1: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:15:58 ID:???00
江戸は浅草、季節は夏。

川開きの花火大会が開かれた。

隅田川の近くには出店や屋台が立ち並び、祭りが催された。

ポルカ「おーい花火ちゃーん」フリフリ

ポルカは派手な黄色い浴衣を着ていた。

この日踊りを披露するために花火が見繕った衣装だ。

蛇の目傘の文様が描かれたその浴衣は、雨が上がり日が差すときのような晴れやかな心持を表していた。

花火「似合ってるわ、ポルカ」

花火は真紅の着物に身を包んでいた。

着物の裾には御所車の文様が描かれており、帯は青海波だった。

ポルカ「花火ちゃんも素敵だよ」


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2: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:22:40 ID:???00
花火「ポルカの晴れ舞台、観させてもらうわね」

ポルカ「ありがとう! もうちょっとしたら始まるから」

二人が話していると、女性が声をかけてきた。

「花火ちゃん。御機嫌よう」

声をかけてきた初老の女性と、花火と同じくらいの歳の程の女性の二人組だ。

花火「こんにちは。今日はお体の方大丈夫ですか?」

「もう大丈夫です。その節は大変お世話に」

花火「いえいえ! 母のことでたくさんお世話になりましたから」

それから二、三言交わした後、女性二人は行った。

ポルカ「花火ちゃんのお知り合い?」

花火「ええ、麻布の呉服屋の親子よ。あの二人、だけではないけれど、母が亡くなってからとてもお世話になったわ」

ポルカ「そうなんだ」

ポルカ(ってことはあの二人も花火ちゃんみたいに戦うのかな……?)

3: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:26:55 ID:???00
花火「……」

ポルカ「えへへ」

花火「どうしたのよ急に」

ポルカ「花火ちゃんのそんな顔初めて見たよ」

花火「そんなってどんな顔よ」

ポルカ「いつもきりっとしてる印象だったけど、今日は穏やかというか」

花火「そうね、そうかもしれないわ」

花火は近くの長椅子に腰掛ける。

ポルカも隣に座った。

花火「見て。町中の人々が、様々な着物を着ているわ。皆この日を楽しみにして、思い思いの着物を着ているの」

ポルカ「こうして見ると確かにそうかも!」

鮮やかな鶴丸を身に着けた若い女、矢絣の甚平を着た酔っぱらいの男、蜻蛉があしらわれた袴を着た侍。

ポルカ「あれ、結婚式でもあったのかな?」

白無垢を着た花嫁らしき女の周りで親族らしき人々がどんちゃん騒ぎをしている。

花火「祭りの日に式を挙げる派手好きもいたものね」

どーん

空に黄色い花火が咲く。

玉屋、鍵屋と人々が叫ぶ。

4: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:32:43 ID:???00
花火「私はね、こんな日常がずっと続いていくことを願っているの。青海波の文様のように、穏やかな波が遥か遠くまで続いていくように」

近くの屋台から歓声がわっと上がる。

小さな子供が巧みに金魚をすくっている。

大人たちもひしめき合いながらその様子を見て騒いでいる。

花火「着物は人のこころを写すもの。先人から受け継いだこころが、こうして未来へと続いていくの」

はしゃぐ子供たちに上機嫌な大人たち。

皆今日という日を楽しむため、華やかな浴衣や着物を着ている。

花火「今この瞬間の私たちの気持ちもいつの日か誰かの日常を彩るのかしら」

ポルカ「……花火ちゃんってこころまで着物に染まってるんだね」

花火「はぁ? 上手いこと言ったつもり?」

ポルカ「私こう見えて洒落は得意だよ!」

花火「……まあ誉め言葉として受け取っておくわ」

5: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:37:25 ID:???00
ポルカの舞台が始まった。

花火「結構人気ね……一応見えるけど」

観客が大勢集まり、花火はかなり後ろの方から見ることになった。

花火「……ふふっ」

「祭りってのは派手でいいねェ」

花火「!」

背後から聞こえた声は小さく、まるで独り言のようだったが、花火に向けられたものだった。

そして花火はその声に覚えはなかったが、即座に身構えた。

しかし振り向こうとしたときにはすでに、背中に刀を当てられていた。

「殺しゃしねぇよお嬢ちゃん。……ククク、ここではね」

花火(酒の臭い……)

花火「派手なのがお好きじゃないのかしら?」

「ああ、派手な祭りは色んなものを紛れさせるからね」

男は刀を僅かに抜いているが、周りの人々はポルカの踊りや他の屋台に夢中で気づいていない。

花火「……っ」

ふと威圧感が無くなり振り向くと、そこには誰もいなかった。

6: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:42:57 ID:???00
花火「わざわざ私の前に姿を現した!」

