子分「でもオレ、市民プールって行ったことないんすよね」

不良「マジかよ！？　未体験かよ！？　“チェリーボーイ”かよ！？」

子分「チェリーっす……」

不良「へっ、気にすんな！　だったら俺が市民プールのイロハをレクチャーしてやるからよ！」

子分「お願いしやす、アニキ！」

子分「あ、そうだ！　アネさんも誘ったらどうっすか！？　アネさんの水着姿見たいっす！」

不良「あいつは今日バイトだとよ。なんでも水商売のバイトらしい」

子分「水商売！？　アニキ、いいんすか！？　もしかしたらアネさん、他の男に体を……」

不良「へっ、別にあいつは俺のスケじゃねーし、あいつがどんなバイトしようがあいつの勝手だよ」

子分（アニキったら……素直じゃないんだから……）

＜市民プール＞

不良「着いたぜ……ここが“市民プール”だ」

子分「ううう……メチャキンチョーするっす！」

不良「分かるぜ。オメーにとっちゃ、ここは敵の縄張り（シマ）も同然だろうからな。完全なアウェーだ」

不良「だが、俺たち不良はナメられたら終わりだ！　ビシッとフンドシ締めていけよ！」

子分「へいっ！」

不良「まず、入場券を買うんだ。２時間で４００円だ」

子分「へぇ～！」

子分「つまり、１時間で２００円っすね！」

不良「３０分で１００円だな」

子分「１５分で５０円っすね！」

不良「３分で１０円だな」

子分「１８秒で１円っすね！」

不良「やめない？」

子分「へい」

不良「“ロッカールーム”に入るぜ……！」

子分「ここで海パンに着替えるわけっすね！」

不良「ちなみにここのロッカーを使うには、“１００円玉”が必要になる」

子分「マジっすか！？　たかがロッカーに１００円！？　ボッタじゃないっすか！」

子分「市民プールっつーのもなかなかのワルっすね～」

不良「ところがどっこい、このロッカーは使い終わったら……１００円が返ってくる！」

子分「えええええええええええ！！？」

子分「マジっすか！？　返金されるんすか！？」

子分「んなことして、市の財源は大丈夫なんすか！？」

子分「ウチの市長、太っ腹すぎじゃないっすか！？」

不良「市長ってのはそういうもんさ」

不良「市長の中には娘をさらわれたら、自ら敵組織に乗り込んでいく市長もいるらしいぜ」

子分「ふええ……市長なんてケンカなんかできないパンピーがなるもんだとばかり思ってたっす……」

不良「んじゃ、海パンとゴーグルとキャップつけるか！」

子分「アニキィ、海パンとゴーグルはいいっすけど、水泳キャップってなんかダサくないっすか」

子分「できれば付けたくない――」

不良「バカヤロウ！！！」

子分「！」ﾋﾞｸｯ

不良「この市民プールは水泳キャップ付けてなきゃ入れねーんだ！」

不良「たとえワルといえども、従わなきゃならねえシキタリはある……覚えとけ！」

子分「へいっ！　すいやせんでしたぁっ！」

不良「……ところで」

子分「？」

不良「お前、ケンカは弱いのに腹筋すっげー割れてんな。バキバキじゃねえか。どうなってんの？」

子分「ああ、これっすか」

子分「“他はだらしなくてもいいから腹筋だけは鍛えとけ！”」

子分「これがジイちゃんの遺言だったんす……」ｸﾞｽｯ…

不良「……いいジイちゃんを持ったな」ﾆｯ

不良「ロッカーにカギかけて、カギを手首につけて……」ﾁｬﾗ…

子分「へへへ、なかなかイカしたアクセサリーっすね、これ」ﾁｬﾗ…

不良「おっしゃあ！　シャワー浴びんぞ！」

子分「へいっ！」



ｼｬｱｧｧｧｧｧ……



不良「うへっ、こいつはキクぜ！　根性焼きよりキツイや！」ｻﾞｧｧｧ…

子分「山奥で修行してる武道家になった気分っすねえ！」ｻﾞｧｧｧ…

子分「うひょっ、プールが三つもあるんすね！」

不良「５０ｍプール、２５ｍプール、それと滑り台がある子供用プールだ」

不良「俺らは当然５０ｍでいいだろう」ﾆﾔｯ

子分「さすがアニキ！」

子分「じゃあさっそく――」ﾀﾞｯ

不良「走るんじゃあねえッ！　死にてえのかッ！」

子分「ひっ！」ﾋﾞｸｯ

不良「プールサイドってのはぬるぬるして滑りやすい……極上のデンジャーゾーンなんだ！」

不良「バカな俺らが頭打ってさらにバカになったらどうすんだ！？」

子分「ひええ……考えただけで寒気がするっす！」

不良「準備体操始め！　いっちに！　いっちに！」ｸﾞｯｸﾞｯ

子分「いっちに！　いっちに！」ｸﾞｯｸﾞｯ

不良「焦るなよ……ゆっくりと手足をほぐすんだ……」

子分「へいっ！」

不良「もし、≪水≫が暴走族チームだとしたら……当然“ヘッド”は“海”になる」

不良「“プール”はいわば……“副ヘッド”ぐらいの強敵だ」

子分「ナンバー２っすか！」

不良「んな奴と一戦交えようってんだ！　準備体操は絶対欠かせねえ！　分かったな！？」

