1: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:07:57 ID:???00
亜里沙「大丈夫だった…?」


私と顔を合わせるや否や、亜里沙は泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


半ば転げそうになりながら、亜里沙が私の腕を掴む。制服に纏わりついていた水滴が溢れ出てくるのを感じた。


雪穂「大丈夫。ただの風邪だってさ。全くこんな大事な時期に何やってんだか。」


亜里沙「良かったぁ~…」


亜里沙は胸を撫で下ろし、力ない足取りでもとの位置に座り直した。


私も同じテーブルに向かい、窓に張り付く雨粒のその先を眺めながら、亜里沙の横に座る。

2: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:11:25 ID:???00
亜里沙「でもびっくりしたぁ~急に倒れた時は心臓が止まるかと思ったよ。」


雪穂「私なんかステージ上に駆け寄っちゃったからね。」


私が苦笑いしながらそう言うと、亜里沙も微笑みで返してくれた。その笑顔にはいつも通りの元気が戻ってきているようだった。


雪穂「さ、私も何か買ってこようかな。」


亜里沙「行ってらっしゃい。ポテト食べながら待ってるね~。」

3: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:11:55 ID:???00
「でも、あれは…どうなのかな。」


急に、視界にノイズがかかった。耳鳴りがする。


必死に気づかないように目を逸らしてたものに呼びかけられたように、体が強張り動けない。


そうだ。


「アイドルなんだから…」


あの時…この場にいたのは…


「ファンに心配をかけるなんて…」


私と亜里沙の他に…


「スクールアイドル失格だよ。」



……
………

4: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:12:27 ID:???00
最悪な目覚めだ。


と、自覚するまでもかなりの時間を要した。


さっきまでの夢は、まるで現実かのようなリアルさで、纏わりつく雨水、ポテトの匂い、そして、


心臓の鼓動すら、止まることを知らないほどだった。


昔の記憶。友達と喧嘩したときのものだ。あの制服は中学生のものだから、中学3の頃だろうか。


実際はここまで酷くは言ってなかったような気もするけど…


あの後なんて返したんだっけ…


そんなことを思いながら、見慣れた天井を見つめ、段々と落ち着きを取り戻す。


枕元のケータイを見上げると、6時半を示していた。

5: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:12:54 ID:???00
その時にはすっかり夢のことなど忘れていた。


雪穂「後もう一眠り…」


私は、目の前の枕の誘惑に負け、もう数十分眠りに着こうとした。


バンッ!


雪穂「な、何!?」


穂乃果「雪穂~!起きる時間だよ!」


激しくスライドされた襖の方を見ると、私の姉が襖に手をかけ、仁王立ちをしていた。


目が合い微笑んだかと思うと、私のベッドの方に歩み寄ってくる。


雪穂「な、何。お姉ちゃん。まだ起きる時間じゃ…それに、珍しいね、早起きなんて。」


穂乃果「何言ってんの、今日は始業式でしょ。」


雪穂「あっ、そうだった…いつもより早い時間から朝練する予定だった…」


穂乃果「そういうこと。ほら、行った行った。」


雪穂「わわっ、自分で歩くから押さないで。」



6: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:13:31 ID:???00
「おはよう、雪穂。」


慌ただしい朝を過ごし、玄関を出ると私を呼ぶ声が聞こえた。待っていたのは、亜里沙だった。


いつも亜里沙はここで待っててくれる。2年間、毎朝見た光景だ。


でも…何か…
成長したような…


亜里沙「な、何?」


雪穂「あ、いや、ごめん。おはよう。」


亜里沙「変な雪穂。」


いや、実際成長したんだ。
私はどうもさっきの夢にまだ、引っ張られているみたいだった。


私は今日、高校3年目を迎えるんだ。
お互いの胸元には緑のリボンが付けられている。

7: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:14:01 ID:???00
行こう、と亜里沙が振り向く。
私はその横に駆け寄り、足並みをそろえた。


いつの間にか亜里沙は私の身長を超えてしまった。絵里さんと同じくらいの高さで、少し上目遣いになる。


ほんと、綺麗な女性になったもんだ。


亜里沙「今日も部活頑張ろうね。」


雪穂「うん。」


亜里沙「なんてったって、部長になるんだから。大所帯のまとめ役だね。」


雪穂「あらあら、難しい言葉も覚えちゃって。」


亜里沙「何年も過ごしてたら覚えるよ~。」


亜里沙はほっぺを膨らましたままそっぽをむいてしまった。この可愛らしい性格は変わらないみたいだ。

8: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:14:30 ID:???00
アイドル研究部。



そこが私が所属する部活動だ。μ'sという一大ムーブメントを巻き起こした伝説のスクールアイドルを生み出した音ノ木坂高校は、生徒数も鰻登りとなり、今年度は8クラスにもなるそうだ。


そして、我が部はというと、応募者が殺到し、衣装班、作詞班など、役割分担を決めることができるくらいまで人数が増え、大きくなっていた。


部室の数もかなり増えた。


そんな私は先月の卒業式に、花陽さんから部長の役職を受け継いだ。


でも正直、複雑な気持ちは拭えなかった。
なぜ私を推薦したのかはわからなかったからだ。


だって、私は__


亜里沙「雪穂、アイドル活動…また始めない?」


アイドル活動を、していない。

9: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:15:00 ID:???00
私は今、各班のつなぎ役…と言えば聞こえがいいが、主にスケジュール管理など、簡潔に言うと雑用をしている。


亜里沙のまっすぐな目に耐えきれず、斜め下に視線を逸らし、


雪穂「ごめん。」


とだけ言った。


何回か断っているので、顔色は変わらないように見えた…が、


亜里沙は微かに眉尻を下げた気がした。



……
………

10: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:15:41 ID:???00
新学期の慌ただしい時の流れも、ようやく落ち着きを見せる頃になった。


部活の時間だ。今日は雪穂と一緒に衣装作りのお手伝いをする予定になっていものの…


野暮用があって遅くなってしまった。


雪穂「ごめん、遅れた!あれ、亜里沙は?もう来てると思ってたんだけど。」


「ちょっとせんぱ…ぶ、部長。」


雪穂「いつも通りで大丈夫だよ。どうしたの?」


えへへ、慣れないです。と言いながら後輩が近づいてくる。


口に手を当てるポーズ。
内緒話の合図だ。

11: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:16:11 ID:???00
私は従順にそこへ耳を寄せる。


「ウチのアイドルユニットあるでしょ。あの子達が今日、亜里沙先輩を誘うそうなんですよ。」


なん…だって。


雪穂「…そ、それで?」


「それで?じゃないですよ先輩!さっきも亜里沙さん、結構思い詰めた表情してて…」





「どうかしたんですか?先輩。」


亜里沙「あ、いや…もう、3年生かぁって思ってね。受験のことを考えると…後半年もこの部活にいれないんだって考えてたんだ…」


「確かに…寂しくなりますね…」


亜里沙「あはは、ありがとう。でもやっぱり、私、μ'sに憧れてここまで来て…アイドルが大好きだったから…」


「…?」


亜里沙「ごめんね。さぁ、衣装作り再開しよっか。」

12: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:16:48 ID:???00



それで…朝あんなこと…


雪穂「そっか…」


「ほんの少し前にこの部屋から出て行きました。早く追いかけて下さいよ!私は亜里沙先輩とのコンビが好きなんですよ。それで…私は…」


そんなことはわかってる。


脊椎反射で足に動けと指令が入る。が、それを止めたのは私の感情だった。


今朝も、私は亜里沙の思いを無碍にした。


雪穂「私からは何も言えないよ。」


言う資格がないんだ。
これが、私が出した結論だった。

13: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:17:17 ID:???00
「なっ…いいんですか!」


「ちょ、やめなよ…!」


「だって…!」


雪穂「私…買い出し行ってくるね。」


私は精一杯笑顔を作り、後ろ手で部室のドアを閉めた。



14: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:17:40 ID:???00
雪穂「…懐かしい。昔はよくここで練習してたっけ。」


4月の肌寒い夜の風が、撫でるように吹き抜ける。神田明神の境内はあの日と変わらない景色だった。


なぜここに来たのかは分からない。
まぁいいか。もともと、私には向かう先など無かったのだから。


せっかくだったので、願い事でもすることにした。


雪穂「え~っと確か…二礼二拍手一礼で…」


5円玉を投げ入れ、チャリン、と言う音がこだまする。


私は目を閉じ思い出していた。
1年生の頃、ここで練習した風景を。



15: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:18:07 ID:???00
雪穂「亜里沙、ここから始まるんだよ。私達のアイドル活動が!」


亜里沙「μ'sのようなアイドルになれるといいなぁ…」


雪穂「大丈夫だよ!私と亜里沙なら。それに…私達の方法で、アイドルがなんたるかを認めさせるんだ…」


亜里沙「…そんなことよりも、私はまず楽しみたい。どんなことがあっても、雪歩と乗り越えたい…そう思ってる。」


雪穂「うん。約束だよ。」


亜里沙「…うんっ!」





雪穂「あ…」

16: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:18:37 ID:???00
目を開けると、思い出の景色とは程遠く、薄暗さが視界を支配している。


少し身震いをして、自重気味に笑った。


いつからだろう、アイドル活動が楽しくなくなったのは。


何か…自分がどんなアイドルになりたいのか、やればやるほど分からなくなっていって…


ライブを重ねるたびに…観客は減っていった。最初はかなり興味を持ってもらっていたものの、次第に飽きられたんだ。


そして、一旦活動を休止することになって…一度歩みを止めると、また立ち上がるのに相当な労力を要するんだ。


で、そのまま3年生になった。


…言い訳だ。
こんなこと神様に聞かせてどうする。慰めてほしいとでも思ってるんだろうか。

17: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:19:07 ID:???00
雪穂「はぁ…もう家に帰ろう。」


自己嫌悪の末、鈍い回れ右をし、帰路に着こうとして、


「あなたは…」


思わぬ再開に、呼び止められる。


雪穂「あ、あなた…!」





「スクールアイドル失格だよ。」





今日の夢のことを思い出し、頭が少し痛んだ。


雪穂「名々子…」


名々子「久しぶりだね。雪穂。」



18: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:20:05 ID:???00
名々子: 一期の時に雪穂、亜里沙と一緒にいた、茶髪の女の子