花火は人混みを駆け抜ける。

花火「どこか人気のない場所、きっとそこで何かしでかすつもりよ!」

男は花火の背後を取りながら何もしてこなかった。

目立つことを嫌っているのだ。

花火「……」

おかしい。

本当に目立たず事に及ぶのであれば、花火に話しかける必要はない。

罠である、と花火は思った。

花火「狙いは、私……」

浪人共に怪異の術を広める者がいる。

その者が怪異を討つ花火を邪魔に思ったとしたら。

花火「気に入らないわね。この町ごと人質にしようってことでしょう」

7: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:50:46 ID:???00
「早いねぇ、駒形のお嬢ちゃん」

浅草寺の火避け地となっている空き地に男はいた。

花火「あら、準備は済んでるみたいだけど」

「ああ。お祭り騒ぎと呼ぶにゃちと少ねェがな」

どーん

空に桜色の花火が上がり、男の顔が照らされる。

花火はその時初めて男の顔を見た。

髷は結っておらず、左眼には眼帯をしている。

風貌は他の浪人とあまり大差はないが、底知れない威圧感を覚えた。

花火「四体……!」

花火の明かりが照らしたのは男の顔だけではない。

男が呼び寄せた魑魅魍魎の姿だ。

「じゃあな」

男はどこかへ去っていった。

8: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 20:58:39 ID:???00
馬骨「ヒヒーン」

馬の化け物、馬骨が先陣を切って花火に迫る。

花火「こんなのが仲見世の方に行ったら……!」

目の前の馬骨を止めようとするも、左から牛鬼、右から鵺が走ってくる。

花火「染霊術・青海波!」

屋根よりも高い大波が現れ、妖怪達を飲み込む。

牛鬼「ヴォオオオオオオオ」

しかし牛鬼は波をものともせず突進を続ける。

花火「力比べ、乗ったわ! 染霊術・御所車!」

花火は牛鬼の頭突きを正面から受け止めた。

角を掴まれた牛鬼はその場から動けなくなった。

がしゃどくろ「カタカタカタカタ」

今度は後ろからがしゃどくろがゆっくりと歩いてくる。

花火「はあああああっ!!!」

花火は牛鬼を投げ飛ばしかしゃどくろにぶつけた。

9: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:02:47 ID:???00
鵺「キョオオオオオオ」バチバチバチ

鵺が雷撃を放つ。

花火「青海波」ジャバジャバ

即座に水の壁を生成して防ぐ花火。
さらに倒れている馬骨に向かって駆けだす。

花火「はっ!」

勢いよく飛び掛かると、そのまま馬骨を派手に踏みつけ跳躍する。

御所車の加護を受けた花火の脚に踏まれた馬骨は、ぐちゃっという音と共に潰れる。

花火「辻が花!」シュババ

風の刃で鵺に斬りかかる。

鵺「シャアアアア!?!?」

鵺の胴体が刻まれる。

花火「ちっ、浅いか……」

鵺は一瞬怯むも、膝を付くこともなかった。

牛鬼「モオオオオオ」

がしゃどくろ「……」

牛鬼とがしゃどくろも体勢を立て直していた。

馬骨もまだ動けるようだ。

10: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:07:24 ID:???00
花火「このままじゃ……」

一匹でも逃せば被害は計り知れない。

しかし四対一で無茶をすれば花火が危ない。

花火「消耗戦は分が悪いわね」

ぱん、と掌を合わせる。

花火「染霊術・青海波」

先程よりも大きな波が現れる。

がしゃどくろ「ガガガガガ!!!」

突如、がしゃどくろが牛鬼を掴み、投げ飛ばした。

牛鬼は波を超えて花火目掛けて飛んできた。

花火「!?」

大規模な術を使った反動で花火に隙が出来ていた。

花火(間に合わない!)

