1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:16:52.20 ID:hyiaQqfG0
ともこ「そろそろ今の子も飽きてきちゃった」



今の女の子と付き合って早数ヶ月。

私、吉川ともこが今まで付き合ってきた中では充分長い方だ。

待ち受けにしていた二人のツーショットを、唐突に消したくなって削除する。

うん、これですっきり。



さて、次の狙いは――



あかね「あの、吉川さん?そろそろ教室閉めたいんだけど」



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:18:06.27 ID:hyiaQqfG0
ともこ「あ、はい」



高校生活もあと半年を切った頃。なのにきっちり高校の制服を着こなした女の子が、

教室の後ろの扉から控えめに鍵を見せてきた。

確か名前は――赤座あかねさん。

中学校の頃から一緒だった記憶はあるけれど、あまりよくは覚えていない。

高校に上がって三年目の今年初めて一緒のクラスになったので今でもまだ、彼女のことは

よく知らなかった。



とりあえず慌てて携帯やら教科書やらを鞄に詰め込んで、私は席を立った。

赤座さんについて知っていることといえば出席番号一番で成績優秀、それから

誰もが認めるいい子ということだけだった。



ともこ「ごめんね、最後まで残っちゃって」



あかね「ううん、勉強でもしてたの?」



ともこ「えーっと……そんな感じ、かなあ」


4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:18:36.82 ID:hyiaQqfG0
携帯をいじったりぼけーっとしていたなんてことはなんとなく言い辛くて適当に

ぼやかしておく。

最近、もうすぐで高校生活も終わってしまうと思うとどうしても帰りたくなくなって

しまうのだ。



あかね「でも吉川さん、推薦入試受かってるのにすごいね」



ともこ「えっ、あ、そうかな?」



赤座さんがこんなに話す人だとは思わなかった。もっと物静かで、必要最低限のことは

話さないタイプだと思っていたから。

それよりも驚いたのが、私の進学先を知っていたことだった。



ともこ「どうして知ってるの?」



あかね「張り出されてたの、見たから」



ともこ「そっか……」



あかね「えぇ」



ともこ「待っててくれてありがとう」



色々詰め込んだ鞄のファスナーを閉めて、私が教室を出ると赤座さんも後ろを

ついてきた。

いつのまにか薄暗くなってしまった廊下に立っていると、少し寒い。

教室の鍵を閉める赤座さんの後姿を見ながら、「今日は当番?」と訊ねてみた。

学級委員でもなかったはずなんだけど。


5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:19:42.08 ID:hyiaQqfG0
あかね「ううん、ボランティアみたいなものかな。それで毎日やってるの」



にこにこと笑いながら鍵を閉め終えた赤座さんは言った。

なんというか、優しい雰囲気の子だなあ。

今まで私が付き合ってきた中でこんな女の子がいた記憶はない。



さっき消した待ち受けのことを思い出す。

今の待ちうけは、買ったばかりの頃のただのつまらない壁紙だ。

赤座さんの笑顔を見ながら、この子の写真なら毎日携帯を開けて目が合っても

飽きないかなあと思った。



ともこ「ねえ、赤座さんって誰かとお付き合い、したことあるかな?」



狙いを定めたら即行動。

私がいつものスタンスで訊ねると、赤座さんはご丁寧に「えっ」という声と共に

恥ずかしそうに顔を赤らめた。可愛いリアクション。


7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:20:58.50 ID:hyiaQqfG0
そしてその様子じゃそういう経験は一切なさそうだ。男の子が相手でも、女の子が相手でも。

ちょっと意外だなあ。大人びて見えるのに。



ともこ「ないんだ?」



あかね「ないというか……でも頭の中じゃ、あ、なんでもないわ!」



ともこ「えっ……うん」



あかね「……ないです」



ますます恥ずかしそうに赤座さんが溜息。

ということは、今も一人なのかな。

もうすぐ冬休み。冬休みに入ればクリスマス。これはチャンスね。



ともこ「赤座さん、それなら私と」



そのとき鞄の中の携帯がぶるぶると震えた。

私は無視しようかとも思ったけれどそうもいかず、仕方なく携帯を開ける。

違う学校に通う後輩からのメールだった。



ともこ「あ、ごめんね」



きょとんと私を見ていた赤座さんに謝ると、

赤座さんはやっぱり笑顔で首を振る。



あかね「吉川さん、お友達多いね」


8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:22:02.64 ID:hyiaQqfG0
ともこ「えっ、まあ……」



お友達というかなんというか。

付き合っていた子だったり、その候補の子だったり色々だけれど、赤座さんからしてみれば

みんな一括りにお友達なんだろう。



というよりも、たとえ付き合っていたって周囲から見れば私たちは友達とそう違わない関係なのだと

思う。そもそも女の子同士で、きっと私だけじゃなくって相手の子たちだって遊び半分でのお付き合い。

だから他の子より親密だったとしても、他のカップルがするようなことはしたことがない。

離れたいときだって、結局は自然消滅だし、今日消した待ち受けの子は違う学校の子で

お互い飽きてもきていたからこちらから連絡しなければそのうち完璧に関係は途絶えてしまうはずだ。



絶対に付き合わなきゃいけないわけじゃない。

ただ、誰か隣にお互い好きな子がいればいいとは思う。

だから私は懲りずにそういう繋がりを求めてしまうわけで。



あかり「吉川さんはお友達に優しそう」



ともこ「……どうだろう」



携帯を閉じて、首を傾げる。

ある意味捨てるのと同じ行為をしているという自覚はあるから、優しいといわれても

ピンッとはこない。でも、赤座さんみたいに素直な声でそう言われると、少し嬉しかった。


9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:23:38.58 ID:hyiaQqfG0
あかり「いいなぁ」



