1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 16:59:05.67 ID:RLi1DOg+0
私は自分が一番好き。
だけど、同じくらいみんなのことも好き。


だから結衣の言葉にもいまいちピンとこなかった。

「京子は綾乃の気持ちに気付いてるの?」

私は迷うことなく頷いた。
だって綾乃は何かと私のこと気に掛けてくれるし、何だかんだで好かれてるから。
綾乃が私のこと好きなことくらいわかってる。それに私も好きだ。

「じゃあ何で悲しませたかわかる?」

「わかんない」

記憶が巻き戻って、放課後の情景が浮かんだ。

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:00:10.90 ID:RLi1DOg+0
綾乃は何かに思い詰めたような顔をして、そして私のことが好きだと言った。
その言葉に「私も綾乃のこと好きだよ」と返して、「何でそんなに思い詰めてるの?」と聞いた。
そのときの綾乃の悲しそうな表情がずっと引っかかっていた。

そして今に至る。

「京子、お前鈍感すぎ」

結衣はコントローラーを握る手を止めて呆れたように溜め息を吐いた。
テレビ画面には早くコマンドを選択するように急かされている。

「どういう意味だよ~」

「だから、綾乃はそんな軽い意味で言ったんじゃないんだってば」

再びコマンド選択に戻る結衣を眺めながら私も大きく溜め息を吐いた。

「じゃあどういうこと?私、全然わかんない」

大の字になって寝転ぶと、ゲームの音がフローリングを伝わって私の耳に響いた。
それと同時に結衣の声も届いてきた。

「告白、ってこと」

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:01:05.26 ID:RLi1DOg+0
しばらく呆然とした後、腹筋を使って慌てて起き上がった。

「綾乃が?!私に?!」

すると結衣は頷いてこっちに視線を移した。

「綾乃が悲しんでたのは、京子がそれに気付かなかったのが原因」

ようやく私の頭が状況を整理できた。

要するに、綾乃は私のことがその……恋愛的に好きで。
それに気付かなかった鈍感な私はデリカシーのない言葉を返しちゃったってことか。

14年間生きてきて、今、結構な問題にぶち当たっている気がする。

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:01:48.21 ID:RLi1DOg+0
「刺激が欲しいとは言ってたけど……まさか当事者になるとは……」

頭を抱えて項垂れる。
明日からどうしよう。

「結衣~、どうすればいいの~」

「どうって……京子はその……そういう好きってわからないんだよな?」

「うん……」

結衣はゲームをしていた手を止めて、うーんと唸った。

「じゃあとりあえず様子見というか……いつも通り接したほうがいいんじゃないかな」

「らじゃー」

「あと、機会があれば正直に今の気持ち伝えたほうがいいと思う」

私はそうだねと頷いて再び寝転がった。

今の気持ち、か。
色々考えたけど『よくわからない』としか言いようがない。
綾乃の気持ちって一体どんなんだろう。私は少し興味を持った。

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:03:49.51 ID:RLi1DOg+0


翌日、一時間目の授業は国語だった。
まあ私は日本人だし国語なんて別に真面目に聞かなくてもいいかな、なんて思いながらぼうっと黒板を見つめていた。
しばらくして遅れていたノートを取りながらその内容を追っていると「ん?」と思わず声を上げてしまった。

「どうしたんだよ」

私のその声に隣にいた結衣が反応した。

「これ、恋愛ものじゃね?」

「そうだよ。初めに先生が言ってただろ」

「聞いてなかった~」

ひそひそと会話を交わしていると突然「歳納さん!」と先生の声が聞こえた。
私は慌てて「すみませーん」と平謝りする。
すると先生は「ちょうどいいわ。この問いについて考えてちょうだい」と私に言った。

『主人公がAの親友Bに嫌な気持ちを抱いた理由、そしてその時の感情はどういうものか考えなさい』

私は首を傾げた。

この主人公ってAのことが好きなんだよね。
それにBとも友達じゃないの?
嫌な気持ちを抱く意味がいまいちよくわからない。みんなで仲良くすれば万事解決でしょ。

人の気持ちは人それぞれだし。

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:04:51.61 ID:RLi1DOg+0
「うーん……私には理解できません」

正直にそう言うと先生は「わかりました」と困ったように眉を下げた。
結衣も同じように呆れた顔をしていた。
私はいかにも不服だと唇を尖らせてもう一度、教科書に目を通す。

「じゃあ……そうね。杉浦さん、答えてみて」

お、綾乃だと思わず顔を上げる。
綾乃は小さく返事をした後、席を立った。

「主人公はAのことが好きなので、その親友Bと自分の位置とを比較して羨ましさを感じているんだと思います」

「その時の感情は?」

「自分に戸惑っていると考えられます。自己嫌悪もあるかもしれません」

「どうしてですか?」

「それは……主人公にとってもBは友人であり、助けられている部分があるからです」

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:05:45.81 ID:RLi1DOg+0
綾乃の回答に先生は「その通りですね」と微笑み、クラスのみんなもそれに頷いていた。
もしかしてわからなかったのって私だけ――?