11: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:07:54 ID:???00
・がしゃどくろ:巨大な骸骨の妖怪。

・御所車:大力の加護。牛を投げ飛ばすほどの力を得る。

・牛鬼:頭が牛で首から下は鬼の胴体を持つ妖怪。

・馬骨:死んだ馬の妖怪。

12: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:08:58 ID:???00
「染霊術・亀甲」

一人の女が花火の前に割って入り、牛鬼を受け止めた。

「大丈夫花火ちゃん?」

もう一人の女が花火を安全な場所に避難させた。

麻布の呉服屋の親子だった。

花火「お二人とも、なぜここに?」

牛鬼を投げ飛ばした娘が答えた。

「花火ちゃんのお友達が教えてくれたのよ」

花火「え?」

13: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:12:31 ID:???00
~少し前~

ポルカ(踊ってる最中に花火ちゃんが血相変えてどっかに行くのが見えた……きっと戦ってるんだ!)タッタッタッ

ポルカ「花火ちゃん、やっぱり何か……っと、すみません!」ドン

「いえいえ」

ポルカ「!」

ポルカ(さっき花火ちゃんと話してた麻布の“呉服屋”さん!)

「? ……ああ、花火ちゃんと一緒にいた方」

ポルカ「あ、あの!」

ポルカ(ってどうしよう! 花火ちゃんが戦ってるってことを言っていいのかな? それにこの人たちが同じように戦えるのかわからないし……)

「どうかされました?」

ポルカ「えっと、さっき花火ちゃんが、なんか怖い顔であっちの方に走っていったんですよ~なんでだろう? あはは」

呉服屋の親子は驚いて顔を見合わせた。

「……ありがとうお嬢ちゃん。花火ちゃんのことは私たちに任せて頂戴」

14: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:15:48 ID:???00
花火「ポルカ……ありがとう」

「こんな奴らを、一人でなんて」

花火「足止めで精一杯でした」

「呉服屋! 助太刀に参った!」

御庭番の侍が加勢にやってきた。

つい先日事件の黒幕、恐らく先ほどの男に三対一で挑み命からがら逃げた者だ。

花火「貴方まで……かたじけないわ」

本来怪異の相手は花火たちの仕事だ。

怪異に侍の刀が効かないわけではないが、人と同じようにはいかない。

人のような姿をしているからといって袈裟斬りで絶命するするとは限らない。

彼らは怪異を呼んだ術者を捕らえるのが仕事だった。

「花火ちゃんは術者を追いなさい」

花火「え?」

母親の方が花火に指示する。

「ここは三人で大丈夫だから!」

娘の方が花火の背中を押す。

花火「……ご武運を!」ダッ

15: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:19:50 ID:???00
花火は火避け地の奥へとやってきた。

どーん

花火に照らされた男の姿が現れた。

「おや、早いねェ」

遠くに逃げたわけではなく、悠長に座っている。

それどころか手には酒瓶を持っており、かなり呑んでいたようだ。

花火「一体何が目的なの?」

男は酒をぐいっと飲み干し、答えた。

「ありゃ確か去年の大晦日だったなァ……。歳の終わりによォ、一丁派手に暴れてやるはずだったんだ」

花火(去年の、大晦日……)

「上品な着物着た女が……妙な術を使いやがった。まさか俺と戦える奴がいるなんて知らなかったんでさァ。眼もやられちまって、情けねェ」

花火は確信した。

その女は、花火の母親だ。

16: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:20:12 ID:???00
カラン

空になった酒瓶を無造作に置くと、男は立ち上がった。

「だからよ、今度は妙な術使う奴ら全部始末してから盛大に暴れるって寸法よ」

カッ

男が妖しく光る。

男の身体は見違えるほど大きく、恐ろしい姿になった。

花火「自ら悪鬼に成り果てたか……」

角が生え、口からは鋭い牙が覗いている。

まさに鬼そのものだ。

花火「なるほど分かったわ」

文様が輝き出す。

花火「ここで貴方を倒さないといけないってことがね!」

季節外れの桜吹雪が舞う。

花火「染霊術・八重桜」

戦いが始まった。

17: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:25:16 ID:???00
桜吹雪が男を襲う。

「おっと、そいつは厄介な術だったな」

悪鬼の言う通りこの花弁は力を、特に悪鬼の類の力を奪う。

悪鬼は目にも留まらぬ速さで躱した。

花火「やはり手の内を――」

「グオオオオオオ!!!」シュバッ

悪鬼は続けざまに花火に接近し、拳を振り下ろす。

ガッ

花火「っ!」

「受け止めるたァ……そいつは“御所車”、だったか?」

花火「せいやぁっ!」

花火は悪鬼を投げ飛ばした。

18: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 21:28:47 ID:???00
「いてて……」

花火「腕を引きちぎったつもりだったけれど、頑丈なのね」

悪鬼はよろよろと立ち上がった。

「オラァ!」ブン

花火は拳を見切り、再び腕を掴む。

花火「はぁっ!」

投げられなかった。

悪鬼の身体が岩のように重たく感じた。

花火(嘘……御所車の力でも投げられない?)