ともこ「え、なにが?」



突然、ぽつりと呟いた赤座さん。

私が訊ねると、「お友達は沢山いたほうが楽しいんだろうなって」



あかね「私ももっとみんなとお話できたらいいのになぁ」



そう言っている赤座さんだって、友達がいないわけじゃないはずだ。

今まできちんと話したことはなかったけど、一人でいることは一度も見たことが無い。

ただ、今みたいにこうやって赤座さんが話しているところを見たことはあまりないけど。

(だから赤座さんはあまり話さない子というイメージがあったんだろうな)



あかね「お友達はいるけど、ちゃんとお話できる子は少ないなって。私は聞き役にまわっちゃうことが多いから」



強ち私の抱いていたイメージも間違ってないみたいだ。

確かに赤座さんは自分より人の話を優先させそう。



あかね「だから今吉川さんがちゃんと私の話聞いてくれたのが嬉しくて、吉川さんのお友達みんないいなぁって思っちゃった」


10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:24:10.07 ID:hyiaQqfG0
赤座さんは本当に嬉しそうに、それから少し寂しそうに笑ってそう言った。

私は「アドレス交換、しよっか」と持っていた携帯をもう一度開けた。



あかね「アドレス?」



ともこ「私たちもう、友達だから」



なんだかこんなことを言うのは気恥ずかしい。

そもそも、最初は友達になるつもりではなく付き合うつもりでこの子と話していたのに。

それでもだからこそ、赤座さんと話すのはこれっきりにしたくはないと思った。

校舎の奥のほうでチャイムが鳴っている。三年生だけでなく、部活で残っていた子たちもほとんどいなくなっていた。



あかね「……携帯、今日充電なくて」



ともこ「えっ」



あかね「だから家に帰ったら、私からメールしていい?」


11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:24:35.74 ID:hyiaQqfG0
ごめんねとあたふたする赤座さんがおかしくて、ここで拗ねるのもなんだかなあと

思ってしまった。

もちろん本当に拗ねるわけじゃないけど。



ともこ「そっか、ならアドレス、メモに書いとくね」



ごちゃごちゃした鞄から、さらにごちゃごちゃした筆箱を取り出してメモに自分の

アドレスを書いて渡した。よく見えずに、おまけに教室の窓を下敷きにして書いたから

すごく見にくい字になっているかもしれない。けどこれでメールが来なくても明日話しかける理由が

できるからと頭の中で計算し、敢えてちゃんと書き直さなかった。



あかね「ありがとう」



まるで初めて誰かにプレゼントを貰った小さな女の子みたいに、赤座さんは

大人びた外見にあどけない笑顔を見せた。


12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:25:50.98 ID:hyiaQqfG0


ちなつ「お姉ちゃん、また好きな人変わったの?」



ともこ「え、なんで?」



ちなつ「だってお姉ちゃん、最近つまらなさそうな顔してたのに今日は楽しそう」



じっと私の顔を眺めてくる妹のちなつから慌てて目を逸らす。

赤座さんと話せて少しいつもよりも帰りが楽しかったのは確かだ。

我が妹ながらちなつは鋭いから困ってしまう。まあ好きな人ではないのだけど。



ちなつ「あーあ、私も早く中学生になりたいなあ」



ともこ「恋がしたい?」



ちなつ「したい!それもとびっきりの、お姉ちゃんみたいに!」



ともこ「あ、そう……」



無邪気に言えるうちはいい。私なんてもう、そんなことを素直に言える歳ではなくなってしまったから。

私たちの家系は恋多き女が多いらしいけれど、実際本当に恋をしたことなんて一度だってない。

お互い本当の意味で好き合っていないのに付き合う関係があることも知ってしまっているから、

よけいになんだかむなしいわけだ。ちなつの中じゃまだ恋人=好きが成り立っているだろうから言わないでおくけど。


13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:26:27.33 ID:hyiaQqfG0
ともこ「ちなつは可愛いから大丈夫」



きらきら瞳を輝かせるちなつの頭を何度もよしよしと撫でる。

「もう、子供じゃないからそれはやめてってばー」

そんなことを言ってちなつは嫌がるけど。もっと小さい頃は素直に撫でさせてくれたのに。

ちなつも大人になっていく。もうすぐ入学する中学校で、本当に素敵な子に出会ってほしいと

思うのは、姉バカなんかじゃなくってきっと私と同じ気持ちを感じてほしくはないからだ。



―――――

 ―――――



ちなつがお風呂に入りに行くと、ようやく部屋に一人。

机の上に置いてあった携帯を、敷いた布団の上に寝転んで開けた。

新着メールは数件。その中に見慣れないアドレスのものは入っていなかった。



ともこ「……メール待ってるみたい」



ぽつりと呟いて、携帯を閉じる。

まるで赤座さんからのメールを、待ってるみたいだ私。


14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:27:26.85 ID:hyiaQqfG0
思えば赤座さんとは今日初めて話したようなもので。

