1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:17:03.009 ID:9K+gHMde0.net
声優「え?」

右京「この映像を見る限り、他の可能性も考えられると思うのですが」

声優「あの……えっと……?」

右京「ああ、申しわけない。どうにも、細かいことが気になってしまう……僕の悪い癖」

音響監督「ちょっとちょっと、収録中に困りますよ! 何なんですか、アンタ!」

右京「警視庁特命係の杉下です」

音響監督「け、刑事さん……!?」

右京「二三、お聞きしたいことがあるのですが」

音響監督「いや、そう言われましても……」

右京「お時間はとらせませんので、ぜひ」

音響監督「ま、まあ……時間がかからないのであれば」

右京「ご協力、ありがとうございます。では、さっそくですが――そちらの」

声優「えっ、わ、私ですか……?」

右京「先ほど、貴方は子犬が男性に駆け寄る映像に合わせ『ご主人様が帰ってきた、嬉しいな』という台詞を割り当てました」

右京「僕はこういったことには疎いのですが、一般的に『アテレコ』と呼ばれている作業ですよね?」

声優「はい……それで、刑事さんは何が気になってるんですか……?」

右京「僕が気になっているのは一点。何故、貴方はこの子犬が飼い主の帰宅に喜んでいると決めつけたのか……ということですよ」

声優「き、決めつけたって……! そんなつもりは」

5: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:22:05.790 ID:9K+gHMde0.net
右京「こちらの映像は何らかの形で世間に公開されるのでしょうか」

音響監督「は、はい。一応、全国ネットで流しますよ。ゴールデンタイムの動物特番ですから」

右京「つまり、大勢がこの映像を目にするわけです。子犬が『ご主人様が帰ってきた、嬉しいな』と言っている映像――」

右京「いえ、こう言い換えたほうが正確でしょうか。子犬が『ご主人様が帰ってきた、嬉しいな』と恰も言っているかのうように捏造された映像」

右京「その捏造された映像により、子犬には『飼い主への忠誠心がある犬』というレッテルが貼られることになるわけです」

声優「な、何が言いたいんですか!」

右京「ああ、お気に障ったのであれば謝ります。ですが、僕の言っていることはあながち間違いと言い切れないのではないでしょうかねぇ」

右京「貴方はこの子犬から直接聞きましたか? 『自分は飼い主の帰宅に喜んでいるのだ』と」

声優「そんなわけないでしょう……犬は喋れないんですから」

右京「そう! そうなんです、犬が喋れるはずはない。ですが、現に貴方はこうして子犬の言葉を代弁しているわけです」

16: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:27:07.366 ID:9K+gHMde0.net
右京「代弁しているわけですから、当然、この子犬がどのように思っていたのかを知り得たということになります」

声優「……」

右京「子犬の思いを知るに至った、その手段というのがどうにも……僕には見当がつかないもので、お聞かせ願えませんか」

声優「し、しっぽ……ほらっ、尻尾振ってるじゃないですか」

右京「なるほど、尻尾を振っている……僕もその可能性は考えました」

右京「ですが、犬が尻尾を振っていれば喜んでいると、科学的に証明されているわけではありませんよね?」

右京「犬の尻尾の揺れは心拍数と関係しているという記事を読んだことがあります。この子犬が何らかの感情を抱いているのは間違いないでしょう」

右京「ですが、果たしてその感情は喜びなのか……尻尾を振っているだけで判断するのは、性急と言わざるを得ないと思うのですが」

声優「…………だ」

右京「だ? なんでしょう」

声優「台本に書いてあったんです……」

右京「はいぃ?」

21: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:31:03.068 ID:9K+gHMde0.net
声優「台本に書いてあったから、それに従っただけで……。か、考えたのは構成作家さんです。その人に聞いてください」

右京「なるほど、そうでしたか。この台詞を考えたのは貴方ではなく、他にいる……」

声優「あ、当たり前ですよ。普通、そういうのは作家さんが考えるんです。もう、仕事の邪魔なんで、出てってくださいっ」

右京「なにぶん、こういったことには疎いもので。お忙しい中、ご協力ありがとうございました」

音響監督「もういいですか?」

右京「ああ、もうひとつだけ。その『構成作家さん』というのは、どちらに」

音響監督「え~っと、今日は収録に立ち会ってもらってますから……今はロビーにいるんじゃないですかね」

右京「ありがとうございます」

26: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:36:20.050 ID:9K+gHMde0.net
構成作家「……」

