ギャンブラー「なんだそりゃ、ふざけてんのか」

勝負師「ふざけてなんかいねえさ。それとも怖いか？　自分の土俵でない賭けをするのは……」

ギャンブラー「なんだと……」

勝負師「ちなみに俺は、お前さんが“屁以外の物”も出しちまう方に賭ける」

勝負師「全財産な」

ｻﾞﾜｯ…

勝負師「さあ、どうする？」

ギャンブラー（バカかこいつ……屁しか出ないに決まってるだろ）

ギャンブラー（まあ、この界隈にはたまにこういう破滅型のギャンブラーがいるんだ）

ギャンブラー（あっさり全財産巻き上げちまうのも悪くない）

ギャンブラー「ククク……いいだろう」

ギャンブラー「俺は、思い切りいきんでも屁しか出ない方に全財産賭けるぜ」

ギャンブラー「だが、俺がちゃんといきんでるかってのはどうやって判定するんだ？」

勝負師「お前さんにはこいつをつけてもらう。どのくらいいきんでるのか測定する装置だ」

勝負師「これで数値100を出すくらいにいきんでもらう」

ギャンブラー「こんなのがあるとはな……チェックさせてもらうぜ」

……

ギャンブラー「……どうやらイカサマはないようだ」

勝負師「じゃあさっそく勝負を始めようや」

ギャンブラー「ああ……ふんっ！」

ギャンブラー「ううん……！」

ﾋﾟﾋﾟﾋﾟ…

勝負師「数値は115……ちゃんといきんでるな」

ギャンブラー（出るわけない……“屁以外の物”なんて出るわけない！）

ギャンブラー「ふんぬっ！」



ﾌﾟｰｯ



ギャンブラー（ほらな……俺の勝ちだ！）

ﾌﾞﾘｯ



ギャンブラー「……え」

ギャンブラー（な、なんだ今の音は……）

勝負師「パンツがどうなってるか……確認するまでもねえようだな」

ギャンブラー「あ、ああああ……」

ギャンブラー「あああああああああああああ……！！！」





ギャンブラー（こうして俺は全てを失った――）

ﾋｭｩｩｩｩｩ…

ギャンブラー「……」

ギャンブラー（俺はあの日、全てを失った）

ギャンブラー（だが、諦めたわけじゃない。必ずリベンジしてみせる）

ギャンブラー（100円あれば、それを10億にでも100億にでもできる）

ギャンブラー（それがギャンブラーという人種なのだから……）

美女「フフフ……」

ギャンブラー「……！」

美女「超ギャンブラーとまでいわれた男が……そんなボロを着て歩くなんて。無様なものね」

ギャンブラー「お前か……」

ギャンブラー「ギャンブルやってりゃこういうこともある」

ギャンブラー「いずれ這い上がって、お前のこともまた抱いてみせるさ」

美女「いいえ、無理ね」

ギャンブラー「なんだと」

美女「あなたじゃ勝負師には絶対勝てないわ」

ギャンブラー「なぜそう言い切れる？」

ギャンブラー「俺の博才では、あいつを倒すには足らないってことか！」

美女「あなたに足りないのは博才じゃないわ」

ギャンブラー「博才じゃない……？　じゃあ、なんだというんだ！」

美女「腸内環境よ！」

ギャンブラー「腸内環境！？」

美女「いずれあなたはまたお金を貯めて、同じ賭けであの勝負師に挑むのでしょうけど……」

美女「今の腸内環境のままじゃ確実にまた敗れる！」

ギャンブラー「ぐ……！」

ギャンブラー（たしかに……また屁以外の“ブツ”まで出してしまう予感しかしない）

ギャンブラー「教えてくれ……俺はどうすれば勝てる！？　どうすればいいんだ！」

美女「これは貸しにしとくわよ」

美女「まず、腸内にはおよそ100兆から1000兆の腸内細菌がいるといわれてるわ」

ギャンブラー「そんなにいるのか……」

美女「このうち、人にとってよい働きをする菌を善玉菌、悪い働きをするのが悪玉菌というわ」

美女「そして、善玉と悪玉、優勢な方に傾く日和見菌が存在するの」

ギャンブラー「三つの勢力があるわけか」

美女「この三つのバランスを整えることが、腸内環境の改善に繋がるのよ」

美女「理想的な配分は善玉2、悪玉1、日和見7といわれてるわ」

美女「悪玉菌が増えると、腸の蠕動運動が鈍くなって便秘になったり、逆に活発になりすぎて下痢を引き起こすの」