19: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:20:43 ID:???00
名々子「あの時ぶりかな。こう、ちゃんと話したのは。」


私たちは中学3年生までは、亜里沙と3人で仲良くしていた。


それが壊れたのは、あの日、


お姉ちゃんがステージ上で倒れた日だ。


私たちはよく、近くのファストフード店でアイドルについて熱心に語っていた。


その日もそんな、平凡な日常を過ごすと思っていたんだ。


でも…あの夢のように、名々子はお姉ちゃんに対して、否定的な意見をした。


それでカッとした私は、名々子と言い合いになった。


それから、私たちは疎遠になったのだ。

20: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:21:15 ID:???00
私たちはもう高校3年生だ。普通ならば今更中学時代の喧嘩で気まずさを感じることはない…けど、私には負い目がある。


雪穂「そうだね…」


上の空を悟られないように、そう静かに返事をする。


そらした視線の先…制服が見えた。UDXに入学したとは聞いていたが…あれは本当だったんだ。


名々子「雪穂、貴女アイドルは続けてるの?」


雪穂「…」


まっすぐな目に射抜かれ、またも目を逸らしてしまう。


分かってる。悪い癖だ。


雪穂「名々子は?」


名々子「私は一応続けてるわ。」


UDXでアイドル…優秀なんだろう。あの部には残るだけでも厳しいと聞く。

21: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:21:50 ID:???00
名々子「雪穂はどうなの?」


雪穂「…今はやってないよ。」


名々子「…え?」


名々子は心底意外そうな顔を浮かべる。確かに、そう思うのも無理はないだろう。


名々子「え、ほんとうに?」


雪穂「うん…」


名々子「…なんだ。貴女のアイドルへの想いは、そんなものだったの?」


雪穂「…」


名々子「もう少し根性ある人だと思っていたけれど…」


雪穂「っ…!」


名々子「あの時、私に言ったこと、忘れたとは言わせないよ?」


私は記憶を手探りで見つけようとする…が、どうにも何を言ったか忘れているらしい。


いや、思い出さないようにしているんだ。


きっと、私が1番言われて嫌なことだから。

22: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:22:24 ID:???00
名々子「…はぁ。あなたね、『私の方法でお姉ちゃんが間違ってないってこと証明する!』って啖呵切ったんだよ?なのに…」


雪穂「あんたに…あんたに何が分かるの!?私だって…!」


名々子「なによ。」


雪穂「私だってアイドル活動やりたいよ!でも…」


名々子「怖くなった。」


雪穂「っ…」


名々子「そんなことだろうと思った。残念ね。今のままだと、貴女はアイドルになんかなれっこないわ。じゃ。」


雪穂「待って!」


名々子「まだ何かあるの?」

23: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:22:50 ID:???00
雪穂「分かった…あんたがそんな態度なら…証明するよ…」


名々子「…」


雪穂「今年のラブライブで!あんたのグループを破って優勝する!」


私の威勢に驚いたのか、名々子は少し目を見開き、


名々子「…そう。せいぜい楽しみにしてるわ。」


そう言って、名々子は踵を返して夜の闇に消えていった。



24: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:29:20 ID:???00
境内に1人、取り残される。
聞こえてくるのは、私の息遣いだけだった。


いや、駆け寄ってくる足音が1つ。


亜里沙「雪穂!」


雪穂「亜里沙…」


振り向くと、肩で息をしている亜里沙が立っていた。


亜里沙「探したんだよ…急に…どこかに行くん…だから…」


雪穂「亜里沙、私ね!…あっ…」


そこで気付く。亜里沙はさっきまで勧誘を受けていたんだ。


雪穂「あ、いや。何でも…」


亜里沙「断ってきたよ。」


雪穂「…え?」


亜里沙は予想通りのリアクション、とばかりに、弾ける笑顔を浮かべている。

25: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:29:47 ID:???00
雪穂「なんで…」


亜里沙「昔からだよ。」


雪穂「昔から…?」


亜里沙「私は、雪穂とアイドル活動したいの。それがどんな結果になろうとも。2人で、歩んでいきたい。そう約束したでしょ、ここで。」


そうだ…この場所でスタートした時、そんな約束もしたっけ…


雪穂「…あ。」


亜里沙「まぁ、無理にとは言わな…」


手を前で組み、目を逸らす雪穂に、私は強く問いかけた。

26: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:30:16 ID:???00
雪穂「やろう。またスクールアイドル、始めよう。亜里沙。」


亜里沙「え…」


雪穂「今まで期待に応えられなくてごめん。ここから私、全力で頑張るから、一緒に歩んで下さい。」


私はそう言って亜里沙を抱きしめる。その肩は小刻みに震えていた。


私はそこで、亜里沙とラブライブ優勝を目指すこと。そして、名々子に勝つことを、誓った。



27: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 01:30:53 ID:???00
雪穂「アイドルを、1から教えて下さい!」


見慣れた自室の隣の襖を開け、開口一番そう伝えた。


穂乃果「ぉおっと、亜里沙ちゃんまで来てどうしたかと思ったけど…なるほど、再開する気になった?」


お姉ちゃんは顔にスマホを落としそうになりながら、体を起こして私たちを見比べる。


亜里沙「待ちくたびれました。」


雪穂「えへへ…申し訳ない。でも、本気なんだ。だからお願い、力を貸して下さい。」


私は深く頭を下げる。気が付けば隣の亜里沙も同じ体勢になっていた。


穂乃果「…分かった。引き受けるよ。ただ、誰かの受け売りじゃないけど、厳しいよ?」


雪穂「分かってる。アイドルの道が険しいことくらい。」


穂乃果「…ふふっ、じゃあ明日から練習だ!」



……
………

33: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 21:56:20 ID:???00
雪穂「この階段…こんなにキツかったっけ…」


翌日、私たちは神田明神で朝練を始めた。基礎体力を上げるため、階段ダッシュをしている。


このくらい昔はよくやってたから大丈夫…と思いきや、どうやら私は2年のブランクを甘く見ていたようだった。


手を膝に付いてみたが、脚すらプルプルして安定しない。腰を下ろそうとするも、


穂乃果「なに雪穂、もうしんどくなった?亜里沙ちゃんを見習って!」


お姉ちゃんに腕を掴まれる。


私はう~ともあ~とも取れるような、情けない声を上げながら後ろを振り向くと、爽やかな顔で水を飲んでいる亜里沙がいた。

34: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 21:57:33 ID:???00
雪穂「亜里沙…あんたって人は…」


亜里沙「…あはは、私はいつでも再開できるようにしてたから…」


覚悟が違うと、私は思った。


雪穂「…誘ったのは私だもんね。よし!もう一本!」


緩みに緩んだ私たち…私の身体を、踊りながら笑顔を崩さないように、締め上げること。それがまず第一目標だ。


後から聞いた話だと、この練習メニューには海未さんの知恵も借りていたらしい。


一年生の頃を思い出すキツさだ。


全てはラブライブで優勝すること。道はまだ始まったばかりだ。


それさえできれば…

35: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 21:59:52 ID:???00



雪穂「さぁさぁ新入生のみんな!今から新入生歓迎会ライブが始まるよ!是非いらっしゃい!」


亜里沙「よろしくお願いしま~す!」


その間、部長の仕事もしっかりとこなした。


そこだけはお姉ちゃんに、こっぴどく言われているから。


今は私は、部員を募るために毎年行われている、新入生歓迎会のライブのビラ配りをしている。


今回私は出場しないけど、もっと多くの人にアイドルを良さを知って欲しい…


そう思って声を張り上げ続けた。

36: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:01:27 ID:???00
雪穂「…君!興味があったらライブみにきてくれない?さっきからこっそりこっちを見てたでしょ?」


中庭の木の陰から、こっそり私たちを見ている女の子がいた。


私は気付かれないように、そこにそっと忍び寄って声をかけたのだった。


「…あ!ごめんなさい…!」


全身の毛を逆立て逃げようとする女の子を引き止める。


雪穂「あぁいやいや、そんなつもりじゃなくて。ちょっと話を…」


その女の子は、確かに垢抜けてはいなかったものの、前髪に隠れた先に、確かに光るものを感じた。


雪穂「綺麗な目…あなた、ウチの部に入らない?」

37: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:03:53 ID:???00
「いや…私には…そんな…私なんて、」


雪穂「そんな資格なんていらないんだよ。やりたい時から、君はスクールアイドルだ!」


さぁ!と、勢いよく出した私の手を掴んできたのは、亜里沙だった。


亜里沙「雪穂、そんな強引な勧誘じゃ怖がられちゃうよ…」


ごめんね、と笑いかける亜里沙を見ながら、私、誰に似たんだろう、と思って、ちょっとおかしくなった。


雪穂「あはは、それもそうだね。でも、興味があれば、いつでも来て、私たちはあなたを歓迎するよ。」


「…はい!」

38: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:04:39 ID:???00



「部長、変わったね。」


「良かった…これでこそ私の…オープンスクールのライブで見た、憧れの人。」


「あんたが亜里沙さんが勧誘を受けてるって伝えてなかったら…またアイドル再開ってなってないかもしれないね。」


「いや…あの人なら、きっと自分で解決していたはずだよ。私はただ、またあの輝いていた2人を見たかっただけ。」


「…だね!私たちもビラ配りに励みましょっか!」


「うん!」

39: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:05:39 ID:???00



その様子を見ていた者が、また1人。


「…何よ今更。」


「ここにいたの?そろそろリハーサルの時間だよ。」


「…ええ、今行くわ。」



……
………

40: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:27:59 ID:???00
2年生の頃じゃ考えられないくらい、目まぐるしく日々が移ろい、気付けばもう6月になっていた。


最近は基礎体力は付いてきたので、技術的なトレーニングを行っている。ライブを行わなければ、復活したことを知らしめることはできない。


近いうちにライブをして、そこで知名度を上げることができれば、ラブライブ突破に近づくはずだ。


私は廊下の中心線をなぞるように、俯きながらなんてたどり着いた部室のドアを開いた、


雪穂「お疲れ~。って花陽さん、凛さんも。また来たんですか?」


部室に入ると、椅子には凛さんと花陽さんが座っていた。最近、この2人はよく顔を出してくれている。


2人は一斉に振り向き、お疲れ様と言った。


人気の部活になったことで部室が増え、ここよりも利便性の良い部屋を用意してもらった。

41: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:29:02 ID:???00
それもあって、昔使われていたこの部屋は、半分物置のような使われ方をしていた。


