1: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:28:53 ID:OTP8
【注意】
・このSSは、大阪にある小さな芸能事務所である728プロに所属するアイドルとプロデューサー、その周辺の人々を描くシリーズの一作です。独自設定と独自解釈が多数あります。
・プロデューサーがメインです。
・実在する小説が登場します。
・前作を読んだ上でお読みになることを強く推奨します。
それでもお読みになる方は、お付き合いくださいませ。
前作 【デレマス】読書感想文・「桜の樹の下には」を読んで考えたこと【728プロシリーズ】
・このSSは、大阪にある小さな芸能事務所である728プロに所属するアイドルとプロデューサー、その周辺の人々を描くシリーズの一作です。独自設定と独自解釈が多数あります。
・プロデューサーがメインです。
・実在する小説が登場します。
・前作を読んだ上でお読みになることを強く推奨します。
それでもお読みになる方は、お付き合いくださいませ。
前作 【デレマス】読書感想文・「桜の樹の下には」を読んで考えたこと【728プロシリーズ】
2: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:29:25 ID:OTP8
728プロダクションには橘ありすのみが座ることを許された椅子がある。
この事務所では固有名詞として扱われるプロデューサーが使うありふれたものとも、応接用のソファとも、談話室(ということになっているブース)の安物ソファとも異なる、落ち着いた木目が印象的なアンティークものの椅子であった。
この事務所では固有名詞として扱われるプロデューサーが使うありふれたものとも、応接用のソファとも、談話室(ということになっているブース)の安物ソファとも異なる、落ち着いた木目が印象的なアンティークものの椅子であった。
3: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:29:43 ID:OTP8
それはプロデューサーが彼女をこの業界に招き入れたしばらく後、彼女の初めての仕事が成功裏に終わったときに贈ったものだった。目指す理想像に彼女が辿り着いた日には、きっと彼女の魅力を引き立てるものとなるだろう。
だがそれは随分と先の話であり、今は彼女の美しさではなく愛らしさを示すだけだ。それを本人が受け入れているのが救いではあるが。
だがそれは随分と先の話であり、今は彼女の美しさではなく愛らしさを示すだけだ。それを本人が受け入れているのが救いではあるが。
4: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:30:10 ID:OTP8
その日もプロデューサーは普段通りに振る舞っていた。内面を渦巻く感情は仕事という現実にその場を譲り、現実主義者としての彼を成立させていた。
だが彼の内面には、そのような状況下でも消えることのないいくばくかのロマンチシズムがある。仕事を一段落させたならこの2階から見える桜並木を眺めながらコーヒーでも飲もう、という思考はその最たる例だ。彼は一般的な日本人ですら驚きを覚えるほどに桜を愛していた。
だが彼の内面には、そのような状況下でも消えることのないいくばくかのロマンチシズムがある。仕事を一段落させたならこの2階から見える桜並木を眺めながらコーヒーでも飲もう、という思考はその最たる例だ。彼は一般的な日本人ですら驚きを覚えるほどに桜を愛していた。
5: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:37:12 ID:OTP8
彼は桜とは自らの信じるアイドルの完成形だ、と考えていた。彼にとってアイドルとは、そうであるために生まれ、誰からも愛され、幸せな日々を過ごす、後悔なき人生である。この世界に入り込んで現実を認識したところで、それは揺るがぬ信念であった。
であるからこそ、彼はその実現のためにあらゆる努力を重ねるのだ。無限とも言える悔恨を燃料として。
であるからこそ、彼はその実現のためにあらゆる努力を重ねるのだ。無限とも言える悔恨を燃料として。
6: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:37:20 ID:OTP8
粗方の雑務を片付け、電気ケトルのスイッチを入れる。安物のインスタントコーヒーの粉末を、マグカップに3杯。カフェイン中毒である彼にとっての必要量であった。
湯が沸くまでの手持ち無沙汰な時間を、彼は意味もなく歩き回ることで解決しようとした。幸いにしてこの時間、この部屋には彼だけのものである。一番近くにいる橘ありすと藤居朋は、上の階にあるレッスンルームにいた。残る3人はー人生の別の楽しみを思い思いに味わっているのだろう。
折りたたみ式の机の上に置かれた原稿用紙を見つけたのは、ケトルが微かに音を立て始めた時だった。
湯が沸くまでの手持ち無沙汰な時間を、彼は意味もなく歩き回ることで解決しようとした。幸いにしてこの時間、この部屋には彼だけのものである。一番近くにいる橘ありすと藤居朋は、上の階にあるレッスンルームにいた。残る3人はー人生の別の楽しみを思い思いに味わっているのだろう。
折りたたみ式の机の上に置かれた原稿用紙を見つけたのは、ケトルが微かに音を立て始めた時だった。
7: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:37:28 ID:OTP8
それは橘ありすが書きかけていた文章だった。100年近く前、さる作家が自らを作り上げた頽廃性に身を委ねて書いた作品への感想が綴られていた。原稿用紙にして3枚にも満たないような、ささやかな文章。学校の課題であるらしい。
理知的であろうとした筆致を微笑ましく眺めていた彼の視線の動きが、ぴたりと止まった。
