暦「火憐ちゃん、ごめん」 前編 

暦「火憐ちゃん、ごめん」 後編

3: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:31:49.45 ID:TzjkvvIT0
物語には、いつだって終わりがある。

それは春休みに僕が経験した事であったり、羽川翼がゴールデンウィークに経験した事であったり。

はたまた、戦場ヶ原ひたぎが蟹と出会った事であったり、八九寺真宵が道に迷った事であったり。

更に、神原駿河が悪魔に願った事であったり、千石撫子がおまじないの被害にあった事であったり。

そして、阿良々木火憐が蜂に刺された事であったり、阿良々木月火が不死身だった事であったり。

4: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:32:24.25 ID:TzjkvvIT0
それらの物語には、いつだって終わりが訪れるのだ。

少なくとも僕はそう思っているし、今までだってそうだった。

いや、正確に言えば僕自身が春休みに経験した物語は今でも続いている。

だが、それは僕と忍が互いに痛み分けという形になる事によって、一旦の終わりは見せているのだ。

5: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:33:08.28 ID:TzjkvvIT0
少し、前の話をしよう。

僕のでっかい方の妹。 阿良々木火憐。

彼女は僕の為に願い、そして、怪異に憑かれた。

その物語自体は本人も覚えておらず、覚えているのは三人だけしかいない。

6: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:33:34.66 ID:TzjkvvIT0
一人は忍野メメ。 専門家でもあり、春休みに僕が助かるのを手伝ってくれた奴でもあり、お人好しでもある。

もう一人は忍野忍。 元吸血鬼であり、幼女であり、僕の罪でもある。

そして、最後の一人は僕、阿良々木暦。

ここでぐだぐだと僕という人間がどんな奴かを語るのも、別に構わないのだけれど。

自分について語るのは、やはり恥ずかしさもあるので止めておこう。

僕がどういう人間なのかは、それこそ知られているだろうし。

7: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:34:08.70 ID:TzjkvvIT0
そして、その物語は既に終わった。 終わっている。

そう、思っていたのだ。

しかし、それは僕が勝手に思っていただけであって、実際は僕の知らぬ所で、物語は進んでいた。

恐らくは、誰も気付かなかったであろう水面下で、着実に。

僕は馬鹿だから、一段落して気が抜けていたのだろう。

今回は、そんな物語の続きを語ろうと思う。

8: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:34:58.81 ID:TzjkvvIT0
これもまた、僕が忘れてはいけない物語。

前に話した火憐の物語では、あいつは僕の事を想っていた事が分かった。

それは火憐が兄として、僕の事を想っていてくれたという訳なのだが。

いや、そもそも異性として想われていたら、それは少し怖いのだけれど。

だが、その想いで僕も救われた部分はあるのだろう。 これは間違い無い。

9: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:35:52.67 ID:TzjkvvIT0
だから僕はこう仮定しようと思う。

火憐の物語が、僕にとって救いのある物語だとするならば。

今から語る月火の物語は、救いの無い物語だと。

仕方が無い……そう言えば、全ては説明が付くのだろうが、少なくとも僕は納得しない。

選択肢の無い、結末。

どうしようも無く絶望で、どうしようも無く暗く、どうしようも無く終わる。

10: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:36:42.34 ID:TzjkvvIT0
先に言っておこう。

今から僕がする物語は、大分後味が悪い物になると思う。

僕がそう思っているのだから、それは当然なのだけれど。

見る人によって変わるのかもしれないが。

それでもやはり、この物語には救いが無いのだ。

11: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:37:40.69 ID:TzjkvvIT0
阿良々木月火。

僕のもう一人の妹。

頭の回転が早く。

不死身で。

末っ子で。

怒りやすく。

そして、捻くれている妹の物語である。

12: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:38:11.33 ID:TzjkvvIT0
以上であらすじ終わりです。

続いて第一話投下します。

13: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:38:46.26 ID:TzjkvvIT0
今朝もまた、いつもの様に妹達に叩き起こされた。

少し前の事もあり、僕は最近それをあまり迷惑だとは思わないのだけれど、でもやっぱり起こし方は考えて欲しい。

それに、今日のは特に酷かった気がする。

まあ、今日のに限ったと言う訳では無いが。

こんな事を思う僕は、恩知らずなのだろうか?

14: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:39:53.48 ID:TzjkvvIT0
客観的に見てみよう。

アニメだと、技を掛けられたり、階段から突き落とされたり、バールで起こされたり等、ギャグアニメとして見るならば、まあ別におかしな起こし方では無い。

が、僕はこう言いたい。

この話を僕はギャグだと思った事が無いのだ!

と、そうは言った物の、とりあえず見て貰わなければ分からないだろう。

もう一度言う。 今日の妹達の起こし方は酷かった。

理解して貰う為には、まずは回想。

15: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:40:25.06 ID:TzjkvvIT0
以下、回想。

火憐「兄ちゃん、朝だぞこら!」

月火「いい加減起きないと駄目だよー!」

と、いつもの様に二人揃って僕を起こしに来る。

案の定、朝にそこまで強くない僕はすぐに起きるなんて事が出来ず、妹達は次の段階へと移行するのだが。

普段通りなら、火憐は僕に何かしらの技を掛けて(そういうのには詳しく無いので、技名とかは分からないが、とにかく痛い)月火はそれを眺めている。 といった感じである。

改めて思うけれど、普段通りで既に酷すぎるんじゃないだろうか。 この妹達は、兄をもっと敬うべきだろう。

16: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:41:07.12 ID:TzjkvvIT0
が、しかし。

今日は違った。

いや、火憐の方はいつも通りだったので、言い直そう。

今日の月火は違った。

火憐は僕の上に乗り、関節を締め上げてくる。 ここまでは普段と何ら変わり無い。

勿論、普段と変わらないからといって、僕はそれを良しとしている訳では無い事は理解して頂きたい。

んで、問題なのは月火の方だ。

普段と同じなら、月火は僕の苦しむ姿を眺め、ニコニコしているのだけれど(それはそれで、かなり酷い)

17: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:41:42.23 ID:TzjkvvIT0
今日の月火は僕の方まで近づいてきて、なんと、髪の毛を掴んできたのだ。

掴んできたというか、毟り取ろうとしてきた。 痛いってほんとに。

月火「いつもいつもいつもいつも起こしに来ているのにさ。 何で起きないのかな、たまにはすぐに起きれないのかな。 ねえ、どうして?」

月火「今、私が掴んでいるこの髪の毛を引きちぎれば起きるかな? あはは、でもそんな事をしたら、お兄ちゃんハゲになっちゃうよね。 別に良いけどさ」

月火「あ、それともお兄ちゃん。 もっと優しく起こして欲しいとか? ならそう言ってよ。 やだなぁもう。 待っててね、今すぐに出刃包丁を持ってくるから」

どうしたの。 ねえ、月火さん。 どうしちゃったの。

18: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:42:33.82 ID:TzjkvvIT0
てか出刃包丁って……

優しく所か、永眠コースじゃねえか。

暦「待て、待てよ待てよ月火ちゃん。 お前なに、どうしちゃったの!?」

暦「つうか何。 ゴールデンウィークの時と一緒のキャラ? それヤンデレじゃなくて狂人だからな!」

月火の怒りの原因にもなっている僕の眠気なんて物は、一瞬でどっかに飛んで行った。

月火のキレっぷりはタイミングが掴めないし、それでキレるのかよ! って部分でキレたりするのだ。

いや、ほんともう心配である。

主に、僕の体が。

19: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:43:19.17 ID:TzjkvvIT0
月火「ほら、だから言ったじゃん。 火憐ちゃん」

火憐「うお。 すげえな月火ちゃん」

と、二人で何やら話をしている様で。

暦「あん?」

月火「作戦勝ちだよ、私の作戦勝ち」

火憐「だなぁ。 あたしも何か策を練らねえとな……」

暦「おい、おい! ちょっとそこのシスターズ。 どういう事だ」

20: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:43:46.92 ID:TzjkvvIT0
月火「どういう事も何も無いよ、お兄ちゃん」

火憐「そうだぜ。 それに、兄ちゃん寝惚けてるのか? ファイヤーが抜けてるぞ」

月火は良いとして、火憐の突っ込みは大分ずれている気がしてならない。

えーっと。 何だコレ。

21: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:44:17.16 ID:TzjkvvIT0
月火「私と火憐ちゃんでさ。 今、お兄ちゃんがどうやったら気持ちよく目覚められるか研究中なんだよ」

火憐「あたしはやっぱり、なんかしらの技を掛ければ気持ちよく起きれるって思ってたんだけどさ、やっぱ月火ちゃんには敵わねーや」

ええっと?

つまりは、この心優しい二人の妹は、僕の目覚めを良くする為に、二人で話し合い、今日の起こし方を実行したって事なのか?

ふむ。

なんだよー。 そうならそうと言ってくれよー。 本当にお前らは兄想いの妹達だなー。 可愛い奴らめー。

22: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:46:22.66 ID:TzjkvvIT0
暦「ってなる訳ねえだろ!! つうか、火憐ちゃんの技を掛ければ気持ち良く起きれるって、僕は別にMじゃねえんだよ!」

暦「大体な、月火ちゃんのはもう、色々とヤバイからな! 朝起こしに来る妹って言うより、借金取りのチンピラって感じじゃねえか!」

暦「何より! 僕は普通に起こして貰えれば十分なんだよ! 変な事を研究してるんじゃねえ!」

ここぞとばかりに怒鳴り散らす。

つまり、僕が言いたい事は。

変な作戦等、考えずに普通に僕を起こしやがれ。

って事だ。

朝から随分と血圧が上がった気がするなぁ。

23: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:46:58.84 ID:TzjkvvIT0
月火「ふん、折角良い目覚めの方法を考えてあげたのに」

暦「全然良くないって言ってるんだよ!」

まあ、目は覚めたけれどさ。

火憐「んだよー。 失敗か」

火憐「仕方ねえ、次の作戦を考えようぜ、月火ちゃん」

24: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:47:25.89 ID:TzjkvvIT0
月火「だね。 今度はもう少しハードにしてみるべきかな……」

暦「ソフトにお願いします!」

と、今日の朝はこんな感じだったのだ。

25: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:47:52.21 ID:TzjkvvIT0
そして今、現在。 何故か火憐が僕の部屋へと残っている。

暦「んで、作戦会議は良いのかよ」

火憐「ん? あー。 それは夜にするんだけどさ、ちょいと兄ちゃんに相談があるんだよ」

相談? つうか、これなんかデジャヴなんだけど。

暦「ふうん。 へえ。 なんだよ、相談って」

火憐「月火ちゃんの事だ」

おいおい、本格的にデジャヴじゃん。

26: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:48:18.33 ID:TzjkvvIT0
火憐「なんかさ、最近様子がおかしいんだよ」

火憐は床に座り込み、天井を見上げながら、そう僕に言った。

暦「確かにおかしいな。 今日の朝も」

火憐「いや、兄ちゃん。 あれはいつも通りだと思うぜ」

自分が数秒前にした発言を否定する事になるが、そうかもしれない。

月火のあの態度は、確かにいつも通りである。

阿良々木暦は間違いを素直に認める男なのだ。

27: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:48:50.01 ID:TzjkvvIT0
暦「で、それなら火憐ちゃんが言う様子がおかしいってのは?」

火憐「なんとなくなんだけどな」

前置きをし、火憐は続けた。

火憐「なんかさぁ。 兄ちゃんを避けてるっつうか、そんな感じなんだよ」

僕を避けてる? 今までの行動を振り返ってみても、避けられる様な行動したっけ。

うーん。 してないな。

僕は妹達が喜ぶ行動しかしないし。

28: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:49:16.25 ID:TzjkvvIT0
火憐「今日の朝だってそうだぜ。 あたしは最近、兄ちゃんを起こさないと駄目だっていう使命感があるからさ、毎朝月火ちゃんを呼んでいるんだけど」

火憐「どうにも、乗り気じゃない? みたいな」

使命感ね。 変な部分を覚えているのかな、こいつは。

暦「あれじゃないのかな。 月火ちゃんも朝に弱くなったとか」

火憐「うーん。 どうだろう?」

僕に聞かれても。

29: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:50:05.46 ID:TzjkvvIT0
暦「まあ、そうだなぁ。 それは確かに様子がおかしいと言えばおかしいし、後で話してみるよ」

てか、乗り気じゃなかったのにあの起こし方とか、ノリノリだったらどんな風になるんだ……寒気がするぞ。

火憐「おう、宜しく頼んだぜ、兄ちゃん」

暦「頼まれた。 今回は、ちゃんとやらないとな」

火憐「ん? 今回?」

暦「なんでもねえよ。 こっちの話」

火憐「ふうん。 ま、いいや。 んじゃあ、あたしはジョギングにでも行ってくるよ」

暦「あいよ」

と火憐が言い、部屋を出て行こうとする。

暦「そうだ、火憐ちゃん」

30: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:50:32.94 ID:TzjkvvIT0
火憐「ん?」

暦「ジョギング行くんだろ? 風呂、作っておいてやるよ」

火憐「おお、おお。 優しい兄ちゃんは何だか気味が悪いけど、好意は受け取っておかねえとな。 サンキュー」

気味が悪いとか言うなよ。 僕が優しくなかった事なんて、過去に一度も無いだろ。 多分。

31: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:51:10.27 ID:TzjkvvIT0
時間経過。

との訳で、まずは月火との話し合い。

暦「おーい、ちっちゃいの」

ソファーに座る月火に声を掛ける。

月火「ほいほい、何か用事?」

月火は僕の方へ顔を向け、そう答える。

うーん。 どう切り出そうか?

32: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:53:17.38 ID:TzjkvvIT0
暦「お前、何悩んでるの?」

月火「……へ?」

あれ、直球じゃ駄目なのかな。

って言っても、どう聞けばいいのやら。

暦「言い方を変えよう」

暦「月火ちゃんは、僕の事が嫌いか?」

月火「うん」

33: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:53:51.61 ID:TzjkvvIT0
言い終わるのとほぼ同時に肯定するなよ! 僕の心は不死身じゃねえんだぞ!

月火「というかさ、どうしたのお兄ちゃん。 変じゃない? 頭でも打った?」

暦「打ってないけどさ。 月火ちゃんの様子がおかしいって噂があるんだよ」

主に、僕と火憐の間で。

月火「だ、誰がそんな噂を!」

おお、良いリアクションだ。 大げさではあるけども。

34: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:54:32.03 ID:TzjkvvIT0
月火「でも、月火ちゃんはいつも通りだよ。 お兄ちゃん」

月火「私から見れば、お兄ちゃんの方が断然変だと思うけど、どう?」

どう? って言われてもな。 自分で自分を変だと分かっている奴は、その時点で変では無いだろうに。

暦「まあ、月火ちゃんがそう言うなら僕は何も言わないけどさ。 何か悩みとかあったら、僕が乗るから相談しろよ」

月火「やっぱりおかしい! お兄ちゃんが変になった!」

暦「大声で人聞きの悪い事を言うんじゃねえよ! 僕が町内で変人扱いされたらどうするんだ!」

35: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:57:20.90 ID:TzjkvvIT0
月火「それもそうだね。 家の中での行動が外に漏れたら、お兄ちゃん社会的にやばいからね」

暦「んな訳あるかよ。 僕は普通の行動しかしない」

月火「ふうん」

ジト目である。 これでもかってくらい、ジト目。

暦「なんだよ。 僕がいつ、変な行動をしたって言うんだ」

月火「それは物凄く難しい質問だよ。 何でか分かる?」

36: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:58:04.42 ID:TzjkvvIT0
まるで、小学生の子供が悪い事をした時に怒られている感じ。 自分で気付く様に、質問で返してくるのだ。

ちなみに、僕はそれがあまり好きでは無い。 生徒に質問をするその姿勢は、自分では言葉が無いからとしか思えないから。

暦「さあな。 何でなんだ? 月火ちゃん」

なので僕はこの様に返す。 さあ、迷え。

月火「それはね、お兄ちゃんがいつ如何なる時でもそんな行動を取っているからだよ。 朝起きたら を む。 勉強に飽きたら妹の歯を磨きながら押し倒す。 夜は寝ている妹にキスをする。 お風呂を覗く」

月火「二十四時間、お兄ちゃんは変な行動を取っているんだよ? 理解できる?」

37: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:58:32.80 ID:TzjkvvIT0
説明されてしまった。 見事に質問に答えられてしまった。

だけど、反論の余地が無いって訳でもない。

暦「待て、月火ちゃん。 それは間違っているぞ」

暦「さすがの僕でも、寝ている時は変な行動をしていない。 それは断言できる」

言ってから、自分の普段の行動が変だと認めている事実に気付いた。

おのれ月火、はめやがったな……やりおる。

38: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:59:10.87 ID:TzjkvvIT0
月火「確かにそうかもね。 でも夢の中でどうせ変な行動を取っているんでしょ」

暦「僕の夢の中の行動まで決め付けるなよ!」

月火「普段の姿勢を治さなきゃ、それは無理な話だよ。 お兄ちゃん」

うぐぐ。

言いたい放題言いやがって、このチビが。

  むぞコラ。

いや、やめておこう。 僕のあらぬ噂が広まっても困るし。

39: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 13:59:46.08 ID:TzjkvvIT0
だけど、僕だって言われっぱなしでは気が済まない。

暦「分かった。 分かったぜ、月火ちゃん」

暦「月火ちゃんが言いたいのは、僕の普段からの行動だろ? なら、それを治せばお前は僕に平伏すと言う訳だ」

月火「いや、平伏すなんて一言も言ってない」

暦「とにかく、僕はもうお前がさっき言っていた様な行動は取らない。 阿良々木暦を舐めるなよ!」

月火「へえ。 まあ、お兄ちゃんがそう言うなら、私は応援させてもらうよ」

40: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:00:22.78 ID:TzjkvvIT0
月火はそう言い、ペチペチと、とても力の抜けた拍手をする。

暦「おう。阿良々木暦は今日、この時から生まれ変わるんだ」

暦「それじゃあ僕はお風呂を洗うついでに、一風呂浴びてくるけど、月火ちゃんも一緒に入るか?」

月火「宣言した次の台詞で早速駄目じゃねえか!」

月火の貫手が腹に刺さった。 見事なツッコミだ。

でも、なんか割りとマジで痛い。

41: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:00:54.77 ID:TzjkvvIT0
暦「お、おい……お前、いつからそんな腕を上げたんだよ……」

月火「お兄ちゃん対策に、火憐ちゃんから毎日教わってるんだよ」

暴力姉妹かよ、勘弁してくれ。

てか、ただでさえ切れやすい月火に火憐の力が加わったら、それこそ手に負えないんだけれど。

暦「ぼ、僕はもう駄目だ……月火ちゃん、風呂作りは任せたぞ……」

と言ってその場に倒れ込む。 月火を見習ってオーバーリアクション。

42: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:01:39.82 ID:TzjkvvIT0
月火「さり気無く私に仕事を押し付けないで。 ほら、さっさと起きろお兄ちゃん」

そう言いながら、僕の顔をぐりぐりと踏み躙る月火。

今更だけど、こんな光景を第三者が見たらどう思うのだろうか。

妹に顔を踏まれる兄。

まあ、第三者が見る余地は無いからいいか。

等と考えている間にも、月火は未だにぐりぐりと僕の顔を踏みまくる。

それはもう、押し潰すと言った方が正しいのかもしれない。

43: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:02:12.62 ID:TzjkvvIT0
暦「踏みすぎだろ! お前はどんだけ兄の顔が踏みたいんだよ!」

月火「あ、ごめんごめん。 踏みやすい形だったから」

暦「兄の顔を踏みやすいと表現すんなや!」

全く、お前の方がよっぽど変じゃねえか。

てか、これはふと思った事なのだが、妹にぐりぐりと顔を踏まれるのも、それはそれで。

44: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:02:42.41 ID:TzjkvvIT0
閑話休題。

暦「んで、話を戻すけど月火ちゃん」

月火「はいはい。 というか、まだ続けるの?」

暦「当たり前だ。 月火ちゃんが変っていう話は、まだ終わらない」

月火「私が変、ねえ」

月火「というかさ、お兄ちゃん。 さっき噂になっているとか言っていたけれど、誰から聞いたの?」

45: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:03:20.06 ID:TzjkvvIT0
暦「ん? 火憐ちゃん」

月火「あの野郎」

暦「おい、今なんて言った」

月火「あ、なんだぁ。 火憐ちゃんかぁ」

今、火憐の事をあの野郎呼ばわりしたよな!? すげえ普通にスルーされたけどさ!

46: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:03:46.65 ID:TzjkvvIT0
月火「うーん。 別に私はそう感じないんだけど、具体的に言うとさ、どこら辺が変なの?」

暦「火憐ちゃんが言うには、僕を朝起こしに来るときに乗り気じゃないとか、そんな事を言ってたな」

月火「……はあ」

うわ、すげー呆れた感漂う溜息。

月火「そりゃーそうでしょ。 お兄ちゃん、朝全然起きないじゃん。 そりゃあ、さすがの私でも飽きるよ」

飽きたとか飽きないとかの問題だったのかよ。

47: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:05:29.61 ID:TzjkvvIT0
暦「そんなもんか?」

月火「そんなもんだよ」

暦「でも……」

とは言った物の、これ以上なんて言えば良いのだろうか。

確かに、月火と話す限り、こいつはいつも通りだ。

僕が心配し過ぎなのだろうか?

ううむ。

でも、火憐の事もあったので慎重に動かないとなぁ。

48: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:05:58.17 ID:TzjkvvIT0
暦「まあ、いいか。 とりあえず月火ちゃん」

暦「何か些細な事でもいいからさ、相談とかあったら言ってくれよ。 いつでも乗ってやるから」

月火「やっぱ、お兄ちゃんの方が変だよ。 いつもだったら絶対そんな事言わないのに」

暦「はは、かもしれない」

月火「ま、お兄ちゃんがそう言ってくれるなら良いけどさ。 それより大丈夫なの?」

49: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:06:26.51 ID:TzjkvvIT0
暦「大丈夫? 大丈夫って、何が?」

月火「いやいや……」

月火はそう言いかけ、何かを思いついた様に再び口を開く。

月火「そうだお兄ちゃん、今日ちょっと出掛けるんだけどさ、何か買ってくる物とかある?」

あ? すげえ急に話題が変わったな。

暦「いや、別に無いけど……つうか月火ちゃん、そのお出掛けって」

暦「まさか、あいつか。 あの月火ちゃんのストーカー」

50: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:07:02.60 ID:TzjkvvIT0
月火「蝋燭沢君の事を言っているなら、あの人はストーカーじゃないからね」

月火「それに、今日は一人だよ。 火憐ちゃんには内緒なんだー」

暦「へえ、珍しいな。 火憐ちゃんと別行動なんて」

月火「服を見に行くんだよ。 火憐ちゃんと一緒でも良いんだけれどさ。 火憐ちゃんって、あれじゃん」

あれじゃん。

ジャージじゃんって事だろうな、きっと。

51: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:07:30.31 ID:TzjkvvIT0
暦「確かにそれもそうだな。 月火ちゃんと違って、あいつは女の子っぽくないからなぁ」

月火「ま、まあ。 そうかもね」

なんだ? 月火の奴、急に嬉しそうな顔をして。

良く分からねー奴だな。

暦「つか、なんで急にそんな話題になったんだよ。 前後の繋がりが無いぞ」

月火「ああ、そりゃそうだよ。 お兄ちゃんをここに引き止めるために、話題を変えたんだから」

52: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:08:11.34 ID:TzjkvvIT0
暦「僕を引き止める為に? はは、なんだ月火ちゃん。 僕とそんなに話していたいのか」

月火「当たり前じゃん。 私、お兄ちゃんの事大好きだからさぁ」

おお、デレ月火。

暦「仕方の無い奴だなぁ。 おし、もうちょっと話に付き合ってやるか!」

と、なんかうまい事乗せられている気もしなくも無いが、僕はソファーへと座る。

53: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:08:45.40 ID:TzjkvvIT0
月火「そうしたいのは山々なんだけどさ、お兄ちゃん」

月火「それはもう無理みたいなんだよ、残念ながら」

暦「無理? どういう意味だよ」

月火「いやぁ。 だってほら、火憐ちゃん帰ってきたみたいだし」

そう月火が言った直後、玄関の扉が開く音がする。

54: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:09:13.01 ID:TzjkvvIT0
「たっだいまー! いやあ、兄ちゃんが風呂を作ってくれるって言うから、ついつい走り込んじまったな!」

「おっふろおっふろー。 沸いてねえじゃん!!」

と。

一人元気な妹である。

暦「あの、月火ちゃん」

月火「なあに、お兄ちゃん」

55: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:09:38.42 ID:TzjkvvIT0
月火はそれはもう、心底嬉しそうな顔をしていた。

始めからこれが狙いか、こいつ。

暦「……いや、お前を責めるのは違うな。 悪いのは忘れていた僕の方だ」

月火「ほう、潔いね」

暦「だけど、この恩は仇として必ず返すぜ」

月火「恨み深いね」

暦「それじゃあ、火憐ちゃんに殴られてくるとしよう」

月火「かっこいいね」

56: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:10:10.89 ID:TzjkvvIT0
くそう。

見事嵌められたと言った所だろう。 僕は多分、あの妹には敵わない。

見た目はキュートなのに、腹黒いったらありゃしないからな。

それに加え、頭の回転もやけに早いし、とにかく厄介である。

しかし。

それはそうと、月火の奴はそんな悩みなんて無い様子だったなぁ。

57: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/27(土) 14:10:44.16 ID:TzjkvvIT0
火憐の勘違いだったのだろうか?

