1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 22:57:09.384 ID:i4WHRHEX0
 緑豊かな草原の中に一本の小さな道があった。
道は緩やかな上り坂になっており、それを固定するかのように等間隔に木が生えていた。

 その道を、一台のモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
木々にとって慣れない振動で紅葉を終えほとんど枯れた葉がパラパラと落ちた。

「休憩しなくて大丈夫?キノ」

モトラドが言った。

「道が綺麗になってきたし、もうすぐ着くと思う。だからもう少し走ろう」

キノと呼ばれた運転手が答える

「好きにして」

そして一人と一台は黙った。

 運転手は茶色のコートを着て、長い裾を両腿に巻きつけてとめている。
鍔と、耳を覆うたれのついた帽子をかぶり、フレームが剥げたゴーグルをしていた。
表情は若く、十代の半ばほど。大きな目をもち、精悍な顔つきをしていた。

一見綺麗だが変わり映えしない道を走り続けていると、道の向こうから巨大な壁が顔を出した。

3: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 22:58:38.740 ID:i4WHRHEX0
キノ「見えたよエルメス」

「予想が当たったね」

エルメスと呼ばれたモトラドが答える

キノ「城壁が綺麗、争いが無い証拠だ」

エルメス「もしかしたら修復した直後かもしれないよ?」

キノ「これだけの壁を修復するのには時間がかかる、どちらにせよ綺麗なのは良い事だよ」

キノはのんびりと答える。

さらに走り城壁へと近づくと、大きな門が見えた。
門の傍らには木で作られた小さな小屋が見える。
その小屋には窓の代わりに受付口が付いており、兵士らしき人間がそこに突っ伏して居眠りしていた。

キノはモトラドから降り、兵士に話しかけた。

キノ「あのー、すいません」

6: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:00:02.252 ID:i4WHRHEX0
兵士「んん……?た、旅人さん?」

兵士はまるで幻を見たかのような顔で問いかけてきた。

キノ「ええ、この国に滞在したいのですがよろしいですか?」

兵士「もちろん!何日滞在するつもりだい?」

兵士はごそごそと何かを探しながら質問を続ける。

キノ「三日で」

兵士「了解、三日と……」

ようやく見つけたペンで汚れた紙に何かをメモしている。
どう見ても正式な手続書ではない。

兵士「旅人さんはこの国の事をご存じで?」

キノ「いえ、何も」

兵士「ほう、知らない方が来るとは珍しい」

9: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:01:57.525 ID:i4WHRHEX0
キノ「有名な国なんですか?」

兵士「近隣では有名だと思うよ。
   残念ながら最近は入国者が少ないけどね」

兵士は残念な顔で下を向いた。

エルメス「何で入国者が少ないの?」

エルメスが口をはさむ。

兵士「さぁ……我が国の教えが気に入らないのかねぇ。
   この国ほど素晴らしい国は無いと思うんだけど」

キノ「何か特別なルールがあるんですか?」

兵士「ややこしいルールがいくつもある訳じゃないよ。
   大きなルールは一つさ」

エルメス「たった一つ?」

兵士「ああ、"必要以上の食事をしてはいけない"というルールさ」

キノ「必要以上……」

キノの表情が曇った。

12: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:04:28.158 ID:i4WHRHEX0
兵士「それに付随するルールは多いけど、全部それに関する事さ。
   要するに粗食の国なんだここは」

兵士は誇らしげに胸を張った。

キノ「必要以上という判断はどこでするんですか……?」

今にも吐きそうな顔をしてキノが聞く。

兵士「体格で判断するのさ。ん~、旅人さんの体格だと豆のスープ100mlにパン30gといった所かな」

キノ「た、たったそれだけ……それを三食ですか?」

兵士「馬鹿いっちゃいけない!一日一食さ!」

それを聞いた瞬間キノがフラついた。

キノ「そんな食事で生きていけるんですか……?」

兵士「本来人間はそれくらい食べれば生きていけるんだよ。
    現に私がこうして生きているんだから!
    そのお陰でこの国は繁栄したんだ、食事にお金がかからない分他にお金を回せる。
    だから城壁も高く丈夫なんだ、幸い攻め込まれた事は無いが反撃の準備はいつでもできてる!」

17: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:07:12.369 ID:i4WHRHEX0
エルメス「でも豆とパンだけじゃ栄養が足りないんじゃない?」