理知的であろうとした筆致を微笑ましく眺めていた彼の視線の動きが、ぴたりと止まった。
8: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:37:35 ID:OTP8
「……まるで他の木の命を使って育っているように感じました。切られた桜も、本当は育って花をつけたかったはずなのに。」
9: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:37:40 ID:OTP8
読み進めることはできなかった。意図的に目を背けていた事実だ。桜は、彼が愛するソメイヨシノは、接ぎ木によって育てる。そして接ぎ木とは。
間違いなく、そこにあった命を、ただの桜として終わりたかったはずの命を。
殺すことだ。
間違いなく、そこにあった命を、ただの桜として終わりたかったはずの命を。
殺すことだ。
10: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:41:37 ID:OTP8
その著作を読むまでもなく、彼にはひとつの幻覚が見えた。あの美しく咲き誇る桜の樹の下に、どこにでもいる普通の人間が埋まっているのだ。それは紛れもなく、自分が見つけ出したときの「彼女たち」の姿であり、悍ましい臭いを放つその死体からは、憎悪の溶け込んだ液体が駆け上がる。
桜は血を吸う妖刀にも似たきらめきを放ち、死体の自己主張をかき消そうとする。しかし多少なりとも観察したならば、そこに漂う腐臭の正体がそれだと分かった。
桜は血を吸う妖刀にも似たきらめきを放ち、死体の自己主張をかき消そうとする。しかし多少なりとも観察したならば、そこに漂う腐臭の正体がそれだと分かった。
11: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:41:44 ID:OTP8
いや、腐臭ではない。それは確かに芳しい臭いだった。ただ時折、何かを思い出したかのように発するそれを除けば。その条件が何であるかなど、どうでもよいことだった。
そして、ああ、そして!
嬉々として「彼女たち」の死体を埋め、桜の栄養としたのは、紛れもなく自分だったのだ。
そして、ああ、そして!
嬉々として「彼女たち」の死体を埋め、桜の栄養としたのは、紛れもなく自分だったのだ。
12: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:42:00 ID:OTP8
狂しそうになる彼を押し留めたのは職業倫理だった。
彼の悪癖である悔恨は、同時に彼のエネルギーでもある。その事実を思い出した精神の何かが押したスイッチが、虚脱したように座り込んだ彼に狂気を取り戻させた。
今こそ、彼は自分に課した責務を思い出すべきだった。俺は何のためにプロデューサーなどになったのか?
そう、後悔なき未来を与えるためだ。人生を歪めた彼女たちが、ただ笑顔のみを与えられて過ごせるような、そのような未来を。
アイドルにしたのだってそれが理由だ。彼女たちが決して悔いることのない、誰もが羨む美しき人生。思い出のみに残ることのない、ある種永遠の生存。アイドルであることは、それを与えるたった一つのさえたやり方のはずだった。
彼の悪癖である悔恨は、同時に彼のエネルギーでもある。その事実を思い出した精神の何かが押したスイッチが、虚脱したように座り込んだ彼に狂気を取り戻させた。
今こそ、彼は自分に課した責務を思い出すべきだった。俺は何のためにプロデューサーなどになったのか?
そう、後悔なき未来を与えるためだ。人生を歪めた彼女たちが、ただ笑顔のみを与えられて過ごせるような、そのような未来を。
アイドルにしたのだってそれが理由だ。彼女たちが決して悔いることのない、誰もが羨む美しき人生。思い出のみに残ることのない、ある種永遠の生存。アイドルであることは、それを与えるたった一つのさえたやり方のはずだった。
13: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:42:09 ID:OTP8
ならば。
そのために、果たすべき全てを。滅びてもよい人間は存在し、その生殺与奪の全てを握っているのは自分だと分かっている。だがそれは、彼女たちに仇なすありとあらゆる阻害要因を抹消してから行うべきものだった。
死体を埋め直した彼は、コーヒーを毒薬のように飲み込むと、パソコンに向き直った。その姿の一部を見た橘ありすと藤居朋は何かを感じ取ったが、彼の内なる狂気を察するにはいくばくかの時間が必要であった。
そのために、果たすべき全てを。滅びてもよい人間は存在し、その生殺与奪の全てを握っているのは自分だと分かっている。だがそれは、彼女たちに仇なすありとあらゆる阻害要因を抹消してから行うべきものだった。
死体を埋め直した彼は、コーヒーを毒薬のように飲み込むと、パソコンに向き直った。その姿の一部を見た橘ありすと藤居朋は何かを感じ取ったが、彼の内なる狂気を察するにはいくばくかの時間が必要であった。
14: 名無しさん@おーぷん 26/04/06(月) 23:42:23 ID:OTP8
この日から、緩やかに成長していた728プロはなりふり構わぬ拡大政策を取るようになる。セルフプロデュースという最終手段すら用いてアイドルの数のみを増やすことに注力し、不幸にも成功した彼を、世間は金の亡者だと見なした。
だが金銭を得ることは彼にとっての一つの目的に過ぎない。アイドルとしての名声すらそうであった。彼は、この日確かに狂したのだ。たった一人を除く全てに、後悔なき未来を与え、満足を得て死ぬために。
完
だが金銭を得ることは彼にとっての一つの目的に過ぎない。アイドルとしての名声すらそうであった。彼は、この日確かに狂したのだ。たった一人を除く全てに、後悔なき未来を与え、満足を得て死ぬために。
完


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