男「あれ？　昼休みだってのになんで歩いてるんだ？」

同僚「ウォーキングだよ。食後に運動すると、血糖値の急上昇を防げるからね」

同僚「それじゃ！」

ｽﾀｽﾀｽﾀ…

男「ようやるわ」

女「皆さん、ケーキ買ってきたんで食べません？」

男「お、食べる食べる！」

ﾀﾍﾞﾙｰ　ｵﾚﾓｰ　ｵﾚﾁｰｽﾞｹｰｷ!

男「お前は食わないの？」

同僚「間食はしないって決めてるから」

男「うまいのに、もったいない……」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

社員「飲みに行こうぜー！」

男「行こう行こう！」

男「たまにはお前も付き合えよ」

同僚「申し訳ないけど、アルコールの摂取は控えるようにしてるから」

男「徹底してるなぁ……」

社員「節制も結構だけど、あそこまでいきすぎるとストレスが溜まってかえって不健康になっちまうよ」

男「だよなぁ……」

―ブラックジャックの家―

ピノコ「先生、またボンカエー食べてゆー！」

ピノコ「栄養偏っちゃうのよさ。体こわちゅよ」

ブラックジャック「人間の体ってのはそうやすやすと壊れやしないよ」

ブラックジャック「それで？　誰か来たみたいだが……」

ピノコ「うん、お客たんきたの」

ブラックジャック「いきすぎた健康志向の同僚を何とかして欲しい？」

男「はい、あなたは名医だと聞いたので……どうかお願いします！」

男「名医に検査してもらって、節制のしすぎもよくないといってもらえれば、改善するのでは、と……」

ブラックジャック「あのね、どこで私のことを聞いたか知らんが、私ァ外科医なんだ」

ブラックジャック「そんな話だったら栄養士かカウンセラーにでも頼めばいいだろう」

男「ウウ……」

ブラックジャック「だが、今はちょうど手が空いてるし、お前さんの同僚とやらに少し興味が湧いた」

ブラックジャック「一度診るくらいならやってもいいだろう」

男「はいっ！　すぐに連れてきます！」

ブラックジャック「お前さん、ずいぶん健康に気をつけてるとのことだが……話を聞かせてもらおうか」

同僚「まず朝は必ず6時に起きて、血圧を測定し、軽くウォーキングを行います」

同僚「朝食は野菜中心に食べ、出勤前には必ず便を出すようにしています」

同僚「昼食は玄米を使ったお手製の弁当で取り、間食の類は一切しません」

同僚「夕食は遅くとも9時前には取るように心掛けていて、もちろん酒は一滴も飲みません」

同僚「睡眠は可能な限り、一日7時間以上はとるようにしています」

同僚「またサプリメントは、信頼できるメーカーを……」ﾍﾟﾗﾍﾟﾗ

ブラックジャック「なるほど、聞きしに勝る徹底ぶりだ」

ピノコ「先生にも見なやって欲ちいくやい」

ブラックジャック「検査の結果……」

同僚「……」ｺﾞｸｯ

ブラックジャック「どこも異常はありませんな。健康そのもの。大したもんだ」

同僚「本当ですか！」

同僚「つまり、ぼくのやってきたことは間違いではなかったということですね！」

ブラックジャック「まあ、そういうことです」

同僚「よかった……！」

男「ブラックジャック先生！」

ブラックジャック「なんですか」

男「私は彼のいきすぎた節制を止めたかったのに、肯定してどうするんですかっ！」

ブラックジャック「仕方ないでしょう、否定する理由がなかったんだから」

ブラックジャック「それに、彼は健康志向のせいで誰かに迷惑をかけたことがあるんですか？」

男「それは、ないですけど……」

ブラックジャック「なら、ほっときなさい。それが一番だ」

男「……」

―会社―

男「おーい！」

同僚「……ん？」

男「たまには一緒におやつでも食べないか？　うまいパン買ってきたんだ」

同僚「いや、ぼくは間食を控えてるから……」

男「それはようするに、間食で余計な栄養素をとっちゃうからだろ？」

同僚「まあ、そうだね。パンは塩分も糖質も高めだし……」

男「だけど、このパンなら大丈夫！」

同僚「どうして？」

男「このパンは無塩だし、特殊な小麦粉が使われてて、糖質もゼロなんだ」

同僚「へえ～」

男「これなら食べても大丈夫だろ？」

同僚「うん、せっかく探してきてくれたんだし食べてみようかな」

同僚「……」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

同僚「うん、おいしい！」

男「だろ？」

男「実はな……」

同僚「？」

男「そのパン、無塩でも糖質ゼロでもなんでもない、普通のパンなんだ」

男「しかも、隠し味でちょっと酒も入ってる」

同僚「なんだって！？」

男「だけど、全然どうってことないだろ？」

男「ブラックジャック先生だって健康だっていってたんだし、これからはもっとハメを外し――」

同僚「ウ、ウ、ウ、ウ、ウ」

男「どうした！？」

同僚「うががががががっ！　ウゲーッ！！！」

男「お、おい、大丈夫か！？」

―ブラックジャックの家―

ピノコ「アッチョンブリケ！」

ピノコ「先生ー！」ﾀﾀﾀｯ

ブラックジャック「どうした？」

ピノコ「こないらの人が運ばえてきたのよさ！」

ブラックジャック「こないだの人……？」

ブラックジャック「まさか、あの健康に気を使っていた……！？」

男「どこの病院連れてってもどうにもならなくて……」

同僚「ぐうううっ！　ぐああああっ！」

ブラックジャック「しっかりしろ！」

ブラックジャック「尋常じゃない苦しみ方だ……いったい何があったんだ！？」

男「実は……」

ブラックジャック「このばかっ！！！」

男「しかし、少しパンを食べさせただけなのに……」

ブラックジャック「自分の信じる健康な生活を続けること……それそのものが彼の健康法だったんだ！」

ブラックジャック「だが、お前のおせっかいでそれが崩れたから、がくんと体調を崩してしまったんだ！」

男「そんなことが……」

ブラックジャック「世の中、そういう人間もいるってことだ。だからほっとけといったんだ！」

ブラックジャック「私からいわせりゃ、人の生き方にとやかくいうお前さんの方がよっぽど不健康だっ！」

男「うう……」

ブラックジャック「こうなったら手術しかない」

男「手術！？」

ブラックジャック「もちろん、するフリだ」

ブラックジャック「麻酔で眠らせて、腹部に傷をつけて、さっき食べたパンは取り除いたと説明するしかない」

ブラックジャック「ピノコ、準備しろ」

ピノコ「はァーい」

ブラックジャック「……手術は成功しました」

ブラックジャック「先ほどあなたが食べたパンはちゃんと取り除きましたよ」

同僚「ありがとうございました」

男（本当にすっかり戻ってる……）

男「すまなかった……！　もう二度とあんなことしないよ……！」

ブラックジャック「その言葉に免じて、多少料金は負けといてやろう」

ピノコ「ふちぎな患者らったわねー、先生」

ブラックジャック「そんなことはないさ」

ブラックジャック「彼のように、自分の信じることを支えに生きてる人間は大勢いる」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

ピノコ「あー、先生。また寝る前にボンカエーなんかたべて！　体にわゆいわよー！」

ブラックジャック「人の生き方にとやかくいうな」ﾓｸﾞﾓｸﾞ





おわり