2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 12:09:32.10 ID:rMd6G09pO
「いやー、瀧はすごい!内定は全然ゲット出来なかったのにこんな可愛い彼女は簡単にゲットしちゃうんだから」
「うるせーよ、内定の話は余計だろ」
 時間の緩やかに流れる喫茶店。奥ではコーヒーポッドから湧き上がる湯気が、少し低めの天井に当たって店の中に広がっている。
私達の声のほかには、少しだけぼやけた外の喧騒と、あとはカップとソーサーの擦れる音だけが響いていた。

「いや、でも本当にすごいよ。だってまだ4月だぜ!?早すぎだろ」
「早速、社会人ラブ満喫してるよなあ」
司くんと高木くん、2人の興味は尽きる事を知らない様だった。

 瀧くんは知らない。私がもっと前から君を探してた事を。
2人はもっと前から出会っていたのだという事を。





 この広い日本で、2人は運命の糸で結ばれてるからきっとまた出逢える、なんて考えられる程、私は少女ではいられなかった。
大学で上京してからは何でもした。君の通ってた高校、バイトしてたレストラン。記憶を頼りにどこへだって行った。

 8年前のあの頃、風の様に来て風の様に一瞬で去っていったあの毎日。
それだけを頼りに実体の見えない影だけの君を、手探りしながら日々を過ごしていたんだ。





3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 12:10:23.55 ID:rMd6G09pO


--2人って似てますよね」
「え?」
ふやけた意識が言葉の意味を理解するのに数秒かかった。似ている、その言葉が頭の中で反芻される。

「や、すいません瀧と宮水さんって何か似てるなあって思ったんです。な、そう思わねえ?」
「ああ、言われてみればそんな気もするけど」
瀧くんが応える。

「なんだろうな、雰囲気とか?そういうのは似てるなって俺も思う。」
なんでだろうね、と呟いてこちらを見つめる瀧くんに私は何も言う事が出来ない。
違うよ、の一言が喉で止まり、私は沈黙で返した。



 違うよ、瀧くん。私と君は全然似てなんかいない。もし似ている様にみえるとしたら、君に憧れた宮水三葉という女が、ただ君の真似をしているだけなんだ。

 君はぶきっちょだし、女子力はないし、好きな人とは緊張して上手く話せないし……だけど自分らしく生きていた。

 そんな君が私は羨ましかったし、かっこ悪いところも含めて君の全部が好きだった。
 私は今も失ってしまった青春の恋の残滓に苦しめられている。








10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 12:12:44.27 ID:rMd6G09pO

***
 

 寒気が全身を包んでいる。
薄暗い部屋にくしゃみの音が響いた。
横になり、ベッドに身体を預けると、頭がグラッと揺れた気がした。
どうやら風邪をひいたようだ。


 薬を飲み、布団にくるまると、暗闇に引きずり込まれる様に目を閉じた。
身体ごと安寧の泥に引きずり込まれ、意識だけをかろうじて繋ぎながら私は眠りに落ちた。



 瀧くん……瀧くん……
 ぼやけた意識のなかで君の名を呼ぶ。
きっとそれは現実感の無いままに、はかなく終わらなければならなかった恋だった。
無理矢理に引き伸ばして、今では皺だらけでくしゃくしゃになっている。





それでも私は君の名を呼ぶ。
ボロボロになった恋に見捨てられたって構わない。私達はあの頃と何1つ変わってないから。
私の知らない時間を生きてきた君も、
確かに瀧くんだから。
それだけで私は何度でも恋をする事が出来るから。

瀧くんはどうかな?君の知らない私であっても好きになってくれるかな。

私は君の名を呼ぶ。
忘れない様に、繰り返しその名を呼ぶ。
君がどこにいても見つけ出せる様に。









11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 12:13:48.19 ID:rMd6G09pO


「瀧くん……瀧くんっ!」
「うぉっ!」
部屋に2つの声が響く。
「あ、瀧くん」
「びっくりしたあ、あ、これ食べなよ」
 うん、ありがとう。と答えて身体を起こす。汗で湿ったパジャマがべたついた肌にくっつく。
 机の上には瀧くんが作ってくれただろうお粥が細く湯気を立てている。


「何かうなされてたみたいだけど……大丈夫?」
心臓の音が、ドラムを鳴らしているみたいに身体の中に響いている。
気恥ずかしさで彼の目を見る事が出来ない。
頬が熱を持っていて、赤くなっているのが見なくても分かる。

「んー?まだちょっと熱があるかな」
ひんやりと冷たい手が額に伸びた。
冷たさに驚いて顔をあげる。

昔より少し伸びた髪の間から、変わらずまっすぐな瞳が私を見つめていた。
額に当てられた手が頬へと滑る。
白い顔が近づいてくると、あっさりと唇が重なった。

頬はますます熱を帯びてしまい、私はこの熱が本当に風邪のせいなのか分からなくなってしまった。






私は何度でも君に恋をする。
それは川のせせらぎが聞こえる山の麓で、
あるいは人で溢れる電車の中で。

何度でも君を探しだして、恋をしてやるんだ。





身体を包む寒気はすっかり無くなっていた。

13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/11(日) 12:14:31.21 ID:rMd6G09pO
終わります

引用元: 1人だけ記憶の戻ってしまった三葉の話