1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) 2011/06/09(木) 22:56:52.96 ID:PJ1iyNHn0
「あ~もう、どうしたらいいんだろ……」
私は悩んでいた。
かれこれ1時間はベッドの上でこうやって呻いている。
それもこれもただ一つ。
「……ムギ先輩に会いたい」
その悩みが解決しないからだ。
――――
梓x紬シリアスです。
書き溜めを確認・修正しながらの投下となります。
アンダーグラフ「hana-bira」をモチーフに作りました。
youtubeで検索しても出てきませんが……。
温かい目で見ていただければありがたいです。
私は悩んでいた。
かれこれ1時間はベッドの上でこうやって呻いている。
それもこれもただ一つ。
「……ムギ先輩に会いたい」
その悩みが解決しないからだ。
――――
梓x紬シリアスです。
書き溜めを確認・修正しながらの投下となります。
アンダーグラフ「hana-bira」をモチーフに作りました。
youtubeで検索しても出てきませんが……。
温かい目で見ていただければありがたいです。
2: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:00:53.08 ID:PJ1iyNHn0
夏休みも半分を過ぎて、間もなく先輩たちは夏期講習が始まる。
毎日のように図書館で勉強をしてるのを考えると、邪魔しちゃいけない。
だから私は、自分からは連絡せずに先輩からの呼び出しや集合のメールを待つだけの身になっていた。
頑張っている先輩たちの邪魔にならない為に、私は自分を抑える必要が有ったのだ。
夏フェスに、パスポートの申請に、会える時に会って満足しているつもりだった。
『ウヒヒ~、金よこせ~』ダキッ
「あの時のムギ先輩、良い匂いだったなぁ……」
反芻する。でもその後には溜息。空しくなる。
3: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:02:05.95 ID:PJ1iyNHn0
一昨日、憂と純と行ったプールの帰り、図書館帰りの先輩たちと偶然会ったのがいけなかった。
初めは嬉しかった。
『偶然』ムギ先輩と会えた。
パスポートを申請してから先、先輩たちと会って別れた時は必ず『次会えるのは始業式』と思い込む様にしていた。
そう思い込む事で、9月になれば会えるからと我慢できていた。
でも『偶然』会ってしまった。
「……その所為でこれだもんなぁ」
期待してしまうんだ、二度目の『偶然』に。
4: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:03:17.88 ID:PJ1iyNHn0
『二度ある事は三度ある』という。
もう一度『偶然』会う事が出来たら、その後もう一回会えるんだ。
そんな言葉遊びを理由にしてまで、今日一日『偶然』を探して街をふらついてみた。
結局、律先輩が弟と買い物をしてるのを見かけただけだった。
「そりゃ、一言『遊びませんか?』ってメールすれば良いだけなんだけど……」
『偶然』を待つ事に疲れて、自身への抑制を外してまで『必然』を作ろうとしている。
でももし送ったとしても、一度断られたらもう誘う事も出来ない。
「そんな何度もメールしちゃ、先輩の事考えてないのと同じだもんね」
その一度しか無いだろうチャンスに、怖くて手を出す事も出来ない。
邪魔だとかそんな風に思う人じゃ無いって分かってるけど。
5: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:04:13.44 ID:PJ1iyNHn0
「私に合わさせちゃ駄目だ」
きっとムギ先輩の事だから、多少の無理をしてでも遊んでくれるだろう。
『実はこの夏祭りの為に、ひと足早く帰国したの。今度こそ焼そばが食べたくって』
そんな事を言って、焼そば屋さんに突貫していった先輩を思い出す。
「あの無邪気さが可愛いんだよね」
持ってるケータイは30分以上、メールを送信する直前で止まっている。
「『今度ムギ先輩がお暇な時に、気分転換にでも遊びませんか?』……文章おかしくないかな?」
送ろうか送るまいか、文章を考え直そうか。
思考を巡らせながら両手を上に上げて背を伸ばす。
と、同時に持っていたケータイが高らかに鳴り響いた。
6: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:05:30.36 ID:PJ1iyNHn0
「ん?え!?ムギ先輩?」
『着信 ムギ先輩』の文字に驚くも、急いで受話ボタンを押す。
「こんばんはムギ先輩」
何とか平静を保ちながら、電話に出る。
「こんばんは梓ちゃん。今大丈夫?」
ムギ先輩のいつものおっとりした声が聞こえる。
「はい!全然大丈夫ですよ!何かご用でしょうか?」
「あのね、週末にまた花火大会が有るの、知ってる?」
花火大会?そういえば今日寄った商店街にポスターが貼ってあった様な。
「あぁ~、神社で有るやつですか?」
「そうそう!それ~。でね、一緒に見に行かない?」
7: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:06:35.43 ID:PJ1iyNHn0
「え?でも週末って夏期講習始まってるんじゃ……」
「そうなの。だから皆には行かないって言われちゃって」
「まぁ……そうでしょうね」
特に二名、危ない人が居るし。
「だからね、二人でっていう事になっちゃうんだけどぉ……」
「二人で!?」
二人きりで!?
「やっぱり……嫌?」
「いえいえいえいえ!行きましょう!是非!」
そんなチャンス逃すわけにはいけない!