花火は腕を掴み返されそうになり、咄嗟に距離を取る。

花火「染霊術・御所車!」パン

手を合わせ、再び御所車の加護を得る。

花火「力が湧かない……」

「へへっ」ヒック

花火「染霊術が封じられている……!」

19: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:04:24 ID:???00
花火は振袖に描かれた御所車の文様を確かめた。

花火(これは、墨?)

御所車があったはずの場所は、墨のようなもので黒く塗りつぶされていた。

花火「染霊術・青海波」

帯の青海波による加護で水が沸き起こる。

花火は水で袖を洗った。

花火(少し、ほんの少しだけど御所車の力が戻ってきた)

「ほう、すぐ気付くたァ……」

花火は懐にしまってある布切れをそっと握りしめた。

花火(母が残したこの布の意味を考えなかった日はない)

花火の母はこの悪鬼との戦いで染霊術を封じられ、敗北した。

捨て身の一撃で片眼を奪い撃退するも刺し違え倒れた。

そして死の淵、花火に染霊術封じのからくりを伝えるために裾を引きちぎり、息絶えた。

花火(これが無ければ私は母と同じように……)

母のひらいた血路(みち)の先に花火は立っていた。

20: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:08:44 ID:???00
花火「八重桜!」

再び桜吹雪が舞う。

花火自身もそれを陽動に接近を仕掛ける。

「ふん」

悪鬼の狙いは墨で文様を潰すことだ。

接近されるのなら躱さず墨をかければよい。

花火「辻が花!」シュバババ

風の刃が花火の腕から伸びる。

その刃の長さの分、悪鬼から距離を取れた。

「ぐっ!」

花火「まだまだ!」シュバババ

花火は二の太刀を放つ。

「そらっ」ベチャッ

悪鬼は握りしめた墨の液を投げつけた。

花火「青海波」バシャ

墨は水の壁に阻まれた。

21: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:12:34 ID:???00
「水は嫌いだなァ。酒なら喜んで浴びるが」

花火「ふぅ……」

花火(御所車以外は大丈夫……これなら)

ドバァ

花火「きゃっ!?」

背後から突然、液体をかけられた。

花火(やられた……!)

その液体が何なのか、花火は見る前に気付いた。

「青海波は帯か? もう洗えねぇな」

悪鬼の拳が迫る。

かろうじて攻撃は躱した。

しかしもうまともな防御手段はない。

花火(……迂闊だった。墨を出す妖怪を忍ばせていたのね)

22: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:17:28 ID:???00
花火(青海波と辻が花はもう駄目。御所車もないようなものだし、八重桜も)

「四つ、だよなァ? 使える術は」

花火「!」

男が浪人共に怪異の術を広めていたのはこのときのためであった。

染霊術がどのようなものかを影から見続け、その仕組みを見破ったのだ。

花火(もう攻撃に使える術はない。そしてそれが見破られている)

染霊術は服の文様を媒介とする都合上、着物と帯で二つの術しか同時に使えない。

それを着物に仕込みを入れることで、最大四つまで同時に使えるようにしている。

「鬼ごっこの始まりかァ」

23: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:20:18 ID:???00
花火(落ち着くのよ私……私がこのままやられればあの三人も、町も――)

花火「!?」

ポルカと目が合う。

花火(なぜポルカがここに!?)

ポルカのいる場所は悪鬼からは見えていない。

ポルカも飛び出しては邪魔になると思いじっとしている。

花火(……ポルカ、貴女は最後の希望。頼んだわよ)

シャキン

袖から短刀を取り出した。

「ほう、まだやるかい?」

花火はポルカにそっと目配せをしてから話し出した。

花火「墨で染霊術を封じる戦い、敵ながら見事だったわ」

大きな声で、ポルカに聞こえるようにはっきりと話す。

花火「まさか墨を吐く妖怪を忍ばせていたなんてね。完全にやられたわ」

ポルカ(花火ちゃん……?)

普段は頭の回らないポルカも、このときばかりは花火の意図がわかってしまった。

24: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:22:29 ID:???00
花火「染霊術・八重桜」

花火(コイツの情報を生存者に伝える……それが私の成すべきこと!)

花火「うおおおおお!!!!」

そして最期に一矢報いるつもりで突撃を仕掛ける。

花火(母上、私の役目はここまでのようです。でも後ろに続く者がいる限り、この町は守られます)

二人は間合いに入った。

悪鬼の拳が花火の胴に吸い込まれる。

花火(届け……!)