「……京子、京子」

「ん?」

「メモ取っとけ。テストに出るかもしれないし」

小さく頭を下げて再び席に着く綾乃を見ながら、私は結衣に言われた通りノートに簡単な相関図を書いた。
そして、綾乃の回答を思い出しながらそこにメモを足していく。

「これでいい?」

聞くと、結衣は頷いて再び黒板に目を向けた。
私は「綾乃すげー」と思いながらまだ板書してなかった部分のノートを進めた。
その日、私は久々に一授業分のノートを全て取った。

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:09:57.52 ID:RLi1DOg+0


休み時間、授業で疲れた頭と身体をリフレッシュさせようと廊下に出た。
すごい人。みんな考えてることは同じか。
人混みを抜けたところで、見慣れた後ろ姿を見つけた。

「綾乃~」

迷わず声を掛けると綾乃は一瞬、表情を変えた。
その途端に昨日の放課後のことを思い出す。

そういや、今の気持ち伝えたほうがいいんだっけ。

「綾乃、ちょっと昨日のことで……」

「あ、あの……そのことはもういいわ……」

「え?」

「忘れて……っていうのは変だけど、あんまり気にしないで欲しいの」

「あなたの気持ちはわかったから」そう言って綾乃は微笑んだ。
だけど、それは昨日と同じ表情で。

「ごめんなさい。今から生徒会室に行かないといけないの。それに次の授業があるからすぐ戻らなきゃいけないし……」

「あ……うん、わかった」

「じゃあ……また後で」

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:13:54.03 ID:RLi1DOg+0
歩いて行く綾乃の背中を見つめながら、すっきりしない気持ちだけが残った。
もやもやとした気持ちを抱えたまま教室に戻る。

「何だよ綾乃のやつ~」

「何かあったのか?」

「昨日のことはもういい、ってさ」

私は投げやりになっていた。
あんなに悩んで結衣に相談したのも馬鹿らしくなってきた。

何だよ綾乃。
私のこと好きなんじゃなかったのかよ。
好きならなんでなかったことにするんだよ。
意味わかんない。

「よっし、今日はやけラムレーズンだ!」

「何だよそれ……」

その日、また後でと言ったくせに綾乃が私に話し掛けてくることはなかった。
かといって私から話しかけるのも何か癪だったから、特に何もしなかった。

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:17:10.64 ID:RLi1DOg+0
この一日で、交わした会話がたったあれだけなんて。

放課後、むしゃくしゃする気持ちを抱えたままごらく部に顔を出した。
あかりには怯えられてるのがわかったし、ちなつちゃんにはスキンシップしてもいつもみたいに抵抗されなかった。
ちなつちゃんは今日も可愛くて、会って抱き締めて嬉しいはずなのに、どうしてかそこまでテンションが上がらなかった。

どこいったんだろう、いつもの私。

結局、三人に今日は帰った方がいいと促され一足早く帰宅することにした。
今頃、結衣が二人に事の経緯を説明してくれているだろう。ていうか、私が頼んだ。
余計な心配は掛けたくないし、何より恋愛の当事者になる苦悩を知って欲しい。

立ち寄ったコンビニでラムレーズンアイスを手に取る。
レジに向かう途中、美味しそうなプリンに目を奪われた。
買おうかどうしようか迷ったけどやめた。

綾乃の存在がちらついたから。

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:21:37.70 ID:RLi1DOg+0


部屋に入り鞄を下ろそうとすると、ちゃんとチャックを閉めていなかったのか中身が飛び出した。

「うっわ~最悪だ~」

床に散らばった教科書やノートを拾い上げ、机の上に置く。
ふと、国語の教科書が目に留まった。

「……」

授業の復習なんて今までやったことがない。
しばらく睨み合ったあと、私は教科書をひっ掴んでベッドにダイブした。
ぱらぱらとページを捲り、目的の題材を探す。

「あったあった……」

でも恋愛ものの教材を選ぶなんて面白い先生だな。
そんなことを考えながら私は改めて物語を読み進めることにした。

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:24:55.11 ID:RLi1DOg+0


気が付くと窓から射し込んでいた夕陽は消え、辺りはすっかり闇に包まれていた。
それだけ集中して読んでたってことか。

「……これって」

物語を簡単にまとめると、主人公はAが好き。
だから毎日、学校で顔を合わせるのが楽しみだった。
そんなある日、主人公はAと親友Bの仲の良さに気付き、恋心をしまいこむ。
そして結局、主人公はAに気持ちを伝えることなく卒業してしまう。そんな話。