凛「それはこっちのセリフにゃ。この部屋にくるのは雪穂ちゃんか亜里沙ちゃんくらいだよ。」


雪穂「もっと近くに皆が集まる部室があるじゃないですか。」


花陽「なんでか分からないけど、落ち着くの。ここは。」


雪穂「そんなもんですかねぇ。」


口でそう言いつつ、心の中では賛同していた。
私と亜里沙も、よくここを使うからだ。


凛「そんなもんだよ。」


2人はふぅと息を吐き、辺りを見渡している。

42: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:29:59 ID:???00
なんだか、しみじみとした雰囲気になったので、私は再び話題を切り出す。


雪穂「で、どういった用件で?」


凛「部長のことが心配になったんだにゃ。」


凛さんがおどけたように胸を張って言う。


雪穂「つまり暇だったわけですね…」


凛「なに~せっかく来てあげたのに!」


花陽「まぁまぁ…雪穂ちゃん、頑張ってるのは穂乃果ちゃんから聞いてるよ。」


雪穂「今でも連絡取り合ってるんですねぇ。」


花陽さんはそうだよ、たまにご飯食べに行くんだ、と答えた。
ほんと、仲のいいグループだ。

43: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:30:58 ID:???00
凛「ほら、何か心配事があるなら言うにゃ。凛が何でも答えてあげるよ。」


雪穂「ご心配には及びませんよ~。ほんと、大学生は時間がいっぱいあるんですねぇ。」


花陽「あはは…」


医学部へ進学した真姫さんは流石に忙しいようだけど…


凛「そうにゃ、朝ゆっくりできるんだよ。」


花陽「凛ちゃん、いつも遅刻してるでしょ…」


凛「遅刻も大学生の嗜みなんだにゃ。」


花陽「そんなことはないよ…」


凛「ふん!2人とも寄ってたかってー!いいもん私、亜里沙ちゃんに会ってくるから!」


分かりやすく地団駄を踏み、凛さんは部室から出ていった。


雪穂「行っちゃった…」


肩をすくめる花陽さんに、私は微笑みで返答する。

44: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:31:40 ID:???00
花陽「心配しないで、あんな風に見えて雪穂ちゃん達のことを気にかけてたから。」


凛さんとは先輩後輩の仲というよりは、友達と言った方が正しいかもしれない。もちろん、リスペクトしてない訳じゃない。


雪穂「分かってます…いつでも来て下さい!いつでも歓迎しますので。」


私は水を注いだコップを花陽さんの前におきながらそう言った。


花陽さんはありがとう、と小さく呟き、ひとつ息を吸ったのち、


花陽「あはは、頼もしいね…やっぱり私、雪穂ちゃんに部長を任せてよかったよ。」


と言った。

45: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:32:53 ID:???00
雪穂「…どうしてです?」


花陽さんは結構反対意見もあったんだけどね、と言って続けた。


花陽「私はね、運が良かったの。内気な私が、たまたま奇跡に引き寄せられて、μ'sとして最高の舞台で輝くことができた。」


花陽さんは目を細めて、まるで遠く美しい景色を見るかのような表情をし、語り出した。


花陽「その反面、その一歩が踏み出せずに、諦めてしまった子達もいたはず。一歩間違えれば、私もそうなっていたかも…でもね、雪穂ちゃんはこのアイドル研究部の敷居を高くすることはしなかった。私はそれが、嬉しいんだ。」


私は新入生歓迎会の時に会ったあの子を思い出していた。


その後、アイドルを志し入部してくれた。意識も高く、よく練習していると聞く。


雪穂「花陽さん…」

46: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:34:03 ID:???00
花陽「雪穂ちゃん、これからもアイドル研究部をよろしく!」


雪穂「…はい!」


ふと窓の外を見た。
梅雨入りが発表されたらしい空には、薄黒い雲が広がっている。


私はそこに、微かな青空を見た気がした。


亜里沙「た、大変!」


凛「大変にゃ!」


雪穂「な、何事!?」


感傷に浸っていた私を現実に引き戻したのは、勢いよく部室に入ってきた亜里沙と凛さんだった。


2人ともが膝に手を当てて肩を揺らしている。かなり急いできたのだろう。

47: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/29(月) 22:36:24 ID:???00
凛「かよちん!ケータイ見て!」


花陽さんは言われるがまま、急いでポケットからケータイを取り出し、


花陽「え、えぇ~!?」


と叫んだ。


私はそばに駆け寄り、ケータイを覗き込むようにして見る。


そこには、


『ラブライブ!、1校につき1グループに規制を強化することに決定。』


という見出しの記事だった。


どこかから、窓を叩く音がする。


私の鼻を刺すのは、アスファルトが湿った匂いだった。



50: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:40:12 ID:???00
当然、聞きつけた部員が集まってきて、すぐに会議を開くことになった。


そこには各グループのリーダー、部長、副部長である私と亜里沙、そして、アドバイザーとして花陽さん、凛さんが参加した。


会議の内容はもちろん、どのグループがラブライブに出場するのか、だ。


議論は並行線を辿っている。


「どうする…?」


「いや…私には…」


特に1、2年生などは、気を遣ってかあまり積極的に発言できないでいる。


無理もないか…

51: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:41:06 ID:???00
「だから言ってるでしょ、私達が出場するわ。」


と、意見を発したのは、亜里沙を勧誘した、新進気鋭のグループのリーダーだった。


結成から飛ぶ鳥を落とす勢いで、我が部のエース的地位に登り詰め、根強いファンも多い。


当然このグループが出場するのだろう。
そんな空気がこの場を支配していた。


でも、それは健全じゃない。
公正でなければ、部から応援されない。
部から応援されなければ、ファンからも応援されないんだ。


これは、忖度や雰囲気で決めていい問題じゃなかった。

52: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:43:10 ID:???00
雪穂「いや、だからみんな出たいのは同じで…」


「1番観客の前に立つことに相応しいのは、私たちよ。」


…もう、


亜里沙「でもそれじゃみんな納得がいかないと思うよ…」


「今更何言ってんの、この中で1番人気なのは私たちでしょ…そもそも、部長がこんなに人数を増やすからこんなことになったんじゃない?」


それ以上は…


花陽「いい加減にして。」


私の腹の奥の黒いモヤを払ったのは、この話し合いでずっと口を閉ざしていた花陽さんが発した言葉で、その場の誰よりも重いものだった。

53: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:44:28 ID:???00
花陽「この場で誰かを貶しても何にもならないよ。雪穂ちゃんの言う通り、ここは代表を決めるためにどんな方法を採るかを考えるべきだと思う。」


「でも、そんな方法…」


凛「あ!凛いいこと思いついちゃった!」


勢いよく凛さんが立ち上がって言うので、皆の視線が一気に集中した。


凛さんはそれを見渡して一度息を吸った。


凛「部内戦だよ!今度オープンスクールあるでしょ?そのライブに来たお客さんに投票してもらう形でさ!それなら誰も後腐れないでしょ?」


雪穂「た、確かに…」

54: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:45:16 ID:???00
花陽「あなた達の実力は私も認めてる…だからこそ、みんな納得した状態ででてほしいんだよ。」


「…分かりました。」


これ以上異論が出ることはなく、


雪穂「7月初頭にあるオープンスクールにて、部内戦を開催することに決定します。投票方法など、詳細は追って連絡します。」


これにて会議はお開きとなった。



55: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:46:15 ID:???00
皆雑談をしながら部屋を後にしている。私は座ったままそれを見届け、先輩の方へ歩いていった。


雪穂「いやぁ、助かりました。」


花陽「気にしないで!私は思ったことを言っただけだから。」


私のお辞儀を見た花陽さんは、目を瞑って両手を振って答えた。


亜里沙「凛さんも、ありがとうございました。」


凛「全然だよ~。それにしてもあの子、変わってないね~。」


花陽「アイドルへの情熱は感じるんだけどね…」

56: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:46:46 ID:???00
少し…引っかかるところがある。
あの目、あの行動…この感情が何によるものかわからない。ただ、ポジティブなものではないのだけは分かる。


凛「ま!雪穂ちゃん、これからが大変だよ。応援してるからね!」


凛さんに肩を叩かれる。
その重さ、感触が、私の心の奥底に響いた。


この部を…みんなを支えなきゃ。


雪穂「は、はい!」


そう言って、私は額の汗を拭った。



……
………

57: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:50:37 ID:???00
その後、軽く練習を済ませ、亜里沙と帰路についた。傘に当たる雨粒の音が、頭の中に響いている。


分厚い雲によって、この時間でもすでに街は暗い。


雪穂「はぁ~…一体どうしたら…」


私はさっきの会議のことを思い出し、急に息を吐き出した。


亜里沙「オープンスクールで勝ち残らなきゃ、ラブライブ出場はない…」


雪穂「そうだよねぇ、彼女たちを超えるパフォーマンスをしなきゃいけないし、部長として運営のことも考えなきゃ…」


亜里沙「ひとつずつ問題を解消していこうよ。いきなり全体を見ると気後れしちゃうよ。」


雪穂「…」


それに、私は絶対にラブライブに出ないといけない…あの夜、違ってしまったのもあるけど…


亜里沙「雪穂?」


雪穂「…あ、ごめん。聞こえなかった。」


私が責任を取らないと…ダメなんだ。



……
………

58: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:53:03 ID:???00
>>57 訂正


その後、軽く練習を済ませ、亜里沙と帰路についた。傘に当たる雨粒の音が、頭の中に響いている。


分厚い雲によって、この時間でもすでに街は暗い。


雪穂「はぁ~…一体どうしたら…」


私はさっきの会議のことを思い出し、急に息を吐き出した。


亜里沙「オープンスクールで勝ち残らなきゃ、ラブライブ出場はない…」


雪穂「そうだよねぇ、彼女たちを超えるパフォーマンスをしなきゃいけないし、部長として運営のことも考えなきゃ…」


亜里沙「ひとつずつ問題を解消していこうよ。いきなり全体を見ると気後れしちゃうよ。」


雪穂「…」


それに、私は絶対にラブライブに出ないといけない…あの夜、誓ってしまったのもあるけど…


亜里沙「雪穂?」


雪穂「…あ、ごめん。聞こえなかった。」


私が責任を取らないと…ダメなんだ。



……
………

59: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:54:02 ID:???00
穂乃果「よし、10分休憩だよ!」


