1: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:46:11 ID:???00
120%恣意的解釈のセラかほです
それでも良ければぜひ

2: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:46:32 ID:???00
📺<アナウサギが穴から顔を出しました

セラス「……」ジッ…

看護師「おはよう、セラスちゃん」ガララ

看護師「診察の時間だよ。今日は体におかしなところとかないかな」

セラス「ん、元気」ジッ…

看護師「あはは。お返事するときくらいこっちを向いて欲しいんだけど……。そのDVD、ずっと見てるよね。好きなの?」

セラス「好き」

セラス「テレビの動物さんは、こっちを見ないから」

看護師「……そっか」

看護師「じゃあ、また後でね。苦しいな、なにかおかしいな、って思ったらすぐにナースコールするんだよ?」

セラス「うん」コクリ

シン…

セラス「静か」

セラス「でも」

セラス「変な目で見られるより、ひとりの方がずっといい」

セラス(色素の薄い髪と肌、空をスポイトで抜き取ったような瞳の色は、ずいぶんと珍しいらしい)

セラス(奇異な目で見られるのは、きっとそれが理由。大部屋での暮らしは決して居心地のいいものではなかった)

セラス(山の天気のように不安定で揺らぎのある身の上で、さらに好奇の視線に晒されてはたまったものじゃない)

セラス(お母さんに頼み込み、安くはない個室の席を確保してもらった)

セラス(喧騒を遠くに感じるここは安穏と静かで、でも)

セラス「ちょっと、さみしいな」

セラス(テレビでは相変わらず、臆病なアナウサギが映し出されていた)

3: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:47:02 ID:???00


セラス「……ん」ムクッ

セラス(服薬のせいか、起き抜けの気分はあまりよくない)

セラス「……」カサッ

セラス「?」チラッ

セラス「お花?」

セラス(左手のすぐ傍に、色紙で作られたお花が置かれていた。花弁は赤、茎は緑。折り方が複雑で慣れていないのか、白くはみ出た部分が各所に見られる)

看護師「こんにちは、セラスちゃん」ガララ

セラス「あ、こんにちは。あの、これ」スッ

看護師「うん? あ、お花の折り紙。セラスちゃんが作ったの?」

セラス「ううん、わたしじゃない。起きたら、あった」

看護師「え? あっ、花帆ちゃんか……」ボソッ

セラス「え?」

4: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:47:22 ID:???00
看護師「ぇあっ、口止めされてるんだっけ。えと、あのね、それは……」

看護師「よ、妖精さん、かな?」

セラス「ようせい、さん?」コテン

看護師「そうそうっ。薄い羽根を背中に生やして、自由にお空を飛び回るちょっとおませな妖精さん!」

看護師「きっと、セラスちゃんと仲良くなりたくてプレゼントしたんだと思うよ」

セラス「わたしと、仲良く……」

看護師「うんうんっ」

セラス「……」ジッ…

セラス(ほんの少し不格好なお花は、大人の人が作るそれよりも見た目は悪いけれど)

セラス「……」ソッ…

セラス(両手で挟むようにして持つと、胸の辺りが温かくなった気がした)

セラス「お花の、妖精……」

セラス「名前は、花ちゃん、かな」

5: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:47:58 ID:???00


セラス「ごほっ、げほっ」

看護師「大丈夫、大丈夫だよ。お父さんとお母さんももうすぐ来るからね」

セラス「ぐ……げほっげほっ」

セラス(続けざまに咳をすると、瞼に涙が滲む。苦しくて、いつ終わるとも知れない嫌な時間)

セラス(何も見れない、聞けやしない。けど、手だけは自由だ)

セラス「花、ちゃん……っ」

セラス(そう呟きながら紙製のお花を胸に抱く)

セラス(潰れてひしゃげて萎れてしまい、いくつかダメにしてしまったが、このお花は頻繁に届く)

セラス(今では強いお薬よりも心強い、欠かせない特効薬だ)

セラス「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」ゼェゼェ…

看護師「……落ち着いた?」

セラス「う、ん……」コクリ

セラス「……ん?」チラッ

セラス(病室の入り口の扉が、ほんの少し空いていた。それこそ、盗み見できるくらい、密かに)

<はわっ!

