1: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:46:20 ID:???00
高校も残り数ヶ月。毎年のことながら、冬の寒さに慣れることはない。
ポケットに手を入れて登校していたら、途中で合流したルビィにそれを咎められた。

「姿勢悪くなるよ」

「もう悪いわよ」

背筋をピンと伸ばして、堂々と歩くルビィ。
マフラー巻いて耳当てして、タイツも履いてるけど、私のように卑屈な感じはない。卑屈なつもりはないけど。不幸なだけよ。

「あんた、変わったわね」

「そう?」

変わったわ。皆みんな。

2: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:47:33 ID:???00
私が2年生になってすぐ、果南とダイヤがいなくなったと騒ぎになった。
たぶん駆け落ちだった。

いなくなったことより、2人が恋人同士だったなんて知らなかったからびっくりしたわ。
ダイヤ、決められた結婚相手とかいたのかしら。果南はそういうのはないだろうけど。

黒澤家の跡取りとしての立場と、果南とで揺れ動く煮え切らないダイヤを、果南が強引に連れ去って、今はどこかで細々と2人幸せに暮らしてることでしょう。

なーんて、全部推測どころか妄想だけどね。
ルビィとは、そういう話はしないから。聞いたら答えてくれるだろうけど。

3: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:48:19 ID:???00
ダイヤがいなくなってからというもの、ルビィは連日泣きべそかいて大変だった。その度に私が慰めたものだった。
ただ、しばらくすると、みるみる大人びた雰囲気を身にまとっていくのを感じた。
黒澤家の跡取りとしての重圧が、ダイヤの代わりにルビィにのしかかったのだ。それが上手く昇華されたのかもしれない。

「今日も放課後は、図書館で勉強するよね?」

「あー、今日はパス」

「期末近いよ?」

「問題ないわ」

「もう、せっかく金曜なのに」

「ずら丸と2人で行ってきなさい」

金曜日の放課後は、ずら丸も入れて3人で勉強した後、どこかに寄ってご飯を食べるのが恒例になっていた。
解散したすぐ後、私とルビィだけまた集まってどちらかの家で一晩過ごすのも。

「私が他の女の子と2人きりでもいいんだ」

「何言ってんのよ。ずら丸といてなんか起こるわけ?」

「むぅ……」

「また来週ね」

「うん」

4: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:48:46 ID:???00
「あ、善子ちゃんさ」

「ん?」

「大学、地元の受けるよね」

「んー、たぶん」

「……そっか」

言葉を濁すと、寂しそうな顔をするルビィ。やさしく頭を撫でると、あっという間に顔を赤くした。

5: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:49:15 ID:???00
翌日

私は東京に来ていた。我がリトルデーモンに会うために。

『よっちゃんがこっちの大学入ったら、私の部屋で一緒に住まない?』

半年以上前に送られたメッセージを見返すと、梨子との生活を想像してニヤけてしまう。
東京の大学で入れそうなところを目指して勉強する毎日だった。おかげで学校の定期試験くらいは楽にこなせるくらいの力はついた。
今日は梨子の住んでる部屋に下見、もといお邪魔する予定だ。
どんな話をしようか。そのままいい雰囲気になったりして。
一応買うもの買っとこうかしら。

なんてことを考えながら、スクランブル交差点の信号機が変わるのを待った。
それにしても人が多いわね。油断するとこの群衆に飲み込まれそう。
信号が青になると、周りにペースを合わせて歩き始める。

6: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:49:38 ID:???00
皆よくぶつからないわね。本当は結構ぶつかってたりするのかしら。
あいたっ。
後ろから押されたせいで前の人と衝突した。
その人が倒れそうになったから思わず抱き抱えるように支えると、腕の中には、美しい顔立ちの人がいた。
まるで私のよく知る浦女最後の生徒会長、黒澤……

「ダイヤ!?」

「善子、さん?」

「ヨハネよ……それはいいわ。なんでこんなところに?」

「その……」

「ああここじゃ邪魔ね。とりあえず行きましょう」

ひとまず交差点を抜け、私たちは落ち着ける場所を探した。
しばらく歩くも、喫茶店などはどこも満員だった。

「流石東京ね」

と言うと、くすっと笑うダイヤ。

「あの、わたくしの住んでいるアパートでよければ……」

「いいの?」

「ええ、少し歩きますが」

7: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:50:23 ID:???00
ダイヤは、かなり疲れている様子だった。怒ったような、くたびれたような、体が力んでいるような気がした。
さっき一瞬笑った顔は、私の知ってるダイヤだった。それ以外は、知らないダイヤ。