亜里沙「はぁ…はぁ…この暑さはこたえますね。」


穂乃果さんは手をかざして上を向き、そうだね~と溶けそうな顔で答えた。


梅雨明けが報じられた空は、夏であることを誇示するように太陽が煌めき、遠くには大きな入道雲が見える。


ついに明日、部内戦が始まる。
これまで、雪穂とそれに向けた練習や、オープンスクールの運営など、忙しいながらも、充実した日々を過ごした。


ほんの数ヶ月前からは、考えられないくらい。


でも、時々雪穂は、


雪穂「…」


怖い顔をするようになった。

60: 名無しで叶える物語◆jw9yEJwy★ 2024/07/30(火) 21:54:16 ID:???00
今日はここまでです。

61: 名無しで叶える物語◆fBC3EvYU★ 2024/07/31(水) 08:05:49 ID:???Sa
先代、有能

62: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:33:09 ID:???00
始めていきます。

63: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:33:56 ID:???00
その原因はおそらく…始業式の日。


私は廊下に呼び出され、勧誘を受けた。どうしようかと逡巡していると、窓から門の方へ歩く雪穂の後ろ姿が見えた。


その行動原理が何なのかはわからない。けど、私は気付いたら雪穂を追っていた。


門に着くと雪穂の姿はどこにもなかった。
そこから、後輩に買い出しに行ったことを聞き、行きつけのお店をしらみ潰しに探したけど…結局、足取りは掴めなかった。


私は最後に、雪穂と初めて練習をした場所。神田明神へと足を運んだ。


この階段、昔雪穂と練習してたなぁ、と思っていたその時、


「~~!!」


階段の上から雪穂らしき声がした。

64: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:35:01 ID:???00
亜里沙「っ!」


最後の力を振り絞って階段を駆け上がり、さっき声がした方を見る。


そこには2つの影があり、1つは立ち竦んでいて、もう1つは、


向こうの門から出てってしまった。


亜里沙「あれは…名々子…」


髪が短くなっているけど、独特なウェーブから分かった。今ではUDXのエース、カリスマスクールアイドルである、名々子がいた。


さっきの声の主、雪穂のシルエットが震えていることから、何かあったんじゃないか。


咄嗟に雪穂のもとに駆け寄ると、


雪穂「やろう。またスクールアイドル、始めよう。亜里沙。」


突如アイドル再開を告げられた。

65: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:35:34 ID:???00
それを聞いて、私は素直に嬉しくなった。


あの風景、雪穂の言葉から…何があったかは想像に難くない。


それでも、


また、雪穂とアイドルができると考えただけで…胸が弾んだんだ。



……
………

66: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:36:21 ID:???00
亜里沙「贅沢な悩みなのかな…」


絵里「え?」


亜里沙「あ、いや。」


夕食の時間、お姉ちゃんとご飯を食べていると、ふと、悩みが口をついたらしい。


絵里「どうしたの亜里沙。もしかして、好きな人でもできた?」


お姉ちゃんがニヤつきながら顔を近づけてくる。


亜里沙「そんなのじゃないよ…」


私が頬を膨らませ、そっぽを向くと、


絵里「ふふ、残念ねぇ。」


と言って、お姉ちゃんはクスクスと笑って、またテレビの方を向いた。

67: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:37:35 ID:???00
私は大きく一口、ご飯を食べて、向かいに座るお姉ちゃんの顔を見る。


楽しそうに笑っている顔が見えた。


私はそこに向けて、


亜里沙「もし…もしもだよ?友達が何かに一生懸命になってて…危うく見えてしまった時、お姉ちゃんならどうする?」


半ば独り言のように、呟いた。


お姉ちゃんはこの抽象的な質問に対して、一度面を食らったような顔をしたものの、少しずつ噛み砕いて、やがてゆっくりと説明を始めた。


絵里「そうねぇ…まず、一生懸命になることは、ポジティブな要因とそうでない要因の時があるわ。そして、亜里沙が思うように、危うく見受けられる場合は、大体後者であることが多い…と、思うの。」

68: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:38:39 ID:???00
お姉ちゃんが私と目を合わせると、まるで昔話をするように上を向いて、また語り始めた。


絵里「で、そう言う時、人は張り詰めた風船のような状態になるの。悩みを溜め込んで、それを薄い膜で覆い尽くす…亜里沙こんな時、貴女ならどうする?」


亜里沙「ゆっくりと中の空気を抜く…とか?」


絵里「そうね、急いで対処すると破裂してしまうの。そうなると、戻すのに大きな時間と労力を要するわ。」


亜里沙「そうだよね…」

69: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:39:23 ID:???00
明日にはオープンスクールが始まる。期限はもう近づいてる。今どうにかしようとしてもし破裂してしまったら…私たちのラブライブ出場は、ない。


また、雪穂が塞ぎ込んで…アイドルを辞めてしまったら…


それならいっそ、このままの関係を続けた方がいいのかもしれない。


そう更に悩みこむ私を見て、お姉ちゃんは優しく微笑み、


絵里「…って、物事を複雑に考えると、こんな結論になるわね。ねぇ、それ、雪穂ちゃんのことでしょ?」


と、言った。


亜里沙「…そうだけど。」


なぜか少し、頬が熱くなるのを感じた。


なんとなくムズムズする私の心をよそに、お姉ちゃんは続ける。

70: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:40:10 ID:???00
絵里「それなら話は早いわ。話し合いなさい。それも本気で。少なくとも私なら、1番信頼する友達に真剣にぶつかられて、嫌な気持ちにはならないわね。」


亜里沙「…ちょっとごめん、出てくるね。」


私はそう言って、玄関を飛び出る。
向かう先は、2人とも同じなはずだ。



71: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:41:28 ID:???00
絵里「青春ねぇ~。」


1人残された部屋、閉まった玄関の戸を見て、思い出す。


絵里「私たちには上手くできなかったこと…穂乃果、私はちゃんと託せたかしら…」


カーテンを開け、夜景を眺める。少し窓を開けてみると、湿った空気が顔に当たった。
目線の先、東の空には登りかけの満月が見えた。



72: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:42:19 ID:???00
雪穂「うわぁ…きれいな満月…」


時刻は9時を過ぎていた。夕食を済ませ、お風呂に入る前にもう一走りするために、神田明神へと駆け出した。


オープンスクールはもう明日だ。亜里沙はもともと基準となる体力を持っていたんだ。だからこそ、結果を残すためには私が人一倍頑張らなくちゃいけないんだ。


亜里沙が、私のことを待ってくれた。そして、私のわがままに付き合ってくれている。これは、その責任を果たすために出した結論だ。


雪穂「私が…」


そう言いながら、路地を出て階段の下に辿り着いた私は、


亜里沙「私が…なに?」


亜里沙のまっすぐな目に、射抜かれた。

73: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:42:52 ID:???00
雪穂「なんで、ここが、」


癖で目を逸らそうとする私に、亜里沙は両肩を掴んで言う。


亜里沙「雪穂、勘違いしてる!」


雪穂「…え?」


私は、予想とは違ったその言葉に、意表をつかれる。必死なのか、亜里沙はそんな私を気にせず、目にうっすら涙を浮かべながら続けた。


青白い、綺麗な目だ。

74: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:45:23 ID:???00
亜里沙「雪穂、よく聞いて。私は、私の意思でアイドルやってるの!もし、雪穂が私のために…とか思ってるんだったら…」


そこで、亜里沙はふっと息をつき、


亜里沙「大きな勘違いだよ!」


と、堂々と言った。


亜里沙「雪穂、1人で抱えないで。隣には私がいる!誰と一緒にアイドルやってるの?対等な目で私を見てよ!」


今まで、亜里沙がここまで自己主張をするところを、私は見たことがなかった。


相当な勇気、想いがあったのだろう。少なくともその言葉は、私の心にスッと入ってきた。


見上げた満月は、青白く光っていた。


その光は雲を照らし、僅かに青空を映し出していた。


私は自分の肩に力が入っていることに気付き、ひとつ、大きな深呼吸をした。


亜里沙は涙を拭って、えへへ、空気抜けた?と笑った。


私がなんのこと?と問うと、


亜里沙「ないしょ。」


亜里沙はそう言って、ウィンクをしてみせた。



……
………

75: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:50:39 ID:???00
「ありがとうございました~!」


ワァァァーーー…


「お疲れ様。」


「お疲れ様です!」


私は舞台袖に下がり、メンバーたちに労いの言葉をかけた。


オープンスクール当日、私の出番を力一杯やり切った。自信はある。私がラブライブに出場するという絶対的な自信が。


西木野さん、星空さん、小泉さんが引退してから、私が、私たちが部を引っ張ってきた。


いきなり出てきたグループに、負けてられないんだ。


ワァァァ…!キャーー…!


満員の観客席から、大きな歓声が聞こえる。


次は…

76: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:51:36 ID:???00
雪穂「よろしくお願いします!」


あの顔は…私がちょうど2年前に見た…


亜里沙「約2年ぶりのステージです!」


あの時の表情にそっくりだ。


雪穂「皆さん方の応援を胸に刻み、精一杯歌います!」


私は焦りと、


亜里沙「聞いてください。」


雪穂 亜里沙「「No brand girls」」


微かな期待が膨らむのを感じた。



……
………

77: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/07/31(水) 22:52:34 ID:???00
今日はここまでです。

78: 名無しで叶える物語◆7YhgRTxK★ 2024/08/01(木) 08:24:22 ID:???00

79: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:17:19 ID:???00
遅くなりました、はじめます。

80: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:18:16 ID:???00
「今回の優勝者は…!!」


ドコドコドコドコ…デン!