短刀が悪鬼の眼に届くことはなかった。

25: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:22:46 ID:???00
・亀甲:甲羅の加護。驚異的な硬さを得る。

・八重桜:花の加護。悪霊や悪鬼の力を封じる花びらを放つ。

・衣蛸:蛸の妖怪。外見は小さいが人が近づくと体を衣のように広げて襲う。蛸のように墨を吐く。

26: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:26:05 ID:???00
花火は地面に倒れ天を仰いでいた。

花火(……わたし、生きて)

「なんだァ? まだ青海波が使えたか」

花火「水……?」

悪鬼の拳が花火に届く寸前、大量の水が花火の懐から吹き出し二人は押し流された。

花火(私の術じゃない、それに青海波はもう……はっ!)

懐から布きれを取り出した。

墨で汚れて見え辛かった文様が淡い光を放っていた。

花火「母上……」

上体を起こし周囲を見回した。

花火(ってポルカ? まだ逃げてないじゃない)

ポルカはというと、声に出さず口で“頑張れ”と言っている。

花火(まさか伝わってない……? 危うく無駄死にするところだったわ)

花火が起き上がるのを見て、ポルカは満面の笑みを送った。

27: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:30:03 ID:???00
――花火ちゃんってこころまで着物に染まってるんだね――


花火「――」

ゆらりと立ち上がる。

――不思議ね。なんだかポルカに助けられてばかり――

――まだあるじゃない。ここに――

ポルカ「!」

「……なにするつもりだ?」

花火「染霊術・花火」

28: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:34:56 ID:???00
空気が震え、地が揺れる。

花火を中心に旋風が巻き起こる。

「まだ着物を隠し持ってやがった!」

悪鬼の判断は早かった。

先程と同じように妖怪に墨を吐かせる。

花火はそれを避けもせず浴びた。

墨は瞬く間に蒸発して消えた。

「ば、バカな!」

花火「そこかっ!」

赫灼たる炎が放たれる。

炎に焼かれた妖怪は声もなく動かなくなった。

花火「蛸の妖怪ね」

「まあいい、術が一つだけなら」

どん、と爆発音が鳴る。

花火「一意専心できるわね」

一瞬にして悪鬼の懐に潜り込み拳を叩き込んだ。

29: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:38:39 ID:???00
「ぐはっ!?」

灼熱の拳は悪鬼の身体を芯から焼き尽くす。

思わず後ろに引き追撃を逃れようとする悪鬼。

花火「はあああああっ!!!」

しかし花火は既に背後に移動していた。

今度は背中を思いっきり突き上げる。

悪鬼は遥上空へと打ち上げられた。

花火「まだまだ!」

花火は一瞬しゃがむと、足元を炸裂させその反動で大きく飛び上がった。

花火「えいっ!」

拳が炸裂し、火花を散らす。

火の粉が己に降りかかる事も構わずひたすら殴り続けた。

悪鬼が吹き飛べば追いかけて殴りを繰り返した。

「ぎゃああああああ!」

悪鬼の叫び声は、この日最後に打ち上がった花火によってかき消された。

彼女を祝福する桜が夜空に咲いた。

30: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:42:46 ID:???00
花火「はぁ、はぁ……」

ポルカ「花火ちゃん!」

花火「ポルカ……ありがとう」

ポルカ「? それより凄いよ花火ちゃん! 新しい術を作っちゃうなんて」

花火「逆……」ハァハァ

ポルカ「逆?」

花火「……人のこころに呼応して八万四千の神の加護を得る。これが本来の術」

ポルカ「えっと、つまり花火ちゃんがやったのは昔の人もやってたこと、なの?」

花火「ええ、そしてこころという形を持たないものに“文様”という形を与え、継承出来るようにしたものこそが染霊術よ」

ポルカ「へぇ」

31: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/10(水) 22:46:15 ID:???00

花火「だからこの“花火”も私という人間がいなくなればそれまで。このこころは継承出来ない」

ポルカ「……そうなんだ」

花火「だからね、私……」

ポルカ「?」

花火「新しいお着物を作ろうと思うの」

ポルカ「そっか、楽しみにしてるね!」

江戸に、浅草に平和が訪れた。

彼女の愛した日常は続く。

時代が変わり、彼女の仕えた主の統べる世も終わりを迎えても。

花火の文様は彼女の日常を愛するこころと共に、遠い未来まで生き続けることになった。


終わり

引用元: 【SS】花火「火花―HIBANA―」 急~No.3~🆓