ダイヤについていくと、かなり古そうなアパートに着いた。

「散らかってますが」

部屋に入ると、本当に散らかっていた。

「えっと、果南も、いるのよね?」

「……ええ」

「まあ、とりあえずは元気そう……で安心したわ」

「ほかの皆さんは、お変わりないですか?」

「変わってるわよ。何もかも」

「そう、ですか……」

「……んー、色々聞きたいことあるけど、ルビィが寂しがってるわよ?帰ってこないの?」

「……合わせる顔がありませんもの」

「まあ、そうね。黒澤家のことも今はルビィが頑張ってるし」

「ルビィが……?」

「すごいのよ。勉強もしてるし」

「そうですか……それは……よかったです……」

息をついて、心底安心したといった感じ。ルビィのことは本当に気がかりだったのね。

8: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:50:53 ID:???00
「そういえば果南は? あ、仕事か」

「……いえ、最近はどこにいるのやら」

「はぁ?」

「連絡は、本当は取れないこともないのですが……月に1度、郵便受けにお金の入った封筒が入れられてきます。それが、果南さんの……」

「生存確認ね」

「はい」

「まーったく、何やってるのよ。東京まで出てきて一緒になった意味がないじゃない」

「そう……ですわね……」

「この生活が大騒ぎまで起こして手に入れたかったものなの?」

「……」

9: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:51:27 ID:???00
俯くダイヤ。
少し、意地悪言い過ぎたかも。
別に説教しにきたわけじゃないし。聞きたくもないだろうし。
俯いたまま目を合わせないダイヤ。いや、そういう視線じゃないわねこれは。

「……ところで、善子さん」

声に、妙な色気が混じっていた。
ダイヤの目がトロンとしている。
部室で、屋上で、ダイヤの部屋で、キスをした時にはその目になっていたのを思い出す。

「その、スカート、張ってますわよ……?」

正直、部屋に入った時から反応していた。
しかし今のダイヤには果南という存在がいるから、流石に無粋なことをするつもりはなかった。
なかったのだけれど。

かつて味わったダイヤの柔らかい白い身体が、脳裏に浮かぶ。
それがまた目の前にある。

10: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:51:40 ID:???00
「果南さんの    はその……乱暴で、自分が終わるとすぐに寝てしまうのです。最後までできないことも多くて……」

「要するに、欲求不満なのね」

「……はい」

「……そっちから誘ったんだからね」

「……はい!」

パァとダイヤの顔が明るくなる。今日1番の笑顔じゃないかしら。
そうして私たちは生まれたままの姿になった。


――――――――――――――

11: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:52:07 ID:???00
「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい、善子ちゃん」

「ヨハネよ」

「はいはい」

予定の時間よりだいぶ遅れて、ようやく梨子の住まいに訪れた。
広くて綺麗な、梨子らしい部屋だと思った。
家賃とか高そうだけど、仕送りがすごいのかしら。

お茶をもらって、しばらくたわいない話をした。

「で、こっちの大学受けるんでしょ?」

「そうね。今のところ」

「模試の結果も良さそうだったもんね。きっと大丈夫」

「ありがと」

12: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:52:23 ID:???00
なんだかとても癒される。ボロアパートでの重い話と、ここでの温度差で風邪をひきそう。
ダイヤ達のことは、今は言わなくていいか。

「今日泊まってくでしょ?」

「いいの?」

と言いつつ泊まる準備はしてきている。

夕飯を食べ、順番にお風呂に入って、テレビを見てると寝る時間になったので、ひとつのベッドに一緒に寝ることにした。
2人横になっても余裕があるくらいだった。

13: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:52:50 ID:???00
「よっちゃんが来ると思って、少し大きめのベッドにしたんだ。これで毎日一緒に寝れるね」

「気が早いわね……」

「そう? 現に今こういう状況だけど?」

梨子が頬に手を合わせてくる。
そのまま顔を近づけてきて、唇が重なった。
抱きしめると、壊れてしまいそうなくらい華奢な身体に興奮する。
既に膨張していたそれを梨子の腰に押し付けると、ニヤリと笑った。
今日は忙しいわね。我が分身に少し同情する。

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14: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:53:12 ID:???00
翌朝

梨子と別れてから、私は帰る前に、なんとなくまたダイヤのところへ向かっていた。

それにしても、昨夜の感触を思い出すとたまらない。
大学入ったらこれを毎日味わえるなんて、笑いが止まらないわね。

目的地に着いたところで、怒鳴り声のようなものが聞こえた。
ダイヤの部屋の前だ。
玄関を開けたまま、部屋の中に向かって叫んでる人がいる。
近くまで行くと、それは果南だった。
中にいるのはもちろんダイヤだろう。