「ホントに!?」
「はい!ムギ先輩と二人で遊ぶとか、私楽しみです!」
「そう言ってくれると嬉しいわ~、ありがと~」
8: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:08:02.31 ID:PJ1iyNHn0
「いえ、そんな。じゃあどうしましょう?」
「それがね、神社に縁日も出るらしいの」
「じゃあ早めに行きましょうよ」
「そうね……5時に神社集合で良い?」
「はい、分かりました」
「あ、そうだ」
話がまとまった所で、ムギ先輩が思い出した様に言った。
「はい?」
「皆には内緒ね?」
「へ?」
「ほら、勉強しないといけないのに遊びに行っちゃダメでしょ?」
「そっか、皆さんに花火の話しちゃってるから」
「そうなの。私も行かない事になってるの」
「そうなんですか?」
9: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:10:23.35 ID:PJ1iyNHn0
「澪ちゃんに怒られちゃって。『幾らムギでも流石にそれはマズくないか……?』って」
「アハハ……澪先輩なら言いそうです」
「でしょ?だからその時は『分かったわ』って言っちゃったの」
「え?嘘吐いたんですか?」
「いえ、その時は我慢しようと思ったのよ?だけどやっぱり我慢出来なくなっちゃって」
「はぁ……」
「だから、内緒ね?」
「分かりました、誰にも言いません」
「ありがと~。日曜日の事は、二人だけの秘密ね」
「二人だけの……秘密」
その言葉に、心臓が高鳴る。
「そ。じゃあ日曜日楽しみにしてるね」
「はい!私も楽しみにしてます」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「はい。ムギ先輩もおやすみなさい」
そう挨拶を交わして電話を切る。
11: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:12:25.42 ID:PJ1iyNHn0
「やった!やった!」
まさかムギ先輩の方から誘ってくれるなんて、こんな事ってないよ。
「どうしよ!どうしよ!」
電話してる時変じゃ無かったかな?おかしく思われなかったかな?
「どうしよ!これって……デート、だよね?」
二人で花火大会とか、最高じゃない?
「いやったー!」
バタン!
「梓!うるさいわよ!何時だと思ってるの!」
「あぁゴメン!そうだお母さん、浴衣有る?」
「有っても無い!おやすみ!」
バタン!
いけない、はしゃぎ過ぎた。浴衣は明日ちゃんと聞こう。
にしてもムギ先輩も、私と二人ででも行きたい位お祭りにハマっちゃったのかな。
まぁ折角だし、目一杯楽しんでもらわないと!
* * *
12: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:15:23.14 ID:PJ1iyNHn0
あっ、という間に日曜日。
今日の事ばっかり考えて何してたか覚えてないや。
午後4時、待ち合わせの一時間前。
私は既に神社の鳥居の前で、時間をつぶしていた。
前のお祭りでは急だったので着れなかった浴衣を着て、ムギ先輩を待っている。
家に居てもじっとしていられず、早すぎるとは思いながらもこんな早くから来てしまった。
さて、ムギ先輩が来るまでに落ち着いておかないと。
一つ大事な事は、今日はムギ先輩に私の気持ちを伝えない事。
これから受験まで、忙しい身の先輩にこれ以上負担をかけちゃいけないから。
「二人で一緒に遊べる後輩って、十分だよね」
――――
13: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:18:33.15 ID:PJ1iyNHn0
受験が終わって、バレンタインも過ぎちゃうけど、もし伝えるにしてもそこまでは我慢だ。
だから今日は、ムギ先輩にお祭りを楽しんでもらう事だけを考えていよう。
ギュっと拳に力を込めて、気合いを入れる。
「よし!……ん?」
前を見据えると同時に、視界が真っ暗になった。
「だ~れだ?」
後ろから、可愛い声。
「……おはようございますムギ先輩」
「せいか~い。おはよう梓ちゃん」
振り向くと満面の笑み。そして、
「浴衣……」
14: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:20:01.23 ID:PJ1iyNHn0
髪を上に結い、水色の生地に白い花の舞う落ち着いた雰囲気な浴衣を着た、ムギ先輩がいた。
見惚れてしまい、言葉が出ない。
ムギ先輩は私が固まってるのを見て、怪訝そうに言葉を出した。
「変……かな?」
自身の姿を確認しながら、くるりと回る。
いいえ、最高です。
「いえ、綺麗ですよムギ先輩。お似合いです、髪飾りも」
「ありがと。この花ね、花水木なの」
「そうなんですか。それが何か……」
「ん?梓ちゃんも可愛いわ~」
あれ?今話をはぐらかされた?
「可愛いと綺麗は違うと思いますが……」
「似合ってるから良いじゃない。その浴衣」
「変じゃないですか?」
私も真似して、くるりと回る。
15: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:22:01.51 ID:PJ1iyNHn0
「梓ちゃんらしくて良いと思うわよ?牡丹と金魚」
「ちょっと子供っぽいかなとも思うんですけど」
「何ていうかね、抱きつきたい感じ?」
「な!?……唯先輩みたいな事言わないで下さいよ」
いきなりそんな事言われちゃ、ドキっとしちゃうじゃないですか。
「駄目?」
上目使いでそんな事言われちゃ、断れない。
「……ちょっとだけですよ?」
「じゃあ失礼しま~す」
ふわりと、あの時の様に良い匂いがする。
ムギ先輩は私を引き寄せ、頭を抱える様に私を抱きしめた。
「唯ちゃんの気持ちも分かるわ~」
16: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:23:44.20 ID:PJ1iyNHn0
「そうなんですか?」
「だって、いつまでだってこうしてたいもの」
「……」
何かリアクションを取ればパッと離れてしまいそうで、目を閉じてただこの状態を味わう。
抱き返したくなる衝動を必死で抑える。
ムギ先輩を楽しませる。
私の気持ちに気付かれる様な事はしない。
今日はそう決めたんだ。
少しして、ムギ先輩の体が離れた。
「堪能させていただきました」
「いえ、どうも……」
満面の笑みを浮かべるムギ先輩。何だか恥ずかしくて、まっすぐ顔が見れない。
「それにしても、梓ちゃん早いわね」
「ムギ先輩こそ。まだ四時過ぎですよ?」
「梓ちゃんとお祭りに行けるって思ったら、じっとしてられなくって」
そんな嬉しい事言わないで下さいよ。期待しちゃうじゃないですか。
17: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:24:55.93 ID:PJ1iyNHn0
「私もです。昨日なんか楽しみで夜も眠れませんでしたよ」
「それは大袈裟よ~」
……本当なんですけどね。
「じゃあそろそろ行きましょう」
「そうですね」
「まずは何からかしら?焼そばにたこ焼きに、輪投げに射的に型抜きに……」
指折り数えながら、ムギ先輩が歩を進める。