まあ、今はまだ分からない。 でも、何かが起きるとするならば、そろそろだろうか。

警戒するに越した事は、無いかな。

それより、今は火憐の怒りをどうやって鎮めるかを考えなければ。

そんな目先の危険を感じながら、僕は月火に見送られ、風呂場へと向かうのだった。


つきひドッペル 開始

62: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:41:43.55 ID:HUGyear60
暦「なあ、これどういう状況なんだ」

火憐「さあ?」

本人達でさえ、分からない状況。

いや、分かろうとしない方が良いのかもしれない。

それもそう、僕と火憐は何故か一緒に風呂に入っていたのだ。

63: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:42:10.39 ID:HUGyear60
暦「しかも、何で僕は服を着て風呂に入っているんだよ」

理由は勿論分かるが、当てつけみたいな物である。

火憐「あたしに言われてもな」

そして、正確に言えば風呂に入っている訳では無い。

火憐がシャワーを浴びている間、風呂桶を掃除し、沸かしているのだ。

ここまで説明すれば、分かっていただけただろうか。

64: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:42:38.90 ID:HUGyear60
つまり。

あの後、僕は火憐に急いで「今から風呂沸かすから、ちょっと待ってて。 あはは」と、うっかりしちゃってた、てへ。 みたいな感じで言った所、火憐はこう返したのだ。

「仕方ねえな。 でも、汗が気持ちわりいし、シャワー浴びてる間にやってくれよ」

と。

なるほど。

それはかなり生産的な考え方である。 同時進行とは。

で、この状況って訳だ。

65: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:43:07.04 ID:HUGyear60
火憐「それはそうと、兄ちゃん」

暦「ん?」

火憐「こう、こっちでシャワーを使っている時にそっちでお湯を出されると、水圧が弱くなるんだよな」

暦「仕方ないだろ。 同時進行にも、メリットだけある訳じゃないんだし」

火憐「なんとかならねえのかな」

暦「そんな方法があったら、今すぐやってる」

火憐「だよなぁ。 ま、いいや」

何だったんだ、この会話。

66: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:43:44.10 ID:HUGyear60
暦「まあさ、もうすぐでこっちは終わるから、後少しだけの辛抱だ」

火憐「あいあい」

てか。

滅多な事は口にする物じゃねえよな。

「風呂を作っておいてやる」なんて言わなければ、こんな事にはならなかったのに。

暦「しかし、服を着たまま風呂に入るってのも、なんかあれだよなぁ。 変な感じだよ」

火憐「んだよ、じゃあ脱げばいいじゃん」

暦「おいおい、一緒に入れってか? 僕も火憐ちゃんも、小さい子供じゃねえんだぞ」

67: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:44:27.48 ID:HUGyear60
火憐「別に嫌ならいいぜ。 兄ちゃんがぐだぐだ言うからなんだしさー」

暦「まあ、脱ぐけど」

火憐「おう、そうこなくっちゃ」

なんか気持ち悪い!

あれだ。

僕がボケても、火憐はそれに上乗せする感じでボケてくるので、なんか変な感じなんだ。

つまり、ボケとボケじゃ何も生まれない。

だけど、もう服は脱ぎ捨てたので僕の方はボケでは無いのかもしれないが。

68: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:44:54.72 ID:HUGyear60
暦「とかやってる内に、風呂沸いたぜ」

火憐「さすが、風呂沸かしの兄ちゃんだな!」

暦「なあ、それ褒めてるの? 僕にはとてもじゃないが、良い意味には聞こえないんだけれど」

火憐「褒めてるに決まってるじゃん。 あたしが兄ちゃんを褒めなかった事なんて、無いぜ」

いっぱいあると思うけどなぁ。 もしかしたら、火憐は一日一日で入れ替わっているのかもしれない。 そう考えると、間違いではないか。

暦「てか、沸いたと同時にシャワーが終わってたら、あんま意味無かったな」

火憐「良いって良いって。 結果オーライだぜ、兄ちゃん」

暦「お前、結果オーライってなんとなくで使ってるだろ」

69: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:45:28.17 ID:HUGyear60
さて。

火憐が湯船に入るのを見届け(決して、変な意味ではない)僕はシャワーを浴びる事にする。

もう風呂は沸いてるおかげもあり、シャワーの水流はいつも通りだ。

なんだか得をした気分である。 湯船を掃除していた事実がある限り、そうとは言えないのかもしれないが。

火憐「うひー。 やっぱ、兄ちゃんが沸かした風呂は気持ち良いな!」

暦「火憐ちゃんが好きな温度と、僕が好きな温度が一緒だしな。 それもそうだろ」

70: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:46:16.22 ID:HUGyear60
火憐「違う違う。 気持ち的な意味でだよ」

火憐「兄ちゃんが沸かした風呂は、正義の風呂って感じなんだ」

どんな風呂だよ! 浸かればどんな事が起きるのか気になるけどな!

火憐「兄ちゃんの心にも、正義の炎は宿っているし」

71: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:46:46.74 ID:HUGyear60
暦「なんだよそれ。 僕は別に、ただ適当に掃除して、適当に沸かしているだけだ」

火憐「ふーん。 それにしては、随分と熱くて良い感じだぜ」

暦「だからそれは温度の問題だろうが!」

火憐「いや、正義の問題だろ?」

やべえ、言葉が通じない人と会話している気分だ。

それも、ただ単に言語の問題ではない。 意思疎通さえ困難である。 例えて言うならば、人間じゃない何かと話している感じ。

72: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:47:15.72 ID:HUGyear60
暦「さて、僕はそろそろ上がるぞ」

髪も体も洗い終わったし。

火憐「ん? 湯船に浸からないの?」

暦「いやいや、だってお前入ってるじゃん。 月火ちゃんならまだしも、火憐ちゃんとはさすがに入れねえよ」

火憐「月火ちゃんとなら入るのかよ!?」

暦「違う! 例え話だ!」

暦「別に火憐ちゃんと入るのが嫌って訳じゃなくて、うちの湯船狭いじゃん。 二人は入りきらねえよ」

暦「月火ちゃんサイズなら大丈夫だけど、火憐ちゃんサイズだと厳しいからな」

73: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:47:43.66 ID:HUGyear60
今にも殴らんばかりの勢いで身を乗り出していた火憐は、それを聞き、やっとさっきまでのリラックスモードに戻る。

火憐「なんだ兄ちゃん。 そうならそうと最初に言えよ」

暦「いや最初に言ったけどもな?」

火憐「そうだっけ?」

火憐「いや、でもさ兄ちゃん。 体を小さくすれば入れない事もねえよ?」

暦「そりゃそうだろうけどさ。 そんな無理に入る必要もねえだろ」

暦「湯船は広々と入りたいんだよ、僕は」

74: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:48:13.64 ID:HUGyear60
火憐「うーん。 ま、いいや」

ま、いいやで済ますなら、最初から絡んでくるなよ。 ほんと。

火憐「あーそうだ。 それは良いとしてさ、兄ちゃん」

暦「ん? 今度は何だ」

火憐「さっき、月火ちゃんと話してたんだろ? どうだった?」

火憐が湯船から少しだけ身を乗り出し、尋ねてくる。

暦「ああ、月火ちゃんの様子が変って奴か?」

火憐「そうそう」

75: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:48:40.41 ID:HUGyear60
暦「んー。 僕が話す限り、特に変だとは思わなかったけどなぁ」

火憐「ふうん……でもいつもと違う様な気がしたんだけど」

暦「そんな時もあるんじゃね? まあ、とりあえずはいつも通りだと思うぜ」

火憐「そっか。 んじゃあ、あたしの気のせいだったのかもな」

気のせい……か。

本当にそうだとして、何事も無ければいいんだけれど。

76: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:49:11.30 ID:HUGyear60
暦「そうだな。 それが一番良いんだよ」

暦「つってもさ、火憐ちゃん」

暦「もし、また気になる様な事があったら、言ってくれよ」

火憐「りょーかい。 月火ちゃんを監視していればいいんだな」

暦「監視って言うと、すげえ聞こえが悪いけどな……」

火憐「んじゃあ、観察か?」

77: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:49:42.64 ID:HUGyear60
暦「うーん。 それもまた微妙じゃないか?」

火憐「それなら、どんな言い方ならいいんだよ!」

切れるなよ! 月火並みの切れやすさだぞ、それ。

暦「そうだなぁ。 見守るって言い方が一番じゃね?」

火憐「……なるほど。 見守るか。 確かにそうかも」

火憐「さすが兄ちゃんだぜ」

疲れるなぁ。 こいつの相手。

78: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:50:11.79 ID:HUGyear60
火憐「よしよし。 んじゃあ、そんな兄ちゃんにサービスだ」

暦「あ? サービス?」

火憐「おう」

火憐はそう言うと、湯船からあがり、僕の方へとぐいぐい歩いて向かってくる。

ぐいぐいって言うよりは、ドシンドシン。

いや、そんな言い方は駄目か。 火憐も一応は女子なのだから。

とにかくこう……僕に圧力を掛けるような、そんな感じ。

79: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:50:52.95 ID:HUGyear60
暦「え、ええっと。 火憐ちゃん?」

火憐「うりゃ!」

投げられた。 投げて湯船に放り込まれた。

しかも、頭からである。 普通に危ない。

暦「ちょ、ちょっと火憐ちゃん!!」

しかし、投げた後の僕を止める事はさすがの火憐でも出来ず、頭から着水する羽目となったのだけれど。

いや、本当にもう冗談じゃなく、溺れそうになった。

80: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:51:24.09 ID:HUGyear60
暦「お、お前! 何してんだよ!」

暦「危うく家の風呂で溺死する所だったじゃねえか! 大事件だぞ!」

妹に投げられ、兄が溺死。 それも自宅の風呂場で。

そんな紙面が世に出たら、笑い話も良い所だ。

火憐「よっと」

湯船の中から抗議する僕を無視し、火憐も湯船に入ってくる。

火憐「いやー。 さすがに狭いな!」

81: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:52:06.63 ID:HUGyear60
暦「ちょっと待て、待てよ火憐ちゃん。 これは何だ? どういう状況だ?」

火憐「だから、サービスだって言ったじゃねえかよ。 あたしと一緒に湯船に入れるなんて幸せだろ?」

暦「百歩譲って、百歩所じゃねえけどな? そうだとしてさ、僕を投げる必要があったか?」

火憐「んー。 特に無いかな?」

暦「意味も無く人を投げるんじゃねえよ!」

火憐「いやいや。 だって兄ちゃんさ、投げやすい体系してるじゃん」

してるじゃんって何だよ。

82: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:52:35.38 ID:HUGyear60
僕は一度も望んで無いからな、そんな体系。

そういや、朝は月火に「踏みやすい顔をしている」とか言われた気がする。

お前らにとって、僕は何なんだよ。

暦「……まだ昼前だけど、既に疲れ果てた」

火憐「体力ねえなぁ。 あたしはまだまだ大丈夫だぜ」

暦「火憐ちゃんと一緒にするんじゃねえ」

暦「それに、僕が言っているのは精神的な意味でだ」

83: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:53:41.75 ID:HUGyear60
火憐「あ、そうそう」

火憐「今日、兄ちゃん出かけるんだっけ?」

えー。 どんだけ話変わってるんだよ。 すげえ自由奔放だな。

暦「ああ、昼過ぎくらいからちょっとな」

その話題転換に付いていける僕も、案外捨てた物では無いのかもしれない。

火憐「えーっと、誰だっけ。 確か友達だっけ?」

暦「そんな感じになるのかなぁ……」

84: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:54:11.81 ID:HUGyear60
と言うのも、今日は忍野と会う予定だったのだ。

前に言っていたご飯を奢る約束。 である。

僕はすっかりと、なあなあになるのを期待していたのだが、意外とあのアロハのおっさんはその辺りの事はしっかりとしているらしい。

火憐「そっかぁ。 じゃあ今日はあたしと月火ちゃんで留守番か」

暦「いや、月火ちゃんも出掛けるって言ってたな。 何でも服を買いに行くらしいぜ?」

火憐には内緒とか言っていたけど、ついつい口が滑ってしまった。

ごめんな、月火。

85: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:55:00.63 ID:HUGyear60
火憐「あー、そうなんだ。 んじゃあたし一人で留守番かよ」

暦「何だよ、月火ちゃんは火憐ちゃんに来て欲しがってたけど、行かないの?」

僕は月火の先程の言葉を月火の激しいツンデレであると思う。

そう解釈し、告げる事にした。

感謝しろよ、月火。

86: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:57:55.07 ID:HUGyear60
火憐「月火ちゃんが? あたしが行くといっつも機嫌悪くなるんだけど、良いのかな」

暦「機嫌が? それは初耳だけど」

火憐「うん。 大体いつも、家に帰ってから兄ちゃんの部屋を漁ってストレス発散してるぜ」

暦「なんで僕が一番被害にあってるんだよ!」

阿良々木家に限定すれば、僕は多分、一番可哀想な奴だろう。

だよね?

87: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:58:38.38 ID:HUGyear60
火憐「どうすっかな。 月火ちゃんがそう言っているなら、付いて行こうかなぁ」

暦「いや、僕の勘違いだったかもしれない」

火憐「なんだ、そうなのかよ?」

暦「ああ」

月火はやはり、敵に回しては駄目だ。

火憐「んー。 じゃあ今日はあたし一人か。 暇になっちまったな」

暦「暇ならどっか走って来いよ。 てか、火憐ちゃんが出かけないって事の方が珍しいんだけど、今日は一日家にいる予定なのか?」

88: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:59:16.93 ID:HUGyear60
火憐「たまにの休憩って奴だよ、兄ちゃん。 ずっと動いているのも体に悪いし」

暦「なるほど。 んじゃあ暇人って訳か」

火憐「まあ、そうなるな。 それがどうかしたのか? 兄ちゃん」

暦「いや、それならさ。 僕も月火ちゃんも用事が終わって帰ったら、久し振りに、三人で何かして遊ぶかなって思ったんだよ」

火憐「おお。 良いじゃん良いじゃん。 あーそーぼーぜー」

暦「今日だけだからな。 僕が出かけてる間に、何するか考えとけよ」

火憐「へへへ。 あたしの中ではもう決まってるんだな、これが」

89: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 14:59:44.01 ID:HUGyear60
うわあ、すげえ笑顔だ。

多分、自分の考えた遊びに自信があるのだろう。

その自信は僕の不安に直結するんだけども。

暦「……期待せずに聞いてあげよう」

火憐「肩パンだ」

お前はどこのヤンキーだよ。

90: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:00:10.80 ID:HUGyear60
暦「それもう、火憐ちゃんがいる時点で、僕と月火ちゃんに対するいじめでしかねえからな?」

火憐「そうか? じゃあじゃんけんでもするか!」

暦「単純に遊びでじゃんけんをする奴なんて、小学生以来見たことねえぞ」

火憐「他に遊びなんて無いだろ。 ならどうしろって言うんだよ」

暦「遊びのバリエーション少なすぎんだろ!」

火憐「よっし。 じゃあ兄ちゃんに全て任せよう」

丸投げかよ。 まあ、最初から火憐には期待していなかったけどさ。

91: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:00:44.72 ID:HUGyear60
火憐「んじゃあ、あたしはそろそろ出るぜ。 兄ちゃん、風呂サンキューな」

ああ、そういや僕と火憐は風呂に入っていたのだった。

ついつい話し込むと、僕が今何をしているのかさえ忘れそうになる。

怖い怖い。

と、ここでついつい言わなくても良い事を言ってしまう。

あれだ、気付いたら口が勝手に動いていた、みたいな。

92: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:01:12.25 ID:HUGyear60
暦「なんだよ火憐ちゃん。 もうギブアップか?」

僕が火憐の背中にそう声を掛けると、火憐は当然立ち止まる。

火憐「ギブアップ? 兄ちゃん、それはどういう意味だ」

火憐から何かオーラの様な物が立ち上がる。 幻覚だろうけど。

暦「いやいや、さすがの火憐ちゃんでも湯船に浸かる時間は僕より短いんだな。 って思っただけさ、ただの感想だよ」

火憐「ああん?」

火憐「なんだ兄ちゃん、あたしが負けって言いたいのか?」

暦「うん。 まあ人それぞれ、得意不得意なんてあるしな。 火憐ちゃんが僕より我慢強くないってだけの話だよ」

93: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:01:38.59 ID:HUGyear60
挑発挑発。

この挑発に、火憐が乗ってこない訳がない。

火憐「よし、良いぜ。 その勝負受けて立つ!」

火憐はそう宣言すると、その場でくるりと体を回転させる。

火憐「先に根をあげた方が、逆立ちして一日過ごすでいいか?」

なんだよその罰ゲーム。 めっちゃ僕に不利じゃん。

暦「おう、良いぜ」

まあ、負けたら破ればいいだけだし。

94: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:02:10.99 ID:HUGyear60
暦「というか火憐ちゃん、そうやって時間稼ぎをして、体を冷ましてるんじゃないか? 僕はこうして浸かり続けてるって言うのに」

火憐「じょ、上等だぜ。 今すぐ入る!」

言うや否や、火憐は再び湯船の中に入った。

あー。

なんか自分で言い出した事なのだけど、既に面倒臭くなってきてしまった。

つうか、マジで火憐に付き合っていたら多分、僕はそのまま湯船の中で死ぬ事になるのかもしれない。

まあ、適当に満足したらあがるとしよう。

95: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:02:42.45 ID:HUGyear60

火憐「なあ、兄ちゃん。 これって先に湯船から出た方が負けって事で良いんだよな?」

暦「ん? ああ、そうだな」

火憐「ふむ。 じゃあさ、無理矢理追い出すのは駄目か?」

暦「駄目に決まってるだろ! 絶対僕負けるじゃん!」

絶対と言う辺り、なんか悲しくなってしまう。

火憐「そうか……おっけー。 じゃあ、殴ったり蹴ったり投げたりとか、暴力的な奴以外なら良いって事だよな?」

暦「あ? まあ、そうかな」

何だろう。 火憐から暴力を取ったら、何も残らないのではないだろうか。

96: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:03:22.27 ID:HUGyear60
火憐「にっしっし。 分かったぜ、兄ちゃん」

暦「分かったって、何が?」

火憐「つまりはこうだ!」

火憐はそう言うと、すぐ隣に居る僕に抱きついてきた。

火憐「うりうりうりうりうり!」

抱きつくと言うよりはしがみつくと言った方が正しいか。 いや、そのしがみつくでさえ、絞め技の様にがっちりホールドされてしまっているのだけれど。

97: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:03:49.26 ID:HUGyear60
暦「やめろ! 火憐ちゃんマジでやめろ!! お前裸だし僕も裸なんだぞ!」

火憐「んだよ。 妹の裸に欲 してんのか?」

暦「する訳ねえだろ! 気持ち悪いって言いたいんだよ僕は!」

火憐「良いじゃん良いじゃん」

暦「よくねえよ! つうか体全く動かねえんだけど、首から下が全く動かないんだけど!?」

火憐「嫌なら降参するんだな! その方が身の為だぜ」

身の為って言葉がここまで真実味を帯びていると、マジで恐ろしい。

暦「分かった。 分かった火憐ちゃん、僕の負けだ。 今すぐ出て行くから離してくれ」

98: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:04:23.76 ID:HUGyear60
火憐「おう。 でも抱き心地がいいからもうちょっとしたらな」

結局このままじゃねえかよ! 負け損だ!

暦「それまで僕の身が持ちそうにねえよ! やめてくれ!」

火憐「後少しだけだからさー。 良いじゃん」

なんで朝から妹と二人で風呂に入って、挙句の果てに抱きつかれてるんだよ僕は!

こんな場面を誰かに見られたら、あらぬ誤解を受けそうである。

んで、そんな事を考えた時点で、オチは決まっていたのだ。

99: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:04:49.44 ID:HUGyear60
ガラガラと。

風呂の扉が開く。

月火「あ?」

声の発信源を見ると、風呂に入りに来たであろう月火が居た。

恐らく、阿良々木家で一番風呂好きなのは月火である。

そうだ、こいつまだ家に居るんだった。

月火が家に居ると言う事は、つまり風呂に来る確率がかなり高いのだ。

これは今日最大のミスになりそうである。

それに対する僕は。

100: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:05:27.01 ID:HUGyear60
暦「……」

蛇に睨まれた蛙状態。 首から下だけでなく、もはや首から上も動かす事が出来なかった。

火憐「お、月火ちゃんじゃん。 一緒にはいろーぜー」

対する火憐は怖い物知らずと言った所か。

火憐のそんな性格は素直に羨ましい限りなのだが、これから起きるであろう事を考えると、あまりそうは思いたくない。

月火「十……九……八」

月火が謎のカウントダウンを始める。

101: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:05:54.84 ID:HUGyear60
いや、謎では無い。 僕には分かる。

多分あれだ。 これは十秒以内に状況説明をしろという、死刑へのカウントダウンなのだ。

火憐「あれ、月火ちゃん怒ってるのか? 兄ちゃん」

さすがの火憐も状況を理解できたのか、少しだけ冷や汗を掻きながら僕に問う。

暦「……ぼ、僕に聞くな」

よ、ようやく喋れた。

月火「三……二」

マジかよ、後二秒しかねえじゃん。 無理だろ。

102: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 15:06:29.65 ID:HUGyear60
暦「つ、月火ちゃん! 落ち着け!」

月火「あうとー」

アウトだ。 僕が喋った瞬間、アウトになってしまった。

てか、火憐の奴はいつまで抱きついているんだよ。 それが月火の怒りを更に加速させているだろうに。

とにかく。

こうして、僕と火憐の勝負は引き分けとなったのだった。


第三話へ 続く

107: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 23:58:18.32 ID:HUGyear60
暦「なあ、これどういう状況なんだ」

前回と全く同じ出だしである。

月火「何か言った?」

暦「……いえ」

なんで僕は火憐の次に、月火とお風呂に入っているのだろうか。

108: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 23:59:02.50 ID:HUGyear60
暦「つ、月火ちゃん。 僕、そろそろあがりたいんだけど」

月火「火憐ちゃんとはお風呂に入れて、私とは入れないって事かな? お兄ちゃん」

体を洗いながら、僕の方を睨む月火。

暦「いえ。 そんな訳ありません」

月火「そう。 じゃあまだ入っていられるね」

どうやら、月火と入浴する事を断る権利は僕には無いみたいで。

109: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/28(日) 23:59:31.04 ID:HUGyear60
月火「ふう」

そう溜息を付き、髪と体を洗い終わった月火が湯船に入ってくる。

勿論、僕も入っている訳だけども。

火憐は僕よりもでかいだけあり、それはもうかなりきつかったのだが、月火は体が小さいので、大分余裕があるのがせめてもの救いだろう。

月火「んでさ、お兄ちゃん。 さっきのあれはどういう状況?」

月火が横に居る僕に向け、笑顔でそう訊いてくる。

……ここからはどうやら、尋問タイム。

110: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:01:03.40 ID:ZvhKwyms0
暦「いや、火憐ちゃんと勝負しようってなってさ、それでなんか成り行きで……」

月火「どうせ、火憐ちゃんに押し切られたんでしょ。 お兄ちゃんの事だしさ」

月火は僕の顔をじっと見つめる。

押し切られたって。 ちょっと言い方を変えて欲しいな。

暦「……まあ、そうなります」

月火「ふーん」

ん?