果南は私に気づくと、とても驚いたようだった。

「善子ちゃん、久しぶりだね。中に入ってゆっくり……できればいいんだけど、今はダメ。とりあえずその辺出よう」

「ええ」

15: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:53:31 ID:???00
果南と入った喫茶店は、他にお客が誰もいなかった。
こんな穴場もあるのね。店内すごい汚いけど。外観も。
コーヒーを頼むとすぐに出てきて、店主は店の奥へ引っ込んだ。

「それにしても、すごい偶然だね。あ、もしかして探し当てた感じ?」

「いや、本当に偶然よ。私が東京に来る用事があって、昨日ダイヤとたまたま会ったの。誰にも言うつもりもないわ」

「そっか。ありがとね。別に言ってもいいんだけどね」

「……もう嫌なの? 今の生活」

「……」

長い沈黙。
言葉を選んでいるようだった。

16: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:54:20 ID:???00
「私じゃさ、ダイヤを幸せにできなかった」

「知らないわよ。最後まで責任持ちなさいよ」

「ははっ、そうだね。そうだよね」

乾いた笑い。

「あんた、大丈夫?その、明日にでも、消えてしまいそうな感じよ」

「……私はさ」

果南は、声を絞り出すように話し始めた。

「勢いだけでダイヤを連れ出したんだよ。何の計画も準備もしなかった。ただ一緒になりたいって気持ちがだけがはやって、ダイヤの結婚相手の話を聞いた時にいても立ってもいられなくなった」

どこかで聞いた話だな、と思わず苦笑い。

17: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:54:48 ID:???00
「ダイヤの気持ちだって、ちゃんと聞いたことがない気がする。もしかしたら、こんなこと望んじゃいなかったのかも」

「ちゃんと話しなさい」

「今さら聞けるわけないじゃん!2年も無駄にさせて、貧相な暮らしさせて…………違う」

「え?」

「違うんだ……。私たち、Aqoursの頃からあんまり絡みなかったよね。関係薄いから逆に善子ちゃんには本音で言えるかも」

「なによ」

「……ダイヤってさ……処女じゃなかったんだよ」

「……は?」

18: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:55:24 ID:???00
「私の前に、1人だけだって。別に、だから怒ったとか、軽蔑したとか、そんなんじゃないよ、本当に」

果南の真剣な表情に、少し冷や汗が出てくる。

「ただ、ずっと幼なじみで、お互いのことはなんでも知ってたつもりで、なのにこんな大事なことを知らなかったなんてショックでさ」

「……」

「こんなの気にするの私だけなのかな。昨日誰々と    しましたって報告しろなんて思ってないよ。いや、違うんだって。こんなことを気にしちゃう自分が、悔しくて、ダイヤに申し訳なくて。無理やり連れ出しのに、私が。なのにこんな勝手な理由で」

「わかった。わかったわ。誰にも言えないようなことで悩んでいていたのね。辛かったわね。よくここまで我慢してきたわ」

「してる最中も、どうしても頭によぎって、そのまま終わっちゃうこともあって」

それも本人から既に聞いたとは言えない。

19: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:56:05 ID:???00
情事の自身の不甲斐なさを語る果南を宥めると、そのまま黙りこくってしまった。
長いこと溜まっていたものを吐き出せたからか、毒気を抜かれたように少し表情が柔らかくなっていた。

ていうか2人の仲がこじれてるのって私が原因?
いや、自由恋愛(?)でしょ。自己責任(?)よ。
私やダイヤがいつ誰を好きになろうが誰と    しようが、誰にも関係ないわ。

それにしても果南がそこを気にするなんて意外ね。
とはいえここから2人を救う方法なんてあるのかしら。

20: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:58:18 ID:???00
――――――――――――――

沼津に戻った私は、東京での出来事をルビィに報告した。
あなたの姉は(一応)元気よ。居場所もわかったわ、と。
すると、申し訳なさそうにルビィは言った。

「ごめんね、もう知ってたんだぁ」

「え?」

「お姉ちゃんが東京にいることも、どこに住んでるかも、どんな生活をしてるかも」

「あ、そ、そうなの」

「ルビィが黒澤家を少し動かせるようになってから、調べてもらったんだ。ちょっと時間はかかったけどね。本当に危ない時は助けが入るようになってるんだ」

「ならよかったわ。なーんだ、心配することなかったのね」

「うん、だから善子ちゃんがお姉ちゃんと浮気したことも知ってるよ」

「ピギィ!」

21: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:58:35 ID:???00
「梨子ちゃんともしたよね」

「ぁゎゎ……」

「花丸ちゃんとも」

「それはまだよ!」

「『まだ』?」

「……」

「放課後に、ゆっくりお話しよっか」

「ごめんなさ~~~~~い!!!」

22: 名無しで叶える物語◆QeOHcf23★ 2024/07/13(土) 07:58:46 ID:???00
終わり

引用元: 【SS】善子「人間失格?」