「バッドエンドじゃん……」

後味の悪い気持ちを振り切るように、私は手にしていた教科書を閉じて机の上に戻した。
そして、それと引き換えにノートを手に取る。
今日の内容を見ると、そこまで進んでいなかった。
私は復習どころか予習までやってしまったらしい。

「主人公もさっさと告っちゃえばよかったのに……ん?」

慌ててノートを捲り、走り書きされた相関図を見る。
そしてそこに付け足されたメモを見て、私は綾乃の回答を思い出した。

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:25:33.94 ID:RLi1DOg+0
「もしかして……」

主人公の位置に綾乃を当てはめてみる。
そして、Aに私、Bに結衣を――。

「……やっぱり」

綾乃の模範回答の意味。
私が主人公の気持ちを理解できなかった意味。

私はノートを閉じた。
結衣が私にメモを取るよう勧めてきた意味も、やっとわかった。

「じゃあ、綾乃は結衣に対してやきもち妬いたりするってこと……?」

だけど『やきもち』という感覚だけが私にはよくわからなかった。

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:27:58.20 ID:RLi1DOg+0


翌日から私の意識は自然と綾乃に向けられた。
綾乃は結衣に対しても自然に挨拶を交わしている。

「よくわかんないな……」

「ん?どうした?」

「いや……」

何となく、あの一件から綾乃とは気まずい。
会話だってもうまともに交わしていない状況だ。
綾乃も私を何となく避けているのもわかる。

だけど今、綾乃は千歳と喋っている。
なんであんな楽しそうなんだよ。すっごい嫌だ。

「……おい京子」

「……何」

「喋り掛けろよ……何か変だぞ?」

私の視線に気がついたのか、結衣が声を掛けてきた。

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:31:55.90 ID:RLi1DOg+0

「だって、何か癪じゃん」

「何が」

「今だってあんな楽しそうなんだよ。千歳といるときはさ」

やっぱ私のことなんか好きじゃないんだよ。
そう言うと、結衣は笑った。

「何だよ、やきもち妬いてるのか?」

……え?『やきもち』?

「結衣、今何て言った?」

「え……やきもち妬いてるのか、って」

また新しい感情を知ってしまった。
このもやもやするのが『やきもち』ってやつか。納得した。

昨夜の予習と復習のおかげで私の感情はだいぶ敏感になってしまったらしい。

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:33:39.98 ID:RLi1DOg+0

「それより昨日大丈夫だったのか?」

「全然。もうすっきりした」

「そっか」

そう、すっきりしたのは事実だった。
よくわからなかった気持ちも少しだけわかるようになった気がしたし。
綾乃の気持ちもその――恋愛感情だってわかった。

だけど、一つひっかかることがあった。
綾乃が私に向ける気持ちが恋愛感情なら。
それはその――『キスしたい』とかそういう気持ちにも繋がるわけで。
そういう方向にまで頭が回ってしまう。こんなこと考えちゃいけないのに。

「いやいや、さすがにそれは直接的すぎるよね……」

別に嫌なわけじゃない。千歳ともキスしたことあるし。
いや、だけど千歳はあのとき単に酔っ払ってただけか。
あとはちなつちゃん襲ってるし、千鶴だって――。って、こっちは未遂か。

じゃあ。
――そういうキス、ってどんな感じなんだろう。

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:34:35.53 ID:RLi1DOg+0
「……京子、おい京子ってば」

「……へっ?」

「もうすぐ授業始まるぞ。本当に大丈夫なの?」

大丈夫じゃないかもしれない。
やっぱり昨日、教科書なんか、ノートなんか読み直すんじゃなかった。
私は心情よりも身体的なことまで考えるようになってしまった自分自身に戸惑いを覚えた。

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:35:40.86 ID:RLi1DOg+0


授業中、私は綾乃を眺めていた。
私の席からじゃその後ろ姿しか見えないけど、綾乃は真剣にノートを取っている。
黒板を見るたび、綾乃の横顔がちらりと覗く。
こうして見ると綾乃って結構美人だな。いつか千歳が言ってた意味もわかる気がする。