「高坂雪穂さん、絢瀬亜里沙さんのコンビで~す!!」


雪穂「やった!!やったよ亜里沙!!」


亜里沙「良かった…!良かったよぉ~!」


私は自然と亜里沙の肩を抱き寄せ、そのまま2人で喜びの涙を流した。


「良かったですよ~先輩~!」


「本当に活動休止してました?」


いつの間にか、私達を中心に部員の輪ができていた。私たちに向けて、お疲れ様などの声をかけてくれる。

81: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:21:04 ID:???00
その、輪の向こうから、歩いてくる者が1人。


「お疲れ様…です。」


雪穂「お疲れ様。」


「この前の会議では、生意気言ってすみませんでした。」


雪穂「気にしないで。あなたも…アイドルが好きなこと…本気なこと、ライブを見たら分かったから。」


「あはは、ありがとうございます。」


そう言って笑ったその目には、かつての陰はもうなくなっていた。


その瞬間、理解した。


この子は…似ているんだ。
昨日までの私に。

82: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:22:58 ID:???00
雪穂「私が不甲斐ないせいで、責任を感じさせちゃってたね、ごめん。これから、来年に向けてみんながやりやすい環境を、より良いアイドル研究部を、作っていくから。あなたの力も貸して欲しい。」


亜里沙「私も、同じ気持ちだよ。」


私が手を差し伸べると、驚いた顔をして、


「お願いしますよ。後が詰まってますからね。」


と、憎まれ口を叩きながら、私の手を握り返した。



……
………

83: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:29:23 ID:???00
名々子「やっぱり、来たわね。」


私はライブ中継されていた、オープンスクールの様子を練習の合間に見て、そう呟いた。


「誰?この子たち。」


「これ…音ノ木の校舎ね。」


メンバーが私の声を聞き、集まってきたみたいだ。でも、こんなことは、


名々子「そんなこと関係ないでしょ、練習を始めましょう。」


みんなに言っても、仕方がない。


「…うん。」



84: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:30:16 ID:???00
「1、2、3、4!OK今日はそこまで。あとは各自課題を潰してから帰ること。」


名々子「ありがとうございました!」


今日の練習が終わった。後ろの壁にかかっている時計を見ると、午後7時を回っていた。


「今日、あそこの店寄って帰らない?」


「いいねいいね!」


メンバー達は放課後どこに寄るか、ヒソヒソと会話をしている。


「名々子も…」


1人が手を差し伸べるも、


名々子「私はいい。もうちょっと練習したいから。」


と言って、私は靴紐をキツく締めた。

85: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:31:42 ID:???00
「そっか…」


力ない声の後、後ろの扉が軋む音がした。


名々子「…」


UDXのスクールアイドル部。それは、全国を見ても類を見ないほど生き残るのがキツい場所と言われている。


定期的にダンス、歌などの試験があり、これに合格しないと先へは進めない。当然、デビューなんてもっての他だ。


それからも道は険しい。次はグループ内外で切磋琢磨しないといけない。


3年生になった私は、UDXのグループの中でも、トップの位置に着くことができた。


次のラブライブ出場も内定している。

86: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:32:32 ID:???00
それもこれも…





雪穂「私の方法でお姉ちゃんが間違ってないってこと証明する!」





なんて、雪穂が啖呵を切ったのが原因だった。その言葉を信じ、私は直向きに練習を続けた。


ダンスのしすぎで足の裏にマメができた時も、レッスンの時に上手くいかず、こっぴどく叱られた時も、


彼女の言葉で、もう一度立ち上がることができた。


それもあって、アイドルを辞めたって聞いた時は、頭がクラクラする感覚を覚えた。


あの言葉は何なのって本気で怒った。


だからこそ、私はあんな風に煽った。
そうすれば、またアイドルを始めてくれるんじゃないかと思って。

87: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:33:29 ID:???00
結果は見ての通り。これでようやく、ガチンコの勝負することができる。


それも、最高の舞台で。


負けてられない。私の3年間が間違ってなかったって、証明するんだ。


名々子「…さ、あそこのターンの練習始めましょう。」


無人の練習室にこだまする声。
私は立ち上がり、鏡張りの壁に目を向ける。


そこには私と、


ツバサ「久しぶりね、名々子さん。」


ツバサさんが写っていた。

88: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:34:32 ID:???00
名々子「ツ、ツバサさん!?なんでここにい、いらっしゃるんですか?」


私は急いで振り向き、ツバサさんのもとに駆ける。


ツバサ「この場には2人だけよ。そんな気を遣わないでいいわ。」


名々子「いや、しかしですね…」


ツバサさんはラブライブでμ'sに敗れてからも、練習を重ね、プロのアイドルになった。それだけじゃなく、今やトップアイドルだ。UDXの後輩としても、自然体でいられるわけがない。


ツバサ「貴女のことはよく聞いてるわ。とても頑張っているみたいね。」


名々子「いや、とんでもない…自分なんてまだまだですよ。」


口では謙遜したが、耳の火照りを感じた。

89: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:35:41 ID:???00
ツバサ「ライブ見たわよ。パフォーマンスも超高校生級だわ。それに、日本一厳しいと言われている学校よ?自信持っていいわ。」


ツバサさんは私の感情を悟ったのか、屈託のない笑顔で笑う。やっぱりこの人は、オーラが違う。


ツバサ「まぁ、最近は少し度が過ぎてるとは思うけど。」


名々子「…え?」


ツバサ「…まぁそんなこと話すためにここに来たわけじゃないの。」


名々子「は、はぁ…」


もう完全にツバサさんのペースになっている。


ツバサさんの言葉が少し気になったが、重要そうなことでもなさそうなので、忘れることにした。私は返答するだけでいっぱいいっぱいになっていた。

90: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:36:09 ID:???00
ツバサ「貴女、雪穂さんと亜里沙さんと、旧知の中らしいわね。」


名々子「そうですね。中学生の頃ですけど。どうして…」


ツバサ「ライバル視、してる?」


知ってるんですか。と続ける前に、ツバサさんは間髪入れずに聞いてきた。


どういう意味だろう…


名々子「私にもプライドはありますから。もし同じ土俵で戦うってなった時は、全力で勝ちに行きたいと思ってます。」


私が素直に本心を伝えると、ツバサさんは2度ほど頷いた。


ツバサ「…いいわ。」

91: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:36:35 ID:???00
それは、好意的な意味なのか、それとも私の返答が気に入らなかったのか。私がツバサさんに確認するより前に、


ツバサ「これだけは言っておくけど、名々子さん、今のままじゃ、あの2人には勝てない。」


名々子「…え。」


真剣な眼差しで、そう伝えられた。



……
………

92: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:37:47 ID:???00
雪穂「どうしたら…」


亜里沙「ん~…」


穂乃果「う~ん…」


雪穂「って、何でお姉ちゃんもいるの!」


穂乃果「いやだって、ラブライブ出場ってことは…」


亜里沙「未披露のオリジナル楽曲であること…ですね?」


オープンスクールも無事に終わり、次の週末がやってきた。部活全体でその日はオフとしたが、私たちにはやることがあった。


穂乃果「そうそれ!つまり、新しい曲を作らなきゃいけないの。それで今日、私の家で亜里沙ちゃんと話し合うって雪穂が言うから、一緒に考えてあげてるのに~!」


そう。スクールアイドルの大流行により、運営は参加するグループの数や質を調整する目的で、この条件を付したのだ。

93: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:38:24 ID:???00
というわけで、新しい曲を作ることになったのだが…


雪穂「はぁ…やっぱりお姉ちゃんと同じで、曲を作るセンスはないなぁ私…」


目の前にある白紙のノートを眺めて、私はまたため息をついた。


穂乃果「私と同じは余計でしょ。」


雪穂「だってアレだよ?小学校の時俳句を作るって…」


亜里沙「あ!その話知ってる!」


穂乃果「わー!その話はもういいでしょ、昔の話だよ…って亜里沙ちゃん、それ誰から聞いたの。」


案の定、難航している。

94: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/01(木) 23:39:07 ID:???00
コンセプトは、ラブライブを戦うにあたって、かなり大事になってくる。かわいい系でいくべきか、クール系でいくべきか…はたまた切ない系…?


雪穂「頭がこんがらがってきたよ…」


穂乃果「それならさ、3人に頼んでみる?」


亜里沙「3人?」


亜里沙が首を傾げると、お姉ちゃんはおもむろにケータイを取り出し、顔の横に掲げ、


穂乃果「μ'sが誇る制作班だよ。」


と言って、ニッと笑った。



98: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:03:01 ID:???00
海未「なるほど…」


ことり「それで、私たちに…」


真姫「新曲作りの依頼ね。」


亜里沙「お忙しいところすみません…」


お姉ちゃんの号令により、1時間ちょっとで3人は私の家に駆けつけてくれた。


海未「いえいえ、日曜日ですからね。それに…」


ことり「穂乃果ちゃん家は近いからね!」


お姉ちゃん幼馴染であるこの2人はまだ分かるとしても…


穂乃果「でも、真姫ちゃんはそんなに近くないよねぇ…」


お姉ちゃんは目を細めて真姫さんを見ながら言った。

99: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:03:51 ID:???00
真姫「べ、別に遠いこともないでしょ!それに、後輩の頼みなんだから…イクワヨ…」


真姫さんがそっぽを向いて、後半は消え入るような声で言った。


顔を見なくても、手でわかる。
人差指に髪を巻くあの動作が、いつもより少し早い。


照れている合図だ。


ことり「真姫ちゃんカワイイ!」


ことりさんが真姫さんの肩に両手を置き、体を寄せるようにして言った。


何してんのよ!と、真姫さんは言っているが、手首の回転がさっきよりもっと早い。


雪穂「ありがとうございます!花陽さんも凛さんもよく部室に顔出していただいてるので、真姫さんもぜひ!」

100: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:07:10 ID:???00
真姫「わ、分かったわよ。それにしても、アイドルまた始めてくれたのね。」


