかなぁって」

「ああん? あたしらがいつ、ぐれたんだよ。 それに、お茶を飲まなかったのは確かに月火ちゃんは悔しがっていたけど、別に怒ってはいねえよ?」

悔しがってたとか、それもそれでどうなんだよ。

けど、んー? あれ、違うのか。

ここはそうだな。 もう直接聞いちゃえ。

820: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:42:02.06 ID:0GT2MdEX0
暦「じゃあ、何で二人とも怒ってるの? 僕、なんかしたっけ」

「自分の に聞きやがれ!」

と怒鳴られて、電話を切られた。

めんどくせえええええええええええ!

もうマジでめんどいんだけど!

せめて理由教えてくれよ!

821: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:42:52.20 ID:0GT2MdEX0
くっそー。

やっぱりまだ、家に帰る訳には行かないよな……

他に何か、僕がした事……あったかなぁ。

うーん。

昼過ぎからは二人には会ってないし……最後に会ったのは、夜だっけ?

夜ご飯を食べて、んで……ああ、そうだ。

822: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:43:19.34 ID:0GT2MdEX0
母親の方が、デザートだとか言ってプリンを買ってきたんだっけかな。

今更だけど、ケーキといいプリンといい、僕達兄妹はぶくぶくと太りそうである。

ああ、火憐はそうでもないか。 よく動いてるし。

まあ、そうだ。 その時の事を思い出そう。

もしかしたら、ヒントがあるかもしれない。

823: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:51:22.40 ID:0GT2MdEX0
以下、回想。

夜ご飯を食べ終わり、現在は月火、火憐、僕と三人でソファーに並んで座り、テレビを見ている所だ。

月火「そうだ、お兄ちゃん。 トランプやらない?」

暦「なんで朝と同じくだりなんだよ! また嵌める気だろ!」

月火「へ? 私が? お兄ちゃんを? やだなーもう。 そんな事、一度だってした事無いじゃん」

着実に僕に似てきているよなぁ、こいつ。

824: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:51:54.00 ID:0GT2MdEX0
火憐「んじゃあさ、プロレスごっこしようぜ」

暦「お前はやんちゃな中学生男子かよ! それにお前の場合、ごっこにならねえから!」

火憐「そりゃそうだろ、何て言っても、あたしは正義の味方だからな」

うるせーよ。 そっちはごっこだろうが。

最早、火憐にとっては前後の繋がりなんて不要なのだろう。 全てが正義の味方に繋がるのだから。

825: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:52:28.24 ID:0GT2MdEX0
暦「とにかく、僕はゆっくりとテレビを眺めていたいんだ。 騒ぐなら部屋へ行けよ」

月火「はいはい、分かったよ……分かりましたお兄ちゃん。 火憐ちゃん、行こ?」

火憐「仕方ねえなぁ。 行くか、月火ちゃん」

そうそう、それで良いんだよ。

食後の一服くらい、ゆっくりさせろってんだ。

しっかし。

826: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:53:17.99 ID:0GT2MdEX0
やけに素直だったな、あいつら。

素直、だったなぁ。

待てよ、あいつらが素直になる訳がねえ。

嫌な予感しかしないんだけど。

と、僕が考えていた所で、上から何やら声が響いてくる。

「うわ! お兄ちゃんこんな本読んでるんだ、火憐ちゃん、見てみ!」

「うわー! こりゃ引くぜ! いくら兄ちゃんと言ってもこれは引く!」

だよなぁ。

827: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:53:59.41 ID:0GT2MdEX0
暦「何やってんだこらああああああああああ!!」

その時僕は、今まで出したことの無いタイムで部屋まで辿り着いたと思う。

くそ、ご飯直後だって言うのに走らせやがって。

んで、その最速タイムで僕の部屋を開けたんだけれど、火憐と月火は仲良くベッドに座っているだけであった。

月火「ほら、お兄ちゃんすぐに来た」

火憐「すげえな、やっぱ月火ちゃんの作戦はうまく行くよなー」

暦「おい、そこのゴミ二人。 嵌めたな」

828: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:54:26.51 ID:0GT2MdEX0
月火「お兄ちゃん、まだ私が「ゴミ」ってあだ名を付けた事、恨んでるの? てかさ」