なんだか月火、不機嫌?

111: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:01:57.57 ID:ZvhKwyms0
月火「ま、仕方ないかぁ」

月火「火憐ちゃんもあれで、お兄ちゃん大好きだからねぇ」

あれ? そこまで怒っていないのか?

てっきり、顔面パンチでもされるのかと思ったけど。

暦「ん? 火憐ちゃん『も』って事は、月火ちゃんもなのか?」

月火「はあ!? そんな訳無いじゃん! 妹とお風呂に入るお兄ちゃんなんて死んだ方がマシだ!」

じゃあ死ねよ! 今入ってるじゃねえかよ!

一緒に入ろうって言ったのお前だからな!? その理論だとお前も一緒じゃねえかよ!

112: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:02:36.66 ID:ZvhKwyms0
とは思っても、口には出さない。

今出したら、多分殴られるから。

暦「いや、まあそれは良いとしてさ」

暦「もしかして、今回は月火ちゃんとお風呂で話して終わりなのか?」

月火「そうだよ。 火憐ちゃんと仲良くお話して、私とのお話はすぐに終わるなんて、許せない」

マジかよ。 話進まなくね?

正直な話、僕は雑談するならいつまででもしてて良いんだけど、それで良いのだろうか。

113: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:03:31.42 ID:ZvhKwyms0
月火「それに、私はお兄ちゃんに聞きたい事があるんだ!」

暦「僕に? いいぜ月火ちゃん、何でも答えてやろう」

てっきり、何でもない普通の質問が来るのかと思った。

いや、それ自体は普通の質問なのだろうけれど。

月火「お兄ちゃん、幽霊とかって信じる?」

僕はそれを知りすぎていた。

114: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:04:32.12 ID:ZvhKwyms0
暦「ゆ、幽霊……? えっと月火ちゃん、月火ちゃんは信じているのか?」

月火「私かぁ。 うーん。 半分半分って感じかな」

まず、月火が言う幽霊とは何を指しているのだろうか?

ただ単に、本当に単純な意味での幽霊ならば、ここまで気にする事も無いのだろうけど。

暦「半分半分か。 って事は、多少は信じているんだな」

月火「まあ、そりゃねぇ。 それっぽいの見ちゃったし」

今、何て言った。

それっぽいのを『見た』だと?

115: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:05:05.89 ID:ZvhKwyms0
暦「月火ちゃん! 見たってのは、どんなのだったんだ!?」

横に座る月火の肩を掴み、問い質す。

月火「え、えっと。 お兄ちゃん? どうしたの、急に」

月火は少々驚きながらも、僕に笑顔を向けてくる。

笑顔というかは、苦笑い。

暦「あ、ああ。 悪い」

116: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:05:54.97 ID:ZvhKwyms0
月火「やっぱり、今日のお兄ちゃんは変だよ。 急に大声を出す変人だよ」

暦「ただの危ない人じゃねえかよ!」

月火「え、違うの? お兄ちゃん、自覚無かったんだね……」

やめろ! そんな悲しそうな目を実の兄である僕に向けないでくれ!

月火「えっと、ああ。 幽霊のお話だったよね」

117: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:07:45.73 ID:ZvhKwyms0
月火「私が見たのは、遠目だったから良く分からなかったけどさ。 お兄ちゃんに良く似た人が、小さい女の子に抱きついたりキスしたりしてる場面だったんだ」

月火「まあ、いくらお兄ちゃんが変人だとしても、そこまでするとは思えないし」

月火「お兄ちゃんがそんな事をするとは思いたくもないから、良く似た人なんだろうけど」

僕の方へ顔を向け、首を傾げ、笑顔。

ってか、八九寺じゃねえかよそれ! そして、その良く似た人ってのは僕じゃねえか!

118: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:08:13.78 ID:ZvhKwyms0
暦「ははは」

見事な乾いた笑い。 僕も普段の行動を省みなければ。

そういえば、火憐もそんな話をしていたっけかな。 歯磨きした時に。

……少し、自重しよう。

だけど。

ふと、ここで気になる事が一つ。

119: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:09:06.90 ID:ZvhKwyms0
暦「……ん? でも、それがどうして幽霊だって思ったんだ?」

月火「いや、それが私にも良く分からないんだよね。 なんとなーく「あれ、幽霊かな?」って思っただけでさ。 だから半分半分って訳」

暦「ふうん……」

一応の予測を立てるとするならば。

恐らく、月火は不如帰として、八九寺の正体に気付いたのだろうか? 無意識の内に、自らと同じ『怪異』だと判断して。

月火「それで、最初の質問に戻るけど、お兄ちゃんは幽霊って信じる?」

暦「僕か……僕は、どうだろう」

120: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:09:56.56 ID:ZvhKwyms0
暦「信じているって言うよりは、知っているになるのかな」

知っているし、関わってしまっている。

月火「知っている? なになにお兄ちゃん、ゴーストバスターでも目指しているの?」

暦「はは、かもしれない」

月火「へえ。 私はお兄ちゃんがどんな宗教にはまったとしても、お兄ちゃんの味方だからね。 いつでも頼ってね」

暦「はまらねえよ!」

月火「うんうん」

うわあ、信じていない顔だなぁ。

121: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:10:48.15 ID:ZvhKwyms0
月火「まあ、こんな質問しておいてあれだけどさ、やっぱり見間違いだったのかなぁ。 とは思うよね」

暦「月火ちゃんがそう思うなら、そうなんだろうさ」

月火「今日のお兄ちゃんは、やけに私を肯定するね。 何か裏がありそうだけど」

暦「いやいや、確かに僕には裏があるけれど、その更に裏しかないんだぜ。 つまりは表しかないって事だ」

月火「ごめん、全く意味が分からない」

暦「あはは、月火ちゃんにはまだ早い話だったかな」

月火「大人ぶって誤魔化すんじゃねえ!」

月火の貫手が脇腹に刺さった。 湯船の中だけあり、痛くはないのだが、くすぐったい。

いやあ、やっぱりボケとツッコミが揃うと、会話が弾むな。

122: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:11:15.98 ID:ZvhKwyms0
暦「月火ちゃんは将来、僕に良いツッコミが出来るぜ。 期待している」

月火「なんで私とコンビを組む話になっているのか、理解できないよ」

暦「ああ、だからと言って、今が駄目って訳じゃないからな。 安心しろ」

月火「話聞いて無いし……」

暦「んだよ、嫌なのか?」

月火「私はコンビを組むなら火憐ちゃんしかいないと思ってるから!」

123: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:13:32.25 ID:ZvhKwyms0
暦「お、いいなそれ。 コンビ名も既に持ってるしな、お前ら二人」

月火「ファイヤーシスターズを芸名みたいな扱いにするな!」

暦「テレビで見れる日を楽しみにしておいてやるよ」

月火「やめて! 私と火憐ちゃんをそんな存在にしないで!」

面白いなぁ、こいつ。

124: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:14:23.30 ID:ZvhKwyms0
暦「それはそうと月火ちゃん、話が百八十度変わるが、いいか?」

月火「また急だね……まあ、それに付いていく月火ちゃんだけどね」

暦「おう。 んでさ」

前々から、少しだけ気になっていた事。

暦「月火ちゃんの彼氏って、どんな奴なんだ?」

月火「ぶっ!」

僕がそう聞くと、月火は湯船に顔を沈める。

何してんだ、こいつ。

125: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:15:25.68 ID:ZvhKwyms0
月火「ちょ、何それ百八十度所か、七百二十度は変わってるじゃん!」

十秒ほど顔を沈めた後、ようやく顔をあげた月火は僕に向けてそう言った。

てか、七百二十度って……冷静に考えたら二週してるだけじゃねえか。

暦「兄として気になるんだよ。 月火ちゃんに相応しい奴かどうか」

月火「それは私が決める事だよ! それに、今まで存在すら認めて無かったじゃん!」

暦「別に良いじゃねえか。 僕だって、いつまでもそんな対応していられないしさ」

暦「んで、どんな奴なんだ?」

126: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:16:37.05 ID:ZvhKwyms0
月火「うー。 どんな奴って言われても……」

なんだよ、一丁前に恥ずかしがりやがって。

月火「顔は、まあ、普通……かな」

へえ。

暦「へえ」

月火「性格は、うーん。 良い人だよ」

へええ。

暦「へええ」

127: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:17:05.29 ID:ZvhKwyms0
月火「そ、それに、正義感が強い……かな?」

ふむ。

暦「ふむ」

あれ、やべえ。 なんかイライラしてきた。

月火「私の事は大事にしてくれるし」

ほう。

暦「ほう」

月火「……そんな感じの人」

なるほど。

暦「なるほど」

128: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:17:34.17 ID:ZvhKwyms0
暦「えっと、月火ちゃんはそいつの事が好きなんだよな」

月火「……うん」

駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!

暦「駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!」

おっと、思った事がそのまま口に出てしまった。

直前まで我慢していたのに。

129: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:18:25.15 ID:ZvhKwyms0
月火「もうやだ、このお兄ちゃん」

そんな兄を見て、月火は呆れ顔である。

暦「そんな話を聞かされて、僕はこれからどんな顔を月火ちゃんに向ければ良いんだよ!?」

月火「どんな顔って……今まで通り、変なお兄ちゃんで良いよ。 私はそれを受け入れよう!」

暦「駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。 やっぱりそのストーカー野郎は僕が撲殺する!」

月火「やめて! 私なんかの為に、お兄ちゃんが犯罪に手を染める事なんて無いんだよ!」

月火「お兄ちゃんの手は汚させない……やるなら、私がやる!」

お、月火の奴乗ってきた。

130: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:19:08.22 ID:ZvhKwyms0
暦「妹にそんな役回りをやらせられるか! お前が何と言おうと、僕が始末する!」

月火「……止むを得ないね。 お兄ちゃん、ここは間を取って、二人で一緒にやろう」

暦「くっ……そうだな。 それが最善の策か」

僕の方から振っておいてあれだけど、こんな扱いをされている蝋燭沢君が可哀想である。

いや、撲殺すると言ったのはボケでも無ければ冗談でも無いのだが。

131: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:19:36.85 ID:ZvhKwyms0
閑話休題。

暦「しかしよー。 月火ちゃん」

月火「何かな。 お兄ちゃん」

暦「最近、身の回りで変わった事とかねえか? あ、僕の事は除いて」

こう付け加えておかないと、また話が脱線する気がしてならないのだ。

月火「変わった事かぁ。 うーん」

132: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:20:04.48 ID:ZvhKwyms0
月火「……特に無いよ。 大丈夫」

視線を下に落とし、月火は言う。

暦「そっか。 なら良いんだ」

それが多少は気になったが、一々聞いていては話が進まない所では無い。

月火なら、本当に困っている時なら言ってくれる筈だし。

133: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:20:47.76 ID:ZvhKwyms0
暦「後、くどいけどさ。 悩み事とかあったら相談に乗るから、その時は頼ってくれよ」

月火「ほいほい。 でもさ、お兄ちゃんに相談しても、まともな返答は期待できそうに無いんだけどね」

月火「それに、私の悩みをお兄ちゃん如きに解決できるとは、到底思えないよ?」

暦「お前は僕の事を過小評価している様だな。 火憐ちゃんなんて、僕にしか相談できない体になっているんだぜ」

月火「物凄く変な意味に聞こえるけれど、訂正しなくて大丈夫?」

暦「訂正する。 火憐ちゃんは時々、極稀に、僕に相談してくれる」

月火「期待度が下落したね。 急降下だよ」

134: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:21:22.25 ID:ZvhKwyms0
暦「大丈夫だ、こっから月火ちゃんからの期待度はうなぎ上りになる筈だから」

月火「自信満々だね。 私は坂道を転げる様な速度で落ちると思うけど……いや、ビルから飛び降りる速度って言った方が正しいかな」

暦「すげえ速度だな……だが安心しろ、月火ちゃん。 僕はいつだってお前の味方だ」

月火「はいはい。 分かりましたよお兄ちゃん」

なんだよー。 乗り悪いな。

月火「でもさ、真面目な話だけど」

135: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:22:18.21 ID:ZvhKwyms0
月火「私は今、悩みなんて無いし、無理矢理にでも悩みを作るとしたら、お兄ちゃんの存在だね」

僕の存在を否定か!?

暦「んな事言われたって、僕と月火ちゃんは兄妹なんだぜ。 僕は死なない限り消えてやらねえ!」

月火「ふうん。 私がどんだけ突き放しても? お兄ちゃんが寝る度に、顔を思いっきり殴りつけても?」

怖いな、それ。

暦「……だけど僕は諦めないぜ。 阿良々木暦はそんな事じゃあ諦めないんだ」

月火「予想以上にしぶといね……もっと良い案を考えておくよ」

暦「お手柔らかにな」

136: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:22:56.70 ID:ZvhKwyms0
暦「っと、つうか長風呂しすぎたな。 僕はそろそろ出るけど、良いか?」

月火「はいはい。 私はもうちょっと浸かって行くよ。 お兄ちゃんは今日出掛けるんだっけ?」

暦「野暮用があってな。 夕方には帰ると思うよ」

暦「月火ちゃんも出掛けるんだよな? 帰りはそんな遅くならないだろ?」

月火「うん。 お兄ちゃんよりは早いと思うよ。 火憐ちゃんに一人で留守番させても、不安だし」

……間違いねえな。

137: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:23:40.72 ID:ZvhKwyms0
暦「そっか。 んじゃあ、また後で」

月火「さいならー」

暦「あ、そうだ。 今日の夜、久し振りに三人で何かして遊ぼうって話になってるんだけど、月火ちゃんも参加するよな?」

月火「お、珍しいね。 お兄ちゃんからそんな話があるだなんて。 勿論、参加するよ」

暦「オッケーオッケー。 じゃあ、何やるか考えておいてくれ」

よし、良い感じに丸投げ出来た。

でっかい妹から兄へ、兄からちっちゃい妹へ。

見事な兄妹愛だな、我ながら天晴れだ。

138: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:24:21.52 ID:ZvhKwyms0
月火「なんか丸投げされた感じしかしないけど、りょーかい」

月火「それじゃあ行ってらっさい」

暦「おう。 行ってらっさる」

いやはや、本当に妹と風呂に入るだけで、二話も使ってしまったではないか。

つうか、軽く一時間くらいは風呂に入っていた気がする。 忍野との予定の時間には、多分遅れるだろう。

まあ、忍野だし別に良いけど。

とか、そんな適当な事を考えながら、僕は風呂場を後にするのだった。

139: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:25:05.57 ID:ZvhKwyms0
結局。

僕はやはり馬鹿だから、てんで気付かなかったのだ。

いや、月火の隠し方という物が上手すぎたのかもしれない。

細かく言えば、そりゃあ少しは違う所もあったと思う。

が、それは本当に些細な違い。 その日の体調や機嫌で変わるくらいの、些細な違い。

しかし、やはりこれは僕の責任なのだろう。

140: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:25:52.47 ID:ZvhKwyms0
この時は本当に、思いも寄らなかった。

僕の妹、阿良々木月火が火憐とは違う意味で、僕の事を想っていたなんて、本当に夢にも思っていなかった。

火憐の事がひと段落したので、気が抜けていたのかもしれない。

しかし、あまりにも初歩的なミスはあった。

僕はすっかり忘れていたのだ。

阿良々木火憐と阿良々木月火。

この二人は、良くも悪くも二人でワンセットなのだと。

141: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:26:37.50 ID:ZvhKwyms0
片方が厄介ごとに巻き込まれたら、もう片方も厄介ごとに巻き込まれるのだと。

なんて。

今更こんな事を思っていても仕方ない。

前回は確か、こんな感じの僕に対し「本当に馬鹿なのはお前だよ」との言葉を贈ったのだが、今回はどうしようか。

そうだな。

「最初からこの物語は終わっている。 終わりすぎている。 だからお前は諦めろ」

「何も変わらなければ、変えられない」

こんな所だろうか。

142: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:27:31.45 ID:ZvhKwyms0

最初に、確か僕は「物語は進んでいた」と言ったと思う。

貝木泥舟風に言うならば「あれは嘘だ」になるのだろうか。

いや、嘘って程でも無いだろう。

正しく言うならば、終わりながら続いている。

終わりを見せる、物語。

143: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/29(月) 00:28:02.67 ID:ZvhKwyms0
しかし、これだけははっきりと言える。

この終わりを見せる物語は、僕にとって最悪の物語である。

最悪と言うよりは、最低と言った方が正しいだろうか。

とにかく。

それだけは、断言ができるのだ。


第四話へ 続く

154: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:23:48.24 ID:WpIQZ6530
さて。

現在僕は外に居る。

勿論、それは忍野に会う為なのだけれど。

こう、僕が外に出ると必ずと言って良いほど知り合いに遭遇するのだ。

具体的な名前を挙げると、八九寺とか。

八九寺「なんだか、今日の阿良々木さんはやけに幸せそうですね」

暦「あ? 何でそう見えるんだよ。 朝から色々あって、僕は疲れ果てている所だぞ」

155: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:24:33.12 ID:WpIQZ6530
つまりはあの廃墟へと向かう途中で例の如く、八九寺と遭遇したのである。

無論、向こうは気付いていなかったので、いつもの様な健全なやり取りをした事後であるけれど。

確か、そういった事をしている現場を月火に見られてたんだよなぁ。 まあ、それでやめる僕でも無いが。

行動を省みたりはするが、改めようとは思わないのだ。

156: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:25:14.69 ID:WpIQZ6530
八九寺「いえいえ。 確かに疲れている様な気配も感じますが、それ以上に幸せいっぱいと言った感じです」

暦「それならあれだ、八九寺、お前の眼は節穴だ」

八九寺「なるほどなるほど……阿良々木さんは私の眼が節穴だと、そう言いたいんですね」

暦「そうとしか言ってない」

八九寺「分かりました。 では阿良々木さんの今日の行動を当ててあげましょう」

暦「はは、やってみろよ。 お前にそんな真似、出来るとは思わないな」

八九寺「ふふん。 阿良々木さんは私を過小評価し過ぎですよ。 八九寺真宵を侮る無かれ」

馬鹿言ってるんじゃねえよ。 羽川でもあるまいし、そう易々と僕の行動がばれてたまる物か。

157: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:26:22.45 ID:WpIQZ6530
八九寺「まず、朝は妹さん達に起こしてもらったのでしょう」

暦「まあ、それはお前も知ってるしな。 正解だけど」

八九寺「その後、ですね」

八九寺「恐らく、大きい方の妹さんと、お風呂に入った筈です」

……んんん?

何で知ってるんだ!?

158: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:28:30.13 ID:WpIQZ6530
八九寺「そして、お風呂は大分長かった様ですね。 もしかすると、小さい妹さんともお風呂に入ったのでは無いでしょうか?」

すげえ、すげえぞ八九寺! お前にそんな、羽川みたいな真似が出来たなんて。

軽く感動を覚えてしまうじゃないか。

暦「……悪かった、八九寺。 僕がお前を過小評価していた様だ」

八九寺「分かれば良いんですよ。 これからは、さん付けで呼んでくださいね」

暦「何お前、そう呼ばれるのを夢見ていたの?」

八九寺「そう言う訳では無いですが、気分の問題です」

159: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:28:58.56 ID:WpIQZ6530
ふむ。

しかし、なんでこいつは僕の行動が分かったのだろうか?

暦「で、八九寺。 どうしてお前は僕の行動が分かったんだ?」

さん付けで呼んでくれとは言われたが、僕はそれを承諾していないので普通に呼び捨ててみた。

八九寺「阿良々木さん、まさか本当に気付いていないのですか」

八九寺もそれにはわざわざ突っ込まず、会話を続ける。

てか、気付いていないって、何がだろう?

160: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:30:19.80 ID:WpIQZ6530
八九寺「まず、阿良々木さんにしては良い匂いがしたので、朝風呂を浴びた事については簡単に説明ができます」

おお、なるほど。

って、阿良々木さんにしてはって何だよ。 失礼な奴だな。

八九寺「そして、ここです。 ここを見て妹さんとお風呂で何かあったのだと、推測しました」

ここ? ここって、僕の首じゃねえか。

暦「なんだよ、髪の毛でも付いてたか?」

161: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:31:21.48 ID:WpIQZ6530
八九寺「付いてるには付いていますが、髪の毛では無いですね」

暦「はあ? じゃあ、何が付いてるって言うんだ、八九寺」

八九寺は、とても爽やかに笑い、言う。

八九寺「キスマークです」

ありえねえ!

火憐の奴、どさくさに紛れて何してるんだ!

人に指摘されて気付く僕もあれだけど、そんな事よりだ。

マジで洒落にならねえって……これ。

162: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:32:49.69 ID:WpIQZ6530
八九寺「そして、いつも阿良々木さんが仰っている妹さん達の性格からすると、その行為をする可能性がありそうなのは、大きい方の妹さんという事になるんですよ」

暦「いや、それはどうでもいい」

暦「八九寺。 ちょっと鏡を貸せ」

八九寺「生憎ですが、私は鏡を持ち歩いておりません」

くっそ、使えない小学生だ。

163: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:33:55.85 ID:WpIQZ6530
そんな事より、こいつの言っている事は本当なのか。

本当だとしたら、絶対に、何があっても、例え天地がひっくり返ろうと、戦場ヶ原とは会えないじゃないか。

で、そうだとしたら月火の奴も気付いてた筈だよな……あのチビ、言ってくれれば良い物を!

暦「朝から最悪の気分だな……」

八九寺「そうですか? 私はてっきり、妹さんにキスをされて、幸せそうなオーラを出しているんだとばかり思っていましたよ」

暦「僕はそんな変 じゃねえ!」

164: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:34:35.48 ID:WpIQZ6530
いや、実際。

よくよく考えてみると、ちょっと嬉しいかもしれない。

いやいや、それとこれとは話が別だろう。

暦「とにかく、八九寺。 戦場ヶ原が近づいてくる感じがしたら、教えてくれ。 僕はまだ一応、生きていたい」

八九寺「浮気の手伝いをさせるんですか、阿良々木さん。 酷い人ですね!」

暦「浮気じゃねえよ! 人聞きが悪い事言うんじゃねえ!」

165: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:35:03.52 ID:WpIQZ6530
八九寺「まあ、とは言いましても」

八九寺「あの方と会うことは無いと思いますよ。 今はお盆じゃないですか」

ん? ああ、そう言えばそうか。

確か、昨日からこの町には居ない筈か。

暦「そ、そうだった。 それなら一安心だな……」

166: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:35:40.06 ID:WpIQZ6530
八九寺「とは言っても、羽川さんに会ったら、私は告げ口しますけどね」

暦「やめろ、それだけはやめてくれ八九寺」

ある意味、戦場ヶ原よりよっぽど恐ろしい。

八九寺「阿良々木さんがどうしてもと言うのなら、仕方無いですね……」

八九寺「では、私の指示するミッションを一つクリアしてください。 そうしたら、阿良々木さんの首に付いているキスマークについては、私の記憶から消し去りましょう」

なんとか記憶から消してもらえそうなのだが、一体どんなミッションなんだろう。

167: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:36:15.09 ID:WpIQZ6530
暦「内容は?」

八九寺「どちらかの妹さんに、キスマークを付けて来てください」

暦「僕が殺されるじゃねえか!」

八九寺「仕返しですよ、仕返し。 それくらいは許されるでしょう?」

暦「いや、世間が許しても当人が絶対に許してくれないんだよ。 どっちにしろ、僕の命日は今日になりそうだ」

暦「今までありがとうな、八九寺」

涙が出そうになる。 本当に。

168: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:36:51.89 ID:WpIQZ6530
八九寺「全くもう、度 が無い人ですね……まあ、良いですよ。 半分冗談でしたし」

八九寺「阿良々木さんが惨めで可哀想なので、今回の件については、私の頭から消しておきます」

なんだろう。

八九寺に翼が生えていて、その姿はまるで天使ではないか。

けど、少し考えてみる。

そもそも、八九寺には別に恩を感じる必要はなくないか?

