1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2016/12/20(火) 23:10:00.451 ID:Eew/xPy5a.net
ぼく「私は他の人が気が付かないような細かな点に気がつくことが出来ます!!!」
面接官「ではその長所を生かし、何かを達成したという経験はありますか?」
ぼく「はい! 友人から大学のレポートの添削を依頼され、二重表現などの文法上のミスを発見し、訂正することで、感謝されるといった経験があります。
この場合「他人からの感謝」が直接の「達成」に当たりますが、副次的なものとして、夕飯をご馳走してもらったりもし、食費を浮かせることができました(ドヤ顔)」
面接官「(苦笑い)……それは、どのような結果を生みましたか?」
ぼく「というと?」
面接官「あなたの働きにより、その友人はどのような評価を得ましたか?」
ぼく「……あー、友人は、その授業で、A評価を受ける事が出来ました。この授業はシラバスで評価を開示していて、A評価は全体の成績の上位16%に入ります(ねつ造)。私もA評価でした」
面接官「しかし、それでは本当にその評価が正当なものであるかどうかは分かりませんね」
ぼく「というと?」
面接官「あなたの力により、評価がAであったのかは、実際にはどうかは分からないということです。添削をせずとも、その友人の評価はAだったのでは?」
面接官「ではその長所を生かし、何かを達成したという経験はありますか?」
ぼく「はい! 友人から大学のレポートの添削を依頼され、二重表現などの文法上のミスを発見し、訂正することで、感謝されるといった経験があります。
この場合「他人からの感謝」が直接の「達成」に当たりますが、副次的なものとして、夕飯をご馳走してもらったりもし、食費を浮かせることができました(ドヤ顔)」
面接官「(苦笑い)……それは、どのような結果を生みましたか?」
ぼく「というと?」
面接官「あなたの働きにより、その友人はどのような評価を得ましたか?」
ぼく「……あー、友人は、その授業で、A評価を受ける事が出来ました。この授業はシラバスで評価を開示していて、A評価は全体の成績の上位16%に入ります(ねつ造)。私もA評価でした」
面接官「しかし、それでは本当にその評価が正当なものであるかどうかは分かりませんね」
ぼく「というと?」
面接官「あなたの力により、評価がAであったのかは、実際にはどうかは分からないということです。添削をせずとも、その友人の評価はAだったのでは?」
5: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2016/12/20(火) 23:11:17.517 ID:Eew/xPy5a.net
ぼく「ええ。仰る通りです。しかし、その友人の別のレポート評価の科目の成績を鑑みるに、評価Aは私の働きによるものであると考えるのが妥当だと考えられます
また、成績が実際にどうであるのかは、私の細かな点に気がつくという長所とはなんの関係もありません。私は事実、他人が気がつかなかった文法上のミスを発見し、訂正しました。それがこの場合、重要です」
面接官「うーん。それでも、添削をせずとも評価がAだった可能性はありますね」
ぼく「あなたは先ほど、その評価が正当かどうかが分からないとおっしゃいました」
面接官「はい」
ぼく「物事の正当性を問うのであれば、この場での「憶測」よりも、実際の経験に伴う意見、データを反映させている私の主張の方が正当性があるのではないか、と思います」
面接官「しかし、あなたの力により評価が変わったか変わらなかったかというのは結局、分からないんですよね」
ぼく「それは論証の限界に抵触します」
面接官「んん? もう少し具体的に言っていただけますか?」
ぼく「はい。ギリシャの時代、ローマの弁論家クィンティリアヌスが議論のルールを規定しています。そのルールによると、これ以上遡行できない問題については――」
面接官「(苦笑い)今はギリシャの時代ではありませんよ?」
ぼく「仰る通りです。しかし、議論の形式は変化していません。議論とは広い意味では、コミュニケーションです。こういった面接でのやりとりも、議論と言えます。
そこで、過去の議論を否定し、今の時代と過去の時代の議論を別ものだとするならば、これは過去を否定することになり、歴史を否定することになり、現存する文献を否定することになります。
そして、これはこの場でのやりとりを否定することに繋がります」
面接官「うーん」
ぼく「話を戻します。クィンティリアヌスは、これ以上遡行できない問題については議論で扱うべきではないと言っています。
簡単に行ってしまえば、「根拠は?」と聞き続ける弁論のスタンスはナンセンスだということです。全てに根拠を求めることは不可能です。これは常識です」
面接官「」
また、成績が実際にどうであるのかは、私の細かな点に気がつくという長所とはなんの関係もありません。私は事実、他人が気がつかなかった文法上のミスを発見し、訂正しました。それがこの場合、重要です」
面接官「うーん。それでも、添削をせずとも評価がAだった可能性はありますね」
ぼく「あなたは先ほど、その評価が正当かどうかが分からないとおっしゃいました」
面接官「はい」
ぼく「物事の正当性を問うのであれば、この場での「憶測」よりも、実際の経験に伴う意見、データを反映させている私の主張の方が正当性があるのではないか、と思います」
面接官「しかし、あなたの力により評価が変わったか変わらなかったかというのは結局、分からないんですよね」
ぼく「それは論証の限界に抵触します」
面接官「んん? もう少し具体的に言っていただけますか?」
ぼく「はい。ギリシャの時代、ローマの弁論家クィンティリアヌスが議論のルールを規定しています。そのルールによると、これ以上遡行できない問題については――」
面接官「(苦笑い)今はギリシャの時代ではありませんよ?」
ぼく「仰る通りです。しかし、議論の形式は変化していません。議論とは広い意味では、コミュニケーションです。こういった面接でのやりとりも、議論と言えます。
そこで、過去の議論を否定し、今の時代と過去の時代の議論を別ものだとするならば、これは過去を否定することになり、歴史を否定することになり、現存する文献を否定することになります。
そして、これはこの場でのやりとりを否定することに繋がります」
面接官「うーん」
ぼく「話を戻します。クィンティリアヌスは、これ以上遡行できない問題については議論で扱うべきではないと言っています。
簡単に行ってしまえば、「根拠は?」と聞き続ける弁論のスタンスはナンセンスだということです。全てに根拠を求めることは不可能です。これは常識です」
面接官「」
7: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2016/12/20(火) 23:12:08.829 ID:Eew/xPy5a.net
ダメだわ・・
途中で言ってることぐちゃぐちゃになったわ・・
でも煙に撒けたからOK
落ちたろうがな
途中で言ってることぐちゃぐちゃになったわ・・
でも煙に撒けたからOK
落ちたろうがな


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