「歳納さん」

「は……はい?」

「何ぼうっとしてるんですか。黒板消しますよ」

先生の手には既に黒板消しが握られていた。
私は無駄な抵抗を止めて「はーい」と不満げに返事をした。

静かな授業中、先生と私だけのやり取り。
クラスのみんなの視線が自然と私に向けられる。
その中には綾乃の視線もあった。

だから私たちは必然的に目が合った。

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:36:30.50 ID:RLi1DOg+0
一秒、いや、そんなになかったかもしれない。
だけど二人とも同じ気持ちだったと思う。

ただ「はっ」とした。
――そしてすぐに視線を逸らした。

昨日までの私なら微笑んで手を振ってた。
そして再び「歳納さん!」と先生に怒られていただろう。
実際、そういうことは今までに何度もあったし。

だけど今日は再び名指しで怒られることも、注意されることもなかった。
綾乃ともう一度、目が合うことも。

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:37:59.74 ID:RLi1DOg+0


昼休み、あかりとちなつちゃんに昨日のことを謝ろうと一年生の教室に向かった。
廊下を歩いていると先に生徒会の二人に出くわした。

「あ、歳納先輩」

「やっほー、お二人さん」

「そうだ、歳納先輩聞いてくださいよー。杉浦先輩が昨日から変なんです」

「何しても上の空って感じで……何か知りません?」

ぎくり、とした。
おそらく原因はこの私だ。いや、間違いなく。
だけど後輩の手前そんなこと言えるはずもなく私はしらを切った。

「い、いや~ちょっとわかんないなぁ」

「そうですか……」

「あの、あかりとちなつちゃん見た?」

「次が体育なのでもう更衣室に行ってると思いますわ」

「そっかぁ……残念」

一年生の時間割までもは流石に把握してなかった。不覚だ。
まあ話をするのは放課後でもいいかな。
そう思い、教室に戻ろうとすると二人は言った。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:40:05.35 ID:RLi1DOg+0

「杉浦先輩のことお願いします」

「え……私が?」

「はい。杉浦先輩のことどうにかできるのって池田先輩と歳納先輩くらいですから」

私ってそんなにすごい力持ってたのか。千歳と並ぶくらいに。
そう驚きつつも戸惑いを覚えた。
可愛い後輩の頼み。どうにかしたいと思う反面どうにもできない自分がいる。

「う、うん、わかった……」

階段を上りながら、溜め息を吐いた。
千歳はきっと既に綾乃の相談に乗っているだろう。
え、じゃあ――それでもどうにかできなかったってこと?

そりゃそうか。原因は――。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:40:40.39 ID:RLi1DOg+0
「私、なんだもんね……」

つい数日前まで悩みなんて一つもなかった。
あったとしてもラムレーズンで解決できた。
今までだって結衣に相談して乗り越えてきた。

どうすればいいんだろう。
頭の中はそればっかりだ。

いよいよ自分が動かなきゃいけないことくらいわかってる。
わかってるけど、それができない。

綾乃と話せない。
綾乃と目を合わせられない。
綾乃のことを考えるのが――怖い。

「……」

それは、私自身が変になってしまいそうだから。

ぐちゃぐちゃとした気持ちの中、綾乃の横顔を思い出して振り切るようにきつく目を閉じた。

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:42:41.23 ID:RLi1DOg+0


午後からの授業も散々だった。
板書はとにかく、内容が全く頭に入ってこない。
ノートを取っていても不意に綾乃のことが頭に浮かぶ。
授業終了のチャイムが鳴り「来週から期末テストです」という先生の声だけが薄っすらと耳に残った。

そしてホームルーム終了後、私はついに担任の先生に呼び出された。

「前々からあなたの授業態度は気になっていたけど、ここのところ特に酷いと聞いたわ」

「すみません……」

「こんなことやらせたくないけど……今日は部活の前に教室の掃除、いい?」

「……はーい」

結衣にそういうわけで部活動に遅れると伝えると、苦笑いしていた。

「手伝おうか?」

「いいよ。バレたら怒られる」

「そっか。まあ、終わったら来いよ。みんな待ってるから」

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:43:49.74 ID:RLi1DOg+0
誰も居なくなった教室。
私は自分の席に座り、ぼうっと周りを見渡した。

「あれ……?」

一番前の席に名簿が置きっぱなしになっている机があった。
――綾乃の席だ。

少し迷ったあと、私は綾乃の席に向かった。
黒いファイルを手に取り、中を見てみる。
クラスのみんなの名前がずらりと並んでいた。名簿だから当たり前か。

届けてあげようと思ったけれど、ふと考えた。
今日なんて何にも話してないのに。
どんな顔して綾乃に会えばいいんだろう。

「……掃除しよ」

私は手にしていた名簿を綾乃の机の上に置いた。
そして、掃除用具入れに向かおうとしたとき教室の扉ががらりと開いた。

「綾乃……」

「歳納京子……?」

綾乃も私も、目を丸くして立ち尽くした。

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:45:24.20 ID:RLi1DOg+0
廊下の冷たい風が教室に流れ込んできた。
沈黙に耐え切れず、私は綾乃の席に置いてあった名簿を手に取った。