だって、こいつはたまたまその事に気付いた訳で、それを告げ口すると言って、悪く言えば僕を脅していた訳だ。

それなら、むしろ天使では無く悪魔では無いだろうか。

んだよ、感謝して損した。

169: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:37:27.22 ID:WpIQZ6530
ま、でも一応体面上は感謝している振りでもしておくか。

暦「恩に着るよ……」

さて、そんな話をしていた所でどうやら廃墟へと着いた様である。

暦「それじゃあ八九寺、またな」

八九寺「ええ、阿良々木さん。 また」

と別れの挨拶を済ませ、僕は廃墟へと入っていく。

170: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:38:32.45 ID:WpIQZ6530
忍野に会う為、廃墟の階段を一段一段、上る。

それはそうと、火憐の奴……とんでもない事をしてくれた物だ。

これは後で、何かしらの報復をしなければ気が済まない。

あいつが嫌がりそうな事って何だろうなぁ。

大抵の事は、笑って流す様な奴だし、機嫌が悪そうって言うのは何回も見た事があるのだけど。

その機嫌が悪そう。 というのも、月火の様にヒステリックと言う感じではなく、可愛らしい物だし。

171: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:39:16.12 ID:WpIQZ6530

そういや、あいつが本気で怒ったのって、今年の母の日くらいじゃないだろうか?

そう考えると、火憐にとってあの日の出来事は相当な物だったのだろうな。

とにかく。

マジで戦場ヶ原が居ない時で良かったよ。 本当に、しみじみそう思う。

172: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:39:53.21 ID:WpIQZ6530
忍野「やあ、阿良々木くん。 待ちくたびれたよ」

そんな事を考えている間に、忍野の部屋へ到着。

厳密に言えば、忍野が勝手に住んでいるだけで、不法侵入になるのだけども。

暦「ああ、今回はその台詞、すげえ心に来るものがあるな」

だって、行けると教えた時間から二時間くらい経っているし。

忍野「別に良いさ。 僕は阿良々木くんと違って、常に予定は空けているからね」

なんだ。 僕の事を暇人と呼んでいた癖に。

173: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:41:23.19 ID:WpIQZ6530
忍野「それより、それ……どうかしたの?」

忍野はそう言い、僕の首を指差す。

暦「ほっとけ。 多分なんかの呪いだ」

忍野「ふうん。 ま良いけど。 それで阿良々木くん、買ってきてくれたかい?」

暦「ああ、勿論」

僕はそう答え、近くで買っておいた缶コーヒーを忍野に渡す。

174: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:42:23.99 ID:WpIQZ6530
暦「つうか、本当にこれで良いのか? 僕にとってはありがたいんだけどさ、なんか……これでってのもな」

忍野「構わないさ。 それに阿良々木くんも、何か話したい事がありそうな雰囲気だし」

僕にねえ。 まあ、あるっちゃあるんだけれど。

暦「一応、あるんだけどな」

暦「忍野、先に約束してくれないか。 もし、また火憐ちゃんの時と同じ様な事があっても、僕を騙さないと」

忍野「……分かった。 約束しよう」

忍野は少し考える素振りを見せ、そう言う。

その言葉が本当か嘘かは分からないが、僕には信用するしかなさそうである。

175: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:43:49.05 ID:WpIQZ6530
暦「本題に入るぞ」

前置きをして、続ける。

暦「火憐ちゃん……でっかい方の妹が、小さい方の妹の様子が変だって言ってるんだよ」

暦「で、僕は実際に月火ちゃんに……ああ、小さい方の妹に、話を聞いたんだけどさ」

忍野「はは、良いよ。 名前で呼んでも構わない」

忍野の提案は助かったのだけれど、やはり、少しばかり抵抗はある。

まあ、いいか。

176: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:44:22.24 ID:WpIQZ6530
暦「……で、月火ちゃんに話を聞いたんだけど、僕にはどうにもいつも通りにしか見えないんだよ」

忍野「ふうん。 じゃあ、変じゃないんじゃないかな?」

暦「それがそうとも限らないかもしれない。 僕が月火ちゃんの事を少し知っているとしたら、火憐ちゃんは月火ちゃんの事を殆ど知っているって事になる」

暦「それくらい、僕と火憐ちゃんじゃ、理解している範囲が違うんだ」

忍野「……なるほど。 つまりはでっかい妹ちゃんの言う事を信じた方が良いって事か」

忍野「具体的にはさ、どんな風に変なのかな? そのでっかい方の妹ちゃんから見て。 それくらいは聞いているだろう?」

177: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:45:05.52 ID:WpIQZ6530
暦「ああ」

暦「火憐ちゃんが言うには、どうにも僕の事を避けている感じらしい。 つっても、今日の朝も普通に話したし、ふ」

言えない、風呂に一緒に入ったとか、言えないだろ絶対。

暦「ふ、不思議なんだよ」

忍野「……そうか。 避けてる、ね。 なるほど」

忍野「けど、阿良々木くんが見た限りいつも通りって事か。 いつも通りに話すし、いつも通りにお風呂に入ると」

うわ、ばれてるし。 見透かし忍野くんのあだ名は伊達じゃない。

178: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:47:30.64 ID:WpIQZ6530
暦「はは。 まあ、うん。 そういう事だ」

暦「けど、あくまでもそういう話があったってだけで、本人は悩みなんて無いって言ってたんだけどな」

忍野「難しいねぇ。 が、とりあえずは様子見で問題無いと思うよ。 それこそ、厄介な怪異ってのは多いけど、阿良々木くんなら問題無いさ」

暦「それは過大評価だと思うけどな……まあ、もし何かあったときは、また頼みに来るよ」

忍野「全く、良い様に使われている気しかしないけど、僕も暇だしね。 それにこの辺りはまだ危ない。 異変を感じたらすぐに言ってくれよ」

暦「分かった、そうさせてもらう」

179: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:48:12.21 ID:WpIQZ6530
それじゃあ、帰るとするかな。

思いの他、話がすぐに終わったのもあり、時刻は夕方には程遠いが……火憐に一人で留守番をさせるってのは、どうにも不安要素しか見当たらない。

忍野「そうだ、阿良々木くん」

忍野「今回の事にも怪異が関わっているとして、現時点で一番可能性が高そうな奴が一つある」

忍野「聞いていくかい?」

……もう少しだけなら、良いか。

元々は夕方の予定だったし、聞いといて損な話でもないだろう。

180: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:50:03.53 ID:WpIQZ6530
暦「分かった。 聞かせてくれ」

忍野「了解。 あくまでも、阿良々木くんの話を聞いて、前回の事も含めて、一番ありそうな怪異だけど」

忍野「ドッペルゲンガー」

忍野「阿良々木くんは、確か忍ちゃんに聞いたんだっけ? それなら、多少は知っているかな」

暦「……ドッペルゲンガー。 忍に聞いた話だと、この前の怪異と同じ特性、呪いだったよな」

忍野「そう。 けど違う」

違う? 違うってのは、何がだ。

181: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:52:11.99 ID:WpIQZ6530
忍野「忍ちゃんは呪いを掛けた対象の、一番苦手とする奴の姿となって現れる。 って言っていたんだっけ」

忍野「そして、対象を殺す……と」

忍野「けどね、まず一つ目を正すと、ドッペルゲンガーの呪いは自分に掛ける物なんだよ」

呪いを……自分に?

忍野「そうだ。 そして願いを叶えるんだ。 なんともロマンチックな話だと思うだろ?」

さあ、どうだかな。 呪いって単語が出る時点で、ロマンチックだとは思えないけれど。

それにしても、願いを叶える……か。

少し前の、火憐が憑かれた怪異を思い出すな。

182: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:53:42.54 ID:WpIQZ6530
忍野「それに、忍ちゃんは対象を殺すだとか言っていたらしいけど、それは違う」

忍野「多分、僕の例え話をそう解釈しちゃったのかもね。 僕も大分適当に話していたし」

忍野「ドッペルゲンガーは殺し屋じゃない。 なんでも屋って所だよ」

暦「……って事は、何でも願いを叶えるのか?」

忍野「基本的には、だけどね」

忍野「翼を生やして飛びたいだとか、神様になりたいだとか、そんなぶっ飛んだ願いまで叶えてくれる訳じゃない」

まあ、それもそうだろうが。

183: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:54:20.25 ID:WpIQZ6530
忍野「まず、このドッペルゲンガーにはある条件を満たしている奴の前にしか、姿を現さない」

忍野「その条件については、後で話すとしようか」

忍野「そして」

忍野「ドッペルゲンガーは二つの願いを叶えてくれる」

忍野「一つ目は頼まれた願い。 つまり、表面上の願い」

忍野「二つ目は本当の願い。 つまり、深層心理の願い」

忍野「この二つを叶えるんだよ」

184: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:56:09.27 ID:WpIQZ6530
暦「へえ。 って事はさ、それは良い怪異なのか? 怪異に良い悪いがあるって訳でも、無いと思うけど」

忍野「はは。 厄介なのはその方法さ。 ドッペルゲンガーは手段を問わない」

忍野「例えば、一つ目の願い。 そうだね……お金が欲しいと望んだとしようか」

忍野「それくらいなら、叶ってしまう。 銀行強盗でもしてね」

忍野「勿論、本人の姿のままさ」

……そういう事か。

何か欲しい物があれば、犯罪を犯してまで、手にする。

手段を問わない、ね。

185: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:56:54.98 ID:WpIQZ6530
忍野「そして二つ目、深層心理の願い」

忍野「どっちかと言えば、こっちが少し面倒なんだよ。 本人も気付いているパターンの方が多いんだけど、それは大体の場合ろくでもないお願いだから。 口に出したくない願いって所かな」

暦「ろくでもない願いか……なるほど。 そいつが想っている願いを勝手に汲み取って叶えるって所か?」

忍野「その通り。 例えば阿良々木くんが心の中で、僕の事をぼこぼこにしたいと考えているとしよう」

僕を何だと思っているんだ、忍野の奴。

いや、まあ考えたことが無いと言えば嘘になるけれどさ。

186: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 21:58:28.49 ID:WpIQZ6530
忍野「その場合はそうだね……恐らく、ドッペルゲンガーは僕の先輩の姿となって、現れるだろう。 想像しただけで寒気がするよ、ほんとに」

忍野「つまり、その願いを叶えるにあたって、最適な人物となって現れるんだ」

忍野「だけど、さっきも言った様に基本は出遭った人物の姿をしているんだけどね」

って事は、忍野はその先輩とやらを苦手としていて、その先輩にならぼこぼこにされるって事か。

今度探してみるとしよう。 なんだか面白そうである。

187: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:00:04.28 ID:WpIQZ6530
暦「僕が驚いたのは、忍野にも苦手な奴がいるんだなって事だよ。 今日一番の驚きかもしれない」

忍野「そりゃーそうさ。 人間だし。 んで、そのドッペルゲンガーは僕をぼこぼこにしたら、消え去るって事さ」

暦「……確かに、そりゃなんでも屋って感じだな」

願いを二つ叶えるなんでも屋、か。

忍野「うん。 まあ、とは言っても所詮は呪い。 悪い方向に転ぶ方が多いよ」

暦「悪い方向……」

暦「忍野、僕にはその呪いってのが、少し気になるんだけど」

188: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:01:27.56 ID:WpIQZ6530
忍野「自分にかける。 の部分かい?」

暦「ああ。 勿論、そんな事をしたら……ただでは済まないだろ?」

忍野「いや、そうでもないよ」

忍野「厳密に言えばさ、さっきの願い自体が呪いなんだよ」

暦「願い自体が呪い? どういう事だ?」

忍野「ドッペルゲンガーに願い事をした時点で、その当事者は呪われるんだ」

忍野「二つ目の願いを叶えられる事でね」

189: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:02:02.87 ID:WpIQZ6530
暦「それが、願いを叶える行為自体が呪いって訳か」

忍野「そ。 二つ目の願いは、さっきも言った様に心の奥底で願っている事だ。 綺麗な物では無いだろうしさ」

暦「そうか。 でも、だけどさ」

暦「人によっちゃ、その呪い自体もありがたいかもしれないな」

忍野「はは、そんな事は無いさ。 人が心の奥底で想っている事なんて、くだらない事だよ」

暦「……そう、なのかな」

それには少し、賛成しかねる。

190: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:03:08.56 ID:WpIQZ6530
とは思っても、忍野と言い合う気は無いので、次の話題に移すことにした。

暦「つうか、そのドッペルゲンガーってのは対価を求めないのか?」

忍野「求めない。 それは忍ちゃんの言うとおりだね」

忍野「ドッペルゲンガーは呪いだけれど、基本的にはそこまで恐ろしい奴では無い」

忍野「さっきも悪い方向に転ぶ方が多いって言った様に、無害って程でも無いけどさ。 まあ、会おうと思って会える怪異でも無いんだよ」

会おうと思って会えない……それって、全部の怪異に当てはまる事では無いだろうか。

でも、忍野がそういう言い方をするって事は、会おうと思って会える怪異も居るって事なのかな。

191: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:03:39.87 ID:WpIQZ6530
暦「そういう事か。 それが、会う為には条件があるって事だよな?」

忍野「ご名答。 その通りだよ、阿良々木くん」

忍野「ドッペルゲンガーに会えるのは、悩みを抱えている奴だけなんだぜ」

暦「悩みを……?」

忍野「そうだ。 それも軽い悩みじゃない。 重大な悩みって言い方になるのかな。 その人間の生き方を変える様な、そんな悩みだ」

暦「そりゃ、確かに会おうと思って会える怪異では無いな」

192: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:04:56.25 ID:WpIQZ6530
生き方を変える悩み……

僕の場合はどれになるのだろうか。

忍の事は、とてもじゃないが悩みなんて言葉は使えない。

なら、僕には残念ながら、そのドッペルゲンガーに会える条件は整いそうにないな。

会いたいとも思わないが。

193: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:06:22.23 ID:WpIQZ6530
暦「てか、一つ思ったんだけどさ。 火憐ちゃんの時の奴と、なんだか似ていないか?」

願いを叶えるだとか。 本当に一部分だけだが、気になった。

忍野「根本的な部分は全く違うけど、阿良々木くんがそう思うのも無理は無いよ。 この前の怪異……あいつとは良くも悪くも、セットなんだ」

セット。

なんだか、ファイヤーシスターズを思い出すなぁ。

194: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:08:24.91 ID:WpIQZ6530
忍野「とは言っても、これは無理矢理にでも怪異を当てはめた結果だから、そんな気にする事でもないさ」

忍野「阿良々木くんは異変探しをすればいい。 もっとも、そんな異変が君達兄妹の勘違いだったってのが、一番だろうけど」

ふむ。

忍野がこのドッペルゲンガーという怪異を例に挙げたのも、それが前の怪異とセットだからだろう。

つまりは、それが一番危険という事だ。

それが一番、身近にあるという事だ。

195: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:10:26.17 ID:WpIQZ6530
暦「そうだな。 何も起きてなくて、何も起こらないのが一番なのは、間違いねえか」

忍野「その通り。 けど警戒しておく分にはデメリットは無いからね」

忍野「そんな感じで、宜しく阿良々木くん」

異変探し、か。

どこからがそうで、どこからがそうじゃないのかは全く分からないが……とにかく、ドッペルゲンガーとやらが居ると分かった以上、警戒するに越した事はないか。

とは言っても、気を張りすぎてもあれだな。

196: ◆XiAeHcQvXg 2013/04/30(火) 22:11:39.14 ID:WpIQZ6530
忍野にまた頼る形にはなってしまうが、連絡は小まめに取っておいて損は無いだろう。

現時点で、巻き込まれそうな可能性のある奴。

いや、既に巻き込まれている可能性のある奴。

それらの可能性が無い方が恐らくは高いと思うし、そっちの方が良いとも思う。

まあ。

僕の周りに限った話だけど、警戒しておくのは月火になるのだろう。

よし、これからすべき事は、とりあえずは月火の様子を伺う事。

今の所、僕から見て変な所は無いし、大丈夫だとは思うけれど。

そうして、その後僕は忍野と軽く話した後、帰路に就いた。



第五話へ 続く

200: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:29:49.98 ID:8ryHbS1T0
暦「忍は、何か異変とか感じないか?」

廃墟からの帰り道、僕は隣を歩く忍に向けて問う。

忍「感じないのう。 いつも通りじゃよ」

暦「だよなぁ」

忍「お前様が妹御と朝から仲良く風呂に浸かっているのも、いつも通りじゃしな」

暦「いつもじゃねえよ!」

忍野の場合は、反論したら何か嫌な事を言われそうだったので(具体的には、妹と風呂に入った時間だとか、日数だとかだ。 忍野だったらばれていてもおかしくはない)避けたのだが、忍なら話は別だ。

201: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:30:46.44 ID:8ryHbS1T0
忍「たまにはあると言う事かのう?」

暦「た、たまにでも無い!」

たまには無いけど、極稀にはある。

言葉のイメージ的に「たまに」と「極稀」では、比べると「極稀」の方が頻度は少なく聞こえるので、僕はそうだと思っている。

暦「つうか、話題を逸らすんじゃねえ!」

忍「お前様が朝から妹御といちゃいちゃしていなければ、こんな話はする必要の無い物じゃよ。 つまりは無用の賜物」

暦「うっせ」

202: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:35:00.75 ID:8ryHbS1T0
暦「言っとくが、あれは僕の意思では無いからな。 ただ流されただけだ」

忍「ふむ。 だがお前様よ。 その流されるたというのもまた、お前様の意思では無いのか?」

暦「……なのかな?」

忍「知らんわ」

つうか、成り行きであんな風になるって実際やばいのか?

いや、そうでもないだろ。 他の家族や兄妹なんて、もっと仲が良いだろうし。

203: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:35:38.03 ID:8ryHbS1T0
暦「それより、仮にだよ忍」

暦「もし、忍野の姿をしたドッペルゲンガーが現れたとして、お前はそれに気付けるか?」

忍「さあのう。 いくら最近会う機会が増えたと言っても、儂の嗅覚には引っ掛からんわい」

って事は、いざそいつが現れたとしても、すぐには判別できないって事か。

204: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:36:09.74 ID:8ryHbS1T0
暦「てか、前もこんな話をした気がするけどさ。 どのくらい一緒に居れば分かる物なんだ? そいつがそうかどうかって」

忍「怪異と言っても色々おるんじゃよ。 前の草みたいな奴ならば、会えば分かる。 呪いじゃしな」

忍「が、その呪いにも種類があってのう。 先程、アロハ小僧が言っていたドッペルゲンガーの場合ならば、そうじゃな」

忍「十年程近くにおった奴なら、すぐに判断できるじゃろうよ」

十年かよ! 確かにお前にとっちゃ、すげえ短い期間なんだろうけどさ。

205: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:36:37.04 ID:8ryHbS1T0
暦「それじゃあ期待はできないか……ああ、そうだ」

暦「忍はドッペルゲンガーの特性を結構誤解してたみたいだけど、忍野ってそんな適当に話していたのか?」

忍「それもあるが、儂も話半分でしか聞いておらんからじゃ」

まあ、退屈な話だったらしいし、無理もねえか。

忍「それに、言い訳では無いがの、我が主様よ」

忍「あの小僧が言っていた話は、ほとんどがドッペルゲンガーによって殺された者の事なんじゃよ」

ん? 殺された者?

206: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:37:03.03 ID:8ryHbS1T0
暦「えっと、どういう意味? 願いを叶えるんじゃないのかよ、ドッペルゲンガーは」

忍「言葉通りの意味じゃよ。 願いを叶えると言っても、お前様よ。 人が表に出さない願い等、綺麗な物では無いじゃろ」

暦「……そう、なのかな」

つまり、大体の人間が心の奥底で願っている事は……殺意って事を言いたいのか?

だけど、僕は。

207: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:37:32.68 ID:8ryHbS1T0
暦「悪いけど、忍。 僕はそうは思わないよ」

忍「そうかのう?」

忍はそう言い、凄惨に笑い、答える。

忍「恨み、怒り、憎しみ、嫉妬、嫌悪、軽蔑、恐怖、猜疑」

忍「人間が奥底の心で思っている事等、大体はそんな物じゃ」

208: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:38:11.54 ID:8ryHbS1T0
忍「七つの大罪。 なんて言葉もあるしのう」

忍「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲」

忍「この大罪は、人間の思っている事その物じゃよ」

忍「そして、これこそが人間の本質。 アロハ小僧の言う『深層心理の願い』じゃよ」

忍の言っている事は分からなくも無い。

けど、それでも僕にはそうは思えないのだ。

209: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:38:42.59 ID:8ryHbS1T0
暦「ちげえよ、忍」

暦「火憐ちゃんは、火憐ちゃんは違ったんだ」

忍「儂から見れば、お前様の巨大な妹御も一緒じゃったがの」

暦「そうかよ。 でも」

暦「僕が火憐ちゃんから感じたのは、優しさだったよ」

210: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:39:18.54 ID:8ryHbS1T0
忍「……ふむ。 まあ、お前様がそう思うのなら、それはそれで良いんじゃろうよ」

忍「だが、更に言わせて貰えば、儂にはあれは『恐怖』でもあると思うがの」

暦「『恐怖』? 僕がいつか居なくなる、恐怖って事か」

忍「左様。 それともう一つ『欲望』じゃな。 つまりは『強欲』」

暦「『強欲』か」

忍「お前様と一緒に居たいという『欲望』じゃな」

暦「……そうか」

211: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:39:47.91 ID:8ryHbS1T0
忍「人間誰しも、そんな感情に支配されておるんじゃ」

暦「でも、でもさ忍」

暦「それと同じくらいに、人間は違った想いとか、感情も持っているんじゃないかな」

忍「ほう? 例えば?」

暦「喜び、感動、感謝、幸福、優しさ、信頼、信用、気遣い」

暦「そんな感情とか、想いとかも、あるだろ?」

212: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:40:21.06 ID:8ryHbS1T0
忍「お前様の妹御は、そうだと?」

暦「そうだよ」

忍「迷いの無い答えじゃな……何故、そう思う?」

暦「僕はあいつの事をそうだと思っているからだ」

忍「そうか。 だがな、我が主様よ」

忍が口を開く前に、僕は答える。

暦「それは『傲慢』だ。 って言いたいんだろ。 知ってるさ、そんな事」

213: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:40:47.35 ID:8ryHbS1T0
暦「僕は良いんだよ。 僕はどんな奴でも構わない」

暦「けど、あいつは……あいつらは、僕の誇りは『信頼』したいんだ」

忍「カカッ。 お前様よ」

忍「儂にはとても、お前様が『傲慢』だとは思えんわい」

そうだな。

僕はどこまで行っても『最低』なのだから。

忍「そうじゃのう……お前様には『馬鹿』がぴったしかのう」

なんか良い事を言っている様に聞こえるけれど、それってただ僕を貶しているだけじゃねえか?

214: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:41:29.08 ID:8ryHbS1T0
閑話休題。

忍「しかし、殺し屋ならず何でも屋とは……面倒な怪異じゃな」

暦「僕はそっちより、姿を変える方が厄介だと思うな」

暦「それに、やっぱり火憐ちゃんが月火ちゃんの様子がおかしいって言っていたのも気になるし」

忍「うむ。 どうおかしいのかは分からないが……巨大な妹御は、その辺りの嗅覚は優れておる筈じゃ」

忍「気にしておくのは間違いでは無い」

そうなんだよな。 あいつ、気配だとか変化だとか、そういうのには随分と鼻が利くから。

215: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:42:45.56 ID:8ryHbS1T0
暦「仮にさ、月火ちゃんがドッペルゲンガーに会ったとして、あいつは何を願うんだろうな」

忍「さあのう? 大方、お前様と一緒に居たいとかじゃろ」

うーん。 月火がそう想う物かね。

だけど、火憐の一件もあったから……そんな事は無いと断言できないが。

暦「月火ちゃんがか? まあ、そうだったらそうで嬉しいけどさ」

216: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:43:29.07 ID:8ryHbS1T0
忍「カカッ。 お前様よ、妹御の前ではそんな台詞、絶対に言わないじゃろ」

暦「言える訳ねえだろ。 で、問題なのは二つ目の方か」

忍「じゃな。 大方、お前様を殺したいとかじゃなかろうか?」

暦「怖い事言うんじゃねえ!」

忍「なんじゃ、嬉しくないのか?」

217: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:44:30.52 ID:8ryHbS1T0
暦「僕はそこまでじゃねえよ! 僕を何だと思っているんだ!」

殺したいと願われて喜ぶとか、どんな奴だよ。

さすがの火憐でも……いや、あいつならありえるかもしれない。

そう考えると、本当に火憐の将来が心配になってしまう。

218: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:45:55.82 ID:8ryHbS1T0
暦「とにかく、月火ちゃんには注意を払っておこう」

暦「忍も何か気付いた事があったら言ってくれ。 些細な事でいいからさ」

忍「承知した。 我が主様」

忍「所で、お前様よ」

忍は空を見上げ、そう言う。

まだ、続きがあるのか?