子分「オレもアニキのナンバー２として、恥にならねえスイミングをしてみせるっす！」

子分「やっと……やっとプールに入れるんすね！」

不良「おうよ」

不良「だが、ケンカではジャブで牽制してから本命のストレートを出すように……」

不良「プールってのも“入りかた”が大事なんだ」

不良「プールの水を体に少しずつ浴びせながら……」ﾊﾟｼｬﾊﾟｼｬ

不良「ゆっくり入る」ｻﾞﾌﾞ…

不良「こうすりゃあ、体にあまり負担をかけずにプールに入ることができる」

子分「アニキの入り方、サイコーにクールっす！」

子分「しっかし、アレっすねえ……」ｷｮﾛｷｮﾛ

子分「一人か二人くらい水着姿のピチピチギャルがいるのを期待してたんすけど……」

子分「いるのはガキかおばちゃんぐらいっすねえ……」

子分「ねえ、アニキ――」





不良「へえ～、この市民プールよく来るんすか！」

おばちゃん「うん、週に２回は来るわねえ」

不良「どうりで若々しいわけだ！」

おばちゃん「あらアンタ、お世辞がうまいわねぇ～」

子分「アニキ！　なにおばちゃんと仲良くダベってるんすか！？」

不良「あ？　なんか文句あんのか？」

子分「あるっすよ！　アニキほどの極悪ヤンキーが、あんなおばちゃんと仲良くするなんて――」

不良「バカヤロウッ！！！」

子分「ひっ！」

不良「俺たちは今日、普段は来ないシマに乗り込んでるんだ……胸を借りてるといってもいい」

不良「そこの先輩に挨拶するのは当然だろが！」

子分「ふええ……シビれるっす、アニキ！」

不良「んじゃ泳ぐぞ！　俺はクロールだ！」ｻﾞﾊﾞｯ

子分「オレは平泳ぎっす！」ｽｲｰ



不良「ぐぁばっ！　ぐぁばっ！　ぐぁばっ！」ｻﾞﾊﾞｯｻﾞﾊﾞｯ

子分「……」ｽｲｰｽｲｰ

不良「ぐぁばっ！　ぐぁばっ！　ぐぁばっ！」ｻﾞﾊﾞｯｻﾞﾊﾞｯ

子分「……」ｽｲｰｽｲｰ

不良「ふぃ～……久々に泳ぐと５０ｍでも結構キツイな」

子分「そうっすねえ」

子分「しかし、アニキのクロール見事でしたよ！」

不良「え、そう？」

子分「息継ぎの時のツラなんて、まさに“鬼”そのものっす！」

子分「空気を水ごと吸うような、凄まじい息継ぎだったっすよ！」

不良（やっぱり俺って息継ぎヘタなんだ……）ｼｭﾝ…

老人「ほう……」

不良「あ？　なんだジジイ」

老人「ふぉっふぉっふぉ、こんな市民プールに君たちみたいな若者が来るとは珍しくてのう」

老人「近頃の若いもんはみんな、遊園地のようなプールに行っちまうからのう」

不良「へっ、俺は硬派だぜ？　あんな軟派なプール行ってられっかっての！」

老人「流れるプールとかに興味はないのかね？」

不良「ジイさん、俺は流されたくねえから……“不良”なんて生き方してんだぜ！」

子分「アニキ、かっけえよおおおお！」

老人「ところでどうじゃな、若いの」

老人「まだプールは空いておるし、ちょいとワシと勝負せんか？」

不良「ジイさん……俺とタイマン張ろうってのか？　……へっ、やめときな。死んじまうぜ」

子分「そうっすよ！　アニキはこないだ、５人相手に圧勝したんすよ！」

子分「ちなみにオレは５秒でやられてたっす！」

老人「怖いのかね？　負けるのが」ﾆﾔ…

不良「！」ﾋﾞｷｯ…

不良「上等だ……！　５０ｍ、どっちが速いか競争といこうじゃねえか！」

子分「いちについて……ヨーイ、ドン！」



不良「いくぜっ！」ｻﾞﾊﾞｯ

老人「ほあああっ！」ﾄﾞﾊﾞｧｯ



不良＆子分（バタフライだとォォォォォ！？）

不良「ハァ、ハァ……はっや……」

老人「ふぉっふぉっふぉ、ワシの勝ちじゃな」

老人「じゃ、ワシはもうすぐ２時間じゃから上がるとしよう」ｻﾞﾊﾞｧ…

不良「……」

子分「ア、アニキ……」

不良「へっ、あんなジジイに負けちまうなんてな……」

子分「あの……あまり気になさらず……」

不良「サイコーじゃねえか！　負けるってことはつまり、まだ俺には目指すべき目標があるってことだ！」

不良「近頃、俺ァケンカ無敗で天狗になってたが、まだまだ世の中広いってこった！」

不良「んじゃ、気を取り直して子供用プール行くとすっか！」

子分「そっすね！　たまには童心に返るってのも悪くないっす！」



子分（アニキってすげえや！　敗北すらも自分を奮起させる火薬にしちまうなんて！）

不良（ううう……あんなお年寄りに負けるなんて悔しいよぉ……！）

不良「よぉく見とけよ、ガキども！」

不良「俺がサイコーにイカした滑り台の滑り方を見せてやらぁ！」

不良「こうやって頭から……ひゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう！！！」ｼｭﾊﾞｧｧｧｧｧ

