1: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)08:37:30 ID:xXJ


彼はあと4年で還暦を迎えるサラリーマンだ。

実直で誠実な彼の性格は、会社でも十分に評価され、現在は中間管理職として会社に尽くしている。

会社への貢献、それこそが彼にとって至上の喜びであり、それ以外に特別な趣味もなかった。

十分な給料、健康的な生活リズム、他者からの承認、彼は完璧に満たされているように見えた。

しかし、その実、彼の中には消しそびれた吸い殻のごとく燻るものがあった。



そう、それは、いわゆる幼女化欲求というやつだった。


2: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)08:46:46 ID:xXJ


自らをプロ幼女と名乗る変質者が現れ始めたのは5年ほど前のことだ。

ある男性はスクランブル交差点で急に立ち止まり大泣きを始め、

またある男性は自分の娘とおもちゃの取り合いをしたせいで配偶者に三行半を突きつけられた。

そんな事件とも呼べないような事件が何十件か続き、

その謎の退行現象を訝しむ声も上がり始めたころ、決定的な事件が起こった。


3: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)08:57:29 ID:xXJ


F市内の総合病院に精神病の疑いで入院していた38歳の男性(彼の名は便宜上Rとしておく)が突如叫び始めたのち、床をのたうち回り、心肺停止となったというのだ。

あまりにも壮絶な男性の最期に当初は薬物等の医療ミスが疑われたが、

そういった証拠は発見されず、彼の死因は謎のままとなった。


4: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)09:05:40 ID:xXJ


この事件の何が世間を騒がせたか。

それはこの男性が入院直前に突然幼女的言動を取り始めたことに起因する。

つまり、集団幼女化事件が起き始めて初の死者が出たということだ。

ただでさえいつ、誰が幼女化するかわからない、

その上命を失う可能性があるという事実を突きつけられた市民たちは多いに動揺した。

安心――それは理解の上に成り立つ。

理解できない現象、不可解な事件、それは恐怖そのものだ。

日本中の男性は自分がいつか自分でなくなるかもしれない恐怖に、

女性は愛する者が不可逆な変質を遂げてしまうかもしれない恐怖に怯えることとなった。


5: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)09:17:54 ID:xXJ


さて、それから1年ほどのち、第二の事件が起こる。

どこからともなく現れた謎の集団により、M市立第三小学校が占拠された。

テロである。

警察はすぐに出動し、マスコミはこぞって駆けつけた。

テレビマンたちが現場へとカメラを向け一時間ほどが経った頃、事件は急展開を見せる。

小学校に立てこもっていた犯人集団のリーダーらしき人物が、校門から堂々と現れたのだ。

そこに立っていた人物の容姿は、おそらくお茶の間の市民が想像していたものとは大きくかけ離れていたことだろう。

身長130センチほど、細身で白い肌、金髪の長い髪の毛を二束にまとめて頭部の左右に垂らしている彼……否、彼女は、どこからどう見ても小学生女児にしか見えなかった。


6: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)09:28:40 ID:xXJ


包囲していた警察にも動揺が走った。

なにせどう見ても子供のような姿をしているのに、

全身厚ぼったい黒服に包まれ、武器を身につけているのだ。

状況が状況でなければおもちゃで遊んでいるようにしか見えないだろう。

そうして警察が二の足を踏んでいると、校舎の中から次々と武装幼女が現れてくる。

何を喋るでもなく、ただ黙々と統率された動きをとる幼女の集団に、人々はただ目を見張った。

そして、隊形が整ったのだろう。幼女たちは一斉に静止すると、そのまま微動だにせず直立し、目前の警察を威圧した。

そのままリーダーらしき幼女が口を開いた。

「私たちの要求はただひとつ。皆が平等に愛される世界だ」


8: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)09:33:43 ID:xXJ


彼女の要求と言う名のスピーチは15分に及んだ。

朗々と語られる彼女の理想は、途方もなかった。



いわく、この世は差別に満ち満ちている。差別は悪であり、淘汰さるべきものである。

いわく、外見的欠陥、内面的欠陥、いずれにせよ生まれついて持っているもの、当人の努力の及ばぬところにあるものについて攻撃するのは、間違っている。

いわく、この世に生まれついた以上、誰もが愛される資格を持っている。私達は隣人に愛される権利を持っている。そして隣人を愛す義務がある。


9: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)09:44:41 ID:xXJ


まるで道徳を煮詰めてジャムにしたみたいな、甘すぎて反吐が出そうなくらいの理想論。

だが、その場にいた人間はもちろん、カメラを通して見ていた人間も、そのスピーチを聞いていた全ての人間はその理想論に聞き入っていた。

あるものは放心したまま呆然と手を打ち鳴らし、

あるものは気づかぬまま頬にいく筋も涙の川を作り、

またあるものはスピーチの終わりと同時に快哉を叫んだ。

多くの人間を狂乱の坩堝に引きずり込んだその幼女は、

スピーチのあと、思い出したように付け加えた。

「自己紹介を忘れていた。私の名はR。一年前に死んだ男だ」


11: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)09:55:33 ID:xXJ


言葉というものは恐ろしい力を持っているものだ。

多くの人間が彼の言葉に感化された。

第二の事件以降、幼女化現象は加速度的に広まっていった。

最初、日本国内のみに留まっていた被害はアジア諸国に飛び火し、

中東、ヨーロッパ、そして北米から南米へ、世界中あらゆる国や地域へと拡大した。


12: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)10:05:47 ID:xXJ


現在、総人口の7割強が幼女化したと推測されている。

そんな世界で、彼はまだ幼女になりかねていた。

それは彼の確固たる意志によるものか、はたまた偶然によるものか、それはわからない。けれど、彼がそのままでいられるのももはや時間の問題だろう。

なぜなら、彼もあのスピーチに感化されてしまった人間のうちの一人なのだから。


13: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)10:06:07 ID:xXJ


数年後、社会制度は完全に崩壊した。

それを理想郷と呼ぶべきか、それは捉え方によるだろう。

少なくとも幼女となった彼ら自身は満足しているに違いない。

なぜならそれは彼ら自身が望んだ有り様なのだから。



そして世界は幼女で満たされた。


14: 名無しさん@おーぷん 2018/09/06(木)10:06:39 ID:xXJ
おわり


引用元: 男(56)「ふえぇ……幼女になっちゃうよぉ……」