暦「ん? まだ何かあるのか?」

忍「これは、あの小僧が言っておらんかった事じゃがな」

219: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:46:24.40 ID:8ryHbS1T0
忍「ドッペルゲンガーは、姿を自在に変えられる訳では無いのじゃ」

暦「え? なら、一度その姿になったらそのままって事?」

忍「その辺りは少し複雑でのう。 まあ、儂もあの小僧に聞いた事じゃから、間違っているかもしれんが」

忍「願いを叶えるまでは、固定されると言うのが正しいじゃろうな」

暦「って事は、仮に僕が忍野を殴りたいと願って、ドッペルゲンガーに会ったとするだろ」

暦「そして、ドッペルゲンガーは忍野が苦手とする先輩になって、僕が願った忍野を殴りたいって願いを叶えるまでは、その先輩の姿のままって事だよな?」

220: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:50:24.00 ID:8ryHbS1T0
忍「……まあ、基本的にはそうじゃな」

基本的に。

つまりは、例外もあるって意味だよな。

忍「ドッペルゲンガー自身にも意思がある。 意思というか、人格じゃな」

忍「前にも言った様に、考え方や性格はその本来の姿の者と同一じゃ」

忍「が、それとは別にあやつ自身の人格もあるんじゃよ」

221: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:51:37.18 ID:8ryHbS1T0
暦「そいつの考えによって、願いを叶える最適な奴になるって事か」

忍「左様。 ドッペルゲンガーが最優先でするのが、願いを叶えるということじゃ。 それを叶える為にも、あやつは最適な人物に変わる」

忍「とは言っても、大体の願い等、その者自身の姿で叶えられるがのう」

忍「盗みを働く事や、人を殺す事。 最適な人物に変わると言っても、基本的にはどの人物でも同じじゃろうし」

忍「あのアロハ小僧や、お前様の様に若干の化物性があれば、話は変わるがの」

忍「まあ、頭の片隅にでも置いておけばよい」

222: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:53:06.34 ID:8ryHbS1T0
暦「判別する方法とかは、無いんだよな」

忍「あるにはある」

あるのか? 忍でも、区別が付かないって言っていなかったか?

忍「例えば、お前様の妹御がドッペルゲンガーに願い、奴が妹御の姿になったとする」

忍「それを儂が怪異だと判別するのは不可能……」

忍「じゃが、お前様の妹御だと判断するのは可能じゃ」

223: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:53:47.26 ID:8ryHbS1T0
暦「……ええっと。 悪い、どういう意味だ?」

忍「全く、少しは頭を使わんか」

忍「儂にはお前様の妹御、巨大な方も極少の妹御も区別が付くのは、知っておるじゃろ? 無論、あのアロハ小僧もじゃ」

忍「故に」

忍「ドッペルゲンガーかどうかは分からん。 だが同じ人間の匂いが二つもあったら、妙じゃろうが」

……ああ!

そうか、そうだ。

224: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:54:51.42 ID:8ryHbS1T0
暦「なるほど。 怪異かどうかは分からないけど、匂いが二つあれば、どちらかが怪異だと分かるって事か」

忍「その通りじゃ。 本当に、頭の回転が鈍いのう」

うっせ、ほっとけ。

そんな話をしている間に、そろそろ家が近づいてきた。

忍「それでは、儂は寝るとする。 何かあったら起こして構わんからの」

忍もそれが分かっているのか、影の中へと姿を消す。

225: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:55:19.06 ID:8ryHbS1T0
てか。

起こしても良いと言われても、どうやって起こせば良いんだよ。

まあ、何かが起きたって事は僕が動揺するって事とイコールだから、そうすれば起きるのかな?

その辺りは曖昧だけども、忍を信じるしかねえか。

んで。

家大丈夫かなー。

崩れたりしてないかなー。

226: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:56:52.50 ID:8ryHbS1T0
火憐だけ留守番ってのは、何が起きていてもおかしくないのだ。

家が無くなっていたとしても、ありえないと事だと思えないのがまた恐ろしい。

やがて我が家が視界に入ってくる。

ふむ。 どうやら外見はなんとか保っている様だ。

まずは一安心、って所だろう。

227: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:57:26.29 ID:8ryHbS1T0
前に影縫さんと斧乃木ちゃん、あのコンビが攻めて来た時の様に、玄関も崩壊していたりはしない。

良かった良かった。 どうやら野宿をする羽目にはならなかった。

そして、そのまま扉まで歩き、開く。

暦「ただいまー」

僕の帰りが早かったのもあり、月火はどうやらまだ出かけている様だ。

その証拠にあいつの靴が一足、玄関には無かった。

228: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:58:32.57 ID:8ryHbS1T0
火憐「おう、兄ちゃんか。 お帰り」

僕の声が聞こえたのか、火憐がリビングから姿を現す。

何も、わざわざ出迎えなくても良いだろうに。

暦「月火ちゃんはまだ帰ってないみたいだな。 留守番ご苦労さん」

火憐「いやあ、色々と大変だったぜ。 あたしじゃなきゃ、多分無理だっただろうな」

んだよそれ。 火憐じゃなきゃ無理だったって、どんな化物が攻めて来たっつうんだ。

229: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:59:21.27 ID:8ryHbS1T0
暦「そうなのか。 具体的には、どんな事があったんだ?」

僕がそう聞くと、火憐はやはり自信満々に言う。

火憐「電話とか来客とか、今日は忙しかったんだぜ」

電話に来客、別に普通じゃね?

火憐「よっく分からねー奴から電話がきてさ。 「もしもし、阿良々木さんのお宅ですか?」って言いやがるんだよ」

すげえ嫌な予感しかしないんだけど。

てか、言いやがるってどういう事だよ。

230: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/01(水) 23:59:58.24 ID:8ryHbS1T0
火憐「あたしはこう言ってやったよ。 「てめえ、阿良々木さんじゃなかったらどうするんだよ。 ああん?」って」

いきなり喧嘩売ってるんじゃねえ! なんでそうなるんだ……

火憐「そしたらさ。 「あ、はい。 そうですよね、すいません」とか言いやがってさ」

火憐「それに対してあたしはこう返した。 「謝るくらいだったら電話してくるんじゃねえ!」ってな」

もう、留守番はこいつに任せられそうにない。

231: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:00:32.75 ID:RL0wKrN60
暦「えーっと。 火憐ちゃん」

暦「とりあえず、その件については僕からは何も言わない。 後でパパとママとじっくり話し合ってくれ」

僕がそう伝えると、火憐は何故か笑いながら「おう」と答えるのだった。

色々と疲れるな、この妹。

232: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:01:19.23 ID:RL0wKrN60
僕が火憐の武勇伝(汚点だらけの)をそこそこで聞き流しリビングへ向かうと、火憐もその後を付いてきた。

よっぽど暇なんだなぁ、こいつ。

てか、そうだ。

朝の件について、火憐には話をしなければ!

暦「なあ、そういえば火憐ちゃんは、僕に謝らなければいけない事があると思うんだけど」

火憐「ん? 兄ちゃんにか?」

233: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:02:39.60 ID:RL0wKrN60
暦「そう。 僕にだ」

言いながら、ソファーへと座る。

火憐「うーん。 何かしたっけ?」

火憐も首を傾げながら、僕の横へと腰を掛ける。

暦「朝、風呂での事だ」

火憐「んんん……わり、分からねえ」

234: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:03:24.02 ID:RL0wKrN60
暦「僕の首のこれだ」

自分の首を指差す。 火憐が付けたキスマークの所を。

火憐「ああ、それか!」

おいおい、言われて思い出すって……大丈夫か、こいつ。

火憐「いやあ、でもさ兄ちゃん。 それが何で謝らなければいけない事って話に繋がるんだ?」

暦「どう考えても謝るべき事だろ!」

つうか、キスマークの付け方とか、どこで学んだのかも僕は気になるのだけど。

235: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:05:31.90 ID:RL0wKrN60
火憐「分からないな兄ちゃん。 サービスだって言ったじゃん」

暦「押し売りじゃねえか! お前が良かれと思ってやる事は、大体が僕にとって嫌な事なんだぜ」

火憐「んな訳あるか! 月火ちゃんがそうすれば兄ちゃんは喜ぶって言ってたんだぞ」

うわあ、月火かよ! なんか怪しいとは思ったけどさ!

暦「火憐ちゃん、よく聞けよ。 僕には一応、彼女が居るんだよ。 その彼女がこれを見たらどう思うとか、分かるよな?」

僕がそう言うと、火憐は顔を逸らし、頬を膨らませる。

どうでもいいが。

こいつ、こういうの似合わないな……

236: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:06:19.92 ID:RL0wKrN60
火憐「あたしは兄ちゃんの彼女なんて、知らない」

暦「この前会わせただろうが! きっちり紹介したぞ!」

火憐「知らない知らない! 認めてねーもん!」

なんでお前に認められなくちゃならねえんだ!

火憐「第一、兄ちゃんに彼女なんていらねえんだ! そんなに世間体を気にするなら、あたしが彼女になってやる!」

237: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:06:48.54 ID:RL0wKrN60
暦「僕は世間体の為に彼女を作ってるんじゃねえ! どんな人間だと思われてんだ!」

火憐「知らない知らない知らない。 とにかくあたしは認めない!」

めんどくせえ!

……前もこんな感じだったよな、火憐。

全く、兄の彼女の存在が気に入らないなんて、どんだけブラコンなのだろうか。

本当にもう、困った妹である。

238: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:07:28.17 ID:RL0wKrN60
暦「火憐ちゃんに認められなくても、居るんだよ!」

火憐が何と言おうと、僕の彼女は確かに存在しているのだ。

火憐「……だったら」

火憐「だったら兄ちゃんがあたしの彼氏を認めないのは何でだよ? あたしだって彼氏が居るんだぞ」

あ?

聞き捨てならないぞ、それは。

239: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:08:09.85 ID:RL0wKrN60
暦「は? あれは彼氏じゃなくてストーカーじゃねえかよ。 火憐ちゃんのストーカー」

火憐「ほらほら! 認めてないじゃん!」

暦「ちげえ! 認める認めない以前の問題だ!」

暦「火憐ちゃんが彼氏と勘違いしているそいつは、いつか僕が地獄に送ってやる!」

火憐「上等だ! それならあたしは、兄ちゃんが彼女だと勘違いしている女を地獄に送ってやる!」

暦「火憐ちゃんが言うと冗談に聞こえないから、やめろ」

240: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:11:03.02 ID:RL0wKrN60
火憐「あ? つまりは、兄ちゃんがさっき言っていたのは冗談だったのか?」

暦「本気だけども」

火憐「んだとこのチビ!」

暦「うるせえ木偶の坊!」

と、こんな感じで火憐と僕はしばらくの間、じゃれ合うのであった。

月火がこの僕と火憐の喧嘩を目撃するのは、もう少し後の話だ。

いや、そもそも最終的には喧嘩とは言えなくなっていたかもしれないが、それはまた次回ということで。


第六話へ 続く

241: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 00:15:46.64 ID:RL0wKrN60
以上で第五話、終わりです。

乙ありがとうございます。

245: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:49:09.59 ID:RL0wKrN60
火憐との言い合い(小学生同士の喧嘩みたいだった)も、ようやく終わりを迎え、現在僕はベッドで寝ている。

その言い合いが終わったのも、月火の登場があってこそなのだが。

あの後、何がどうなったのか、その経緯は今となっては全く分からないのだけれど、僕と火憐は「恋人ごっこ」なんて事に発展していたのだ。

思い出したくないというか、それはもう数十分前の事だが、僕にとっては既に封印してしまった過去なのである。

で、その「恋人ごっこ」で僕と火憐が「好きだよ、火憐ちゃん」「好きだぜ、兄ちゃん」なんて事をやっている時に、月火が登場したのだ。

246: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:50:07.06 ID:RL0wKrN60
登場というよりは、降臨って感じだったけども。

要するに。

朝の二の舞って訳だ。

そしてお察しの通り、例の如く、まずは火憐が呼び出される事となった訳で。

そんな火憐は今、説教を受けている。

残された僕は死刑を待つ罪人の如く、まずはこの自分の部屋へ押し込まれ、火憐の処刑が終わってから呼び出される手筈となっている。

247: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:50:38.95 ID:RL0wKrN60
時折、火憐と月火の部屋から何やら叫び声が聞こえるのが多少気になるが、あまり想像しない方が良いだろう。

精神的にも、確実にそっちの方がいい。

さて。

いくらこれから刑が執行されるとは言っても、暇な物は暇だ。

僕は何をして過ごそうかなぁ。

部屋に押し込めらても、特にする事が無いしな。

どうにも勉強って気分でも無いし……さて、どうした物か。

248: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:51:08.45 ID:RL0wKrN60
と、ここで着信。

画面を見ると、メールでは無い事が分かる。

電話、だな。

誰だろう? 戦場ヶ原か?

しかし、そこには知らない番号が表示されている。

249: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:51:43.45 ID:RL0wKrN60
一応、明記しておくけれど。

これはただ単に、僕が彼女の番号すら登録しないだとか、彼女の番号を全く知らないだとか、そういう意味では無い。

見た事も無い文字列。 そういう意味での、知らない番号。

……間違い電話か?

普段なら無視しても良かったのだが。

生憎、僕は時間を持て余してしまっている。

250: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:52:12.13 ID:RL0wKrN60
どうせなら出るか、間違いならそう教えてあげた方が良さそうだし。 との結論に行き着き、通話ボタンを押す。

暦「もしもし?」

「お、繋がった繋がった。 やっぱ携帯ってのは慣れない物だよ、全くさ」

この声は、忍野か?

251: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:52:38.83 ID:RL0wKrN60
暦「あれ、お前携帯とか持ってたのかよ。 持っていないって言ってなかったか?」

「言った様な気もするし、言って無い様な気もするなぁ」

「ま、考えてもみなよ。 そりゃあ、仕事柄一応は持っているさ。 自分の番号とか分からないんだけどね」

仕事で使えないじゃん、それ。 意味ねえな。

暦「てか、まあそれは良いとしてさ。 どうして僕の番号を知っているんだよ」

「委員長ちゃんに聞いたんだよ。 あの子は何でも知ってるからねー」

252: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:53:05.90 ID:RL0wKrN60
僕に言わせたいのか、そうなのか?

暦「何でもは知らないだろ。 知っている事だけだ」

「はは、そうだったそうだった」

折角、忍野のフリに答えてあげたのだから、もうちょっと面白いリアクションを期待したんだけども。

……忍野だし、仕方ないか。

253: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:53:33.19 ID:RL0wKrN60
暦「それで忍野。 何で急に電話なんてしてきたんだよ? 僕の声が聞きたかったとか、そんな用事じゃねえだろ?」

もしそう言ったら、すげえ気持ち悪いけどな……

忍野との付き合い方も、考え直さねばなるまい。

「ああ、うん。 阿良々木くんに伝えておかなければならない事があったからね」

良かった。 どうやら付き合い方を考え直す必要は無さそうだ。

254: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:54:00.18 ID:RL0wKrN60
つか、僕に用事? って事はつまり、怪異の事だろうか。

「あれからさ、こっちはこっちで色々調べていたんだけど、君の妹ちゃん……小さい方の妹ちゃんかな」

「あの子は大丈夫だよ。 怪異が絡んでいなければ、怪異に関わってもいない」

「ああ、でも、あの子自体がそういう物だったか」

最後に余計なひと言を放つ辺り、少し頭に来たのだが、それよりも考える事はある。

255: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:54:32.45 ID:RL0wKrN60
暦「……月火ちゃんは、大丈夫って事だな」

「そ。 でも、まだドッペルゲンガーが居ないとも限らないからね。 僕の方は引き続き探してみるよ」

とりあえずは一安心、だな。 月火が絡んでいないだけで、僕にとっては十分すぎる情報だ。

「阿良々木くんも一応、無いとは今言ったけども、妙だと思うことがあったら教えてくれ」

「これから関わる可能性なんて、十分にあるからね」

256: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:55:06.47 ID:RL0wKrN60
忍野は最後にそう言い、電話を切る。

他にも聞きたい事はあったのだけれど、まあ、今度の機会でも良いだろう。

とにかく僕にとっては、今回の事がただの杞憂だと分かっただけで十分すぎた。

電話と共にベッドに体を投げ、安心感からか眠気が襲ってくる。

火憐の説教はまだ続きそうだし、こっちは少しだけ寝るとしよう。

257: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:55:57.98 ID:RL0wKrN60
三十分ほどたっただろうか。

僕は体をゆさゆさと揺らされる感覚によって、目が覚めた。

暦「ん……」

目の前を見ると……見ると。

やべえ、月火だ。

258: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:56:25.67 ID:RL0wKrN60
暦「あ、あはは。 おはよう」

とりあえずは目覚めの挨拶である。 挨拶ってのは大事だよね。

月火「うんうん。 おはようお兄ちゃん」

月火「すぐに挨拶するのは、褒めてあげよう」

んー?

あれ、そこまで怒ってないのか?

まあ、それならそれで良いのだけれど。

259: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:57:02.56 ID:RL0wKrN60
暦「火憐ちゃんの方は終わったのか?」

月火「ひと段落って所だよ。 これからまだ続けるつもりなんだけどさ」

マジかよ、もう一時間くらい経ってるじゃん。 それでひと段落とか。

月火「それより、一応はお兄ちゃんにも事情聴取なんだけど」

260: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:58:24.94 ID:RL0wKrN60
暦「ああ、ええっと。 なんか、成り行きで」

月火「またそうやって……」

月火「ま、どんな成り行きかは聞かないでおこう。 どうせくだらない理由だし」

まあ、その通りだけども。

とりあえずは、謝っておくに越した事は無い。

261: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:58:50.22 ID:RL0wKrN60
暦「……すいませんでした」

妹に頭を下げる兄。 誠実で良い奴な筈だ。 僕だけど。

つか、そうは言ってもだ。

月火にも僕に謝らなければいけない事があるじゃねえか。

具体的に言うと、火憐に余計な入れ知恵をした事だとか。

262: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 22:59:24.78 ID:RL0wKrN60
暦「けど、けどさ月火ちゃん。 元を辿れば月火ちゃんにも原因があるんだぜ」

月火「ほう。 私に?」

暦「そうだ。 この僕の首にあるこれ、月火ちゃんの入れ知恵らしいじゃないか」

暦「姉にそんな入れ知恵をするなんて、人としてどうかと思うぜ? 月火ちゃんよ」

月火「ああ、それね。 火憐ちゃんがどうしたら兄ちゃんと仲良くなれるかとか聞いてくるから、教えてあげたんだよ」

月火「それと、お兄ちゃんに人としてどうかってお説教はされたくないね。 私の言っている意味分かる?」

263: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:00:19.56 ID:RL0wKrN60
朝と同じくだりじゃねえか! いや、確かに僕は中途半端に化物ではあるけどなぁ。

こんな月火が怪異その物だなんて、僕も事実を知らなければ、多分一生知る事は無かったのだろう。

そんな事を考えると、昼間に忍野が言っていた言葉を思い出す。

僕が、ふと気になって聞いた事だ。

264: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:00:45.60 ID:RL0wKrN60
以下、回想。

「てか、忍野」

「ん? どうしたんだい」

「お前は月火ちゃんの正体について、知っているんだよな。 なら、お前も月火ちゃんを狙うのか?」

馬鹿な質問だとは思うが、聞いておかずにはいられない。

念の為。

265: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:02:49.14 ID:RL0wKrN60
「はは、どうしてそう思う?」

「少なくとも、僕が知っている専門家は月火ちゃんを殺そうとした。 だからだよ」

「忍野とは同じ大学で、同じサークルに居たって人だ」

「不死身の怪異の専門家かい。 まあ、その辺りは人それぞれだよ」

「それと……偽物の妹、か。 なるほど」

「けどさ、阿良々木くん」

266: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:03:31.90 ID:RL0wKrN60
「いくら周りが化物だと言っても、本人は知らないじゃないか」

「知らないし、知ろうとしても普通にしてちゃ、知る事すら出来ない」

「それなら僕にとっては、人間と一緒だよ。 阿良々木くんの妹ちゃんは、人間だ」

「自分を化物だと思い込んでいる人間と、自分を人間だと思い込んでいる化物」

「僕はさ、阿良々木くん」

「自分を化物だと思い込んで、凶行に走る人間の方が、よっぽど化物だと思うぜ」

267: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:04:11.86 ID:RL0wKrN60
つくづく。

本当に忍野はお人好しだよな。 なんて思う。

「僕だって、人殺しにはなりたくないからね。 化物殺しならするだろうけど」

そして僕には、何より……月火の事を人間だと言ってくれたその言葉が、嬉しかった。

「分かった。 変な質問をして悪かったな、忍野」

「いいさ、気にしないでくれ」

268: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:04:44.26 ID:RL0wKrN60
回想終わり。

そんな事をあいつは言っていた。

だから、やっぱり僕が人としてどうか、という説教をするのは筋違いだろう。

僕は少なくとも、自分を中途半端ではあるけれど、化物だと思っているのだから。

月火「お兄ちゃん、大丈夫? 考え事? キスマーク付けてあげようか?」

暦「もっと他の方法があるだろうが!」

269: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:05:16.28 ID:RL0wKrN60
何言ってんだよこいつは、一気に現実に戻されたじゃねえか。

月火「良いじゃん良いじゃん、減る物でもないんだしさぁ」

暦「失う物は確実にあると思うぞ……」

月火「そうかな? 増える物ならあると思うけど」

暦「そうは言ってもな、月火ちゃん」

270: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:06:21.48 ID:RL0wKrN60
暦「……今日既に、これだけで二人に突っ込まれてるんだよ。 僕は」

月火「おお、早速そんな効果が……」

暦「いらねえ効果だからな! 僕は望んでない!」

月火「もう、可愛い妹からのキスマークなのに、そんな見栄はっちゃってさー」

271: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:06:54.26 ID:RL0wKrN60
暦「見栄は張ってない。 あるのは迷惑だけだ」

暦「考えてもみろよ。 月火ちゃんが僕にキスマークを付けられたとして、そんな状態で、えっとなんだっけ。 蝋燭沢君だっけか」

暦「そいつの前に、行けるのかよ?」

月火「さあ? いざやられてみないと分からないなぁ。 それは」

暦「ほう、じゃあやってやろうか」

月火「ほれ、どうぞ」

272: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:08:32.97 ID:RL0wKrN60
僕の言葉に月火はそう言うと、髪を上げ、僕の目の前に首を差し出す。

首を差し出すっつうと、すごく恐ろしい意味に聞こえるな……

つうかこいつ、多分冗談なんだろうなぁ。

僕が「妹にキスマークなんぞ付けられるか!」って返すのに期待しているのだろう。

そして僕は、その期待なんざ裏切ってやるのだけど。

八九寺の出したミッションを、今こそ達成する時だろうし。

273: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:09:22.28 ID:RL0wKrN60
暦「ほら」

キスしてやった。 首に思いっきり。

月火が「ほれ、どうぞ」って言ってから、ここまで約二秒ほどである。 最早条件反射と言っても過言では無い。

んで。

僕はてっきり、キスをした瞬間に月火は僕の事を殴り飛ばすのだろうと思ったのだが。

274: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:10:42.92 ID:RL0wKrN60
月火「ん……」

あれ、予想していたのと反応が違う。

つうか、妹のそんな声聞きたくねえ!