「まぁまぁ、お祭りは逃げませんから落ち着いて下さい」
やっぱりお祭りが楽しみでしょうがなかったんだ。
「駄目よ梓ちゃん。遅すぎると売り切れちゃうのよ」
「まぁ、経験しましたしね」
「じゃあ行くわよ梓ちゃん!花火が始まるまでに制覇するわよ!」
早々と石段を駆け上がるムギ先輩。
「ちょっ、待って下さいよムギ先輩~」
置いて行かれない様に、私はその後ろ姿を慌てて追いかけた。
* * *
18: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:26:36.79 ID:PJ1iyNHn0
「梓ちゃん、お腹空いてる?」
「いえ、まだそれ程は」
石段を上り鳥居をくぐると、参道を挟んで様々な出店が並ぶ。
花火まで二時間以上有るのに、客の入りも多い。
ムギ先輩は忙しなく首を動かし、周りを見渡している。
きらきらと輝くその瞳は、まるで初めてお祭りを見た幼子の様だ。
「じゃあ~、まずはアレね!」
ビシッと指し示した方向に走り出す。向かう先には『射的』の文字。
19: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:29:14.40 ID:PJ1iyNHn0
「おじさま、二人分下さいな」
「あいよ!おっ、可愛らしい嬢ちゃん方だ。よぉし、一発サービスしちゃおう」
「ほんと!ありがとうございます~」
「どうも、ありがとうございます」
「いいって事よ。さ、どれでも狙っちゃいな」
イソイソと弾を込め、銃口を前に向ける。
一頻り標的を品定めしたムギ先輩が狙い定めたのは、玉の様に丸い猫のぬいぐるみだった。
「あの、猫?ですか?」
「えぇ。行くわよ~……えい!」
一発目、当たらず。
「あぁ、残念」
残りは4発。
20: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:31:31.09 ID:PJ1iyNHn0
「今度こそ!」
二発目、鼻に命中。
「やった!やったわ梓ちゃん!」
しかし猫は揺れただけで、落ちるまで至らなかった。
「あ~嬢ちゃん残念。落ちなかったなぁ」
「え!?当てただけじゃ駄目なの?」
ムギ先輩の残念そうな顔。ルールを把握してなかったんですね。
「大丈夫ですよ、ムギ先輩。後何発か当てたら落ちますから」
「そんな事したら、あの子がかわいそうじゃない?」
「あの子をゲットする為ですよ」
「……そうね、私頑張るわ!」
ぐっと拳を握り、次の弾を装填する。
21: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:34:16.30 ID:PJ1iyNHn0
三発目、四発目と当てる事は出来ても落下まではいかない。
「あと一発……」
コルクをじっと見つめるムギ先輩の喉が鳴る。
お祭りの遊び一つに、ここまで真剣に挑む人も珍しい。
「これで!」
上手い事、おでこに命中。
大きく猫が揺れる。けれどこれじゃあ落ちないだろう。
ならばと、私がもう一撃を叩きこんだ。
駄目押しをされた猫はそのまま、頭から逆さまに落下していった。
「……連続攻撃はなぁ……」
おじさんが訝しげな顔をしている。
22: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:35:50.41 ID:PJ1iyNHn0
「駄目、でしたか?」
さっきのムギ先輩に習って、上目使いで訴えてみる。
「まぁ……頑張ったし、良しとしようか」
「ありがとうございます!」
「梓ちゃん!」
声に振り向くとムギ先輩の顔、そのままガバッと抱きつかれた。
「え!は、いや」
「凄いわ梓ちゃん!」
まだ銃を持っている私の手をつかみ、ぴょんぴょん跳ねながら喜びを表現するムギ先輩。
「梓ちゃんかっこいい!」
又抱きつかれる。目まぐるしく変わる視界とムギ先輩に、ただただ流される。
最初に抱きつかれた瞬間から、頭の中がグチャグチャになってしまった。
「あぁ、ゴメンネ梓ちゃん。ちょっと興奮しすぎちゃった」
「いえ、むしろご褒美でした」
「え?」
23: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:37:39.89 ID:PJ1iyNHn0
「いえいえいえいえ。はい、ムギ先輩どうぞ」
おじさんから手渡された景品を、そのままムギ先輩に渡す。
「え?落としたのは梓ちゃんよ?」
「ムギ先輩の為に落としたんですから。どうぞ」
「そぉ?ありがとう」
この調子でムギ先輩も落としたいです。なんて言っちゃ駄目だよね。
「にしても、梓ちゃんナイスアシストだったわ」
「ムギ先輩の頑張りのおかげですよ」
「でもこれって」
「はい?」
「私達の、初めての共同作業よね」
言って、悪戯に笑う。
その言い回しじゃあまるで二人が……。
「梓ちゃん顔真っ赤~」
「もう!からかわないで下さいよ!」
「は~い。じゃあ梓ちゃん、次何行こうか?」
* * *
24: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:39:07.70 ID:PJ1iyNHn0
「満喫したわね~」
「楽しみましたねぇ」
あれから2時間、目に付く屋台全てを周り色々な事をした。
型抜きをしてお面を買って、たこ焼きを食べて金魚すくいをして、焼そばを食べてヨーヨーを釣って。
お小遣い前借りしておいて良かった。
私達は入口の石段に腰かけて、ムギ先輩は綿菓子を、私は射的で獲ったシガレットを口にして休んでいた。
「足疲れちゃった」
浴衣から出た足を擦りながらムギ先輩が呟く。
そのはみ出た生足に興奮を覚えそうになった私は、慌てて天を仰ぐ。
「何だかんだで、端から端まで動きまわりましたからね」
25: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:40:46.25 ID:PJ1iyNHn0
「にしても梓ちゃん、やっぱりネコミミが似合うわ~」
言いながら私の頭を撫でる。
くじ引きの当て物でネコミミを引き当てたムギ先輩は、当たり前の様に私の頭にセットしたのだ。
いつもなら払い除ける所だけど、ムギ先輩の喜ぶ顔をみてしまったので除けるのも躊躇ってしまった。
結局、今日だけという事でネコミミの装着を容認。
その次に寄ったお面屋さんで猫のお面も渡され、ネコミミの横に猫のお面という良く分からない状態が完成。
「この子も入れたらトリプルあずにゃんね」
ぬいぐるみを渡され、猫三段重ね。
頭を撫でられる。私はぬいぐるみを撫でる。
ネコミミを触ってみる。ピロリンと電子音がする。
26: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:43:21.68 ID:PJ1iyNHn0
「ってムギ先輩何撮ってるんですか!」
「え~、駄目?」
ケータイをこっちに向けながら、残念そうな顔をするムギ先輩。
「駄目ですよ恥ずかしい!」
「誰にも見せないから。お願い?」
だから上目使いは卑怯ですよムギ先輩……。
「……一枚だけ、ですよ?」
「ホント?じゃあ梓ちゃん、まず体こっち向けて」
「いやいやいや、今撮った一枚って事ですよ!?」
「じゃあそれ消すから。……はい消しました~。でね、この子正面向けて」
テキパキとまるでプロのカメラマンかの様に調整するムギ先輩。