「……これ?」

「あ……そう。忘れちゃって」

「そっか」

はい、と名簿を差し出した。
綾乃は少し躊躇ってからそれを受け取った。
――少しだけ、指先が触れる。

「……ありがとう」

綾乃は私にお礼を言った。
すごく、違和感を覚えた。

「歳納京子は……何してたの」

「あ、ああ……掃除しようと思って」

「掃除?」

「そう。授業態度が悪すぎて、部活行く前に掃除やれって言われちゃった」

がちゃがちゃと箒と塵取りを取り出して、振り返る。
綾乃は何も言わずに俯いていた。

――もしかして私、まずいこと言った?

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:47:02.39 ID:RLi1DOg+0
「あ……綾乃?」

「大丈夫?」と聞く前に、届いた声。

「ごめんなさい……」

その声は震えていた。
私はどうして謝られたのかわからずに、でも今の空気を変えたくて慌てて否定する。

「な、なんで綾乃が謝るの。意味わかんないよ」

「だって……、私のせいじゃない」

「……え?」

「私があんなこと言わなかったら……」

言葉はそこで途切れた。
私も次に続ける言葉を見つけられなかった。

それは、肯定してしまったのと同じことだ。

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:48:37.27 ID:RLi1DOg+0
「……」

俯いたままの綾乃を見ていると、ゆっくりと顔を上げた。
そして、目が合った。
綾乃の瞳には涙が溜まっていた。

「……!」

綾乃はすぐに教室を出て行った。
私は追い掛けることができなかった。
呆然と立ち尽くしたまま、自分の胸に手を当てる。

――綾乃の潤んだ瞳に、鼓動が跳ねたことを自覚した。
綾乃を心配するよりも先に『もっと見ていたい』と思ってしまった。

「……、……」

私は何度も肩で大きく息をした。
深呼吸していないとおかしくなりそうだった。
私、何てこと考えたんだろう。最低だ。最悪だ。

「……もう、やだよ」

心の奥の声が漏れた。
指先の力が抜けて、床に倒れた箒が音を立てた。
誰もいない教室にその音はやけに大きく響いた。

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:49:08.74 ID:RLi1DOg+0
もう、いやだ。
こんなに気まずいのも。こんなにぎこちないのも。こんなに苦しいのも。
何より、こんな自分が。

「……っ」

嫌悪感で涙が溢れてきた。
泣いたのなんて、いつぶりだろう。

ほんの数日前に戻りたい。
綾乃にちょっかいかけて、怒られて、笑って。
――すごく、楽しかったのに。

もう、そんな気持ちに戻れそうにない。

私はへたりと床に腰を下ろした。
流れる涙が床に落ちて小さな小さな水たまりを作っていった。
窓から射し込んで来る夕陽が私の涙を橙色に染め上げた。

顔を上げると、その窓が開いていることに気がついた。
そのせいかカラスの鳴き声が鮮明に聞こえた。
それはまるで今の私を嘲笑っているようだった。
当然だ、とそう思った。

私、綾乃のこと意識し始めてる。

30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:53:47.99 ID:RLi1DOg+0


結局、教室を出たのは日が沈んでしまってからだった。
それより部活に行く気にはなれなかったから結衣には先に連絡を入れていた。

校舎を出ようと廊下を歩いた。
ふと、生徒会室と書かれた部屋の前で立ち止まる。

「……」

迷った挙句、扉に手を掛ける。
扉は開いたものの、中は真っ暗で誰も残っていなかった。

扉を閉めながら思った。
何でここに来たんだろう。
会って何話すかなんて考えてないのに。

「はぁ……」

溜め息を吐いて下駄箱に向かおうとした時、「歳納さん?」と声がした。
振り向くと鍵を持った千歳がいた。

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:54:33.71 ID:RLi1DOg+0
「今帰り?遅いなぁ」

「あー……うん、居残りで」

鍵を閉める千歳を見ながら、「綾乃は?」と言い掛けて口を噤んだ。
そのせいで変に沈黙してしまったからか千歳と目が合う。
千歳も私に何か言いたげだった。
それはきっと同じ人のことだ。