僕はそれに多少驚いたのもあり、咄嗟に月火から離れる。

月火「んん? 五秒だけかぁ」

月火「ダメダメだね。 お兄ちゃんはやっぱりヘタレでした!」

275: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:11:25.01 ID:RL0wKrN60
暦「お、お前が変な声を出すからだろうが!」

くそ、この性悪妹め。

月火「え、何々お兄ちゃん。 お兄ちゃんは妹の声を変な声って表現するの?」

月火「なるほど……なるほどだよ、お兄ちゃん」

暦「納得するな! 僕は何も納得してねえぞ!」

ちなみに、僕と月火は現在、ベッドの上で会話中である。

276: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:12:03.34 ID:RL0wKrN60
月火「よし。 じゃあ次は私の番だ」

ん? 番って、何が?

とか思っている間に、月火は僕の方へ近づいてきて(近づくと言うよりかは、這い寄って)僕の首へと顔を近づけて。

それから。

キスをした。

277: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:12:43.60 ID:RL0wKrN60
暦「ちょ、ちょっと待て月火ちゃん! 何してんだ!」

月火は僕の首から唇を離し、口を開く。

月火「何って。 お兄ちゃんにキスされたから、仕返しだよ」

月火はそんな事を言いながら、僕を上目遣いで見つめる。

あれ。

278: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:13:39.45 ID:RL0wKrN60
あれ?

やべえ。

なんか!

……可愛い。

てか、月火は見た目が可愛いだけあり、こういう態度を取られると、ちょっと揺らぐ物がある。

具体的に言うと、理性とか。

279: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:14:24.15 ID:RL0wKrN60
暦「つ、月火ちゃん」

僕が何とかそれだけ言うと、月火は再度僕の首へキスをする。

暦「……」

ヤバイヤバイ。

これ、マジでヤバイって。

てか、月火の体すげえ柔らかくね?

今、胡坐を掻いている僕の上に月火が乗っている形なのだけど、すげえ柔らかくね?

首に当たっている、月火の唇も。

280: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:15:00.80 ID:RL0wKrN60
暦「……月火ちゃん」

そう言い、僕は月火を抱きしめる。

月火はそれを拒否する事もせず、僕の首を吸い上げる。

その柔らかい唇で。

うわあ。

あったけえ。

281: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:15:46.61 ID:RL0wKrN60
暦「ちょ、ちょっと一回離してくれ」

一回。

そんな事を言ってしまう辺り、僕も少しヤバイ。

そして、僕の声を聞き、月火はまた僕の首から唇を離し、口を開く。

月火「……お兄ちゃん」

282: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:16:14.53 ID:RL0wKrN60
うわ、目がめっちゃとろんってなってる。

ただでさえたれ目なのに、それがまた色々とヤバイ。

とにかくこう、ヤバイ。

さっきからヤバイばっかだな……まあ、でも事実なのだ。

283: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:16:45.29 ID:RL0wKrN60
月火「キスしよ、お兄ちゃん」

そんな顔で、月火は僕にそう言う。

月火が言うキスとは、つまりあれか。

首とかではなく、唇と唇。

マウストゥマウス。

284: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:18:09.12 ID:RL0wKrN60
暦「う、うん」

やべー。

いつもなんとなくで月火にはキスしている物の、こんな雰囲気でするのは初めてだ。

こんな緊張する物なのか……?

雰囲気って大事なんだね。

で。

月火は僕の首に腕を回し、顔を近づけてくる。

285: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:18:48.51 ID:RL0wKrN60
僕は月火の頭を手で支え、顔を近づける。

後何センチだろうか。

数秒後には、月火に触れられそうなそんな距離。

月火は目を閉じる。

さっきまでの目が見れないのは少し悔しくもあるが、仕方ないか。

僕も目を閉じ、月火と更に距離を縮める。

お互いの息と息がかかる様な、そんな距離感。

286: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:19:59.98 ID:RL0wKrN60
が。

こういう時に限り、邪魔が入る物である。

まるで火憐と歯磨きをした時と同じ様に、良い所で。

火憐「おーい、そろそろご飯だってさ……って何してんだー!!」

火憐「あたしも混ぜろ!!」

いやはや、ツッコミがすげえおかしいが、元気いいなぁ。

……てか。

マジで、危ない。

287: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:20:41.57 ID:RL0wKrN60
僕は妹と何やってんだよ!!

火憐とのあのやり取りから、自分の事ながら何も成長してねえ!!

本当に、さっきまでの感情は丸っきり消え去り、正気に戻るという事を理解する僕がそこに居た。

暦「うわあああああああああぶねええええええええええ!!」

いや、そもそもあそこまでやった時点で、アウトと思えなくもないが、まだギリギリ兄妹のスキンシップとも考えられなくも無いか?

288: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:21:38.55 ID:RL0wKrN60
セーフ、アウト。

よし、セーフだ。

今決めた。 僕が決めた。 これはセーフであると。

月火「むう」

月火はどこか悔しそうに、そう呟く。

お前も早く正気に戻れ!

289: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:22:45.86 ID:RL0wKrN60
そして恐らく、火憐の言葉から察するに両親も帰ってきているのだろう。

火憐にご飯が作れるとは思えないし。

うわー。 何分経ってるんだよ、これ。

で、結局僕の首にキスマークが一つ増えただけで、何にもならなかったではないか。

しかも、月火の首にも付いてるし。

ああ、でもそれが彼氏に見つかれば、多分別れる事になるのだろう。

兄として、見つかる事を切実に願っておくとする。

290: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:23:35.40 ID:RL0wKrN60
火憐「まー、あたしは先に下行ってるから、月火ちゃんも兄ちゃんも早く来いよー」

火憐「いちゃつくんじゃねえぞ!?」

暦「いちゃつかねえよ! いいからさっさと行けや!」

火憐「んじゃ、また後でー」

火憐はそう言い残し、部屋を後にする。

291: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:24:11.19 ID:RL0wKrN60
月火と違い、あっさりしてる辺りがまたなんとも、格好良い。

違う言い方をすれば、台風みたいな奴だ。

僕はその後、火憐が去った扉から視線をずらし、月火の方を見る。

月火は未だにベッドの上から動かず、目はまだ少しだけ、とろんとしていた。

暦「おい、月火ちゃん。 正気に戻れ」

顔をぺちぺちと叩くと、ようやく月火は正気に戻った様であり、いつものたれ目となり、叫ぶ。

292: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:24:38.87 ID:RL0wKrN60
月火「うわあああああああああぶねえええええええ!!」

うわ、僕と同じリアクションだ。 面白いなこいつ。

月火「てか! どうするのこれ! どうするの!?」

月火はそう言い、自分の首を指差す。

暦「いや、元はと言えば月火ちゃんから始まった事だしな。 自分で蒔いた種だぜ」

月火「うう……しばらく蝋燭沢君と会えないよ……」

293: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:25:07.31 ID:RL0wKrN60
暦「ははは、ざまあみろ!」

そう思うだけの筈だったのだが、ついつい嬉しくて言葉に出してしまったではないか。

月火「いつか、いつか絶対この恨みは返してやる!」

マジか。 逆恨みじゃね?

暦「おし、んじゃあとりあえずご飯を食べよう」

月火「私の話はまだ終わっていない!」

294: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:25:34.48 ID:RL0wKrN60
暦「いいや、終わりだ。 これから先に話す事なんて無い!」

月火「違うよ。 これから先、約一時間に渡る私の説教が始まるんだよ!」

暦「僕は全力で拒否してやる」

暦「てか、月火ちゃんが「ほれ、どうぞ」とか言うからだろ? あんな事を言わなければ、月火ちゃんの首はそんな悲惨な事にならなかったんだぜ」

月火「自分でやっておいて、よく悲惨な事とか言えたね……」

295: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/02(木) 23:26:04.23 ID:RL0wKrN60
暦「んで、今更だけど今回はどんなつもりで「ほれ、どうぞ」って言ったんだよ」

月火「いや? 他意は無いよ?」

それはそれで驚きだけれどもさ! それならキレるんじゃねえよ!

暦「……まあ、行くか」

月火と話しても終わりが見えなさそうなので、僕はご飯に行くとの名目を使い、強制的に話を終わらせるという暴挙に出るのだった。



第七話へ 続く

302: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:47:46.68 ID:V1WH9trB0
火憐「んで、兄ちゃん。 考えといたか?」

暦「ん? 何を?」

暦「んで、月火ちゃん。 考えといたか?」

月火「ん? 何を?」

僕と火憐と月火は今、相も変わらずソファーに並んで座っている。

303: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:48:35.17 ID:V1WH9trB0
暦「何を? だってさ、火憐ちゃん」

左隣に座っている火憐に向けて。

火憐「決まってるだろ! 今日の夜、何をして遊ぶかだ!」

暦「らしいぜ、月火ちゃん」

右隣に座っている月火に向けて。

304: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:49:08.59 ID:V1WH9trB0
月火「んー。 そういえばそんな話もあったね」

暦「と言っているけど、火憐ちゃん」

火憐「ええ、考えてないの?」

暦「だとよ、月火ちゃん」

月火「私はこれでも忙しいからね。 そんな暇はありませんでした!」

暦「との事だ、火憐ちゃん」

305: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:49:35.63 ID:V1WH9trB0
暦「なあ、これって別に、僕が中継しなくてもいいよな」

なんだか成り行きだったが、三回目くらいからすげえ面倒臭かった。

僕って流されやすい性格なのかな。

火憐「えー。 じゃあどうするんだよ。 肩パンでもするか?」

だからその発想はやめろって! やるなら自分の肩でも殴ってろ。

306: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:50:14.80 ID:V1WH9trB0
暦「それはやらねえ! お前どれだけ僕と月火ちゃんをいじめたいんだよ!」

てか、火憐だからこういう流れになったのだけれど、恐らくこれが月火だったら、先程の「そんな暇はありませんでした!」に対して「お兄ちゃんとキスする時間はあったのに?」みたいな、突付かれると痛いツッコミがあったのだろう。

まあ、月火がこちら側の人間だったのは運が良い。

月火「じゃー、トランプ?」

暦「トランプで何すんの?」

月火「トランプタワーに決まってるでしょ」

307: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:50:56.82 ID:V1WH9trB0
暦「嫌だ、やらない」

月火と年齢が一緒の千石と遊ぶ時だって、トランプをやる事になっても、あいつはトランプタワーをやろうなんて事、言った事無いんだよな。

僕がこの前、トランプで遊ぶと聞いた時に「トランプタワーか?」と聞いたら千石は「暦お兄ちゃん、トランプタワーは一人でやる物だよ」と少々真剣に心配させてしまった事もあるし。

月火「我侭だなあ」

暦「お前ら言っとくけどな、トランプタワーは「トランプで遊ぼう」ってなって、思い付く範囲じゃねえからな?」

暦「そんなのに付き合ってやるのは、多分……羽川くらいだろうな」

308: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:51:26.74 ID:V1WH9trB0
月火「ふうん」

うわー。 興味なさそうな目だなおい。

僕は何故か、それには自信を持って言えるんだけどな。 何故か。

火憐「じゃあ仕方ない、じゃんけんでもするか」

暦「お前、僕が朝に言った事全部忘れてるよな!? じゃんけんは遊ぼうって言ってする遊びじゃねえんだよ!」

むしろ、遊びをする過程でする物だろうが。

309: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:51:54.15 ID:V1WH9trB0
月火「それじゃあどうするの? 恋バナでもする?」

暦「妹と恋バナとか嫌だ……」

月火「でも、お兄ちゃん。 朝、お風呂で私の彼氏の事聞いてきたじゃん」

暦「いや、あれは違うぜ月火ちゃん」

月火「と、言いますと?」

暦「あれは月火ちゃんの彼氏じゃない。 月火ちゃんのストーカーの話だ」

310: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:52:24.04 ID:V1WH9trB0
月火「……うわあ」

すげえ引いてる。 得意のオーバーリアクションって奴だ。

いや、つうかだな。

当初は僕も認めようと努力したんだぜ?

ただ、それを諦めたってだけだ。 諦めも肝心だろうし。

311: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:52:53.34 ID:V1WH9trB0
火憐「おっし! じゃあ三人で走るか!」

暦「火憐ちゃん、頼むから前後の話を繋げてくれないか。 僕には何がどうなって走る話になったのか、全く理解できない」

って言っても、何にもする事ねえよな、こう考えると。

月火「もう、お兄ちゃんさっきから否定してばっかじゃん! お兄ちゃんは何か案とかないの?」

月火の言う事はもっともである。

312: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:53:27.94 ID:V1WH9trB0
でも、僕に考えろって言われてもなぁ。

暦「おいおい月火ちゃん、僕が複数人でする遊びをこれまでやってきたと思うのか? そこら辺、しっかりと頭に入れておいてくれよ。 頼むぜ、ファイヤーシスターズの参謀さん」

月火「とても上から目線だけどさ、お兄ちゃん。 それ、とても悲しい台詞だよ」

うるさい。 悲しい台詞だなんて事、僕はとっくに承知しているんだよ……

313: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:54:00.23 ID:V1WH9trB0
月火「はあ、もう仕方ないなぁ」

月火「それじゃあ良い事考えた。 月火ちゃん閃いちゃったよ」

暦「ん? 何だそれ、トランプ関係ではないよな」

月火「違うよ。 一人一人、面白い話をしていくってのはどうかな。 面白くなかったら罰ゲームで」

面白い話か。

僕、あんまそういうのは持ってないんだよなぁ。

314: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:54:54.89 ID:V1WH9trB0
内容自体はまあいいけどさ、罰ゲームって単語を月火が使うと物凄く怖いんだけれど。

火憐「面白い話かぁ……あたし、あんまそういうのは持ってないんだよなぁ」

うわ、僕の思っている事と火憐の台詞が被ってる。 最悪だ。

つうか、嘘付け、お前の生き方その物が既に面白さに溢れてるじゃねえかよ。

315: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:55:22.11 ID:V1WH9trB0
暦「ま、とりあえずはそれをやってみるか。 言いだしっぺだし、月火ちゃんからでいいよな?」

月火「え? ほんとにいいの? 私から話したら、後で話をする火憐ちゃんやお兄ちゃんが不憫でならないよ」

暦「ほお、言ってろ言ってろ。 僕の話を聞いたら、お前ら明日腹筋が筋肉痛になってるぜ」

自分で自分のハードルを上げている気しかしないが、まいいや。

適当に布団が吹っ飛んだとか言っとけばこいつら笑うだろ。

火憐「面白い話ねぇ……」

と、こうして各自の持っている面白話をする事となったのだけれど。

316: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:55:54.75 ID:V1WH9trB0
時間経過。

暦「で、どうするんだよ」

月火「どうするって、何を?」

暦「このすげえ白けた空気をだ」

火憐「あっはっは。 今の兄ちゃんの発言が、今日一番面白かったな」

本気で言っているのか、こいつは。 僕の発言のどこに面白要素があったんだろう。

317: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:56:31.31 ID:V1WH9trB0
で。

結論から言うと、結局の所、全員が全員大して面白い話を持っていなかった。

話し終わっても「ああ、うん」とか「え? へえ」とか。

まあ、要するに盛り上がらなかった訳である。

月火「うーん。 本当にする事が無いね」

火憐「平和だしなぁ。 どっかで事件でも起きてくれねーかな」

今なんて言ったこいつ。 とても正義の味方の発言とは思えねえぞ、それ。

318: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:57:00.33 ID:V1WH9trB0
暦「まあ、そんなしょっちゅう事件ばっか起きてたら、僕達は今頃、こんなくだらない話を出来ていないんだけどな」

火憐「平和が一番って訳か! その通りだな!」

爽やかな笑顔だなぁ。

けどこいつ、つい数秒前に言った自分の台詞さえ忘れているんじゃねえかな。

誰に似たのだろうか?

319: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:57:30.32 ID:V1WH9trB0
月火「じゃあさ。 私、一つだけ聞きたい話があるんだけど、お兄ちゃんに」

暦「僕に? 何の話だよ、一体」

月火「ずばり、お兄ちゃんの彼女についてだよ!」

おい、その話はやめろ。

火憐「おいおい月火ちゃん何言ってるんだよ兄ちゃんに彼女なんていねえぞそれは妄想だ」

言葉を区切る事もせず、火憐は機械の様にそう言う。

320: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:57:56.92 ID:V1WH9trB0
月火「もー。 火憐ちゃんもそこら辺はしっかり認めてあげないと。 いつかは別れる訳だしさ、今くらいは認めてあげなよ」

暦「なんで別れるの前提なんだよ!!」

全くもう。 である。

暦「つうか、この話はマジでやめようぜ。 また昼過ぎくらいの展開になったら大変だ」

火憐「そうだそうだ。 月火ちゃん、この話は終わりだぜ」

321: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/03(金) 23:58:39.71 ID:V1WH9trB0
月火「えー」

暦「そうだな。 仮にするとしても、まずは月火ちゃんや火憐ちゃんのストーカーの話から聞かないと、僕は自分の彼女の話をする気にならねえな」

月火「それもそれで凄い話だね……ストーカーの話を聞いた後に、彼女の話をするって」

月火「まあ、いいけどさー」

え、すんの?

322: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:03:56.08 ID:z2lqseFh0
月火「それじゃあ、どうしよっか?」

ああ、びっくりした。 てっきりストーカー野郎の話をするのかと思ったじゃねえか。

実際、話を聞いたらしてやるとか言ったけれど、そんな事をしたら僕は今からそのストーカー野郎の家に殴りこみに行ってただろうし。

火憐「おし! じゃあ兄ちゃんの部屋を探索しようぜ」

暦「何で僕の部屋なんだよ! 探索するならお前らの部屋だ!」

323: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:04:43.55 ID:z2lqseFh0
月火「女子の部屋を探索するって、さいてーだよお兄ちゃん」

火憐「そうだぜ兄ちゃん。 さいてーだ」

くそ、ぴったりと息を合わせやがって。 厄介極まりない。

で。

火憐と月火の押しにより、僕は渋々それを承諾する。

そもそも二対一では些か分が悪く、僕が負けるのは明白だったのだけれど。

けど、部屋に移動するからと言って、部屋の探索を承諾した訳では無い事だけは理解して頂きたい。

324: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:05:48.97 ID:z2lqseFh0
時間経過。

月火「片付けた後だったかぁ。 目ぼしい物が何も無いよ」

暦「当たり前だ。 そんな物はもう所持していないからな」

月火「へえ。 ふうん。 まあ、お兄ちゃんの部屋には無いって事だね」

暦「あ? だから持ってないって言ってるだろ」

月火「そうだね。 お兄ちゃんの部屋には無いみたいだ」

……こいつ、もしかして僕が自分の部屋以外に隠してるの知ってるんじゃね?

325: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:06:52.91 ID:z2lqseFh0
暦「あ、ああ。 そうだ、その通り」

月火「ふふふ」

月火の笑顔が少しばかり恐ろしい。

火憐「……ねみー」

と呟くのは、僕のベッドに寝転がる地球外生命体である。

326: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:07:40.12 ID:z2lqseFh0
ああいや、僕の妹だった。

ついつい間違えるんだよな。 地球外生命体と火憐。

暦「眠いなら部屋に戻れ。 僕のベッドで寝るんじゃねえぞ」

月火「手遅れだよ、お兄ちゃん。 もう火憐ちゃん寝てる」

ほんとだ、はええよ。 寝ようと思ってすぐ寝れるのは凄いけどさ。

327: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:08:29.58 ID:z2lqseFh0
月火「それじゃ、私はちょっと出かけてくるよー」

唐突に月火がそんな事を言い出す。

こいつも結構、思い付き発言があるよなぁ。

その辺りはやはり、火憐の妹って感じ。

328: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:09:27.57 ID:z2lqseFh0
暦「ん? こんな時間にか?」

月火「うん。 ハンドクリームが切れちゃってて、無いと困るからさぁ」

ふうん。

暦「そうかそうか。 んじゃあ今日はこれで解散だな。 お疲れさん」

月火「ほいほい。 おやすみなさい、お兄ちゃん」

月火はそう言い、僕にやる気無さそうに手を振ると、部屋から出て行った。

329: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:09:59.23 ID:z2lqseFh0
後日談というか、今回のオチ。

オチと言えるかは分からないけれど、とりあえずは一件落着と言った所だろう。

今回のは完全に僕の杞憂であったし、月火の様子も特に変わった事が無いのは事実だ。

今まで通りの月火で、今まで通りの日常だ。

330: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:11:08.53 ID:z2lqseFh0
まあ。

それでもオチを付けるとしたら、その日、僕は結局火憐と添い寝という形になってしまったのは、オチと呼べるのかもしれない。

まさか火憐のベッドで寝る訳にも行かず、渋々だったのだけれど。

しかし、横で幸せそうに寝ている火憐を見ていると、僕は今回、些か空回りだったのかもしれないな、等と思ってしまう。

つうか、こいつ涎垂らしてるんじゃねえよ! 汚ねえな!

331: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:12:01.95 ID:z2lqseFh0
はあ。

夏休みも残す所は僅かだし、僕もまた勉強しなければなるまい。

明日は多分、あいつらは揃って起こしにくるのだろう。

いや、火憐は横で寝ている訳だから月火だけで来るのか。

……月火はこの状況をみたら、また怒りそうだなぁ。

332: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:12:33.45 ID:z2lqseFh0
とにかく、明日の朝は大変な事になりそうである。

そして。

これにて、僕と妹達との物語は終わりだ。

少し前の火憐との話は、僕に大事な事を教えてくれた。

そして、こんな馬鹿なこいつでも、真剣に考えている事もあるのだと教えてくれた。

それに、僕の馬鹿っぷりも、教えてくれた。

333: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:13:06.15 ID:z2lqseFh0
これは、僕だけが覚えていれば良い話。

忍野と忍も、いつかは忘れてしまうだろう。

けど、僕だけは絶対に忘れない。

そんな話だ。

334: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:13:33.45 ID:z2lqseFh0
思えば本当に、夢みたいな三日間ではあったな。

火憐があの時、どの様に考えていて、どの様な気持ちになっていたのかは、今では本人が忘れてしまっているので、もう分からない。

だけども、僕の事を想ってくれた火憐の気持ちは、本物なのだろう。

僕はそう信じているし、火憐もきっと、そうだったのだから。

335: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:14:05.62 ID:z2lqseFh0
そして、もう一つの話。

月火の件でも、学んだ事はあるだろう。

いくら怪異と言っても、それは所詮、そこにあると思ってるからある物だ。

火憐の話を聞いて、僕は月火が怪異に巻き込まれているのでは? と思い込んだ。

結局、それは何でもない、ただの勘違いだった訳だけれど。

336: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:14:45.60 ID:z2lqseFh0
現にこうして、月火の様子に変わった所も無ければ、悩んでいる事も無いらしい。

なら、僕が無理に原因を作ろうとしているだけで、最初からそこには何も無かった。

無。

だが、僕はそれを後悔はしていない。

少し体力を使っただけで、それ以外に悪い事なんてのは起きていないのだから。

337: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:15:48.30 ID:z2lqseFh0
まあ。

こんな事もあるのだろうと。

そう思って、僕も今日は寝ることにしよう。

なんだか考え事をしている間に、時計の針は十二を指している。

明日はとりあえず、勉強だな。

火憐の事や月火の事で、最近全然できていなかったし。

338: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:16:39.42 ID:z2lqseFh0
月火は未だに帰って来ていないが、あいつは朝大丈夫なのかなぁ。

ま、いいや。

さて。

そろそろ纏めるとしよう。

339: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:17:17.50 ID:z2lqseFh0
纏める。

何を?

何か、おかしくないか?

何かなんて、曖昧では無い。

明らかに、おかしくないだろうか?

340: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:17:44.11 ID:z2lqseFh0
何故、僕は物語を終わりだと思った?

違う、はっきりとそうだとは思えないけれど、違うんだ。

この物語はまだ『続いている』。

終わってなんて、いない。

続いているのなら、まとめられる訳も無い。

341: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:18:19.29 ID:z2lqseFh0
僕は起き上がり、火憐を起こさない様、ベッドの上へと座る。

目を瞑り、思考。

どこから、おかしかったのだろうか。

今日、忍野と会ってからか?

家に帰ってからか?

それとも、夜ご飯を食べた後?

いや、風呂に火憐と入った時からか?

月火と、夕方に妙な空気になった時から?

342: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:18:51.00 ID:z2lqseFh0
違う。

おかしかったのは---------------------------最初からだ。

まず、そうだ。

月火は何故『一人で出掛けた』んだ?

火憐の服のセンスが無いのは、僕から見ても明らかだ。

連れて行かないと言う理由には『納得』できる。

しかし、火憐の方は何故それで『納得』した?

