母「あなた浮かない顔して、どうしたの？」

父「いや、親父が未だに運転やめないからさ……」

母「それがどうかしたの？」

父「親父ももう年だ、不安だよ」

父「いつどこで、アクセルとブレーキ間違えたり、歩道に突っ込むかと思うと気が気じゃない」

母「大丈夫よ。お義父さん、かなりしっかりしてらっしゃるし」

父「そうだけど、老いによる衰えってのはなかなか自覚できないっていうからなぁ」



孫娘「……」

祖父「ただいまー」



孫娘「おじいちゃん、お帰りー！」

母「ほら、ちゃんと帰ってきたわ」

父「……ああ」

ある日――

テレビ『85歳の男性が運転する車が逆走した挙げ句、近くのコンビニに突っ込み……』

テレビ『本人いわく、いつもは平気なのに、突然何がなんだか分からなくなった、と……』



母「まぁ、怖いわねぇ～」

父「ほら、やっぱりこういうことってあるんだよ」

父「自分は大丈夫、自分に限って……って人に限って事故るんだ。そういえば親父は？」

母「お一人でドライブに行ってらっしゃるわ」

父「よし決めた……今日こそ親父にいおう！」

祖父「ただいまー」

父「なぁ親父。話があるんだ」

祖父「なんだ？」

父「もう運転するのやめてくれよ。免許返納してくれよ」

祖父「な、なんだいきなり！？」

父「はっきりいってさ、不安なんだよ。親父に運転させるの」

父「さっきも高齢者が事故を起こしたなんてニュースをやってたし」

祖父「ワシをそんなボケ老人と一緒にするな！」

父「誰も親父がボケてるなんていってないだろ」

祖父「しかし、ボケ老人扱いしてるようなもんだろうが！」

父「俺は親父が心配なんだよ。もう若くないのは確かなんだからさ」

祖父「心配せんでいい。自分のことは自分が一番よく分かってる」

祖父「だいたいワシが運転する時は、お前たちは乗せんだろうが」

祖父「ワシが事故を起こしても、少なくともお前たちがケガしたり死ぬことはない」

父「何かにぶつかったり、誰かをひいちゃったらどうすんだよ」

祖父「ちゃんと保険に入ってるから大丈夫だ。お前たちに迷惑はかけん。自分でケツを拭く」

父「いや、そういう問題じゃないだろ。相手を死なせちゃったら……」

ｹﾝｹﾝｶﾞｸｶﾞｸ…



孫娘「あーあ、泥沼」

母「こうなると、あの人もお義父さんも譲らないからねえ」

祖父「分かった！　そんなにいうんなら、車庫入れで勝負だ！」

祖父「ワシがほんの少しでも車庫入れをミスったら、免許を返納してやる！」

父「よし……今すぐやろう！」



孫娘「くだらなーい」

母「お義母さんが生きてたら、止めて下さったんだろうけど……やらせてあげましょ」

父「じゃあまず俺から」

ﾌﾞﾛﾛﾛ…

父「あぶね、ぶつかりそうになった」

父「ちょっと右に寄りすぎてるな」

父「今度は左すぎる……」

ﾌﾞﾛﾛﾛ…　ﾌﾞﾛﾛﾛ…


祖父「おい、何回切り返しするんだ」


父「うるさいな！　気が散る！」

ｷｷｯ

父「やっとできた……」ﾎｯ

孫娘「よくできましたー！」



祖父「じゃ、次はワシだ」

祖父「ワシは事故なんて起こさないことを証明してやろう」

ﾌﾞﾛﾛﾛ… ﾌﾞｵﾝｯ

ﾌﾞﾛﾛﾛﾛﾛ…　ｷｷｯ

祖父「こんなもんか」



孫娘「わーっ、一発で成功！　位置もバッチリ真ん中！」

母「あなたよりよっぽどスムーズだったわねえ」

父「ぐ……！」

祖父「どうだ？　ワシの方が上手だったろう？」

父「ぐぬぬ……」

祖父「ま、ワシに免許返納させるのは十年早い！」

祖父「ワッハッハッハ……」



父「くっそぉ～……」