月火「人聞きの悪い事言わないでよ。 ただの女子中学生の会話じゃん」

暦「明らかに僕を呼ぶ為だったろうが! いや、そもそもそれ以前の問題だ」

暦「僕の部屋に勝手に入ってるんじゃねえよ!」

僕がそう言うと、月火は「やれやれ」と台詞が聞こえそうな位に腕を動かし、言う。

月火「やれやれ」

聞こえそうじゃない。 そう言っていた。 まあ、これはどうでもいいな。

829: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:55:14.81 ID:0GT2MdEX0
月火「違うよ、お兄ちゃん」

暦「あん? 何が違うんだよ」

月火「私達が部屋に入ってるんじゃなくて、部屋が私達を入れてきているんだよ」

それを使われると、僕はもう何も言えないのであった。

830: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:56:26.03 ID:0GT2MdEX0
時間経過。

暦「んで、火憐ちゃんに月火ちゃん。 暇なのか?」

月火「平和だからねぇ。 暇」

火憐「そうだなぁ。 兄ちゃん相手に戦いたいんだけれど、今日はあんま乗り気じゃなさそうだしな」

暦「いつもは乗り気みたいに言うな! 僕が乗り気だった事なんて、ただの一度も無いからな!」

暦「つうかさ、暇なら一つ、頼まれてくれよ」

831: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 14:57:50.66 ID:0GT2MdEX0
既に自分の部屋に居るかの如く、ベッドに寝転び、リラックスし切っている火憐と月火に向けて言う。

火憐「お? 珍しいな。 兄ちゃんから頼み事なんて」

月火「へえ、お兄ちゃんが私達に? ついにファイヤーシスターズの偉大さが分かったのかな?」

断じてそんな事は無いのだけれど、ここは話を合わせておこう。

暦「まあ、そんな所だ」

暦「んで、頼みなんだけどさ。 ちょっくらコンビニ行って、ノート買って来てくれ。 さっき気付いたんだけど、もう残りが少なくってさ」

832: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:00:43.41 ID:0GT2MdEX0
火憐「おっけーおっけー。 任せておけ、兄ちゃん」

大して悩む素振りも見せず、火憐は言った。

さすがは絶対服従と自分で言うだけはある。 良い返事だな。

月火「報酬は?」

ははは、月火の奴はしっかりしてるなぁ。

でもまあ、そのくらいだったら別に良いか。

僕も鬼では無いし。 中途半端に吸血鬼ではあるけれど。

833: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:01:09.67 ID:0GT2MdEX0
暦「じゃあ、なんか好きなお菓子とか一つずつ買ってきていいぞ。 あくまでも常識の範囲内の金額の物にしろよ。 分かってるとは思うけど」

火憐「おう! んじゃあ月火ちゃん、行こうぜ」

月火「うまく使われてる気がするけど、まいいか」

こいつらも暇だったのだろう。 断る様な事はせず、承諾した。

そうして、火憐と月火は二人仲良く、コンビニへと旅立って行ったのだった。

ふう、これでやっと静かになったという物だ。

834: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:02:40.68 ID:0GT2MdEX0
つっても、一人でする事もねえよなぁ。

……あ、そういやプリンが冷蔵庫にあるとか言ってたっけか?

暇だし食べておこう。 そうしよう。

僕は次にするべき行動を決め、一階へと向かう。

先程二階に駆け上がった速度は無いにしろ、早足で冷蔵庫の前まで行き、扉を開ける。

そこには三つのプリンが入っていた。

835: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:03:16.75 ID:0GT2MdEX0
暦「なんだ。 あいつらもまだ食べてなかったのか」

その時は特に何も思わず、僕は自分の分のプリンを取り出し、ソファーに座りながらそれを食べたのだが。

ふむふむ。

意外とうまい。 というか、かなりうまい。

ううむ。

気付いたら、もう無くなってしまった。

836: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:03:59.82 ID:0GT2MdEX0
そして、一つの考えが閃く。

なんだか、これをあいつらにあげるのは勿体ねえな。

なんて。

言い訳をさせてもらうと、魔が差したって奴だ。

思い立ったが吉日。 便利だな、これ。

さて。

冷蔵庫からもう一つのプリンを取り出し、ソファーで再びそれを食べる。

837: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:05:35.92 ID:0GT2MdEX0
ふむふむ。

二個目でも全然いけるな。 うまいうまい。

あー。

もう無くなってしまった。

んー。

一個だけ残しておいたら、あいつら喧嘩になるんじゃね?

ならいっそ、最初から無かった事にしてしまえばいいんじゃね?