セラス「……?」

6: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:48:19 ID:???00
セラス(素っ頓狂な声が聞こえたかと思えば、先ほどまであった気配は消えてなくなる。身を翻して逃げてしまったらしい)

セラス(なんとなく、臆病で出不精なアナウサギを思い出した)

看護師「あ、お世話になってます。セラスちゃん、さっきまでは少し苦し気な咳をしていたんですが、今はもう落ち着いたみたいで──え? 折り紙? あ、これって」

看護師「セラスちゃん、はい。あなた宛てだよ」スッ

セラス「え? あ、またお花……ってことは」

セラス(扉前の気配。逃げたアナウサギのような人。送り届けられた折り紙のお花)

セラス「アナウサギの、妖精……?」

セラス(いなくなるほんの少し前に見えた人影は、妖精さんだったのだろうか)

セラス(大きな絵本を胸に抱く姿が、特に印象的だった)

7: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:48:46 ID:???00


「うんしょ、よい、しょ……」

セラス「……?」カサッ

「わ、床に落ちちゃう。いっぱい持ってきちゃったせいで乗り切らないや」

セラス「……」パチッ

「でも、積み木みたいにゆっくり乗せてけば、うん、いい、感じ……」

セラス「……」ジッ…

セラス(ベッド脇で、何かがいた)

セラス(兎の髪飾りが揺れるように生え、シーツの上に紙でできたお花が置かれる。一度引っ込むと、またひょっこりと髪飾りが現れる。どうやら折り紙を補充してはシーツに置いているらしい)

セラス(まるで、洞穴から外を覗き見るアナウサギのようだった)

セラス「……あの」

「ふんふん、まだまだ乗るよっ」

セラス「あの、あなた……」

「ふんふ──あっ!」グチャア…

セラス(お花の塔の最後は、花が散るように四方へ崩れていった)

「ああ……」ガクッ…

セラス(小さなつむじが悲しみに項垂れている。話しかけてもいいものか、とほんの僅か逡巡した後、意を決して声を掛けることにした)

8: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:49:14 ID:???00
セラス「あの、花ちゃん、ですか……?」

「……へ?」ピクッ

セラス(アナウサギとお花の妖精──花ちゃんは、兎が警戒する時みたく髪を立てる。視線が交差すると、彼女の大きく好奇心強めの双眸がよく分かった)

セラス(観察するような、嫌なはずの視線。けれど、ほんの僅かも嫌悪を抱かないのはなぜだろう)

「あっ、起き、ちゃった……?」

セラス「うん。あれだけ積み木……積み紙されたら、当然」

「そ、そっかぁ……やっぱり、欲張りすぎたかー……」

セラス「それで、えと、花ちゃん、なの……?」

「花ちゃん? なんであたしがお花の名前だって知ってるの?」

セラス「?」コテン

「あたしね、お花に生えた羽、って名前なんだよ」

セラス「お花に生えた、羽……?」

「うんっ、風に乗ってどこまでも飛んでいけて、どこだって綺麗に花咲けるんだって!」

セラス「……妖精さん、だ」

セラス(目の前にいる、わたしとそれほど年は変わらないように見えるこの人は、妖精さんなんだ)

セラス(絵本でしか見たことのない、明るくて、ひょうきんで、魔法の使える素敵な存在)

セラス(この娘が、わたしと仲良くなりたくて毎日お花を届けてくれた。それが実感を伴ってやってくると、いてもたってもいられなくなる)

セラス(気付けばわたしは身を乗り出していて、唇は勝手に言葉を紡いでいた)

セラス「わ、わたしと、友達になって!」

9: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:49:36 ID:???00
セラス(ほっぺが、手が、そして胸が、とっても熱い)

セラス(苦しい時の体調に似ているけれど、気分はまるで違う)

セラス(生きたいと思って足掻くんじゃないこれこそ、)

セラス(生きてるってことなんだと、わたしは初めて生を実感した)

「え!? あたしとお友達に!?」ビクッ

セラス「う、うん……だめ?」

「だ、だめじゃないよ! あたし、ずっとずっとお友達になりたかったの!」バッ!!

