1: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:14:02 ID:Bv0P
志希にゃんハピバ記念(遅刻)SSです。

2: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:14:55 ID:Bv0P
 書類を送って手元の時計を見る。思ったよりも時間がたっていた。道理で頭が回らないわけだと得心し、席を立つ。散らかった机から必要なものを取り出すのも忘れない。
 湯が沸くまでの間に適当な食べ物を買い込んでいると、ポケットに何かが入った。チョコレートなんて普段は買わないのに。あたりを見回しても誰もーいや、あやめ色がちらりと見えた。こんなことをする奴は一人しかいない。子供かとあきれつつ、抑えた声で呼ぶ。

3: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:15:00 ID:Bv0P
「志希」
「にゃは、ばれた」
 ひょっこりと顔を出したのは一ノ瀬志希。何の因果か俺が担当している、アイドルだ。
「せめてカゴにしてくれ。危うく万引き犯だ」
「善処するー」
 カゴの中の食料の中で、チョコレートだけが異彩を放っていた。

4: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:15:08 ID:Bv0P
 フィルターにいっぱいの粉を放り込み、気持ち少なめに湯を入れる。最初はぽつぽつと、次第にとくとくとコーヒーが注がれるのが分かった。やや冷め気味ではあるけれど、これぐらいが一番美味いのだ。
「多いねぇ、粉」
「これぐらいじゃないと飲んだ気にならん」
「カフェインは骨の発育に悪いよ?キミも知ってのとーり」
「うっさい」
 鼓膜の真横でけらけらと笑い声がした。無視して続行。志希の興味は珍しくコーヒーに向きっぱなしだった。普段から目の前で飲んでいるだろうに。

5: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:15:12 ID:Bv0P
「そんなに気になるか、こいつが」
「こんな濃いのよく飲めるねぇ。立派なカフェイン中毒じゃん」
「ま、そりゃな。こいつとも長い付き合いだし、何より落ち着くんだよ」
 顔がこちらを向いた。少しのぞきあげるような形になって、不覚にも心臓が高鳴る。普段の行為があまりにも突飛だから忘れがちになるが、志希は立派なアイドルだ。
「飲みたい」
「ダメ」
 即答。大切な担当にこんなカフェインのにこごりじみたものを飲ませられるか。
「普通のコーヒーなら今から淹れるから、それで勘弁してくれ」

6: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:15:15 ID:Bv0P
「やだ。キミの飲んでるコーヒーがいい」
 やだ、って。こんなに強情だっただろうか?適当にいなしていれば興味も外れるだろう。
「たかがコーヒーじゃないか。わざわざこんな濃ゆいの飲まなくても、もっと美味いレシピがある」
「キミのだからだよ?分かんないかにゃー」
 出来の悪い生徒を見るような目。正直なところ、なぜこれにこだわるのかさっぱり分からなかった。同じ人間が作るなら、濃ゆいだけの適当なコーヒーよりも厳密に考えられたコーヒーの方がよいはずなのに。

7: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:18:45 ID:Bv0P
「……降参だ」
「にゃは、勝っちゃった。では考えてみたまえ、若人くん♪」
 お前俺より年下だろうが、と言いかけたときには、彼女の姿はどこにもなかった。時間までに戻ってきてくれるといいのだが。彼女には予定がある。

8: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:20:05 ID:Bv0P
 少しばかりさめたコーヒーを嗅いで買っておいたカロリーメイトをかじっていると、低めの声がした。
「やあ」
「学校帰りか、あすあす」
「あすあす言うな」
 制服姿の彼女は二宮飛鳥。志希とユニットを組んでいる、俺のもう一人の担当だ。
 飛鳥の視線が机の上の一点で止まった。
「またそれかい?キミは本当に珈琲ばかり飲んでいるね」
「好きなんだよ。飛鳥がカフェオレ飲みまくってるようなもんだ」
「ボクだって珈琲ぐらい飲めるさ。ただボクという個人の格率として、ブラックの珈琲は飲まないというものがあるだけで」
「ま、そういうことにしておくか。飲むなら作ってくるがどうする?」
「いただくよ」
 飛鳥はブラックコーヒーが飲めない。少し甘めになるように、薄く淹れよう。

9: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:20:28 ID:Bv0P
 戻ってくると、俺の机にはノートが広がっていた。斜に構えているようで生真面目な彼女らしく、丁寧な文字で数式が紡がれている。よほど苦戦しているのか、机の上にはケシカスが少しだけ散らばっていた。
「む……」
「飛鳥、コーヒーできたぞ。ミルクと砂糖は自分で入れてくれ」
「ああ、ありがとう」
「それ、ヒントは……言わないほうがいいか?」
「もう少し考えてみるよ」
 飛鳥らしい。俺が中二だったとき、これほど大人びた存在だっただろうか?自分が少しだけ嫌になる。いずれ、彼女たちのことが何一つとして理解できなくなりそうで。今でさえ志希のことが何もわかっていないというのに。