もう頭の中に絵が浮かんでいるようです。
言った手前、断れない。
27: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:45:58.80 ID:PJ1iyNHn0
「はい。これで右手はこの子を抱えて、左手を猫の手にして、顔の横!」
「こ、こうですか?」
「バッチリよ。で、ちょっと寂しそうな顔と上目使いで『にゃ~』、はい!」
「にゃ、にゃ~」
ピロリン。ケータイが撮影完了を告げる。
こんな姿、他の先輩方に見られたら私もう生きていけない……。
「はい、いただきました~」
何か、今日見た中で一番嬉しそうな顔してる気がするなぁ。
喜んでくれたと思うと私の顔もほころぶ。
「……梓ちゃんありがとうね」
ケータイを閉じながらムギ先輩が感謝の言葉を口にした。
28: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:46:47.92 ID:PJ1iyNHn0
「いえ、ホント今日だけですよ?」
「今日だけ、か……」
「え?」
何処か沈んだ顔のムギ先輩。
振り払う様に首を振ってから、にっこりと笑う。
「今日はありがとうね、梓ちゃん。一生懸命私を楽しませてくれて」
「え……」
気付かれてた?
「梓ちゃん、私のわがままに全部付き合ってくれてたんだもの」
「本当に楽しかったわ、夏休みで一番の思い出になりそう」
「私もですよムギ先輩」
二人で遊べるなんて、願っても実現出来ないと思っていた。
「私ずっとね――」
呟く様に出たムギ先輩の言葉は、大きな爆発音で遮られた。
29: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:47:34.05 ID:PJ1iyNHn0
「あ、花火始まっちゃいましたね」
「……そうね。じゃあ見に行きましょうか」
「ハイ!」
花火の方一点を見上げる人垣に当たる。
「ここからじゃ、上手く見えませんね」
「そうねぇ」
「もっと、前に行きましょう」
もっと、綺麗に花火を見たい。ムギ先輩と。
「梓ちゃん」
もっと楽しませてあげないと。ムギ先輩を。
「ちょっと、梓ちゃん」
夏休み一番の思い出は、綺麗な花火で締めくくるんだ。
「梓ちゃん!」
人垣を掻き分けながら進もうとしていた所を、グイッと引き戻された。
「っと。ムギ先輩?」
ちょっと怒った顔で、私の手を握っている。
30: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:50:08.36 ID:PJ1iyNHn0
「そんな無理して前に行っても、前みたいにはぐれちゃうわよ」
「でもここじゃ綺麗に見えませんよ?神社が邪魔しちゃって」
「じゃあもうちょっとこっちで。……ほら、ここなら見えるでしょう?」
角度が変わって、さっきよりはマシには見える。
「そうですね。でも前に行った方が」
「良いの」
ムギ先輩はそう言って、私の口先に指を当てる。
「良いんですか?」
「綺麗に見えなくてもいいの。梓ちゃんと二人で見たいの」
「え?」
「二人でいれたら良いの」
ね?と、首を傾げるムギ先輩の顔が花火に照らされる。
31: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:52:53.65 ID:PJ1iyNHn0
「そう……ですか。分かりました」
「じゃぁ、一緒に見ましょ?」
「はい」
二人並んで花火を見上げる。手が握られたままな事に気づく。
「あの……ムギ先輩?」
「ん?」
こっちを向く先輩の顔が、再び花火に照らされて色を変える。
その姿が綺麗で、何も言えなくなる。
花びらが、はじけて消える。
空を見上げるムギ先輩が何度も照らされる。
私はそれを見つめる。
時々私の視線に気づいた様にこっちを見て、微笑む。
慌てて私も顔を上げ、夏の終わりの空に咲く花を見上げる。
結局握られた手を離す事も無いまま、最後の花びらが散って消えるまで
ずっと、二人寄り添って夜空に咲き誇る花畑を見上げていた。
* * *
32: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:53:30.06 ID:PJ1iyNHn0
「……終わっちゃったね」
「そう、ですね」
終了のアナウンスが響き、人々の波が鳥居に飲み込まれていく。
「どうしましょうか」
その波に乗って石段を下り、左右に割れた人波から出て立ち止まる。
握られたままの手は、どちらからも離そうともしない。
「でも、花火の最後って言えば、やっぱりこれよね?」
ムギ先輩がそう言って、袖から線香花火を取りだした。
「さっきの輪投げの景品で貰ってたの~」
ご丁寧にマッチまで取り出す。
「じゃあ、あそこの公園でやりましょうか」
「行きましょ行きましょ」
二人で向かい合ってしゃがみ、火を灯す。
33: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:55:32.28 ID:PJ1iyNHn0
「去年の合宿でも花火したわねぇ」
「唯先輩と律先輩が線香花火合体させたりしてましたよね」
「私達も合体しちゃう?」
ムギ先輩と、合体……。
「あぁ、消えちゃったわね。残念」
「あ、ホントだ」
いけないいけない。違う事考えてた。
「後一本ずつね」
「これで、最後ですね」
火を灯す。
「折角だし、コレが先に落ちた方は罰ゲームね」
付けたと同時に、ムギ先輩から突然の提案。
「え?」
「誰にも話してない秘密を言う、とか」
34: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:56:59.67 ID:PJ1iyNHn0
秘密。言われて最初に、私の恋心が思い浮かんだ。
そんな事、言える訳が無い。
「いや、ムギ先輩、それは」
「がんばれ、がんばれ、がんばれ」
あぁ、この人ってばやる気満々だ。火の先に向かって、応援している。
もう消えない事を祈るしかない。
消えないで。どうか、どうか消えないで。
「あ」
そんな願いも空しく、ポトリと火花が落ちる。
ムギ先輩の方を見る。残念そうな顔で火花の無くなった先を見つめていた。
「同時、だったわねぇ」
同時、引き分け。良かった、これなら何も言う必要もない。
35: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/09(木) 23:59:25.67 ID:PJ1iyNHn0
「……じゃぁ、二人とも罰ゲームね」
「へ?」
いや、その発想はおかしい。
「だって、二人とも落ちちゃったし」
「引き分けだったら、ノーゲームじゃないんですか?」
「まぁまぁ。私から言うから」
ムギ先輩は、そこまでして私の秘密を聞き出したいんだろうか。
それとも自分が決めた罰ゲームを遂行しないといけない義務感でも有るのか。
「私ね……」
兎に角、私の制止も聞かずに罰ゲームを始めてしまった。
36: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:00:48.56 ID:BjC5TyBP0
「実は梓ちゃんの事ね……あのね……」
顔を赤らめ、言葉を言い淀むムギ先輩。
下を向いたまま、モジモジしている。
この流れって、アレ?もしかしてもしかすると?