セラス(花ちゃんは一瞬床に座り込んだかと思えば、眼前に大きく絵本を取り出す)

セラス(表紙には豪華な服装に身を包んだ女の子がいて、興奮のままに叩いた)

「この娘にそっくりでっ、仲良くなりたいなっ、仲良くなりたいなっ、って思ってたの!」

セラス「わたしが、この娘に……?」

「うんっ、綺麗な髪の毛に、ものうげ?で可愛いお顔! は~~~、よかった! あたし、日野下花帆! ねね、あなたはなんて名前なの?」

セラス「わ、わたしは、セラス……」

花帆「セラス? じゃあ、せっちゃんだね!」サッ

セラス「よ、よろしく……花、ちゃん」ギュッ

セラス(はにかみながら握った手は、アナウサギみたく毛がふさふさなわけでもなく、妖精みたく小さくて握れないなんてこともなく)

セラス(五指全部で握れてあったかい、心地よい手だった)

10: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:50:03 ID:???00


セラス「ん……よい、しょ」ムク…

セラス(病状が悪化した翌日の朝は、気怠さが残る。掛けられたシーツでさえ重く感じるほどだ)

コンコン

セラス「!」

花帆「せっちゃん、花帆だよ~」

セラス「入っていいよ」

花帆「おはよー!」ガララ

セラス「おはよう、花ちゃん」

花帆「今日はせっちゃんとお絵描きしたくて色々持ってきたの。うんしょ」ガサゴソ

セラス「わ、いっぱい。花ちゃん、欲張り」

花帆「えへへ。あれもこれもって思ったらこうなっちゃった」

セラス「これならたくさん遊べるね」

花帆「うんっ、じゃあ、お隣失礼しまーす!」ソソ…

セラス「どうぞどうぞ」スス…

花帆「はー、せっちゃんのおかげであったかい」

セラス「そう?」

花帆「うん。じゃあまずはなに描く?」

セラス「アナウサギ」

花帆「ねえねえ、アナウサギってただのウサギとなにが違うの?」

セラス「アナウサギは穴の中に住んでて、その近くに生えてる草を食べて生活してるんだよ」

セラス「あと、出歩く距離はだいたいこの病院の端から端くらいまでの、狭い範囲」

花帆「え、広いお外に住んでるのに?」

セラス「ん、外は広いけど、その分食べられちゃうかもしれないからあんまり遠くに行けないんだって」

花帆「ふぅん……あれだね、せちがらい、って奴だね」

セラス「なに? せちがらいって」

花帆「えっと……せっちゃんって、辛い物食べたらどうなっちゃう?」

セラス「ひーって、火吐く」

花帆「せっちゃんがからくてくるしい。せちがらいって、たぶんそういうことかも」

セラス「そっか……。アナウサギも毎日せちがらいね」

花帆「だねぇ……」

セラス(世知辛いの本式の意味を知ったのはいつだか覚えていないけれど、そういう時間がなにより幸せだった)

セラス(それになにより、二人でシーツを分かち合うといつもよりあったかくて、羽みたいに軽く思えた)

セラス(花ちゃんは妖精ではなかったけれど、幸せをいとも簡単に運んでくれるその様は、どんな高名な魔法使いよりも偉大に見えた)

セラス(だから幸せや喜びだけじゃなくて、たとえば、苦しみも分かち合えないかな、なんて思った)

11: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:50:36 ID:???00


セラス「……今日はお休み、かな」チラッ

セラス(花ちゃんの来訪を待つものの、今朝は一向に現れない)

セラス(進んで一人を選んだはずなのに、花ちゃんのいない病室は隙間風の吹くあばら家のように寒々しく感じた)

セラス「……」ソッ…

セラス(消毒されたスリッパを履き、静かに部屋を出る)

セラス(用を足す以外で部屋を出ることは稀で、他の部屋を訪ねるなんてもっての外だ)

セラス(それでも外へ出ようと思えたのは、ひとえに花ちゃんに会いたいから)

セラス(アナウサギが食料の雑草を求めて穴を出る時もこんな感じなのかな、なんてことを考えながら歩を進める)

セラス(幸い、花ちゃんの病室は隣なのでそう時間はかからない──)

花帆「げほっげほっ」

セラス「花、ちゃん……?」

セラス(目に入ってきた光景は、嘘みたいに現実味がなかった)

セラス(花ちゃんの顔色は病室の壁みたく色彩に乏しくて血色が悪い。苦し気に咳き込む様子はどこかの誰かと似ていて、そう、いつかのわたしとそっくりだった)

12: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:51:06 ID:???00
セラス「花ちゃん、花ちゃんっ」

セラス(弓の弦を弾くように床を蹴る。その際スリッパがどこかへ飛んで行ったが構っていられない)

セラス(看病をする大人の人が目に入ったが、強引に分け入っていく。なぜか、涙が溢れて止まらなかった)

