1: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:36:56 ID:???00
江戸は浅草、隅田川沿いの暗い夜道を一人の女が走っていた。

亡者「ォオオオオオ」ザッザッ

ポルカ「もう~! なんで追いかけてくるの~!?」タッタッタッ

踊りを生業とする大道芸人のポルカは化け物に追いかけられていた。

それにしてはあまり慌てていないようにも思えるが、少し訳があった。

ブチッ

ポルカ「うわっ!?」ドサッ

お化け「ウラメシヤ~」ドロロ

履物の鼻緒が切れ、転んでしまった。

また別の化け物がにじり寄ってくる。

魑魅魍魎「ボボボボボボ」ワシャワシャ

ポルカ「逃げないと……痛っ!」

またさらに別の化け物が……いささか多すぎるような気がするが、ポルカは気にする様子はない。

兎にも角にも、絶体絶命である。

「下がって」

ふと見上げると、ポルカの目に映ったのは青海波(せいがいは)の文様だった。

先程の声の主と思しき女の着物だった。

その女は化け物に臆すことなく近づいた。

花火「染霊術・青海波」

どこからともなく現れた巨大な波が、化け物たちを飲み込んでいった。

2: 名無しで叶える物語 (ワッチョイ b6b0-5ceb) 2025/09/08(月) 21:37:28 ID:F3IufIek00
期待

3: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:39:09 ID:???00
お化け「ヲオオ」ドロロ

花火「まだ残ってるわね」

お化けが叫ぶと二人の身体が動かなくなった。

ポルカ「何これ! 動けない!?」

花火「金縛りね。染霊術・束ね熨斗」

花火は一瞬のうちに青海波の着物から束ね熨斗の文様の着物へと着替えた。

お化け「ギャアアアア!」

金縛りは解け、お化けは霧散消失した。

ポルカ「……やっつけちゃった」

花火「ふう、もういないわね」

ポルカ「あ、ありがとうございました!」

花火「……これは悪い夢よ。家に帰って忘れなさい。それじゃ」スタスタ

ポルカ「あの! 私毎晩ああいうのに追いかけられてて」

花火「毎晩?」ピクッ

ポルカ「あ、私ポルカです! 大道芸人をしてるんだけど」

花火「ぽる……南蛮かぶれの雅号ね」

4: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:41:15 ID:???00
ポルカ「いつも浅草寺まで逃げてたんだけど、今日は転んじゃって……いてて」

花火「大した健脚ね」

花火がポルカの脚に手をかざすと、擦りむいた傷が癒えていく。

ポルカ「治ってる……!?」

花火「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

花火はぽつりと著名な都都逸を口にした。女性の美しさを喩えた唄である一方、漢方薬の効能を指しているとも言われている。

花火「芍薬は女性の美しさや気品を表すと云われているけれど、生薬の一つでもある。美しさとはすなわち傷ついた人を癒したいというこころ、なのかもしれないわね」

ポルカ「な、なるほど?」

花火「……ついてきて」

花火はポルカの手を取り、怪異たちがやって来た方へ走り出した。

ポルカ「どこに行くの? ってあれ、服が変わってる?」

花火「話は後。貴女は私から離れないで」

ポルカ「一体なんなの?」

ポルカが追われていた道の外れにある河原。その茂みの中に、何やら物々しい巻物と、怪しげな道具が置かれていた。

花火「見つけた」

ポルカ「え……変な文字がいっぱい書いてある」

花火「ここで何者かが怪異を呼び寄せたの」

ポルカ「ど、どういうこと?」

花火「移動しながら説明するわ」

5: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:43:56 ID:???00
花火「――それで私たちはそういう怪異の目撃情報を頼りに退治しに行くのが仕事なの。毎晩女が魑魅魍魎に追い回されているってね」

ポルカ「それ全部私だ……」

花火「まさか全部同じ人だとは思わなかった。初めて怪異に遭ったのはいつ?」

ポルカ「えっと、ちょうど五日前かな。浅草見附のあたりで」

江戸城の外堀を固める拠点、浅草見附。

警備の堅いこの地で不審な人間など滅多に現れないが、人外の者共にその道理はない。

花火「その日何か変わったことは?」

ポルカ「……そうだ、帰り脇道の方から人の声が聞こえて……『うわっ!』みたいな」

花火「人の声?」

ポルカ「うん、それで振り向いてみたんだけど暗くてよく分からなくて。その時一瞬何かと目があった気がしたんだよね」

花火「……」

ポルカ「なんか気味が悪いからそのまま帰ったんだけど、そしたら浅草見附のあたりでお化けが出て」

花火「五日前、浅草見附……やっぱりね」

6: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:45:28 ID:???00
ポルカ「何かわかったの?」