右京「ちょっと、よろしいですか」

構成作家「うわっ、びっくりした……なんですか?」

右京「警視庁特命係の杉下です。番組の構成作家である貴方に、少しお伺いしたいことがありまして」

構成作家「えっ……動物特番のことですか? あの、制作中に何か違法な――」

右京「いえ、そういうわけではありません。ただ少し、気になることがあったもので」

構成作家「気になること?」

右京「はい。さきほど、こちらのブースへお邪魔し、台本をお借りしてきました」

右京「この台本の中にある……ここ。この『ご主人様が帰ってきた、嬉しいな』という台詞がどうにも……」

構成作家「あー、この台詞を考えたのは僕ですけど……何か問題でも?」

右京「ブースで流されていた映像を見る限り、子犬が飼い主の帰宅に喜んでいると決めつけるには根拠に乏しいと思うのですが」

構成作家「え? でも、たしかあの映像の子犬は尻尾を振ってますよね?」

右京「アテレコを担当している声優さんも同じことをおっしゃってました。ですが、尻尾の揺れは犬の心情を明確に表しているわけではありません」

右京「警戒や怒りに対しても、同様に尻尾を振ると聞いたことがあるのですが」

構成作家「ああ……まあ、そうらしいですね。なるほど、つまり刑事さんはこう言いたいわけですか」

構成作家「この子犬の気持ちを理解したと思い込み、勝手に台詞をあてがう僕が許せないと」

右京「許す許せないはさて置き、『勝手に台詞をあてがっている』という表現には同意します。いかがでしょう」

29: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:41:48.773 ID:9K+gHMde0.net
構成作家「勘違いしているようですけど、番組の制作には専門家の方にも協力してもらってるんです」

右京「専門家……それは、どのような」

構成作家「動物心理学を研究されている大学教授ですよ。その方にアドバイザーとしてついてもらってます」

構成作家「映像と台本にも、一通り目を通してもらってるんですよ」

右京「つまり、貴方の独断で決めた台詞ではない」

構成作家「そういうことです。それに、刑事さんは犬の尻尾の揺れによる心情の表現は明確ではないと言ってましたけど」

構成作家「方向によって、ある程度は判断がつくんですよ。これは海外の研究チームが論文で発表した、根拠のひとつです」

右京「おやおや、それは驚きました。方向……ですか」

構成作家「はい。右側に振っている時は、ポジティブな感情を抱いているらしいです」

構成作家「その、子犬が飼い主に駆け寄ってる映像……ああ、僕のタブレットでも観れますけど――」

構成作家「ほら、ね? 右側に大きく振っているでしょう?」

右京「なるほど、たしかにそのようです」

構成作家「良かった、これで納得してもらえましたか」

右京「ええ、この子犬が喜んでいるということに関しては、納得しました」

構成作家「……どうにも、含みのある言い方だなぁ。刑事さん、まだ納得いってないんじゃないですか?」

右京「実を言うと、まだ引っ掛かる点がありますねぇ」

33: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:46:03.853 ID:9K+gHMde0.net
構成作家「何ですか、引っ掛かる点って」

右京「『ご主人様が帰ってきた、嬉しいな』という台詞。この前半部分ですよ」

構成作家「……?」

右京「子犬が右側へ大きく尻尾を振っているのだから、喜んでいると判断した。それを踏まえた『嬉しいな』。なるほど、そうかもしれません」

右京「ですが、『ご主人様が帰ってきた』という点に関しては、まるで納得がいかないんですよ」

構成作家「えっと……子犬が喜んでいる理由が、飼い主の帰宅以外にあるんじゃないか……って話ですか?」

右京「ええ」

構成作家「貴方も分からない人だな……だってこの映像を見てくださいよ。ほら、飼い主に駆け寄っているじゃないですか」

右京「まず疑問に思うのが、そこです」

構成作家「え?」

右京「さきほどから、貴方はこの映像の男性を『飼い主』と決めつけていますが……本当にそうでしょうか」

構成作家「……ん?」

右京「台本には、『視聴者の投稿した映像』と書かれていますね。つまり、撮影現場に制作スタッフはいなかったわけです」

右京「何故、この男性が子犬の飼い主であると判断できたのでしょう。……想像ですか?」

構成作家「ははは、それは簡単な話ですよ。この映像は、メールで送られてきたものなんです」

右京「なるほど、そのメールに説明文があった」

構成作家「ええ。説明文と言うか、動画のタイトルですけどね。『飼い主に駆け寄る子犬』っていうタイトルだったんです」

右京「その送り主が嘘をついている可能性は考えませんでしたか?」

構成作家「……えっ」

39: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:51:09.420 ID:9K+gHMde0.net
右京「動画のタイトルにそう書かれていたからといって、それが事実であると決めつけるにはあまりに――」