セラス「花ちゃんっ、花ちゃん!」

セラス(なにができるかわからないけれど、あっためてあげればいいと思った。手を握って、声を掛ける。ただ、それだけ)

花帆「ごほっごほっ……せっ、ちゃん……?」チラッ

セラス「!」

セラス(返事。祈りが届いた気がした)

セラス「わたしっ、わたしだよっ、花ちゃん! ここにいるよ! ここにいるから!」

セラス(両手で花ちゃんの手を握る。それはなんだか、胸に折り紙を抱く自分を重ね合わせているだった)

花帆「……はは」ニコッ

セラス(力なく、顔面を蒼白にして見せる笑みは、なぜかおかしそうで)

花帆「あたしよりよっぽど、苦しそう……あはは」

セラス「花、ちゃん……」

セラス(それから花ちゃんは、もう少しだけ自分自身と闘った)

セラス(先生の話によれば、元気になろうと頑張っている証拠、とのことだったが、何ら慰めにもならなかった)

13: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:51:44 ID:???00
セラス(わたしは、貝殻のような頑なさで花ちゃんの傍を離れなかった)

セラス(気を抜けば、一瞬でも視線を逸らせば、この手を離してしまえば、花ちゃんが二度と息をすることはなくなるんじゃないか。そんな妄想に憑りつかれた)

セラス(だから、先生や看護師さん、花ちゃんのお父さんとお母さんに我儘を言った)

セラス(今晩は一緒のベッドで寝たい、と)

セラス(わたしが我儘を言ったのがよほど珍しかったのか、それとも花ちゃんの両親の器が大きかったのか、勝手な要望は見事に受理された)

セラス(病院のベッドは一人用だったけれど、まだまだ体の未熟なわたしたちにとっては二人でもぴったりなくらいだった)

セラス「花ちゃん」

セラス(消灯した病室内で意中の相手を呼ぶ)

セラス(花ちゃんも眠れていないのは、握り合った手の感触から分かった)

セラス「楽しいも、苦しいも、ふたりで分け合えればいいのにね」

セラス「そうすれば、今よりもっと我慢できる」

セラス「花ちゃんとなら、花ちゃんと一緒なら、ぜったい」

セラス「でも……」

セラス(続く言葉を、わたしは上手に言葉にできなかった)

セラス(幼く、語彙の豊富でない自分では、このどうしようもなさ、無力さに形は与えられない)

セラス(けれど)

14: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:52:13 ID:???00
花帆「……あたしね、知ってるよ。苦しいを、ふたりで分け合う方法」

セラス「え……? どうやるの?」

花帆「えっとね、いろいろと条件があるみたいで」

花帆「そのふたりは、楽しいときも苦しい時も一緒ですか?」

花帆「そのふたりは、びんぼうでもお金持ちでも一緒ですか?」

花帆「そのふたりは、しょうがいを共にしたいと思える人ですか?」

花帆「この三つを揃えないといけないんだって」

セラス「しょうがい……」

セラス(花ちゃんの口した、しょうがいという言葉。聞き慣れない単語でよくわからなかった)

セラス(けれど、わたしは頷いた)

セラス(花ちゃんになら、なにをあげたっていい、そう思えたから)

セラス「わたしは、いいよ。三つのぜんぶ、花ちゃんとなら叶えられる」

花帆「よかった。あたしもおんなじだよ、せっちゃん」

セラス「じゃあ、ここからどうするの?」

花帆「うん。ちかう、って言うんだって」

セラス「ちかう?」

花帆「うん、ちかう」

セラス(ちかう。これもまた、初めて聞いた言葉だったけれど、どこか神聖を帯び、清廉な空気を感じる言葉だった)

セラス「わかった。花ちゃん、わたしちかうよ」

花帆「あたしも、ちかう」

セラス(そういうと、花ちゃんはゆっくりと上体を起こしベッドへと皺を作る。そのまま花ちゃんの影がわたしを覆っていき)

セラス「……ぁ」

セラス(つい、花ちゃんの手を強く握ってしまった)

15: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:52:41 ID:???00


セラス(蝶や鳥の羽ばたきと、時の過ぎ去る瞬きは同じように早い)

セラス(花ちゃんと過ごす中で、わたしは社会性のようなものを身に付けていった)

セラス(奇異で好奇な視線は、花ちゃんが前に出て守ってくれて、この周囲から浮いてしまう容姿も時間の経過で珍しさを低下させていった)

セラス(特に、わたしが周りと溶け込める切っ掛けとなったものと言えば)