ザッパァァァァァンッ！



子供A「すっげー！」

子供B「お兄ちゃん、かっこいい！」

幼女「けっこんしてください！」

子分「さすがアニキ！　ガキどもの心を一瞬でつかみやがったっす！」

「コラーッ！　そこの人、滑り台ではしゃいでんじゃねえ！　危ねえだろ！」



不良「あ、すんません……」ｼｭﾝ…

子分「ちょっと待つっす！　なんすか、今の言い方は！？」

不良「おい、よせよ……悪いのは俺なんだ」

子分「いやいや、いくらプールの監視員といってもあの口のきき方はないっすよ！」

子分「ここはオレがビシッと、水中バトルでケリつけてやるっす！」

子分「おいアンタ、オレのアニキによくも――」

子分「――って、あれ……！？」

子分「アンタ……アネさんじゃないっすか！？」





ヤンキー娘「ゲ！？」

ヤンキー娘「アンタら……なんでこんなところに……！？」

不良「暑いから、子分誘ってやってきたんだよ」

不良「おめーこそ、水商売のバイトって聞いてたのに……なんでプールにいんだよ」

ヤンキー娘「う、うるせーっ！　プールの監視だって立派な水商売だろが！」

不良「まあ、たしかに」

ヤンキー娘「納得してんじゃねーよ！　笑えよ！　バカにしろよ！」

ヤンキー娘「水商売とか見栄こいて、こんなとこでプールの監視員なんかしてるアタシをさ！」

不良「笑わねーよ」

ヤンキー娘「えっ……！」ﾄﾞｷﾝ…

不良「てめえのシマを見張って、事故が起きないようにする……」

不良「サイコーに“ヒート”で“クール”なバイトじゃねえか！」

不良「さっき俺に注意かました時のお前の声にはサイコーにシビれたし……」

不良「そうやって監視台の上で、Ｔシャツ姿で市民の安全を守ってるおめーの姿は……」

不良「最高に“ビューティフル”だぜ……」

ヤンキー娘「こんなとこで口説いてんじゃねーよ……バカ……」

不良「俺さ……今までちゃんとコクったことなかったけど……」

ヤンキー娘「え……」ﾄﾞｷﾝ…

不良「ずっとお前のことが……」

子分「アニキ！　あっちにビート板がいっぱいあるっすよ！」

子分「ありゃあビート板の“集会”っすよ！　ガチでパネェっす！」

子分「アネさん、あれ使っていいんすか！？」

ヤンキー娘「あ、ああ、もちろん！　無料で使えるよ！」

子分「タダっすか！　ヒャッホウ！」

不良（子分の奴……！　あとでヤキ入れてやる！）ｷﾞﾛｯ

不良（でも……ま、いっか。プールサイドで告白なんてムードがなさすぎる）

不良「バイト邪魔して悪かったな！　８月になったらよ、みんなで海にでも行こうぜ！」

ヤンキー娘「う、うん！」

不良「ビート板でやることといったら……」

不良「やっぱこのラッコちゃんポーズだよな！」ﾌﾟｶｰ…

子分「こうっすか？」ﾌﾟｶｰ…

不良「そうそう！　ビート板を腹に抱えて、仰向けに浮かぶんだ」ﾌﾟｶｰ…

子分「へぇ～、ラクチンっすね！」ﾌﾟｶｰ…

不良「だけど気をつけろ。このポーズは意外とバランス維持が難しい」ﾌﾟｶｰ…

不良「ちょっとでもバランス崩すと――」ｸﾞﾗｯ

ザバァンッ！

不良「げほっ、ごほっ……こうなる」

ザバァンッ！

子分「がぼっ、げぼっ……思いっきり水飲んじまったっす！」ｹﾞﾎｯｹﾞﾎｯ

不良「ラッコってパねーな！」

子分「パネェっす！」

監視員「ただいまより１０分間の休憩に入ります！」

ピピーッ！





子分「休憩時間なんてあるんすか？」

不良「ここの市民プールは５０分ごとに１０分間の休憩時間を設けてるんだ」

不良「疲れた体をこの１０分で回復できるって寸法よ」ﾆﾔｯ