兵士「それを補う為に栄養が詰まった薬も飲むんだ。
    それが素晴らしい薬でね、その薬を飲んでいるだけでも生きていけるくらいだ!」

自信満々に話す兵士にキノは「はぁ」と生返事を返した。

エルメス「じゃあ薬だけ飲んでればいいのに」

兵士「う~ん、そこは私にもわからない所だね。
    食事という文化は残そう、という国の考えなのかな」

キノ「あの……この国を過ぎた所に別の国はありますか?」

兵士「ん?ああ、あるよ。旅人さんのモトラドなら2時間ほどで着く場所にね。
    ……でもあの国はおすすめしないな」

一転兵士の表情が曇る。

キノ「何かあるんですか?」

19: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:10:51.175 ID:i4WHRHEX0
兵士「……あの国はうちの国と違って暴食の国でね。
   毎日三食腹いっぱい食べるらしい!野蛮人の集まりだ!」

キノ「ほうほう」

兵士「奴らは何だって喰う!自国の作物だけじゃ飽きたらず別の国からも食べ物を
    輸入しているらしい。それも毎日だ」

キノ「一体どんな料理を食べているんですかね」

キノの表情が明るくなり、興味深そうに聞いた。
お腹を抑えている理由はきっと腹痛のせいではない。

兵士「向こうからやってきた旅人の話によると"牛の肩肉の煮込み"や"鶏肉の串焼き"、
   "クリームがたっぷり乗ったパンケーキ"なんかを食べたそうだ。
    しかもそれらを一回の食事で!それを三食!狂ってる!」

キノ「うぅ……」

キノは我慢できず生唾を飲みこんだ。
もはやキノの気持ちはこの国には無かった。

エルメス「あらら」

21: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:15:11.000 ID:i4WHRHEX0
兵士「それだけ食べ物に金をかけているからあの国の壁は低いんだ!
    せめこまれたらおしまいだ!まあ私たちの国が向こうの国を襲うという事は無いが。
     あいつらほど乱暴じゃないからね」

エルメス「向こうの国は嫌われてるの?」

兵士「さてね、少なくともうちの国は嫌っているが。
   他の国とは色々物資の交換をしているらしいが、それもいつまで続くやら……」

兵士はため息をはいた。

キノ「この国は他の国とは繋がりはあるんですか?」

兵士「ほとんどないね、山を二つこえた先にある国とは粗食の考えが一致しているから仲は良いよ。
   その他の国は……向こうの国ほどではないが野蛮だからね」

キノ「あの……さっきの手続きの事なんですけど」

兵士「ああ、ちょっと手続書が見つからなくてね。
   たぶん向こうの引き出しに……」

椅子から立ち上がり書類を探しに行こうとした兵士をキノが制止した。

キノ「あ、大丈夫です。やっぱりキャンセルしようかと」

23: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:21:44.039 ID:i4WHRHEX0
兵士「へ?キャンセル?」

キノ「はい、食料はまだ少し残っているので少しずつ食べて一日一食で進んで行こうかと」

兵士「なんと!あなたは良い旅人さんだぁ……その気持ちがあるのならまた来られた時に
   ここに永住してください!いつでも歓迎しますよ!」

兵士は悲しみと喜びが混じったような複雑な表情をした。
涙も浮かべているようだが、喜びの方が勝っているように見える。

キノ「ありがとうございます、根無し草の旅なのでまた来れるかわかりませんが」

エルメス「絶対来ないよね」

キノはエルメスのタンク部分をかかとで蹴った。

兵士「あなたのような良い旅人さんと別れるのはつらいですが、
   旅人さんは旅をするものですものね……仕方ない事です」

キノ「ええ、ボクも辛いです。色んな意味で」

26: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:25:27.103 ID:i4WHRHEX0
兵士「お元気で!」

キノ「さようなら」

キノはエルメスに跨り、帽子とゴーグルをつけた。
そして帽子の鍔をクイと下に動かし、別れの合図をした。

エルメスのエンジンをかけ、城壁の周りをぐるりと回り逆側の道へ出る。
兵士はキノ達が見えなくなるまで手を振っていた。

エルメス「あ~あ、良い国だと思ったのに」

キノ「ボクもそう思う」

エルメス「あの感じだと絶対モトラドの部品とかも全部そろってるよ。
     燃料も混ざりもの無しの綺麗な燃料で、もしかしたらライトも新品に変えられたかもしれない」

27: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/02(金) 23:28:44.745 ID:i4WHRHEX0
キノ「ライトはまだまだ使えるから大丈夫。
   燃料はとりあえず動けばいいでしょ」

エルメス「じゃあ食料も胃の中に入れば同じだよね」

キノはしまったという表情をした。。

エルメス「次の街ではちゃんと整備してよね」

キノ「わかってるよ、でも……」

エルメス「でも?」

キノ「まずは腹ごしらえだ」

今のキノに何を言っても無駄だと思ったエルメスはしばらく黙る事にした。

旅人とモトラドは落ち葉を踊らせながら、軽快なスピードで走って行った。
エンジン音と腹の虫を鳴らしながら。



                                         ~終わり~

引用元: キノ「粗食の国」