セラス「ぴょん」ヒョコッ

花帆「あ、うさぎさん発見!」

セラス(被ったシーツからひょっこりと顔を出す、アナウサギ遊びの考案だった)

セラス(新鮮な娯楽に乏しい病院内だからなのか、単純に遊びとして優れているのか判断はつかなかったが、非常に狭い範囲内で、この遊びは流行った)

セラス(どれくらい流行ったかと言われれば、わたしと花ちゃんがうさちゃん姉妹とあだ名が付けられるほど、と言えば伝わるだろうか)

セラス(なにはともあれ、個室から大部屋に移ることができたのは、こういった経緯からだった)

セラス(そうした生活の中で、わたしと花ちゃんはすくすくと育っていった)

セラス(体を苦しめていた病魔は成長と反比例するように鳴りを潜めるようになり、入退院の間隔はやがて長さを増していくようになる)

セラス(わたしと花ちゃんの日々、その終わりは、間近に見えてきた)

16: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:53:08 ID:???00
花帆「ねー、せっちゃん」

セラス「ん、なに?」

花帆「せっちゃんの描いてる絵本、もうちょっと壮大にしてもいいんじゃないかな?」

セラス「ふむふむ」

花帆「たとえば、このうさぎさんには生き別れた妹がいて、実は王様の血統っていうことが後々判明してね、あ、そうだ! お姫様は別の星からやってきた宇宙人ってことにしない!?」

セラス「ふむふむ」

花帆「どうかなどうかな!?」

セラス「せっちゃん、却下です」

花帆「だめかー……」カニョーン…

セラス「花ちゃんとお喋りは楽しいけど、壮大になりすぎるのが花に瑕」

花帆「そっかぁ、お花に瑕が付いちゃうのかー」

セラス(花ちゃんはお行儀悪く、机の上に突っ伏した)

花帆「じゃああたし、出荷できないや」

セラス「ん、そのときはわたしが買う」

花帆「ええ? えへへ、せっちゃんは優しいなぁ」ニコニコ

セラス「……それに、時間もあんまりないから」

花帆「なにか言った?」

セラス「ううん、なんでもない」

花帆「そっか」

セラス「うん」

セラス(さらさらと小気味のいい音を立て、砂時計は時間を募らせる。共に過ごす日々はささやかで幸せだけれど、もうすぐ花ちゃんはここを出る。体の体調から見て、入院することはなくなるだろう)

セラス(つまり、ここを発つ。花ちゃんは、ここを卒業するのだ)

セラス(それまでにわたしは、この絵本を完成させなければならない)

セラス(病人という共通点が消えたわたしたちを繋ぐ、新たな絆として)

17: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:53:36 ID:???00


セラス「とある村に、一羽のアナウサギがいました」

セラス「アナウサギはとても怖がりで人見知りだったので、友達は一人もいませんでした」

セラス「しかしそこに、一人のお姫様がやってきました」

セラス「アナウサギは最初こそ警戒していましたが、お姫様と仲良くなるのにそう時間はかかりませんでした」

セラス「一羽と一人で紡がれる、優しく穏やかな、春の陽射しのような毎日」

セラス「しかし突如として、悪い魔女がお姫様をさらってしまいました」

セラス「一羽取り残されたアナウサギは、またひとりぼっちに戻ってしまいます」

セラス「でも、アナウサギの手には残っているものがありました」

セラス「あたたかく握り返してくれた、お姫様のぬくもりです」

セラス「アナウサギは、臆病です、怖がりです、人見知りです」

セラス「外の世界は危険でいっぱいです」

セラス「でも、手に残ったぬくもりが勇気となって、アナウサギを奮い立たせるのです」

セラス「親友のお姫様は、アナウサギにとって憧れでもありました」

セラス「勇敢で明るいお姫様のように、次は、自分が」

セラス「笑って手を差し伸べ、きっと、お姫様を救って見せる」

セラス「アナウサギはそう決意して、ゆっくりと穴の中から出始めたのでした」

18: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:54:14 ID:???00


セラス(花ちゃんが退院の日、病院の玄関には花ちゃんの両親と、花束を持った先生と看護師さんがいた)

セラス(お世話になった人たちからの激励の言葉、花ちゃんはそれに感謝を以て応えていた)

セラス(お祝いの席に、病身のわたしは場違いかもしれない。けれど、見送りたい気持ちが勝ってなんとか参加させてもらえた)