花火「貴女瓦版は読まないのかしら。五日前起こった浅草見附の番兵が斬られた事件。その下手人は未だ逃亡中」

番兵を手にかけることはすなわち、江戸城を脅かすことに他ならず。

その下手人が捕らえられていないとなれば江戸中の話題であったが、ポルカは知らなかったようだ。

ポルカ「人斬り……?」

花火「おそらくその人斬りが貴女に見られたと思って口封じのために怪異をけしかけたのね」

ポルカ「それじゃまだ私は狙われてるってこと?」

花火「ええ、だから私から離れないで――」

ガキン

人斬り「っ!」

不意打ちの一太刀を、袂に仕込んだ短刀で受け止める。

花火「殺気を隠すのが下手ね。そんなだから番兵殺しも上手くいかなかったんじゃない?」

7: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:47:14 ID:???00
人斬り「くそっ」

人斬りは飛び退いて距離を取った。

花火は合掌をし次の術を発動する。

花火「染霊術・杜若」

辺りに霧が立ち込めた。

ポルカ「霧!?」

敵は自分がどこにいるかを見失い、立ち尽くした。

人斬り「どこだ!」

花火「唐衣」

花火は霧の中僅かな影を辿り人斬りの背後に迫る。

花火「着つつなれにし」

人斬り「そこかっ!」

刀は霧を斬るのみであった。

花火「つましあれば」

霧の中を舞うように駆ける動きは敵を翻弄した。

花火「はるばる来ぬる」

敵の視界外からひたすらに掌底を打ち込む。

人斬り「ぐわあああっ!」

花火「旅をしぞ思ふ」

霧が晴れると、倒れた男と傍に立つ花火の姿があった。

8: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:49:07 ID:???00
染霊術
着物の模様に応じた八万四千の神々の加護を受けることが出来る。異なる術を使用するために着物に特殊な仕込みをしており、即座に着替えることが出来る。

・青海波(せいがいは)
水の加護。建物を飲み込むほどの巨大な波を生み出したり、水の上を歩くこともできる。

・束ね熨斗(たばねのし)
退魔の加護。悪霊、呪いに対する防御を得る。手を払うだけで悪霊を滅することが出来る・

・芍薬(しゃくやく)
癒しの加護。傷や疲れ、病や毒を治す。

・杜若(かきつばた)
霧の加護。幻惑の霧を発生させる。

9: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:51:23 ID:???00
~店の奥~

ポルカ「いっぱい着物がある……売り物じゃないの?」

花火「ええ、全部私が着るものよ」

ポルカ「そういえば一瞬で着替えてたけどどうやってるの?」

花火「それは絶対に秘密」

ポルカ「そんなぁ」

花火「大方大道芸に使えないかと考えてるんでしょう」

ポルカ「ぎくっ」

花火「貴女も芸人なら技は盗みなさい。着替えの方なら出来なくはないかもね」

ポルカ「私踊りしかできないから奇術は教えてもらわないと無理だよ」

花火「まあいいわ。貴女を襲ったのは反幕府勢力よ」

ポルカ「反幕府勢力?」

花火「大した奴じゃないわ。たった一人の番兵を斬るために怪異を大勢呼び寄せた挙句、貴女に目撃されたと勘違いして追い回してたのよ。番兵も仕留め損ねて大道芸人一人捕まえられないなんてお笑いよね」

ポルカ「ひどい言われようだね……」

10: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:53:19 ID:???00
花火「さて、店に戻らないといけないわ。貴女もまた魑魅魍魎に追い回されたくなかったら不用意に首を突っ込まないことね」

ポルカ「ってちょっと待って! 私お店の方に用があったんだよ」

花火「え、貴女が?」

ポルカ「てやんでい、江戸一番の踊り子“浅草の風車”ってのは、この私のことさね! 新しい踊りの衣装を探しに来たってぇ寸法よ」

わざとらしい江戸言葉で話すポルカ。

江戸一番というのは勿論自称だが、彼女がこの辺りでは名の知れた踊り子であることは確かだった。

花火「あら、これは失礼したわ。それなら私が良いお着物を見繕ってあげる」

ポルカ(花火ちゃん、こんな風に笑うんだ)