これは、せめてもの僕からの優しさである。

一日一回は思うけど、良い兄だなぁ僕。

838: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:06:07.31 ID:0GT2MdEX0
時間経過。

結論。

僕は火憐と月火の分のプリンも美味しく平らげ、ばれない様に今は証拠隠滅中である。

見つかったら、文字通りおしまいだ。

自分で言うのもあれだが、あいつらの分とかを盗み食いとかするのは結構あるので、証拠隠滅作業は慣れた物である。

そして、その慣れた手つきでプリンのカップを他のゴミの奥底に入れようとした、その時。

839: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:06:34.72 ID:0GT2MdEX0
火憐「いよっしゃあ! 最高記録!」

月火「すごいよ火憐ちゃん、やっぱ火憐ちゃんの背中は、どんな乗り物より早いね!」

なんて。

火憐「ん? 兄ちゃん、何してるんだ」

月火「お兄ちゃん、その手に持っている物は、何?」

暦「あ、ええっと」

その日の夜、僕は生と死の堺を彷徨ったのであった。

840: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:07:03.06 ID:0GT2MdEX0
回想終了。

間違いない。

これだ。

もうヒントって問題じゃねえ、答えじゃんこれ。

そりゃ、怒って当然だよなぁ……

はあ。

まあ、悪いのは僕だ。

こんな所に逃げてきて、それもまた、あいつらの怒る原因になっているんだろう。

841: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:07:28.36 ID:0GT2MdEX0
仕方ない。 帰りになんか、美味い物でも買って行こう。

さすがに僕も、今のままの状態が続いたら泣いてしまいそうだ。

あいつらの前では、滅多な事が無い限り泣かないけどな。

なんて。

変な意地を張っても仕方ない。

そうと決まれば、帰らなければ。

と思い立ち、公園から外に出る。

842: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:07:56.22 ID:0GT2MdEX0
偶然。

必然。

いや、どちらでもないか。

ただの、普通の出会い。

目の前から、僕があまり会いたく無い人がやってきた。

あまり会いたくない。 文字通り、できれば会いたく無い人と言う事。

暦「えっと、こんにちは」

843: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:08:29.90 ID:0GT2MdEX0
暴力陰陽師、影縫余弦。

影縫「おーおー。 誰かと思えば、鬼畜なお兄やん」

何してるんだよ、この人。

てか、相も変わらず、塀の上を歩いているんだな。

暦「えっと、何か用事でもあったんですか? この町に」

影縫「んー? そういう訳ではあらへんで」

なら、マジで何してるんだよ。

844: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:09:05.10 ID:0GT2MdEX0
影縫「うちがどこに居ようと、勝手やろ? ちゅうか、おどれ、おどれは何しにこんな所におるねん」

確かにそうかもしれないが、この人が居るってのは、あまり好ましい状況で無いのは間違いない。

暦「あ、僕は……何と言うか、家に居辛いと言うか」

影縫「ほお。 まあよく分からんけれど、何か事情があるっちゅう事やな」

暦「そんな所です」

僕がそう言うと、影縫さんは塀の上で腕を組みながら、なにやら「ふんふん、なるほどな」等と呟いている。

845: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:09:30.26 ID:0GT2MdEX0
影縫「ちょいちょい」

と、言いながら僕を手招き。

手招きするだけで、これほどの恐怖を与えてくる人ってのも中々いねえよな。

暦「は、はい」

無論、それを無視する事もできず、頷く。

僕は傍目から見て、すぐに分かるレベルでびびりながら、影縫さんの方へ歩いていった。

846: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:09:59.31 ID:0GT2MdEX0
影縫「とりゃ」

影縫さんはそんな可愛らしい掛け声を掛け、僕の にストレートを放ってくる。

やべえ、死んだこれ。

とか思ったのだけれど、意外にも、本当に意外にも、それは人が普通に当てる程度の、そんな威力だった。

暦「え、えっと?」

影縫「ちーと、黙っとき」

そう言われてしまっては、僕は許可が降りるまで喋れない。 そりゃもう、一生。

しかし、幸いにもその許可が降りるまでは、三十秒ほどであった。

847: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:10:48.23 ID:0GT2MdEX0
影縫「なるほどな。 大体の事情は分かったわ」