子分「粋な計らいっすねえ……」ｼﾞｰﾝ…

子分「しっかし、休んでる間はどうすりゃいいんすか？　なんか持て余しちまうっすね」

不良「あっちに自販機もあるし、向こうの蒸し風呂みてーなとこで体を温めてもいい」

子分「市民プールってすげえっすね！　至れり尽くせりじゃないっすか！」

不良「来てよかっただろ？」

子分「来てよかったっす！　チョー穴場っす！」

不良「じゃ休憩終わってもうひと泳ぎしたら、俺らも引き上げるとすっか！」

子分「へいっ！」

泳ぎ終わった二人。

不良「じゃ、俺たちは帰るわ」

子分「アネさんも一緒に帰らないっすか？」

ヤンキー娘「アタシは夕方までここでバイトだからね。先、帰ってなよ」

子分「そっすかー……残念っす」

子分「じゃあプールを出る前に目を洗って……」

不良「ちょっと待った！」

子分「へ？」

不良「実はよ、プールの後ってあまり目を洗わない方がいいらしいんだ」

子分「え、なんでっすか？　ゴーグルつけてたとはいえ、多少はプールの水が目に入ってるっすよ」

不良「プールの水に含まれる塩素がまだ目に残ってる状態で目を洗うと、かえって目を傷つけちまうらしい」

子分「へえ～、そうなんすか！」

子分「オレがガキの頃なんかバリバリ洗ってやしたけどね！」

不良「俺ら不良が時代とともに生き方を変えていかなきゃならねえように……」

不良「プールでのマナーや常識もまた、変わっていくってこったな……」

シャワー室に入った二人。



ｼｬｱｧｧｧｧｧ……



子分「アニギ～！」

不良「なんだ～！？」

子分「シャワー気持ちいいっす！　よすぎるっす！」

不良「まったくだ！　水泳後のシャワーってなんでこんなに気持ちいいんだろうな！」

子分「プールで冷えた体に温水が染み渡るっすっ……！」

不良「犯罪的だっ……！」

子分「あ”あ”あ”～～～～～～～～～～～～～～！！！」

不良「あ”へぇ～～～～～～～～～～～～～！！！」

子分「いやぁ～、クタクタっすねぇ～」

不良「んだな」

子分「２時間っていっても、実際にプールにいた時間は一時間半ってとこでしょうけど」

子分「体がすっげえ重いっす！　ニュートン状態っす！」

不良「さすが水泳は全運動の中でもカロリーをもっとも消費するなんていわれてるだけあるよな！」

子分「――うめえ！」

子分「プールの後に食うアイスは格別っすね！」ﾓｼｬﾓｼｬ

不良「ああ、１００円アイスの分際でハーゲンダッツ以上のレベルに達してやがる」ｻｸｻｸｯ

不良「ちなみに俺はモナカ派だ」ｻｸｯ

不良「このなんか四角い部分を噛みちぎる瞬間がたまらねえ」ｻｸｯ

不良「こんなゼータクかましちゃう俺らってやっぱワルだよなぁ～」

子分「ワルっすねぇ～」

市民プールを出た二人。

不良「子分、今日はどうだった？」

子分「いやぁもう、サイコーっすよ！」

子分「市民プールっつう新たなショバを、思う存分堪能したっす！　開拓っす！」

不良「へへへ、そういってもらえるとホッとするぜ」

子分「これでオレたち、プールでやるべきことは一通り体験したってことになるんすよね？」

不良「まあ、そうだな……」

不良「……いや待て！　まだプールのイベントは残ってた！　肝心なヤツがな……！」

子分「え、なんすか！？」

不良「頭をこうやって傾けろ」ｸｲｯ

子分「へい」ｸｲｯ

不良「そうすると、耳の中に入った水が……」

不良「あ”あ”あ”～～～～～～～～～～！」ｼﾞﾜｧ…

子分「ぎも”ぢい”い”～～～～～～～～～～！」ｼﾞﾜｧ…







―　おわり　―