母「まあまあ、よかったじゃない。お義父さんがまだまだ元気だって分かって」

父「いや……」

父「さっき親父が車庫入れする時、一瞬ブオンッて音してたろ？」

母「そういえば……」

父「あれ、アクセル踏みすぎたんだ」

父「すぐ足を放したからいいが、あのまま踏みっ放しにしてたら大事故だ」

父「昔の親父なら、あんなことなかったのに……やっぱり衰えてるんだよ」



孫娘「……」

孫娘「おじいちゃ～ん」

祖父「なんだ、甘えた声出して。らしくもない」

祖父「今はお父さんもお母さんもいないから、本音で会話してくれていいぞ」

孫娘「うん、じゃあそうするよ、ジジイ」

祖父「ジジイと来たか……まあいいけど。で、なんだ？　こづかいでも欲しいのか？」

孫娘「ジジイ、免許返納しろ！」

祖父「ふん……そんなこったろうと思ったよ」

祖父「やなこった！」

孫娘「なんでさ？」

祖父「まだワシは若いからだ！」

孫娘「若くないじゃん。年寄りじゃん。しわだらけじゃん。髪薄いじゃん。年金受給者じゃん」

祖父「ふん、まだまだ若いもんには負けん！」

孫娘「若い人に負けない、って思うこと自体もうジジイの発想じゃん」

祖父「ぐぬぬ……」

祖父「口の減らない孫だ！」

孫娘「口が減るわけないじゃん！　どうやったらなくなるのさ！」

祖父「いや昔、工場の機械で顎をふっ飛ばされた知り合いがいてな」

祖父「みごとに口がなくなっておったぞ。ありゃ大事故だった」

孫娘「ひえぇ～、こわーい……」ﾌﾞﾙﾌﾞﾙ

祖父「しかし一時期は絶望してたが、立ち直ってな。結婚もして、今でも幸せに暮らしておる」

孫娘「へぇ～、ご立派！」

祖父「あいつのことを思い出すたび、人間どんな境遇にいたってやり直せるって思ったもんだ」

祖父「って今はこんな話はどうでもいい！」

孫娘「免許返納しろー！」

祖父「絶対やだもんねー！」

ﾄﾞﾀﾊﾞﾀ…　ﾄﾞﾀﾊﾞﾀ…


母「ちょっとちょっと、二人して何やってるの！」


孫娘「ごめんなさい……」

祖父「すいません……」

母「ホコリが立っちゃったから、お掃除しますね」

祖父「面目ない」

祖父「邪魔になるといけないから、ワシは気分転換にドライブ行ってくる」

母「あ、はい、お気をつけて」

母「じゃ、あんたはテレビでも見てなさい」

孫娘「はーい」



孫娘「……」

孫娘（そうだ！）

ｷｭﾙﾙﾙﾙ…　ﾌﾞｵｫﾝ…


ﾌﾞﾛﾛﾛﾛ…

祖父「……」

祖父「分かっておるよ……」

祖父「ワシの運転技術や判断力が、年々衰えてきてるというのは……」

祖父「だから、あまり込み入った道路には近づかなくなったしなぁ……」

祖父「若い頃はいつまでものさばってる年寄りが嫌いだったが」

祖父「今はワシ自身がそれになりつつあるのかもしれん」

ﾌﾞﾛﾛﾛﾛ…

祖父「しかし、運転は一生やめたくない……」

祖父「かといって、誰かに迷惑をかけたくもない」

祖父「できることなら、誰もいないところに車で激突して死ぬってのが一番いいんだろうなぁ……」


ﾑｸﾑｸ…


祖父「ん？」

祖父（後部座席に敷いてたシートが盛り上がって……？）

孫娘「ジジイ！」ﾊﾞｻｧｯ




祖父「わーっ！！！」

ｷｷｰｯ

祖父「ビックリしただろ！　後ろに車がおったら事故になってたとこだ！」

孫娘「ごめんごめん」

祖父「ていうか、ワシ自身がぽっくり逝くところだったぞ！」

孫娘「だから悪かったって」

祖父「まったく……どうして勝手に車に乗り込んだりしたんだ」

孫娘「そりゃもちろん！　おじいちゃんとドライブを楽しみたかったから！」