亜里沙「はい!」


真姫「花陽も凛も、私も…もちろん心配はしてたんだけど。あなたの力になれなかったわね。」


雪穂「真姫さん…」


それは…伝わっていた。


亜里沙が誘った日には必ず、部室にはこの3人が私を待っていた。


私の顔色を見て結果を悟り、練習に誘うなどできる限りのことはやってくれていた。


裏切り続けたのは、私の方だ。


私が押し黙っていると、海未さんはパンと手を叩いて言う。


海未「それはともかく、曲についてはどうします?」

101: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:07:46 ID:???00
海未さんが軌道修正してくれた。そうだ。それについて話していたんだ。


過去がどうかなんて、今は考えなくて良い。前だけを見なければ。


真姫さんはとたんに真剣な顔つきになり、


真姫「そうね。でも、こればっかりは雪穂と亜里沙がどんな曲がいいのか、決めてからじゃないと始められないわ。」


と言った。それを聞いたことりさんも「うんうん」と頷き、続ける。


ことり「そうだねぇ、それによって色や形状も変わってくるから…」

102: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:09:46 ID:???00
穂乃果「でも気持ちはわかるよ、私たちもちょっと迷走してた時もあったんだけどね…」


海未「私を白塗りにした恨みはまだ忘れてませんよ…!」


雪穂「そうですよね…ところでお聞きしたいんですけど、皆さんはどうやってコンセプトを決めてたんです…え、白塗り?」


海未さんが何か訴えようと口を動かしかけるも、お姉ちゃんがいいからいいからと手で口を塞ぎ止めた。


それを見たことりさんは、苦笑いしながら話し始めた。


ことり「でも、亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんの集大成のライブでしょ?それなら、今までのアイドルにかける想いなんかを軸にするといいんじゃないかな…」


海未「ですね、何を、誰に伝えたいのか。まずはそこを考えるべきです。」


いつの間にか、お姉ちゃんの手から逃れた海未さんも続けて言った。

103: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:10:28 ID:???00
亜里沙「今までの想いを…誰に伝えるか…ですか。なるほど、一朝一夕じゃ決まらないことですね…」


真姫「でも、そんなに悩んでいる時間ないわよ?」


またも、沈黙。
この話し合いでは、どうすれば良いかなんて答えが出ないことが明白だった。


それならば…


雪穂「じゃあ、皆さんの話を聞かせてください!」


μ'sの魅力はなんなのか。
それが、答えのような気がした



……
………

104: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:11:25 ID:???00
それからは、μ'sのみんなと昔話をした。
曲作りにまつわるものや、それ以外の日常の風景、昔の音ノ木の様子、それに、真姫さんの意外なカワイイ一面も知ることができた。


穂乃果「もうこんな時間かぁ。」


盛り上がっていると、既に時刻は夕飯時になっていた。


海未「すみません雪穂、亜里沙。忙しい時期なのにこんな盛り上がってしまって…」


亜里沙「いえいえ!こちらこそです!それに、私達も楽しかったので気にしないでください。」


各々帰る支度をし始め、私はお姉ちゃんと玄関まで見送りに行った。


真姫「コンセプトが決まったらまた呼んでちょうだい。」


ことり「いつでも助けになるからね!」


雪穂「ありがとうございます。」


穂乃果「またね~!」


私は、手を振り返して回れ右をした4人の背中を、ぼ~っと眺めていた。



……
………

105: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:12:06 ID:???00
「で、見つかったんですか?」


雪穂「全然、まだまだだったよ。」


私は手を広げるジェスチャーをしながら言った。


週末の話し合いの後、数日経ってもこれって言うものが見つからず、練習にも身が入らなくなってしまった。


そこで休憩時間に、こうしての衣装班のところに、気分転換がてら相談しにきた。


「ふ~ん。まぁそうですねぇ、大事な舞台ですから、そんな簡単に決まるもんじゃないですよね。」


勝負を占う決定ですよ、と後輩は人差し指を立てて言う。

106: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:15:02 ID:???00
雪穂「まぁねぇ。」


「でも、オープンスクールの時のライブみたいに、μ'sのような…」


雪穂「それじゃだめなんだ。今のままじゃ。」


それじゃ、名々子を越えられない。


「…なんでです?」


雪穂「それが、私がアイドルを一度辞めた理由だからだよ。」



107: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:15:43 ID:???00
亜里沙「雪穂、お疲れ様。一緒に帰ろう?」


雪穂「うん、お疲れ。帰ろう。」


練習も終わり、2人で帰路につく。廊下は夕焼けの色で染まっていた。


亜里沙「答えは見つかった?」


亜里沙は覗き込むように言った。


雪穂「いや、まだまだだよ。」


亜里沙はそっかと言い、また静かに歩き始めた。


校舎を出て、2人歩く夜の道。
曜日も落ちたと言うのに、まだ地面から熱線が放たれ、蒸し蒸しして仕方ない。


すっかり薄水色になった空を見上げていると、


亜里沙「雪穂が表現したいことって、何?」


風が、すり抜けていった。

108: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:19:42 ID:???00
雪穂「それは…今までμ'sのようなアイドルにを目標にしてきて…」


亜里沙「その先の話だよ。μ'sのようなアイドルって何?」


雪穂「そりゃあ、みんなから愛されて。」


亜里沙「そう。2年前私たちは、そこの土台の存在を忘れていた。物事の本質を見ずに、外面だけを合わせようと必死になっていた。その結果が…」


雪穂「観客が少なくなっていった原因。」


亜里沙「だと、私は思う。付け焼き刃でごまかせるほどファンは甘くない。二番煎じは、いくら調理しても本家より美味しくはならないよ。」


そう、だからこそ、私はステージ上で何を表現すれば良いのか分からず、日に日に減っていくファンから逃げるように、アイドルを一度辞めてしまった。


雪穂「そっか…じゃあまたあの時のように…」

109: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:20:27 ID:???00
結局、また同じように…


亜里沙はまた、私の顔を覗き込み、


亜里沙「今は違うんじゃない?私たちなりの色を出していける環境だと思うよ。」


そう言って、くるりとターンした後、


亜里沙「灯台下暗し、ってね。」


と、手を口に当て、ウィンクをしながら言った。


雪穂「…」


亜里沙「あらあら、難しい言葉も覚えちゃって。って言ってくれないの?」


思案する私をよそに、亜里沙は楽しそうに笑った。



……
………

110: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:21:26 ID:???00
雪穂「は~、疲れた…」


お風呂から上がり、疲れた身体をベッドに放り投げた。エアコンで冷えたシーツが背中に当たって気持ちいい。


さっきからずっと、亜里沙が言っていたことの意味を考えている。


2年前とは違う…状況…灯台下暗し…


ガタ…


襖を開ける音が聞こえ、首だけ向けるとお姉ちゃんが立っていた。


穂乃果「雪穂~、お客さん来てるよ?」


雪穂「え?」



111: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:29:59 ID:???00
「うん。私が、アイドルを一度辞めた理由。」


衣装班に用事があったので、ノックをしかけたところ、中からそんな言葉が聞こえて来た。


「雪穂先輩…?」


私が扉の前であたふたしていると、目の前のドアノブが下がった。


まずいと思った私は、咄嗟にドアの裏側に潜り込み、なんとか気付かれずに済んだ。物陰に隠れることには慣れている。


後ろ姿から見るに、出てきたのはやはり雪穂先輩だった。


私は衣装班の扉を迷いなく叩き、中に入る。

112: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:30:40 ID:???00
そこには、呆然と立ち尽くす衣装班の先輩がいた。


「今の雪穂先輩の話…本当ですか。」


私は非難されることを覚悟に、盗み聞きしていたことを伝えた。


「聞いてたの?まぁ…らしいよ。」


先輩はため息をつきながら座り、


「私たち、そんな頼りないのかな…」


と、項垂れて言った。


その後ろ姿を見て…


「先輩、雪穂先輩のこと、詳しく教えてください。」


私の時計の針が、また加速した。



113: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:31:30 ID:???00
階段から降りて来たのは、ラフな格好をしている雪穂先輩だった。


「夜分遅くにすみません…非常識なのは分かってます。」


私はぺこりとお辞儀をすると、先輩は大丈夫だよと言ってくれた。


雪穂「…それで、どうかしたの?」


「衣装班の先輩から聞きました。雪穂さん、悩んでいるって…」


雪穂さんは少し驚いた顔を見せ、手を頭に後ろにやりながら、


雪穂「あ、いや…まぁね。」


と言い、あはは…と力なく笑った。

114: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:32:45 ID:???00
その姿を見て、無意識に私は拳に力を入れていた。


「私は…」


雪穂「え?」


「私は、雪穂先輩に救われたんです。」


雪穂「私に…」


「アイドルのことが大好きなのに、いつも、勇気が出せなくて…自分に嘘をついて無理やり諦めていたんです。あの日も…そうでした。」


私は、始業式の日を思い出していた。ようやく憧れの音ノ木坂に入学することができた。あとは一歩踏み出すだけだった。


それが、私にはハードルが高かったみたいだ。ビラ配りをしている部員の姿を物陰から見るのが精一杯だった。


ため息をついて、帰ろうとしたその時、


「雪穂先輩のあの手に、私は救われたんです。私を違う世界に連れていってくれた。おかげで今、すごく楽しいんです。それもこれも、雪穂先輩のおかげなんです。」

115: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:33:20 ID:???00
雪穂さんに想いを伝えたい気持ちが強すぎて、結論何が言いたいのかを先延ばしにして見失ってしまった。


私はええっと…だから…と情けなくモジモジして、


「今のままの雪穂さんが…私にとってのスーパーアイドルなんです!」


結局、ストレートに感情をぶつけた。


雪穂「あ…」


雪穂先輩は少し、口を開けたかと思うと、また結んだ。


その口角は上がっていた。



116: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:34:48 ID:???00
「今のままの雪穂さんが…私にとってのスーパーアイドルなんです!」


目を力一杯閉じ、拳を握りしめながらその子は絞るようにそう言った。


そして私は、先週末の景色を思い出す。





穂乃果「キャッチフレーズとかもあったよね。」


ことり「あぁあったあった!『みんなで叶える物語』だったよね。」


穂乃果「そうそう!」


真姫「そんなこともあったわね。」


亜里沙「それって、どうやって決めたんですか?」


海未「私たちがどんなアイドルになりたくて、誰にその想いを届けたいのか…それを考えた時に、答えはすぐ見つかりました。」


雪穂「ははぁ、それでみんなで叶える、かぁ。」



117: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:35:49 ID:???00
私は今まで、μ'sを目標に活動していた。μ'sの曲、μ'sの踊り…真似できるのは外面だけだったんだ。