美女「先のあなたの敗北は、おそらく活発になりすぎたことによるものね」

ギャンブラー「たしかにあの時出た“ブツ”は……柔らかかった」

ギャンブラー「それで、改善するにはどうすればいいんだ！？」

美女「まず第一に、規則正しい生活をすることね」

ギャンブラー「規則正しいというと？」

美女「一言でいえば、三食しっかり食べて、早寝早起きする生活を毎日続けるの」

ギャンブラー「ハァ？」

ギャンブラー「ギャンブラーが夜起きてなくてどうすんだよ！　できるわけねえ！」

美女「できなきゃ、また同じ目にあうわよ？」

ギャンブラー「うぐ……！」

ギャンブラー「分かった、やるよ！　あいつに勝つためだ！」

美女「フフッ、勝利のためには手段を選ばない。さすが超ギャンブラーだわ」

美女「あと、適度な運動も大事よ」

美女「ストレッチや体操、ウォーキングなどで体を鍛えることで、腸の働きをサポートするの」

ギャンブラー「運動か……手先は器用なんだがな。セカンドディール得意だし」

美女「勝負師に勝つためなら、足も動かさなきゃダメってことね」

美女「それと、腸内環境をよくしたいのならなんといっても食事が大切よね」

ギャンブラー「なにを食えばいいんだ？」

美女「まず、乳酸菌をよく含んだ食事をした方がいいわ」

美女「たとえば乳製品、チーズやヨーグルトなんかがいいわね」

美女「それと、野菜や海藻、きのこなど、食物繊維も大切よ」

美女「お酢もいいって聞くわ。キャベツと合わせて酢キャベツにするといいんじゃない？」

美女「納豆もおすすめよ。納豆菌には悪玉菌を減らしてくれる効果があるから」

ギャンブラー「ヨーグルト、キャベツ、納豆……裏社会の人間っぽくねえなぁ」

ギャンブラー「だが……勝つためなら……！」

美女「目つきが変わったわね」

ギャンブラー「ああ……腸内環境を改善して、勝負師に勝ってやる！」

……

ギャンブラー（目が覚めた）ﾑｸｯ

ギャンブラー「まだ朝日が昇りきってない……」

ギャンブラー「こんな時間に起きるのは何年ぶりだろうな……」

ギャンブラー「さてまずは、朝のジョギングに行くとするか」

ギャンブラー「えっほ、えっほ、えっほ」ﾀｯﾀｯﾀｯ…

ギャンブラー（とりあえず、朝のメニューはご飯に納豆、キャベツにヨーグルトにしてみた）

ギャンブラー「いただきまーす」

ﾊﾟｸﾊﾟｸﾓｸﾞﾓｸﾞ…

ギャンブラー（昔はいつも金にあかせてゴージャスな飯食ってたから、こういう質素な飯が新鮮だな）

ギャンブラー（しかし、ヨーグルトか……あまり好きじゃないんだよな）ﾊﾟｸｯ

ギャンブラー「！」

ギャンブラー「うまい！　今のヨーグルトってうまいんだなぁ！」ﾊﾟｸﾊﾟｸ

ギャンブラー（夜になった……）

ギャンブラー（本来、ここからが俺の時間なわけだが、睡眠不足は腸に悪影響をもたらす）

ギャンブラー（カジノに行きたい衝動をこらえ、眠ってしまおう）

ギャンブラー「おやすみ……」

ギャンブラー「すや……すや……」

ギャンブラー「フルハウス、俺の勝ちだ」ﾊﾟｻｯ

博打打ち「ち、ちくしょう……！」



仲間「よう！」

ギャンブラー「ん」

仲間「勝負師に惨敗して姿を消したって聞いたが、完全復活じゃねえか！」

ギャンブラー「まぁな」

仲間「また前みたいにカモ見つけて大儲けしてやろうぜ！」

ギャンブラー「いや、もう夜の10時だ。帰らないと」

仲間「は！？　おいおい、夜はこれからだろ！」

ギャンブラー「そういうわけにもいかないんだ。じゃあな」ｽﾀｽﾀ

仲間（あれだけ好きだった酒も飲んでねえし、いったいどうしちまったんだ……）

……

ギャンブラー「……」

ギャンブラー「んっ……」

ﾌﾟﾘｯ

ギャンブラー「おお……！」

ギャンブラー「驚くほどスルッと出た！　なんて美しいバナナ型なんだ！」

美女「新しい生活は順調のようね」

ギャンブラー「ああ、下痢と便秘を繰り返してた昔がウソのようだ」

美女「ギャンブラーってのは不規則な生活になりがちだものね」

ギャンブラー「ほら、これ見てくれよ。思わずスマホで撮っちまった」

美女「……」

美女「こんなもん見せるな！」ﾊﾞﾁﾝｯ!