343: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:19:43.01 ID:z2lqseFh0
いつもならそれはありえない事だ。

あいつの性格から言って、無理にでも付いて行こうとした筈。

火憐と月火は常に一緒に行動をしていると言っても過言では無い。

別々で行動する。 イコール『何か問題が起きている』時。

最初の最初。

つまりはこの物語が始まった瞬間から、異変は起きていた。

344: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:20:09.24 ID:z2lqseFh0
火憐と月火が別行動をするのは『明らかな異変』である。

そして、僕や火憐はそれを自然と『受け入れて』いた。

更に、まだおかしい事はある。

むしろ、それ以外を探す方が難しい程に。

くそ。

繰り返しかよ、結局。

345: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:21:08.64 ID:z2lqseFh0
しかし、何だろうか。

まるでそれが当たり前の様な、そんな感覚があった。

月火の行動や、異変が当たり前の様な、そんな感覚。

ああ、そうか、もしかして。

忍野があの時言っていた「阿良々木くんなら問題無いさ」と言う言葉。

僕ならこうして、異変に気付けると判断したのか?

346: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:21:35.80 ID:z2lqseFh0
って事は、あいつは多分、知っている。 今回の怪異……恐らくは、ドッペルゲンガー。

それが現れている事を。

僕が話した際に、忍野は既に気付いていたのだろう。

あのアロハのおっさん……騙すなと言ったのに。

まあ、でも騙すってのは言い過ぎか。 あいつは言わなかっただけなのかもしれないし、まだその時……忍野と僕が話した時は確定していなかったのかもしれない。

347: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:22:10.72 ID:z2lqseFh0
だが、それにしてもさっきの電話は引っ掛かる。

あいつは何故、僕に月火は怪異に関わっていないと伝えたのだろう。

現状を考える限り、それはありえない。 ほぼ確実に、関わってしまっている。

僕を安心させる為、なのか?

348: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:22:41.47 ID:z2lqseFh0
いや、それよりも。

今、最優先でするべき事が僕にはある。

時刻は夜中、十二時半か。

そうだな。 これもまた、僕は自然と『受け入れて』いた事だ。

何故、この時間になっても『月火が帰ってこない』んだ?

349: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:23:09.81 ID:z2lqseFh0
そもそも、月火が出かけると言った時間は既に十時を回っていた筈。

僕は大して気にする事もせず、それを見送ったのだ。

普段ならありえない。

中学二年生の妹をこんな夜遅くに一人で外に出すなんて、僕ならありえない。

350: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:23:36.33 ID:z2lqseFh0
とにかく。

考えていても仕方ない。

厄介な事に巻き込まれているであろう月火。

彼女を探しに行かなければ。

それが僕の今取るべき行動だ。

……手遅れになっていなければ良いが。

351: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 01:24:05.53 ID:z2lqseFh0
僕は結論を出し、火憐を起こさない様に着替え、なるべく音を立てずに外へ出る。

まずは、連絡。

忍野に報告だ。 それに、聞きたいこともあるし。

と、僕はそう思って携帯を開いたのだけれど。

その時丁度、忍野からの着信があった。


第八話へ 続く

359: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:38:01.81 ID:z2lqseFh0
「やあ、阿良々木くん。 夜遅くにごめんね」

忍野は電話が繋がった直後、そんな事を言った。

暦「丁度良かった。 忍野、異変だ」

「だと思ったよ。 けど、まず最初に阿良々木くんには謝らないとね」

「騙していたって訳じゃないんだけどさ。 前回と同じで、阿良々木くんにそう行動して貰うのが一番良かった」

360: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:38:31.30 ID:z2lqseFh0
今までの忍野の言動から薄々気付いてはいたが、やはりそうだったか。

大体、そんな所だろうとは思ったけどさ。

暦「ああ、大体そんな物だとは思ったよ。 って事はさ、忍野」

暦「今、この状況になっているのが最善だって事か?」

361: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:38:57.89 ID:z2lqseFh0
僕がそう聞くと、少しの間を開けて忍野は言う。

「……そうとは言えない」

だろうな。

それもまた、何となくは分かっていた事だ。

362: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:39:29.40 ID:z2lqseFh0
暦「そうか」

「ごめん、阿良々木くん。 これは僕のミスだ」

「その所為で、阿良々木くんが気付くのに遅れたって可能性も、無い訳じゃないし」

暦「んな事ねえよ。 忍野にだって失敗する時はあるだろうし。 そんな事より、とりあえずは月火ちゃんを探さないと」

「はは、そう言って貰えると助かるよ」

「まあ、その心配している妹ちゃんなんだけど」

ん?

363: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:39:56.02 ID:z2lqseFh0

「神社。 北白蛇神社に来てくれ。 僕は今そこに居る」




--------------------------阿良々木くんの、妹ちゃんもね

364: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:40:21.40 ID:z2lqseFh0
暦「忍、起きてるか?」

自転車を漕ぎながら、僕の影に向けて問いかける。

忍「お前様の動揺のおかげでな、とてもじゃないが寝れんしの」

暦「そうか、それは悪かったよ」

忍「構わん。 起こしてもよいと、言ったじゃろ」

365: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:40:47.18 ID:z2lqseFh0
忍野と月火は今、一緒に居る。

それはどういう意味を持つのか、なんとなくだが、分かってしまう。

暦「忍」

暦「一応、忍の意見も聞きたいんだけど」

忍「儂の意見か。 まあ、よい」

忍「……月が綺麗じゃな」

忍は自転車の籠に入りながら、夜空に浮かぶ月を眺めながら、独り呟く。

366: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:41:20.01 ID:z2lqseFh0
そして、月から僕の方へと視線を移し、続けた。

忍「恐らくは、お前様の妹御がドッペルゲンガーと入れ替わっておる」

忍「あのアロハ小僧の言葉から察するに、そういう意味じゃろうて」

やっぱりか。

つっても、一体それはいつからなんだ?

367: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:42:00.28 ID:z2lqseFh0
まさかとは思うが、僕が火憐の問題とぶつかっていた時から?

いや、今日の朝に出かけた時か?

どちらにしても、もしそうだとしたら、本当の月火は今どこに?

暦「忍に、いつから入れ替わっていたとかは分かるのか?」

368: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:42:30.28 ID:z2lqseFh0
忍「分からん。 言ったじゃろ? 儂には区別が付けられん。 奴はそういう怪異じゃからな」

暦「けど、人間としては区別が付くって言っていたよな? 匂いを二つ感じるって」

忍「言った。 が、儂もお前様同様、あの妹御の行動を不思議に思わんかった」

忍「無論、妹御の匂いが二つある事も、不思議に思わんかった」

不思議に思わなかった……

僕や火憐と同様に、って事か。

369: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:43:36.55 ID:z2lqseFh0
忍「ドッペルゲンガーには様々な都市伝説があるじゃろ? お前様がこの前言っていた様に、出会ったら死ぬと言うのも、その一つじゃ」

忍「そして、他にもある」

忍「ドッペルゲンガーの元となった人間と入れ替わり、本人に成りすます。 それもまた、都市伝説の一つじゃ」

忍「恐らくは、その特性もあるのじゃろうな。 そのおかげで儂もお前様も巨大な妹御も、極少の妹御の行動を自然と受け入れてしまった」

370: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:44:04.24 ID:z2lqseFh0
って事は、結構危ない所だったのだろうか。

半分程は受け入れてしまっていたし、あのまま行っていたら、誰も気付く事無く、月火は入れ替わっていたのだろう。

いや、まだ『だろう』なんて言葉は使えない。

今、この状態をなんとかしなければ、恐らくはそうなってしまう。

371: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:44:32.44 ID:z2lqseFh0
忍「落ち着かんか。 我が主様よ」

忍の声で、思考を一度止める。

暦「あ、ああ。 悪い。 頭がどうにかなっちまいそうだよ、全くさ」

忍「お前様の妹御なら……本物の方じゃがな、生きておると儂は思う」

本物か。

なんだか、笑えてくる話だよな。

偽物の、更に偽物だなんてさ。

372: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:45:02.35 ID:z2lqseFh0
暦「なんでそう思う? 気休めで言ってるのなら、さすがに怒るぞ」

忍「……全く。 お前様は本当に馬鹿じゃな」

滅茶苦茶呆れた様に言われてもな。

それは分かってるけどさ。

373: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:45:37.78 ID:z2lqseFh0
忍「さっきも言ったじゃろ。 儂は妹御の匂いを二つ感じておる」

忍「お前様の妹御は、不如帰の怪異じゃ」

忍「不死性だけで言えば、吸血鬼である儂以上」

忍「二つ感じておる時点で、妹御が生きておるのは確定じゃろうて」

暦「それはつまり、無事って事だよな?」

籠で揺られている忍にそう聞くと、忍は顔を伏せ、言う。

374: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:46:10.05 ID:z2lqseFh0
忍「分からん。 無事かどうかは、判断する事はできん」

暦「……そうか」

忍「だが、先程も言ったが、お前様の極小の妹御は生きておる」

忍「もし、万が一にでも自分の正体に気付いたとしても、お前様なら何とか出来る」

暦「それは、気休めか? 忍」

忍「違う。 儂はな、お前様よ」

忍「お前様はそういう奴だと『信じて』いるんじゃよ」

375: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:46:41.11 ID:z2lqseFh0
暦「……はは。 そりゃ、良い事が聞けたよ」

忍「とにかく、今は急げ」

忍「お前様の妹御はまだ生きておる。 とっととドッペルゲンガーの方を始末して、迎えに行けばよい」

忍「あのアロハ小僧は神社に来いと言っておったし、お前様に話があると言う事じゃろ?」

忍「先に本物の方を助けた方が良いのなら、あの小僧ははっきりとそう言っておるよ」

376: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:47:07.43 ID:z2lqseFh0
そうか。

つまり、なるべく早く向かった方が良いって事だよな。

月火を後回しにするのは、それだけでもう気が気じゃないけれど、ここは抑えなければ。

忍野はしっかりとは言えないかもしれないが、役目をこなしてくれた。 なら、僕が僕の役目……それを放棄しては駄目だ。

377: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:47:35.41 ID:z2lqseFh0
暦「分かった。 なるべく急いで行く」

忍「じゃな。 それが今取るべき行動じゃ」

忍「……しかし」

忍は僕の方から視線を逸らし、とても言い辛そうにそう呟く。

そして、続ける。

忍「お前様は、戦えるのか?」

378: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:49:12.48 ID:z2lqseFh0
忍「お前様に害を与えるにしても、与えないにしても、どの道怪異じゃ」

忍「同じ人間が二人居てはならん。 あの小僧風に言うのならば、それだけでバランスが崩れるんじゃよ」

忍「つまりは、戦わなくてはならん」

戦えるのか。

言われなくとも、分かってる。

379: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:49:45.65 ID:z2lqseFh0
僕は今から月火のドッペルゲンガーを前にして、戦えるのか。

妹である、月火と。

忍野に頼れば、すぐに退治してくれるのだろうが。

僕は、目の前で起こるであろうそれを……ただ見ている事が出来るのだろうか。

それがドッペルゲンガーという、怪異だとしても。

380: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:50:17.79 ID:z2lqseFh0
暦「ドッペルゲンガーってのは、見た目だけじゃなくて、性格や考え方も一緒って言ってたよな」

忍「左様」

暦「……はは、せめて性格だけでも、あいつより捻くれていてくれたら、楽だったかもな」

僕は苦笑いをし、忍に向けて言う。

しかし、忍は表情を変えず、口を開く。

忍「回答を避けるな、我が主様」

忍「戦えるか? 自分の妹御と」

381: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:50:44.85 ID:z2lqseFh0
これは多分、忍の気遣いでもあるのだろう。

その辺りをはっきりとさせなければ、僕は何も出来ないだろうから。

忍はそう思い、今この場での回答を求めている。

僕は、戦えるのか。

頭ではドッペルゲンガーだと分かっていても、戦えるのか。

見た目も、性格も、考え方も。

月火その物のそいつと。

382: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:51:15.08 ID:z2lqseFh0
暦「……」

忍「我が主様よ。 儂が代わりにやってやらん事もないぞ」

忍「お前様に妹御を殺すなんて真似、させたくは無いと儂は思っておるしのう」

忍「決められんと言うならば、儂が殺す。 食らい尽くす」

暦「僕は」

暦「……僕は」

383: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:51:41.47 ID:z2lqseFh0
くそ、ここまで言われても僕はまだ、迷っている。

八九寺真宵よろしく、辿り着けない。

いくら考えても、恐らくこの問題に対する答えは、出ない。

しかし、出さなければ進めない。

戦うにしても、戦わないにしても、どちらを選ぶにしても、だ。

なら、僕が思う事を告げよう。

384: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:52:07.84 ID:z2lqseFh0
暦「ごめん、忍」

暦「僕にはドッペルゲンガーだとしても、殺す事はできないよ」

怪異だとしても、戦う事なんてできない。

紛れも無く、それもまた僕の妹なのだから。

妹。

385: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:54:21.83 ID:z2lqseFh0
忍「……そうか。 それもまた、当然の選択じゃよ」

忍「しかし、それではお前様の妹御は、本物の妹御はどうなる?」

本物の、月火。

怒りやすく。

ずる賢く。

流されやすく。

しかし、優しく。

僕の妹の月火。

386: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:55:18.55 ID:z2lqseFh0
暦「結局……選ばなければ駄目って事だよな」

忍「そうじゃ」

忍「しかし、戦わないと言うならば、儂が殺る」

暦「僕が止めたとしてもか?」

忍「うむ」

忍「それに、お前様に止められたとしても、あの小僧が殺るじゃろうな」

387: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:55:44.90 ID:z2lqseFh0
はったり、では無いな。

忍は僕が戦わないと言うならば、自分でやるつもりなのだろう。

それでも駄目ならば、忍野が。

暦「けど、僕には無理だ」

暦「忍はさ、僕がそれを出来る奴だと思うか?」

388: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:56:43.67 ID:z2lqseFh0
僕の質問に対し、忍は考える素振りも見せず、答える。

忍「思わん。 お主には妹御を殺す事は不可能じゃ」

暦「……なら、どうして聞いたんだ。 僕に戦えるかどうかって」

忍「分かっておらんと思ったからじゃよ。 お前様はこれから、何をするのか」

暦「忍野に、あいつに会いに行くって事は、そういう事ってのは分かってるさ」

389: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:57:29.05 ID:z2lqseFh0
分かっていた。

だけど、考えようとしなかった。

問題の後回し。

僕はその問題を後回しにする事で、何を得られるのだろうか。

いや、何を失うのだろうか。

390: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:57:55.56 ID:z2lqseFh0
そんなのは明白。 失うのは紛れも無く、僕の妹である月火。

あいつは、月火は面倒な事を先に片付けてしまうタイプである。

夏休みの宿題は初日にやる様な、そんな性格。

僕は最終日にやる様な、そんな性格だ。

391: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:58:22.14 ID:z2lqseFh0
もし、僕の立場に月火が居たならば、あいつはどう考えたのだろうか。

月火は頭の回転が早い。

ちゃちゃっと簡単に、答えに辿り着けるのかな。

けど、今はそんな事を考えても無駄だ。

問題を提示されているのが、月火ではなく、僕なのだから。

392: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:58:50.33 ID:z2lqseFh0
忍「だが」

忍「例え、戦うと言ったとしても、お前様が妹御を前にして同じ事が言えるとは思えん。 それがドッペルゲンガーだとしてもじゃ」

忍「何せ、性格も見た目も考え方も、一緒なのじゃから」

忍「願いを叶えるという、はっきりとした目的がある以外。 だがの」

忍の言葉を受け、僕は少し考える。

393: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:59:23.77 ID:z2lqseFh0
確かに僕が、今この場で戦うと忍に言ったとしてもだ。 いざ目の前にしたら、そんな決意は簡単に揺らぐのだろう。

そこは否定しない。

僕も、その通りだと思うから。

そして、次の言葉。

見た目も同一。 性格も同一。 考え方も同一。

394: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 18:59:50.37 ID:z2lqseFh0
その言葉に、僕は引っ掛かる物があった。

そいつは、月火その物だ。

月火と、同一。

同じ、考え方。

ちょっと、待てよ。 それならば。

395: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:00:48.87 ID:z2lqseFh0
暦「忍、一つだけ聞いてもいいか?」

忍「なんじゃ、我が主様」

暦「そいつは、そのドッペルゲンガーには『自分が怪異だという自覚』はあるのか?」

忍「人格があると言ったのは覚えておるか、我が主様」

忍「故に、自分を化物だと理解し、人間の真似事をしておる」

忍「そやつにもそやつの考え方があるにはあるが、主導権を握るのは化けた人間の性格やら人格じゃよ」

忍「願いの内容を叶えるという、大前提以外だがの」

396: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:01:16.86 ID:z2lqseFh0
そうか。

それなら、どうやら僕の答えは見つかった。

暦「ありがとう、忍」

暦「僕の答えは見つかったよ」

忍にそう言うと、忍は小さく笑い、問う。

忍「ほう? では聞こうか、お主が出したその答えを」

397: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:02:04.84 ID:z2lqseFh0
簡単な話だった。

今から僕が会うそいつは、もう一人の月火なのだ。

僕の妹の、月火。

そいつは月火の様に動き、月火の様に考え、月火の願いを叶える為にそこに居る。

なら、僕は。

398: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:02:43.07 ID:z2lqseFh0
暦「話し合う」

忍「……話し合う?」

暦「そうだ。 僕は月火ちゃんと話す」

暦「僕の妹の、月火ちゃんと話す」

忍「だが、それはお前様の妹御であって、妹御では無い。 ただのドッペルゲンガーじゃ」

399: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:03:13.23 ID:z2lqseFh0
暦「知ってるよ」

暦「でも、それは月火ちゃんだ」

忍「……そうか」

忍「それで、何が起きるのじゃ。 我が主様よ」

暦「全部が丸く収まるんだよ、忍」

僕がそう言うと、忍は怪訝な顔をして、口を開く。

400: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:03:40.21 ID:z2lqseFh0
忍「何故、そう思う?」

暦「僕の妹だからだよ」

暦「そいつが化物だとしても、月火ちゃんその物なんだろ?」

暦「なら、説得してやるさ」

忍「儂にはとても、上手く行くとは思えんぞ」

暦「僕にはとても、上手く行くと思う」

401: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:04:29.24 ID:z2lqseFh0
だって、そうだろ。

暦「僕はさ」

暦「月火ちゃんの事を信じているから。 月火ちゃんなら僕の言う事を聞いてくれるだろうさ」

忍「……くく、くくく」

忍はいつもとは違い、笑いが堪えきれないといった感じで、声を漏らした。

忍「くくくく。 面白い。 実に面白い。 乗ったぞ、我が主様」

402: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:05:15.80 ID:z2lqseFh0
忍「やはり、お前様とはいくら話しても飽きないのう」

暦「……そうかよ。 そりゃどうも」

忍「だが、一つだけ儂からも条件を出させて貰う」

暦「条件?」

忍「儂にお前様の血を吸わせろ。 それが最低条件じゃ」

403: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:06:23.96 ID:z2lqseFh0
暦「それには、どういう意味がある?」

忍「カカッ。 保険じゃよ。 あのアロハ小僧風に言うのなら」

忍「仮にも怪異じゃ。 万が一の為に備えての保険」

保険、か。

忍野と同じ様な事を言うんだな、こいつは。

それがまた、おかしくて、ついつい顔がにやけてしまう。

404: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/04(土) 19:06:51.81 ID:z2lqseFh0
暦「もし、僕がそれを断ったらどうなる?」

忍「どうにもならんよ。 儂の気持ちの問題じゃからな」

暦「気持ち、か」

暦「いいぜ。 分かった。 その条件は飲もう」

暦「僕も、我侭ばかりは言っていられないしな」

僕がそう告げると、忍はとても愉快そうに笑いながら、僕に向けて言う。

忍「何を今更」


第九話へ 続く

410: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:38:02.30 ID:kDGXaDju0
長い階段も登り終え、神社の鳥居が視界に入ってくる。

その鳥居の下。

柱に体を預ける形で、忍野は居た。

暦「忍野、来たぞ」

吸血鬼化していたのもあり、暗くとも忍野の顔はしっかりと見える。

411: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:38:39.51 ID:kDGXaDju0
忍野「や、阿良々木くん。 待ちくたびれたよ」

こんな状況であっても、忍野は変わらずいつも通りであった。

暦「それで、月火ちゃんは?」

忍野「居るよ。 ほら」

そう言い、忍野は柱の影から引っ張り出す。

まるで、物を扱うかの様に。

412: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:39:23.66 ID:kDGXaDju0
暦「……月火ちゃん」

見ると、月火は後ろ手に縛られ、口こそ塞がれて居ない物の、意識はある様だ。

月火「お、お兄ちゃん!」

声、仕草、見た目。

本当に全て月火と一緒で、まるでこいつがドッペルゲンガーだとは思えない。

413: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:40:02.24 ID:kDGXaDju0
月火「どういう事!? この人に誘拐されて、でもお兄ちゃんが来て、それで……お兄ちゃんとこの人は知り合いなの?」

演技。

全て分かっていて、やっているだけだ。

けど、それでも僕は月火の顔を見れなかった。

暦「忍野、月火ちゃんと話をさせてくれないか」

僕は忍野に向け、そう言う。

414: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:40:57.58 ID:kDGXaDju0
だけども、忍野は。

忍野「断る。 それは駄目だよ、阿良々木くん」

暦「何故だ。 話をするくらいなら、良いだろ?」

忍野「分かってないな。 こいつはドッペルゲンガーなんだぜ。 見た目も声も考え方も性格も」

忍野「そんなこいつと阿良々木くんが話したら、どうなるかくらいは想像付くさ」

415: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:41:41.17 ID:kDGXaDju0
暦「僕が、僕が騙されると思っているのか?」

忍野「そうだ、その通り」

確かに、それはあるかもしれない。

けど、話くらいなら、良いじゃねえかよ。

416: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:42:34.51 ID:kDGXaDju0
月火「違う! 訳分からないよ……お兄ちゃん、助けて……」

涙を流して、月火は言う。

くそ、流されるな。

こいつは月火であって、月火では無いんだ。

そんな事、分かっている。

分かっているだろうが!