え、テレパシーか何か使えるのかよ。 この人。

影縫「まー。 うちから出来るアドバイスなんて、無いも同然やけど」

影縫「一つ言わせて貰いましょか。 おどれ」

影縫「ええ妹さん達の兄やんで、幸せやろ」

何を言っているのだろうか、この人は。

つうか、妹って単語を出された時点で、全部理解された様な気がして怖い。

暦「僕がですか? そりゃまあ、あいつらは悪い奴らでは無いですけど、何か今日は反応が冷たいと言うか、敵対心を丸出しと言うか」

848: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:11:31.42 ID:0GT2MdEX0
影縫「かっかっかっ。 心当たりとかは、ないんけ?」

暦「……今日一日、あそこの公園で考えて、思い当たる事が一つありました」

影縫「ほお。 んで、それは?」

暦「昨日、母親が買ってきたプリンを僕が全部食べちゃったんですよ。 あいつらの分も」

影縫「くだらんなぁ……」

影縫さんは心底呆れ果てた様な顔をして、そう言う。

849: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:12:21.42 ID:0GT2MdEX0
暦「だから、帰りに何か買って行ってやろうかなって。 それで、機嫌が戻るかは分からないんですけど」

影縫「まー。 その気持ちは大事やと思うで」

影縫「けどな、鬼畜なお兄やん。 おどれの妹さん達は、そんなの大して気にしてへんと思うで」

うーん。

気にしてなかったら、あんな態度にはならないと思うのだけれど。

影縫「ま、ええわ。 そろそろ日も暮れるしな、早めに帰ったり」

影縫「妹さん達も、おどれが帰ってくるのを待っとる思うで」

850: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:12:50.15 ID:0GT2MdEX0
なーんて。 そんな事を影縫さんはさっき言っていたのだけれど、帰ったら即、殴られかねない。

まあ、でも。

いつまでも外でぶらぶらしている訳にも行かないよなぁ。

結局。

影縫さんと別れてから、僕は近くのケーキ屋でちょっと値が張るプリンを二つ買った。

埋め合わせになればいいのだけれど。

851: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:13:19.57 ID:0GT2MdEX0
そんな事を考えていた所に、着信。

電話かと思って携帯を取り出し、画面を確認すると、メールの方であった。

ええっと。 うわ。 月火だ。

小妹:無題
本文
帰ってヨシ

どうやら、帰宅の許可は降りたらしい。

僕って、色々と許可が降りなければ行動できない人生なんだなぁ。

852: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:13:52.69 ID:0GT2MdEX0
そう感慨に浸りながら、家を目指して歩く事にした。

当たり前ではあるが、これを無視したらもっと酷い事になるのだろうから。

つっても、今もかなり酷い事なんだろうけどさ。

はあ。

人間、楽しいと思う事は一瞬で終わってしまう物だ。

そして、嫌な事というのは長く感じる物である。

853: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:14:22.58 ID:0GT2MdEX0
更に言わせて貰うと、嫌な事を待つ時間もまた、一瞬で終わるのだ。

こう考えると、その待つ時間は楽しい時間、という事になるのだろうか?

まあ、結論。

いつまでも続けば良いなぁ。 と思ったことは、即ちすぐに終わると言う事だ。

テストが始まるまでの間とか、面接までの待ち時間とか色々あるけれど、大体が嫌な事では無いだろうか。

そして、家に帰りたく無いと思っている時は、帰宅時間は本当に一瞬なのだ。

……はあ。

854: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:14:56.30 ID:0GT2MdEX0
本日何度目の溜息だろう。 今年の分はもう使い果たした気分である。

僕の視界には、阿良々木という表札。

とりあえず、土下座しとくか!

とか、勢いで入れれば良いのに、そんなノリで果たして乗り切れるかどうか。

ノリだけに、乗り切れる。 くだらねえ。

てか、扉を開けた瞬間に包丁とか飛んでこないよな。

マジでありえそうで、怖いんだけれど。

855: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:15:35.85 ID:0GT2MdEX0
もしその場合、僕は土下座をする暇も無いのだろう。

まあ、なんつうか、一番怖いのは、これからもずっとあんな態度を取られる事か。

なんて。

家の前で立ち止まり、そんな事を延々と考える。

周りから見たら、それはもうかなりの不審者だっただろう。

と。

着信。

856: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:16:07.85 ID:0GT2MdEX0
うーん。

このタイミングって事は、多分。

小妹:無題
本文
早く入れ

こええよ、どっから見てるんだよ!