祖父「……」

祖父「シートベルトちゃんとしろよ」

孫娘「はーい！」ｶﾁｬｯ

ﾌﾞﾛﾛﾛ…

孫娘「へぇ～、お父さんより上手いじゃん」

祖父「ああ、あいつは昔からどん臭かったからな。顔はワシ似だが、そういうとこは母親似だ」

孫娘「おばあちゃんに頭上がらなかったくせに」

祖父「ぐ……！」

祖父（まずいぞ……ワシ一人で乗ってて事故起こすのはまだいいが、孫乗せてたらそうはいかん！）

祖父（孫を死なせるわけにはいかん！）

祖父（それでなくとも人を乗せて運転するのは久々だから、緊張してきた！）

祖父「……引き返そうか」

孫娘「えぇ～！？」

孫娘「なにビビってんの！？　あんだけ若いもんには負けんって豪語してたのに！」

祖父「いや、そうだけどさ……」

孫娘「せっかくだし、どこか連れてってよ」

祖父「分かった分かった」

祖父「じゃあ、ジジイとガキでドライブといくか！」

孫娘「ほいほーい！」



ﾌﾞﾛﾛﾛ…

公園――

孫娘「ボール持ってきたから、ボール投げでもしよっか」

祖父「やろうやろう」

孫娘「それー」ﾎﾟｲｯ

祖父「えーい」ﾎﾟｲｯ

孫娘「このっ！」ﾋﾞｭｯ

祖父「なんの！」ﾋﾞｭｯ

孫娘「痛いっての！」ﾌﾞｵﾝｯ

祖父「膝を狙うな、膝を！」ﾌﾞｵﾝｯ

おもちゃ屋――

祖父「どれ、女の子の人形でも買ってやろう」

孫娘「やだーっ！　こっちのロボットがいい！」

祖父「ロボット！？　しかも、これやられ役のロボットだぞ？　撃たれたらすぐ爆発するやつ」

孫娘「あたしはこういうのに愛着がわくタチなの」

祖父「変わった子だ……」

図書館――

祖父「休日だから混んでるなぁ」

孫娘「ふんふ～ん」

祖父「お、何を読んどるんだ？」

孫娘「これ！」ｻｯ

祖父「『写真で知ろう冬虫夏草』……！？」

孫娘「虫から生えてくる冬虫夏草を見ると、生命の力強さってやつを感じるねぇ！」

ﾌﾞﾛﾛﾛ…

祖父「もう夕方だ……そろそろ帰ろうか」

孫娘「えぇ～、やだやだーっ！」

孫娘「ハイウェイ行こうよハイウェイ！」

孫娘「アスファルトタイヤ切りつけながら暗闇走り抜けてよ！」

祖父「いったいどこで覚えたんだ、そんな言い回し……」

祖父「お父さんとお母さんも待ってるだろうし、帰るぞ！」

孫娘「はーい」

祖父「ただいま……」ｹﾞｯｿﾘ…

孫娘「ただいまー！」

母「お帰りなさい」

父「大丈夫だったか？」

孫娘「ぜーんぜん危なくなかったよ！　快適、快適～」

父「そうか……」

父「親父、すまなかったな。年寄り扱いして。親父はまだまだ現役ドライバーだよ」

祖父「いいや、そんなことはないよ」

祖父「孫を乗せて一日走ってよく分かった」

祖父「ワシはもう、命を預かるような重荷には耐えられなくなってるし」

祖父「あの子がもっと大きくなるところを見たい」

祖父「孫のためにも、ムキになって運転続けて事故で死ぬようなマネは避けたい」

祖父「ワシは免許を返納するよ」

父「親父……」

後日――

祖父「手続き終了だ！」

孫娘「今の気分はいかがですか？」ｻｯ

祖父「戦友との別れ、ってとこかな」

孫娘「大げさ～！」

母「この子ったら……」

祖父「これでもうワシは運転できんわけだ。帰りの運転は頼んだぞ」

父「任せとけ！」

ﾌﾞﾛﾛﾛﾛﾛ… ｷｷｯ

父「……っとと。ちょっと停止線はみ出しちゃった」

母「しっかりしてよ、あなた。黄色になってたのに行こうとするから……」

孫娘「おじいちゃん……お父さんの運転、不安なんだけど」

祖父「やっぱりワシ、返納しなきゃよかったかも」







おわり