何を表現したいのか、誰に伝えたいのか。
それすらも理解していないんだから、ステージ上から何も伝わらないし、ファンは離れていく。


私は、目標に目を向けすぎて、足元を見れていなかったんだ。


「みんな」に助けられながら、「みんな」に恩返しをする。それがμ'sの良さであり、人を惹きつける理由だったんだ。


そして今、私の目の前にはその「みんな」がいる。


雪穂「ふふ…」


私はふいに、その子に抱きついていた。

118: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:36:21 ID:???00
「雪穂先輩…!」


雪穂「ありがとうね…見つかったよ、答え。」


「本当ですか…!」


雪穂「でも、勇気がないなんて、私は思わないよ。あなたは自分の意思でアイドルを始めた。そうでしょ?」


私がウィンクすると、


「…はい!」


満面の笑みを返してくれた。



119: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:37:57 ID:???00
軒先でお見送りした後、私は気付けばお姉ちゃんの部屋に駆け込んでいた。


穂乃果「うわ!ちょっとノックしてよ!」


お姉ちゃんがあたふたして起き上がる。私はそこに、間髪入れずに問いかける。


雪穂「ごめん、お姉ちゃん。曲作ってって言った話、一回白紙にさせてくれないかな。」


驚くかと思っていた。でも、その表情はすぐにしたり顔に変わっていった。


穂乃果「一応、理由だけ聞いてもいい?」


雪穂「部活のみんなで作った曲で、ラブライブに出たいから…私、みんなのために歌いたい…ありがとうって、伝えたい!」


お姉ちゃんはふっ、と鼻から息を吐いて答える。


穂乃果「そう言うと思って、みんなには事前に伝えてたんだよ。もしかしたらこの話はなくなるかもしれないって。」


そう言ってお姉ちゃんはまた、ケータイを顔の横で揺らした。


穂乃果「その代わり、あと3週間だよ。明日から全力で練習してよね!」


雪穂「うん!」



……
………

120: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:38:45 ID:???00
亜里沙「各班の班長さん、集合して~!」


「ん、なになに?」


「どうしたんだろ。」


雪穂「みんな、ちょっと聞いてほしいんだ。」


亜里沙「みんなで作りたいの。私たちの曲を!」


「え、でもμ'sの皆さんに頼んでたんじゃ…」


雪穂「そうだったんだけどね…あはは、みんなの代表として出るんだから。みんなの想いがこもったステージにしたくて…」


亜里沙「どう…かな。」

121: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:39:17 ID:???00
「私は賛成ですよ。雪穂さんのためなら、いい衣装を作りたいです!」


「私も!そう思って歌詞のストックを作ってたんです!」


「もちろん曲もです!」


雪穂「みんな…ありがとう!」


「全く、仕方ないですね。ラブライブ出場もなくなって暇だから、手伝ってあげますよ。」


亜里沙「…ありがとう!」


「…でコンセプトは?」


雪穂亜里沙「「みんなを笑顔にさせられる曲!」」



……
………

122: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 01:39:32 ID:???00
今日はここまでです。

123: 名無しで叶える物語◆OHNVcsux★ 2024/08/03(土) 01:40:46 ID:???00
乙です

124: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 17:53:42 ID:???Sa
はじめていきます

125: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 17:54:31 ID:???Sa
ツバサ「今から、合宿を始めます。」


「よろしくお願いします!」


「ちょっと楽しみだね。」


ツバサさんにあった日から数日経ち、週末となった。この時期は恒例の追い込み合宿があり、ラブライブに出場するグループはこれに参加することとなっている。


山奥で修行僧のような生活をする…校内ではそういった噂もあったのだが…


見上げれば真っ青な空。
振り返れば煌めく海。


思っていた場所と違った。
それに….


名々子「ツバサさんもいるんですか!?」


ツバサ「…なにか?」


名々子「いや、だって、ツバサさんお忙しいはずでしょう。」


ツバサ「そんなことを瑣末な問題よ。スケジュールについては心配ないわ。無理矢理空けてきたから。」

126: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 17:55:31 ID:???Sa
名々子「さ、瑣末って…なんで…そこまで…」


私たちを気にかけてくれるんだろう。


ツバサ「そんなことはいいの。さぁ、始めましょう…なんで練習着なのよ。」


ツバサさんは私のお腹を指して言う。


名々子「合宿では?」


ツバサ「緩めるところは緩め、締めるところは締める。それがアイドルよ。」


名々子「そんなの聞いたことないです!」


ツバサ「それが問題なの。行きましょう、海は目の前よ。」


「え、やった!行こ行こ!」


「ほら、名々子も一緒に!」


名々子「えぇ?あ、うん…」

127: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 18:23:32 ID:???00
私は波打ち際へ駆け出す2人を見ながら、歩いて行き、パラソルが作り出した影に腰を落とした。


キャーアハハ!


メンバーの2人は、早速楽しそうに水のかけ合いっこをしている。


私はその先を見る。


どこまでも続く水平線。空と海の境界がぼやけて見える。空の青を反射して、海面はキラキラ光っていた。


綺麗だと思った。
今まではこんなにぼーっとただ目の前の変化のない景色を眺めるなんてこと、無かったから。


磯の香りと砂の温もりで、身体から力が抜ける。
ツバサさんは、肩の力を落とせと、そう伝えたかったのかな…

128: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 18:25:08 ID:???00
ツバサ「こんなところで、何やってるの?」


傘から顔を覗かせてツバサさんは言った。


名々子「あ、いや、海ってなんか苦手で…」


我ながら下手すぎる嘘だ。
まぁ、浮き輪がないと不安なのは本音だけど。


ツバサ「メンバーの2人とはどんな関係なの?」


名々子「そうですね、まぁ、ライバルって感じでしょうか。」


私がそう言うと、ツバサさんはそうよね、そうなるわよね。と呟いた。


ツバサ「もちろん、そう言った考え方も大事よ。アイドルだから、結局は誰が1番目立つか、だからね。」


名々子「そうですよね。」

129: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 18:27:32 ID:???00
ツバサ「でも、それだけじゃダメなの。付いてきて。」


ツバサさんは私の手首を握って、強引に海の方に連れていった。


少し、潮風と共に日焼け止めの匂いがした。


ツバサ「おふたりさん、ちょっといい?名々子さんが混ぜて欲しいって言ってるの。」


砂浜から、海に向けてツバサさんは声を張った。


名々子「え、えぇ!?」


ツバサさんはこっちを見てウィンクをした。


ツバサ「どうかしら。」

130: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 18:34:28 ID:???00
ツバサ「どうかしら。」


2人は、互いの顔を見合わせる。心臓の鼓動が波の音をかき消した。


私を誘う時も…こんな気持ちになっていたんだろうか。それを私は無碍にし続けていたんだ。


あぁ、まだ顔を見合わせている。そりゃあ、今更虫がいい話だと私も思う。


「…もちろんですよ!」


私の耳に入ってきたのは、そんな意外な言葉だった。


「ほら、こっちおいで!ボールもあるよ。」

131: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 18:34:59 ID:???00
名々子「あ、いや。」


なおも躊躇する私に、ツバサさんはふっ、と私の背中を押した。


振り返ると、笑顔のツバサさんがいて、
前には、早く早く~と手招きをする2人がいた。


私はそれに吸い寄せられるように、海水へと足を踏み入れた。


冷たい。
でも、なんだか心地よかった。



……
………

132: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:23:18 ID:???00
「楽しかったね!」


「ねぇ名々子、今度の放課後行きたいところがあるんだけど…」


名々子「う、うん。」


なんか不思議な気分だ。私が私でないみたいな。心地よい、懐かしい感覚。


高校入学とともに、捨てた感情だった。私は、アイドルのために全てを捧げてきた。技術向上なら、青春も仲間もいらないと思っていた。


そんな乾いた心が今、解きほぐされているのかもしれない。


「でも、今からなんか講義があるらしいよ。」


「なんについてだろうね~。」

133: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:23:42 ID:???00
名々子「プロデビュー決定とか、そんなのだったら嬉しい、ね。」


「だねだね!」


私はこの3人でそれを目指すのも、悪くないと思っていた。



……
………

134: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:25:54 ID:???00
ツバサ「みんな揃ったわね。じゃあ、始めるわよ。」


名々子「よろしくお願いします。」


ツバサ「まず、貴女たちの技術面に関してだけど、これは申し分ないわ。プロ顔負けよ。」


私は2人の顔を見合わせる。やっぱりさっき言ってたことなのかな、と小声で1人が言った。


ツバサ「でも、圧倒的に足りないところがあるわ。それは…」


「チームワークよ。」


急にドアが開いたかと思えば、その特徴的な声、ツインテール…あれは…!


にこ「にっこにっこにー!どうも、矢澤にこでーす!」



135: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:26:55 ID:???00
にこ「…誰か反応しなさいよ。」


名々子「す、すみません。ちょっとびっくりしちゃって…」


UDXのOGでもない、それもA-RISEのライバルだった元μ'sのにこさんが来るなんて、誰も思いはしなかっただろう。


しかも、今やにこさんもトップアイドルの一員で…今のこの場にツバサさんといるのが奇跡だと思うくらいだ。


にこ「ツバサさんに頼み込まれてここにやって来たっていうのに…」


ツバサ「この方のプロ意識はすごいのよ。でも、そこは私も負けない自信がある。私たち、UDXに足りないものを教えにきてくれたの。」


「それが、チームワーク…」

136: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:37:52 ID:???00
にこ「そういうこと。最近のラブライブは特に、技術面を気にしすぎているように思うのよね。」


名々子「でも、それも大事なんじゃ。」


にこ「もちろんよ。でも、アイドルはそれだけじゃない。あんたたちまだ学生よ?それなのに、アイドルに楽しさを感じないでどうするの。未完成でいいの。」


「でも…」


にこ「それに…ファンの人たちが笑顔にならなきゃ、アイドルやってる意味がないわ。魅せることに必死になって、その気持ちを忘れてるんじゃないかしら。」

137: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:39:11 ID:???00
ツバサ「私たちがμ'sに負けてから…UDXは間違った方向に進んでいた。技術面のことばかり気にして…上もおそらく本当はわかってたんでしょうね、μ'sのやり方を取り入れて、ファンの方へ向かないといけないっていうのは…でも、できなかった。あなたたちには辛い思いをさせたわね。」


にこさんは、ファンの人を笑顔にさせる、それがアイドルよと言って締めた。


だから、ツバサさんは私たちを気にかけてくれたのか…


ファンの人を…笑顔に…にこさんはそう言っていたけど、私たちは常々、観客を魅了しなさいと言うことを伝えられてきた。アイドルがそれだけじゃないとしたら…?