ギャンブラー「ぶほっ！」

……

ギャンブラー「さて、今日は5kmほどジョギングするか」



ギャンブラー「今日はヨーグルトにきな粉を混ぜてみよう！」ﾏｾﾞﾏｾﾞ



ギャンブラー「ふふふ、トイレットペーパーに便がつかなくなったぞ！」

……

そして――

勝負師「……驚いた」

勝負師「あれから大して時間も経ってねえのに、前以上の資産を得て舞い戻ってくるとはな」

勝負師「さすがは超ギャンブラーってところか」

ギャンブラー「お褒めの言葉をありがとう」

勝負師「わざわざ俺を呼び出したってことは、当然勝負内容は前と同じだろう？」

ギャンブラー「ああ、思い切りいきんで、屁だけ出るか屁以外も出てしまうか勝負だ」

勝負師「いいだろう。当然俺は、お前さんが屁以外も出しちまう方に全財産賭ける」

勝負師「だが、これは二回目だ。お前さんもそれなりの対策はしてることと思う」

勝負師「だからやるからには、多少俺が有利になるよう条件をつけさせてもらう」

ギャンブラー「当然の権利だろうな」

勝負師「その条件とは――」

勝負師「勝負前に、あっちにあるちょっと古い刺身、古い牛乳、さらには生ガキ！　全部食ってもらう」



ｻﾞﾜｯ…

「おいおいマジかよ！　多少どころじゃねえ！」

「あんなの全部食ったら、確実に屁だけじゃ済まないぜ！」

「こんな勝負受けるわけねえ！　受けたらバカだぜ！」

美女「……」

ギャンブラー「いいだろう、その条件呑もう」

勝負師「なにっ！？」

ギャンブラー「いただきます」

ギャンブラー「腐ってはいないが……この刺身たしかに古いな」ﾊﾟｸﾊﾟｸ

ギャンブラー「この牛乳もちょっと古い。賞味期限を三日ほど過ぎてそうだ」ｺﾞｸｺﾞｸ

ギャンブラー「生ガキは好物なんでありがたい」ｼﾞｭﾙｼﾞｭﾙ

ギャンブラー「ごちそうさま」

ギャンブラー「俺はもちろん、思い切りいきんでも屁しか出ない方に全財産賭けるぜ」

勝負師「いい度胸だ……！」

ｵｵｯ…

勝負師「屁が出るようになるまで、少し時間がかかるだろ。昔話を聞いてくれるか？」

ギャンブラー「いいだろう」

勝負師「俺は昔、裏社会に堕ちる前は、一流企業でサラリーマンをやっていた」

勝負師「営業成績はナンバーワン、出世間違いなし、将来を期待されるエリートだった」

勝負師「ある日、俺は重要なプレゼンを任されていた――」





～回想～

社員「――と、このように弊社の製品はダントツの性能を誇ります！　導入しない手はございません！」

社員「……！」

社員（まずい、屁が出そうだ）

社員（どうする……我慢するか？）

社員（いや、この感覚……おそらくすかしっ屁で出せそうだ。匂いもないだろう）

社員（よし……思い切って出してしまおう！　ふんっ！）



ﾌﾞﾘﾘｯ





～

勝負師「あれで……俺のエリート会社員としての人生は終わった」

勝負師「そして悟ったのさ」

勝負師「人とは、屁と同時に“ブツ”も出してしまう生き物なのだと……！」

勝負師「それは決してコントロールできないと……！」

勝負師「超ギャンブラーといわれるお前さんでさえそうだった！」

勝負師「俺はこれからも勝ち続ける！　このギャンブルでな！」

ギャンブラー「……」

ギャンブラー「さて、そろそろ俺も屁をこきそうになってきた。例の装置をつけてもらえるか？」

勝負師「ああ、分かった」

ギャンブラー「ではいきむぞ」

勝負師（無理だ！　絶対“ブツ”も出すに決まってる！）

ギャンブラー「……ふんっ！」

ﾋﾟﾋﾟﾋﾟ…

勝負師「数値は……150！　クリアだ！」



ﾌﾟｰｯ

ギャンブラー「……終わった」

勝負師「な！？」ｶﾞﾀｯ

勝負師「バカな、屁しか出てないのか！？　“ブツ”はどうしたァ！？」

ギャンブラー「パンツを確認するか？」

勝負師「させてもらう！」

……

勝負師「……汚れてない！　匂いすらしない！　いや、それどころかいい匂いが……バカなッ！」

ギャンブラー「俺の勝ちだな」

勝負師「く、くそぉっ……！」ｶﾞｸｯ

勝負師（しかし、なぜだろう。なぜこんなにも涙が出てくるんだろう）

勝負師（悔し涙じゃなく、嬉し涙が……）

ギャンブラー「あんたは全てを失って、かえって幸運だったかもな」

ギャンブラー「また一からやり直せ……そうすりゃ、きっとまたまともな世界に戻れるさ」

ギャンブラー「いきんでも屁と同時に“ブツ”を出さないこともできるって、証明できてよかったよ」

勝負師「ああ……ありがとう」ｸﾞｽｯ

ギャンブラー「さ、行くぜ」

美女「うん」

勝負師「勝負に勝って女心もつかんでしまうとは……やはりお前さんは超ギャンブラーだな」

ギャンブラー「超ギャンブラー？　ちょっと違うな」

ギャンブラー「今の俺は……“腸ギャンブラー”さ」







―　完　―