いきなり「友達だから」とかは少し寒すぎたかもしれない。「好きだから」なんて

言ってしまえば大抵の子を落とせる自信はあるのに。



もういっそ、このまま寝てしまおうか。

電気も消さずに掛け布団を頭までかぶった。



視界が黒く遮られたから、その黒にちかちかと光が灯って一瞬驚いてしまった。

ディスプレイには見知らぬアドレス。



ともこ「赤座さん……?」



なんだかよくわからない単語が並んでいるアドレスだけど、それが少し赤座さんっぽいなと

思った。もちろん、赤座さんだといいなという気持ちが強かっただけなのだろうけど。

なんとなく逸る気持ちでメールを開ける。



件名には『赤座あかねです』と可愛い絵文字と共に書いてあった。

案の定というか、ほっとしたというか。


16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:28:22.25 ID:hyiaQqfG0
『早速メールしちゃった。これからよろしくね、吉川さん』



内容はシンプルだけど、意外にも顔文字が多用されていた。

ついでというように最後のほうに電話番号も書き添えられてある。

アドレスと電話番号をアドレス帳に登録して、私はほうっと溜息を吐いた。



なんというか、本当に今までないタイプの子。

この子と一緒に残りの高校生活を過ごせたら、すごく楽しくなりそうな気がした。

最後の半年間の目標は赤座さんを落とすこと、でも悪くないかもしれない。

けれどそんなことを考えるとやっぱりまた寂しくなってくる。私は今登録したばかりの

電話番号に、少し躊躇いつつも通話ボタンを押してみた。



ともこ「でるわけないかなあ」



向こうはこちらの番号を知らないのだし、赤座さんって知らない番号には

出なさそうだし。あと数秒後の呼び出し音で誰も出なければ切ろうと思ったとき、

『はい』と控えめな声が聞こえた。


19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:30:20.71 ID:hyiaQqfG0
ともこ「あ、えっと、私」



あかね『吉川さん?』



名乗る前に、先を越されてしまった。

いつのまにか布団から起き上がって正座をしてしまっていた自分に気付いて少し

恥ずかしくなった。



ともこ「どうしてわかったの?」



あかね『ふふっ、なんとなくかなぁ。電話番号書いておいたら電話くれるかなって

    少し期待もしてたから』



赤座さんも私に負けず劣らず策士なのかもしれない。

いつもは引っ掛ける側なのに、たまにはまんまと引っ掛かる側も悪くないかなと思った。


20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:30:52.81 ID:hyiaQqfG0
あかね『電話してくれてありがとう』



ともこ「あっ、うん……」



けどあまりにも真直ぐにお礼を言われたから、やっぱり引っ掛からなくても

良かったかもなんてことも思って。

電話をしただけでこんなふうに喜んでくれる人がいるなんて思わなかった。



ともこ「赤座さんってすごく素直よね……」



あかね『そう?』



ともこ「素直だなって私は思うなあ、少なくとも私は捻くれちゃってるから」



あかね『吉川さん、捻くれてなんかないよ。私はまだ吉川さんのことをよく知らないけど、

    きっと吉川さんはとっても優しい人だって思うわ』



他の人に言われればなにも知らないくせに、なんて思ってしまうのに、赤座さんに

言われてしまえば不思議とそんな気分にはならなかった。


22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:36:36.23 ID:hyiaQqfG0
ともこ「……そうかな」



あかね『きっとそうだよ』



根拠も無い言葉なのに。

なら信じちゃおうかな。

そう言うと、赤座さんは電話の向こうで『信じて』と言って明るい笑いを漏らした。



電話でぽつりぽつりとお互いのことを話しながら、赤座さんと私は正反対なのかなと

思い始めた。

正反対なのに、話すのが苦にならない。



ともこ「そういえば、明日はまた自習だったっけ」



あかね『たぶんそうだったと思うな』



そんな学校の授業についてだったり、先生の噂についてだったりしたけど、

私にとっては誰かとこんな話をするのはすごく新鮮に感じた。


23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:40:32.23 ID:hyiaQqfG0
ちなつ「お姉ちゃん」



カチャリと音をさせてちなつが部屋を覗くまで、話は止まらなかった。

途切れ途切れでも、なんとなく電話を切れなくてそのままずるずると話し込んでいた。

ちなつは私が電話しているのを見ると、「お風呂あいたよ」と小声で伝えてきた。

察しがいいのは誰に似たんだろう、私かな。



けど、赤座さんも随分と察しが良かった。



あかね『もしかしてもう切ったほうがいい?』



ともこ「えっ……」



あかね『誰かの声、聞こえたから……』



ともこ「あ、うん……お風呂あいたって」



あかね『じゃあ切ったほうがいいかな』


25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:44:44.97 ID:hyiaQqfG0
私は「うん……」と曖昧に頷いた。

時計はもう既に夜の12時前を指していて、そろそろ入らなければ怒った親に

お湯を流されてしまう。



ともこ「ごめんね」



あかね『ううん、私こそ長い間話しちゃってごめんなさい』



ともこ「……それじゃあ」



苦し紛れに声を出す。

私は別れ文句が苦手だった。赤座さん相手でもそれは変わらなかった。

なんと言って電話を切ればいいのか図り損ねて。



あかね『また明日』



そんな声がして、私は「うん」と反射的に答えていた。

電話が切れる。

あぁ、そうかと思った。赤座さんには、また明日と言ってしまえばいいんだ。


27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:49:09.18 ID:hyiaQqfG0
私が電話を切るときや、別れるとき必ず何を言えばいいかわからなくなる。