11: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:37:54 ID:Bv0P
 シャーペンの音がいつの間にか止まっていた。
「……キミも悩むんだね」
「当たり前だ。高邁な理想と下劣極まりない妄想をともに抱いてはじめて人は人たりうる。今の俺は下劣極まりない妄想に苦しんでるだけだ」
「誰の言葉だい」
「俺の好きな作家」
「……何かあったのかい?ボクでよければ」
「いや、いい」
 小さな小さなため息。
「キミらしいな。本質の周縁は示すのに、頑なにコアを見せてくれない」
 契約書を読み上げるような口調に思わず顔を向ける。飛鳥の瞳は普段通りだった。

12: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:41:40 ID:Bv0P
「キミも知っての通り、ボクと志希はラインを交換している。ボクが何も知らないとでも思っていたのかい?」
「……情報が早いことで」
「当たり前だ。今日が何の日か知らないわけじゃないだろう」
「それ用に準備はしてある」
「だろうね。だが彼女の欲しいものを与えられる自信はあるのかい」
 少し考える。志希と仲の良いアイドルに話を聞いて、今一番喜びそうなものをプレゼントすると決めていた。だから問題ない、そう信じてはいる。
 だが口からこぼれた言葉はそうではなかった。
「……自信、なくなってきたな」

13: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:42:53 ID:Bv0P
「これで自信があるなんて言われた日には担当アイドルをやめていたよ」
「縁起でもないことを言わんでくれ」
「フッ、冗談だよ」
 志希に限ってはそれが本気になりかねない。正直に言って空恐ろしかった。口にしたことは一度だってないが。
「そんなキミに、ボクからヒントだ。自覚がないかもしれないが、キミはかなり分かりやすい匂いをしている。珈琲の匂いだね」
「……香水ぐらいつけろってこと?」
「直接的な手段に訴えてもいいかな」

14: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:42:58 ID:Bv0P
 屋上に出て考える。匂い、か。彼女とは切り離せないものだ。誰から見ても天才である彼女は、嗅覚について独特の感覚があるらしい。俺と初めて会った時も、「イイ匂いがする」と言っていたのを覚えている。別にコーヒーの匂いというわけではなさそうだったが。
 そもそも。なんで急に志希は俺のコーヒーが飲みたいなんて言い出したんだ?彼女が単に興味がころころと移り変わるギフテッドだから?確かに説明にはなるが。

15: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:43:04 ID:Bv0P
 もし、コーヒーー正確に言えば俺用のコーヒーーに意味があるとすれば。あの苦くて頭に効く、匂いの強いカフェインの煮凝りでなければならない理由は。
「……そもそも匂いにそんなに強い意味なんてあるのか?猫じゃあるまいし」
 まあ、猫みたいなものではある。あのフリーダムさはまさに猫だろう。猫という生き物は匂いを付けて愛情表現にするらしいが、さすがに志希の嗅覚はそこまでではないだろう。
 ……まさか。

16: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:43:08 ID:Bv0P
 志希に電話をかけると、珍しくワンコールで繋がった。給湯室に呼び出し、その間に準備を整える。
「なあに、プロデューサー」
「言った通りだよ。今からコーヒー作るけど、飲むか?」
「すっごい量だねぇ。キミ用の本物だ」
「そうだな。飲むのは俺じゃないが」

17: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:43:12 ID:Bv0P
 豆を挽いていると、志希が口を開いた。
「動物はどうしてマーキングすると思う?」
「分からん。理科には疎くてね」
「自分の縄張りを示したり、ものによっては愛情表現だったり。そこには自分の存在を他人にわかるように示すという行為が含まれる。マーキングだけで誰がやったのか、その個体がどんなものなのか、みんなわかっちゃう」
「はあ」
 志希は楽しげに言った。
「コーヒーだって同じだと思わない?」

18: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:43:44 ID:Bv0P
「……『美味いコーヒー』のレシピは一般化できても、『自分に合うコーヒー』のレシピは一般化できない。そこに個性が出る」
「うんうん」
「だから、俺の『個性』を詳しく知りたい」
「もう一歩」
 もう一歩?待て、なぜ志希はマーキングの話をした?

19: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:44:06 ID:Bv0P
「……こんな給湯室で話すことではないな」
「言ってくれるまで動きませーん」
 全くこいつは。まあいい、多少早まっただけだ。覚悟自体は出来ている。
「志希、いやー」

20: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:44:18 ID:Bv0P
「……志希、またプロデューサーの珈琲を飲んだな?」
「にゃはははは!だーいせーいかーい!」
「ボクが飲むのは…不可能だろうね」
「イッグザクトリィ!だってあのコーヒーは、あたしとあの人だけのものだもんね♪」

21: 名無しさん@おーぷん 26/05/31(日) 00:46:24 ID:Bv0P
これ以後、志希はPと同じ匂いを漂わせるようになったそうな。おしまい。

普段あまり出しませんが志希にゃん好きなんですよね。Cuなら一番好きかもしれん

完結報告してきます。

引用元: 一ノ瀬志希「キミの香り」