11: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 21:59:10 ID:???00
花火は浴衣に用いる反物の棚に向かった。

花火「踊りの衣装ということは浴衣がいいかしら」

踊りと言っても様々であるが、大方ポルカのような大道芸人なら格式高い舞のようなものではないだろうと花火は判断した。

ポルカ「うん、今度の川開きの花火の日に踊るからね」

現在の隅田川花火大会の起源である川開きの花火。

花火師の鍵屋、玉屋が大々的に花火を打ち上げるこの日、近年では夜店が立ち並び盛大な祭りとなる。

大道芸人のポルカにとってもこの日は年に一度の大舞台となる。

花火「人気なのは流水に牡丹やあやめを合わせた浴衣だけど、そうすると目立たなくなってしまうかしら」

ポルカ「そうだねぇ……でも夏! って感じは欲しいかな」

花火「楽器文だとあまり季節感はないかしら。扇文とかはいいかもしれないわね」

夏らしいものはこれからの季節人気があり、なおかつ目立つものという何とも無茶な要求であるが、花火は真剣に考えた。

12: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:01:27 ID:???00
ポルカ「迷っちゃうなぁ」

花火「これでもまだ半分も見せられてないわ」

この日は他のお客も多く来たため、ポルカの衣装が決まることなく日が暮れてしまった。

花火「ごめんなさい、いつまでに用意できればいいかしら」

ポルカ「んー当日までには欲しいかな」

花火「流石にそこまで待たせるつもりはないけど……私の方でいろいろ探してみるわ」

結局この日は採寸をしてお開きとなった。

花火が店主になってからおよそ半年、ここまで着物選びに迷ったのは初めてだった。

花火「どこに着ていくかがわかっているのに」

確かに衣装を見繕うのは初めてであったが、それ以上に何か難しさを感じていた。

だが、このときの花火にはまだそれが何なのかわからなかった。

13: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:07:29 ID:???00
すみません>>8>>9の間にこれが入ります

~翌日~

ポルカ「花火ちゃんここの呉服屋の子だったんだ」

花火「なんでここにいるのかしら。あと一応店主なんだけど」

ポルカ「いやーまさかたまたま来た店にいるなんて、運がいいねぇ」

花火「用がないなら帰っていただけますか」

ポルカ「ねえ、あの不思議な技って」

花火「何のことかしら?」

ポルカ「奇術、じゃないよね。せんれいじゅつ? って言ってたっけ」

花火「はぁ、また今度教えるからあまり大きな声でしゃべらないで」

ポルカ「あ、ごめんなさい」

花火「……とりあえず、昨日貴女を襲った者について教えてあげるから。上がって頂戴」

14: 名無しで叶える物語◆yp99kcM7★ 2025/09/08(月) 22:08:45 ID:???00
期待

15: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:09:47 ID:???00
夏と言えど戌の刻(午後八時頃)ともなると日は完全に落ち暗くなる。