それはたとえば、次の日にはもう会わないかもしれない人や、話さない相手だったり

するから。

なんと言って手を振ればいいのか、わからなくなる。



今まで付き合ってきた女の子たちの中で、また明日と言ってくれる子は

少なかったし、私も自分からそう言ったことはなかった。いつ終わっても仕方無い関係だから、

「じゃあね」だけで終わっていた。



ともこ「……またあした」



なんだか、おかしな響きだと思う。

だけどまた絶対に話せるという、どんな言葉よりも確かな約束だ。

赤座さんとは、また明日も話せるんだ。

私はそう思いながら、携帯をぱたんと閉じた。


28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:53:04.35 ID:hyiaQqfG0


次の朝、学校へ着くとクラスメイトの姿はほとんどなかった。

時期が時期なだけに、皆家で勉強しているか、早く学校に来ても図書室や自習室にでも

行っているのだろう。



ともこ「……退屈」



私はとりあえず自分の席に座りながら呟いた。

数人の一年生や二年生の声が聞こえる。朝練の途中らしかった。

その声を聞きながら少しうつらうつらとする。



たまたまいつもより早起きしたからといって、

早めに学校に来ようと思わなきゃよかった。



そんなことを考えながら。


30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 17:56:24.32 ID:hyiaQqfG0










ともこ「!?」













だから、ポケットの中で突然携帯が震えたとき私は思わず飛び上がりそうに

なってしまった。


31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 18:00:46.86 ID:hyiaQqfG0
慌ててポケットを探っていると、ぷっと誰かが噴き出した声が聞こえた。

取り出した携帯のディスプレイに映る名前は赤座あかね。

後ろを振り向くと、教室の開けっ放しだった扉の傍にちょうどその名前を持つ女の子が

立っていた。



ともこ「……」



あかね「……くくっ」



赤座さんはおかしそうに携帯を開けたまま声を出さずに笑い続けて。

「……あの、赤座さん?」

私が声をかけると、ようやく笑うのを止めてくれた。


33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 18:03:45.16 ID:hyiaQqfG0
あかね「……ごめんなさい、ついっ……」



それでもまだおかしそうに、笑いすぎて出た涙を拭いながら赤座さんが言う。

吉川さんの驚いてるとこが面白くって。

私は「もう」と溜息。そのまま机に突っ伏した。



恥ずかしいし笑われちゃうし。



あかね「怒った?」



ともこ「……怒ってないけど」



あかね「良かった」



そっと目を上へ向けると、いつのまにか赤座さんは隣に来てにこにこと

私に笑いかけていた。


34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 18:08:38.09 ID:hyiaQqfG0
あかね「あのね、教室に入ってみると吉川さんが一人でうとうとしてたから」



ともこ「驚かそうとしたの?」



あかね「えぇ」



してやったり、というように赤座さんが満足げに頷いた。

赤座さんって、もしかして思っていたより子供っぽいのかもしれない。

そう思うと、ますます赤座さんのことがよくわからなくなって、でももっと

近付いてみたいとも思った。



あかね「目、覚めた?」



ともこ「うん、覚めちゃった」



私は軽く欠伸をしながら、携帯をマナーモードからサイレントモードに切り替えた。

これでもう赤座さんのいたずらには引っ掛からない。

赤座さんが嬉しそうに笑うのを見て、一瞬またマナーモードにしておこうかとも

思ったけど。


36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 18:14:05.97 ID:hyiaQqfG0
ともこ「……赤座さん、来るのはやいね」



そう?と赤座さんは首を傾げながら、前の席に腰を下ろした。

鞄は持っていないから、私よりも早く来ていたのだろう。

そっと赤座さんの机に目を向けると、鞄がきちんと横にかけられていた。



ともこ「いつもこの時間に来てるの?」



あかね「えぇ、いつも」



お花のお水、替えなきゃいけないから。

赤座さんはそう言いながら、窓際に飾られている一本の花を指差した。

あんなところに花が飾られていることすら、私は今まで知らなかったのに。


37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 18:18:00.56 ID:hyiaQqfG0
赤座さんがいい子いい子と言われている理由が、よくわかった気がする。

私は「すごいね……」と呟いた。



あかね「すごい?」



ともこ「だって、誰もそんなこと気付かないのに」



あかね「気付いてくれる人がいなくても、お花が枯れちゃうのは嫌だもん」



不思議な子だなあ。

やっぱり私はそう思った。

なにが不思議なのかはわからないけど。



悲しそうに伏せられた瞳だったり、俯いた横顔だったり、薄く開いた窓から吹き込んでくる

風にさらさら揺れる長い髪だったり。

そんなものをじっと見詰めながら、私はその時初めてちゃんと、この子ともっと仲良くなりたいと

思った。


39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 18:22:44.56 ID:hyiaQqfG0
ともこ「赤座さん」