くそ、僕には僕のタイミングがあると言うのに。

まあ、多分僕のタイミングで入ったら、それこそ夜になっているだろうけれど。

857: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:16:42.75 ID:0GT2MdEX0
先程も言ったが、そんな事を延々と考えていたら妹達の怒りはどんどん蓄積されていくだろうし、仕方ない。

阿良々木暦。 ここは腹を決めて、参ろう。

さようなら、僕の友達。 今までありがとう。

別れの挨拶を済ませ、玄関の扉に手を掛ける。

ガチャ。 と鳴り、扉が開かれた。

僕にはもう、その小気味良い音は死刑宣告にしか聞こえなかったのだけれど。

858: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:17:11.31 ID:0GT2MdEX0
恐る恐る、中に入る。

目の前には、二人の妹達。

暦「え、ええっと。 た、ただいま」

挙動不審なんてレベルじゃない。 それと、文章だからこの程度だが、実際には「たったたたた、たたただいま」みたいな感じだ。

僕はどこかのラッパーかよ。

さて。

859: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:17:46.87 ID:0GT2MdEX0
何を言おうか。

どう謝ろうか。

とりあえずはやはり、土下座だろうか。

と思ったとき。

僕には本当に、予想外の事が起きた。

860: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:18:25.54 ID:0GT2MdEX0




「兄ちゃん、誕生日おめでとう」「お兄ちゃん、誕生日おめでとう」




861: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:18:53.37 ID:0GT2MdEX0
そう、二人の妹は僕に対して言ったのだから。

暦「へ?」

誕生日? 誰が? 僕が?

ん?

あれ、そういえば、今日は十一日か? って事は、僕の誕生日?

862: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:19:22.86 ID:0GT2MdEX0
火憐「おいおい、兄ちゃん。 まさか自分の誕生日を忘れてたのかよ」

月火「あり得るね。 だってお兄ちゃん、私達の行動を自分の所為だと思っていたみたいだし」

暦「ご、ごめん。 状況が、よく分からない」

いやいや、マジで。

お前ら、怒ってたんじゃないのかよ。

863: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:19:52.10 ID:0GT2MdEX0
月火「だから、今日はお兄ちゃんの誕生日でしょ。 それを祝ってあげようって作戦だったんだよ」

火憐「まあ、基本的には月火ちゃんの作戦だぜ。 あたしと月火ちゃんで、兄ちゃんに冷たくしておけば、勝手に家を出て行くって」

火憐「悪いことしたなぁ。 とは、思ってるけどな」

えーっと。

つまり、火憐や月火があんな態度だったのは、僕を家から出す為?

864: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:20:19.17 ID:0GT2MdEX0
月火「それで、お兄ちゃんが家を出ている間、こうして準備をしていたって訳だよ!」

確かに、色々な飾り付けがされている。 僕は謝る事ばっかり頭にあって、気付かなかったけれど。

火憐「兄ちゃん、勉強で大変そうだったからな。 友達にもまともに祝って貰え無さそうだし、あたしと月火ちゃんで一肌脱いだんだ」

それで、そんな事をしたのは僕にばれない様、準備を進める為?

865: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:20:48.16 ID:0GT2MdEX0
月火「ほらほら、そんな所にいつまでも居ないで、リビングリビング」

火憐「そうだぜ、兄ちゃん。 あたしと月火ちゃんで、料理も作ったりしたんだからさ」

月火「火憐ちゃん頑張ってたんだよー。 そんな努力を無駄にするお兄ちゃんじゃないよね?」

暦「あ、うん。 勿論」

うまく返せない。

てか、こいつら。 そうだったのか。

866: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:21:26.61 ID:0GT2MdEX0
火憐「んー? あれ、兄ちゃん涙目になってんぞ」

月火「ほんとだ。 感動したの? 可愛いお兄ちゃんめ」

なんて。

僕の妹達は。

暦「……うるせえ、泣くか、馬鹿」

月火「そうだよねぇ。 お兄ちゃんは強い強い」

月火の奴め、子供扱いしやがって。

火憐「いーからさ、さっさと行こうぜ。 兄ちゃん驚けよ、プレゼントまで用意してやったんだぞ」

867: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/23(火) 15:22:10.49 ID:0GT2MdEX0
こうして、僕の一年間の内の一日が終わった。

なんでも無い、普通の日。

僕すらも覚えていなかった、誕生日。

最悪な一日だと思ったその日は、最高の一日で。

その日は本当に、一瞬の出来事であった。



こよみデー 終了

引用元: 暦「火憐ちゃん、ごめん」