構成作家「いやいやいや、だって、そんなの普通疑いませんよ! 嘘をつくメリットが無いでしょう!」

右京「子犬が駆け寄っているのが飼い主であったほうが好印象を与えやすい、そう判断した可能性はありますよね」

右京「もし仮に、この動画のタイトルが『飼い主ではない人間に駆け寄る子犬』というものだったとしたら、どうでしょう」

右京「子犬の台詞は『飼い主じゃない人が来た、嬉しいな』というものになるわけです」

右京「これは極端な例えですが、それに似たニュアンスの台詞にせざるを得ない……」

右京「その場合、視聴者へ与える印象はひどく薄いものになるでしょうねぇ。素人である僕がそう考えるわけですから」

右京「投稿者も同じように考え、敢えて『飼い主に駆け寄る子犬』と、事実と異なるタイトルをつけた可能性は十分にある」

構成作家「そ、それは……可能性の話を始めたらキリが無いじゃないですか」

構成作家「それに、投稿者の方とは何度かやり取りをしているんです。男性が飼い主であることは間違いないですよ」

右京「先ほども言いましたが、嘘をついているかもしれません」

右京「男性が子犬の飼い主であることを、他の方法で確認しましたか?」

右京「男性が暮らす市区町村で飼い犬の登録が成されているか、登録された飼い主の名前が男性のものと一致しているか……」

構成作家「そ、そんなの……無理でしょう。時間もかかりますし、断られたらそこまでだ」

右京「つまり、投稿者が嘘をついている可能性は否定できないわけですよね?」

45: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 20:57:41.038 ID:9K+gHMde0.net
右京「百歩譲って、この映像の男性が本当に飼い主だったとしましょう」

右京「だとしても、問題はあります。この子犬が男性のことを『飼い主である』と認識していなかった場合です」

右京「もし仮に、この子犬が男性のことを『飼い主』ではなく、単なる『同居人』と考えていたとしたら」

右京「子犬の台詞は『同居人が帰ってきた、嬉しいな』というものになるべきです」

右京「あるいは『給仕』と考えている可能性もありますねぇ。その場合は同様に『給仕が帰ってきた、嬉しいな』という台詞になります」

構成作家「そ、それは――」

右京「男性が手提げ袋を持っていることに注目した場合、他の解釈もできるのではないでしょうか」

右京「この子犬は男性ではなく、男性の持つ袋の中身に興味があったんですよ。そうなると、子犬に対する印象は一変します」

右京「男性への忠誠心よりも、物欲を優先しているわけですからねぇ。本来、そういう性格の犬なのかもしれません」

構成作家「そんなの、アンタの想像じゃないか!」

右京「そう、全て僕の想像です。ですが、貴方の書いた台詞に対しても同じことが言えるんですよ?」

右京「飼い主と断定できない男性に駆け寄る子犬の映像に、想像で台詞をあてがっているのですから」

構成作家「うっ……!」

右京「貴方の勝手な想像によりねじ曲がった真実が、この子犬に刷り込まれるわけです。子犬からしたら、良い迷惑なのではありませんか?」

構成作家「……」

右京「僕の想像通り、物欲に動かされ男性に駆け寄っていたとしたら……今後この子犬は有りもしない忠誠心を求められることになります」

構成作家「……ぼ、僕は……ただ、番組を盛り上げようと……それに、この子犬は飼い主に喜んでいるように見えたから……」

右京「思い込みで、動物の心情を理解したつもりになるんじゃなぁい!!!!!!!!!1」プルプルプルプル

54: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/01/22(日) 21:02:10.964 ID:9K+gHMde0.net
右京「貴方が罪に問われることは無いでしょう……ですがっ! 一匹の子犬の人生、いえ犬生を狂わせて良いわけがない」プルプル

構成作家「う、うわああああああああああっ」ガクン

右京「今からでも遅くはありません。番組のテロップにこう書いたらいいではありませんか」

右京「『子犬の台詞は全て作家による創作であり、子犬の意思を明確に表現したものではありません』と」

構成作家「はい……すいませんでした、刑事さん……」

右京「……僕にも似たような経験がありました。貴方に、同じ過ちを繰り返して欲しくなかった」

構成作家「……?」

右京「かつて、僕には優秀な飼い犬がいました。僕はその飼い犬の忠誠心を疑おうとしなかった……ですが」

右京「彼は、僕の知らないところで犯罪に手を染めていました。暴行……そして、違法薬物」

右京「おまけに、ホモだったんですよ」

構成作家「ホモ……?」

右京「僕は彼の表層しか見えていなかったのかもしれません。そしてその思い込みは、取り返しのつかない悲劇を生む……」

右京「もし僕が彼を疑うことができていたら……彼の蛮行を止めることができたかもしれませんからねぇ」

右京「貴方はまだ引き返せます。相手の胸中は、真の意味で理解できない。そのことを常に考えるべきです」

右京「もし、お遍路の旅に出ると言い出しても、信じてはいけませんよ。裏では薬物に手を出している可能性もあるのですから」

構成作家「は、はあ……」

右京「少し、喋りすぎました。僕はこれで失礼します。貴重なお時間、ありがとうございました」

構成作家「ど、どうも……」

END

引用元: 声優「ご主人様が帰ってきた~! 嬉しいなぁ~!」右京「何故でしょう」