あかね「うん?」



赤座さんが顔を上げる。

私は真直ぐ視線を向けてくる赤座さんからつい目を逸らしながら、「明日から」

と小さな声で言った。



あかね「明日から?」



ともこ「私も、早めに来て手伝おうかな」



赤座さんはなにを?とは訊ねずに、「うん」と嬉しそうに笑ってくれた。

なんだか照れ臭くて、その朝はまともに赤座さんを見ることができなかった。


50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 19:12:53.77 ID:LjbbJKfh0


次の日から、私は言葉通り普段より一本はやい電車を使って、ほとんど誰もいない

教室で赤座さんを待つようになった。

待つとはいっても時には赤座さんが早かったり、私のすぐ後に来たりしていたから

とても待っていた、とはいえないのだけど。



電話もメールも、たぶん誰よりも多い回数するようになっていたと思う。

赤座さんを落とすなんてことは既にどうでもよくなっていて、もっともっと、赤座さんと

話していたいと、本気でそう思うようになっていた。



ともこ「……あれ?」



今日も赤座さんを待つために、早い電車に乗り込んだときだった。

何気なしに開けた携帯。

見慣れないアドレスからメールが届いていた。


52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 19:16:47.49 ID:LjbbJKfh0
ともこ「……」



開けるかどうか迷った。

迷った末に、私は放置。

放置というよりも、あまりに眠かったせいで何も見る気が起きなかったのだ。

赤座さんからのメールだったらともかく。



私は大勢の人に埋もれそうになりながら大きく欠伸をすると、うとうとと

電車の揺れに身を任せた。


54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 19:22:08.53 ID:LjbbJKfh0
―――――

 ―――――



ともこ「……もうそろそろ受験シーズンって感じになってきたね」



あかね「そうねー」



赤座さんはせかせかと花瓶の水を替えながら、相槌を打つ。

私たち以外誰もいない教室はよそよそしくて寒々しい。

冬休みが近付くにつれて、これまで置いてあった鞄の数も少なくなってきていた。



ともこ「今日は何人くらいが学校来るんだろうね」



あかね「うーん……」



ともこ「赤座さんは」



ようやく、赤座さんは「え?」とこちらに顔を向けた。

私は一瞬躊躇ったあと、「赤座さんは勉強、いいの?」と訊ねた。


56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 19:25:06.40 ID:LjbbJKfh0
そういえば私は、赤座さんの進路をまったくといっていいほど知らなくて。

距離を詰めることで精一杯だった。

お互い踏み込んだ話だって、まだきちんとはしたことがない。だからなんとなく、

進路についても聞きそびれていた。



あかね「……あぁ」



きょとんとしたような表情だった赤座さんは、何秒か後に納得したように頷いた。

「平気」と言っていつものように笑う。



ともこ「赤座さんももう推薦もらってたりするの?」



いくらまったく話していなかったとはいえ、クラスメイトの進学先について

何も知らなかった自分が嫌になる。


58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 19:30:44.52 ID:LjbbJKfh0
考えてみれば最近の赤座さんはずっと私と一緒にいるし、焦って勉強している様子は

まったくない。



あかね「えっと」



ともこ「違うの?」



あかね「推薦なのは、推薦だけど」



言い難そうに赤座さんが言って、私はそれ以上聞いちゃいけない気がして「そっか」と

相槌を打った。

赤座さんが「えぇ」と頷いた。


59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 19:38:04.51 ID:LjbbJKfh0
――――― ――

この世で友達か恋人、必ずどちらかの関係で割り切らなくてはいけないのだったら、

赤座さんは間違いなく私の友達だ。

今までの誰よりも、私は彼女と親密になりたいと思う。

実際既にもう、今までの誰とも比較できないくらい、赤座さんと仲良くなれた。



けれど、それでも私たちが友達なのは、本当にそれだけだからだ。

私たちの間には、特別な空気がなかった。

赤座さんにとって、きっと私はただの仲のいい友達で。



それでも、私たちが隣にいられることには間違いない。

だから私は、それでよかった。



それでよかったはずだった。


65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 20:11:34.95 ID:LjbbJKfh0
未開メールに気付いたのは、数日後の夜だった。



ともこ「……あ、そういえば」



布団の上で携帯をぽちぽちといじりながら、私はふと思い出して受信履歴を

さかのぼる。

受信履歴はほとんどが赤座さんの名前ばかりで、つい笑ってしまう。

笑ったあとで、すぐに笑えなくなってしまった。



そのメールはすぐに見付かった。

開ける。件名はなし。ただ、本文にその名前だけ。



大室撫子。


67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 20:18:41.47 ID:LjbbJKfh0
ともこ「……大室さん?」



きょとんと呟いたあとに、そういえばと思い出した。

中学生の頃、同じ部活の後輩だった大室さんだ。

たぶんアドレス変更のメールなのだろう、アドレス帳で大室さんの名前を探すと

案の定、消さずに置いてあった昔のアドレス。



この一年ほどまったく連絡取り合ってなかったのにな。

それでもちゃんと送ってきてくれたのは嬉しい。

相変わらず赤座さんと違って、そっけない文面だけれども。



なんて。

いつのまにか比較対象は赤座さんで、つい苦笑を漏らした。


68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 20:25:12.30 ID:LjbbJKfh0
私は考えるのをやめて、返信ボタンを押した。

久し振りに、メールを返してみようと思ったのだ。ほんの気紛れ。



『件名:Re:

