半ば凍り付いたマキナック海峡を行く手に臨みながら、ハルヒはため息混じりに、
「ここにあった私の『衣服』も、すでに誰かに取られてるわ」
と、呟くほどの音量で、落胆の声を発した。それに倣うように、俺も一つため息を吐く。
ミシガン湖で長門と別れてから、俺たちは豪雪と強風の中を、十日間かけて北上し続けた。いやはや、アリゾナ砂漠よりよっぽどキツかったよ。アリゾナにはたった二日しか居なかったというのもあるが。
いくら、俺の愛車にとって、雪道が何でもないものだとしても、視界が霞むほどの雪と、強烈な向かい風に見舞われたら、移動力は普段の半分、いや、それ以下まで落ちてしまう。
とは言え、天気と文字通り相談出来る朝比奈さんの能力のおかげで、キャンプの時などは、雪や風を弱めることができたのが救いだった。寒冷地用でないテントでも何とかやってこれたからな。
そうして、町の少ないシックスステージのコースを八割方走破し、俺たちはシックスステージの難関―――ハルヒが感じ取った衣服のありかでもある、マキナック海峡までやってきたのだ。
しかし―――今回も一手遅れちまっていたってか。原因は分かりきっている。俺が、ミシガン湖畔で熱を出し、数日そこでロスったことだ。
「すまん」
と、俺が短く謝辞を述べると、ハルヒは首を横に振りながら、
「責めてもいないのに謝らないで。しょうがなかったと思ってるんだから」
視線を水平線へと向け、すこし諦観の色が窺える声色でそう言った。
しかし、本格的に首が回らなくなってきたぞ。ハルヒ曰く、残りの衣服で、まだ誰の手にも渡っていないのは、あと一つしかないらしい。もしその衣服までもが、誰かに取られてしまったら……
「……ここまで来たら一緒っていう気もするわね。どのみち、私たちの目的は、衣服を『すべて』取り戻すことだもの」
そう―――もし、最後の衣服を手に入れることができても、結局は、他の衣服を手に入れるためには、他の所持者から奪い取らなくてはならないのだ。Dioやホット・パンツ、ジョニィだのジャイロだの、挙句の果てには大統領。
そんな面々と交戦し、衣服を奪還する―――そんなことが、俺や朝比奈さんに可能だとは、正直言って思えない。と、なると―――頼みの綱となるのは、もう一つしかない。
そう、長門有希だ。
引用元: ・ハルヒ「スティール・ボール・ラン?」
集英社
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