「綾乃ちゃんのこと、やろ?」

私は観念したように頷いた。
千歳は困ったように小さく笑っていた。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:55:34.52 ID:RLi1DOg+0


それから千歳と一緒に学校を出た。
外はすごく寒かった。
息を吐くと薄っすらと白くなった。

「綾乃は……先に帰ったの?」

「うん……でも名簿の整理、ちゃんと全部終わらせとったわ」

「……そっか」

名簿の整理、か。
あのとき教室にあった名簿もその一つだったんだ。
綾乃は私とこんなことがあっても、自分の役割はちゃんと果たしてる。
それに比べて、私は。

「授業中も怒られるし、後輩には嘘吐いて誤魔化すし、部活にも行ってないし……」

ねえ綾乃、教えてよ。
こんな私のどこがいいの。
私のどんなところを好きになってくれたの。

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 17:58:46.06 ID:RLi1DOg+0
「……歳納さん?」

自分が一番好きだった。
私は、自分が一番好きだったのに。
今となっては、自分の好きなところさえ――。

「もう……わかんないよ……」

涙が溢れてきた。

「歳納さん、落ち着いて……大丈夫やから……」

「千歳……、私……前みたいに綾乃と仲良くしたいよ……」

「うん……それは綾乃ちゃんも一緒やで?」

「でも……もうできない気がする……」

千歳は不安げな表情で「それは……嫌いになったいうこと?」と聞いてきた。
私は強く首を横に振る。

「……綾乃の目、見れないの。それなのににもっと見たいとか思ってる……」

私はとても矛盾したことを言った。
だけどそれが今の正直な気持ちだった。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:02:04.30 ID:RLi1DOg+0

「歳納さん、近いうちに綾乃ちゃんといっぺん話したってくれへん?」

千歳の言葉に私は顔を上げる。
千歳は微笑んだ。

「……む、無理だよ」

「せやけど……このままやったらほんまに疎遠になってしまうで?」

それは嫌だ。
嫌だけど……綾乃と話すってことは。
綾乃と二人きりになるってことで。

放課後の感情が再び蘇りそうになり、私は慌ててそれに蓋をした。

それに、話なら千歳がしてくれればいいじゃん。
だって綾乃は私の話なんか聞いてくれそうにない。

「……」

また、『やきもち』を感じた。
千歳のこと嫌いじゃないのに。

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:03:42.02 ID:RLi1DOg+0
色々考えを巡らせていると、すぐに別れ道に差し掛かってしまった。
え、まだ話は全然終わってない。それに何にも解決してない。

すると千歳は立ち止まり、私に言った。

「うちな、放課後船見さんにも会ってん」

「結衣に?」

「心配しとったよ。それに話したい言うとったわ、歳納さんと」

千歳はそれ以上何も言わずに「じゃあ、また」と帰って行った。
私もそれ以上、千歳を引き止めることはできなかった。

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:04:46.54 ID:RLi1DOg+0


それから私は迷わず結衣の部屋に押し掛けた。
「さっき千歳と会った」と言うとすぐに事情を理解してくれたらしく、中に入れてくれた。

「今日も何かあったみたいだな」

私の顔を見るなり、結衣はそう言った。
幼馴染みってすごい。
まあ私がわかりやすいってだけかもしれないけど。

「綾乃と教室で鉢合わせた」

「それで?」

「……泣かせた。私も泣いた」

「……なるほどね」

「それで部活休んだのか」と結衣は納得したように言い、溜め息を吐いた。

「あかりもちなつちゃんも心配してる」

「わかってるよ……」

「それに、私も言いたいことがある」

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:09:21.65 ID:RLi1DOg+0
結衣を見ると真剣な表情で私を見ていた。
威圧感さえ覚えた。
私は何も言えなくなってただじっと結衣を見ていた。

「私、今の京子は嫌いだ」

静かな部屋にその言葉だけがやけに大きく響いた。

「私が知ってる京子は、いつも空気読まずに感情だけで動いて周りの人無理矢理巻き込んで……」

「んなっ……」

酷い言い草だと思ったけど、事実だから何も言えなかった。

「……だけどお前の周りの人、みんな笑ってただろ?」

結衣の言葉にはっとする。

そうだった。
いつも私の周りには笑顔がいっぱいあって。
うるさいくらい笑い声が飛び交ってた。

「今は……誰も笑ってないよ」

最近、とても静かだった。
学校に行くときも、学校に着いても、学校から帰るときも。
それは、私自身が笑わなくなったからだ。

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:11:09.61 ID:RLi1DOg+0
結衣の言葉が重く圧し掛かる。