 本文:お久し振りです。今さらメール返してごめんね。アドレス変更しといたよ』



それを送信しながら、大室さんってどんな子だったっけと記憶を探った。

なんでもかんでも真面目だった気がする。

ちなつと同い年になる妹もいたんだったかな。



送信完了の文字が見えて、私は携帯を閉じた。

すぐにメールの返信が来ないことを知っていたから。赤座さんからのメールは、

夕方から止めたままだった。


70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 20:31:59.08 ID:LjbbJKfh0
お風呂から上がったあと、暗い部屋に戻ると携帯がちかちか光っているのが見えた。

一瞬赤座さんから電話でもきたのかと思って身構えた私だったけど、どうやら

違うみたいだった。



『大室撫子』という名前が見えた。



ともこ「……こないと思ってた」



ぽつりと呟いたあと、メールを開ける。

やっぱり内容は至ってシンプルだった。



『件名:Re:RE:

 本文:ありがとうございます』



もう少しなにか付け足してくれてもいいのになあ。

一応、大室さんの憧れの先輩だったんだから。


74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 20:51:04.61 ID:LjbbJKfh0
『件名:Re:

 本文:たまには遊ぼうね』



とりあえずそう返しておくことにする。

返信は、意外にもその数分後だった。



『件名:RE:

 本文:なら今週の土曜日駅前』



ともこ「……」



あまりに唐突だから、一体何が書いてあるのかわからなかった。

けどたぶん、たまには遊ぼうねの返事なのだろう。

私は迷って、それから一瞬赤座さんのことが頭によぎったけど、『わかった』と返信した。


82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 21:25:36.75 ID:LjbbJKfh0


赤座さんと、ケンカしたわけじゃない。

ただ私が、なんとなく赤座さんと一緒にいられなくなっただけだった。



赤座さんの進学先を聞いた。

赤座さん本人からではなく、他の友達から、聞いた。

知らなかった私も悪いけど、どうしてあのとき、赤座さんはなにも言ってくれなかったのか

わからなかった。



大して遠い場所なわけでもなかった。

ここからでも充分に通える範囲の大学。私とは、違う学校だけれど。

遠くへ行ってしまうわけでもない。

なのに、赤座さんが言ってくれなかったことが私にとってはショックだった。


85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 21:38:28.86 ID:LjbbJKfh0
もしかして高校を卒業してしまったらもう会うつもりはないんじゃないのかとか、

そんなことを考えた。

それから、嫌われるようなことをしてしまったのかもとかそんなことをとりとめもなく

考えた。



朝、赤座さんを待つ教室も、白い息を吐きながら教室に入ってくる赤座さんも、

帰る時の赤座さんの笑顔も全部、白々しいものに見えて仕方が無かった。

私は、私に何も話してくれない赤座さんが、私を信用してくれていないんじゃないかと

思った。吉川さんはちゃんと話を聞いてくれるねと笑ってくれていたのに。



なんとなく、うまく赤座さんと話せないまま週末になった。


91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:07:42.10 ID:LjbbJKfh0
―――――

 ―――――



撫子「……」



面倒臭そうな顔をしながら単語帳のページをめくる大室さんの姿を見つけた。

久し振りに見る彼女の雰囲気は変わらずとも、背はだいぶ伸び昔以上に凛々しく

(と言ったら本人は怒るだろうけど)なっているように見えた。



ともこ「……」



無言で近付いた。

あのメールの後すぐに、昼の一時からと付け足されたメールが送られてきた。珍しく早く

返って来たメールだったから、もしかしたらあまりに急いで大事なことを書き忘れて

いたのだろう。



学校の帰りなのかもしれない。

大室さんは制服のままばっと振り向いた。


94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:12:51.49 ID:LjbbJKfh0
撫子「……なにやってるんですか」



ともこ「……驚かせようかと思って」



大室さんは単語帳を閉じると、

あからさまに迷惑そうな顔をして足元にあった鞄に仕舞った。

大室さんって、いつもこんな顔してるのよね。とっつきにくいと言われてもいたけど、

私はそんなこの子を結構気に入っていたりした。



撫子「バカなことはやめてください見られて恥ずかしいし」



大室さんはそう言いながら、鞄を肩にかけて腰掛けていたベンチから立ち上がった。

背丈が同じくらいなことに驚いた。小さいことを気にしてたはずなのに。

一部成長してないとこもあるけど。


95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:15:27.81 ID:LjbbJKfh0
ともこ「それで、どこ行くの?」



胸から視線を逸らして、私は先に歩き始めた大室さんに訊ねた。

大室さんが「え」というように立ち止まって私を振り向く。



撫子「……考えてないの?」



ともこ「え?」



今度は私が固まる番だ。

遊ぼうねとは言ったけど、誘ってきたのは大室さんのほうじゃないの。

大室さんはやっぱり迷惑そうに溜息を吐いた。



撫子「……何かあったからあんなメール、送ってきたのかと思ったのに」


102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:36:39.14 ID:LjbbJKfh0
ともこ「……」



私はすっかり黙り込むと、立ち止まった大室さんの隣まで歩いた。

確かに、言われて見れば何かあったからあんなことを書いたのかもしれない。

大室さんもたぶん、それをわかっているから。



思えば一度も大室さんを誘ったことはなかった。

中学生の頃から、私がひっきりなしに誰かと付き合っていたわけじゃないけれど、

高校に入学したばかりの頃から誰彼かまわずに付き合うようになって。

もちろん、高校の違う友達や、中学校の後輩や先輩まで色々だった。

だから噂もなんとなく広まるし、大室さんだって私の噂を知っていたのだろう。



立ち止まったままの大室さんの腕を引きながら、私はぽつりと「期待した?」と

訊ねてみた。


104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:38:48.69 ID:LjbbJKfh0
撫子「……するわけないし」