「ずっと『あずにゃん』って呼んでみたかったの」
とんでもない肩すかしを喰らって、前につんのめる。
「はい?なんですかそれ」
「ほら、唯ちゃんはいつも呼んでるけど、私が呼ぶのって今更かな~って、思ってたんだけど」
指先をスイスイと振りながら、
「はぁ……」
その指を最後に自分の頬に寄せて、
「呼んでもいい?」
ワザとらしくポーズを決めた。
又しても上目使いで。
37: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:02:34.00 ID:BjC5TyBP0
「構いませんよ、そのくらいでしたら」
「じゃあ失礼して。……あ~ずにゃん!」
言いながら私に飛びつくムギ先輩。
「ちょっ!抱きつくまでは聞いてませんよ!」
突然の行動に慌ててしまう。
「あ~ずにゃ~ん」
頬ずりされる。頭を撫でられる。
まるで唯先輩の様に、激しいスキンシップを取ってくる。
「ム、ムギ先輩?」
激しさを増すかと思われた行為が、ぴたりと止まった。
「今年の、いつ頃からだったかな~」
「こんな風に梓ちゃんに抱きつく唯ちゃんを羨ましく思う様になったの」
39: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:05:29.17 ID:BjC5TyBP0
「でも、私がやるとおかしいかなって、ずっと出来なかったの」
「だけど我慢出来なくなっちゃった」
抱きしめてる手に、力が込められるのが分かる。
「実はね梓ちゃん。私、梓ちゃんに嘘吐いてたの」
手が、震えている。
「え?」
「今日のお祭りね、梓ちゃん以外誰にも声かけてないの」
「梓ちゃんと二人で来たくって」
やっぱり、そうだったんだ。
「……知ってました」
「え?どうして?」
「今日来る途中にですね――」
* * *
41: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:07:35.95 ID:BjC5TyBP0
「あっ!あ~ずにゃ~んだ~!」
神社に向かう道中、突然の声に振り向くと同時に唯先輩が抱きついてきた。
「ちょっと唯先輩!外でまで抱きつかないで下さいよ!」
「え~?じゃあ中でなら良いの~?」
「そうゆう事じゃ有りませんけど!」
ガサガサと何かが当たる。見ると様々な食材の入ったスーパーの袋。
「あれ?買い物の帰りですか?」
「うん、そーだよ。憂にお使い頼まれたんだ~」
「はぁ」
勉強の息抜きなのかな?
「ところであずにゃんや」
42: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:08:57.80 ID:BjC5TyBP0
「はい、なんでしょう?てゆうかいい加減離れてくださいよ」
「は~い」
「もう、浴衣が崩れちゃうじゃないですか」
「それだよ浴衣だよ。レアあずにゃんだね~」
「そりゃ、前のお祭りの時は着てませんでしたしね」
「前の?今日もお祭りなの?」
「え?そうですよ」
「そ~なんだ。知らなかったや~」
唯先輩はあっけらかんと言う。
「はい?」
なんで?ムギ先輩から誘われた筈じゃ。
「まぁ、ご飯食べた後は勉強しなきゃだから行けないけどね~」
43: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:10:33.07 ID:BjC5TyBP0
「……」
ムギ先輩と唯先輩の話が噛み合わない。
「でも、レアあずにゃんが行くなら行こうかな?」
思考を巡らせる。一つの仮定にたどり着く。
有り得ないけど、もし本当にそうなら唯先輩をお祭りに連れていく訳にはいかない。
「いえ、しっかり勉強して下さい」
「あずにゃん冷た~い」
「しっかり勉強しないと、律先輩にまで置いて行かれますよ」
「それは困るね!じゃあ頑張るよ」
「応援してますから」
「あずにゃんの応援が有れば百人力だよ!じゃ~ね~。楽しんできてね~」
「はい!さようならー」
* * *
44: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:11:38.06 ID:BjC5TyBP0
「――っていう事がありまして」
「そう、なんだ……」
がっくりと肩を落とすムギ先輩。
嘘を吐いていたのがばれていた事がショックなのか、罪悪感からか、凄く沈んだ顔をしている。
「まぁ、もし唯先輩が『私も行きたい!』って言っても、来させませんでしたけど」
「……勉強してもらわないといけないから?」
「いえ。……私も、ムギ先輩と二人が良かったから、です」
「梓ちゃん……」
ムギ先輩の顔が紅潮していく。
多分私も負けないくらい赤くなっていると思う。
「それが、ムギ先輩の秘密ですか?」
45: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:13:20.72 ID:BjC5TyBP0
「そうね。それもだけど、もう一つ有るの。聞いてくれる?」
「はい。ムギ先輩の事なら何だって聞きますよ」
「嬉しい」
今度はそっと優しく、私を抱き締める。
目線を上に上げると、髪飾りが揺れている。
「梓ちゃん、花言葉って詳しい?」
「いえ、全然ですね。恥ずかしながら……」
「興味無い人は知らないものよね。私もあんまり知らないんだけど」
「この髪飾りね、花言葉で選んだの」
「花水木、でしたっけ?」
「えぇ」
私の肩を持ち、向かい合う。髪飾りを外し、間に持ってくる。
46: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:15:30.72 ID:BjC5TyBP0
「花水木の花言葉は、『私の想いを受け止めて』」
留めていた髪がはらりと下りる。
「その想いを込めて、今日はこの髪飾りを選んだの」
私の目を見て、はっきりと言った。
「梓ちゃん。貴女が好きです」
「ムギ……先輩」
「本当はね。受験が終わるまでは、隠しておこうって思ってたの」
髪飾りに目線を落とし、ムギ先輩が続ける。