417: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:44:00.96 ID:kDGXaDju0
忍野「全く、人の心を弄ぶなんて、随分と性質の悪い怪異だよ。 君はさ」

忍野はそう言い放つ、いつもの様に笑いながら。

そして、忍野は。

月火の腹を蹴り上げる。

月火「うっ!……うぇ」

僕の耳にも届くほどの勢いで、蹴り上げた。

当たり前だが、たまらず月火が声を漏らす。

418: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:44:35.51 ID:kDGXaDju0
僕はそれを見て。

何もしないなんて、やはりできない。

暦「忍野! やめろ、それ以上やったら、僕は」

忍野「どうするんだい? 阿良々木くん。 君の気持ちは分かるけどさ、こいつは君の妹じゃない」

忍野「ただの人の真似事をしている、化物さ。 人間じゃないんだよ」

419: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:45:31.58 ID:kDGXaDju0
暦「……だとしても、僕の妹だ」

僕がそう返すと、忍野は笑い、僕に言う。

忍野「はは、阿良々木くんには、このちっちゃい妹ちゃんが二人居るのかい?」

忍野「見た目も、考え方も、性格も一緒の妹がさ」

忍野「片方は化物で、片方は人間の。 唯一の違いって言ったら、それだけだぜ」

忍野「ああ、でもあれだね。 もう片方の方も、ある意味では化物だけどさ」

420: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:46:11.24 ID:kDGXaDju0
暦「……それ以上は、やめろよ」

忍野「そうだったね。 今のは言い過ぎた。 謝るよ」

言葉とは裏腹に、忍野には悪びれた様子は感じられない。

忍野「けどさ、阿良々木くん」

忍野「阿良々木くんのそういった優しさが、更に人を傷付けるんだぜ」

421: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:46:52.22 ID:kDGXaDju0
忍野「前に言っただろ? 「優しさが人を傷付ける事もある」ってさ」

忍野「その意味が分からない阿良々木くんでも、無いよね」

分かっている。

忍野の言う事は、分かっているさ。

けど、そういう問題じゃねえだろ。

422: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:47:20.16 ID:kDGXaDju0
暦「だから、話をさせてくれないか」

暦「必ず、良い結末にしてやるから」

とは言っても。

そんな言葉には、説得力も無ければ信憑性も無い。

忍野もそれは、分かっているのだろう。

423: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:48:17.29 ID:kDGXaDju0
忍野「そうかい」

忍野「残念だけど阿良々木くん、それはお断りだ」

忍野はそう言うと、蹲る月火の腹を再度、蹴り飛ばす。

一回、二回、三回。

月火「……お、おにい……ちゃん」

僕の方を見ながら、手を伸ばし、月火は言う。

月火「た……すけ、て」

424: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:48:59.90 ID:kDGXaDju0
その声で、全てが吹っ切れてしまった。

ただ見ているだけの僕に向けて言ったその言葉。

未だに月火は僕の事を信じている。

ああ、駄目だ。

これが全て罠だったとしても、駄目だ。

425: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:49:28.68 ID:kDGXaDju0
僕は、視線を下に落とし、影に向けて呟く。

もう、どうでもいい。

例え、これで全てが悪い方向に行ったとしても。

分かっている。 忍野のしている事は正しい事だと。

けど……それもまた、そういう問題じゃ無いんだ。

426: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:49:56.50 ID:kDGXaDju0
暦「忍、悪い」

自分の声が震えているのが分かる。

ん。

そうだ。

これは『憤怒』って奴だろう。

暦「僕はどうやら、我慢できそうにない」

427: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:50:47.92 ID:kDGXaDju0
影からの声は無く、僕も返答は求めていなかった。

ただ、それだけは伝えておきたかっただけだ。

顔を上げ、忍野を視界に捉える。

暦「悪い、忍野」

忍野「おいおい、そんな敵対心剥き出しで見つめられても、返答に困るぜ」

428: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:52:00.20 ID:kDGXaDju0
暦「僕は、僕の思うようにやらせてもらう。 今は」

暦「お前をぶっ飛ばす事だ」

月火は意識を失ったのか、ぐったりと倒れている。

そんな状態であっても、口は動いていた。

小さくではあるが、今の僕にははっきりと見える。

お兄ちゃん、お兄ちゃんと。 月火はそう言っている。

429: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:52:44.69 ID:kDGXaDju0
もし、それが僕を騙そうとしているだけの物であったとしても。

それならそれで、構わない。

騙されても、別に良いさ。

ただ蹴られる妹を見ているだけなんて真似は、とてもじゃないが出来ない。

それが本物か偽物かなんて、些細な違いじゃねえかよ。

今僕の目の前に居るのは、月火だ。

430: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:53:25.43 ID:kDGXaDju0
忍野「全く。 まあ、こうなる事も予想は出来たけどさ」

忍野「阿良々木くんと殴りあうってのは、気が引けちゃうね」

そんな事を言いながらも、忍野は構える。

けど、良かった。

無抵抗の相手を殴るほど、気分が悪い事も無いのだから。

431: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:54:18.41 ID:kDGXaDju0
忍野との距離は十メートル程か、今の状態ならば、すぐに縮められる。

暦「僕もだよ。 けど、それで僕は良いと思う。 だからお前と戦うしかない」

言った直後、僕は地面を蹴る。

忍野は笑みを消さず、僕を迎え撃つべく構えたまま。

距離は近づいて行き、後二メートル程。

数秒後にはぶつかり合っているだろう距離で、僕の足を唯一止められる声が聞こえた。

432: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:54:58.72 ID:kDGXaDju0
月火「……やめて、お兄ちゃん」

月火?

意識を失っていなかったのか?

いや、それよりも。

やめてとは、どういう意味だ?

一瞬戸惑い、足を止める。

433: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:55:33.21 ID:kDGXaDju0
忍野との距離は、一メートルと少し程。

忍野にはその声が聞こえていなかったのか、僕の方を怪訝そうな眼差しで見つめる。

月火「やっぱり、これは私が、私が悪かったんだよ」

月火「……私が、あのお化けに願わなければ、こんな事にはならなかったのに」

月火「全部……全部私の責任だよ。 ごめん、お兄ちゃん」

434: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:56:12.49 ID:kDGXaDju0
お化けに、願わなければ?

何を言っているんだ? 月火は。

自分をドッペルゲンガーだと、認めている?

いや、それにしては言い方がおかしい。

僕の目の前に横たわる、こいつは誰だ?

435: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:56:46.50 ID:kDGXaDju0
暦「月火、ちゃん?」

忍野は僕の声で、ようやく状況を理解したのか、月火の方に視線を移した。

忍野「おいおい、阿良々木くん。 この期に及んでまだ、この化物の戯言に気を取られているのかい」

そんな言葉を僕に向けて言う。

けど、だけど。

436: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:57:36.02 ID:kDGXaDju0
何か、おかしい。

そうだ。 そうだよ。

月火はどうして『意識が回復している』んだ?

それに、どうして忍野に蹴られた部分の『傷が回復』している?

ドッペルゲンガーには、そんな特性なんて、無い。

437: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:58:03.66 ID:kDGXaDju0
いくら都市伝説だと言っても、そんな都市伝説は聞いた事が無い。

傷が回復していくなんて、まるでそれは。

吸血鬼。

それに、不如帰。

438: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:58:38.24 ID:kDGXaDju0
そして、思い出す。

忍野の言葉。

あいつは確か、さっき電話した時に言っていた。

『そう言って貰えると助かるよ』と。

おかしい。

忍野が、言うだろうか?

あいつが使う言葉だろうか?

439: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:59:09.83 ID:kDGXaDju0
そこまで考えた所で、月火が再び口を開く。

月火「……私は、会ったんだよ。 私自身に」

私自身。 それはつまり。

ドッペルゲンガー。

しかし、それをドッペルゲンガー自身が、言う筈が無い。

って事は、今僕の目の前に居るこいつは。

440: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 18:59:55.60 ID:kDGXaDju0
忍野「……ちっ」

忍野が舌打ちをし、月火の腕を目掛け、足を降ろす。

あまりにも一瞬の事で、僕はそれに反応できない。

目の前に広がる光景。

月火の腕は、根元から吹き飛んだ。

441: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:00:46.12 ID:kDGXaDju0
暦「て、てめぇええええええ!!」

僕の妹に何をしているんだよ。 てめえ。

条件反射と言ってもいい。

そのくらいの速度で、僕は忍野に飛び掛る。

しかし、そんな僕よりも早く、動く奴が居た。

442: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:01:28.38 ID:kDGXaDju0
忍「お前様! その妹御を連れて離れろ!」

暦「し、忍!?」

忍は忍野に飛び掛り、動きを封じる。

僕が、取るべき行動は何だ?

忍に加勢して、忍野を倒す?

いや、それよりも優先すべき事がある。

月火を連れて、距離を取る。

443: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:02:02.08 ID:kDGXaDju0
暦「月火ちゃん!」

月火は未だ、意識を失っていない。

月火「……お兄ちゃん」

腕は既に、再生を終えている。 その辺りはさすが、不死鳥と言った所なのだろう。

幸いにも月火の意識は朦朧としていて、自分の状況を理解できていない。

腕も一瞬で消し飛ばされたので、痛みも感じていないかもしれない。

恐らくは自身の再生能力には、気付いていないだろう。

444: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:03:03.46 ID:kDGXaDju0
それでも、僕は妹を守れなかった。

月火を抱きかかえ、忍野からなるべく距離を取る。

くそ、僕の理解力じゃ全然追いつかねえな。

つまりは、この月火は本物って事なのだろうか。

それは恐らく、そうだ。

忍が忍野に飛び掛ったのも、それが分かったからだろう。

445: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:04:04.33 ID:kDGXaDju0
そうだ、忍は?

思うと同時、忍がこちらに向けて飛んでくる。

暦「忍!」

僕はそれを受け止め、後ろに倒れ込む。

さすがに二人を一緒に抱き抱えるのには、少しばかり無理がある。

もうちょっと鍛えておけば良かったな、みっともねえ。

446: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:04:37.49 ID:kDGXaDju0
暦「おい! 大丈夫か!?」

忍「くっ……儂を心配する前に、この状況をどうにかする方法を考えんか。 実際、絶望的じゃぞ」

忍はそう言い、立ち上がる。

月火「お、お兄ちゃん。 これ、どういう……」

月火は大分、混乱している様子である。

まあ、無理もねえか。

こんな状況、理解出来る方が恐ろしいし。

447: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:05:04.11 ID:kDGXaDju0
暦「後で説明する。 だから待っててくれるか、月火ちゃん」

月火「……うん」

二つ返事かよ。

全く、お前ら姉妹はどこまで僕の事を信頼しているんだか。

悪い気分はしねえけどさ。

月火を寝かせ、僕は忍の横に立つ。

448: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:05:43.78 ID:kDGXaDju0
暦「忍、戦えるか」

忍「儂を誰だと思っとるんじゃ、我が主様よ」

忍「とは言ってものう……儂とお前様が協力した所で、状況は変わらない」

暦「だろうな、相手は忍野な訳だし」

忍「カカッ。 正確に言えば、アロハ小僧の姿を真似た化物じゃよ」

449: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:06:09.23 ID:kDGXaDju0
やっぱ、そうか。

月火にも後で聞かなければならない事もあるし、本物の忍野にも聞かなければならない事はある。

とにかく今は、目の前のこいつをなんとかしなければ。

それに約束したしな、月火と。

後で説明する為にも、ここで死ぬ訳にはいかない。

450: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:06:39.94 ID:kDGXaDju0
何より。

妹の前で死ぬ兄貴なんて、最悪じゃねえかよ。

だったら僕は、生きるしかない。

「ははは。 全く、阿良々木くん。 君が僕に勝てると思うかい?」

目の前のそいつは、忍野と同じ様に、同じ雰囲気を出しながら、言う。

451: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:08:02.64 ID:kDGXaDju0
暦「さあな。 分からねえよ、そんな事」

「やってみなきゃ? けどさ、僕は阿良々木くんが取りそうな行動なんて、大体予想が付くんだぜ」

「本当なら、そこに寝てる妹ちゃんで君を釣って、殺すつもりだったんだけど、少しばかり面倒な事になっちゃったね」

「まあ、その妹ちゃんを使ったのも、暇潰しと言えば暇潰しなんだけどさ」

「予想外だったのは、妹ちゃんも化物だったって事だよ。 まさか不如帰だなんて」

「それが無ければ、妹ちゃんも話す事なんて出来ず、阿良々木くんは今頃無様に死んでいただろうに」

452: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:08:29.96 ID:kDGXaDju0
ん? 記憶は忍野と一緒の筈だが、不如帰の怪異と言う事を知らなかったのか?

それも少し引っ掛かるけれど、今はそんな事気にしている場合じゃねえな。

暦「そうだったとしても、それだけじゃない」

暦「月火ちゃんが僕に伝えてくれなければ、分からなかった事だ」

暦「それに、お前じゃどう頑張っても忍野にはなれねえよ」

暦「あの電話の時から、既にお前は居たんだろ?」

453: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:09:05.37 ID:kDGXaDju0
「うん、そうだよ。 こんな性格の僕が携帯を持つって事自体が、おかしな話さ」

暦「だろうな。 けどな、忍野は絶対に言わないんだ」

「言わない? 何をだい?」

暦「「そう言って貰えると助かる」なんて言葉、あいつは絶対に言わない」

「ああ、そうだね。 その通りだ。 僕は絶対にそんな事は言わない」

「そうやって小さいヒントを与えている辺り、僕も阿良々木くんが言うお人好しって事なのかな?」

454: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:09:52.61 ID:kDGXaDju0
暦「馬鹿言ってんじゃねえよ。 お前はそんなんじゃない」

「へえ。 ま、もう良いよ。 僕も所詮は化物さ」

暦「……そうかよ」

「それよりさ、阿良々木くん。 化物って言葉で思い出したんだけど」

「知ってるかい?」

「この忍野って奴は、君の妹ちゃんの事を人間だと認識していたんだぜ」

「笑っちゃうよ。 この専門家は、僕と同様の怪異を人間だと思っていたなんてさ」

455: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:10:24.04 ID:kDGXaDju0
忍野の口調、忍野の姿のまま、忍野じゃないそいつはそう言った。

なるほど、そういう事か。 納得だな。

暦「そうか、そりゃ良い事を聞けた」

「はっ。 良い事?」

暦「そうだ。 忍野は内心でもそう思っていてくれたなんて、良い事を聞けた」

記憶としても、考え方としても、忍野はそう思っていてくれた。

分かったろ、忍。

人間が心の奥底で想っている事が、汚いばかりの事じゃないって。

456: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:10:49.90 ID:kDGXaDju0
「そうかいそうかい。 それなら僕に殺されても、問題は無い訳だ」

暦「いいや、あるね」

「へえ。 大体予想は付くけど、一応聞いておこうか」

暦「お前は忍野の真似をしている、ただの化物だ」

「はははは! 言うと思ったよ、阿良々木くん」

「けどさ、それは自分に言っている様にも聞こえるぜ?」

「人間の真似をしている阿良々木くん」

457: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:27:15.81 ID:kDGXaDju0
暦「はっ。 そんな事、分かっているさ。 僕はただの化物だよ」

「その言葉もまた、予想通りだ。 じゃあさ、そろそろ始めようか」

「いい加減、待ちくたびれたからね」

暦「おいおい忍野、元気が良いな」

暦「何か良い事でも、あったのかよ」

僕は皮肉たっぷりに、そう言ってやる。

458: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:27:43.12 ID:kDGXaDju0
忍野の姿をしたそいつは笑い、動く。

来るか、と思ったが。

動いたと認識したその瞬間には、忍野は目の前に居た。

暦「っ!」

忍野は僕目掛け、拳を振り下ろす。

459: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:28:08.42 ID:kDGXaDju0
反応できなくは無いが、なんだよ今のは。

動きが速いとか、そういう問題ではない。

気付いたら、そこに居た。

その飛んでくる拳を僕は体を後ろに引っぱり、なんとか避ける。

460: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:28:35.38 ID:kDGXaDju0
「はは、やるじゃないか。 阿良々木くん」

「てっきり今ので終わるのかと思ったんだけど、君も成長しているって事なのかな」

暦「うるせえ。 お前に褒められたって嬉しくはねえよ」

つっても、どうする。

避けるだけでも、精一杯じゃねえか。

461: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:29:04.52 ID:kDGXaDju0
忍「お前様。 儂が足止めをする。 その間に逃げろ」

忍野には聞こえない様、忍がそう呟く。

暦「何格好良い事言ってるんだ。 お前を置いて逃げられるか」

暦「それに、どうせ僕達はリンクされているんだ。 離れようと思っても、離れられない」

忍「多少ならば離れても大丈夫じゃ。 ある程度儂も戻っておるしな」

暦「だとしても、僕は逃げない」

462: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:29:32.02 ID:kDGXaDju0
忍「お前様、分かっておるのか」

忍「あの小僧。 全盛期の儂と同等とまでは行かんが、かなり危険じゃ」

忍「あの時の儂でも、まともにはやりたくない相手じゃな」

おいおい、マジかよ。

全盛期の忍から見ても、危険ってレベルなのか?

本当にそれこそ化物じゃねえか。

伊達に、忍の心臓を気付かれない内に奪っただけあるな。

463: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:30:22.93 ID:kDGXaDju0
暦「……そうだとしても、逃げない」

暦「妹の前で戦ってるんだ。 僕は見栄っ張りだからさ。 格好悪い所は見せられねえや」

忍「……ったく。 まあよい」

「さて、そろそろいいかな? 待っている僕の身にもなって欲しい物だけれど」

暦「ああ、いいぜ。 丁度話は纏まった所だ」

「そうかい」

464: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:30:51.59 ID:kDGXaDju0
瞬間、忍野が再び目の前に現れる。

くそ、訳分からない速度だ、本当に。

けど、もう後ろに避ける事はできない。

僕の後ろには月火が居るから、それは無理だ。

なら、取るべき行動は防御。

465: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:31:19.15 ID:kDGXaDju0
顔を狙い、振り下ろされる忍野の拳を防御すべく、僕は顔の前で腕を構える。

が。

まるで、その腕をすり抜けるように、忍野の拳は僕の顔面に突き刺さった。

暦「がはっ!」

あ? 何が起きた?

466: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:31:47.41 ID:kDGXaDju0
なんだ、今のは。

僕がどの様に防御して、どの速度でその態勢が出来上がるのか、分かっていたのか?

そして、その防御の合い間を縫って、攻撃してきた?

今まで戦ってきた奴とは、種類が違う。

467: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:32:14.17 ID:kDGXaDju0
あの詐欺師、貝木泥舟は戦わず、勝ちもしなければ負けもしない。

暴力陰陽師、影縫余弦は防御を上から破壊し、攻撃する。

そうだとするならば、忍野は。

相手の行動を全て読み、攻撃する。

468: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:32:43.54 ID:kDGXaDju0
僕は後ろに吹っ飛ばされる事は無く、忍野はそのまま拳を地面に打ち付ける。

ミシミシと。

ミシミシっつうよりは、メキメキ。

とにかく、骨が粉々になっていくのが、感覚として伝わる。

多分、骨を直に攻撃されなければ、分からない感触だ。

体の内部から音がして、骨が折れているというのが分かる。

469: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:33:12.01 ID:kDGXaDju0
あー。

つうか、月火の奴、これ見てるんだよな。

僕が化物みたいな状態ってのはまあ、別にばれても仕方ない。

それについては、一応考えてあった事だし。

それよりも問題は、あれだ。

月火はああ見えて、ホラーが苦手なのだ。

そんな月火にこんなグロ映像を見せてしまったのが、まず失敗である。

470: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:33:44.97 ID:kDGXaDju0
暦「ぐっ……」

忍野は僕を地面に叩きつけた事で満足したのか、距離を取る気配がした。

もっとも、今は顔が潰れてしまって何も見えないから、そう感じているだけなのだが。

アンパンマンか、僕は。

「大丈夫かい。 阿良々木くん」

耳までは潰れていなかったらしく、忍野の声が聞こえる。

471: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:34:12.50 ID:kDGXaDju0
「はは、とても大丈夫じゃないか。 ごめんごめん」

忍はどうしているのだろうか。

そう考えた直後。

破壊音が聞こえる。

僕のすぐ傍で。

「忍ちゃんも、随分と性格が変わっちゃったよね」

台詞と音からするに、忍もやられたのだろう。

揃いも揃って、惨めなペアだよな。

472: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:34:39.35 ID:kDGXaDju0
「まあ、こっちは阿良々木くんよりも厄介なんだけれどさ。 はは、どうでもいい事か」

「それはそうと、阿良々木くん」

忍野は僕の方に近づき、耳元で囁くように、言う。

「君はそこの妹ちゃんが、何を願ったか知っているかい?」

月火ちゃんが、願った事?

473: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:35:14.76 ID:kDGXaDju0
「阿良々木くんには、想像が付かないだろうね」

「ま、ちょっと複雑なんだけどさ」

「僕は知っているし、知らないって事にもなるんだけども」

どういう、意味だ?

それなら、どうして、忍野の姿をしたこいつはここに居る?

それは、ドッペルゲンガーとして願いを叶える為なんじゃないか?

474: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:35:45.62 ID:kDGXaDju0
「それは今はいいか。 とにかく、僕が頼まれた願いは」

「阿良々木暦を殺してくれって願いだったんだよ」

……僕を殺せと、願ったのか?

月火が、そう願ったのか?

心の奥底で、そう想っていたのか?

475: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:36:33.53 ID:kDGXaDju0
「阿良々木くんは勘違いしやすいからね。 はっきり言っておかないと」

「僕が願いを二つ叶える怪異だって事は、さすがに知っているだろうから省略するよ」

「まず一つ。 深層心理での願い」

「これは想像が付くだろ? 想像したくは無いだろうけど」

「さっきも言った様に、阿良々木暦を殺してくれ。 そういう願いだった訳だよ」

言いたい事は山ほどあったが、口が開かない。

それすらも意に返さず、忍野の姿をした奴は、続ける。

476: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 19:37:28.97 ID:kDGXaDju0
「そしてもう一つ。 表面上の願い」

「こっちの方が、阿良々木くんにとってはショックかもしれないなぁ」

「僕にとっては、面白い話なんだけど」

「阿良々木くん。 僕が頼まれたもう一つの願い」

「一緒なんだぜ。 深層心理の願いと」

「阿良々木暦を殺してくれって、そう願われたんだよ」


第十話へ 続く

484: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:23:29.90 ID:kDGXaDju0
月火が、僕を殺してくれと頼んだ?

自らの口で、ドッペルゲンガーにそう頼んだって言うのか?

そんなの、絶対に。

「ありえないって? 僕はそう思わないけどなぁ」

「だってそうだろ。 阿良々木くん」

485: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:24:05.16 ID:kDGXaDju0
「君はもう一人の妹ちゃんの事だって、何一つ分かっていなかったじゃないか」

言い返せない。

いや、元より今の状態では言葉を発せられないので言い返すも何も無いのだが、その言い返す言葉すら、浮かんで来なかったのだ。

「そんな阿良々木くんがだよ? そこに居る妹ちゃんの気持ちを理解できたのかい? 考えている事を分かってやれたのかい?」

その通りだ。

486: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:25:09.49 ID:kDGXaDju0
「僕は分かってやれた。 だから君を殺す為に、こうやって色々と面倒な事をしている訳だけどさ」

いくら反省しても、後悔したとしても、僕は変わらない。

変われない。

「で、どうするんだい。 阿良々木くん」

どうするって、何が。

487: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:25:37.42 ID:kDGXaDju0
「このまま僕に大人しく殺されるか。 せめて最後まで妹ちゃんの為に戦って死ぬか」

「とは言っても、その妹ちゃんは君が殺されるのを望んでいる訳だから、どの道死ぬべきなんだろうけどさ」

僕は、何をしていたのだろうか。

月火の為にやっていたと思った事が、ただの空回り。

月火が救われると思ってやっていた事が、全て無駄。

月火と一緒に過ごしたいと思っていた事が、僕のエゴ。

それなら、僕は。

488: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:26:27.75 ID:kDGXaDju0
暦「……僕、は」

ようやく、忍野の破壊に回復が追いついてきた。

目が見えるようになるまでにはまだ時間が掛かりそうだが、それでも言葉はなんとか発せられる。

「っと」

忍野がそう言い、僕と距離を取る。

何故だ? 今、この状況で忍野は何故、僕と距離を取った?

489: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:27:02.10 ID:kDGXaDju0
「おいおい、これは面白い展開だね」

「はは、なんのつもりだい?」

誰に言っている?

少なくとも、僕はずっと地面に倒れ込んでいるし、僕に対して言った言葉ではない。

忍も未だ、僕と同じ状態だろう。

リンクされているおかげもあり、忍の状態は僕に大体伝わってくるから。

なら、第三者。

今この場で言う、それは。

490: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:27:42.32 ID:kDGXaDju0
視力がようやく、回復する。

僕の目に入ってきた光景は、先程僕が出した『答え』を言うのには、十分な光景だった。

月火「お兄ちゃんに、手を出さないでくれるかな」

月火「これ以上、私のお兄ちゃんの顔を不細工にしてどうするつもり?」

何言ってるんだよ、こいつは。

491: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:28:16.39 ID:kDGXaDju0
第一、僕はそこまで不細工じゃねえし。

つか、お前、足とかめっちゃプルプル震えてるじゃねえか。

馬鹿が、何頑張れもしないくせに頑張ってるんだよ。

それに、さっき僕は言っただろうが。

待っててくれって、言っただろ。

僕の言う事が聞けない奴なんて、後でお仕置きが必要だぜ。

492: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:28:42.95 ID:kDGXaDju0
そうだなぁ。 まずは一緒に帰って、たっぷりと抱き締めてやる。

とりあえずは、そんな所か。

むしろ、それだけでいいか。

じゃあ、お仕置きも決まった訳だし、いつまでも寝転がっている訳にもいかねえよな。

帰るとしよう。 僕と月火の家に。

493: ◆XiAeHcQvXg 2013/05/05(日) 23:29:14.53 ID:kDGXaDju0
暦「……月火ちゃん、僕は大丈夫だ」

立ち上がり、月火の肩に手を置く。

月火「嘘だよ。 全然そうは見えないじゃん」

月火は僕の方に顔を向け、いつもの様に笑う。

暦「僕が嘘を付いた事があるか?」

月火「……うん。 そうだったね。 お兄ちゃん」