ともこ「口悪いなあ」



撫子「元々です」



それもそうだ、と笑いながらようやく大室さんがちゃんと歩いてくれるようになったので

手を離した。

手を離すと、大室さんは少しだけ残念そうにした。



ともこ「……」



撫子「……」



ともこ「……」



撫子「目的地は?」



わからない、と私は答えた。

わからずに、私たちはなんとなく歩き続ける。


106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:43:22.85 ID:LjbbJKfh0
大室さんは最初は嫌そうにしながらも、それでも私の隣を一緒に歩いてくれた。

口が悪くてもいつも不機嫌そうでもなんだかんだいいながらいい子なんだと思う。

赤座さんはどこからどう見てもいい子だけど、大室さんはいい子に見えないいい子。

正反対だなあ、と思った。



ともこ「歩き疲れちゃった」



撫子「全然」



ともこ「運動不足かな……」



撫子「でしょうね」



ともこ「もうちょっとフォローしてくれてもいいんじゃない?」



ぷいっと大室さんが顔を逸らす。

私は小さく笑いながら、近くにあった自動販売機でペットボトルのジュースを二本買って

一本を大室さんに手渡した。


107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:45:59.45 ID:LjbbJKfh0
撫子「今、お金ないんだけど」



ともこ「奢りでいいって」



撫子「ならいただきます」



お金を払わずにいいとわかると、大室さんはなんの躊躇いもなくペットボトルを

受取った。

まあいいんだけど。



ともこ「お茶のほうがよかった?」



撫子「元茶道部だし」



ともこ「でもペットボトルのお茶って不味いのよね」



撫子「先輩の淹れたお茶よりはマシだと思う」


109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:50:16.66 ID:LjbbJKfh0
ぽつりぽつりと話しながら、蓋を開けて冷たいジュースを喉に流し込んだ。

もうすっかり寒くなってきていて、頭の芯までじんっと冷たくなった。



ともこ「私の、そんなに不味かったかしら……」



撫子「……」



大室さんは答えなかった。

また一人先に立って、歩き始める。

その背中は怒っているようにも見えたし、もっと別の、たとえば恥ずかしそうなとか、

今にも泣き出しそうなとか、そんなふうにも見えた。



久し振りに見るはずの背中は、昔部室で見ていた背中と何ら変わり無いと思った。

私はその背中に声をかけた。



ともこ「私のお茶、不味かったのにどうして私のことが好きだったの?」


112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 22:57:35.16 ID:LjbbJKfh0
言葉にしてみて、どうして私が大室さんだけは一度も誘ったことがなかったのか、

わかった気がした。

はっきり好きと言われたわけじゃない。だからよくわからないけど、向けられている気持ちは

確かにその類だということはわかっていた。本物だということがわかっていたからこそ、

私は怖かったのだ。



軽い気持ち同士だから、簡単に「付き合ってみる?」なんて言えてしまう。

向けられている気持ちが重いものなのなら、私は受け止められる気がしなかった。



撫子「好きじゃないし」



一瞬揺らいだ背中。

けれど、その後すぐにいつもの不機嫌そうな顔で大室さんは振り向いた。

それで少しほっとした。



ともこ「そう」



撫子「……」


114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:02:17.25 ID:LjbbJKfh0
ともこ「なら付き合ってみる?」



私はまたぽつり、と言った。

大室さんは何も言わなかった。



ともこ「……」



撫子「……」



ともこ「ごめん、嘘」



大室さんが大きく息を吐いた。

ずっと息を止めていたんじゃないかと思うほど、長く深い息を吐いた。


116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:04:19.53 ID:LjbbJKfh0
撫子「……やな嘘」



ともこ「ごめん」



撫子「ぞっとしたし」



ともこ「そこまでだった?」



こくりと小さな子供のように大室さんは頷いた。

ひどいなあ、と私は笑ってみせた。





撫子「どうせ誰かの代わりなんだし」





118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:09:29.67 ID:LjbbJKfh0
私よりももっとぽつりと、大室さんはそんな言葉を漏らした。

私はそっと、大室さんから目を逸らした。



ともこ「……」



撫子「いい加減、大人になったほうがいいよ」



後輩のはずの大室さんは、私よりももっと大人だった。

私のことも、ちゃんとわかっていた。

わかっていて、敢えてそんなふうに言ってくれた大室さんに、ありがとうと

言わなきゃいけない。でも、声が出なかった。



撫子「……好きな人が絶対隣にいてくれるわけじゃないって、知ってください」


122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:14:07.14 ID:LjbbJKfh0
最後に大室さんはそう言うと、「じゃ」と言って背を向けた。

また明日も、また今度もなかった。

大室さんともこうして別れなきゃいけないのかと思うと、なんとなく寂しくなった。







ちなつ「お姉ちゃん、最近元気ないね」



家に帰ると、待ち構えていたようにちなつが部屋から飛び出してきた。

「そう?」と首を傾げて見せると、「私にはわかるよ!」と真剣な顔をして

言った。



ちなつ「振られたの?」



ともこ「うーん……振られたのかなあ」



曖昧な答え。

今度はちなつが「なにそれ」と首を傾げた。


123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:19:12.16 ID:LjbbJKfh0
私もわからない、と答えた。