「でもね、もう気持ちを抑える事が出来なくなっちゃって」
「こんな気持ちのままじゃ、勉強も音楽も、何も出来なそうだから」
ムギ先輩の頬を涙が伝う。
47: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:17:21.64 ID:BjC5TyBP0
「梓ちゃんに嘘吐いてまで二人きりになって、一方的に想いを伝えて、ホント勝手よね?」
「ゴメンね?」
声を震わしながら、俯く先輩。
「謝らないで下さい」
頬に触れる。
顔を上げたムギ先輩の涙をそっと拭う。
「ムギ先輩、私の秘密も聞いてもらえますか?」
ムギ先輩も、悩んでくれていたんだ。とっても、とっても。
伝えなくちゃ。ムギ先輩が伝えてくれたように。今言わなくちゃ。
「私、ムギ先輩はおしとやかで上品で、大人な人なんだと思ってました」
「でも、時々子供みたいにはしゃいだり、律先輩や唯先輩とふざけあったり……ケーキをこっそりつまみ食いしてたり」
「そんなギャップを知るうちに、いつからか可愛く見えてきて」
48: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:18:47.28 ID:BjC5TyBP0
「いつからか、ムギ先輩の事ばかり考えるようになって」
「受験勉強が有るから、それが終わるまではこの想いも抑えて我慢しようって思って」
「でも、やっぱりどうしても会いたくって」
「今日のお誘い、本当に嬉しかったんです。昨日寝れなかったのだって、本当なんですよ?」
ムギ先輩を見つめる。しっかりと、言葉にする。
「私もムギ先輩が好きです。大好きです。私の知る人の中で、誰より一番」
「あずさちゃん……」
手を差しだす。
「だから……私で良ければ、お付き合いしていただきませんか?」
その手を両手で握られる。
49: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:20:15.37 ID:BjC5TyBP0
「喜んで!」
ムギ先輩、さっきより泣いてる。
「ムギ先輩、泣かないで下さいよ」
「だって泣いちゃうくらい嬉しいんだもん、良いじゃない。それに」
ムギ先輩が私の頬に触れる。
「梓ちゃんだって泣いちゃってるよ?」
空いた手で自分の顔を触る。指先が濡れて気付く。
「あは、本当ですね」
でも泣いちゃうくらい嬉しいんだ。だって、ムギ先輩と両想いなんだもん。
それから暫く、二人で嬉し涙を流しながら笑いあった。
「はぁ~。それにしてもアレよね」
一頻り経った後、ムギ先輩がクスクスと笑いながら言いだした。
「お互い、こんな恰好でする話じゃ無かったかしらね」
「え?」
「だって、梓ちゃん、ネコミミしたままなんだもん」
言われて思い出す。恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。
50: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:21:11.40 ID:BjC5TyBP0
「私もお面付けたままだし。何だか間抜けよね?」
「良いじゃないですか。それも思い出ですよ」
何とか言い繕う。今更外しても遅いし。
「そうね。良い思い出話が出来たわ」
「人には話さないで下さいよ!」
特に律先輩なんかに聞かれた日には、延々と弄られそうだ。
「は~い。二人だけの秘密ね?」
「そうです。二人だけの……秘密です」
「じゃ、そろそろ帰りましょうか」
ムギ先輩はそう言って立ち上がり、まだしゃがんでる私に手を差し伸べた。
「ね?梓ちゃん」
「そうですね。帰りましょう」
その手を掴み立ち上がる。
51: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:22:29.66 ID:BjC5TyBP0
「これからもよろしくね?梓ちゃん」
「はい!ムギ先輩」
二人手を繋いで、並んで歩きだす。
これから続く日々も、こうやって一緒に歩いて行ける。それが嬉しい。
この先どうなるかなんて分からない。
そんな言葉に答えなんて無いだろう。
でもこの手の温もりが確かに通ってる様に、想いも確かに通ったんだ。
この想いが変わらなければ、二人は変わらずにいれる。
「梓ちゃんを心配させない為にも、しっかり勉強しないとね」
「そうですよ。でもその前に文化祭のライブを成功させないと」
「忙しいわねぇ」
「一緒に頑張りましょう!」
「そうね」
離さない様に手を繋いで、二人で歩く。
52: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:24:46.44 ID:BjC5TyBP0
「梓ちゃん」
横を歩くムギ先輩が私を呼ぶ。
「はい」
街灯がムギ先輩を照らす。
「好きよ」
そう言って微笑む。
「な!なんでいきなり」
「気持ちが伝わるって良いわね」
そう言って又前を向く。
「そうですね……」
「やっぱり人間、正直で素直になるのが一番よね」
「ですね。私もそうします」
「一緒に素直にいきましょ」
私はまだ、簡単に伝える事には慣れてないけど。
「私も……好き、です」
少しでも上手く、彼女を満たせれます様に。
「梓ちゃん、かわいい~!」
「ちょっと!いきなり抱きついちゃ危ないですよ!」
「いいじゃない。今まで我慢してたんだもん」
「もう……ちょっとだけですよ」
中々、難しそうだけど……。
* * *
53: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:26:16.72 ID:BjC5TyBP0
「で、梓は何でそんなにニヤニヤしてるんだ~?」
「はい?」
二学期が始まった。始業式も終り、私は部室に来ていた。
毎日ムギ先輩に会えるのが嬉しくて、先に来ていた律先輩にも分かる位顔に出ちゃってたみたい。
律先輩も慌てて取り繕う私を見てニヤ付いている。
「そんなに私に会えたのが嬉しかったのか~」
「いえ、それは無いです」