「私もその一人だ。あかりもちなつちゃんも」

「……」

「だけど……綾乃はそれ以上だよ」

結衣は私の前に腰を下ろす。

「今日、千歳と話した。千歳も苦しんでた」

「……」

「千歳も私も何とかしたいとは思ってる。だけどやっぱり限界がある」

きっと千歳は今日までずっと綾乃の隣にいてくれたんだろう。
本当は私がどうにかしなきゃいけないのに、どうにもできないから。

そして結衣も同じように私の隣にいてくれた。
あの日――私が綾乃の気持ちを知った日からずっと、今日まで。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:27:41.24 ID:RLi1DOg+0
「……わかった」

もう、これ以上誰かに頼ってばっかじゃだめだ。
私は顔を上げて結衣を見た。

「私、ちゃんと綾乃と話す」

「京子……」

「それで……気持ち、伝えてみる」

そう言うと結衣は優しく微笑んだ。

「大丈夫、心配するな」

「……え?」

「京子の今の気持ちは、もう綾乃の気持ちと一緒だ」

どういうことだと思って結衣を見ると、意味深な笑みを浮かべた。
本棚から一冊の本を取り出して、近くにあった鉛筆で何やら文字を書いている。

「どういう意味だよ」

結衣は持っていた本を閉じた。
その背表紙が目に入り、思わずぎくりとする。

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:29:37.76 ID:RLi1DOg+0
「授業中、綾乃のこと見すぎ」

「えっ……」

「あと、最近の千歳に対する視線が正に『やきもち』」

結衣はにやりと笑った。
手渡されたのは国語の教科書。

「この主人公と一緒だな」

今日まで結衣に私の気持ちなんて何にも話してなかったのに。
くっそ、お見通しだったのかよ。

「あと、これ来週テストだから」

私は一枚一枚ページを捲る。
何度読んでもやっぱりすっきりしない話だ。
その時、最後のページに書かれた結衣の字を見つけた。

『頑張れ』

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:30:35.97 ID:RLi1DOg+0
私は教科書を閉じて、結衣に手渡す。

「ありがと、結衣」

結衣は教科書を鞄にしまいながら言った。

「こんな結末にならないように早く動けよ」

そっか。

――今は、私が主人公だ。

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:35:59.41 ID:RLi1DOg+0


思い立ったが吉日。
私はその日のうちに綾乃の家に押し掛けた。
夜、もちろんアポなしで。

「と、歳納京子?何なのこんな時間に」

両親が出てきたらどうしようかと思ったけれど、本人だったのでほっとした。

「は、話があるの。綾乃に」

「……」

「ずっとこのままじゃ嫌だから、だから……」

そう言うと綾乃は「入って」と扉を開けてくれた。

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:37:27.47 ID:RLi1DOg+0


綾乃の部屋に入り、今から言うことを考えて一つ深呼吸する。

「綾乃」

「な……何?」

「今から、私の今の気持ち言うから」

ここに来るまでの道のり、私は色んなことを考えた。
そして、色々と思い出した。
今までの綾乃とのやり取りも、全部。

思い返してみれば、私はずっと綾乃に対して直接的なスキンシップをしたことがない。
それは綾乃から好かれているのがわかっていたから敢えてする必要がないと思ってたのかもしれない。

だけど、綾乃の気持ちを知ってからますますそんなことできなくなった。
それがどうしてなのか、ずっとわからなかった。

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:39:48.84 ID:RLi1DOg+0
無理矢理にでも抱き締めればいいと思った。
いつも、ちなつちゃんにしてるみたいに。

『綾乃ー』って追いかければいいと思った。
たまに、千鶴を見つけたときみたいに。

『愛してる』とか言ってみればいいと思った。
いつも、結衣としてるやり取りみたいに。

キス、すればいいと思った。
前に、千歳としたみたいに。

「……だから、聞いてほしいの」

だって、全部『友達だから』で済ませられる。

「歳納京子……?」

それができないのは、
綾乃を傷つけたくないからだとずっと思ってた。

だけど、本当は。

「……私」

意識しすぎて、何にもできなかっただけ。

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:41:53.45 ID:RLi1DOg+0
そのせいで、綾乃だけじゃなくてみんなのこと傷つけた。
たくさん心配かけた。
千歳と結衣には特に。