私たちのパフォーマンスは、もっと進化できると言うことなのか。


にこ「ツバサさんが私を呼んだのにも、驚いたでしょう。」


名々子「…まぁ、μ'sとしのぎを削った仲ですから…」

138: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:39:47 ID:???00
にこ「もちろん、ライバル関係ではあったわ。でも、同時にリスペクトもしてた…だからマネージャーに無理言ってスケジュール空けたのよ。」


ツバサ「ありがとうね。にこさん。」


ツバサさんはにこさんにそう言って頭を下げると、


にこ「いえいえ、未来のアイドルのためですから。」


そう言ってにこさんは2度頷いた。

139: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:40:31 ID:???00
私は思い出していた。


練習終わり、いつもどこか行こうと誘ってくれていた姿を。


そして今日、初めて一緒に遊んだあの感情を。


分かっていた。でも、蓋をしていたんだ。


私はこの人たちと、1番になりたい。


私は2人の顔を見渡す。
緊張した面持ちだが、2人とも微笑みを浮かべている。


ここなら、私は…

140: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:41:01 ID:???00
名々子「皆さん、よろしくお願いします。」


私は2人に向かってお辞儀をする。


にこ「かたぁい!まだまだだけど、ラブライブまで時間があるわ。さぁみんなでにっこにっこにーよ!」


私は2人に手を引かれ、歩き出す。
そして、3人大きな声で


「「「にっこにっこにー!!」」」


と叫んだ。



……
………

141: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:49:43 ID:???00
雪穂「亜里沙、どう?」


亜里沙「うん!自信持って部を代表できると思う!」


ついに、曲が完成した。


ことりさんや海未さん、真姫さんも作業に手を貸してくれ、ついに皆が納得する曲、振り付け、衣装を作り上げることができた。


頑張って下さい!とみんなが背中を押してくれる。


雪穂「みんなありがとうね!じゃあ、練習行こう!亜里沙!」


亜里沙「うん!」


私は亜里沙の手を握り、真夏の太陽が照らす屋上へと駆け上がった。



……
………

142: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:52:55 ID:???00
穂乃果「う~、緊張するね…」


真姫「なんであんたが緊張するのよ。」


希「まぁでも分かるよ。妹さんの晴れ舞台やもんなぁ、ほら、絵里ちもこんななってるし。」


絵里「大丈夫かしら…亜里沙…」


海未「分かりやすいくらい震えてますね…」


希「絵里ちどしたん?この前も急に電話かかったと思えば、私、亜里沙の悩みにちゃんと答えられたかしら…とか言って。」


絵里「希ぃ!その話はやめて!」

143: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:53:41 ID:???00
ことり「大丈夫だよ!2人とも成長してるから。」


花陽「ほんと…見違えるくらい。」


凛「立派になったにゃあ…」


にこ「あ、あんたら!こんなとこで何してんの!」


希「にこっち!…こっちのセリフなんやけど。」


凛「あ!かわいい服着てるにゃ~!」


にこ「ちょっとやめなさい!私は審査員しないといけないんだから!」


絵里「寂しいじゃない…今度ご飯行きましょうよ。」


にこ「どうしたの絵里…」

144: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:54:18 ID:???00
希「あぁ、ちょっと今ナーバスな時期なんや。」


にこ「…そういうことね、ほら、私はもう行かないいと行けないから!あんた達も客席に向かいなさい!」


ことり「行っちゃった…」


絵里「なんか変な誤解をされた気がするわ…」


海未「では、私たちもそろそろ客席に向かいましょうか。」


花陽「いろんなアイドル見れるのかぁ…楽しみだなぁ。ワクワクするなぁ…!」


絵里「亜里沙…亜里沙…」



……
………

145: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:55:32 ID:???00
雪穂「ついに、ここまできたね…」


舞台袖の待機室からは、モニターで出場者のパフォーマンスを見ることができる。


そこに写っているのは、満員の観客席。
無数のサイリウムが、夜空を照らしている。


亜里沙「はぁ…ほんと、夢みたい。今日で終わるのが寂しく感じちゃうなぁ。」


アイドルらしいフワフワした衣装を着つつ、オドオドしている亜里沙がなぜかおかしく見えて、少し笑った。


雪穂「あはは、まだ始まってもないのに、何言ってんの?」


亜里沙「だってぇ…」


亜里沙の肩を組んで緊張をほぐしていると、後ろから声をかけられた。


名々子「久しぶりね。」

146: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:56:46 ID:???00
声の主は、名々子だった。
不思議と、その声は以前のものとは変わっていた。


雪穂「あなた、少し変わった?」


名々子「かもね。…雪穂、ごめんなさい。」


名々子は急に頭を下げ、謝ってきた。後ろの2人が心配そうにこちらをみている。


雪穂「やめてよ、こんなところで。」


名々子「アイドル活動を重ねるごとに、雪穂のお姉さんの気持ちがよく理解できるようになった。とにかく必死で、より良いパフォーマンスのために、そして、仲間達のために…それをよく知りもしないで否定するような真似して、ごめんなさい…」

147: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:57:20 ID:???00
雪穂「やっぱり、変わったね。」


名々子「え?」


名々子が頭を上げ、上目遣いになりながらそう言った。


亜里沙「もう、そんなこと誰も気にしてないよ。」


雪穂「そうそう。それよりも、今日は楽しもう。それがファンに、そして仲間達にできる、唯一の恩返しだよ。」


名々子「…貴女の方こそ、変わったじゃない。」

148: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 22:59:22 ID:???00
雪穂「かもね。」


そう言って、私たちはまた笑った。
懐かしい感覚だ。


『次のグループは…』


亜里沙「あ!次私たちだよ!」


雪穂「ごめん!私行くね!」


名々子「えぇ。楽しみにしてるわ。」


私は舞台袖から亜里沙と共に暗転したステージに走り、目の前の満点の星空を見る。


スポットライトが着き、私は少し目を細める。


きっかけはネガティブな感情からだったかもしれない。でも、雪穂や部活のみんな。そして、μ'sの方々…最高のライバル名々子。いろんな支えがあって、ここまでたどり着いた。


私たちの世界に私たちの曲が鳴り響く。
私はこの時、最高の胸の高鳴りを感じた。



……
………

149: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 23:00:56 ID:???00
公園のベンチに座り、私は1人深呼吸をする。
まだ熱気の冷めない湿った風が、私の胸を包んだ。


空を見上げると、天の川が見えた。そして、その川を流れるようにデネブとアルタイルが輝きを放っている。


あと1つはどこだったっけ…と探すも、雲に隠れているのか見つからずに断念した。


名々子「ふぅ…」


負けてしまった。
私はもう3年生だ。ラブライブには、もう、出ることはできない。


でも、不思議と負の感情は湧いてこなかった。率直に、やり切ったからだろう。

150: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 23:03:09 ID:???00
私は自信を持って後悔ない方を選んだと言える。今はただ、これから半年何しようか、としか考えられなかった。


今までずっと、アイドルのことばかり考えて生活していたから、なんか落ち着かない。


受験勉強…アイドル活動くらい本気になることができるかな。


まぁ何事にも挑戦だよね!


と、踏ん切りがつき、自分の腿を1つパチンと叩いて立ちあがろうとすると、


名々子「ひゃっ!!」


突然、首筋に冷たいものが当たり、驚いて叫んでしまった。

151: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 23:04:00 ID:???00
雪穂「あはは、ごめんごめん。ほら、一緒に食べよ、アイス。」


雪穂はアイスバーをふりふり揺らしながら、私の隣に座ってきた。


亜里沙「隣失礼するね。」


亜里沙も隣にねじ込むように座ってくる。
2人用のベンチなのに…


名々子「なんでここが…」


雪穂「あの2人に聞いたんだよ。どこにいるかなって。そしたら答えてくれたよ。1人になりたい時はここにいるって。」


…昔からバレていたみたいね。

152: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 23:04:55 ID:???00
亜里沙「いい仲間を持ったね。」


名々子「あなた達もね。」


もらったアイスをひと齧りしてみる。爽やかなソーダ味が口に広がる。外の蒸し暑さが少し心地良くなった。


雪穂「昔を思い出すね。」


亜里沙「よく一緒にご飯食べたよね。」


名々子「昔のことよ。今は…」


私は負けたんだ。ようやく少し、悔しくなってきたみたいだ。


雪穂「そんなこと関係ないよ。私は、名々子とアイドル目指してた時のことも、後悔してないよ。」

153: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 23:07:05 ID:???00
あぁ、なんでこの人を敵に回しちゃったんだろ。私はそんなこと思いながら、右頬に涙の筋を浮かべる。


亜里沙「…3人でさ、ちょっと歌わない?」


雪穂「いいね!もちろんあの曲だよね。」


亜里沙「だって~可能性感じたんだ…そうだ…ススメ~」


雪穂「後悔したくない目の前に~」


名々子「僕らの道がある~」


涙を堪え、満天の星を見上げる。夏の夜空には、一際輝くベガが見えた。


そうだ。何度だって、また再開すればいい。
その先に何が待っているかわからない。
ただ、進め。


だって、


可能性を、感じたんだから。

154: 名無しで叶える物語◆cBzQGpr8★ 2024/08/03(土) 23:09:10 ID:???00
終わりです。

レスつけてくれた方ありがとうございました。
励みになりました。
是非ご感想をお聞かせ下さい。

過去作載せときます。
穂乃果「夏空の綿雲」

穂乃果「ある英雄譚」

引用元: 【SS】雪穂「夏の大三角形」