花火「御呼び立てにあずかり、参上つかまつりました。駒形の呉服屋でございます」

ここは江戸城本丸、御庭番所。

御庭番とは、将軍から直接の命令を受けて秘密裏に諜報活動を行う隠密である。

そんな御庭番の詰所に呉服屋の彼女が呼ばれた理由は、勿論昨夜の魑魅魍魎騒ぎの件である。

「まずは昨晩の一件、ご苦労であった」

花火と話しているのは御側御用取次、要するに将軍の側近である。

花火のような“呉服屋”はこのように将軍から直接の命令を受けて怪異の対処をしている。

「下手人が口を割った。どうやら怪異を呼ぶ術を浪人共に広めている者がいるようだ」

花火「やはりそうでしたか」

武芸も半端な浪人風情が怪異を呼ぶなど、裏で手引きしている者がいるに違いないと花火は思っていたが、その通りだった。

「その黒幕がどのような目的で術を広めているかはわからぬが……気を付けよ」

花火「と言いますと?」

「先の下手人は言わば捨て駒の尖兵。こちらがどのような手を打つかを見ていたのかもしれない」

つまり花火のような呉服屋の存在が、討幕を目論む者に知られた可能性があるということだ。

16: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:10:25 ID:???00
花火「はあ……」

花火は疲弊していた。

ポルカの衣装はまだ決まらず、他の客の服を納期までに仕立てなければならず、御庭番からは江戸を脅かす者がいると聞かされていた。

そして今、怪異騒ぎを聞きつけて夜遅く駆けまわっていた。

花火「頭がこんがらがりそう」

この日は浅草ではなく、麻布まで来ていた。

なんでもこの地域の“呉服屋”の娘が流行り病で、親子揃って怪異どころではないそうだ。

歩けば二時間はかかるため流石に駕籠を呼んだが、もうすでに疲れていた。

花火「こんな神社の近くで本当に出るのかしら?」

目撃情報があったとしても、実際に怪異が出るとは限らない。

無駄足になることを承知で、念のためやって来たのだ。

花火「出るのは決まって丑三つ時(午前二時)、まだ時間はあるわね」

見張りをしながら、ポルカの衣装について考え始めた。

17: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:13:13 ID:???00
花火(どうしてこうも思いつかないのかしら。今までこんなことはなかった)

着物の文様にはそれぞれ意味や願いが込められている。

その人がどこの着物を着ていくかが分かれば、適切な着物を選べるはずだった。

花火(衣装だって選んだことはあるのに……っ!)

遠くから足音が聞こえる。

時刻は丑三つ時。

歩いている者はどう考えても普通の人間ではない。

花火(草履の足音……この音の間隔、女?)

足音の間隔から歩幅を推測すると、どうも一歩が小さい女性か子供のようだ。

花火(あるいは足の短い妖怪かなにか……)

遠くから提灯の明かりが見えてきた。

女「……」テクテク

妖怪ではなく女性だった。

18: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:15:56 ID:???00
花火「丑三つ時に歩く怪しい女を妖怪だと勘違いした……?」

女は提灯の他に何か荷物を持っていた。

花火「単にあの人は用があって歩いているだけ?」

女の歩く先には神社がある。

この時間に店や人の家などに行くわけがないので、行くとしたら神社くらいしかない。

花火「あの人を見守って終わりになりそうね」

女「……」

ふと女が立ち止まった。

女「……」ガリガリ

しゃがんだかと思うと、地面にある小石を拾って地面に何か書き始めた。

花火「不審者……!」

花火は飛び出した。

19: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:17:50 ID:???00
花火「待ちなさい!」

女「!?」

女は驚いて飛び上がった。

しかし女の目線は花火ではなく反対の方を向いている。

妖怪「キィイィィイィ……」バサバザ

花火の声に驚いたことで、女は間一髪飛び掛かった妖怪を避けた。

花火「妖怪!? 下がって!」

女「一体何!?」

花火「飛倉、見ての通りコウモリの妖怪よ」

飛倉は花火目掛けて飛び掛かる。

20: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:20:46 ID:???00
花火「染霊術・霰」

無数の氷の粒が飛倉を襲う。

飛倉はたまらず吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

花火「そのまま凍りなさい」

氷が雪のように積り、飛倉は埋もれていく。

女「倒した……?」

飛倉が埋もれ見えなくなった次の瞬間、氷の中から火の玉が飛び出してきた。

花火は即座に反応しそれを躱したが、髪の先が燃えた。

飛倉「キィイィイイ!!!」

雄叫びを上げながら、飛倉は火を吹き飛び回る。

花火「まさか火を吹くとはね。染霊術・青海波」

花火は水を操り飛倉を追い詰める。

21: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:22:45 ID:???00
飛倉「……」コォォォ

飛倉の口内が爛々と輝き出す。

火を吹く合図だ。

花火「来なさい」

花火も迎え撃つ構えをする。

が、しかし。

花火「逃げた!?」

人を襲う妖怪だが、勝てない相手には攻撃する振りを見せながら逃げる狡猾さも持っていた。

花火「しまった、今の着物じゃ奴を捕えられない」

事前に入っていた情報では怪異の仕業のような不審死があったことしかわかっていなかった。

そのため花火は戦闘用の文様の着物しか用意していなかった。

花火「何か……! ちょっと借りるわよ」

女「えっ」

花火は女の着ていた着物の帯の文様に触れ、術を唱える。

花火「染霊術・麻の葉!」

無数の麻が勢いよく伸びていき、飛倉の羽に絡まった。

22: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:22:58 ID:???00
・飛倉:コウモリの妖怪。火を吹く。