私は、国語の教科書の主人公とは違う。
だからもう、今日で終わりにする。
うじうじしてる私は、私じゃない。

私の好きな『私』に戻るんだ。

「私……綾乃のこと好きだよ」

その『私』よりももっと、
大好きになった綾乃の前で。

59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 18:56:04.20 ID:RLi1DOg+0


しんと静まり返った部屋。
覚悟を決めた私はただ次に続く綾乃の言葉を待っていた。

「と……歳納京子」

声がして顔を上げた。
綾乃は俯いたまま、うっすらと頬を染めていた。

「それはどういう意味で……好き、なの」

予想はしてた。
だって少し前まで自分でもわからなかったから。

だからもう、こういうしかないと思った。
下手に言うとまた綾乃のこと傷つけてしまいそうだった。
私の気持ちを伝えるには、恥ずかしいけどこれくらいの言葉しか思い浮かばない。

「綾乃を……その……だ、抱き締めたいとか……キスしたいとか思うの」

言った。言ってしまった。
顔を上げると綾乃と目があった。
綾乃は呆然と私を見つめていた。

これは……まずかったかもしれない。

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:00:55.09 ID:RLi1DOg+0
「ご……ごめ……」

謝ろうとした瞬間、綾乃の表情が歪んだ。
徐々に瞳が潤み、涙が浮かんでいく。

「あ、綾乃……」

「ごめんなさい……」

「……綾乃が謝んないでよ」

「違うの……、嬉しくて私……」

綾乃はそう言って潤んだ瞳のまま私に笑いかけた。
私の心臓がどくんと跳ねる。
とても、綺麗だと思った。

私はもう迷わなかった。

「綾乃……」

私は綾乃を初めて抱き締めた。

やっとだ。
やっと抱き締められた。

綾乃の身体は思ってたよりも華奢で柔らかかった。
それに、すごく温かかった。

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:03:01.93 ID:RLi1DOg+0
「大好きだよ……」

目を閉じると温もりが直に伝わってくるような気がした。

それと、ものすごい幸福感があった。
満たされてる、ってこういうことだ。

誰かを好きになるって、両想いってこんなに幸せなんだ。

この数日間、私は色んな感情に戸惑ったり悩んだりした。
それは、綾乃のことを好きになったからだ。
今なら、私に片想いしてた時の綾乃の気持ちもわかってあげられるはずだ。

たぶん、すごく苦しかったと思う。
だからもう、我慢してほしくない。

63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:06:37.00 ID:RLi1DOg+0
「綾乃も好きって言って」

「え……は、恥ずかしいわよそんなこと……」

「もう両想いだから大丈夫だよ。それに……私も聞きたい」

そう言うと綾乃は小さい声で「好きよ」と言ってくれた。
好きな人から『好き』って言われるのって、こんなに嬉しいんだ。

私はまた、新しい気持ちを知った。

綾乃が私のことを好きになってくれてよかった。
そして――私も同じ気持ちになれて本当によかった、と思う。

「歳納京子……」

「何?」

「顔……赤いわよ」

「……あ、綾乃に言われたくないっ」

でもやっぱり、
まだ少し恥ずかしいけど。

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:09:36.00 ID:RLi1DOg+0


それから私は元に戻った毎日を満喫する暇もないまま、怒涛の一週間を過ごした。
そう、期末テストだ。

「……死ぬ」

色んなことがあってテスト勉強もろくにできなかった私は、散々な結果を頂いた。
私の答案を見た綾乃が怪訝な顔をする。

「ちょっと、本気出しなさいよ。これじゃ張り合いがないわ」

「そんなこと言ったって……元はと言えば綾乃が原因じゃん」

「何ですって?!」

わいわいと騒ぐ私たちを見ながら、千歳と結衣は困り顔だ。

「また始まったよ……」

「ええなあ。二人とも……」

その時、授業が始まるチャイムが鳴った。
私たちは自分の席に着く。
そう言えば、これが最後のテスト返却だっけ。

「では、答案を返却します」

65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:11:11.05 ID:RLi1DOg+0
私は机に突っ伏した。
テスト……あと何が残ってたっけ。

「歳納さん」

げっと思いながら顔を上げる。

「はい……」

ああ、また怒られる。
そう思った私の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。

「満点です」

66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:11:43.24 ID:RLi1DOg+0
がたっと席を立つ。

「よくできましたね」

答案を受け取るとそこには紛れもなく『100』の文字。

「あ……そっか、これって」

――国語、だ。

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/26(土) 19:13:54.28 ID:RLi1DOg+0
私は答案を見直した。

主人公の感情の問題。
Aの感情の問題。
Bの感情の問題。

その全てに大きく赤い丸が付けられている。

私はふと綾乃を見た。
そして千歳を、結衣を。

みんな、微笑んでくれた。

「……へへ、やったぁ」

今回の期末、唯一満点を取ったテストを私は得意気に握り締めて笑った。



うん。

もう、大丈夫。





おしまい

引用元: 京子「国語Ⅱ」