「バッサリだな中野ぉ」
「私は正直に素直になる事にしたんです」
「ほほぉ?」
「ほら、もうすぐ皆さん来るんですから、そしたら練習しますよ?文化祭も直ぐなんですから」
「私は練習よりも梓の方が気になるなぁ~」
何故か手をワキワキさせながら、にじり寄る律先輩。
54: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:28:29.03 ID:BjC5TyBP0
「な!?なんのことですか?」
「顔が赤いし、目が泳いでるぞ。それじゃ隠し事が有るって言ってる様なもんだ」
「い、いや、そんな」
「正直に答えろー!」
律先輩が勢いよく飛びあがり、私に襲いかかる。
「ちょっと、律先輩!止めてください!」
「そ~れコチョコチョコチョコチョコチョ!」
脇に腰にと、くすぐり攻撃を仕掛けてくる律先輩。
「いや!もう!アハハハハハ!止め!て……フフ!」
「何か隠し事が有るんだろ~、言わなきゃ止めないぞ~!」
ガチャリと音がして、先輩方が入ってきた。
「やっほ~あずにゃん。ってりっちゃん何してるの?」
55: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:31:43.44 ID:BjC5TyBP0
「んん?梓が何か隠してるから聞き出そうと思って」
平然と唯先輩と会話をするも、律先輩の手は私から離れない。
「もう、離して下さいって!アハハハハ!律先輩ってば!」
「律止めてやれって。梓も困ってるだろ」
「そうよりっちゃん!」
「おっ、うん」
ムギ先輩が声を張り上げる。
「ムギちゃん、そんなに大声出さなくても」
唯先輩もその声に驚いている様だ。
「あ、ゴメンね、つい」
「いや、私も悪かったよ梓」
「いえ、もう良いです」
「さ!まずはお茶だねムギちゃん!」
ドカっと椅子に座り、早速くつろぐ唯先輩。
56: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:32:29.15 ID:BjC5TyBP0
「いや!練習しましょうよ!」
「え~。皆揃ったんだから、まずはティータイムだろ?」
律先輩も続いて座る。
「そう言って、いつも練習してないじゃないですか!」
「まぁまぁ、少し位はくつろいでからでも良いじゃない。ね?」
後ろから、ムギ先輩に肩を叩かれる。
「まぁ、ムギ先輩がそういうなら……」
「えぇ~ムギなら良いのかよ~」
「そうだそうだ~!」
座る先輩方が、抗議してくる。
「ムギ先輩は良いんです!」
57: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:34:35.37 ID:BjC5TyBP0
「あら、嬉しい」
「とりあえず……座って良いのか?」
澪先輩が呆気に取られてる。
「あぁ、どうぞ澪先輩」
ムギ先輩が絡んだからってムキになっちゃった。
「そうか~、梓はムギのモノになっちゃったか~」
律先輩のその言葉に、机にかけた手を滑らせてこけてしまった。
「え?……マジで?」
私のリアクションを見て、自身の冗談が冗談でない事に気付かれた様だ。
「あずにゃん?」
「何を言ってるんですか律先輩ってばホントにもう冗談が好きなんだから~、ねぇ澪先輩?」
「……そうなのか?梓」
うわ、澪先輩の目が輝いている。興味持ちすぎですよ。
58: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:36:31.23 ID:BjC5TyBP0
「今日はガトーショコラ持ってきたの~」
その空気を打ち破る様にムギ先輩が紅茶とショコラを用意する。
あぁ、ムギ先輩が女神の様です。が、
「ムギ!梓と何がどうしたんだ?」
「ムギちゃん!私のあずにゃんに何したのさ!」
「私も聞かせてほしいな」
やっぱり質問の向かう先が変わるだけで、逃げられそうにない。
「何したって色々よ~。はい、どうぞ」
のほほんとした空気を出しながら、ムギ先輩は粛々と紅茶とケーキを差し出す。
「ちょっと詳しく聞かせてもらおうか」
言いながら、先輩方が一斉に紅茶を口に含み、
「それとね、唯ちゃん。梓ちゃんは私のモノよ」
「ぶふっ!」
一斉に吹き出した。
59: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:38:13.29 ID:BjC5TyBP0
「ちょちょちょっ!ムギ!どうゆう事だ!?」
「そうだよムギちゃん!ちょっとそれは聞き捨てならないよ!」
「げほっ!ごほっ!ごほっ!」
澪先輩は驚き過ぎたのか、気管に入った様で言葉も出せなくなってる。
「大丈夫ですか?澪先輩」
「ごほっ!……あぁ、ありがとう梓」
「実は梓ちゃんと付き合う事になったの~。ね?梓ちゃん」
「ちょっとムギ先輩!それは秘密にしましょうって言ったじゃないですか!」
「え~、でも正直に素直になろうって言ったじゃない」
「正直過ぎますよ!」
「大丈夫よ。あの時の話はしないから~」
「あの時って何!?ねぇムギちゃんあの時って!?」
ムギ先輩に掴みかかる唯先輩。何でそんなに必死なんですか。
「実はね~」
「ってなんで即喋ろうとしてるんですか!」
60: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:40:46.57 ID:BjC5TyBP0
「ちょっとムギ。それ本当の事なのか?」
澪先輩まで興味津々だ。
「本当よ~。ね?」
ムギ先輩が私に振る。先輩方の首がこっちに向く。
「はい、本当です、けど……」
三者三様の表情が何か怖い。唯先輩泣いちゃってるし。
「だから唯ちゃんも無闇に唯ちゃんに抱きついちゃ駄目よ?私が嫉妬しちゃう」
「え~、でもあずにゃんに抱きつくと気持ちいいんだよ?」
唯先輩、その反論はおかしいです。
「知ってるわよ~。でも駄~目」
「ぶーぶー!」
「じゃぁ代わりにコレ、見せてあげるから」
「これって何?ケータイ?」
ケータイ?ってまさかムギ先輩!