ちなつが不満そうな声を上げるのを聞きながら、部屋に戻る。

電気も点けずに畳みの上に倒れこむようにして寝転んだ。



畳の匂いって好きだなぁと赤座さんが言っていたことを思い出した。

いつだっただろう、それはまったく思い出せないのだけど。

ただ、赤座さんとは一度も遊びに行ったことすらないことに気付いて。



携帯を取り出した。

着信が一件、赤座さんから。


124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:24:00.17 ID:LjbbJKfh0
きっと、昨日私の様子がおかしかったことに気付いて、そして気にしてくれているのだと

わかって。



私は躊躇いもせずに通話ボタンを押した。

呼び出し音の二回目で、カチャッと音がして赤座さんの声。



あかね『吉川さん?』



ともこ「……うん、私」



あかね『……さっき電話しても出ないからどうしたのかなって思ってた』



昨日も少し、様子が変だったから。

本当に赤座さんは私のことを、というよりきっと、誰かのことをきちんと

見ているんだなと思った。



ともこ「ごめんね」



あかね『いいけど、どうかした?』


134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:49:59.59 ID:LjbbJKfh0
私はううんと首を振った。

見えないだろうけど、声には出さず首を振った。



今のこの気持ちは、どうしたって伝わらない気がする。

自分でも、よくわかっていないから。

ただ、わかっているとすれば私は大人なんかじゃない、ずっとずっと子供のままだったってことで。



一人になるのが怖かった。

誰かが好きでいてくれるという満足感と、誰かを好きだといえる充実感が

私を満たしていた。私を安心させていた。だから私は誰かに隣にいてほしかった。



ともこ「……ねえ、赤座さん」



けど、赤座さんとは。

赤座さんとは、友達でいたいと思っていた。友達でいいと思えた。


135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:54:56.50 ID:LjbbJKfh0
それはでも、赤座さんの気持ちを聞くのが怖かったからだ。

大室さんの声が蘇る。

「好きな人が絶対隣にいてくれるわけじゃないって、知ってください」

その言葉が、胸を刺す。それで私はもしかして、赤座さんのことが好きなのかも

しれないと思った。



あかね『……ごめんなさい』



突然、赤座さんは言った。

私は喉まででかかった言葉を飲み込んで、「なんで?」と呟くように訊ねた。



あかね『え?大学のことじゃないの?』



ともこ「えっと……」



確かにきっかけは、赤座さんがどうしてどこに行くか伝えてくれなかったんだろうと

ぐらぐだ悩んでたことだったのだけど。

相変わらず、赤座さんは察しがいいなあなんて考えて。


136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/11(金) 23:59:12.59 ID:LjbbJKfh0
あかね『聞かれたとき答えなかったこと、怒ってるのかなって』



ともこ「別に、怒ってるわけじゃないよ」



あかね『そっか……』



怒ってるわけじゃないけど、ただ悲しくて寂しかっただけだ。

信用されてないんじゃないかなんて思って。

私のわがままな気持ち。



あかね『……せっかくお友達になれたのに、大学違うって言ったら離れちゃうのかなって

    思って言えなかったの』



ぽつりと赤座さんが言った。

私は畳みに伏せていた顔を上げて、「え?」と聞き返す。


139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/12(土) 00:07:15.95 ID:O44bu0ZH0
あかね『吉川さんはたくさん友達がいるし、だからこのまま疎遠になっちゃうのかなって』



ともこ「……そんなことないよ」



途切れがちに答えた。

赤座さんは『そっか』と笑った。



隣にいるのが嫌なわけじゃないのかな。

そう思うと、単純な私は途端に嬉しくなって、飛び起きた。



ともこ「そんなこと、ないよ」



あかね『えぇ』



ともこ「私は赤座さんの傍から離れたくないよ」



小さな声で言ったから、赤座さんに届いたかどうかはわからない。

だから私は心の中で繰り返した。

私は赤座さんの隣にいたい。

ただの友達としてでも、赤座さんの隣にいたいと思った。


142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/12(土) 00:14:29.60 ID:O44bu0ZH0
あかね『……良かった』



私の声はきっと、届いていない。

けれど赤座さんはそう言って笑ってくれた。

だから、届いていたとしても届いていなかったとしても、どちらでもいいと思った。



赤座さんの声を聞けることだけでも嬉しいと思う。

赤座さんの話を聞くのなら、何時間だって聞けてしまう。

付き合うとか、そういうのなんて形だけでしかないのだと私はその時初めて悟った。



友達として誰かの傍にいられるだけでも、こんなにも幸せなことだなんて

考えても見なかった。



あかね『吉川さん、それで前話してた冬休みのことなんだけど』



赤座さんの声を聞きながら、だけど、とも思う。

いつか赤座さんの隣を誰より特別な相手としていられるようになれたらいいなとも思う。

ただ今は、欲張らない。



ゆっくりゆっくりでも構わない。

初めてそんなことを考えた自分に驚いて、そんな自分自身に私は笑ってしまった。



終わり


引用元: ともこ「そろそろ新しい子と付き合おうかなあ」