セラス(後ろ手に持った絵本の感触を確かめながら、自分の番を待つ)

花帆「やっほー、せっちゃん」

セラス「やほ、花ちゃん」

花帆「あはは、改まったこの感じ、ちょっと照れるね」

セラス「そう?」

花帆「そうだよ~。むず痒くてしょうがないや」

セラス「そっか……」

セラス(照れ笑いしながら頬を掻く仕草、見慣れた花ちゃんの癖。けど、昔と違うのは花ちゃんの血色の良さ、だろうか)

セラス(太陽の光を燦々と浴びた花ちゃんは、その奥の血潮が薄っすらと表れ朱に染まっている)

セラス(健康的で、とても入院していたとは思えない見た目だ)

セラス(わたしとは、大違いで)

セラス「……」ムズッ

セラス(背中に隠した絵本を探るように触る。渡しても、いいのかな。荷物にならないかな。重く、感じさせないかな)

セラス(土壇場になって、急に尻込みしてしまう)

セラス(……けれど)

セラス(何も渡せず、遺されるだけなのは、いちばんいやだ)

19: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:54:58 ID:???00
セラス「花ちゃん、あのね、渡したいものがあるの」

花帆「え、せっちゃんもなにかくれるの?」

セラス「うん。あの、はい……これ」スッ…

花帆「これって……」

セラス(手渡す絵本、その題名は、『アナウサギとお姫様』)

花帆「せっちゃんが描いてた絵本……いいの? あたしがもらっちゃって」

セラス「花ちゃんに、持っていて欲しいの」

花帆「そうなんだ……」

セラス(なんとはなしに、適当なページを花ちゃんが開く。色塗りは色鉛筆で、迫力を出したい時はコラージュで。自分なりの全力を込めた自信作だ)

セラス「花ちゃん、わたしと初めて会ったとき、言ってくれたよね」

セラス「わたしのことを、絵本に描かれたお姫様みたいだって」

セラス「でも、わたしにとっては逆なんだ」

セラス「花ちゃんに会えて、花ちゃんと同じ時を過ごせて、花ちゃんを感じられたその日々が」

セラス「絵本みたいに甘やかで柔らかな、かけがえのない毎日だった」

セラス「だから、ね……」

セラス「きっとわたし、元気になるからっ、歌って踊れるくらい元気になってみせるからっ」

セラス「だからそのときは、花ちゃん、あのね……?」

セラス「また、花ちゃんの隣を……一緒に歩きたいな」

花帆「せっちゃん……」

セラス「だめ……?」

花帆「ううん、だめなんかじゃないっ、隣を一緒に歩くなんて、何回だってしようよ!」

花帆「だってだってっ、せっちゃんはあたしにとって生涯変わらないっ、いちばんの親友なんだから!」

セラス「花、ちゃん……ぐすっ」

花帆「うん……せっちゃん、また会おうね、必ず」ギュ…

セラス「ぜったい、会う……」ギュ…

20: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:55:27 ID:???00
セラス(そして、花ちゃんは病院を卒業して、わたしの前からいなくなった)

セラス(胸元には、湿った感触が痕となって残り、お日様みたいなぬくもりも感じられた)

セラス(絵本みたいに優しく、けれどおわり方はちょっぴり切ない)

セラス(そんな日々が、いま、おわった)

セラス(でも、わたしの物語はここから始まるのだ)

セラス(元気になって、そしてもう一度、あなたに会いに行く)

セラス(生涯を共にすると決めた、かけがえのないあなたの隣を歩くために)

21: 名無しで叶える物語◆q6VWlTdG★ 2024/12/13(金) 20:56:04 ID:???00


セラス「アナウサギはわるい魔女をたおし、お姫様に会いに行きます」

セラス「心臓はどきどきとうるさく、足はもつれて転びそうなほどです」

セラス「分厚く冷たい扉を勢いよく開けると、あの日より美しく成長したお姫様がいました」

セラス「アナウサギがお姫様の姿を間違えるはずもなく、それはお姫様も同様でした」

セラス「会いたかった、ずっとずっと。お姫様を抱きしめながらアナウサギは言いました」

セラス「私も、会いたかった。いったい、いつ振りになるのかな。お姫様はそう答えました」

セラス「すこし考えて、アナウサギは笑って返事をしました」

セラス「200年ぶり、くらい?」

セラス「……おしまい」パタ…

引用元: 【SS】セラス「アナウサギとお姫様」