・霰(あられ):氷の加護。冷気や氷の粒を操る。

・麻の葉(あさのは):麻の葉を大量に伸ばし敵の身動きを奪う。

23: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:25:41 ID:???00
花火「それで、麻衣さんはなんでこんな夜中に歩いてたのかしら」

妖怪に襲われそうになっていたのは麻衣という花火と同年代の女性だった。

麻衣「算額奉納よ」

算額奉納とは、神社仏閣に、和算の問題や解答を記した絵馬を奉納することである。

花火「なんでこんな時間に……?」

麻衣「解くのに時間がかかったの。それだけ」

花火「はぁ、危ないから次からは朝まで待ちなさい」

麻衣「そうね、さっきも計算間違いがあった気がして解き直したんだけど、家で確認した方がいいかも」

24: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:27:26 ID:???00
花火「まあでも、貴女がいたからあいつを逃がさなくて済んだわ。ありがとう」

麻衣「え?」

花火「私の使う術は着物の文様が必要なの。貴女の帯の麻の葉を使わせてもらったのよ」

麻衣「ああ、これ麻の葉っていうのね」

花火「は?」

花火は思わず声を上げる。

麻衣「何よ。皆が皆あなたみたいに文様に詳しいわけじゃないわ」

花火「失礼、聡明そうに見えたからてっきり知っているものだと」

麻衣「模様にどんな意味があるかなんて考えたこともなかった」

花火「じゃあなんで麻の葉柄なの?」

麻衣「幾何学的に美しいからよ」

花火「え?」

麻衣「小さな二等辺三角形の回転対称と反転対称でのみ構成されていて、それから――」

麻衣の話は提灯の火が消えるまで続いた。

25: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:29:22 ID:???00
花火「もう、夜が明けるまで話すつもり?」

麻衣「そうだった、神社に向かってたんだ」

花火「送っていくわ。夜道を一人は危ないから」

麻衣「助かるわ」

花火「それにしても驚いた。まさか麻の葉の意味も知らずに身に着けていたなんで」

麻衣「そんなに変? 文様を適当に選ぶ人もいるでしょ」

花火「そうね。でも貴女はそうじゃない。文様を気に入ったから選んだ」

麻衣「それは六角形が――」

花火「もういいから……。わかるのよ。その人が自分の着物を気に入っているかどうか」

麻衣「へぇ」

花火「着物は着ている人のこころを表す。母がよく言っていたわ」

そう言いながら花火は歩みを止めた。

麻衣「どうしたの?」

花火「……そうよ、だから衣装が決められなかったんだわ」

麻衣「ちょっと、わからない話をいきなりしないで。変な人」

26: 名無しで叶える物語◆9eb0UKWm★ 2025/09/08(月) 22:30:31 ID:???00
翌日、花火は仲見世通りへとやってきた。

ポルカ「さぁさぁお立ち会い、通りすがりのご縁も芸の華!江戸の風に舞い踊る、粋と艶の手踊りをご覧じなさって! 一見千金、二見は病みつき――見ずに通れば損ですよ!」

ポルカがこれから踊りを披露するため、客を威勢よく呼び込む。

待ってましたと言わんばかりに集まる近所の人々。

何が始まるんだ、と興味津々で注目する通行人たち。

花火「結構人気なのね」

ポルカの衣装は多くの人に見られる。

そのことを改めて実感した。

ポルカ「よいしょ♪ それっそれっそれっそれっ! よいしょ♪」タッタッタッ

奇抜な踊りだが、荒唐無稽というわけではなくむしろ一本筋が通ったように花火は感じた。

花火「これがポルカの踊り……」

花火はその日初めて見た。

ポルカがどのように踊るのか。

どんな願いを込めているのか。

町の人からどのように愛されているのか。

今初めて、彼女のこころに触れたのだった。

花火「雨……」

つまずき、雨が降っても再び歩み出す。

彼女の踊りにはそんな力強さがある。

花火は店に戻ると、棚から“蛇の目傘”の文様の反物を取り出した。


序~No.1~ おわり

引用元: 【SS】花火「火花―HIBANA―」 序~No.1~🆓