「それは見せないって約束!」
私の制止も遅く、既に画面が開かれていた。
61: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:42:56.15 ID:BjC5TyBP0
「何このあずにゃん!スゴイかわいい~!ちょうだい!」
「駄目よ、私の宝物だもの。見せてあげるだけよ」
「何だ何だ?おぉ!これは……確かに可愛いな」
「そうでしょ~」
あ~、見られた……。この二人にだけは見られたくなかったのに。
「やっぱり、梓はネコミミ似合うな」
澪先輩までじっくり見ちゃってる。素直に感想を言わないで下さい。
「もうお嫁にいけない……」
「大丈夫よ梓ちゃん。私がお嫁に貰うんだから」
「むむむムギ先輩!?」
何たる爆弾発言。本当に、正直過ぎます。
62: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:43:38.09 ID:BjC5TyBP0
「おぉ!プロポーズか!よっ、アツいねお二人さん!」
律先輩が囃し立てる。やっぱりこの人は茶化すんだなぁ。
「そうか、もうあずにゃんは私の子猫ちゃんじゃ無いんだね」
唯先輩は窓を見ながら、よくわからない事を呟いている。
「二人とも、お幸せに」
澪先輩は、祝福してくれている。素直に反応されるのもこそばゆい。
「皆ありがとう、私達幸せになるわね!」
ムギ先輩はそう言って、私を抱きしめる。
「じゃあ梓ちゃん。改めてこれからもよろしくね?」
今日みたいに振り回される毎日になりそうな予感もするけど、構わない。
「はい!」
私はこの人と、共に歩んでいく。
END
* * *
63: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 00:57:44.41 ID:BjC5TyBP0
「にしても……」
ムギの衝撃の告白からそのままの勢いで二人をデートに出させた為、結局一回も練習をしないまま解散となった。
今私は、唯と二人で帰路についている。
澪はさわちゃんに呼ばれて職員室に行ってしまった。少しかかるから先に帰っておけとのことだった。
「まさかムギと梓がな~。意外だったわ」
「そうかな?」
前を歩く唯が、そう言って振りかえる。
「あずにゃんはムギちゃんの事、ずっと見てたよ?」
「そうなのか?」
「だって、ずっとあずにゃんを見てたんだもん」
唯が、遠くを見ながら呟く。
64: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 01:00:08.77 ID:BjC5TyBP0
それを見た私は、さっきから気になっていた疑問を聞いてみる事にした。
「……もしかしてさ、唯は梓の事好きだったのか?」
「ん?ん~、どうなんだろ?」
前を見ながら大袈裟に腕を組み、体を傾げる唯。
「あずにゃんは可愛いし、大好きだけど、そうゆうのじゃ無かったんだ」
あのスキンシップは保護欲とか、愛玩的なものだったのか?
「でも……」
大きく揺れていた体が、ぴたりと止まった。
「ムギちゃんとあずにゃんが抱きあったの見てからさ、ずっとモヤモヤして苦しいんだ」
「ムギちゃんの事も好きだよ?二人が一緒になるんなら、私は嬉しいよ」
「唯……」
「でもさ、これが焼き餅だって言うのなら、私はあずにゃんの事好きだったのかな~って……」
肩が震えている。向こうを向いたまま振りかえらない。
65: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 01:01:20.94 ID:BjC5TyBP0
「あ!じゃあ私こっちだから、バイバイ」
そのまま走り去ろうとする唯の手を引き、抱き寄せる。
「り、りっちゃん?」
「無理すんなって」
「無理なんて、そんな」
「私は、唯の気持ちが分かるとは言えないけどさ、今、唯は泣いて良いんだと思う」
「りっちゃん……」
「な?」
「ごめんねりっちゃん……胸、借りるね?」
堪え切れず、静かに泣き始める唯。
「良いって良いって」
泣き崩れる唯を抱きしめる。
「……ごめんね、りっちゃん」
暫くして、震える声で唯が喋りだす。
「だから気にするなって」
「りっちゃんだって、同じ気持ちなのにね」
66: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 01:02:48.34 ID:BjC5TyBP0
「え?」
「りっちゃんだって、ムギちゃんの事……」
「……良いんだ」
「いいの?」
顔を上げて、真偽を問う様に私の顔を見つめてくる。
「私は、あいつが幸せならそれで良いんだ」
「本当に?」
「あぁ。皆の幸せが第一だからな、私は」
幸せに出来なくても、なってくれればそれで良い。
それは、本当にそう思ってる。
「りっちゃん……」
67: 1 ◆njsK9r1FDk 2011/06/10(金) 01:04:45.12 ID:BjC5TyBP0
「勿論、唯と澪の幸せだって願ってるぞ?」
「りっちゃん、ありがとう。……ごめんね?」
「だから気にするなって。好きなだけ泣いてさ、それから笑って帰ろうぜ?」
「うん……うん……」
沈む夕暮れの中、唯を抱きしめる。
唯の泣き声と、虫の鳴き声だけが静かに響く道の上。
私が好きだった彼女と、今腕の中に居る彼女が、どうか幸せになりますように。
そう願って、暗くなる空をずっと見上げていた。
END
引用元: ・梓「夏の空に咲く花」
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